5-4その1

 9月2日、昨日から二学期が始まりましたが、今日は土曜なのでまた休みです。そんなわけで特に用事もなく、いつもの様に午後からログインしました。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 おや、誰でしょうかね。

 んん! これはこれは。早速取りに行きたいのですが、まずは日課を済ませましょう。やらないと放置してフィールドへ出発する自信があります。

 そわそわしながら日課をこなしていると、みんなから何かいいことがあったのかと聞かれてしまいましたよ。そんなに嬉しそうな顔をしているんですかね。まぁ、まだ秘密ですが。

 ………………

 …………

 ……

 さぁ、日課も終えたので受け取りに出発です。他の依頼も全て終えており、今日はセンファストで露店をしているそうなので、中央にあるポータルから南へ移動します。ヤタは飛んでくれるので問題ありませんが、信楽は脇に抱える必要があります。けれど、一緒に行かない理由はありません。

 人が多い気がする街中を全力で走っていると、見つけました。


「シェリスさーーーん」


 勢い余って通り過ぎそうになりましたが、誤差ですね。


「やあリーゼロッテ、そんなに楽しみにしてたの?」

「そりゃそうですよ。素材集めは億劫でも、頼んで出来上がった物を楽しみにしないわけがないじゃないですか」


 ゲームにおいてよりよい物が手に入るということは、出来ることが増えると同義ですし。これならあのオールドトレントを焼き払えるはずです。


「そっかそっか。楽しみにしてくれてたんなら、生産者冥利に尽きるよ。それで、お代だけど、前にゴンドラの時の情報で割り引くって話はしてあったけど、具体的な話はしてなかったよね」

「言い値で払いましょう」

「……男らしいって言われたことない?」

「流石にそれは言われたことないですね」


 基本的にこういう時は真偽はさておき「はい」と答えるようにしていますが、流石に否定してしまいましたよ。


「そっか。まぁ、女の子には言わないよね。素材は持ち込みだから、技術料だけで、情報との割引だから、いくらにしよっか」


 シェリスさん、まだ値段を決めてなかったんですね。私は早く新しい杖を見たくてそわそわしているので、出来れば早く決めて欲しいですね。今の杖の時はどうしたか覚えていませんが、物納だった気がするので、相場がわかりません。


「ごめんごめん、先に杖見る?」

「はい」


 今までで一番早く答えた気がしますね。

 笑いながらシェリスさんが取り出した杖は、まっすぐに長い茶色の杖で、上の方には内部で8色の光が漂っている握りこぶし大の透明の宝玉、姫巫女の願いが飲み込まれています。いえ、取り込まれているというべきなのでしょうか。マスクメロン程ではありませんが、素材となった木が網目のようになって表面を覆っています。くっついているわけではないので、アーツを使って殴っても取れそうになる心配をしなくてすみそうです。

 下手に曲がっているわけでもないので、殴りやすそうですし。ちょっと振り回してみましょう。


「いいですねいいですね。取り回しやすいですし、シンプルでいいですよ」

「気に入ってくれてよかったよ。デザインに関する注文がなかったから、実は心配だったんだよね」

「まぁ、デザインに関しては聞かれても魔女風としか言わない自信がありますね」


 正直なところ、何かを思い浮かべても正確に伝えられる自信がありませんし、それがいいものになる保証はどこにもありません。なら、全てを任せられる相手に任せてしまった方がいいんですよ。

 お互いに軽く笑いあう中、出来に見合うだけの代金を払ってと言われなくてほっとしています。


「それで、いくらですか?」

「うーん、1,000,000Gくらい?」

「はい」


 気が変わって値上げされ……、早く私の物にしたいので、すぐにメニューを操作し代金を支払いました。これで、もうこの杖、【願いの長杖】は私の物です。装備して、ステータスの確認をしましょう。


――――――――――――――――

【願いの長杖】

 清らかなる者達の願いを元にした長杖

 耐久:100%

 攻撃力:▲

 魔法攻撃力:▲

 INT:▲

 MND:▲

 MP:▲

――――――――――――――――


 MNDは魔法防御力と状態異常耐性に関わるステータスでしたね。あまり上げる手段がないので、存在を忘れていました。ゲームによってはヒールの回復量に関わったりしますが、HTOではそんなことはないようです。


「……本当にその額でよかったの?」

「何か問題でも?」

「いや、まぁ、いいならいいんだけど。ところでさ、前の杖はどうするの?」

「私は保管派です」


 そもそも杖は金属製でもない限り鋳潰して混ぜることは出来ないので、そのまま取っときたいです。


「そっか、保管派かー。大事にしてくれるのなら、私から何かを言うことはないよ」


 シェリスさんがどこか違う場所を見ながら少し大きな声でそう口にしました。まるで、少し遠くにいる誰かに言っているようですが、気にしません。今の私には優先すべきことがありますから。


「それでは、試し撃ちしてきます」

「いってらっしゃい」


 シェリスさんに見送られ、ポータルへ向かいます。おっと、今までお世話になった【下級悪魔の杖】のしまう場所を整理しましょう。ええ、並び替え機能を使い、初心者用杖の次に置きます。これで心置きなく試し撃ちを行えます。





 猿マップを越えるのに時間がかかりましたが、新しい移動系のスキルは凄いですね。立体機動に慣れないうちは距離の目測を誤りましたが、そこは虚空移動の空中ジャンプで何とかなりました。それに、一度空中ジャンプが出来るということを考えれば、今まででは距離が空いてて通れなかった場所も通れるようになります。

 恐らくは前回もこの木の枝に乗っていたと思いますが、どうでしょうね。前にオールドトレントの巻き添えに少し根を燃やしたので、それが見えれば同じ場所になるはずですが……。

 うーん、多分あそこですね。まぁ、多少位置がずれていても、同じ場所が見えれば問題ありませんよ。

 途中のエテモンキー戦では手数の確認をしていないのでどのくらい強くなったのかはわかりませんでした。けれど、前回倒しきれなかったあのオールドトレントを倒せれ……、そういえば、根が減った分、最大HPが減っているはずなんですよね。なら、前の杖でも倒せてしまうかもしれません。というわけで、少し移動して違う位置にいるオールドトレントを狙いましょう。閃きを使い、魔法陣を5つ描きます。その際に遠隔展開で射程距離を伸ばし、最後にレインフォースでMPをすべて注ぎ込みます。ええ、前回と全く同じ方法です。

 それでは準備が出来たので、燃えてもらいましょう。


「【エクスプロージョン】」


 狙ったオールドトレントを大爆発が襲いました。ここまで衝撃が来るほどの爆発だと違いなんてわかりませんね。ただ、煙が晴れると、その一角にオールドトレントの姿がなく、倒せたという事実だけが残りました。まぁ、リザルトウィンドウが出てる時点でわかっていたのですが、ここはウィンドウの有無ではなく、姿の有無で確認するべきなんですよ。


「おおー、これは中々な威力ですね」


 かなりの準備が必要ですし、MPが全回復しないと次を放てませんが、これは進歩ですよ。成長ですよ。いやー、倒せなかった相手が倒せるってのはいいですねぇ。

 この願いの長杖が凄いということはわかったので、次は手際よく根を焼き尽くせる方法を考えましょう。MPが全回復するまでは時間もかかりますし。

 えーと、一度に1ヵ所ずつ焼き払うのは面倒ですが、現状思いつくのはそれくらいです。ファイアストームを動かせれば便利なのですが魔法操作なんてスキルがあっても魔法は操作出来ないんですよね。出来るのは射程に少し下駄を履かせることとMP操作くらいですし。

 うーむ、そういえば、ファイアストームって日本語訳的には火災旋風の方ですよね。いろいろと未解明ですけど、三方を火で囲まれている場所で発生したこともあるそうです。まだMPは回復中ですが、少し試してみましょう。


「【ファイアウォール】」


 火の壁を3枚、コの字に生み出しました。これで何か変化があれば……。変化は……、ありませんでした。残念ながら失敗ですね。

 あ、そうですよ。新しい何かにこだわる必要はないんですよ。ちょっと向きを変えればいいんですから。周囲の森に被害が出ないように気を付けて、魔法陣を一つ、横向きに描きます。


「【ファイアストーム】」


 ええ、横向きに炎の竜巻を発生させます。私の予定では一直線に道が出来るはずだったのですが、残念ながら縦だろうと横だろうと範囲に大した違いはありませんでした。うまい具合に魔法陣を配置すれば一気に焼き払い、微々たる節約ですがほんの少しだけ時間を節約出来ます。オールドトレントの最大HPが減れば、MPを使い切らなくても倒せるはずですし。ただ、問題があるとすれば、どの根がどのオールドトレントとつながっているかわからないということです。減っているのは最大HPなので、HPが危険域を示す赤色に変わるわけでもないので、見た目に変化はないでしょうし。

 なら、いっそのこと、オールドトレントを直接焼いた方が早いんですかね。

 まったく、どっちを選べばいいのやら。

 うーむ。

 少し悩んだ結果、とりあえず射程に下駄を履かせなくても届く距離までは根を焼き払うことにしましょう。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 ふう、まだ足りませんが今日はこのくらいにしてあげましょう。今のところは丸いカーペットの端を少し丸めたような形になりましたが、次来た時に伐採が進んでいれば、他にも誰かが来たということになります。

 ちなみに、途中で我慢ができなくなってオールドトレントを直接焼き払ったところ、とある通知が来ました。


 ピコン!

 ――――System Message・所持スキルがLVMAXになりました――――

 【炎魔法】がLV50MAXになったため、上位スキルが開放されました。

 【火炎魔法】 SP5

 【炎熱魔法】 SP5

 これらのスキルが取得出来ます。

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 かなりの根を焼き払った結果なのか、オールドトレントを倒した結果なのかはわかりませんが、思わぬ成果に喜びを隠せません。

 早速取得して詳しい説明を見ましょう。

 まず、火炎魔法ですが、最初に覚えたのは【フレアボム】でした。試してみましたが、フラッシュボムの火属性版ですね。これで根を焼き払っても、微妙な範囲しか焼き払えないので、ここでの使い道はなさそうです。

 次に、炎熱魔法です。これで最初に覚えたのは【ヒートボディ】でした。冷却耐性とか触れた相手に燃焼のデバフとか、攻撃性能の低い魔法ですね。まぁ、冬場はこれで乗り切れ……、トレント系の根から身を守れるかもしれませんね。維持コストしだいかと思いきや、一定時間なので、エリアシールドやバリアとは仕様が違うようです。これ、場合によってはあるであろう冬仕様を凌げそうな魔法ですね。ちなみに、足場にしていた枝が燃え始めたので、前もって安全を確保した場所へ降りることになりました。

 クールタイムの都合でかなりの時間を使いましたが、流石に外周を全て削るようなことはしませんでした。何せ、根の本体を焼き払えば消えるはずですから。作業感が強かったので、途中、ヒートボディを使って根本までダッシュしたい衝動に駆られましたが、出来たばかりの杖をHPの全損に伴う耐久の減少という目にあわせたくないのでやめておきましょう。

 ちなみに、オールドトレントからのドロップは【上質な炭】でした。まぁ、火属性で攻撃したのでしかたありませんね。

 それでは街に戻ってログアウトです。

 おや、メールが来てますね。





 夜のログインの時間です。先程ログアウトした後に気付いたメールは委員長からでした。夜に一緒にどこかへ行こうというお誘いだったので、了承して、詳しいことは伊織に任せてあります。そんなわけで、そろそろ待ち合わせの時間なのでログインしましょう。


「こんー」

「あ、もう来た」


 時雨が私よりも早くログインしていました。まだなら日課をこなそうと思ったのですが、余裕を持ってこなしているので、一回くらいやらなくても何の問題もありません。


「もう行く?」

「連絡してみるから、ちょっと待ってて」


 それなら日課を進めましょうかね。準備に時間がかかることでもないですし。

 しばらくして、委員長……たしか、メルクリウスでしたね、向こうから返信があったのでセンファストのポータル付近で待ち合わせをすることになりました。

 クランハウスにポータルがあるので移動に一分もかかりません。ポータルに着いたら近くでお茶をして待っていましょう。


「第二陣のログイン初日の時とお店、変わってるよね。ポータルがよく見えるのは変わってないけど」

「あー、源爺さんに鍛冶のこと聞いてたら、ログインラッシュ見に来た時だよね。お店は夏イベの時のコラボで変わったんだよ。……公式HPの告知にはなかったけど、メニューによってはイベントアイテムのドロップ率の増加があったらしいよ」

「……オチール使わなくてもよかったのか」

「ま、オチールほどは増加しなかったらしいけどね」


 おのれ、食品コラボめ。こっそりとイベントに組み込んでくるとは、今後は要注意ですね。

 しばらくして、頭の上に名前が表示されているプレイヤーがポータルから出てきました。向こうからも私達の頭の上に名前が見えるはずなので、手を振れば気付いてくれるはずです。それにしても、メイド服……ヴィクトリアンメイドですよ。どうせならカトラリーを武器にしてくれると面白いのですが、流石に戦いにくいですよね。


「お待たせしてすみません」

「そんなに待ってないから問題ないよ」

「とりあえず、座ってよ。どこ行くかも決まってないし」


 メルクリウスさんが空いている椅子に腰掛けると、すぐにウェイトレスのNPCが注文を聞きにやってきました。注文したらすぐに運んでくるのは、ゲームならではですね。


「それで、どこ行くの?」


 話し合いは時雨に任せてしまったので、結局のところ何も聞いていません。まぁ、どこに行きたいか聞かれても行動範囲外のことは知らないんですよね。


「私は特にここって場所はないけど、メルクリウスは?」

「行きたい場所はあります。ただ、素材目当ての場所なのでちょっと……」


 素材目当てですか。なるほど、そうですか。


「そんじゃ、そこにしよ。目的もなくダラダラしてるのもいいけど、やることあるなら、それ選べばいいし」

「それもそうだね。私もリーゼロッテも行きたい場所ないし、MMOで遊ぶって言ったら、狩りも選択肢の一つだよ」

「いいんですか? ありがとうございます。では、ちょっと必要な物があるので、一度クランハウスによっていいですか? クラン用のポータルもあるので、権限を貰えれば一緒にいけますし」


 短い道中にクランハウスへのゲスト権限を貰いながら急ぎで聞いたのですが、どうにもノーサードから西に行ったところに用があるそうです。何が出るのかまでは聞く時間がなかったので、それは現地に着いてからの移動中に聞くことにしました。

 【オフェルの丘】のクランハウスには初めて来ましたが、初期設定の面影が微かにしか残っていませんね。


「ここで待っていてください」

「あら? メルちゃん、もう戻ってきたの? まさか、また連絡先でも聞かれたの?」


  メルクリウスさんに話しかけてきたのはホットパンツとチューブトップにレザージャケットという露出の多い装備で気の強そうな雰囲気を醸し出している女性プレイヤーでした。おっと、腰に鞭も下げていますね。


「いえ、違いますよ。フローレンスさん。忘れ物をしたので取りに来たんです」

「あらそう。それじゃあ、そっちの二人が今日一緒に行くって言ってたプレイヤーね。初めまして、私はフローレンスよ。今日はメルちゃんをよろしくね」

「初めまして、時雨です」

「リーゼロッテです」

「そう、貴女達が……」

「フローレンスさん、どうしたんですか?」

「思わぬ繋がりに驚いているだけよ」


 会話をしながらクラン倉庫をいじっていたメルクリウスさんの準備が整ったようなので、さっさと出発しましょう。


「それでは行ってきます」

「気を付けるのよ」


 フローレンスさんに見送られてオフェルの丘のクランハウスのポータルを使い、ノーサードへと移動しました。

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