5-3

 9月1日、今日から新学期です。珍しく葵が早起きをしたので、三人で登校しています。


「暑い……」

「まだ9月だからね」

「エアコンの効いた部屋が恋しい」


 8月が終わった瞬間に過ごしやすくなってくれればいいのですが、そんなことはありえないわけで、しばらくは暑さと戦わなければいけません。

 まぁ、学校はエアコンがしっかりと効いていて涼しいと信じましょう。

 登校して教室に着いた途端、絶望に打ちひしがれました。何でエアコンがついていないんですか。この暑さでつけないってどういうことですか。


「暑い……」

「茜、さっきからそればっかりだよね」

「夏と冬は嫌い」

「始業式が始まればエアコンつくみたいだよ」


 おのれ、集中管理め。

 しばらくして始業式が始まりました。式自体はエアコンの効いた教室でモニターを見ていればいいので、楽でいいです。

 偉い人の長い話の鑑賞会が終わり、次は宿題の提出です。


「はい、それではみなさん、宿題の提出をしてください」


 先生の合図で一斉に夏休み前に配布されたメモリーカードを机の差込口に入れて中のデータを提出します。ここで全ての教科を提出するので、最初の授業まで余裕があるなんてことはありません。この後は来月の初めのはずがカレンダーの都合で月末月初にまたがることになった文化祭の準備が少しずつ始まります。実行委員と大まかな内容は決まっているので、流れに身を任せればいいだけです。そういえば土曜日が何度か準備で潰れますが、そんなに凝ったことはしないので、忙しくはならなそうですね。出店系や出し物系じゃなくてよかったですよ。展示系に一票いれたかいがありました。

 二学期初日ということもあり早めに終わったので、伊織とエアコンの効いた教室でゆっくりしています。


「茜、アップデートの確認でもする?」

「あー、見てみよっか」


 伊織がスマホでHTOの公式HPを表示してくれたので、私のスマホを取り出す必要がありませんでした。二人で一つの画面を覗き込んでいると、アップデート内容が表示されました。


「えーと、痛覚設定の追加は……」

「初期設定が今までのままなら気にしなくていいかな」


 わざわざ痛い思いをする気はないので、いじることはないでしょう。感覚の違いがわかるほど繊細ではありませんし、気になるほどの技量もありませんから。


「夏仕様の終了だってさ。夏用の装備を身に着けてると肌寒く感じるから注意してくれって書いてあるよ」

「あー、ログアウト前に装備戻しておけばよかった」


 ただ、装備切り替え欄には浴衣を設定してあり、イベント報酬の課金枠にはまだ何も設定していません。前もってやっておけばよかったのですが、何も装備していない外見だけは初期装備の状態になれば肌寒くはないので、そこまで気にしなくてもいいでしょう。


「そういえば葵が言ってたけど、頑丈な皮はホワイトウルフのレアドロップらしいよ。もうちょっと街から離れれば通常ドロップのMOBも出てくると思うけど」

「あー、同じ場所で猿が出てくるけど、あっちのドロップは何なんだろ」

「……猿?」

「うん、猿。あれは絶対に許さない」

「また妙なのを……」


 木の枝を使って移動していただけなので、リッカにも出来そうな移動手段です。まぁ、ポータルなのか街なのかはわかりませんが、何か見つけたらちゃんと報告しましょう。

 他に目ぼしいものはといえば、ありますかね。


「イベントのナツエオロチ戦がメインのPVだってさ」

「へー、見てみよっか」


 伊織が新しいPVに気付いたので、見てみることにしました。

 最初にナツエドの俯瞰映像から始まり、いろんな人がクエストをこなす様子を遠巻きに見ているようですね。後はフィールドやイベントダンジョンの様子もあり、例のスギ花粉被害者の会もしっかりと映っていました。しばらくして城関連の映像がメインになり、八人の姫巫女が順番に映った後、暗い部屋に佇む将軍も僅かな時間ですが出てきました。


「ここからは姫巫女関連のクエストだね」

「あの封印強化のクエストだから、姫巫女の陣営のプレイヤーしか映らないよね」


 私達は遠くにいたので、姫巫女が中心の映像には映っていません。これは仕方のないことですし、積極的に映りたいわけでもないので気にしなくていいですね。

 こうしてみると姫巫女の陣営のプレイヤーにもすごい動きの人がいますね。忍者型のMOBを足場にしたり、後ろに目があるかのように味方の魔法を屈んで避けたりと、よくわからない動きをしています。

 フィーネさんが印籠を使って門を作るところが映ったので、そろそろ終わりが近いのでしょう。そこからナツエオロチが封印を破っている最中の場所へと移動し、一気に時間が飛んでナツエオロチとの戦闘が始まりました。首が八本あるので、画面を分割したりして上手く見栄えのする場面を映しています。

 しかも、私達が姫巫女のことに気がつく前の段階で姫巫女が襲われている状況も差し込んでいますね。

 おっと、姫巫女のことに気がついたのかプレイヤーの動きに変化が現れましたね。そういえばあの時、フィーネさんはよくもまぁ私の戯言に耳を傾けましたよね。他のプレイヤーからも言われたのかも知れませんが、ああいった騎士団系のクランを束ねているだけのことはありますね。

 姫巫女を守り始めてからは順調に進み、私が頭の上で振り回されているところなど、他の場所でもプレイヤーがナツエオロチ戦でしでかしたNG集が挟まりました。丸太を持って口に入っていき、体内へ攻撃するための支えにしようとして、そのまま丸太と一緒に丸呑みにされているプレイヤーもいました。これは成功していれば凄いことになっていたでしょうに。

 ナツエオロチ戦も終わり、最後の花火大会で締めくくられました。


「丸太は思いつかなかったなー」

「茜はレイドといい今回といい、何だかんだでちゃんと映ってるよね」

「狙ったわけじゃないんだけどねぇ」


 私にはその場その場を乗り切った結果でしかありませんから。まぁ、映ったところで何かいいことがあるわけでもないですし。


「東波さんに御手洗さん、ちょっといいですか?」


 うーむ、この今日聞いたかも知れない声は誰でしょうか。えーと、おや、このおさげに大きな丸眼鏡の女子生徒は委員長ではありませんか。ええ、私が名前と顔を一致させている数少ないクラスメイトですよ。


「委員長、どしたの?」

「水岩さん、どうしたの?」

「それのことなんですけど」


 そう言って委員長が指さしたのは伊織のスマホ……ではなく、そこに映っているHTOの公式HPです。


「Hidden Talent Onlineがどうかしたの?」

「二人共、そのゲームを最初からやっているんですよね」


 委員長はそういいながら周囲を伺い、声を潜めて続きを口にしました。


「実は、私も7月からそのゲームをやっているんです。それで、二人とも一緒に出来ればと思って」

「委員長やってたんだ。伊織、どうする?」


 伊織に全てを委ねることにしました。


「それは構わないけど、あっちじゃなくていいの?」


 伊織が示したのは私達以外に残っているクラスメイトの大半がかたまっている場所でした。ここでわざわざ話題にするということは、あっちのクラスメイトもプレイヤーのようです。メンテナンスはとっくに終わっているのに、まだ残っているんですね。私達も人のことは言えませんが。


「えっと、池田君達はちょっと……。出来れば女の子だけでのんびりやりたいんです」


 あー、まぁそういうことなのでしょう。よくわかりませんが。


「大体でいいんだけど、スキルとかどの程度育ってる? 三人でどこか行くにしても、何が出来るかわからないと決めようがないから」

「スキル構成はこうなってます」


 委員長はHTOの公式HPにログインしてスキル構成を見せてきました。流石にいきなり見るわけにもいかないので一応確認を取りましたが、隠すようなことはないそうです。

 えーと、剣に弓に棒に投擲に錬金に調合に魔法に……。これは俗にいう――。


「万能……器用貧乏」

「ちょっと茜、何でそっちに言い替えたの」

「口が滑った」

「やっぱりそう思います? 普段はソロで、たまにパーティーを組むんですけど、人の意見を聞いている内にこうなってしまって。一応、同じクランの人が方向性がずれるたびに修正してくれるんですけど……」


 伊織が詳しく聞いてみると、ログイン時間がまちまちで固定メンバーはおらず、クランには入っているが声を掛けるのに気後れしているそうです。それでも錬金術のスキルレベルが高いのは、クランハウスにメンバーなら誰でも使える工房があり、ログイン時間が多い親切な女性プレイヤーが教えてくれるからだそうです。


「後、私の入ってるクランは、人の入れ替わりが激しくて……」


 何でしょう、その危ないクランは。いえ、人がどんどん減っていくよりはいいのですが。……おや?


「オフェル……」


 委員長の所属クランはオフェルの丘のようですね。恐らくはどこかで困っている時に拾われたのでしょう。あそこなら人の入れ替わりが激しいのもわかります。初心者が入ってきて、気の合う人とクランを作るために出ていくというのはよくあることですから。


「とりあえず、ゲームの方で会う? 私は固定で組んでるし、茜は一人でほっつき歩いてるからいつもってわけにはいかないけどね」

「二人共、ありがとうございます」


 そんなわけでHTOのフレンド登録をすることになりました。では、スマホを渡してやってもらいましょう。


「え?」

「あーはいはい。私がやるからちょっとかして」


 伊織にスマホを取られてしまいました。まぁ、やってくれるのなら任せましょう。

 私の電話帳に連絡先が一つ増えました。まぁ、家族か伊織しか連絡してこないのは変わらないとは思いますが。

 ちなみに、委員長のキャラ名はメルクリウスというようです。





 夜のログインの時間です。学校から帰ってからはアップデートをする必要があったので、ログインはしていませんでした。まぁ、二学期も始まり、夜のログインも短くなると思うので、基本的には週末プレイヤーですね。


「へくち」


 むぅ、クランハウス内でも夏装備だと肌寒いですね。装備を何も設定していない課金枠にしてからゆっくりと二ヶ月ぶりの通常装備へ戻します。夏装備は強制的に着崩す外套とノースリーブのブラウスだけなので、それを普通の外套とブラウスにしただけです。ステータスも属性が消えただけで変化がないので、戦闘面ではイベント中と何もかわりませんね。あ、ユニコーン探しのために外していた短刀も装備しておかないといけません。

 それでは装備の付け直しもおわったので日課をこなします。

 途中、料理も頼まれましたが、何やら見たことのない素材が混じっており、いろいろと新しいレシピが増えてしまいました。

 さて、日課も終わりましたし、あの猿共へリベンジをしに行きましょう。


「リーゼロッテ、ちょっと待て」


 私が猿をやる気満々で出発しようとしたところにハヅチから声をかけられました。


「どしたの?」

「アクセサリだ」


 そういえばハヅチが何か用意するとか言っていた気もしますね。渡された装備を見てみると。


――――――――――――――――

【魔女志願者のニーソックス】

 魔女を目指すものが身に着けている白いニーソックス

 耐久:100%

 INT:▲

――――――――――――――――


 白のニーソックスでした。


「……そういう趣味か」

「ちげーよ。ペンダントだのブローチだのは邪魔にしか思わないだろ。だからそれだ」


 まぁ、そうなんですよね。このニーソックスを装備することによってスカートとニーソックスの間にとあるものが装備されることになりますが、これは私から口に出してはいけませんね。


「あんがとね」


 それではINTが上がってパワーアップしたので、あの猿共を蹴散らしにいきましょう。






 マップを確認し、昨日猿に襲われた辺りへとやってきました。あの猿共はヤタの索敵をかいくぐってきたので、隠密系のスキルレベルが高いはずです。この辺りは幼体だときついのかも知れないので、一人でやってきました。そのため、ここからは慎重に進みましょう。

 上下左右前後の全てを見回し、途中でホワイトウルフに対して一方的に攻撃しながら進んでいますが、エテモンキーが現れる気配がありません。ある程度油断していないと出てこないのか、レアMOBなのかはわかりませんが、ずっと警戒しているのは疲れますね。


『UKIKI』


 気配察知が反応するよりも早く近くの枝へ跳び移り、声のする方を確認しました。ええ、今のは今までで一番素早い行動でしたよ。

 私が先程までいた場所を何かが通りすぎ、視線の先には投球フォームの残心をしているエテモンキーがいました。

 私は閃いてから魔法陣を5つ描きます。

 それに対してエテモンキーはどこからともなく茶色い物体を取り出し、片手で真上に軽く放り投げながら余裕を見せています。


「【フレイムランス】」


 私が炎の槍を放つと、エテモンキーは尻尾を足場にしていた枝に巻き付け、そのまま後ろに倒れました。炎の槍がエテモンキーが元いた場所を通り抜けるのを視界に捉えている私は、エテモンキーが枝にぶら下がった状態で投げてきた茶色い物体を避けるために後ろへ跳びました。


「うわぁっとっと」


 着枝に失敗しましたが、尻もちを着いた形になったので、すぐに幹を掴み、落下は阻止しました。流石にしっかりと確認せずに跳ぶのは危ないですね。

 おっと、ゆっくりしている暇はありません。フレイムランスが避けられたのですから、次の一手は決まっています。

 エテモンキーは私を逃がすつもりがないようで、あの茶色い物体を取り出して弄びながらもある程度の距離を保っています。これは迂闊に隙を見せると襲ってきそうですね。

 閃きのクールタイムはまだ終わっていませんが、フレイムランスのディレイは終わっているので、次の魔法陣を描きます。

 魔法陣を描き始めても余裕を見せているので、遠距離カウンターが主な攻撃パターンのようですね。まぁ、その余裕が命取りになるんですよ。


「【ライトニングランス】」

『KIII』


 流石にこれを見てから避けることは出来なかったようで、行動阻害効果も受けてエテモンキーが落下していきます。このままどこかへ行かれては困るので、ある程度の距離を保ちながら少し下へ行きますが、行き過ぎるとホワイトウルフに飛びかかられる可能性があるので少しくらいは遠くても問題ありません。


『UKKIII』

 おや、怒っているようです。ランス系5発でも瀕死にはならないようで、もう4・5発は叩き込んだほうがいいかもしれませんね。ですが、同じ手を使うには少し時間がかかりますし、他の属性では避けられるだけです。なら、取れる手段は後二つです。

 復帰したエテモンキーが木の幹を蹴って移動し、私の正面のやや高い位置に陣取りました。こうも易易と上を取るとは、やりますね。

 とりあえずディレイは終わっているので、魔法陣を5つ描きます。それに対し、エテモンキーは首を傾げています。どうやらこれは成功しそうですね。

「【マジックランス】」

 ええ、無色に光る魔力の槍です。見えないわけではありませんが、見にくい魔法です。これにどう反応するのか見ものですね。

 マジックランスが命中する直前に危ないと認識したのか、最初と同じ方法で避けようとしたようですが、行動するのが遅く、無色の槍に貫かれポリゴンとなりました。

 ふむ、ランス系8発ですか。閃き次第では少し減るかも知れませんが、それはそのうちですね。

 ちなみにドロップですが、バナナですね。

「もぐもぐ」

 これだけだと満腹度が少し回復しますが、それだけです。変化しない系統の食材なので、他のと一緒に料理すればバフが付きそうですが、バナナを使った料理って何があるんでしょうか。デザート系なら、何でも作れそうですけど。

 おや、このバナナの皮、一応アイテムとして残るようです。一時期はバナナの皮に幻覚効果があるとかいうデマが流行っていたらしいのですが、流石にそれを採用しているとは思えませんし、滑りやすくなるトラップとして使えるくらいですかね。いやでも、皮ごと食べられるバナナもあるので、もしかしたら食べられるかも知れませんね。……やめときましょう。【捨てる】を選択すれば消滅するので、電子の屑にしておきました。

 エテモンキーを倒すことが出来たので、少し進みやすくなった気がします。次のエテモンキーも投擲にこだわってくれれば戦いやすいのですが、そうはいかないでしょうね。


『UKIKI』


 噂をすれば何とやら、エテモンキー再びです。それでは今度は全部で9発に挑戦しましょう。

 今度は着地した直後だったので、声のする方を向きながら杖を振り回すと、茶色い物体を打ち落とすことが出来ました。そういえばこういう方法もありましたね。


「【ライトニングランス】」


 閃いてから当たることがわかっている魔法5発でさっさと攻撃します。同じように落ちていったので、少し距離を空けて付いていくと、先程とは違う行動を取ってきました。


『UUUKIII』

「ちょっ、あぶ」


 ええ、三角跳びの要領で体当たりをしてきましたよこの猿は。

 何とか回避しましたが、足を止めて魔法陣を描くのは危ないですね。

 枝を跳び移りながら移動しますが、向こうの方が機動力が高く、あらゆる方向から攻撃してきます。このまま逃げていてはいずれ避けきれなくなり地面に落とされてしまいますね。


「【バリア】」


 こうなったらこの手を使うしかないようです。幹によりかかり、体勢を維持したまま魔法陣を描きます。ただ、バカ正直に描いては最初の二の舞なので、手の中に隠すように描きます。こういった細かいことを試しておいてよかったです。

 魔法陣を描き終わると、エテモンキーの体当たりに合わせて手を向け、隠している魔法陣4個を向けました。


「【フレイムランス】」


 如何に尻尾があろうとも支点がなければ軌道を変えることは出来ないようで、炎の槍の直撃を受け、エテモンキーはポリゴンとなりました。

 バリアを解除し、少し多めに消費したMPの回復につとめましょう。解除しなくても回復量が上回っていますが、連戦になったら困りますし。

 おお、今回もバナナだと思いきや、頑丈な茶色の皮をドロップしましたよ。これが通常枠なのかレアドロなのかはわかりませんが、無理にホワイトウルフと戦う必要がなくなりましたね。

 この後も遠距離カウンターだったり全方位からの体当たりだったり、バナナトラップだったりと個体によって戦法がバラバラでしたが、少しずつ東へと進んだ結果、一つのメッセージが表示されました。


 ピコン!

 ――――System Message・所持スキルがLVMAXになりました――――

 【軽業】がLV50MAXになったため、上位スキルが開放されました。

 【立体機動】 SP5

 【虚空移動】 SP5

 これらのスキルが取得出来ます。

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 まさか途中で使っていた攻撃魔法よりも軽業が先にカンストするとは思いませんでした。ええ、全くの予想外ですよ。立体機動は不安定な場所での行動に補正があるので、軽業の純粋な上位スキルのようです。それに対し、虚空移動は他のスキルとの複合でも不思議ではないスキルですね。何せ、スキルレベルに応じて空中を蹴れるのですから。ええ、取得すれば一回だけ空中ジャンプが出来ます。これがどこかに足をつくまでなのか、クールタイム制なのかは取得しなければ

わかりませんが、取っておいても損はありませんね。

 両方取得したところ、立体機動に関しては補正が凄いくらいしかわかりませんが、虚空移動はクールタイム制のようです。つまり、何らかの手段でクールタイムが終わるまで空中にいればもう一回空中ジャンプ出来ます。流石にそこそこの時間はあるので、難しいとは思いますが。

 それにしてもこの二つのおかげで移動速度が段違いに上がりました。三角跳びの真似事は枝に乗る時にやっていましたが、幹を蹴り続けて移動することすらできそうですよ。


「とう…………ふぎゃ」


 はい、失敗しました。ええ、盛大に正面衝突しました。しかもダメージが出るほどにです。やはり、調子に乗ってはいけませんね。

 この後も何度か猿と戯れ、バナナで満腹度を回復しながら確殺ラインを8発だと確認しながら進んでいると、妙な場所が見えてきました。開けた場所ではあるのですが、中心には木が密集しており、開けた場所には蔦が敷き詰められています。一応、識別の範囲内なので確認してみると、あれはMOBの塊のようです。

 識別出来る範囲のMOBは【オールドトレント】でした。相変わらず属性は持っていませんが、火属性に弱いそうなので、トレント系共通の特徴は持っているのでしょう。まぁ、あれがトレント系なのであれば、開けた場所に敷き詰められている根はトレントの一部だという可能性が高いので、足を踏み入れた瞬間に宙吊りにされてしまいますね。ええ、このゲームのレーティングが危ぶまれます。

 まぁ、こんなところに思わせぶりにMOBの大群がいるのですから、全部倒したらポータルが開放されますよね。中央にいる一際大きなトレントには識別だけでは届かないので、遠望視を使って見ましたが、周りのオールドトレントが邪魔で識別の対象に取れませ――。


「なにや……」


 おっと、イベントの癖が残っていました。妙な感覚があったので背後を確認しましたが、今のは背後ではなく見ている先からでしたね。まぁ、邪魔なオールドトレントを倒せば障害物も消えて識別出来るはずです。

 そう思ったのですが、一番外側のオールドトレントですら射程外ですよ。正確な距離はわかりませんが、根がかなり広範囲に張り巡らされているので、オールドトレントを射程内に収めるには、宙吊りにされながらも移動する必要があります。まぁ、無理ですが。


「【ロックウォール】」


 試しに無事な足場を作ろうとしたのですが、岩の壁が出現しようとした瞬間、根に締め付けられ岩の壁が破壊されました。あの根、厄介ですね。

 うーむ、ここから届かせる方法もあることにはありますが、……どうなりますかね。かなりのMPを使うことになりますが、物は試しなので、やってみますかね。

 攻撃方法は炎魔法のエクスプロージョン。その魔法陣を同じ場所に5つ描きますが、その前に閃きを使い、威力を上げ、遠隔展開で射程を伸ばします。この時点でかなりのMPを使いましたが、これで終わりではありません。魔法陣を描き終えたら今度はレインフォースを使い、MPの追加投入です。ええ、ここは一思いに残り全部をつぎ込みます。前にもやったときは凄いことになったので、今回も楽しみです。

 MPもすっからかんになったので、準備完了です。


「【エクスプロージョン】」


 一番外側のオールドトレントを大爆発が襲いました。前に覚えたボムとは違い、爆炎を纏ったその攻撃は、射程距離外にいる私にすら衝撃が届くほどです。木の幹にしがみつき、枝から落ちるのを防ぎましたが、とてつもないですね。

 ……リザルトウィンドウが出てきません。これはまさか、倒せていないということでしょうか。煙が漂っているのでよくわからないので、晴れるまで待ってみると、段々とその体が修復されていくオールドトレント達が姿をあらわしました。

 範囲内にあった根は消えたままですが、トレントはどんどん元気になっていきます。MPが空っぽの私には追撃を行うことが出来ないので、その光景を指をくわえて見ていることしかできません。

 これは新しい杖が必要ですね。

 シェリスさんから出来たという連絡はないので待つ他ありませんが。

 MPが全回復するまで暇なので、この開けた場所の外周を巡ってみましょう。こちらからは近付けなくても、反対側からなら簡単に近付けるとかだったら、こんな射程外から攻撃する必要はありませんから。

 ぐるっと周ってみた結果、どうやらこの円形に開けた場所の中央にあのオールドトレントの集団がいるようです。マップを見ながら元いた場所に戻ると、このくらいの時間では根は復活しないようです。もしかしたら数日かけて回復する可能性はありますが、あそこまで再生能力の高いトレントの根だけが時間がかかるとも思えないので、復活しない物と思っておきましょう。

 あー、つまり、ここは根を焼き払って近付いてから複数の魔法使いでフルボッコにしろということですね。伐採と考えれば前衛職でも出来そうですし。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 おや、誰でしょう。

 えーと、ザインさんですね。どうやら例のユニコーンを最初に見付けた人がユニコーンに串刺しにされて戻ってきたので、今から会えないかという連絡でした。

 今はオールドトレントをどうやって倒すかを考えていますが、根を焼き払って遠隔展開を使わなくても届く距離まで近付けば倒せるかも知れません。けれど、今のままでも届く方法がある以上、それは負けた気になります。なので、杖を新調してから挑むことにしましょう。

 そういうわけで、落ちるまでの時間でよければ会えますよと返事をしました。すぐに返信が来たので、集合場所はザインさんのクランハウスに決定しました。ゲスト扱いで、一時的にザインさんのクランハウスのポータルを使えるようになりましたが、使ったことがないのでテレポートの選択肢には出来てきません。そのため、一度クランハウスに戻ってから移動しましょう。





 やってきました。ザインさんのクラン【アカツキ】のクランハウスです。随分前に一度来ましたが、更に増築されているようですね。部分的な面影しか残っていませんよ。


「お邪魔します」

『KAAA』

『TANUTAA』


 ヤタと信楽も元気に挨拶していますね。せっかく街に戻ったのですから、召喚しないわけがありません。


「随分早かったな。ああ、今回はこっちだ、ついてきてくれ。……前回みたいな邪魔は入らないから、安心していいぞ」


 ……前回、何かあったきもしなくもありませんが、全く覚えていませんね。まぁ、ここで覚えていないことを口にするはずもなく、笑ってごまかしましょう。


「そうですか。それで、相手の人はもういますか?」

「ああ、ちゃんと紹介するさ」


 そう言ってザインさんに案内された応接室らしき場所には薄い水色のローブを身に着けた女性がいました。杖は非表示にしているようですが、きっと魔法使いですね。


「この人はニミュエ、アカツキの同盟クランのプレイヤーだ。それで、こっちがリーゼロッテ、個人的な協力者だ」


 なんとも妙な立ち位置ですが、ザインさんの同盟に加わった覚えはないので、形容し難い関係になるのでしょう。まぁ、外から見ると同盟に加わっていると思われているらしいのですが。


「ニミュエです。この度はお手間を取らせて申し訳ありません」

「あ、えっと、リーゼロッテです。情報の伝達に不備があったようで……」


 うーむ、やりづらい。もう少し気楽にして欲しいものです。


「それじゃあ、後は二人で好きなだけ情報交換をしてくれ」

「へ?」


 それだけいうとザインさんは部屋から出ていってしまいました。


「まずはお座りください」


 ニミュエさんに言われるがまま、向かい合ってソファーに座ることになりました。低めのテーブルもありますが、お茶を持ってきてくれる秘書さんはいないようですね。


「ザインさんはこれ以上情報を貰うと返済が大変だから、詳しい話は聞かないと言っていましたよ。なので、今回の追加情報の対価は私からになりますが、よろしいですか?」

 あー、ザインさん、借金地獄から逃げましたね。まぁ、召喚スキルを持っていない人が召喚獣の入手方法を聞く意味はありませんし、貸しはまっとうに作る主義なので、何の問題もありません。


「そうですか、それは構いませんけど、そもそも何を話せばいいのか……」

「それでは、実際に試した方法をお聞きしてもよろしいですか?」

「それでよければ――」


 そんなわけで詳しく話しました。

 前もって金属装備の短刀を外したことや、腕を組んで仁王立ちをしていたこと、そして、途中で武器をインベントリにしまったこと、大体、これくらいですね。実演しながらだったので少し時間はかかりましたが、下手に情報の取捨選択をするよりも、こうした方が確実ですし。


「どうです? 違いはありました?」

「恐らくですが、武器の扱いだと思います。確かに、武器をしまったと聞いていたのですが、前にあそこでモンスターに襲われたことがあったので、警戒して非表示にしただけでした。それでも近付いてきてはいたので、一定距離までは武器を手にしていても近付いてくるのでしょう。ただ、ユニコーンを手に入れるには、武器を装備してはいけないようですね」

「あそこでMOBに襲われるんですか?」

「ええ、ですが、今考えると、ユニコーンが出現しない場合は、モンスターが出現することがあるのでしょう」

「あー、なるほど。あそこってただのフィールドですもんね」


 ユニコーンの情報の受け渡しも終わったので、後は対価の話ですが、これで何を受け取ればいいのやら。まぁ、いつもの様に向こうに――。


「リーゼロッテさん、今回の件の対価はどの程度になるのでしょうか?」


 ぐは。柄にもなく考えている間に向こうから切り出されてしまいました。ですが、こういう時にはこうです。


「そちらで相応しい対価を決めてください」

「難しいですね。私はこういった情報の対価を決めるのを不得手としているので」


 どうやらお互いに対価の設定を苦手といているようです。そういえば、気になることが出来たばかりなので、こちらの受け取る分を増やしてしまえば、断れませんよね。


「……その手は?」


 私が無言で手を伸ばしたしたことに疑問を覚えているようです。別に交渉が成立したわけでもありませんから、何なのかわからないのでしょう。


「こうやって握手をするものですよね」

「そ、そうですね。ですが……」

「まあまあ」


 少し時間はかかりましたが、私の行動の意味がわからないニュミエさんを微笑むだけで押し切ることに成功したようで、ゆっくりと手を伸ばしてきました。そして、ニュミエさんが私の手を握るのに対し、私も静かに握り返し……今です。

「……ん、くっ」

 MPを一気に流し込み始めました。私が気になっているのはMOBに関する情報ですから、秘匿していたりしかねません。なら、少しでも何かしらを押し売りしておくべきです。もちろん、押し返しは認めませんが。


「な……何、を、んあ……」

「いやー、欲しい情報を思いついたんですよ。でも、流石にさっきのだけじゃ、釣り合わないので、ちょっと増やそうと思いまして」

「ん……あっ……」


 ピコン!

 ――――System Message・スキルを伝授しました―――――――――

 【魔力操作】を伝授しました。

 SPを1入手しました。

 ―――――――――――――――――――――――――――――


 ああ、随分と手慣れてしまいました。

 魔力操作を伝授されたニュミエさんは肩で息をしていますが、すぐに整えてしまいました。


「そういえば、シェリスさんから貴女の行動には注意するよう言われていましたが、こういうことだったのですね」

「てっきり伝授されてると思ったんですけど、広めてないんですか?」

「私はシェリスさんから魔力操作を伝授されてはいません。見付けたのが自分ではないので、勝手に広めるようなことはしないと言っていました」


 そんなこと気にしなくてもいいんですけどね。魔法陣が使えると思って結局できず、グリモアの様に聞きに来てくれた方が、こちらにもメリットがありますから。まぁ、ちゃんとスキルの画面を見ればわかることですけど。

 まぁ、気付いていても、魔力操作がないだけの人もいるかも知れませんが。


「それで、貴女の求める対価は何でしょうか?」

「あー、それなんですけど、トレント系で根を伸ばして攻撃してくる個体がいるのは知ってますか?」

「ええ、レア個体ではありますが、蔦などの攻撃パターンが増えるだけでドロップはかわらないので、わざわざ探して狙う価値はありません」


 あー、なるほど。では、さっさと聞いてみましょう。


「そのレア個体の根を焼き払った時、その部分が復活しないようですけど、あれって何か意味があるんですか?」

「リーゼロッテさん、貴女が欲しい情報とはそれのことでしょうか?」

「そうですよ。対価が足りませんか?」


 何なら追加で魔法陣の使い方を教えていいですけど、どうなんでしょうね。


「攻略サイトには不確定情報として、根を欠損させた場合、再生能力が低下すると書かれています。けれど、私達や情報屋クランでは、欠損させた量に応じて最大HPを削っていると判断しました。詳しい調査手段は省きますが、本体に攻撃していないトレント系でも、本来必要とする回数の攻撃以下で倒すことが出来ました」


 ほう。根を蔦を焼き払えば最大HPを削ることが出来るわけですか。つまり、あそこのトレント系を殲滅するには、開けた場所の全てを覆っている根を一掃すればいいわけですね。


「ちなみに、根の再生は確認されていますか?」


 思わず追加情報を求めてしまいましたが、ミュニエさんは素直に答えてくれました。


「今のところは確認されていません」

「そうですか。教えてくれて、ありがとうございます」


 これであそこの攻略に目処が立ちましたね。まぁ、リベンジもあるので、杖を新調して、ちゃんと遠距離からオールドトレントを倒すのが先ですが。

 話も終わり、そろそろいい時間なので私達が応接室を出ると、ザインさんの代わりにユリアさんがいました。相変わらず、空色の綺麗な髪をしていますね。まったく、もう一度魔力操作を伝授出来ればいいのに。


「二人共、情報交換は終わったのかしら?」

「ええ、場所を貸していただき、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 私はこの後クランハウスに戻り、ユニコーンを召喚して、皮を押し付けてからログアウトしました。

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