1-6

 大型連休五日目、この日の朝ご飯は昨日のカレーです。

 この分なら、お昼までは残りそうですね。いつもの様に家事の後は宿題です。自室に似せて作ったVR空間で宿題をしていると。


「終わったー」


 3倍の時間加速を基準に出されているはずの量ですが、毎日やるとは考えていなかったようです。そりゃそうですよね。普通、誰かと遊びに行ったりしますもんね。時間が余ってしまったのでどうしましょうか。午後にはログインし、スキルレベル上げを続けるつもりですが、ウェイブ系を覚えるにはスクロールの補充が必要です。かと言って、LV25までスクロールを描いて上げれば、ウェイブ系を使えるようになるので無駄になります。

 まぁ、100枚づつ追加して、足りない分はMPで補いましょう。





 午前中にログインしたのですが、3倍早く進むゲーム内でも午前中です。おやおや、ハヅチはログインしていますね。宿題は大丈夫でしょうか。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 噂をすれば何とやら、ハヅチからメッセージが届きました。今の時間、私がログインするのが珍しいので、何かあったのか気になったそうです。宿題が終わったから、時間が余って軽作業をしに来たと伝え、綿の在庫数も伝えておきました。後でまた狩りに行くので、今すぐ取りに来なくていいと付け加えておきましょう。


「オババオババー」

「何じゃ小娘、いつもと間隔が違うのう」

「いやはやちょっと時間が出来てね」


 そんなわけで作業前にオババの店のラインナップを確認しました。すると、今までなかったアイテムがありました。


――――――――――――――――

【魔力紙】

 ある程度強力な魔法陣を描ける魔紙

 価格:1,000G

――――――――――――――――

【魔石(小)】

 魔物の力の結晶

 力の強い魔物が持つことがある

 価格:100G

――――――――――――――――


 魔石(小)って安いんですね。魔石が買えるなら、色々と試せますが、そこまで出来るほどの財力はないので、手は出さずにおきましょう。魔力紙ですが、魔力陣スキルを取ってから現れたということは、聖魔法や冥魔法はこれを使わないと描けない可能性があります。100枚束だと100,000G、になるので、これも不用意には使えま……せん? まぁ、今後のことを考えて、何かしらの金策を考えなければいけませんね。


「そういえば、黄色い鱗って何に使うか知ってる?」

「何じゃ、西の岩場に行ったのかのう。アレはイエローポーションの材料じゃ。薬草と水は必須じゃがな」


 イエローポーションですか。初心者用の材料に胃石を加えればノーマルで、黄色い鱗ならイエローというわけですか。西側よりも難易度の高い南へ行けば次の材料がありそうですが、やめておきましょう。

 調合を取れば薬草が並びそうな気がしますが、取った所でイエローポーションを作れるようになるには時間がかかりますし、あれは時間のかかる作業なので、今はスクロールに集中しましょう。

 最初に実験を兼ねて聖魔法のシャインを描こうとすると――。


「それは出来んぞ。まぁ、無理に試すなとは言わんがのう」


 オババに止められました。やはり、魔力紙ですか。それがわかっただけでも、十分な収穫です。

 結局、手持ちの束7個の内4個を使いました。

 【ファイアボールのスクロール】100枚、【ウィンドボールのスクロール】100枚、【ウォーターボールのスクロール】100枚、【ロックボールのスクロール】 100枚を追加しました。

 ロックボールのスクロールを描き終わる頃にスキルレベルが20になりましたが、まぁ、予想通りです。

 途中、MPが尽きましたが、何とか描き終わりました。時間もちょうどいいのでハヅチにお昼の連絡をしてログアウトです。





 カレーを温め直していると葵が部屋から出てきました。

 私が何も頼んでいないのに食器を出したり、お茶をついだり、珍しく自分から動いています。これはあれですね。宿題をコピーさせて欲しいのでしょう。


「なぁ、茜……」


 ゆっくりと口を開いた葵に対し、私は満面の笑みを浮かべました。一瞬、希望の表情を浮かべましたが、続く私の言葉でその表情は一変します。


「宿題は自分でやってね」


 満面の笑みに何も言い返せないようです。ただ、希望の潰えた表情を浮かべるだけでした。毎日こつこつとやっていれば終わる量ですし、ただで見せるほど都合のいい女ではありません。


「……よ、要求は、何だ」


 初めから対価を支払う気があったのかは知りませんが、希望は捨てさせるべきです。


「要求ねぇ……、別に見せるなんて言ってないんだけどなー」

「お、お願いします、お姉様、宿題を写させて下さい」


 葵はとても悔しそうにお姉様という言葉を口にしました。いいですねー、この悔しそうな顔。けれど、前に見せて下さいと言われた時に見せるだけだったことを覚えているのか、しっかりと写させてと言っていますし、何でもすると言わないだけ、まだ余裕があるようです。


「それじゃあ、HTOでの装備一式の代金割引ね」

「そんなのでいいのか?」

「それでいーよ。後でデータ送っとくから、ちゃんと写すようにね」


 こういう場合は生かさず殺さず、軽いけど利のある要求をするべきです。そこを見誤ると、大きな損をしますから。





 葵に宿題のデータを送った後、午後のログインの時間です。目標としては1つ、出来れば2つほどLV25まであげられればいいのですが。ログアウト中でもMPの回復は続いているので、ちゃんと全回復しています。

 再び南東の森でワタワタを探しに来ました。昨日の夜と違い、マップにプレイヤーを示す青い点が見えます。そこまで数が多くないのは、東のエスカンデへ移った人がおおいからでしょう。ロックボールのスクロールを取り出し、インベントリを発動したら準備完了です。マップを見ていると、この先にワタワタの群れがいるようです。近くにプレイヤーもいないようなので、狙い目ですね。


「【ロックボール】」


 スクロール3枚を消費し、ワタワタの群れへと放ちます。何体かは倒したので下がりながら群れをまとめます。昨日からやっているので慣れた作業ですが、油断すると後ろに木があったりして下がれずにダメージを受けてしまうので、注意しなければいけません。そして、スクロールの残りが100枚を切った頃。


「土魔法LV23か……。綿は120個だし、何とも言えない量だねぇ」


 量としては結構ギリギリですね。スクロールが足りなくなるかもしれません。まぁ、その時は普通に魔法を使えばいいだけですが。同じように何度もワタワタを狩っているとルーチンワークのようになってきました。まぁそれが悪いとはいいませんが、そうなってしまうと完全に作業です。何か代わり映えが欲しいところですね。更に続けていると、何だか大きいワタワタがいました。デカトットのようなレアMOBかと思いきや、鑑定の結果はただのワタワタだったので、大きい個体なのでしょう。


「【ロックボール】」


 普段通り3枚のスクロールを消費しましたが、中心にいたにもかかわらず、大きい個体が生き残っています。どうやら耐久力のある個体のようですね。ですが、虫の息である以上、次で沈むはずです。


「【ロックボール】」


 今度は2枚消費です。大きい個体だからと言って大盤振る舞いする必要はありません。ダメでも周囲にはまだワタワタがいるので、巻き込むように使えばいいのです。大きい個体が率いる群れを倒し、リザルトを確認すると、綿の塊というアイテムがありました。説明を見る限り、綿数個分といった感じです。ここに来て恐らくレアドロップでしょう。さぁ、これは気にせず続きです。どうせ変な素材で困るのはハヅチですから。その後も続けていますが、どうやらスクロールが足らなかったようです。仕方ありません、普通にロックボールを使ってレベル上げをしましょう。インベントリの維持コストをわずかですが自然回復が上回っているのですから。

 時間も時間なので街に戻りながらワタワタの群れを探していると、移動している青い点とそれを追う大量の赤い点に気づきました。この移動方向からすると、どうやら鉢合わせしそうです。面倒臭そうなことになりそうなので、離れようと考えた時、声が聞こえました。


「誰かー助けてくださーい」


 そう言ってMOBの群れを擦り付ける人もいるので、さっさと逃げましょうか。


「あ、そこの人、逃げて、そんで、助けて下さい」


 見つかりましたか。逃げてというなら方向を変えた私の方へ来ないで欲しいものです。追い抜かれるのは厄介なので、少し前を走りますが、逃げている小柄のプレイヤーの目元が金髪で隠れているため、表情を読み取りづらいのですが、狙ってやっている雰囲気は感じません。


「あの……、助けて下さい」


 面倒ですが、倒せないわけではありません。それに、相手が倒していいと言っている以上、しかたありません。……逃げられませんから。

 私はワタワタの大群へと振り返り、魔法を選択します。よく考えれば試すのに絶好の機会です。


「【シャドウ】」


 その瞬間、私の足元に魔法陣が広がりました。冥魔法なので黒い魔法陣です。それが広がり切ると、魔法が発動しました。ワタワタの大群が闇に包まれ、それが晴れるとリザルト画面が出ました。どれだけのHPがあったのかはわかりませんが、弱っている様子もありませんでした。前に他のプレイヤーがウェイブ系で倒しているのを見たので、シャドウだと過剰かもしれません。

 それにしても、綿が30個とは、どれだけのMOBがいたのや――。

 突然衝撃を受けました。

 チッ、これが狙いでしたか。取り出しているスクロールはないので、厄介です。私が杖を振り回そうとすると。


「何ですか今の! いえ、冥魔法は知っています。けれど、魔法陣が出るなんて聞いたことありませんよ。それに、発動はそんなに早くありません!」


 どうやらPKではなくただの好奇心のようです。目元が隠れているので大人しい印象を受けましたが、勢い余って飛び掛かり、今も私を揺するその姿からは、大人しい印象を感じません。


「重い」


 興奮から私の外套を引っ張ってゆすり続けていますが、こういう時はそう言っておくものです。向こうも何をしているのか理解したらしく、大人しく離れました。


「失礼……しました。ゴホン、助けていただきありがとうございます」

「いや、別に……」


 さっさと戻りながらワタワタの群れを探したいです。不注意で死にかける人と一緒にいると、とばっちりを受けかねません。


「あの、それで不躾なんですが、街に戻るためにHPポーションを分けていただけませんか? もちろん、代金はお支払しますから」

「私も戻るところだから、とりあえず、歩きながらでいい?」

「あ、はい」


 回答は保留しながら話を聞いてみました。何でも、ゆっくりと狩りをしていたのですが、ウェイブ系の魔法を覚えて群れを1確出来たため、調子に乗ったらしく、MPの残量を気にせず突き進んだそうです。その結果、遂にMPが尽き、MOBに追われ、ジリジリとHPを削られることになったとか。MPポーションの値が下がったとはいえ、そう大量に手に入れることも出来なかったそうで、逃げながら魔法を使おうとしても、ウェイブ系に拘ってしまい、発動までの間に攻撃を受けて吹き飛ばされキャンセルされてしまったそうで、HPポーションが尽きたそうです。その後は私の知っての通りで、補充のために街に戻りたいそうです。


「あ、ちょっと待って」


 ワタワタの群れがいました。スクロールはないので、倒し切るのは難しいですが、複数の魔法を使えばクールタイムに悩まされることも少ないはずです。


「【ロックボール】」


 ついでに一つ、普通の発動方法で確認することにしました。

 このゲームの仕様では、魔法の詠唱開始と共にMPの消費が始まります。必要分のMPを消費すると魔法が発動するのですが、MPの消費中に攻撃を受ける吹き飛ばされるとキャンセルされ、減った分は戻りません。

 これで普通に魔法を使った時の時間を確認しました。

 すぐに次の魔法を撃ちたいのですが、魔法の発動が出来ないディレイがあり、それとは別に魔法毎のクールタイムがあります。


「【ウォーターボール】」


 少し待てばロックボールのクールタイム中でも別の魔法を使えるので、魔力陣を使って発動させました。

 この場合、MPが一気に消費され、足元に魔法陣が広がります。ボール系はそもそもの詠唱時間が短いので、違いがわかりそうにありませんね。

 この後、何度かボール系の魔法を魔力陣の効果で発動し、群れを倒しました。


「……流石に違いがわからないね」

「……魔法陣……スキル」


 おや、そのスキルの存在は知っているようです。まぁ、wikiを見ると、デカデカと使えないと書いてあるので、その話を聞けば誰しも一度は見たくなるページでしょう。私もその口ですし。その後も何度か繰り返したお陰で土魔法がLV25になり、ロックウェイブを覚えました。試しに使うと、群れを1確出来たので、シャドウを使う必要はないようです。


「あの……」

「あ、もうちょっと待って」


 ピコン!

 ――――System Message・所持スキルがLVMAXになりました――――

 【詠唱短縮】がLV30MAXになったため、上位スキルが開放されました。

 【詠唱省略】 SP3

 このスキルが取得出来ます。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 その他諸々、狩りの間に上がっていたので残りSP52になっていました。このスキルが魔法陣系に影響するのかはわかりませんが、ついでに取っておきましょう。


「えーと、それで何だっけ?」

「はい。街に戻ろうと思ったので、回復アイテムを売ってもらおうかと思ったのですが……」

「HPのは初心者用しかないよ」

「え……、まともなポーションも持たずに狩りをしてるんですか?」


 まぁ、普通ならありえませんよね。MPに頼らない回復方法を用意するのは基本ですから。


「今、HP減ってる?」

「恥ずかしながら、半分以下です」


 ……早めに言ってくれればよかったのに。

 普通にライトヒールを使ってもいいのですが、ちょっと見せてあげましょう。鞄からライトヒールのスクロールを取り出します。そして、試しに1枚。


「【ライトヒール】」


 スクロールが消費され、小柄なプレイヤーが光りに包まれました。これである程度は回復したはずです。


「い、今の、アイテム、ですか?」

「後何回で回復しきる?」

「あ、はい。後2回あれば……」

「そ」


 私は更に2枚使い、彼女のHPを回復しました。


「えっと、あの、そ、そんな……貴重な物、申し訳……ありません。あ、私は……リコリスと、いいます」


 リコリスがメニューを操作し、頭の上に名前が表示されました。


「それで、その……、いくらほど……」


 スクロール3枚で、3Gです。ですが。


「たった3Gだから請求する気なんてないよ」


 おっと、口に出してしまいました。


「え……、で、ですが、そんなアイテム、どこにも……」


 しかし、残り97枚は切りが悪いです。そう思い、7枚切り取り、リコリスに押し付けました。


「ポーションの代わり」


 これで10Gですか。取引するほうが面倒です。


「ありがと、うございます。一生大事に、します」

「いや、消耗品だから使って」


 そもそも、使用者がライトヒールを使った時と同じ回復量なので、光魔法を持っていなければ、効果はガタ落ちのはずです。それでも、INT次第である程度は回復しますが。そういえば、リコリスは名乗ったのに私は名乗っていませんでした。これは失礼に当たりますね。メニューを操作して……。


「私はリーゼロッテ」

「そうですか、リーゼロッテさん、ですか。助けていただいた上、街まで送ってもらって、ありがとうございます」


 おや、いつの間にか、街が見えていました。流れで街へ向かっていましたが、問題なくて何よりです。というか、一緒に行くならスクロールも必要なかった気が……。

 まぁ、いっか。


「それじゃ、私は落ちるから」

「あの、それじゃあ、最後に、フレンド登録……、いいですか?」

「いいけど……、どうやるの?」


 よく考えれば、私のフレンドリストにあるのはハヅチと時雨だけです。ザインさんは名前を表示しあっているだけで登録はしていません。二人の登録もゲームを始める前に行ったものなので、ゲーム内で登録したことありません。


「えっと、ですね。多分、メニューの……」


 こうしてお互い初めてのフレンド登録を行いました。登録した理由はよくわかりませんが、お互いたどたどしい操作だったので、記憶に残りそうです。リコリスと別れた私は冒険者ギルドの倉庫に綿を預け、ログアウトしました。





 ログアウトした後は恒例の買い物です。

 スマホのチラシアプリに合挽きが安いとあったので、ハンバーグでも作りましょうか。あ、スライスチーズを切らしてましたね。葵はチーズハンバーグが好きですから。そんな訳で、夕食の後、ハヅチに綿を渡す約束をしました。その時、可燃性の素材は火魔法を使うと落ちにくいという話を聞きました。言われてみれば、そんなことがあった気がします。夜のログインでは、水と風魔法のレベル上げを行い、火魔法は場所を変えることにします。

 いつもの様にお風呂に入って寝る準備をしましょう。





 やることを済ませてログインしました。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 おや、ハヅチからです。どうやら私がログインしたらすぐに受け渡し出来るようにしていたようですね。流石に全ての綿を持っていくのは大変なのでこのまま冒険者ギルドで受け渡しを行うことになりました。ハヅチが来るまで今日の予定を考えます。

 ロックボールのスクロール200枚では足りませんでした。その後通常の方法で何度か使いましたが、補充しなければ足らない可能性もあります。流石に100枚追加する必要はなさそうなので、火・水・風に50枚づつ、後はライトヒールに50枚で、2束ちょうどですね。


「すまん、待たせた」

「思ったより早かったね」


 ハヅチも来たので倉庫を開けて綿の受け渡しをしました。その時、集めた数が500近かったため、かなりの手間を要しましたが、倉庫を開いたまま受け渡しが出来たので、無駄な出費をしなくてすみました。


「それで、装備のデザインは決まってるのか?」

「ん? デザインはお任せ、但し、魔女風で」

「まー、そうなるよな。えーと、空いてる装備は頭だけで、胴・腰・靴は初期装備、腕と外套は修理必須……」


 こうして口に出されるとろくな装備をしていませんね。追加するなら、杖は店売りの安物です。


「外套に関しては修理挟んでもいいから、先の折れている三角帽は最優先ね」


 魔女を名乗るのであれば、先の折れている三角帽は必須です。ローブでもマントでもいいですが、外套は雰囲気が大事なので、今のコートでも……、いや、変えましょうか。


「ま、これだけあれば2ヶ所は作れるから、楽しみに待ってろ」

「そんじゃ、任せた」


 私は冒険者ギルドを後にすると、そのままオババの店へと向かいます。こうして街を歩いていると、随分と人が減った気がします。恐らくはエスカンデへ向かったのだと思いますが、あそこのフィールドを確認していないので、どんなMOBがいるのかは全く知りません。ある程度レベルを上げたら行ってみましょうか。そう、ある程度です。


「オババオババー」

「何じゃ小娘、まだこの街におったのか」


 何とも随分な言われようです。確かに次の街へ行けますし、散策しましたが、私のホームはここです。


「オババから調合を習うまで、そして習ってからも通いますよ」

「ふん、好きにしな」


 今日も店の奥を借り、スクロールを作りました。そろそろ錬金のレベルも上げておきたいのですが、優先順位は少し低いです。まぁ、火魔法のレベル上げの場所を北側にすれば問題ないはずです。流石に50枚じゃ各魔法のスキルレベルは上がらないようで、MPの自然回復のせいで再精だけが上がっていきます。この上位スキルが何になるのかは想像出来ませんが、空間魔法のインベントリの消費を上回る回復量を手に入れているので、よしとしましょう。





 準備を終え、南東の森へと足を踏み入れました。やることは変わらないので、慎重に進めましょう。

 まずはインベントリを起動し、次に鞄からウィンドボールのスクロール204枚を取り出します。

 さー、ワタワタ狩りの始まりです。


「【ウィンドボール】」


 3枚同時使用には慣れたもので、手の感覚で持ったのが3枚かどうかわかります。周囲の確認も怠っていないので、下がろうとして木にぶつかったりしてワタワタに追いつかれることもありません。なので、ライトヒールをする必要もなく、MPが順調に回復していきます。

 何度もワタワタを狩っていくと、通知がありました。ウィンドボールのスクロールが残り43枚、綿のドロップ数140個にして、風魔法がLV25になりました。それを記念して次に見つけた群れはウィンドウェーブで一掃しました。

 何度も同じ魔法を使っていた群に対し、1発で済む。それは何とも言えない快感があります。どうやら、かなりストレスが溜まっていたようです。さぁ、次はウォーターボールです。そう思い続けていると、途中、視界の隅に文字がチラチラ写りました。

 向こうも私に気付いたようで、近付いてきました。


「リーゼロッテさん、先程……ぶりです」

「リコリスかー。名前の文字がチラチラ目に入ったけど、読めなかったよ。それと、楽な言葉遣いでいいよ」


 小柄なので年下に見えますが、直接の先輩後輩でなければ、何かしらの上下関係もありません。なら、楽にすればいいのです。


「いえ、これは、癖のようなものなので……」

「そう、まぁ、無理には言わないから。ところでリコリスも綿集め?」

「はい。同じ失敗をしないように、休憩を挟みながらですが。そういうリーゼロッテさんもですか?」

「そだよ。次はウォーターウェイブを覚えるまで続けるつもり」


 現状半分くらいは終わったはずなので、終わりは見えています。リコリスがまだしばらくここで狩るなら当分出会うことはありませんが、何かの機会に誘えばいいのです。

「……あの、失礼を承知で聞きますが、……大きく使えないと書かれている魔法陣スキルを、どうやって使ってるんですか?」

「んー……」


 MMOにおけるスキル構成はその人の努力の証と言われています。特に、私のような使えないスキルを使っている人からすれば、その価値は計り知れません。

 ですが――。


「NPCに魔力操作ってスキルを教わってね、そのお陰だよ」


 別に隠すつもりはありません。ただ、聞かれないだけです。掲示板やwikiに書き込むのは面倒なのでしませんが、聞かれたからと言って殊更秘密にもしません。


「……魔力操作。そんなスキル、wikiでは見ませんでしたよ」

「そりゃ、知り合いにも知らないって言われたからね。ちょっと手出して」


 魔力操作も今では魔力制御です。なので、一つ試してみましょう。

 リコリスと握手をする形になり、そのまま手を通してMPを流し込みます。さて、そのまま丹田付近までMPを伸ばしてみましょうか。


「え、あ、ちょっ……、あっ」


 何だかいやらしい気分になりました。

 私のMPが流し込まれる度に声を上げ、悶えています。あのむず痒い感覚に襲われているのでしょう。頬も少し上気しているのが何とも言えません。

 ……これを時雨にやるのはいいのですが、ハヅチにやるのは興ざめです。時雨が魔力制御まで育てたら時雨にやってもらいましょう。


「リ、リーゼ……ロッテ、さん、あ……、へ?」


 ピコン!

 ――――System Message・スキルを伝授しました―――――――――

 【魔力操作】を伝授しました。

 SPを1入手しました。

 ―――――――――――――――――――――――――――――


 どうやら向こうにもシステムメッセージがあったようです。MPをかなり消費しましたが、ほっとけば回復するので問題ありません。


「スキル覚えた?」

「は、はい。SPも使ってないのに……」

「それでMPを操作出来るから、魔法陣描いて、MP流し込めば魔法陣が使えるよ」

「あの……これ……」

「好きにすればいいよ。スキル構成的に要らないならほっとけばいいし、レベル上げてSPだけ取ってもいいし」


 さて、気分転換も出来ましたし、そろそろ狩りの続きをしましょうか。


「そんじゃ、私は行くから、またね」


 物凄い悩んでいる雰囲気を醸し出しているリコリスを放置し、私は狩りへと戻りました。土魔法のときはずっと同じことをしていたからいけないのです。こうやって会話を挟んで気分転換すれば、ストレスも溜まりません。そして、その時がやって来ました。

 ウォーターボールのスクロール残り42枚、綿136個にして水魔法がLV25になりました。流石に綿の塊を拾うことはなかったので、ハヅチを驚かすことは出来ませんが、目的を達したので、よしとします。

 帰りにウォーターウェイブを使ってスッキリして行きましょう。





 街に戻ってきました。そのままの足で冒険者ギルドへ行き、倉庫に綿を預ける。そこまで含めての狩りになっています。PTの場合は清算もあると思いますが、ソロなので独り占めです。このまま次の狩りに行くには時間がありませんが、落ちるには少し早いですね。今後の金策のために露店でも見に行きましょう。

 そんなわけで南側にある露店街に顔を出しています。露店自体は商人ギルドで許可を取ればどこでも出せるのですが、南側は露店を出すプレイヤーが自主的に集まった場所であるため、妙な場所で自己満足の露店を出したい人以外はここにいます。防具に関してはハヅチに一任しているので探す必要はありませんが、杖に関しては木工の分野です。時雨は鍛冶なので金属メインで、木工は鞘を作る程度のはずなので、頼るわけにはいきません。なら、露店で杖を探してみましょうか。

 歩いていると、何だか凄い行列があります。並んでいるプレイヤーは男性ばかりですが、プレイヤーの男女比を考えると不自然ではありませ……んが、目的は露店主の猫耳さんですね。

 露店の商品は他プレイヤーも鑑定で見れるので見てみると。


――――――――――――――――

【ノーマルポーション】

 初心者を脱した冒険者用のポーション

 HPを1分かけて11%回復

――――――――――――――――

【MPポーション】 

 MPを回復するポーション

 MPを1分かけて11%回復

――――――――――――――――


 の2種類です。数はそこそこですが、一人各1個までの制限を掛けています。

 効果が1%高いだけで店売りの倍くらいしていますが、あれが相場なら、通常品でいい気がします。まぁ、あそこに用はないので他を見ましょう。露店をいくつか回っていますが、その大半がポーション関連です。次に多いのは金属系の武器です。防具だけのも多いですね。おや、あそこの露店には弓があります。ということは、木工を持っているはず。


「すみませーん、ちょっと見ていいですか?」


 露店を出している茶髪の女性は突然声をかけた私に対して自然な笑みで対応してくれました。


「いらっしゃい、好きなだけ見てってよ」


 扱っている弓は、西洋風の弓ばかりです。性能が良ければ、スキルレベルも高いはずなので、いい杖が作れるはずです。


「ちなみに、杖はありませんか?」

「ああ、杖持ってるから魔法職か。ごめんごめん」

「いえ、謝られるようなことではありませんよ。弓見て木工持ってると判断して来たわけですから」

「あはは、そう。でもごめん、杖は納得の行く効果が付かなくて出してないんだよ」

「そうですか、残念です。ちなみに、関係ない話ですけど、アレ、何ですか?」


 納得のいく物がないのならしかたありません。打算的ですが、世間話で仲良くなりましょう。私が指を指した猫耳さんの方を見て、自然な笑みが苦笑いに変わりました。


「あーあれね。何でも自称ネットアイドル候補生とかでね、物好きが集まってるんだよ」

「自称ネットアイドル候補生って、何してるんだろ……」

「さーねぇ、このゲームは解像度っていうか画質っていうか、まぁ、それが今までのと段違いだから、プレイ動画の機能使ってアイドル活動するらしいよ」


 それって――。


「規約的に問題ないのかな?」


 おっと、口に出してしまいました。まぁ、本人は遠くにいるので聞こえそうにないですが。


「おやおや、規約は熟読して理解しなきゃ駄目だよ。運営が用意した撮影ツールを買って、手順に従えば、配信してもいいんだよ。まぁ、配信に興味のないプレイヤーは読み飛ばしてもしかたないけどね」

「あはは。それじゃあ、杖がある時にまた来ますね」


 あの手の規約は簡単に書いて欲しいと思っています。まぁ、読み飛ばしていい理由にはなりませんが。


「そういえばそれが本題だったね。このくらいの時間はここにいるから、納得のいく杖用意してまってるよ」

「はい、……あ、名前聞いていいですか?」


 私はメニューから設定を呼び出し、名前を表示する準備をします。

 そして――。


「私はリーゼロッテっていいます」


 名前の表示は完了。シェリスさんの名前も見えたので次からは探すのが簡単です。さて、今日はログアウトしましょうか。


「はいはい、リーゼロッテさんね、私はシェリスって……え、リーゼロッテ?」

「そうですよ」

「あー……、うん、わかった。それじゃあ、お疲れ」

「お疲れ様です」


 ログアウトの定型文を交わしたので、今度こそ、ログアウトです。

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