6-10

 ハロウィンイベントのメインである襲撃イベントを明日に控えた金曜日のお昼休み、食後の時間にオチールを口の中で転がしながら伊織が机の上に載せている2つの塊を見つめています。


「茜、話聞いてる?」

「んー? 聞いてないよ」

「もう……。ハロウィンイベントの納品、今日中にやった方がいいよって、言ってるの。明日のイベントの難易度に影響するらしいから」


 あー、平日は日課だけで、いつもと違うことはユニコーンの新技を見せていただけですから、何もしていないんですよね。


「そんなに変わるの?」

「今日の24時までに溜まったポイントで総大将が決まって、それを使って防衛設備を充実させるから、溜め込んでる人は納品してくれって連絡が回ってるの」


 なるほど。溜め込んではいますが、難易度を大きく下げられる程の数はありません。まぁ、塵も積もれば何とやらですね。


「そんじゃ、今日ログインしたら納品しとく」

「よろしくね。それで、防衛戦の時は私達と動くってことでいいんだよね」

「そのつもり。まぁ、臨機応変とか行き当りばったりとか、その場の流れとかでどうなるかわからないけど」

「そん時はそん時だよ。それに、イベント前に軽いアップデートでレギオンバトル形式の時は同じクランかフレンドならパーティー外でも場所がわかるようになるらしいし」

「へー、便利」


 葵達と合流する時に居場所がわかれば直接迎えに行けますからね。こういう便利機能の追加はどんどんやって欲しいです。





 金曜日の夜、学校で伊織に言われたことを実行するためにログインしました。

 まずは日課をこなしますが、納品を受け付けるジャックランタンは逃げません。どちらかというと時間の方が迫ってきますね。

 襲撃イベント用の消耗品や、シェリスさんやハヅチへの修理依頼は終わっているので特に日課以外に追加ですることは何もありません。

 さて、日課も終わったのでランダム仮装袋の納品をしに行きましょう。

 クランハウスから冒険者ギルドへの移動は一瞬なので、すぐに到着しました。私の様に溜め込んだままのプレイヤーが多かったようで、ジャックランタンがプレイヤーに埋もれています。ここまで来ればメニューから納品が出来るので、近付く必要はありませんが。メニューからの納品だと会話の内容がウィンドウに表示されますが、こちらの返事は「はい」か「いいえ」くらいしかないので、つまらないですね。

 手持ちのランダム仮装袋664個を納品し、イベントポイントを664P入手しました。更に、プレイヤー全体で集める防衛ポイントに664P加算され、総大将に立候補するかという質問が表示されました。そんな気は一切ないので「いいえ」を選択すると、今度は誰かに投票するかという質問に変化しました。投票はフレンドリストか同盟クランから選べるようですが、「いいえ」を押しましょう。

 これで、総大将の投票に関わる664ポイントが電子の藻屑になりました。

 防衛ポイントで交換できるものの一覧がありますが、柵やら砲台やら転移装置やら設備的なもの以外にも、プレイヤーに対するバフやMOBに対するデバフ、MOBの情報なども並んでいます。この辺りは総大将になった人が頭を抱えてなんとかしてくれるでしょう。

 用事も終わったので長居は無用です。私にはクエストというやるべきことがあるので、マギストへ移動し、魔力の渦4階で狩りをします。

 今回の討伐クエストは200体で、カウンターは50までしか進んでいません。流石に今日中には終わらないでしょう。





 そう思っていたのですが、なんとも予想外の事態です。少し遅くなりましたが200体倒し切ることが出来ました。相変わらず闇と光属性のマギドールの出現数は少なかったのですが、倒したとしてもコッペリアに変化はなかったので、同族を倒しても問題ないのでしょう。

 手に入れたランダム仮装袋は日付が変わる前に納品に行くとして、今はクエストの報告です。


「教授教授ー」

「ふむ、ここでは静かにするように言ったはずだが?」

「……失礼しました」


 怒られてしまいました。


「それで、何用かね?」

「はい、魔力の渦で200体倒してきました」

「ふむ、騒がしくとも実力は確かか。これでこの学院は君を基本クラスを修了したと認定する」


 ピコン!

 ――――クエスト【基本クラス修了認定試験】をクリアしました――――


 おー、クエストが終わりました。今回のクエストはあくまでも基本スキルに関係するものなので、下級スキルに関係する称号スキル【魔法】には【操作】のアビリティが追加されることはありませんでした。というか、基本クラスを修了するのに基本スキルの操作が必要だったので、覚えるためのクエストがあるのでしょう。


「教授、下級スキルの魔法を自由に操るようになるにはどうすればいいのでしょうか」

 あるはずですから、聞いてしまえばいいんですよ。基本クラスを修了したら次は下級クラスですから。

「ふむ、君は魔法を基本通りに使うことは出来るようだな」


 ピコン!

 ――――クエスト【下級魔法の応用】が開始されました――――

 時計塔5Fのボスを倒せ 【 】

 ――――――――――――――――――――――――――


「ならば、修練場の5階へ立ち入ることを認めよう。そして、その最奥にいる魔導真書を倒してきたまえ。だが、あそこへ一人で挑んでも魔導偽書に邪魔をされ進むことすら叶わないはずだ。学院の者以外でもいい、仲間を連れて行くことだ」

「いえっさ」


 さて、今日はもう遅いのでランダム仮装袋を納品してログアウトです。






 襲撃イベントを夜に控えた午後、いつもの様にログインしました。


 テロン!

 ――――運営からのメッセージが一通届きました。――――


 何でしょう。全く身に覚えがないのですが。


「こんー」


 定型文で挨拶をしてから確認をしましょう。

 ……どうやらイベントの総大将が決まった連絡のようです。えーと、ロイヤルナイツのフィーネさんですか。まぁ、夏イベで指揮を取っていましたし、最前線のクランで談合をしていたらしいので、当然なのでしょう。ちなみに、総大将が任命する形で攻撃隊長なり防衛隊長なりがあるのですが、ザインさんもしっかり役職をもらっているので、ロイヤルナイツだけで独占はしていないようです。

 他の役職は知らない人ばかりですし、私が関わることはないでしょう。


「リーゼロッテは、イベントの準備出来てる?」

「装備と消耗品は問題ないよ」


 ウィンドウを操作する仕草をしながら時雨が聞いてきたので、私も日課を続けながら答えました。仮に修理したばかりの杖の耐久が怪しくなっても、前の杖を使うだけです。

 ちなみに、ユニコーンは防衛戦の為に残しておきます。


「ねぇ、時雨、ダンジョン挑んだらイベントに支障出るかな?」

「ダンジョンにもよるけど、どしたの急に」

「いやー、シス教授がさ、5階でボス倒してこいっていうから」

「誰それ」

「マギストのNPCで、今やってるクエストの関係者」

「ふーん、そこのMOBはどんな感じ?」


 どんな感じと言われても、行ってないのでわからないんですよね。


「パーティー推奨で基本スキルの魔法使ってくる本型MOBの上位っぽいのが出ると思うよ」


 4階がフェイクブックですから、まず間違いなくその上位でしょう。問題はどの程度の強さなのかです。


「うーん、防衛戦って長丁場になるから、装備の消耗は避けたいんだよね」

「まー、そうだよね」

「そのクエストの報酬ってわかってるの?」


 クエストの報酬ですか。


「多分だけど、操作のアビリティの下級版のはず。ダンジョンの後にどれだけ続くかわかんないけど」


 ダンジョンをクリアしてもイベントまでにアビリティが取れない可能性すらあります。というか、その前にやっていたクエストは工程が……6個だったのに対し、今回のは1個目です。修了クエストとアビリティの習得という違いはありますが、複数の工程があっても不思議ではありません。


「……みんな付き合ってくれるってさ。準備は出来てるから、マギストのポータル集合ね」


 時雨からパーティー申請が来たので、承諾してました。そして。


リーゼロッテ:みんな、ありがとね


 お礼はパーティーチャットでしました。同じダンジョンの階層とか、ある程度の距離なら声が届くそうですが、クランハウスと街では確実に届きませんから。

 ちなみに、この状態でテレポートを使っても遠くにいるメンバーの強制連行は出来ません。





 時雨と二人、マギストのポータル付近でみんなの到着を待っていますが、ここも随分と人が増えましたね。まぁ、たまに西の方からやって来てポータルに触れて喜んでいるプレイヤーもいるので、これからどんどん増えるのでしょう。

 全員揃ってから魔術学院にある時計塔へと移動します。

 途中、わかっている範囲で下位MOBと思われるフェイクブックについて説明しました。


「本棚に収まってたりするけど、徘徊してる個体もいるから、小部屋以外も要注意だよ」

「なるほど、一応確認をしたいのだが、違う属性の魔法を使ってくることはなかったのか?」


 質問をしてくるのはほとんどアイリスですが、みんなもしっかりと聞いているので、こういう役割を受け持っているようですね。


「今のところは使ってこないよ。それに普通の時はクールタイムやディレイを無視して連射してくるようなこともなかったし。まぁ、2発目使われる前に倒してたけど」


 知っている限りの情報を吐き出し、時計塔へと到着しました。入場資格を持っているプレイヤーと同じパーティーならば、他のプレイヤーも同行出来るので、このまま一気に5階へ向かいましょう。ただ、クエストを受けているわけではないので、みんながここのクエストを進める場合はいちから進めることになります。


「そんじゃ、行くよ」


 思い思いの返事が来たので、5階へ入場しましょう。ポチッとな。





 視界が暗転し、いつもの様に古びた小部屋へと転送されました。背後には毎度おなじみの大きな扉があり、触れると外に出るかという確認のウィンドウが出ます。ただ、いつもと違う点が一つあります。


「窓がある」

「今まではなかったの?」

「うん。1階とか2階は光源も必要だったよ。それ以降は何故か明るかったけど」


 それでも古びていたりボロボロだったりは変わらないので、違うダンジョンということはないでしょう。


「……木片、多い。……足場、注意」


 斥候役のリッカが本棚や机などの残骸が散乱している中、危なげなく進みながら注意を促しました。なんとも自然体というか、荒れた場所を歩き慣れているという様子です。

 付与はグリモアと分担しているので、問題なく維持できるでしょう。


「範囲魔法が来たらあたしじゃ守りきれないから注意してね」


 基本スキルならウェイブ系だけですが、下級スキルを使ってくるのであれば、LV40で覚える強力な範囲魔法が使えるということになります。更に、ブラスト系も発動するまでは対象指定なので、狙われたら避けられそうにないですね。

 しばらくして、先にある分かれ道から何かが出てくると同時に薄っすらと赤い線が見えました。


「フレイムランス来るよ。タゲは……アイリス」


 それと同時に私とグリモアがストリームボムの魔法陣を1個づつ描き始めました。相手は火属性の可能性が高いですし、ディレイが終われば他の魔法も使えます。それに、この青い玉を投げるまで発動しないのは便利です。

 盾を構えたモニカがアイリスの前に立ちふさがり、魔法が来るのを待ち構えています。けれど、この程度ならパーティーで来るのを推奨されるとは思いません。

 何か理由が……わかりました。


「アースランス2本来るよ。今度は……両方リッカ」


 更に2体の魔導偽書が出現しました。本の色は属性の通りなのはフェイクブックと変わりませんが、その大きさは全く違います。高さ1メートルの本なんてどっかの展覧会とかで飾って有りそうなサイズですよ。


「3体か、面倒な」


 アイリスの言う通りでしょう。高頻度で魔法を放ってくるMOBが群れで襲ってくる。はっきり言って面倒です。私とグリモアはもうストリームボムの魔法陣を描いているので、今から風属性のボムを用意は出来ません。それをするにはもうすぐ出てくるストリームボムを処分しなければいけませんから。

 リッカは少し離れた位置取りをし、アースランスが来たらきちんと回避するつもりのようです。魔法使い側から言わせてもらうと、ランス系の追尾性能はほんの僅かなので、素早く一気に動けば回避は可能です。……ええ、回避されたことありますから。


「二人とも、それ頂戴。私が火属性の方をやるから、土属性の方、お願いね」


 私達がストリームボムの用意を終えると時雨が青い玉を受け取りに来ました。


「りょーかい」

「承知」


 青い玉を受け取ってフレイムランスを放ったばかりの魔導偽書へと向かっていきました。リッカが位置を調節して時雨が射線を横切らないようにしているのは流石ですね。


「私は右ね」

「我が左か」


 火属性は時雨が受け持ってくれるので、2体いる土属性の担当を分け、それぞれの攻撃方法を選びます。

 私はエアーブラストの魔法陣を5個描き始めました。

 グリモアの方は、魔法書を用意し、なにかしながら魔法陣を4個描いています。

 そういえば、同じ魔法の発動数を4個から5個にするのにスキルレベルにして30の差があるんですよね。

 時雨が投げつけた青い玉が爆発し、3体の魔導偽書を巻き込みました。流石に土属性は水属性に耐性があるのでダメージが激減しますが、火属性の魔導偽書は弱ってくれているはずでしょう。表情がないので判断出来ませんが、本がボロボロになったと言われたらそんな気がします。

 私達の方は先に発動したのはグリモアの魔法書の魔法です。エフェクトからしてエアーブラストですね。


「【エアーブラスト】」

「【エアーブラスト】」


 その後に少し時間をおいて魔法陣のエアーブラストが発動しました。スキルレベルの差で私の方が発動が早かったようです。

 まったく意識を向ける余裕がなかったのですが、モニカはアイリスを守り、リッカはキチンと回避し、その後で協力して火属性の魔導偽書を倒していたようです。

 ドロップは魔石(中)と赤色と茶色のページでした。フェイクブックと違い破れていないのですが、読めませんね。言語学のスキルレベルの問題でしょうか。


「みんな、警戒しながら集まってくれ」


 アイリスの号令で分かれ道の分岐点に集まりました。警戒する方向は多くなりますが、分かれ道から突然現れて襲われることはないので、ここを選んだようです。


「まずリーゼロッテ、魔法がわかったのは何故だ?」

「あれ? 言ってなかったっけ? 魔力視と魔法陣系の複合で、魔詠みってスキルの効果だよ。スキルレベル低いからまだ薄っすらとだけど、準備してる魔法の軌道と名称がわかるやつ」


 ふむ、てっきり言っていると思っていましたが、言っていなかったようです。まぁ、スキルレベルを上げていれば取れるので、そのうちわかると思って放置していた可能性もありますね。


「そうか。ならば一番近いのはグリモアか」

「あー、でも関連スキルだから、他のスキルからでも取れるかもよ」

「そうか。魔法陣の所属するスキル群からすると、詠唱系は入るはずだな。それで、魔導偽書だが、使ってくるのは下級魔法スキルで間違いないだろう。移動速度は不明だが、ボム系2発でも倒れないことを考えると耐久もありそうだな」


 前衛のみんなで何やら話し合っています。みんなの攻撃の威力がわからないので話には入れませんが、どうやらこのまま進むことで決定したようです。


「倒せないわけじゃないし、ダンジョンって基本的にスキルに入る経験値がいいんだよね」


 まぁ、続行を決定した一番の理由はそれのようです。基本的に最初の街から遠いほど経験値がよく、ダンジョンなら更にいいそうです。例外も沢山ありますが、そう思っておけば間違いないそうです。

 私とグリモアに関しては、雷と鉄と無属性のボムを1個づつ用意することになりました。後は、時雨達が何とかしてくれるようです。

 雷や鉄属性の魔導偽書が出てきたら、その時に考えましょう。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 出会い頭に3体の魔導偽書に範囲魔法を使われた時は肝を冷やしましたが、覚えるレベルが高い魔法ほど詠唱に時間がかかるので、加速を使った後にボム系の魔法陣を描きながら突っ込み、一気に倒しました。

 もちろん、私は勢い余って壁に突っ込んでのたうち回っています。


「……痛い」

「……リーゼロッテ、無茶はしなくていいんだぞ」

「そうだよ。範囲魔法3発はちょっときついと思うけど、それでやられるほど軟じゃないから」

 アイリスとモニカが心配して様子を見に来たようです。二人は私と違いHPが多そうですから、安心出来るのでしょう。私は魔法防御が高いステータスをしていると思いますが、基本的にソロなので、ダメージを受けないに越したことはないんですよ。それに、アンチショットを引き金に発狂モードに入ったら大変ですから。

 そういった普段の動きの違いが大きく出たようです。

 そんなこんなで入ってすぐの小部屋以来一切見なかったきちんとした大きい扉を発見しました。


「ボスだな」

「此処が我らが目指した場所か」

「だといいんだけどね。魔導真書に関しては情報ないけど、名前からすると上位MOBだよね。……それで、どうする? デスペナのステータスダウンはイベントまでに回復するから問題ないけど、装備の耐久減少はきついかもよ」


 普段であれば気にしないと思いますが、今月のメインイベントが控えていますから、不用意に行くことは出来ません。


「まぁ、私とハヅチがちょっと苦労するくらいだから大丈夫ででしょ。……あ、木製武器は諦めてね」


 私とグリモアの杖とリッカの弓のことですね。いざとなればシェリスさんに頼み込んで修理してもらうので、気にする必要はありません。グリモアとリッカも同じような考えのようで、このまま挑むことになりました。


「準備はいいな? リーゼロッテ、魔法が見えたらすぐに教えてくれ」

「いえっさ」

「それじゃあ行くぞ」


 アイリスを先頭に、ボス部屋へと突入しました。





 ボス部屋の中央には鎖で雁字搦めになっている巨大な本が鎮座しています。その鎖の出処は6個の本棚です。いかにも属性を表していますという本棚ですが、まだMOBの反応はありません。 

 全員がボス部屋に入り、入り口とボスとの中間まで来ると、巨大な本が鎖を破壊し、自由に動けるようになりました。更に、本棚も壊れ、瓦礫の中から魔導偽書が出現しました。

 ボスのHPバーが出現してから識別が効くようになり、【魔導真書】という名前が表示されました。


「ボス1、取り巻き6」

「【ハウル】」

「リーゼロッテ、グリモア、1体づつ手分けして」

「りょー、メ、メタル、レイン、来るよ。……モニカを中心に」


 まさかの鉄属性ですか。いえ、ボスですから不思議ではありませんが、急に来られると驚きますよ。まぁ、魔法陣を描き始めた後だったので間違えたりはしませんでしたが。

 モニカの近くにいた時雨達が範囲の外へ出ました。大まかな範囲はわかっているようで、範囲について私が口を出す必要はありませんね。


「あー、そっちの3体がランス系」


 いきなり面倒になりましたよ。まったく、私の口は一つなんですから、全部で4個も詠唱し始めたら口が回りません。

 ランス系を詠唱し始めた個体は時雨達が1体づつ受け持ったことで狙いが変更されました。至近距離にいる時雨とアイリスは直撃を受ける危険がありますが、気にしていないようです。


「【アイスブラスト】」


 魔導偽書の移動速度はそこそこ速いくらいですが、ブラスト系から逃げられる移動速度を持ってはいないので無事に1体目を倒しました。

 少し遅れてグリモアも1体倒したので、残りは4体です。

 属性が違うというのは、ディレイが終わるのを待って次の魔法陣を描けるので、その点に関しては楽ですね。同じ属性だと同じ属性の別の魔法を選んだり、相性の関係ない属性を使ったりしなければいけませんから。


「衝撃があああああ」


 魔導真書のメタルレインを盾を傘にしてモニカが防いでいます。けれど、鉄の塊が降ってくることによるとてつもない衝撃が連続して襲ってきているため、少しづつHPが減っています。まぁ、回復が追いつくので、問題はなさそうですね。

 次の魔法陣を描いているのですが、今度は円が4つ広がりました。


「範囲4個、モニカにはサンダーだよ」

「リーゼロッテ、範囲を明確に頼む」


 ここでアンチショットが使えれば楽なのですが、ボス戦に入ったばかりで発狂モードに入られたら終わりですよね。魔法陣を動かして円を描き、サンダーの範囲を教えましょう。ただ、今描いているのを動かすのはまずいので、少し待ってもらいます。


「次にすぐ……【フレアブラスト】」


 この後にグリモアのアースブラストも続きました。これで、残るは黒と白の本だけです。


「範囲は本体と白だけ、モニカとリッカがタゲだよ」

「……リーゼ、ロッテ、……こっちは、いい」


 モニカの方は雷属性なのでダメージを受ければ行動阻害効果が少し出ます。モニカが動けなくなった時のことを心配しているようですが、その必要はありません。というか、あの魔導偽書、モニカのヘイトスキル無視してませんかね。


「ここが範囲だよ」


 白い魔導偽書の方はホーリーではなくシャインなので、範囲が少し狭めで威力も比較的低いです。そのため、発動後に回復を急げば大事には至らないでしょう。


「このボス、動けないよ」


 モニカが突然そう告げました。

 モニカの報告によると、通常攻撃は色付きの魔力で弾幕を張るというもので、魔法ではないため【魔詠み】では表示されないようです。魔力は6色なので、下手に防御属性を付けると属性が偏った時に大変なことになります。


「【ダークブラスト】」


 私はモニカとリッカへリジェネを掛けていたのでグリモアだけが攻撃しました。残りの黒い本は、かなりのダメージを受けているので、次からは魔導真書を狙うよう言われました。


「あばばばばば」


 モニカへ向けて4発のサンダーが放たれました。視界の隅には全員のHPバーが見えているのですが、かなりの勢いで減っています。


「【ハイヒール】」


 ダメージを受けている最中にも回復出来るようです。まぁ、全損が決まっていたら無理かも知れませんが、出来る以上は大丈夫なのでしょう。5発中、4発をモニカへ、1発をリッカに向けたので回復量に差は出ますが、クールタイムが終わってから次を使うか、基本魔法の回復魔法を使えばいいでしょう。

 行動阻害効果を受けてモニカがピクピクしていますが、元から防御力もHPも高いようで、回復も間に合っているので範囲魔法は乗り切ったと見て問題ないでしょう。

 それでは私も攻撃に戻りましょう。

 相手は動けないとはいえ、走り抜けながらボム系を5個発動させるようなことをしたら弾幕で蜂の巣にされてしまうので、遠距離攻撃が基本です。まぁ、固定砲台なのでブラスト系が妥当ですね。

 グリモアと一緒にある程度試した結果。


「うむ、鋼鉄の衝撃が最も威力を示すようだ」


 魔法防御力が高いようですね。物理防御力もそこそこありそうですが、魔法防御力ほどではないようで、鉄魔法を主軸に魔法を回しています。


「ライトニングランス、時雨に」


 雷属性だけは発動させないようにしていますが、これはまずいですね。他の魔法ならいざ知らず、雷だけはまずいです。あれを見てから避けることは出来ませんし、命中すればしばらくは動けません。吹き飛ばされて転がるとは別の種類の問題ですから。

 時雨は距離をとって動けない間に弾幕を向けられないようにするつもりのようです。

 通常攻撃の大半はモニカへ向けられているのですが、どうにもヘイトとは無関係に近くにいるプレイヤーを少し狙うようで、その枠で魔法を結構撃たれています。

 遠くにいる私とグリモアが全く狙われないので、モニカはしっかりとヘイトを稼いでいるということに間違いはありません。


「【リジェネ】」

「ありがと」


 念の為以上の価値はありませんが、あるに越したことはありません。

 流石に雷属性を見てから回避することは出来なかったようで、少しの間動けないようです。


「もうすぐ黄色になるぞ」


 いつの間にかかなりのHPを削っていたようで、もうすぐHPバーが黄色へと変化するはずです。ボス戦の共通点として、取り巻きの追加あたりが妥当なところでしょう。

 そして、魔導真書のHPが30%を切り、黄色へと変化しました。すると、魔導真書のページが9枚、放り出されました。……え、9枚? 反射的に魔力視で属性を確認しました。


「基本6属性と雷と鉄と無だよ」


 そして、9体の魔導偽書が出現しました。ここで今まで遭遇していない属性が出現するとは、厄介ですね。まぁ、一つ確認しましょう。


「グリモア、無魔法、どこまでいってる?」

「魔力の雨を降らせようぞ」


 どうやら私の考えを理解したようです。ええ、ゲームの常識ですよね。レベルを上げて物理で殴る。私達は魔法使いですから、属性相性に関係のない無属性で殴ればいいんです。


「みんな、なるべくまとめて」

「【ハウル】」


 少し前から使わなくなっていたヘイト上昇のスキルをモニカが使いました。どうやら増援の為に温存していたようです。

 他のみんなもよくわからない足止め系のスキルを使っています。うーむ、私が知らないスキルがいっぱいですね。


「【マジックレイン】」


 多少ずれましたが、私とグリモアのマジックレインが合計で10回発動しました。スキルレベル40で覚える魔法も使えるグリモアの魔法書系のスキルレベルはどの段階でいくつなのでしょうかね。案外、私の魔法陣系と同じくらいかもしれません。

 範囲魔法を等倍で10発も受けたので、取り巻きが全滅していました。無属性の魔導偽書も、無属性攻撃に対する耐性があるわけではないので、これが一番早い方法でしょう。下手に鉄や雷にすると、その属性の魔導偽書が残りかねませんから。

 一瞬、固定砲台の魔導真書が私の方を見た気がしましたが、すぐにモニカがいろんなスキルを使い、タゲを自身に固定しました。その手際、流石です。

 攻撃しながら観察していましたが、魔導真書の詠唱速度が上がりましたね。これは状況によっては私の口が間に合わない可能性があります。まぁ、雷属性は何度も受けているので、何とか我慢してもらいましょう。


「し、……っびれたー」


 最初の被害者は時雨でした。警告出来なかったので心構えが出来ていなかったようですが、モニカのフォローで通常攻撃で蜂の巣にされるようなことはなく、HP的にも回復が間に合う量でした。ちなみに、通常攻撃も6色から9色に増えているので、モニカも黄色だけは必ず回避しています。


「もうすぐ10%だ」


 さて、最後はどうなるんでしょうかね。取り巻きの追加に関してはどうにでもなるのですが、使用魔法に中級スキルが追加なんてことになったら最悪ですね。

 そして、魔導真書のHPバーが10%を切り、赤くなりました。さて、魔導真書の発狂モードは何でしょう。

 取り巻きの追加はないようで……、あ。


「魔法陣2個、後、詠唱も1個」


 魔法陣の2個は見ればわかりますが、詠唱が残っているのも厄介です。知らなければ魔法の発動手段が詠唱から魔法陣に変わっただけだと思ってしまいますから。


「おっと、詠唱速度も結構上がったね」


 流石に魔法陣の発動速度と同等とまではいきませんが、詠唱省略のカンストくらいはありそうです。ええ、私より早そうですから。

 完全に私の口が間に合わず、みんなのダメージが蓄積していきます。けれども、回復は間に合っているので、順調に魔導真書のHPを削っています。

 そして、その時は来ました。


 ――――Congratulation ――――


「やったー」

「我らの勝利」

「疲れたー」

「魔法主体のボス、いい経験になったな」

「……しび、れた」

「ふう、やったね」


 特に口が疲れました。順番待ちのプレイヤーはいないようですが、ボス部屋に長居はしたくないので、奥の扉に触れると、6階へ行くか入り口へ行くかの選択肢が出ましたが、6階へは条件を満たしていないので、灰色になっています。


「じゃあ、入り口に戻るよ」


 みんなから同意を得たので入り口に戻りました。






 暗転の後に見えた時計塔入り口にはいつものように人が溜まっています。邪魔にならないように隅っこで結果の確認です。

 ドロップは魔石(大)と魔力を帯びた冊子というアイテムです。冊子とは言っていますが、本の一部と言った方が正しい気がします。現時点での使い道は不明ですが、そのうちわかるでしょう。

 いろいろとスキルレベルは上がっていますが、カンストや新しいアーツを覚えたりということはありませんでした。まぁ、しかたありませんね。


「おー、新しいスキルの条件満たしたよ」


 そう言ったのはモニカです。何でも、魔法盾というスキルで、元々あるマジックコートという魔法防御力を上げるアーツの強化版のようなスキルのようです。盾の種類を問わないスキルのようで、魔法防御力もどんどん上がることでしょう。


「そんじゃ、私はクエストの報告してく、ぐえ」


 シス教授の部屋へ向かおうとすると、誰かにローブを捕まれました。


「はいはい、ちょっと待って。私達は学院内だとリーゼロッテから離れられないんでしょ。着いてくから、一人でいかないの」


 犯人は時雨でした。しかたありませんね、時雨への仕返しは後にして一緒に行くことにしましょう。

 私以外はまだ魔術学院を見て回っていないのか物珍しそうに辺りを見回しています。大まかに施設の説明をしながらシス教授の部屋へと到着しました。

 さてそれでは。


「教授教授ー」

「また君かね。静かにするよう言っておるだろうに」


 ふむ、やはり怒られますね。


「魔導真書、倒してきました」

「ふむ、思ったより早かったの。それだけの実力を持っとるということか」


 クエスト完了のメッセージと共に、シス教授が戸棚から羊皮紙のらしき物を取り出しました。


「これを渡そう。君が望んでいる物だ。……それと、君の仲間の……彼女に話がある」

「我か?」


 そういって視線を向けられたのはグリモアです。まぁ、この中で魔法スキルをちゃんと育てているのはグリモアぐらいですからね。


「君にはまだこれを手にする資格はない。けれど、この学院で順当に学び、これを手にする段階に至れば、私の元へ来なさい。その時は今回の試験を免除しよう」

「我への配慮感謝する」


 そう言いながらスカートをつまみながらお辞儀をしています。細かい作法はよくわかりませんが、あれですね、カーテシーですよ、きっと。

 グリモアの場合はクエストのクリアフラグが立ったけど、その前提条件を満たしていないから報酬が貰えないという状態なのでしょう。つまり、基本クラス修了認定試験というクエストを終わらせれば、そのままこのクエストも終わって報酬がもらえるはずです。

 ちなみに、私が渡された羊皮紙はラーニングスクロールですね。前にもらったのと比べると少し豪華ですが、基本スキルと下級スキルの違いでしょう。

 早速使います。


 ピコン!

 ――――System Message・アビリティを習得しました―――――――――

 【操作】を習得しました。

 下級スキルの魔法を発動時に補正がかかります。

 ※詳しくは【魔法】を参照してください。

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 ふっふっふ、これで下級魔法も私の思うがままですね。まぁ、練習は必要ですが。


「また、何か学びたいことがあれば、わしの元へ来なさい、例えば、その前のと同じ様に見えて違うものとかのう。……この学院は魔導の深淵を覗くものを拒絶することはない」

「わかりました」


 少し気になることを聞きましたが、クエストも終わったので今回はここで終わりにしましょう。

 みんなで学院の外へ出てログアウトですね。


「すまぬが、我には向かうべき場所がある故、ここで失礼する」


 そう言ってグリモアだけは別行動になりました。ふむ、そういえば別のダンジョンでMOBを倒してこいというクエストがありましたよね。……まぁ、切のいいところで教えてくれるでしょう。

 ログアウト前に装備の耐久を確認するよう言われたので見てみると、少し減っていますが、防衛戦に支障が出るほどではありませんね。時間があったら頼めばいいでしょう。

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