3-2
日曜日の午後になり、昨日のリベンジをするために気合いを入れてログインしました。
テロン!
――――修理アイテムが一件届きました。――――
ハヅチから修理の終わった装備が送られてきていました。そういえば、このまま送られてきた装備を身に着けると、今装備している外套とかち合う部分が出てきてしまいます。そんな疑問を持ちながらメニューを操作すると、どちらを優先するかという選択肢が出てきました。選ばれなかった方が空いているインベントリへと放り込まれるようです。それでは、本来の装備に切り替えましょう。
装備を戻し、日課である刻印をするためにクランハウスへと向かいました。
「こんー」
「あ、リーゼロッテだ」
おや、モニカですか。期待している可能性もありますが、これから刻印をするのでヤタも信楽も召喚はしません。そのため、純粋そうな目に気付かないふりをして作業を始めました。すると、空間魔法がLV40になったという通知がきました。確かに何度もインベントリを行っていますが、ほぼ刻印だけで上がった気がします。詳しいことは作業が終わってからにしますが、何を覚えたのか気になりますね。
そんな浮ついた気持ちで作業を終わらせ、メニューから空間魔法を開きました。そこに記載されている新しく覚えた魔法は、バリアでした。効果に期待しつつ詳細を見ると、体の周囲にバリアを張り、近接攻撃を軽減してくれるようです。あくまでも軽減なので、ダメージは受けてしまいますが、その攻撃による影響を防いでくれるようです。簡単に言うと、ダメージは軽減して、吹き飛ばされるのを防ぐといった効果でしょうか。何とも丁度いい魔法を覚えましたが、結局空間魔法には攻撃魔法がないんですね。注意事項として、エリアシールドとの併用は出来ないそうです。MPの消費は相当なものになるかもしれませんが、併用出来たら強そうに思えます。まぁ、出来ないので意味はありませんが。
「リーゼロッテはまたロングトードの所に行くの?」
おや、どうやら気を使って刻印中は黙っていたようです。そんなことをしなくてもいいのですが、わざわざそれを口にすることはありません。
「そうだよ。リベンジだからね」
「あの蛙の舌は力が強いけど、重装備だと、食べられないよ」
おう……、何ということでしょうか。それは私のスキル構成から考えると、正反対の装備です。いっそ大量の重りを着けるのもありで……、いや、ないですね。
「何とも貴重な情報だけど、私には使えそうにないね」
「そっか。時雨が言ってたけど、あたし達もあそこに挑戦するから、その内、一緒に行こうね」
「りょーかい」
「リーゼロッテも狩り方勉強しといてよー」
「……機会があったらね」
「約束だよ」
「う、うん」
モニカに見送られて私はクランハウスを後にしましたが、約束してしまいましたね。まぁ、機会があったらなので、そんな機会はないでしょう。
南門に到着すると、MPが全回復していたので信楽を召喚しました。今回はバリアを使わずに、ロングトードに挑みます。レベルを上げて新しく覚えたものを使うということを否定はしませんし、グリーンサボテンテン相手に同じようなことをしています。けれど、グリーンサボテンテンと違い、使わなくても倒せる相手なので、意地でも今の時間は使わずに倒しきってみせます。
昨日と同じように信楽を抱え、湿地帯を進みます。前に信楽が私の手を叩いていたのは、狙われているのを教えてくれていたようなので、その可愛さに惑わされないようにしなければいけません。
このマップを見る限り、池のようになっている場所の大きさによって、ロングトードの数が決まっているようです。小さい池であれば、一体。大きい池であれば、広さによってそれ以上の数というようにです。そして、湿地帯の道のようになっている場所の真ん中を通れば、基本的には安全のようです。ただ、他のプレイヤーとすれ違ったりするので、必ずしも安全な場所を通れるとは限りません。
そのため――。
「【アースランス】」
こうやって道の先を確認してから、池にいるロングトードを倒して進みます。もちろん、三発では倒せないので。
「【マジックランス】」
トドメに二発叩き込みます。
何度かすれ違うプレイヤーが話しかけて来そうになりましたが、足早に立ち去ったので、関わることもありませんでした。
そういえば、前回ロングトードに食べられたのはどの辺りだったのでしょうか。少し気になったので、ミニマップを見てみると、もう少し先ですね。
ロングトードを倒しながら進み、例の場所が見えてきました。ここは道のようになっている場所が途切れて、池の中を通る必要がある場所です。なるほど、ここに踏み込んで、ロングトードの射程圏内に入ったわけですか。まぁ、ネタが割れれば何の問題もありません。
「【アースランス】」
こちらの方が射程が長いので、先に倒せばいいだけのことです。この方法なら、あの長い舌に巻き取られることなく、先へ進めますから。
「【マジックランス】」
ほらこの通り、道中の安全を確保しました。池へ踏み込んでも信楽が反応しません。つまり、私はロングトードに勝ったということです。それでは、この調子のまま進んでしまいましょう。調子の波には乗っておくものです。
しばらく進むと、信楽が私の手を叩いてきました。ロングトードにタゲられたと思い、周囲を確認しますが、特に狙われている様子はありません。あ、そうですよね。休憩できそうな場所がないので、抱えたままの信楽に焼き魚の大成功品を食べさせてあげました。何とも食べている様子が可愛いですね。今は両手が塞がっているので、信楽に食べさせ終わった後、焼き魚の成功品を食べて私の満腹度も回復させておきます。
さて、それでは――。
「キャー、助けて」
先へ進みましょう。ここまで来ると人が少なくなってくるので、すれ違いを気にしなくていいのはとても楽です。
「あ、あの、すい、ませ……」
この様子ですと、ロングトードを倒した後の池に入って何かないか探してみたくなります。まぁ、何もないと思いますし、この格好でずぶ濡れになるのは避けたいので、その内、いつか、気が向いたらにでもしましょう。
「そこの、あぶ……、狸抱え、た人、あぶ……、無視しないで、よー」
おや、何でしょうか。どこからか私を呼んでいるような声がしますが、私の信楽を撫でたいのでしょうか。周囲を見渡すと、足の方から蛙に食べられている人がいます。私の様に頭からでなかったのは幸運なのでしょうか。
「何かようですか?」
「お願い、あぶ……、します。……助けて――」
おや、どんどん飲み込まれ、何とか口から出ようとして、すぐに引きずり込まれてを繰り返していたのですが、とうとう出てこなくなりました。PT外なので、攻撃するとダメージを与えてしまう可能性はありますが、助けを請われたので助けましょうか。今は気分がいいですから。
「【アースランス】」
私の目の前に茶色の魔法陣が三つ描かれました。それらが完成すると、茶色の槍が飛び出し、口が大きく膨らんでいるロングトードへと突き刺さりました。私の攻撃でタゲが変わったようで、私へと向かってきます。けれど、向こうの射程に入ったとしても、口が塞がっているロングトードは敵ではありません。私のディレイが終わったので、さっさと倒してしまいましょう。
「【マジックランス】」
今度は色がなく、何故か光って見える魔法陣が二つ描かれました。無魔法は無色なのに光るというよくわからないエフェクトを持っていますが、これはこれで見応えがあります。完成した魔法陣から光る無色の槍が放たれ、ロングトードが魔法使い風の人を残しポリゴンになって散り、リザルトウィンドウが現れました。さて、救援依頼も終えたので、先へ進みましょう。
「あの、ありがとうございました」
「【ハイヒール】」
せっかくなので、治癒魔法のスキルレベル上げをしておきましょう。私は基本的に攻撃を食らうと死にかねないので、上げる機会が少ないですし。
「あ、ありがとうございます」
「それじゃ、気をつけて」
私が言うのも何ですが、ここを魔法使いが一人ですか。私は安全な距離を取って戦えますが、魔法陣が使えないのなら、攻撃して、逃げて、を繰り返すことになりそうですね。
「あのー、ちょっとお願いがあるですが……」
「何か?」
「わ、私と協力して進みませんか? 魔法使いが……、一人だと、さっきの私みたいに、なりかねませんし……」
ふむ、少し不機嫌そうな表情で聞いてみたのですが、下を向いているせいで表情が見えなかったようです。気弱そうに見えるので、それが功を奏したようです。まったく、運がいいですね。
「私は今リベンジ中だから、一人で進むって決めてるので」
まぁ、今の時間は一人でやりきるという目的があるので、協力する気はありません。特にこの先にあるはずの街を目指している気はないので、目的も違いそうですし。
「そ、そうですか。すみません、……引き止めてしまって」
「それじゃ、気をつけて」
それでは気を取り直して進みましょう。
ある程度進むと、大規模なPTが遠くに見えました。複数のPTでターゲットが被らないようにしながらも、協力して進んでいるようです。PTでは、重装備のプレイヤーに舌を巻き付けさせた状態で、舌を根本から斬っています。後はタコ殴りにするだけという狩り方ですが、合理的と言ってもいい気がします。相手の攻撃手段を奪えば、攻撃されませんから。
邪魔にならない位置から見ていたのですが、いい時間になったので、リベンジ成功ということでログアウトです。
夜になり、いつものようにログインしました。ロングトードへのリベンジは終了しているので、ゆっくりと狩りをしましょう。夏仕様のために。
信楽を召喚してから南門を出ると、臨時PTの募集が目に入りました。ウェスフォーが解放されているので、次の最前線はその近くではなく、こちらなのでしょうか。ただ、時雨はウェスフォーの方にいると言っていましたね。ただ、さっきは大規模PTもいましたし、次の街の解放を狙っている人もいるのでしょう。
「あ、さっき助けてくれた狸を抱えていた人ですよね」
『TANU?』
信楽が反応してしまったので、きっと私のことなのでしょう。声のした方を見ますが、見覚えのある人はいませんね。
「先程は助けていただいて、ありがとうございました」
「はぁ……」
まぁ、話を合わせながらも、先に行きたい雰囲気を醸し出しておきましょう。信楽を抱えていたのを知っているようなので、抱えれば出発すると判断してくれるはずですし。
「あの……、今、臨時PTを組んでいて、あと一人、後衛の人を探しているんですが、一緒に行きませんか?」
「一人で行けるので」
さて、出発しましょうか。
「あれ、魔法使いさん、この人知り合いなの? じゃあ、一緒に行こうよ」
今断わったばっかりです。そもそも知り合いでもありませんし。
「いえ、断られてしまいまして」
「そっか、でも……って、ちょっと待ってよ」
おや、歩き始めた私に気付くとは、中々やりますね。やったところで一緒には行きませんが。そう思っていたのですが、前に立たれたので、とても邪魔です。
「この先は魔法使い一人じゃ危ないよ。重量級の前衛がいれば、安全に戦えるから、一緒に行こうよ」
安全も何も、一人で安全に狩れます。なので、この人達と一緒に行く利点が……。
そういえば、先程大規模PTの狩り方を少し見ましたし、モニカも装備が重ければ食べられないと言っていました。時雨PTもここに挑戦すると言っていたので、あの狩り方をするのでしょう。南には中間ポータルか街があるはずですし。
まぁ、理由は何にしろ、モニカと機会があればPTでの狩り方を勉強しとくと約束してしまいました。そして、機会が訪れてしまったのですから、やむを得ません。参加の方向で話を聞きましょう。この場にモニカがいなくとも、約束を破るわけにはいきませんし。それにしても、こんなにもすぐ機会が訪れるとは。
「ちなみに……、まったりですか」
眼の前にいるのがPTリーダーだったので、大きな吹き出しが頭上に見えました。臨時PTのまったりやゆっくりはまったく信用できませんが、ガッツリとか効率重視というPTに入りたくないのも事実です。
「基本的にソロで、スキルレベルも高くないですし、必要なものがわからないので、必要な付与とか、言われないとわかりませんよ。後、信楽を送還する気はありませんが、いいんですか?」
「ランス系があれば、問題ないよ。それに、誰にでも初めてはあるし、従魔を持っている人もいないし、MPに問題がないのなら、構わないよ」
別に初めてではありません。けれど、予防線も張りましたし、信楽を召喚したままでもいいのなら、参加しましょうかね。
「それではよろしくお願いします」
「よろしく」
PT申請が飛んできたのでよく見てみると、このPTではプレイヤー名ではなく職業名を表示するようです。空欄の場合は、今記入するか、プレイヤー名を表示するそうなので、魔法使いとでも……、いえ、二人目なので、【魔法使いB】としておきましょう。
PTには、リーダーの剣士、壁役と思われる壁、ミュージシャン、槍士、魔法使いの五人がいました。私を含めて六人なので、これでフルメンバーですか。
それぞれと簡単な挨拶をしたのですが、最後の一人が男だった場合、魔法使いさんが女一人になるので、抜けると言ってあったらしいです。なんとも利用された気もしますが、私も練習代わりに利用するので、気にする必要もありませんね。
「それじゃあ行こうか」
リーダーの剣士さんの掛け声で出発することになりました。そういえば、バリアを試そうと思っていましたが、今やらなくてもいいですね。何か別の機会に試しましょう。
剣士さんが簡単な説明をしながら進むと、池になっている場所にロングトードが鎮座していました。池自体は浅いので、入って溺れることはありません。
「それじゃあ、壁さん、お願いします」
「ああ。【ハウル】」
まずはこれでロングトードのタゲを取ります。壁さんは踏ん張りにくそうな池には入らないので、私達は少し下がり、ロングトードの舌が壁さんへ伸びるのを待ちます。壁さんは盾を構え、ロングトードの舌を盾に絡み付けさせました。体に絡みつくと、踏ん張りにくいそうなので、こうしているそうです。その後は剣士さんとミュージシャンさんが片手剣と楽器のような斧を手にロングトードへと迫り、舌の根本を攻撃し、切り落とそうとします。この状態で舌を斬り落とす前に本体を攻撃してしまうと、タゲが移り、舌が私達へ伸びてくるので、今は動いてはいけません。まぁ、付与をするくらいなら問題ないので、魔法使いさんと相談し、私はミュージシャンさんを担当することになりました。
「【スピードアップ】……【アタックアップ】」
私達がそれぞれの担当している方へと付与を行いました。ちなみに、槍士さんの武器は切断には向かないので、少し後から向かっています。それでは、舌が切り落とされるまで、じわじわとHPの減る壁さんの様子を見ましょう。ある程度減ったらハイヒールを使うのですが、同時に使ってMPの無駄をしては行けないので、主に魔法使いさんが担当します。ちなみに、槍士さんへの付与は私が担当することになったので、クールタイムが終わってから付与しました。
「【ヘビースラッシュ】」
ミュージシャンさんが重い降り下ろしを決め、舌が切断されました。ここで待機していた私達の出番です。
「【アースランス】」
「【アースランス】」
魔法陣を使わなかったため、私の方が少し遅れました。いえ、見栄を張りましたね。少しどころか、かなり遅れました。恐らくは、詠唱省略がカンスト間近か、カンストして中級スキルを持っているのでしょう。魔法陣は詠唱ではないので、詠唱省略のスキルレベルが上がりません。そのせいで、スキルレベルの低さが目立ちますね。
一応、私達魔法使いは最初の段階で、前衛の人達が射線に入らないような位置取りをしていますが、あの槍士さん、毎回私達とロングトードの間に入るので邪魔ですね。気にせず撃つと、ギリギリになって気付き、躱してから私達を睨みつけていますが、自分のせいですよね。
ちなみに、ポリゴンとなり消える舌を振りほどき、ロングトードへと向かってた壁さんですが、到着するころには、ロングトードはポリゴンとなり消えているので、二発目を撃つ必要はありません。
「流石に保たないか」
「壁さん、すみません。流石に手を抜くと危ないので」
「なに、気にするな。俺は盾と鎧のスキルレベルを上げられれば、それでいいんだ」
聞くところによると、金属鎧に関しては、鎧というスキルがあるそうで、盾スキル同様に、ヘイトを稼いだり、防御力や耐久に関わるアーツやアビリティもあるそうです。
剣士さんとミュージシャンさんのスピードアップだけは維持することになったので、段々と壁さんがタゲを取り、舌が伸びてきた瞬間に走り出すようになりました。壁さんも慣れてきて舌を器用に巻き取ってるので、問題はないようですね。
そうして何度か戦ってると。
「おい、B、俺の付与も維持しろ」
この人の付与を維持することに何の意味があるのでしょうか。舌を切断する前に本体へと攻撃すると、タゲが移ってしまうので、早く移動できることにメリットはありません。それに私達後衛と壁さんにはスピードアップを掛けていないので、MOBを探して歩く時間も変わりません。
「必要ですか?」
「当たり前だ。早く攻撃をするためなんだから」
「途中で付与しても待ちぼうけしてましたよね」
「いいから早くしろ」
まぁ、MPには余裕はありますし、付与魔法のスキルレベル上げにもなるので構いませんが、MPの量によっては維持しないとだけ伝えておきました。ちなみに、信楽を送還するつもりはまったくありません。許可も得てますから。
その後も狩りを続けていると。
「おい壁、スキル使う前に水に入ればMOBが反応するだろ」
そう言われた壁さんは一度水に入ってから舌を巻き取りましたが、泥濘んでいるせいで踏ん張りが効かず、舌を自由にしてしまいました。その時は舌を切り取るのがギリギリ間に合いましたが、槍士さんには実害がなかったのに、かなりの罵倒をしていました。
「剣士にミュージシャン、舌を切り落とした後に場所を開けろ」
二人が言われた通り、まっすぐ走ってくる槍士さんに場所を開けましたが、その時のタゲ次第で向きが代わり、槍士さんは文句を言っていました。
「魔法使い共、全員にスピードアップをかけて走れ」
そう喚くと、魔法使いさんはスピードアップをかけて走ろうとしましたが、私は無視しました。その行動に対し、文句を言ってきましたが。
「このPT、まったりですよ」
そう言うと、苦虫を噛み潰したような表情をしたまま黙ってしまいました。その後、ブツブツと文句を言いながらも、私に対しては何も言わなくなったので、諦めたのでしょう。
槍士さんの注文が増えると同時に他の人達の口数が減っていく中、剣士さんが進むのを止めました。
「一度休憩にしよう。満腹度も下がってきたし」
「ふむ、それでは休息の間に、一曲奏でようか」
「まだ進めるぞ」
「流石に疲れたな」
「疲れました」
「どこで休みます?」
一曲ってミュージシャンさんは休憩にならない気もしますが、本人がいいのなら、気にしてもしかたありませんね。
「あの辺りにちょうどいい広さの場所があるから、そこで休もう。後、休憩中の付与はいいよ」
剣士さんが示した先には不自然なまでに広い場所がありました。水没もしていないので、座ることも出来ます。何かあれば、その時に対処すればいいので、気にせず休むことになりました。
円になって腰を下ろしましたが、信楽は膝の上に乗せています。モフモフが気持ちいいですね。それでは、焼き魚の大成功品を上げましょう。他の面々も鞄やインベントリから食料を出しています。
ちなみに、右にはミュージシャンさん、左には魔法使いさんが座っています。
ミュージシャンさんの武器が目に入ったので、よく見ると、弦を張ってありますが、穴がありません。これは楽器として機能するのでしょうか。
「ふっ、これはミュージシャンとしての美学であり、楽器は別に持っている」
「なるほど、こだわりですか」
「では、一曲奏でよう」
そういって普通のギターを取り出し、弾き始めました。この曲、どこかで聞いたことあるとおもったのですが、このゲームの最初のPVで流れていた曲ですね。私は音楽に関して素人ですが、上手いと感じるので、実際に上手いのでしょう。
曲を聞きながら焼き魚の成功品を食べていると、左から魔法使いさんに服を引っ張られました。
「何ですか?」
すると、内緒話をするかのように手を当てながら近付いてきました。
「こうすると、対象の人にしか聞こえないんです。それで、あの……、ずっと気になっていたんですけど、あんな呼ばれ方でいいんですか?」
ほう、面白い機能です。これは試してみたいですね。とりあえず、同じようにして返事をすることにしました。けれど、耳に息を吹きかけたい衝動に駆られます。
「何かありましたっけ?」
「槍士さんが、貴女のこと、Bって呼んでるじゃないですか」
ああ、そのことですか。別に、魔法使いBとしましたし、興味のない相手からの呼ばれ方にも興味はありません。私を呼んでいるとわかればいいので。
「わかりやすいんで、いいんじゃないんですか?」
何か信じられないものを見たような顔をされましたが、別に考え方なんて、人それぞれです。おや、信楽が次を催促しているので、もう一つ上げましょう。
「おい、B、その従魔の分があるなら、俺によこせ。こっちは足場が悪い分、満腹度の減りが早いんだ」
「この大成功品は信楽専用なので、上げる気はさらさらありません。成功品が欲しければ、いくらで買いますか?」
私ですら食べたことのない大成功品です。それを見知らぬ誰かに上げるわけないじゃないですか。
「お前らは歩きやすい場所しか歩いてないんだから、そんなにいらないだろ。さっさとしろ」
「槍士さん、流石にそれはよくないよ」
「槍士殿、私の曲を聞いて、落ち着かれよ」
信楽に大成功品を渡すと、私も追加で焼き魚を口にしました。焼き魚を頬張る信楽を見ていると癒やされますね。食べている最中ですが、顎の下を撫でたくなります。
「チッ」
それだけいうと、槍士さんはインベントリから食料を取り出し食べ始めました。やはり、まったりと書かれた臨時PTには入るものではありませんね。
「おい剣士、何でインベントリを要求しないんだ?」
おや、今度は矛先を変えたようです。リーダー命令なら、言うことを聞くと思ったのでしょうか。まぁ、私にどんな我侭を言っても無駄だと判断出来たことは評価しましょう。
「え、いやー、ほら、募集のときにも書いたけど、まったりと狩るのが目的だから、そこまでドロップが集まらないと思っていたし、魔法使いさんが来た時に他の二人と相談して、インベントリはいらないって話になってたから」
「俺は聞いてないぞ。蛙の肉は場所を取る。必要なアイテムも多いから、インベトリは必要だろ」
槍士さんが喚いている内容から判断するに、三人が集まっている段階で魔法使いさんが加わり、その後に槍士さんが加わったようです。そして、魔法使いさんが入った時点で使う魔法の確認をしていたと。
諦めきれないのか、荷物が詰まっている鞄を見せていますが、識別していないので、何かはわかりませんが、ポーション類や、何かよくわからないものが多いですね。いえ、ここではない場所で取れる素材が見えます。
「えっと、他の皆はどう?」
槍士さんの剣幕に弱気になったようで、私達に話を振ってきました。PTリーダーというのは面倒くさそうですねぇ。
「俺は、必要最低限にしてきたから、まだ空きがあるぞ」
「私も、楽譜などは置いてきましたから」
「えっと、余裕はありますよ」
「何の問題もないですね」
他の面々が鞄の中を見せているので、私も大量のスクロールしか見えない鞄を見せました。大抵は鞄のインベントリに押し込んでいるので。
「魔法使いBさん、その鞄ってインベントリバッグ?」
「肩掛け鞄ですよ」
「いやでも、蛙の肉が見えないし……」
クランショップに並べている鞄も肩掛け鞄という名称です。もしかして、インベントリが刻印されている鞄をそう呼んでいるのでしょうか。
「お前、自分がそんなん持ってるからって、PTのことを考えろよ」
「そもそも、基本ソロなので、必要なものは言われないとわからないといいましたよ」
「つべこべ言ってんじゃねー」
あー、ちょっと楽しくなってきました。ここまで自分の言うことが正しいと思っている人がいるとは。そもそも、PTの方針として要らないとなっているのに、この人の一存で変えられるとおもっているのでしょうか。必要だというのなら、最初に確認するべきですし、その段階なら、変更も受け入れられたでしょう。
「まぁまぁ、落ち着いて」
「こんなんでポータルか街なんて探せるかよ」
いや、名目はまったりですよ。そんなもの探す気ありません。
「槍士さん、別に僕達は攻略のために来たわけじゃないんですよ。あくまでも、ここでの狩りを楽しみに来たんですから」
「あーそうかい。それなら俺はここまでだ。お前ら全員、掲示板で晒してやる」
そういって槍士さんはPTから抜けると、街の方へと戻っていきました。私は慌てて指を揃えて槍士という文字をポップアップさせると、そのままゴミ箱の形をしたアイコンへと投げ入れました。誰かは知りませんが、もう会うことはないでしょう。もう少し気の利いた捨て台詞なら、考えたのですが。
あ、でも一つ気になることが出来ました。このゲームでは他のプレイヤーを許可なくスクリーンショットに収めることは出来ません。その上、私達はお互いのプレイヤー名を知りませんし、見た目が似ているプレイヤーなんて、五万と……、いえ、第一陣しかいないのでプレイヤー自体は五万人もいませんが、その中から私達とわかるように晒すことなんで出来るわけがありません。けれど、晒してやると言ったのですから、どんな手段を取るのか楽しみにしておきましょう。
「あ、あの、今の人、大丈夫でしょうか?」
「槍士さんって一人で戻れるなら、PT組む必要なかったんじゃないのかな?」
「いえ、そうじゃなくて……」
それではどういった意味でしょう。あれだけ喚いた人を心配する妙な人だと思ったのですが、違ったようです。
「ですから、晒してやるって……」
ああ、そっちですか。
「まず、スクリーンショットは取れない、プレイヤー名は知らない、似た特徴の人はいっぱいいる、そんな状態で晒してどうなるんでしょうね」
まぁ、まず相手にされないでしょう。
「たぶん魔法使いBさんの言う通りだよね。それで、そっちは気にしないとしても、これからどうする?」
「火力が減ってしまったな」
「私達は六人で曲を奏でるはずでしたのに」
「どうしましょう」
「あの人、必要ですか?」
「え?」
他の4人の声が揃っていました。ですが、私の疑問はおかしなことでしょうか。ロングトードを倒す前に私達のディレイは終わっていましたが、主にあの槍士さんが射線に立っていたので二発目を撃てませんでした。つまり、五発の魔法で倒せるロングトードが相手なら、私達が追加で一発ずつ撃てば、前衛の人達からのダメージも合わせて、倒せるでしょう。
それを簡単に説明すると、何やら納得しています。まぁ、誰も五発で倒せる根拠を聞いてこなかったので、信じているのかはわかりませんが。
「まぁ、僕と壁さんとミュージシャンさんがいれば、舌は切れるか」
「確かに六発前後って言われていますけど、攻撃できる人が減ると、大変ですよ?」
同じ魔法使いである魔法使いさんはロングトード一体に何発必要か知っていたようです。それなら、今までの状況を考えればわかると思うのですが。
「私達が追加で一発ずつ撃てば、合計で四発、皆さんのダメージ量が一発分を下回るわけないじゃないですか」
「それもそう……か」
リーダーである剣士さんが堕ちそうですね。もう一押ししてみましょうか。
「実際に試せばいいんですよ。ちなみに、私はソロで倒してましたし」
実際にはそこまで関係ありませんが、魔法使いがソロで倒せる相手だとわかれば、そう難しいことではないと思い込むでしょう。
「皆、どうする?」
「ここで狩りが出来るのなら、文句はないが……」
「私もです」
「でも、立ち回りとか、大変ですよ」
何とも魔法使いさんだけは違うことを気にかけているようですが、まぁ、最後のダメ押しですね。
「実際にやりましょうか?」
ここで簡単に倒せることを証明出来れば、このまま続けることになるでしょう。まぁ、私としてはPTでの狩り方を見ることが出来たので、無理に続ける必要もありませんが。
「見せてくれるなら見せてください」
魔法使いさんが乗り気ですね。そういえば、私が助けた魔法使いさんは蛙に食べられていましたね。PTメンバーらしき人もいなかったので、ソロで来る人もおおいのでしょう。
「それじゃあ、行きましょうか」
休憩時間も終わりにし、近くにいるロングトードの元へ向かうと、他の四人は少し下がって見ています。それではやりましょうか。遠隔展開で射程を少し伸ばし、私の目の前に魔法陣を三つ描きます。
「【アースランス】」
茶色の槍が放たれ、ロングトードへと突き刺さりました。そのせいでロングトードは私をターゲットしたので、飛び跳ねながら近付いてきます。私は下がりながら三倍のディレイが終わるのを待ち、次の魔法陣を二つ描きました。
「【マジックランス】」
無色なのに光る槍が突き刺さり、ロングトードがポリゴンとなり散りました。ロングトードへのリベンジをしていたので、手慣れたものです。
「まぁ、こんな感じです。魔法五発で十分でしょ」
何でしょう、沈黙に支配されています。とりあえず、お決まりの一言ですね。
「ラグった?」
「あ、いや、ごめん。いろいろと予想外で。とりあえず、二人に二発目を撃ってもらえば、倒せるなら、五人で行ってみるか」
剣士さんが行く方向で話をまとめる気のようで、他の三人も異論はないようです。それでは、五人で狩りの続きをしましょう。
次のロングトードへと向かい、今度は壁さんが前へと出ます。
しっかりと踏ん張れるように水の少ない場所で盾を構えています。
「【ハウル】」
その声に反応したかのようにロングトードの舌が壁さんへと向かいます。私と魔法使いさんは射線を確保するために少しずれ、剣士さんとミュージシャンさんは駆け出す準備を始めました。もちろん、付与は済ませてあります。
壁さんが伸ばされた舌を盾を使い絡め取り、剣士さんとミュージシャンさんがその根本へと攻撃を重ねます。その最後に――。
「【ヘビースラッシュ】」
そうしてミュージシャンさんの斧が舌を切断したのを見計らい、私達の出番です。
「【アースランス】」
「【アースランス】」
やはり私の方が遅いですね。魔法陣系のスキルばかり上げて、詠唱系のスキルを上げていないせいですが、まぁ、優先順位の問題です。
舌を切り落としたことによるヘイトが凄いのか、剣士さんとミュージシャンさんをタゲっています。ロングトードの舌は捕食するために必要なものなので、おかしくはありませんね。壁さんがヘイトを維持していなくとも、私達へ向かってこないのはありがたいです。
クールタイムが終わる頃には壁さんがロングトードに張り付きヘイトを維持していますが、見るからに弱っています。この状態なら二人で撃つ必要もなさそうですね。
「今回はどうぞ」
「ありがとうございます。……【アースランス】」
魔法使いさんのアースランスが貫いたことで、ロングトードがポリゴンとなって散りました。やはり、一発で十分だったようです。
前衛の人達が戻ってくる間に、トドメについて相談し、交互に行うことにしました。
「普通に出来たね。これなら、五人でも行けそうだ」
PTリーダーの剣士さんが言う通り、何の問題もなく狩りを続けられました。それも、当初の予定通りにまったりとです。ある程度狩りをして、疲れたら休憩を挟む、それに異を挟む人はいませんでした。
途中の休憩中にミュージシャンさんが言っていましたが、センファストの酒場にいる吟遊詩人に弟子入りし、目に見えない好感度を上げることで、演奏スキルを教えてもらえるそうです。NPCからスキルを教えてもらうなんて、何とも聞いたことのある取得条件の気もしますが、気のせいでしょう。演奏スキル何て持っていませんし。ちなみに、演奏スキルを取得すると、馴染みの楽器屋を教えてもらえ、楽器を購入できると同時に、演奏や楽器系のスキルの恩恵を受けられるように改造してくれるそうです。何とも口の軽い人だと思いましたが、既にwikiにて公開している情報らしく、知らなくてもミュージシャンさんの所属する演奏系のクランに来れば、誰にでも教えているそうです。
そして、演奏の最後には――。
「私はジョージ・ジョージア、ノーサードの酒場で流しをしている。よかったら聞きに来てくれ」
そう言ってわざわざミュージシャンという職業名の他にプレイヤー名まで表示しました。元々の予定なのかも知れませんが、こういったロールプレイは傍から見ていて楽しいですね。
「ジョージ・ジョージアさん、僕はジークハルトだ。今回は野良PTだけど、何か縁があったらよろしく」
男性二人が男の友情を築いたようです。まぁ、このまま全員がプレイヤー名を名乗る流れになっても私は名乗らないので、好きにしてもらいましょう。
「あの、ジークハルトさんって連休の後のトーナメントに出てたジークハルトさんですか?」
「そうだけど、結構前の話だし、本戦で一回戦負けしたから、そこまで自慢できるような話じゃないけどね」
この人もあのトーナメントに出ていたわけですか。一応本戦は見ていましたが、覚えていませんね。きっと記憶に残るような活躍をしていないのでしょう。
「でも、あれは相手が卑怯なんですよ。ちゃんと戦わないで、遠くからチマチマとHPを削るような真似をして」
「いやいや、あれも戦い方だから。僕の方が上手だったら、ハヅチってプレイヤーの攻撃を掻い潜ることも出来たはずだし」
何、ハヅチですと? この人はハヅチの一回戦の相手でしたか。ええ、もちろん覚えています……、いえ、覚えていませんね。まぁ、ハヅチの戦い方に文句を言わないのは好感を持ちますが、だからといって何かを言うつもりはありません。
「魔法使いBさん、君はいいのか?」
「何がですか?」
壁さんが剣士さんと魔法使いさんの会話を眺めながら何かを言ってきましたが、肝心な部分が省略されているので、意味がわかりません。
「いや、だって、ジークハルトって言えば、イケメンで有名だぞ」
「はぁ、イケメンですか。興味ないですね」
客観的に見ればイケメンと呼ばれるのかも知れませんが、私には関係ありません。それに、魔法使いさんが騒いでいますが、名乗られるまで気付かない以上、ミーハーな人と、少し有名な人程度にしか思えませんね。私はそんな人達に意識を割くくらいなら、信楽を愛でることに時間を使います。
「ところで、その狸からは素材は取れないのか?」
「素材ですか? 取ったことはないので、知りません」
「そうか。今は夏仕様で熱くなるが、冬になれば冬仕様もあるはずだ。狸の皮は防寒着の材料に使われていた時代もあるから、素材が取れればと……、いや、取らないからそんなに警戒しないでくれ」
私は焼き魚を食べている信楽を抱え、壁さんから少し距離を取りました。まったく、こんなにもさわり心地のいいモフモフを剥いで……、防寒着に……、する、なん、て……。
『TANUU』
おや、逃げなくていいんですよ。他人にそんなことはさせませんから。ええ、他人には。
「皆、そろそろ終わりにしないか?」
剣士さんの言葉を聞き、時間を確認するといい時間になっていました。
「おっと、もうこんな時間か。久しぶりにまともな臨時PTだったから、時間を忘れていたな」
「皆さん、今度私の演奏を聞きに来てください」
「ジークハルトさん、またご一緒しましょうね」
「どこで解散します?」
そういえば、街の外でログアウトするとどうなるんでしたっけ。基本的に街でしかログアウトしないので、調べていませんでした。
「それじゃあ、レイサラさん、リターン、お願いしていいかな?」
「はい、お任せ下さい。皆さん準備はいいですか?」
一瞬誰だかわかりませんでしたが、どうやら魔法使いさんのことだったようです。まぁ、気にせず準備が出来ていると伝えました。
「【リターン】」
視界が暗転し、センファストのポータルへと移動しました。とりあえずPTでの狩り方はわかったので、時雨達と行くことになっても、慌てる必要はなくなりましたね。
「では、お疲れ様です」
このままPTを抜けてログアウトしました。
新しい週が始まりました。今日は7月3日ですが、7月7日からテスト一週間前になるので、七夕の日からHTOを休止する予定です。テストの最終日の翌日である20日に終業式を行うという日程の都合上、テスト期間の三日間の間に海の日を含めた三連休を挟むという酷い日程になっています。
6日までロングトードに軽く八つ当たりをして、青色の欠片を集めましょう。数があれば、昇華をしてから素材にすることも出来そうですし。
後は、材料次第ですが、刻印する量を増やしましょうかね。休止すると、一週間以上ログインしないので、その間に鞄を完成させることは出来ません。グリモアがログインするのなら話は別ですが、リアルの話を聞き出す気もないので、諸事情により販売休止で済ませます。
事前に必要があれば昇華をすると伝え、ハヅチに集めた青色の欠片を預けたので、ヤタと信楽と戯れて過ごしました。これで思い残すことなく休止出来ます。
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