3-8

 夜のログインの時間になりました。最近は暑いので、エアコンの設定温度にも気を付けなければいけません。冷やしすぎると風邪をひいてしまいますし、暑すぎると脱水症状になってしまいますから。

 ログインすると、そこはクランハウスに取り付けられたポータルでした。街でログアウトした場合は、クランハウスにログインするように設定したので、移動がとても楽というか、なくなりましたね。

 日課を済ませ、私は景観ポータルである、【湖を見渡す祠】へと移動しました。ハヅチや時雨達は茶色の欠片を取りに行っているのですが、私は何故か緑色の欠片を取ってくるよう言われたからです。何でも、他のクランに取得場所の情報を流す前に数を揃えておきたいとか。まぁ、今回必要なのは茶色の欠片なので、そちらに人数を割いているわけです。

 そうこうしている間に本日最初のシカジカが見えてきました。確か、前回は全部で12発くらい撃ち込んだので、同じようにしましょうかね。

 一回ずつきちんと下がれば問題ないはずですし。


「【フレイムランス】」


 魔法陣を三つ描き、炎の槍を放ちます。そのまま着弾を確認せずに下がり、ディレイが終わると同時に次の魔法を準備しました。


「【メタルボルト】」


 次の三発は、ボルト系なので威力は抑え気味になっています。威力のせいなのか、シカジカが重いのかはわかりませんが、多少怯むくらいですぐにこちらへ向かってきます。まぁ、他の属性と比べれば時間が稼げているので、良しとしましょう。


「【ライトニングボルト】」


 下がってからディレイ明けに選んだのはもちろんこれです。流石に前回使った順番は覚えていませんが、こちらもある程度の行動阻害があります。ボルト系は両方共ランス系と比べるとディレイが短いので、次の魔法を早く始められます。


「【マジックランス】」


 手の届く範囲に近付かれながらも放った最後の魔法はもちろんこれです。リザルトウィンドウもしっかりと表示されました。

 マジックランスはダメージに基づいた怯みのようなものはありますが、属性に基づいたものがないので、先に使った場合、シカジカの角に貫かれてしまうでしょう。流石にぎりぎりの中での実験はしたくないので、発動数を減らすこともしません。今日はヤタも信楽も召喚していないので、MPには余裕もあります。それに、知力上昇のレベル上げも兼ねているので、魔法を多く使うことに問題はないでしょう。

 まぁ、日課の作業と今のとで、既にLV5まで上がりました。基本スキルだからなのか、使ったのが下級スキルだからなのか、シカジカが強いのかはわかりませんが、上がりがいいのは楽でいいです。このスキルの場合、INTに補正があるので、威力や最大MPやMP回復量が上がるので、とてもとても大助かりです。

 スキルを覚える切っ掛けをくれたグリモアには頭があがりませんね。

 奥へ行って複数のシカジカに遭遇してしまうと自慢の角に貫かれてしまい、紙装甲の私はあっという間にHPを全損してしまうでしょう。それでは意味が無いので、あまり奥へは行かず、セーフティゾーンである湖付近をうろうろしています。

 時々シカジカを探すという理由を付けて木の上に飛び乗っていますが、そんなことをしているからでしょうか、軽業スキルがLV10になってしまいました。スキル無しで同じことをしようとした場合、かなりのSTRが必要だと思うので、スキルの補正に驚いています。

 どれだけのシカジカを倒したのかは忘れましたが、戦闘が終了すると通知が来ました。内容を確認すると、炎魔法がLV20になり、ファイアストームという魔法を覚えました。試しに誰も居ないところで使ってみましたが、これは範囲魔法ですね。広さはウェイブ系と同じくらいなので、群れと遭遇した時には使えそうですが、他の範囲魔法がないと続かないのでお蔵入りです。

 ちなみに、属性の都合があるので、新しい魔法を覚えても炎魔法を使い続けます。

 同じ数のシカジカを倒す前には無魔法もLV20になりそうですが、その前に木の上で休憩していると、遠目ながらも妙な光景を目撃してしまいました。

 普通の森でしたが、突然木が出現したのです。

 HTOでMOBが出現する瞬間を見たことはありませんが、今出現した木は時間を早送りしたかのように見えました。もしかしたらこのマップにはトレントでもいるのでしょうか。それなら杖に使えそうな素材を落としそうですね。一応、用心のために手当たり次第に識別をしますが、木としか出ませんし、看破も何かを見破るどころか、スキルレベルも上がらないので、本当にただの木のようです。

 どうにも気になってしかたないので問題の場所を訪れましたが、妙な点はありま……。

 また遠くで木が急激に成長しました。これは現場を近くで見るしかないと判断し、森の中を駆けます。

 この時、気付くべきでした。この森に出現するシカジカと遭遇しないことに。

 木が急成長する場所へと向かい続け、ようやく木が急成長する場面に遭遇することが出来ました。そこから先は部分的に木がない場所があり、そこを辿って行くと今度は倒された木が消滅する場面に出くわしました。どうやら、倒された木が時間経過で消滅し、しばらくしてからそこに木が生えるようです。そういえば信楽と出会った時は、足場にしていた木を倒されましたね。MOBは木を倒したくなるのでしょうか。

 私は信楽のようなMOBと出会えることを期待し、破壊の跡を辿ることにしました。ちなみに、倒された木を回収出来ないかと思いましたが、触っても変化がないので、伐採などのスキルが必要なのでしょう。

 ある程度進むと今度は木が倒れる音が聞こえました。これは近いですね。音のする方へと駆け出し、その巨大な姿を目にすると同時に足をばたつかせ減速し、思いっ切りUターンしました。

 見るからにあれは遭遇してはいけないやつです。

 木が急成長するのを見てから一度もMOBに遭遇しなかったのはアレが原因なのでしょう。ヤタの時のように識別した結果、タゲられても面倒です。そのため、確認作業の全てを放棄し、逃げ出しています。けれど、私は音を立てすぎたようです。


『GAAAAA』


 アレはこんな風に叫ぶんですね。まぁ、現実にいないので、似合う叫び方にしているのでしょう。実際、狸の鳴き方も、『TANU』ではありませんし。

 そんなことを考えながら走っていると、背後から破砕音が聞こえてきました。振り返るのも怖かったのですが、勇気を振り絞って振り返ろうとした瞬間、横を木が通り過ぎました。その投げられた木によってもたらされた破壊の巻き添えをくらい、破片でHPが少し減ってしまいました。ただ、投げられた木は、周囲の木を破壊しながら向かってきたため、狙いがずれたようです。投げられた木によって破壊された木の破片が掠っただけなので大したダメージではありませんでしたが、完全に狙われていることがわかったので、意を決して鬼のようなMOBへと振り返りました。

 今更詠唱反応を気にする必要がないので識別すると、【オーガ】という名称だけわかりました。

 どう考えても強MOBじゃないですか。私が狙っていた草食動物とは大違いの肉食化物ですよ。

 そ、そうです。直接攻撃されていないのですから、リターンで逃げれば……、あ、掠った木の破片がオーガからの攻撃扱いになっているようで、戦闘中判定されています。つまり、私は逃げられません。こうなったら、シカジカを探して擦り付けるしか……、シカジカをすぐに倒して追いかけてくる未来しか想像出来ませんね。識別でも魔力視でも属性が見えなかったので、恐らくは無属性でしょう。とりあえず、出来ることをするまでです。


「【フレイムランス】」


 今一番威力のある魔法です。炎の槍を放ったところで、結果を確認せずに移動します。ディレイが明けると同時に次の魔法を詠唱しました。


「【ライトニングボルト】」


 気付けばオーガが手にした木を振り回せば薙ぎ払われる範囲まで近付かれていました。どうやら移動速度はオーガの方が速いようです。これ、木を手放したらもっと速くなるのでしょうか。とりあえず、雷属性の行動阻害を受けている間に逃げながら鞄をあさり、目的の物を探します。基本スキルのスクロールでは、大量に消費しても一枚一枚のダメージが低すぎると思うので……、ダークボールのスクロール、200枚以上ありますね。目的のスクロールではありませんが、一応確保してっと。あ、目的の物がありました。


「【マジックランス】」


 ボルト系のディレイは短いのですぐに次の魔法を放てますが、近すぎます。ここで一度はやってみたい行動を取ります。オーガは体が大きいので、小回りが効かないはずですから。ただ、マジックランスは無色なのに光るというよくわからない槍なので、後ろを走っても隠れることは出来ませんでした。向こうは見えにくいながらも私を認識しているようで、武器として使っている木から手を離し、殴りかかってきました。まぁ、私とオーガの間にはマジックランスがあるので、私が攻撃を受ける前にマジックランスが命中し、怯みとまではいかなくとも、攻撃を受けるまでの時間が僅かに伸びました。その時間を利用し、不格好ながらも股の下をスライディングするようにくぐり抜けます。そこでおまけです。


「【ダークボール】」


 手にしたダークボールのスクロールを全て発動しました。すると、周囲が闇に包まれ、真っ暗になりました。自分の魔法でダメージを受ける仕様でなくてよかったです。ただ、こんなアクティブなことには慣れていないので、オーガの股下を潰される恐怖と戦いながらくぐり抜け、反対方向へと抜けました。前衛は苦手ですが案外出来るものですねぇ。

 少し走ってからオーガの様子を確認すると、弱っているようですが、瀕死というほどではありません。今ほどMOBのHPが見えない仕様を呪ったことはないでしょう。フレイムランスのクールタイムが終わるまでもう少しかかるので、別の魔法を使います。鉄魔法があの巨体に通用するとは思えないので、別の魔法です。


「【ホーリーランス】」


 ダークボールの闇で視界を覆ったので、今度は光で目眩ましです。これが人間相手なら、暗闇の中で瞳孔が開くので、余計に眩しく感じるはずです。けれどAIかなにかに制御がされているMOBなので、どの程度の効果があるのかはわかりませんが、効果があると期待しての行動です。このまま下がりながらディレイ明けを待って次のまほ……。


『GAAAAA』


 オーガが雄叫びと同時に突っ込んできました。ここは森の中で、オーガが来た方は木が倒され、下がりやすかったため、安易に方向を選んだのが原因ですね。素早く振り抜かれる腕から私のステータスでは逃げられません。そう、普通の回避行動では、です。


「【ショートジャンプ】」


 用意していたスクロールを発動し、オーガの背後、出来るだけ遠くへと飛びました。そのまま――。


「【フレイムランス】」


 攻撃中に回避行動は取れないようで、遠くから放った三本の炎の槍を背に受けたオーガは、そのまま勢い良く倒れ込みました。これはチャンスです。


「【マジックランス】」


 これのクールタイムも終わっているので、ディレイが明けると同時に詠唱を始め、無色に光る槍を放ちました。これでランス系は15発、ダークボールは200発以上、ボルト系とは言え、下級スキルのライトニングボルトは3発、流石にダークボールのダメージが一発につき1だったり、無駄が出ていたりしても、倒せるはずです。

 そう油断しながらマジックランスの着弾を待つと、マジックランスが命中し、リザルトウィンドウが表示されました。


「た、倒したーー」


 私はそのまま後ろに倒れ込み、大の字に寝っ転がりました。あれは絶対にPTで戦うMOBです。ソロで戦うものじゃありません。信楽のようなモフモフを期待していたのですが、あんな鬼に遭遇するなんて予想外ですよ。

 リザルトウィンドウには【鬼人の骨】と【鬼人の牙】というドロップアイテムが表示されています。詳細を見る限り素材アイテムのようですが、近接武器に使いそうなアイテムですね。後で誰かに見せびらかしましょう。他には、無魔法がLV20になり、マジックブラストという魔法を覚えました。寝転んだ姿勢のまま視界に映る木の枝に対して発動しましたが、やはり、ブラスト系でした。さて、精神的にかなり疲れましたが、これからどうしましょうか。シカジカが出そうな場所に戻って狩りの続きをしてもいいですし、湖付近のセーフティゾーンでヤタと信楽と戯れてもいいで……す、し……。


「……あ」


 オーガです。

 寝転がっている私と目が合ったオーガは、ニヤリと笑った気がします。そして、私の視界には手にした木を振り下ろす姿も映っています。

 その後、視界が暗転し、次に映った光景は街の教会の中でした。

 全身が痺れた気がしますが、それはダメージによるものでしょう。HTOではダメージは痺れとして表現されますから。まぁ、設定で痛覚設定を弄れば実際の痛みとして感じることも出来ますが、私はやりません。

 ゆっくりと起き上がり、いろいろと確認をしますが、装備の耐久値が激減していますね。後はデスペナですが、ゲーム内で1時間のステータスダウンです。後は……、あ、手にしたままだったショートジャンプのスクロールが消えています。システム的に保護されていないアイテムを落とす可能性があるとのことでしたが、使うために鞄から出していたスクロールは保護から外れています。そのせいで落としてしまったのでしょう。まぁ、また作ればいいので気にしてもしかたありませんね。

 一先ずクランハウスへと戻り、ステータスダウン中ですが、魔力紙にショートジャンプを刻印し、スクロールを10枚作りました。持っていたのは20枚ですが、そんなには要らないでしょう。次にシェリスさんに連絡し、武器の修理代金について聞くと、ハイヒールのスクロール10枚がいいそうなので、時間をかけて作り、修理システムでシェリスさんに修理依頼を出したので、後はハヅチに修理依頼を出せば後処理は終わりです。

 修理依頼を出すと、緑色の欠片を貸して欲しいと言われたので、手持ちを倉庫に突っ込んでおきましょう。

 精神的に疲れたので今日はもうログアウトです。





 水曜日、今日は気晴らしにログインせずに少し出歩くことにしました。昨日の敗因は油断して寝そべっていたことですし、初戦は勝っているので、引きずったりはしていませんが、ちょっと出歩きたい気分でした。それに、月曜日にオチールを買い忘れたので、補充の意味もあります。ちなみに、コラボはとっくのとうに終わっているので、今売っているのは通常品です。お陰で売り切れの心配をせずに買いにこれました。

 帰ってからログインすると、修理の終わっている装備を受け取り、日課となっている作業や調合をしてから宿題の続きをすることにしました。宿題の全体量を見るに、いくつかの教科は8月まで残ってしまいそうですね。7月中に終わらせる予定でしたが、残念です。

 夜のログインの時間になりました。ハヅチと時雨は金曜の夜に参加するレイドの会議に向かっています。一応、参加する気ではいますが、場合によっては断ると言っていたので、二人に任せておきましょう。

 私は昨日と同じようにシカジカ狩りに向かいました。ある程度鹿肉が溜まったら焼こうかと思っていますが、どんな味なのでしょうか。実際に食べたことはないのでわかりませんね。

 今回からはマジックランスの代わりにアイスランスを使うことにしました。相手の属性は風なので、水属性の魔法は等倍です。無魔法よりもスキルレベルが低いのが少し心配ではありますが、何発必要かを確認していないので、大丈夫だと信じましょう。マジックランスの代わりを十分に努めてくれるはずですから。

 いざとなったらバリアでも使って一撃貰うのを前提にしてもいいですね。空間魔法のレベル上げにもなりますし、回復できる量のダメージですむなら、治癒魔法のレベル上げにもなります。

 そんなわけで射程ギリギリの位置にいるシカジカで試してみましょう。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 問題なく倒せましたね。流石に何発まで減らせるかを調べる気はないので、このまま気にせず続けましょう。

 途中、休憩を挟みながら狩りをしていたのですが、湖が近くにある場合はそこまで足を伸ばすことにしました。どこから襲われるかわからない場所よりも、セーフティゾーンとわかっている場所の方が安心して休めますから。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 おや、誰かと思えばハヅチからです。中を見ると事前会議の連絡事項のようですが、それならクランチャットに垂れ流せば一回で済むのに、わざわざ全員に送ったわけですか。ただ、文面を見る限り、かなりいらついているように見えます。まずは私達に声がかかった詳細が書かれています。えーと、ザインさん達は自分達の派閥内でレイドボスに挑んでいたのですが、どうにも上手くいかず、経験を積むために主要な4PTを残し、2PTの枠で様々なクランやPTを誘っていたそうで、その一環で私たちにも声がかかったそうです。レイドボスの行動パターンについては、口外しないことを条件に、無償提供するとザインさんが言っていたそうなので、口外は禁止ですが、口外する相手がいません。

 ハヅチがいらついている理由が書いていないので、恐らくは時雨に手を出そうとした人がいたのだと思います。まったく、その人がいるPTが一緒に参加しないのなら、そのレイドボス、倒してやろうじゃありませんか。そうと決まれば、確認のために一度クランハウスへと戻りましょう。


「【リターン】」





 クランハウスに作ったポータルから【湖を見渡す祠】へと飛んだので、リターンの帰還先はクランハウスになっていました。この仕様は随分とありがたいですね。


「ハヅチ、時雨、戻ってるよね」

「お、おう、予想通り戻ってきたな」

「やっぱり、やる気に満ちてる。……明日は部屋干しかー」

「レイドの情報、詳しく」


 ハヅチと時雨の私に対する評価は既に熟知しています。その上で、この反応なら理由に対する推測は正しいようです。なら、途中のやり取りは全カットです。

 ハヅチが事前会議の内容を分割してメッセージにしているので、私は時雨から直接聞くことになりました。本来であれば、役割別にPTを組み替えるそうですが、ザインさん達以外のPT、今回で言うと、私達の2PTはそのまま組み込むそうです。

 ボスはレイクサーペントで、取り巻きとしてリトルサーペントというのが二体いるそうです。私達はそのリトルサーペントを担当するそうですが、倒したらレイクサーペントに参加出来るそうです。まぁ、いろいろと理由を付けていますが、自分達がボスに挑んでいる間、取り巻きを何とかしてくれる人達が欲しかったわけですね。

 どこのPTもレイクサーペントのHPが50%を切るまでには取り巻きを倒し、ボスに参加するそうですが、30%切ってから使ってくるブレスに大半のHPを削られ、10%を切ってからの発狂モードになった瞬間に使ってくる咆哮で壊滅するそうです。


「それ、ブレスじゃなくて咆哮なの?」

「何でも、咆哮の範囲が段々狭まって、一人に絞られると、大ダメージを受けるんだってさ」

 何とも妙な咆哮ですが、動けないまま攻撃を受けるのであれば、HPが0になっても不思議はありませんね。

 何度か防御を捨てて殴りかかったそうですが、HPを削りきれなかったそうで、今はボス相手にスキルレベルを上げて、発狂咆哮を耐えられるようになろうとしているそうです。


「蛇が竜か知らないけど、逆鱗とかないの?」


 本来は顎の下にある逆さ鱗のことですが、触れると怒られるという点から、弱点扱いされることが稀にあります。まぁ、顎の下は喉なので、生物である以上弱点だとは思いますが、今回のボスはどうなのでしょうか。


「えーと、ボスは青いんだけど、緑色の逆鱗があるんだってさ。ただ、そこを狙ってもあんまりダメージが入らないから、弱点じゃない可能性があるってさ」


 何とも妙な設定ですね。まぁ、弱点だから硬い鱗で覆われているという設定ならわかりますが、色の違う鱗とは疑問が浮かびますね。

 フィールドは、湖の上にある陸地で、ボス達は上がってこないそうですが、稀に湖に潜り込んで、ランダムに再出現するらしいので、壁役の腕が問われるとか。まぁ、モニカなら大丈夫でしょう。

 他にも細かい行動を聞く限り、そのブレス以外には注意することはなさそうですが、最前線のプレヤーでも耐えられないブレスとは、私では跡形も残らなそうですね。


「それで時雨、何があったの?」

「多分予想通りだと思うけど、ちょっとしつこい人がいたんだよね」


 そう言っている時雨の表情を見れば、主にハヅチがどんな対応をしたのかはわかります。馬に蹴られたくはないので邪魔はしませんが、とりあえず、正面から襲っておきましょう。私にはない膨よかなクッションがあるので。


「はぁ……、下心とか、悪意がないと、ハラスメント警告出にくいんだよね」


 クッションで受け止めてもらいましたが、いいことを聞きました。


「こういうのって同性だと緩いって言うよね。柔らか柔らか」

「あー、でも、長時間やってると警告出るよ」


 おっと危ない。時雨の容赦は短時間しか保たないので、ここまでにしておきましょう。


「ところで、その問題はレイド当日にも起こりそう?」

「うんん、その人のPTはレイドには参加しないよ」


 そうですか。では、本気でやるしかありませんね。


「りょーかい。それでハヅチ、付与用の欠片、集まってる?」

「あー、3属性分は結構集まってるぞ。風はリーゼロッテ次第だけどな」

「りょーかい。それと、消耗品についてはどうするの?」

「自分達の分は自分達でってなってる。相手が水属性で、必要なのは茶色だから、緑色は必要ないけど、個別に売って欲しいとは言われたな」


 まぁそうなりますよね。


「でもさ、ザインさん達なら、買ってそうだよね」

「少量は持ってるから、属性付与は覚えたけど、常用出来るほどの量はないらしいぞ。集め始める前に必要になったら売ってくれってザインさんが言ってたぞ」

「気が向いたら景観ポータルも解放した方がいいですよって言っといて」


 最前線にばかり固執していないで少しは他へ目を向けた方が楽になると思うのですが、他にも競ってる相手がいるからこそ、その場を離れられないのでしょう。


「今度伝えとくよ。それで、追加のメッセージにも書いたけど、明日顔合わせがあるから、忘れんなよ」

「メンバーだけ?」

「だけ」

「りょーかい」


 ハヅチからのメッセージの残りは後で確認するとして、今からシカジカに戻るのは面倒なので、刻印や調合や料理をしておきましょう。MPがなくなったら宿題をすればいいだけなので。

 そんなわけで、いい時間になったらログアウトです。





 木曜日、今日は夜に明日のレイドの顔合わせがありますが、まだ昼過ぎなので、いろいろと準備が出来ます。まぁ、水属性の弱点をつける地魔法はLV20なので、急いで上げても次の魔法は覚えられません。なら、他のスキルを上げてステータス補正を上げるべきです。そんなわけで、今の時間はシカジカ狩りに勤しむことにしました。もちろん、日課もこなしています。





 夜のログインの時間です。明日のレイドの顔合わせまではまだ時間があるので、クランハウスで時間を潰すことにしました。いろいろと作業をこなしていると、一人、また一人とクランメンバーがログインしてきました。時間前には全員揃ったので、後は時間を待つだけです。


「よーし、それじゃあ顔合わせに向かうぞー」


 ハヅチの合図で指定された場所へ向かうことになりました。ちなみに、私は時雨PTに入っています。

 向かう先はザインさんのクランハウスだそうですが、何度かアップグレードしているらしく、私達のクランハウスとは似ても似つかないそうです。入ってすぐの場所に面影はありますが、扉やら階段やらがありますね。そのまま大きな会議室へと通されました。


「もう少ししたら全員揃うはずだから、少し待っていてくれ」


 早すぎず遅すぎずの時間に来たのですが、まだ揃っていなかったようです。ザインさん側の人達からは値踏みするような視線を感じますが、こんなエンジョイ勢を値踏みしたところで、無駄でしょう。どう考えても知らないものを知ってることなんてありませんから。

 しばらくして、全員が揃い顔合わせが始まりました。お互いのPTリーダーがそれぞれの紹介をするくらいで、そこまでしっかりした顔合わせではありません。まぁ、向こうからすれば、取り巻きを倒させるための相手ですから、そこまで興味はないのでしょう。

 お互いの紹介が終わると何人かはスキルレベルを上げるために出ていってしまいました。レイドのためとはいえ、よくもまぁ時間を割いたものですね。

 一応は交流を深めるという意味合いもあったようで、何人かは残っていますし、その中には知っている人もいます。様子を見て軽く挨拶だけでもしておきましょう。


「ハヅチ、久しぶりだね」


 そう声をかけてきたのは……、ビキニアーマーの人に見覚えはないので知らない人です。私と違い、ハヅチは交友関係が広いですね。私の場合、知っている一人以外に聞き覚えのある人は一人しかいませんでした。


「トーナメントぶりですね」

「一応教えておくけど、5月のトーナメントの準決勝でハヅチと戦った人だからね」


 見たことのない人だと思っていたら、横から時雨に耳打ちされました。時雨がどこでわかったのかは知りませんが、一応覚えていたことにしておきましょう。まぁ、話題を振られることはないと思うので、主張する必要もありません。


「ワシも加えてくれるか?」

「マスタークンフーさんも、お久しぶりです」

「この人も、トーナメントに出てた人だよ。ハヅチは戦ってないけど」

「知ってるよ。気功操作の人だよね」

「……熱あるの?」


 失礼ですね。私だって覚える気があれば覚えますよ。上半身裸で大きな数珠を身に着けている破戒僧風の人。覚えている理由は気功操作というヒドゥンスキルです。まぁ、向こうは私を知らないはずなので引っ込んでいましょう。

 トーナメント繋がりということでハヅチを中心に話をしていますが、人数から察するに残っているのは2PTだけですし、黙っていてもハヅチが交流してくれるので、知っている人にひと声かけておきましょうかね。

 相手も私が近付くのに気付いたようで、体をクネラせています。


「セルゲイさん、お久しぶりです」

「そ~ねぇ、ホント久しぶりね。お店の方にぜんっぜん来てくれないんだもの」


 この人がいるだけで破戒僧風のマスタークンフーさんとビキニアーマーのブゥードゥーさんが色物枠に見えてしまうという恐ろしい問題があります。それぞれを単体で見れば何の問題もないのに、強烈な人がいるというのは恐ろしいものですねぇ。


「特に行く用事もなかったので」

「あ~ら、用事がなくても、来てくれていいのよ。リコリスちゃんも寂しがってることだし」

「では、その内行きますよ」


 たまにはリコリスを愛でるのもありですから。その時は何とかして合意を得て愛でましょう。


「楽しみにしてるわよ」


 それに、面白いものが見つかるかもしれませんし。

 私達の会話が終わるのを待っていたかのように背後から影がさしました。


「あらためてお主がリーゼロッテだな。ワシはマスタークンフーだ」


 後ろから話しかけてきた声の主は、名乗った通り、破戒僧風のマスタークンフーさんです。しかも、挑発的な表情をしながら手を出して来ました。これは……。


「リーゼロッテです」


 逃げれば女が廃ります。私は覚悟を決め、その手を取りました。すると――。


「ん……、くっ」


 握手をした瞬間、ムズムズとした感触と共に何かが流れ込んできました。予想通りの行動でしたが、MPを操作して相手の体に流し込んでいるにも関わらず、順調に何かを流し込んできます。同じような刺激を受けているはずのマスタークンフーさんの方は表情一つ変えません。こ、このままでは……。


「……んん」


 歯を食いしばっているはずが、その刺激から声が漏れてしまいました。そして――。


 ピコン!

 ――――System Message・スキルを伝授されました――――

 【気功操作LV1】を取得しました。


 ――――System Message・スキルを伝授しました―――――――――

 【魔力操作】を伝授しました。

 SPを1入手しました。

 ―――――――――――――――――――――――――――――


 く、くやしい。ほぼ同時に現れたメッセージと共に握手していた手を離し、崩れ落ちてしまいました。握手を求めてきた時の表情からやってくるだろうとは思ったのですが、まさか一切表情を変えないとは思いませんでした。

 笑みを貼り付けたままのマスタークンフーを睨みつけますが、募るのは敗北感だけです。


「ガハハ、修行が足りん」


 負けたのは私なので何も言い返せませんが、負けた以上、やらなければいけないことがあります。何をしていたのかわからない外野から時雨が不用意に近付いてきたので、胸で受け止められるように抱き着きました。


「穢された、もうお嫁に行けない。……ぐすん」


 腹いせに社会的な反撃です。


「あーはいはい、カワイソウダネー」


 時雨が冷たいです。なので、警告が出る寸前までこのクッションを味わうことにしました。


「ちょっとクンフー、女の子に何してんのよ」

「そうよクンフーちゃん、うちの娘の友達になんてことするのよ」

「いや待て、これは合意の上だぞ。それにその呼び方は止めろと言っているだろ」

「それ、犯人は皆言うわよ」

「あ~ら、大の男が言い訳かしら?」


 それ、合意の上でもいいますよ。まぁ、それは置いといて、マスタークンフーさんとセルゲイさんですか。本が腐ってしまうのでしょうか。他人の趣味に興味はありませんが、私の好みの話ではないので、触れないでおきましょう。


「待て待て、二人共、ワシは無実だ」


 さて、名残惜しいですがそろそろ離れますか。


「マスタークンフーさん、これ、体術スキルで殴る時に使うとアーツ覚えたりします? 武器とかとの組み合わせって試しました?」

「……問題はないだろ」

「そ、そうね」

「あら残念」


 何が残念かはわかりませんが、質問はもう少し後にするべきでした。


「気功操作の情報は、何かと交換だ」

「MPを手に集中して殴ると魔拳ってアーツ覚えますよ。人に伝授出来るのは、下級スキルになってからです」

「ふむ、同じ方法で、気拳というアーツを覚える。その辺りの仕様は同じなんだろう」


 ふむふむ、私の体術スキルはまだ基本スキルなのでその先の情報は持っていません。マスタークンフーさんは持っていそうですが、実際にレベルを上げればわかるので、その内試しましょう。後は、魔法陣にHPを流し込むとどうなるのか、とても興味がありますし。

 その後はレイドボスを実際に経験した人達から直接説明を受けることになりました。ただの顔合わせだと思っていたのですが、ザインさん達や、トーナメントに出ていた人達はこのために残ってくれたそうです。それならそうと先に言ってくれればよかったのですが、ザインさんは言葉が足らない気がします。

 さらに、時間に余裕があったため、一度中間ポータルからレイドボスの場所まで案内されてしまいました。もちろん道中の戦闘には参加しましたが、ザインさん達の動きが完全に作業になっていました。あれが最前線のプレイヤーですか……。私達エンジョイ勢とは根本からして違う気がします。

 ここまでしてもらいましたし、時雨のこともあるので、出来る限りのことはしましょう。

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