3-9その1
金曜日、今日はレイドボスに挑む日です。午後のログインの時間はスキルレベル上げに費やし、雷魔法と鉄魔法を両方共LV20にし、ランス系の魔法を覚えることが出来ました。これで、事前に出来ることはやったはずです。ランス系の便利さを体感するのは今度ですね。
ちなみに、集合場所は中間ポータルですが、皆で集まってから行くことになっています。
おやや、ああ大変です。ヤタと信楽が空腹を訴えてきました。この突っついてくる仕草はとても可愛いのでこのまま味わっていたいのですが、しかたありません。
いつもの様にゴブリンの丸焼きと焼き魚の大成功品を取り出しました。流石は大成功品、中々の食べっぷりです。
ピコン!
――――System Message・従魔のなつき度が一定値を超えました――――
【ヤタ】のなつき度が50%を超えました。
従魔の持ち物装備欄が解放されます。
――――――――――――――――――――――――――――――
おや、これが噂の装備欄ですか。噂なんて聞いたことありませんが、前に時雨から聞いていたので間違いないでしょう。ただ、信楽には装備させたい物がありますが、ヤタの場合はこのままが一番だと思っているので、何かを装備させるつもりはありません。まぁ、乗れるくらい大きくなったら考えますが。いえ、それでもそのままが一番いいですね。仲間を呼ぶスキルがあれば、紐でも付けるかもしれませんが。
そんなこんなをしていると、全員そろいました。ここからはハヅチの指示通りに動きましょう。
「まずはアイテムの確認だ。前衛にはHP系のポーションを、後衛にはMP系のポーションを多めに渡してる。後、魔法使いの四人は、付与用の欠片の数を確認してくれ」
よく見たらこのポーション、全て私が作ったものですね。それ自体に文句はありませんが、随分と作ったものです。まぁ、スキルで一括生産しているので実感はありませんが。
そういえば、オババに自分で調べろと言われましたが、何もしていませんね。まぁ、今は今月の残りはレイドと第二陣歓迎会で忙しいので、来月にしましょう。ええ、明日ではありません、来月です。
それに、今は確認の続きが優先です。付与用の欠片は緑だけ数が少ないですが、今回の敵は水属性で、付与するのは土属性です。つまり、使うのは茶色だけなので、何の問題もありません。まぁ、念のためというか、普段の狩りでも使えるように配っただけですね。どの道、簡単に手に入るアイテムを抱え込んでいてもしかたないので、渡すつもりでしたから、手間が省けたと思うことにします。
全員の確認が終わり、クランハウスのポータルから中間ポータルへと移動しました。そこで昨日顔合わせした人達を探すのですが、やけに人が多いですね。それとも元々これだけの人が集まるような場所だったのでしょうか。
「あーいたい……た」
おや、ハヅチが急に不機嫌になりましたね。試しに視線を辿って見ますが、何もわかりません。とりあえず近付きますが、どうしたものやら。
「ザインさん、お待たせしました」
「まだ集合時間前だから、待ってないぞ。それと……、いくつかのPTが護衛として同行する。それから、……すまない」
この辺りにいる人達は護衛ということですか。そういえば――。
「前にプレイヤーキラーに集団で襲われたんですよね」
「……何故知ってる。一応、箝口令をしいているはずだが」
これ、秘密だったんですかね。
「グラート本人が言ってましたよ」
「なぁ、リーゼロッテ。何でPKクランのクランマスターと知り合いなんだよ」
「前にプレイヤーキラーに遭遇したって言ったでしょ。そん時の相手の一人がグラートだったから。そんで、センファストの教会にいたら、最前線の人達とプレイヤーキラーがどんどん戻ってきて、グラートに話しかけられたんだよ」
そう、あの時は確か……、まぁ、クラスメイトから面倒な相談を受けていました。ザインさん達かはわかりませんでしたが、どうやら本人達だったようです。それにしても、確か親分とか呼ばれていましたが、クランマスターだったんですね。
「だそうですよ」
「君の交友関係はよくわからないな。セルゲイさんと知り合いのようだし」
「私のフレンドリストなんて、数人しかいませんよ」
これ以上ザインさんを拘束しているのは、全体の遅延に繋がりかねないので、離れることにしました。到着報告だけだったのですが、長居しすぎましたね。
それにしても、時雨は何故私の後ろに隠れようとしているのでしょうか。一部が大きいせいで隠れられていませんが。
「しーぐーれーさーーん」
その声が聞こえた瞬間、ハヅチの不機嫌さが増し、時雨が他のPTメンバーで周囲を囲むようにしました。そういえば、何かしつこい人がいると言っていましたが、その人関連でしょうか。
ザインさんも、何故だが謝っていたので、知っているのでしょう。
「やあ、ハヅチ君、時雨さんはどこだい?」
突如現れたのは、風貌からしてかっこつけたイケメン風の魔法使いです。グリモアの様に独自の世界観を持っているわけではないようですが、関わり合いにはなりたくないですね。
「あんたに教える必要はない」
「ははっ、僕と時雨さんの仲に嫉妬しているのかい? 男の嫉妬はよくないよ」
あ、この人無理です。
私は他人の言うことを聞きませんが、この人は会話が成立しない人です。そんな厄介な人に狙われるとは、可哀想な時雨です。
目敏く私の背後に隠れようとしている時雨を見付けたようで、近付いてきました。
はぁ、めんど。
「時雨さん、ここにいたんですね。今回は僕達も護衛に参加するので、プレイヤーキラーが来ても、怖くありませんよ」
「そうですか。じゃあ、持ち場に戻って下さい」
「貴女の隣が僕の持ち場ですよ」
……。
「……貴方がいると迷惑です」
「そんな恥ずかしがらなくていいんですよ」
我慢できず逃げようとした私を押しとどめ、無理やり盾にされました。いつもしていることなので、ここは諦めて盾になりましょう。それにしても、誰にでも穏やかに接する時雨がここまで嫌うなんて、本当に何をしたのでしょうか。まったくもって謎です。
「さて、出発前の確認しよっか」
「そうだな。パーティーごとに確認すっぞー」
ここは無理矢理にでも近付けなくするしかありません。ハヅチも同じ考えのようで、すぐに乗ってきました。
私達は2PTなので、それぞれのPTで円になって装備の確認と言う名のやり過ごしを始めました。ロングトード戦は道案内された時に確認して試したので、レイドボスについて話します。それにしても、この邪魔な人、離れる気配がありませんね。
「そこの人、外に漏らせない話題があるので、離れて下さい」
「僕のことは気にしないでくれ。何を聞いても口外する気はないから」
「ザインさーん、自称護衛の人が邪魔するんですけどー」
警告はしました。それでも動かないのであれば、後は問答無用で権力の乱用です。説得なんて面倒なことはしません。何せ、会話が成立しない人に説得なんて出来ませんから。
私の行動に自称護衛の人は驚いています。この人からすれば、いきなりレイドの中心人物に文句を言われるとは思わなかったのでしょう。時雨に直接的な被害があるのなら、手段は選びませんし、段取りはすっ飛ばします。
私がザインさんを指名したため、本人が直接やって来ました。後ろに何人かいますが、私の知らない人達です。
「紅蓮、君は今回の護衛に立候補した時、俺の指示に従うと言ったよな」
「ええ、ザインさんの指示には従いますよ。けれど、僕の胸の内から出る感情は、何よりも優先されるんです」
……キモ。まさか私が他人に対してここまで何かを思うことがあるとは。
さて、それでは指を向けてポップアップするのを待ちましょうかね。おや、今まで気付きませんでしたが――。
「へー、ブラックリストってその人の所属クランも追加出来るんだ」
「リーゼロッテのそういうとこ、見習わなきゃね」
追加の操作をしていたのですが、時雨がそれを止めました。そして、邪魔な人と向き合いました。
「……」
邪魔な人をブラックリストに入れたので、何を言っているかはわかりません。けれど、何か慌てていますね。
「貴方が人の話を聞かない以上、私も貴方の話を聞く必要はありません」
そのままブラックリストに追加するときの動きをしました。他人のウィンドウは基本的に見えませんが、おそらくは追加したのでしょう。
邪魔な人が時雨に取り縋ろうとしましたが、空中に現れたウィンドウに弾かれています。それを何度も繰り返していると、次第に弾かれ方が強くなっていきました。
「ちょっと紅蓮、それ以上は!」
少し離れてみていた人達が邪魔な人を抑えました。もしかして、何度も触ろうとすると何かが起きるんですかね。
「みんな、騒がせてごめんね」
「時雨のせいじゃねーよ。ザインさん、クランとして、あの人のクランをブラックリストに入れます」
ザインさんの返事を待たずにメニューを操作し、作業が終わると確認のウィンドウが表示されました。私は相手の人の名前もクランも知らないので肝心な部分が【***】となっており、フレンドリストに関係者はいないと出ています。これはあくまでも確認のためなので、【OK】ボタンしかありません。これは、クランマスターの責任で行う設定のようです。
「ザインさん、レイド前に空気を悪くしたくなかったのですが、こちらにも我慢の限界があります」
「これは言い訳にしかならないが、護衛を断わった場合、勝手についてくる可能性があった。それなら、役目を与えて行動を制限しようと思ったのだが、意味がなかったようだ。すまない」
本当に、本当に、事前会議で何があったのでしょうか。何せ、ザインさんまでちゃんと事情を理解しているのですから。まぁ、思い出したくないかもしれないので聞きませんが、傍から見ればあの人のクランよりも私達を選んだということになります。そのことで損をさせるのは癪なので、より一層、やる気を出さなければいけません。
ハヅチとザインさんが話していると、また誰かが近付いてきました。まったく、レイド前に騒がしいですね。
「ザイン、お前はもう少し相手を選べ。まだ全員を受け入れることが出来るほど組織が出来上がっていないだろ」
今度は誰でしょう。出発まで時間がないというのに、新しい揉め事が出てきたら出発出来ませんよ。
「アブサロムさん……」
「君達にも迷惑をかけたようだ、すまない」
「いえ、【オフェルの丘】のマスターに謝られるようなことはされてませんよ」
「まぁ、確かに今回俺は部外者だな」
随分とまぁ大物が出てきましたね。多くのゲームを股にかける大規模ギルドのリーダーですよ。初心者支援から攻略・生産まで行う何でもギルドのリーダーとこんなところで会うとは思いませんでした。
もしかして、ザインさんもあそこの出身なんでしょうか。新しいゲームに移る時に独立する人が多いと聞きますし。
「ザインさん、時間になりますよ」
「あ、ああ、そうだな。よし皆、準備は出来てるな」
時間も迫っているのでレイドへ向けて出発することになりました。今回のレイドに参加するパーティーは守られながら移動するわけですが、こうも護衛に囲まれているとVIPになった気分です。余所見をする余裕もあるわけですが、あの破戒僧やら武道家やら格闘家やらが集まっているのはマスタークンフーさんの関係者でしょうか。マスタークンフーさんやブゥードゥーさんやセルゲイさんのPTは寄せ集め感がするので、セルゲイさんのクランメンバーであるリコリスの姿を探していますが、流石にいないようです。それでは明日のフリーマーケット前に顔を出してみましょうかね。
「君達、少しいいか?」
そうやって声をかけてきたのは歴戦の戦士の風格を漂わせているプレイヤーです。ええ、さっきも見たのでわかりますよ。オフェルの丘のクランマスターのアブサロムさんですね。
「どうしました?」
ハヅチが代表して対応していますが、わざわざこんなエンジョイ勢のクランに何のようでしょうか。
「ハヅチに、時雨に、リーゼロッテで間違いないか?」
「……確かに俺はハヅチですよ」
「そうだよな。女の子の名前を勝手に答えはしないよな。移動しながらでいいから、少し話を聞いて欲しい。唐突だが、クラン同士のいざこざに巻き込まれたりはしてないか? ああ、クランシステム実装前後に、プレイヤーの争奪戦があってな、その対象になったプレイヤー全員に声聞いて回ってるんだ」
それはまぁ――。
「随分と今更な話ですねぇ」
「ま、そうだよな。何せ、一人だけ、どのクランも一度も接触出来なかったらしいからな。俺達のクランとしてはクラン同士の争奪戦で嫌気がさしてゲームを止めるプレイヤーを減らしたいから声をかけてるんだが、様子を見る限り、俺達がでしゃばる必要もなさそうだけど、声をかけないわけにもいかなくてな。それじゃ、邪魔したな」
アブサロムさんとしては、クランの行動方針から声をかけたというところでしょうか。声をかけなかったという前例を作らないためという可能性もありますし。ザインさんから争奪戦に関する話を聞いた記憶はありますが、テスト前の休止期間とモロ被りしたせいで、何もなかったので忘れていましたし、今の話を聞いて思い出した感もあります。
「ま、何かあったら声かけてくれ」
最後に遠くから叫んでいます。今でもクラン同士の派閥争いがあるのでしょうか。私の知る限り、オフェルの丘が街の解放に関わるシステムメッセージを流しているのを聞いたことありませんが、HTOにおいて発言力があるのでしょうか。
「時雨、さっきの中間ポータルってどこが解放したの?」
「えーと、アカツキだから、ザインさんのところだよ。ウェスフォーでロイヤルナイツに追いつかれたけど、また一歩リードしたって聞いたし」
なるほど。
「そういった意味だと、オフェルの丘って発言力ないよね」
「まぁ、あそこは特別だからね。人脈が広いし、あっちこっちに食い込んでるから。ちなみに、リーゼロッテも二回流してるから、やろうと思えば発言力は持てるはずだよ」
「その場合、ハヅチじゃないの?」
私は隠れ家のメンバーですから、クランマスターであるハヅチが担当してもらわないと困ります。面倒ですし。
「だって、最初は臨時PTで二回目はソロだったでしょ。しかも、クランマスターじゃないから、個人になると思うよ」
てっきり私を確保すればシステムメッセージ二回分も付いてくるからお買い得とか思っていたのですが、そんなことはなかったようです。まぁ、あくまでもその取り決めをした人達の間でしか通用しませんけどね。
護衛の人達はローテーションしているようで、休憩を挟まずに進みきり、街のような物が見えてきました。その前には巨大なドーナッツ状の湖があるので、昨日も来た目的の場所に間違いありません。
レイドメンバー及び護衛のプレイヤーの全員が、無事に目的地に着いたと思った瞬間、その一瞬の気の緩みを狙ったかのように魔法が炸裂しました。
どうやらプレイヤーキラー達はこの瞬間を狙っていたようで、何ヵ所も同時に襲われています。今はまだ護衛の人達が抑えていますが、気の緩んだ瞬間を狙われたせいで、中に入り込まれ、迂闊に攻撃できないようです。
「ボス部屋に入るぞ」
そう声に出したのはザインさんでした。周囲を見渡すとレイドに参加するパーティーは移動を開始しており、視界の隅に表示されているパーティーリストにはレイドを組んでいるパーティーの分も表示されています。確か、現時点ではレイドシステムは解放されておらず、ボス部屋に入ったパーティーだけが申請出来るようになっているそうです。
今回のレイドボスの場合、レイドを組んでしまえば後から他のプレイヤーが入ることが出来ないそうで、準備の時間は減っていしまいますが、プレイヤーキラーからは守られるということです。
「おうおう、リーゼロッテじゃねーか。せっかくだ、俺と勝負しろ」
「え……」
ボス部屋へ向かって走っていたのにも拘わらず、突然影が差し背後でグラートが剣を振りかぶっていました。近付かれるような気配はなかったのですが、予想外のことに反応が遅れ、今からでは避けられそうにありません。
まずいですね。前衛の一撃をくらってHPが残るとも思えませんし、ショートジャンプを使って逃げようにも、時間が足りません。
「ようグラート、先に俺とやろうぜ」
「ぐげ」
今度はアブサロムさんですね。何とかギリギリ間に入ってくれたようですが、逃がすために思いっきり蹴り飛ばされました。お礼を言うべきなのですが、素直に言いたくないですね。
「痛てて。とりあえず、ありがとうございます」
まぁ、言いたくなくても言わなきゃだめですね。
ドーナッツの穴の位置にある陸地へ全員が足を踏み入れるとレイドボスが出現するらしいのですが、一人でもそこへ掛かっている橋に残れば、最初の一人が足を踏み入れてから表示されるカウントが0にならない限り、ボスは出現しません。
橋にたどり着いたのは私が最後でしたが、マスタークフンフーさんが橋に残り、準備の時間を稼ぐことになっています。
「全員、準備を」
パーティー毎にまとまり、盾職を中心に付与魔法をかけていきます。その最中でもカウントは順調に進んでいるので、手間取ることは許されません。位置取りも大事で、時計でいえば、12の位置に2PT、3と9の位置に時雨PTとハヅチPT、6の位置に2PTです。ちなみに、ボス部屋へ入った瞬間、外の様子は見えなくなります。ただ、外からは見えるようで、他のクランが挑んでいる時は、情報を得る目的で観戦しているそうです。
「OKだ」
それぞれのパーティーリーダーが準備完了を伝えました。
さぁ、これでレイドが始まります。
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