3章 夏に向けて

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 7月1日、日付が変わると同時にメンテナンスに入り、昼前には終わったそうです。けれど、私達プレイヤーは、アップデート内容をダウンロードする必要があるので、すぐにはログイン出来ません。そのため、アップデート内容など運営のお知らせに目を通すことにしました。

 いつものように簡単な調整がメインのようですが、補助武器の正式仕様化と書かれています。確か、複数の武器を装備しておいて使い分けるための物です。公式によると、切り替えても主武器以外はしまうことが出来ないそうなので、持ち物装備として装備出来る範囲という制約はそのままのようです。

 次に、フィールド毎の気温を段階的に上昇させるとのことです。ある一定以上になると、ダメージを受けたり、満腹度の減りが早くなったりと、デメリットがあるそうですが、それを防ぐ方法もあるそうです。その一つは、装備に水属性を付与することだそうですが、他にもあるとのことです。早く見付かると楽なのですが。ちなみに、これは夏仕様ということらしいのですが、是非ともやめて欲しい仕様です。

 他に、職業欄の追加だそうです。これは、職業システムではなく、自身が何を得意としているかを記載する場所らしいです。前のアップデートで武器をしまえるようになり、今回のアップデートで補助装備が仕様になったので、混乱しないようにということです。職業欄は頭上に表示出来るということですが、あくまでの任意のフリーワードだそうです。まぁ、その内使ってみましょう。

 後は、一部スキルにおける自由作業範囲の拡大だそうです。生産スキルの話になるようですが、スキルによってバラツキのあった自由度をある程度統一するとかで、調合系で例えると、薬草の特定部分だけを集めて調合したり出来るようになるそうです。自由度の高いスキルは変わらず、自由度の低かったスキルに変化が生じるようですね。まぁ、思い出して気が向いたらやってみましょうか。

 お知らせの最後に、トップページのPV変更という文字があったため、新しいPVを見ることにしました。そこに映っているのは知らないプレイヤー達ですが、古の都のボス戦のようです。巨大なスフィンクスを相手に、赤いドレスアーマーのプレイヤーと、全身鎧に同じ文様を入れたプレイヤー達が戦っています。確か、何とかという最前線のクランですね。私達が戦った時と行動パターンは同じようですが、反応速度や威力が段違いのようです。何せ、前足による攻撃で、全身鎧の盾を持ったプレイヤーを吹き飛ばしていますから。

 ただ、吹き飛ばされても、他のプレイヤーがすぐにサポートに入り、少しずつ追い詰めているのがわかります。何とも組織だった戦闘でした。

 PVを見終えた頃にはアップデートも終わっていたので、ログインすることにしました。

 ログイン画面には、メンテナンス前と変わらず、私のアバターが表示されています。

 先の折れた三角帽をかぶった白に近い銀髪のロングヘアーで、翠色の瞳はきついつり目になっています。服装はフード付きのローブに袖を通し、白いブラウスには、黒地で下の方に斜めに一本の白いラインの入った小さいネクタイ、魔女風の装備なので、当然のように手袋やスカートも黒いです。黒くないのは、白いブラウスと、茶色い編上げブーツくらいですね。大きな両手杖を持っているのに、ローブの中に短刀を隠しているとは誰も思わないでしょう。

 それでは、ログインしましょうか。





 ログインすると、そこは最初の町であるセンファストの中心のポータルがある広場でした。日頃から鞄やウェストポーチにインベントリを刻印しているため、用がなければ魔石の補充をしやすいセンファストで落ちるようにしています。まずはいつものように所属している【隠れ家】というクランのクランハウスへと向かうために冒険者ギルドを訪れます。冒険者ギルドからクランハウスへと入るための廊下を通り、クランハウスへと着くと、日課である刻印をしながら短刀を補助装備へと登録しました。これは、持っている武器スキルのランクによって数が変化するようで、中級スキルである【杖術】を持っている私は、二つまで登録出来ます。さらに、他の系統の下級スキルを取得出来れば、一つ追加出来るそうなので、増やそうと思えば、どこまでも増やせそうですね。とりあえず、一つは剣扱いの短刀で、もう一つには素手を登録しておきましょう。これでも体術スキルを持っていますから。


「リーゼロッテ、早いな」

「こんー」


 口元を隠した長いマフラーが特徴的な忍び風装備に身を包んだ、私の双子の弟で灰色の髪のアバターにしているハヅチでした。刻印中だったので、挨拶の定型文で返しておきましたが、私の方が早くログインするとは思いませんでした。


「そういえばさ、生産クラン主催のフリーマーケット、どうするんだ?」

「んー、クランで参加するっていうんなら、協力するよ」

「つっても、俺らは生産主体のクランじゃねーし、グリモアが刻印出来るようになったって言っても、そうそう増産出来ねーだろ」


 それもそうですね。毎週100個前後を作っていますが、未だに売り切れているようです。まぁ、きっと誰かが同じ方法か違う方法を見付けてくれるでしょう。

 フリーマーケットに出すような使い古しの装備も……、あ、いいこと思い付きました。


「それじゃあ、参加しなくていいんじゃない? 私はちょっと個人的に露店すると思うけど」

「……何を思いついたかは知らねーけど、手伝いが必要なら言えよ」

「ん、あんがとね」

「ああ、それと、赤色の欠片、100個集めれば昇華出来るぞ。使うかは知らねーけど」


 何と! 確かに、属性の強さを考えれば、出来てもおかしくはありません。まぁ、何かに使うかもわからないので、一度試すだけにしましょう。


「そうなんだ。ちなみに、赤色以外は見付かってるの?」

「あー、ノーサードの東側で出るメタルモゲッラとかいうのが、茶色の欠片を落とすぞ。ただ、あそこは坑道だから、狩り辛いから、近くのダンジョンに行った方がいいけどな」

「なるほど、じゃあ、そこはやめとく。ちなみに、青色の欠片は見付かってないの?」


 何せ夏仕様が始まっています。装備に水属性を付与できれば、デメリットを防げるので、自分で集めてしまいましょう。


「……センファストの南だ」

「南……、そういえば、難易度が高いとかで行ってなかったね。どんな場所?」

「蛙マップで、湿地帯になってる。流石にグリーンサボテンテン程じゃないが、舌を伸ばして遠くから近接攻撃してくるぞ」

「それじゃあ、エリアシールドで――」

「近接だから、効果発揮しないぞ」


 ……何ということでしょう。基準に使われているグリーンサボテンテンは相手が見えないくらいの位置から狙撃してきますが、その蛙はどうなのでしょう。


「ちなみに、射程はどのくらい?」

「ランス系より少し短いくらい。魔法使いのソロだと、二発目を撃つ前に舌が巻き付くらしいから、範囲拡大を使って範囲魔法を端に引っ掛けてるのが多いぞ」


 私が言えたことではありませんが、何とも強引な方法ですね。


「まぁ、射程くらいは何とかなるから、行けないことはないね」

「あー、何かの中級スキルでも射程伸ばせるらしいから、それが目安って言われてるな」


 ほうほう、魔法陣以外にも射程を伸ばす方法があるのですか。まぁ、流石にヒドゥンスキルである魔力操作が必須では、ゲームとして問題がありますよね。


「俺らの分も集めてくれれば、ちゃんと買い取るぜ」

「はーい。じゃあ、絹の糸の追加分、渡しとくから、今から集める青色の欠片と一緒に外套作ってね」

「夏仕様な。デザイン考えとく」


 そんなわけで、これから初めて最初の町であるセンファストの南へと向かうことになりました。初めての場所なので、ヤタと信楽は送還したままにしましょう。六割五分もMPを持っていかれると、死んでしまいます。





 センファストの南門を出ると、そこはプレイヤーでごった返していました。しかも、全員が全員、プレイヤー名を公開……、いえ、あれは職業欄を公開しているようです。剣士や盾職、魔法使いに魔術師に弓師など、よくわかりやすい一般的な職業名の人達の集団と、剣聖や勇者、騎士王、狂戦士、大賢者、理使いなどの、自信過剰だったり、意味不明だったりする人がまばらに立っています。PTリーダーと思わしき人の頭上には吹き出しのような物が表示され、PTメンバーの募集要項や、今いるメンバーの大まかなタイプが書かれています。吹き出しは他のプレイヤーの方を向くようになっているようで、向きによっては見えないということはないようです。この辺りは臨時PTを作るための待合所として使っているようですが、私は臨時PTに入る気はないので、気にせず行きましょう。

 南門付近は足場がしっかりしているので歩きやすいのですが、しばらく行くと、草が生い茂り、足元が泥濘み始めた気がします。


『GEKO』


 おや、大きな蛙ですね。識別すると、ロングトードという名前でした。水属性の極小なので、土属性がよく効くのですが、何故雷属性ではないのでしょうか。まぁ、設定的な理由だとは思いますが、行動阻害効果があるので、属性相性による減算がない分、使い所が限られないのはいいことです。

 ミニマップを確認し、MOBと他のプレイヤーの位置関係を把握します。集団でもないですし、私より近いプレイヤーもいないので、試してみましょう。

 脈絡もなく動くのでアースブラストではなく、アースランスにします。もちろん、最大火力を出すために、三発同時発動です。後は、遠隔展開を使い、射程距離を少し水増ししました。大体ランス系より少し短いくらいの射程距離だと聞いているので、これなら安全圏から一方的に攻撃できます。


「【アースランス】」


 おお、遠隔展開なので複数発動させる場合は背後に現れる魔法陣が、前に現れました。しかも、三角形のように並んで現れました。これは横に並ぶよりもかっこいいです。運営を褒めてあげたい気分です。

 ちなみに、結果は微妙にHPが残ったようで、私の方へと飛び跳ねてきます。瀕死の重傷なので動きは遅いですが、三回分のディレイが終わる前に向こうの射程に入りそうなので、少し下がって距離を稼ぎます。

 長く感じたディレイが終わると同時に魔法陣を単発で描きました。


「【マジックランス】」


 属性相性がなければ雷魔法でもいいのですが、そもそもに属性がない魔法のスキルレベルも上げておきたいです。属性全てに耐性を持っているMOBがいてもおかしくありませんから。

 ただ、これでも倒しきれませんでした。かなり弱っているように見えるので、二発にすればいいわけですか。


「【エアーランス】」


 とどめの一撃でリザルトウィンドウが現れ、結果が表示されました。ドロップは【蛙の肉】と【青色の欠片】でした。青色の欠片はいいのですが、蛙の肉ですか。美味しいと聞いたことはありますが、進んで食べようとは思いませんね。

 乱数かどうかはわかりませんが、魔法を五発ですか。エンチャントをかければ変わるかもしれませんが、そこまでしなくてもいい気がします。どうせ倒せますし。それでは、周囲に気をつけて進みましょう。

 ロングトードには群れる習性がないのか、一体でいる個体が多く、範囲魔法を使う必要はなさそうです。ただ、必要なMPを考えると、ヤタを召喚するのは怖いですね。


「【召喚・信楽】」


 誰も召喚しないとは言っていません。信楽の召喚コストは、最大MPとSTRを合計で五割です。つまり、現在のヤタよりも、MPにかかる負担は軽くなります。なら、召喚しても問題ないでしょう。AIのカスタマイズに関しては、MOBの警戒と、あまり離れない、の二点です。下手に離れてロングトードにタゲられては意味がありませんから。

 それでは右手で信楽を抱えて次へ行きましょう。余裕を持って休憩を挟めば、MPが枯渇することもありませんし。

 湿地帯ではあっても、一応陸地らしい部分はあるので、そこを歩いていれば、水に足を取られる可能性は減ります。水の中にロングトードが見えるので、雷魔法を叩き込みたい衝動に駆られますが、下手にタゲを取っても、大してダメージを与えられていないとなると、面倒なことになるので、やめておきましょう。それに、地面が泥濘んでいる事実はかわらないので、私まで感電しては意味がありませんから。

 泥濘を進み、ロングトードの射程距離に注意して倒しながら進んでいると、一つのことに気が付きました。理由は定かではありませんが、靴に水が染み込んできません。川に落ちた時は全身ずぶ濡れでしたが、今は染み込んできません。ありがたい仕様なのか、ハヅチが工夫したのかは知りませんが、快適に進むことができそうな気がします。


『TANUU。TANUU』


 しばらく進んでいると、右手で抱えている信楽が私の手を叩き始めました。苦しかったのかと思い、少し緩めましたが、それでも叩き続けています。何をしたいのかはわかりませんが、これはこれでかわいいですね。おや、両手で叩いていたのですが、片方の手を伸ばし始めました、その先に何か――。


「ぎゃあああああ」


 ヌ、ヌメッとした生暖かいものが体に巻き付き、それに気付いた瞬間、視界が大きくブレました。そして、次の瞬間には生暖かくヌメヌメとした何かに覆われていました。暗くて何も見えませんが、HPが僅かに減り続けています。こ、これは、まさか。


「た、たべ……」


 食べられた。そう口を開こうとしました。けれど、相手の口の中、そして、このヌメリの正体は、蛙の唾液ということになります。それに気付いた瞬間、私は開いた口を固く閉じました。


「んーーーー」


 口を閉じて喚きながら暴れますが、魔法を発動しようにも集中できないので、魔法陣を描くことが出来ません。


『TANUU』


 信楽が手に光り輝くエフェクトを発生させながら蛙の口内を殴りつけました。それが何なのかすぐにはわかりませんでしたが、口の中で暴れられるのを嫌ったようで、ロングトードが私達を吐き出しました。ふふふ、外に出てしまえば私のものです。アースランスの魔法陣を三つ描き、すぐに叩き込んでやりました。信楽が口の中で攻撃していましたが、流石にランス系二発分と比べてはいけないようで、舌を伸ばして攻撃してきました。ただ、ボロボロだという点には変わりないので、ゆっくりとした舌による攻撃をかわしてマジックランスを二発叩き込んでやりました。

 ロングトードを倒してから信楽のステータスを見てみると若干MPが減っています。つまり、体術スキルのアーツだったのでしょう。私も杖をしまって攻撃すればよかったですね。

 それでは。


「信楽、ありがとね。【リターン】」


 精神的に疲れたので、今はここまでにします。

 センファストのポータルに戻ると、信楽を送還し、ログアウトしました。

 目を覚ましVRマシンを外してゆっくりと起き上がりました。普段のログアウトよりも早い時間でのログアウトですが、今回ばかりはしかたありません。ヌメヌメした感触はなくなっているはずですが、印象深かったせいか、まだ、ヌメヌメしている気がします。





 夜になり、ヌメヌメしなくなっているのでログインしました。少し憂鬱なので、こんな気分の時にやるべきことは決まっています。それをする前に装備の耐久はまだ十分にありますが、ハヅチに修理してもらうことにしました。まずは、冒険者ギルドの倉庫に預けていた外套を受け取り、クランハウスへと入ります。ちょうど誰もいないようですが、気にせず私用の個室へと足を向けました。最初の部屋割りの際に入ったきりですが、相変わらず最初から置いてあるテーブルと椅子、そして一人用のベッドです。装備を全てハヅチ宛の修理システムに預け、【魔女志願者の外套・試作品】を持ち物装備扱いで装備しました。見た目の問題で初期装備だけになりたくなかったので、ステータスを気にする必要はありません。久しぶりに装備しましたが、袖が長く作られているため、自動的に折りたたまれる男物風のコートの胸の部分には、締めると胸が強調されるベルトが二本あります。何とも喧嘩を売られているデザインですが、これはこれでいい装備です。着るのが私でなければ。

 まぁ、気にするのはやめましょう。


「【召喚・ヤタ】【召喚・信楽】」


 ヤタと信楽を召喚してベッドに倒れ込みました。あの不快な感覚を忘れるには、ヤタと信楽に癒してもらうしかありません。ヤタはベッドの上の方に止まっており、信楽は抱きかかえています。この環境で癒やされながら寝てしまいましょう。

 ちなみに、フルダイブ中に寝ても、疲れは一切取れません。体は横になっていても、脳は活発に働いているかららしいです。ただ、設定によっては寝ようとした時にそのままログアウトして寝ることも可能です。今回の場合はヤタと信楽に癒やされるのが目的なので、自動切断機能はオフになっています。

 ………………………………

 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 すぴー。

 何だか手に刺激を感じます。優しいふんわりとした感触と鋭いもので突かれている感触です。手放していた意識が私の手に戻ってくるのを感じ、ゆっくりと目を開けると、ヤタと信楽の仕業でした。


「ふわぁぁぁ。どうしたの?」


 目を覚ましたことを教えると、二体そろって口を開けています。なるほど、お腹が空いたわけですか。では、ゴブリンの丸焼きと焼き魚の大成功品を上げましょう。私は何でもいいので串焼きを食べましょう。

 寝るのも飽きたので、ヤタを肩に乗せ、信楽を抱えて部屋から出ることにしました。誰かいれば、蛙への愚痴を聞いてもらおうと思ったのですが……。誰もいませんね。時間も中途半端なので、PT単位でどこかへ行っているのでしょう。

 それではソファーの中央に陣取り、信楽をモフり続けましょう。このモフモフさは、癖になります。決してヤタと信楽を比べているわけではないので、ヤタはそっぽを向かないでください。

 そのまま癒やされていると、いつの間にか意識を手放しており、何かに頬をつつかれている気がしました。また満腹度が下がったのでしょうか。それにしても、こうも短時間に二回も眠れるとは、流石はフルダイブです。

 まぁ、実際には休まっていないわけですが。


「んがぁ」


 おや、ヤタは膝の上にいますし、抱えている信楽も、ヤタと遊んでいるようです。では、何が私の頬をつっついたのでしょうか。


「あ、起きた」


 正面には時雨が座っています。つまり、手が届く距離ではありません。次に、横を見ると、信楽に手を伸ばしたがっているモニカがいました。ふむ、犯人はこちら……、いえ、違いました。モニカが伸ばしているのは左手です。そして、右手は時雨が仲間にした二本の尻尾を持つ狐のクロスケを抱えていました。まぁ、私の頬を触りやすい位置に持っていったのはモニカだと思いますが、クロスケなら許してあげましょう。

 さて、クロスケの目の前に信楽を持っていったので、狐と狸の化かし合いを見せてもらいましょうか。


「ねぇねぇ、信楽抱いてもいい?」

「いいよ」


 予想外にモニカが両方共抱きしめることになりました。まぁ、代わりに時雨を揉みしだきましょうかね。


「じゃあ時雨、信楽の代わりして」


 手を広げても時雨は来てくれません。残念です。


「それで、何があったの?」

「んー、蛙に食べられた。ヌメヌメが気持ち悪くてね、ヤタと信楽に癒やして貰ってたの」


 愚痴は聞いてくれるようなので、正直に話すことにします。


「あー、行ったんだ。あそこはね、あんまり行きたくないよね」

「注意してたんだけどねー」

「それじゃあ、どうやって南の街、目指すの?」


 ん? 何のことでしょうか。確かに、南の方に街があるとはきいていますが、そんなのは最前線のプレイヤーが見付けてくれると思うので、目指してはいません。


「いやー、夏仕様で暑くなる前に水属性の防具作ろうと思って、青色の欠片取りに行ったんだけど」

「あー、そっち。私達もその内行くけど、今は狩り方調べてるんだよね」

「まぁ、次の目的地なかったから、選んだだけだから、無理なら他行くけどね」

「あそこは狩り方によっては私達と行った方がいいよ。ま、最前線の人達は、ウェスフォーの周辺にいるから、南側は攻略が進んでなくて、情報が出揃ってないけどね」

「私としては、蛙にヌメヌメにされて傷ついた心をヤタと信楽に癒してもらうって決めたから、今日は動く気無いけどね」


 信楽は隣に座っているモニカが抱えています。狐と狸のモフモフを同時に堪能しているのは羨ましいですが、膝の上にいるヤタを可愛がれるのは私だけなので、問題はありません。


「そういえば、あくまでも噂だけど、ロングトードについては苦情が多いから、修正予定って聞いたよ」

「そういうのって、事実は苦情が多いまでで、修正予定って願望だよね」


 そもそも、修正予定であれば、公式発表があるはずです。噂だけどという前置きが着く時点で、誰かしらによって脚色がなされているでしょう。

 まぁ、内部の人がリークしていたら話は別ですが、それはそれで情報漏えいなので問題です。


「私としては、射程を短くして欲しいんだけどね。流石にあれじゃあPTで通れないから」


 確かランス系よりも少し短く、次を撃てる安全な距離だと範囲魔法の外側を引っ掛けると聞いています。私の場合は気を付ければ一方的に狩れますが、条件がきついことに違いはありません。


「それじゃあ、修正されるのを楽しみにしつつリベンジしとくよ。ところでさ、従魔に装備ってつけられるの?」

「また一気に話がかわったね。まぁいいけど、なつき度が50%を超えたら付けられるらしいよ。扱いは持ち物装備だから、ステータスには影響しないって聞いたけど」


 ふむ、見た目を変えて楽しむということですか。それなら、信楽にはその名にちなんだ装備を付けなければいけませんね。結構先になりそうですが、その素材集めを目的にしましょう。


「い草って見付かってる?」

「畳でも作る気? 探してる人は多いけど、影も形もないってさ」


 ふむ、やはり畳というのは人気があるんですね。残念ながら家には畳がないのですが、ゲーム内に存在しているのなら、欲しいと思ってしまうのはしかたないことです。


「それは残念」


 ふと気になったのですが、PTで何処かに行っていたと思われる時雨達ですが、ここにいるのは時雨とモニカだけです。他の面々はどこにいったのでしょう。


「そういえば、他の皆は?」

「ん? ああ、装備の露店巡りとか、個人的な知り合いの所に行ってるよ。流石に自由行動中だから、正確なことは知らないけど」


 まぁ、それもそうですよね。モニカがここに残っているのはモフモフのためだと思いますが、時雨は何のためでしょうか。


「時雨は何かしてたの?」

「私はアイテムの確認とかだよ」

「そっか。そういうことにしとくよ。それじゃ、私は明日のリベンジに備えて落ちようかな」


 あのヌメヌメは遠慮したいですが、ここで逃げては女が廃ります。ヤタと信楽に癒してもらったので、明日はリベンジです。装備の修理も明日には終わってるはずなので、今日はログアウトです。

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