1-12

 大型連休最終日の朝、明日からは学校があるため、遅くまでログインすることは出来ません。何だかんだ毎日ログインするとは、このゲーム、案外気に入っているようです。まぁ、スキルレベルが上がりやすいうちは、余計に楽しく感じるものです。


「そういや、昨日は露店、どうだったんだ?」

「ばっちし売り切れたよ。何か騒いでる人もいたけど、まー、大丈夫でしょ」

「……放置したのか。まぁいい。手持ちはないけど、出来たら連絡すっから」

「りょーかい。あ、お母さん達から連絡あって、今日の夕方には帰ってくるってさ。晩御飯は買ってくるから、楽しみにしておくようにってさ」


 大型連休の間ずっと家を空けていた両親が帰ってくるため、料理をするのは今日のお昼までです。明日の朝御飯の材料はあるので買い物にも行かなくていいと考えると、午後はいつもより長くログイン出来そうです。


「そういえばさ、前線とか最前線とかってどこ?」


 昨日シェリスさんが何人かのプレイヤーに対してそう言っていました。恐らくは今攻略されている場所だとは思いますが、まったく心当たりがありません。


「あー、前線って言うとエスカンデ付近だ。そんで、最前線はセンファストの北にある鉱山だな」

「……前線と最前線が離れてるの?」

「エスカンデ付近は奥に行くと難易度が急激に上がるんだよ。そんで、奥には行けないけど、その付近で物足りなくなったプレイヤーがセンファストの北に移ったんだ。だから、これからは鉱石系が流れ始めるはずだ。まぁ、持って帰れる量は微々たるもんだけどな」


 小型インベントリを付与したウェストポーチはまだ普及していませんし、それ以上となると12個しか存在していないはずです。そうすると、中途半端な供給による高騰もありえそうです。


「鉱山か……。私は金属装備使わないから、縁遠いなー」

「奥に行くとゴーレムいるんだけど、魔石(中)が落ちるらしいぞ」


 今、何て言いました?


「え? 名前、まともなの?」

「突っ込む所そこか! まぁいい。結局、用途不明で投げ売りか放棄されてるから流通してねーし、少量出ても誰かが買い占めてるらしいぞ」


 うーん、あれの使用方法を知っているのは私達くらいのはずですが、他の使いみちがあれば、その限りではありません。案外、シェリスさん辺りが買い込んでるかもしれませんね。


「ま、私は西の荒れ地で鱗でも集めてるよ」





 午前の家事を終えると、短時間ですがログインしました。

 もう使うことはないかもしれませんが、空間魔法のインベントリを使い、西の荒れ地へと向かいました。ドロップ品の入る場所を予め決められるのはありがたいことです。

 道すがらレベルを上げる魔法スキルについて考えていましたが、満遍なく上げても次の魔法を覚えるまでに時間がかかります。そこで、炎魔法からレベルを上げることにしました。まぁ、属性の問題で1確出来なければ変えますが。


「【フレイムランス】」


 魔法陣を足元に展開し、見つけたイエローサンショギョに撃ち込みました。無事に1確出来たのでこのままのんびり進みましょう。

 砂漠に変わるギリギリまで行った方がMOBの出現率がいいため、西へ向かっていると、通知がありました。

 空間魔法のレベルが20になり、エリアシールドという魔法を覚えました。何でも、自分を中心に透明の壁を作り、遠距離攻撃を防いでくれるそうです。更に、出入りにはある程度の自由が利くそうで、中から一方的に攻撃出来るのはありがたい仕様です。

 せっかくなので、インベントリを解除し、エリアシールドを使いましょう。

 エリアシールドの維持にはMPを使うため、自然回復が止まっています。つまり、消費と回復が釣り合っているということです。これは大変まずい事態です。何せ、魔法を使っても回復しないのですから。いくつかのスキルのレベルが上がれば、回復量が増えるかもしれませんが、それまで保つでしょうか。まぁ、そんな長時間の狩りは出来ないので、行けるところまで行きましょう。

 MPをガリガリ削りながらイエローサンショギョを焼き払っていると、足元が砂へと変化しました。危ない危ない、これ以上行くとグリーンサボテンテンの領域です。戻りま――ピシ――ん?

 戻ろうと振り向いた所、正面だった方から音が聞こえました。これは何というか、何かにヒビが入った音です。振り向き確認すると、エリアシールドに何かが突き刺さり、ヒビが入っていました。これは……。

 手に取り識別すると。


――――――――――――――――

【鋭いトゲトゲ】

 サボテンテン系のモンスターが飛ばすトゲ

 とても鋭い

――――――――――――――――


 となっていました。何かに使えるかはわかりませんが、グリーンサボテンテンのドロップ品と聞いています。けれど、リザルト画面は出ていないので倒してはいません。つまり、これは倒した結果手に入れられる物ではなく、攻撃を防いだ結果手に入る物だということです。

 同じ場所に攻撃を受けて貫通すると怖いので少し動きましょう。

 あ、でも、この状態では耐久力も下がっているはずです。さて、どうするべきでしょうか。

 張り直せば問題なさそうですが、それには大量のMPを使います。なら、試せることを試しましょう。と言っても、試せることなんて一つしかありません。いくどとなく役に立った魔力操作、いえ、魔力制御です。エリアシールドのヒビにMPを流し込みます。すると、あら不思議、エリアシールドのヒビが消えていくではありませんか。これが、たったの……、いえ、結構消費しますね。張り直す程の消費ではありませんが、MPが回復しない今では痛い出費です。


 ピシ


 直したばかりのエリアシールドにまたヒビが入りました。今度は目の前だったので、少し驚きました。これは心臓に悪いです。ですが、同じ方向から飛んできたということは、この先にグリーンサボテンテンがいるということです。せっかくですからスナイパーの顔を拝んでみましょう。

 エリアシールドを直し、トゲが飛んできた方へ一気に駆け出しました。途中、またヒビが入りましたが、すぐに直してから走っていると、緑色の埴輪顔のサボテンが目に入りました。すぐに識別したので、あれがグリーンサボテンテンで間違いありません。


「【フレイムランス】」


 口をすぼめたので狙撃されると思い、射程ギリギリから攻撃し、何とかとどきました。足がなく、地面から直接生えているようなので、動けないMOBなのかもしれませんね。リザルト画面が現れ、サボテンの皮を手に入れました。何に使うのかはわかりませんが、とりあえずインベントリの肥やしにしておきましょう。試しに行けるところまで行ってみようと思い、砂漠を西へと進みます。すると、またエリアシールドにヒビが入り、グリーンサボテンテンのいる方向がわかりました。こうして走って近付いていると、速度上昇といったスキルが欲しくなりますが、ここでしか使わないのであれば取る必要はありません。我慢しましょう。

 何体かのグリーンサボテンテンを倒すと、流石にMPが尽きかけました。それに、そろそろいい時間なので街に戻ってログアウトしましょう。


「【リターン】」


 風景が暗転し、センファストの街並みが広がりました。

 ログアウト前にドロップ品を確認すると、黄色い鱗が32個、サボテンの皮が3個、鋭いトゲトゲが7個です。イエローポーションの材料を集めるはずでしたが、それは午後でもいいでしょう。それでは、ログアウトです。





 葵に連絡をし、お昼の用意を終えると、葵の部屋から物音がしました。相変わらず狙っているかのようにログアウトしてきます。お預けをくらわないのでかまいませんが。


「ねぇねぇ、センファストの西側にグリーンサボテンテンっているじゃん。あれのドロップ、トゲって聞いてたけど、サボテンの皮だったよ」


 前に聞いたことと違ったため、確認しておく必要があります。ですが、葵の動きが止まりました。


「……」

「おーい、葵ー」

「……倒したのか?」

「倒したよ」

「ど、どうやって?」

「空間魔法のエリアシールドで防いで、魔力制御で修復して、近付いて、焼いた」

「すまん、意味がわからん」


 しかたありません、もう少し詳しく話しましょう。


「空間魔法のLV20で覚えるエリアシールドはわかるよね。あれでグリーンサボテンテンの攻撃を一度は防げるんだよ。ただ、エリアシールドにヒビが入るから、次も防げるかはわからないけどね。そんで、魔力制御でMP流し込んだら修復出来たから、トゲが飛んできた方に向かって、グリーンサボテンテンを見付けたから、魔法で焼いたの」


 葵は私が口にしたことを小さく繰り返し咀嚼しています。しばらくして、一応の納得がいったのか、再び口を開こうとしています。


「知ってるか? 空間魔法のレベルを上げてるプレイヤーってすくねーんだ」

「そなの?」

「魔法の仕様そのものに問題があんだよ。インベントリは維持費が馬鹿に出来ないし、リターンはクールタイムが長いから連発出来ないし」


 リターンは連発するようなことがなかったため、クールタイムの長さを知ってはいても理解してはいなかったようです。まぁ、連発するようなものでもありませんし。


「でも、少ないってだけでいないわけじゃないんでしょ」

「物好きは何処にでもいるんだよ。俺の目の前にもいるし。ただ、前線のプレイヤーほど空間魔法は育ってないんだ」

「葵のPTメンバーはどうなの?」

「空間魔法自体取ってない。うちの魔法使いは分担してるからなー」


 育てる以前の問題のようです。サボテンの皮が何に使えるのかはわかりませんが、誰も攻略しようとしない場所の素材なので、独占できるのに。とてももったいないです。


「ま、魔力操作が欲しかったら言ってね。葵は魔力制御まで取らなそうだし」

「そこまではいらねーからな。レベル上げ大変だし」


 グリーンサボテンテンの先にどんなMOBがいるかはわかりませんが、もう少し進んでみましょう。


「あ、PTメンバーが金策にウェストポーチの材料集めてるから、午後のログアウト前に連絡くれ」

「りょーかい」


 どうやら夜はまた露店をすることになりそうです。





 お昼御飯の片付けをすませ、午後のログインの時間です。今日は買い物に行かないので、長くログイン出来ます。両親は帰ってくる前に連絡をくれるそうなので、安心してログインしましょう。

 ログインしました。それでは午前の続きです。

 西の荒れ地はまっすぐ進んだため、イエローサンショギョとの遭遇は指の数で足りました。もう少しで砂漠地帯に入る辺りで一度MPを回復するために休憩を取ります。イエローサンショギョに遭遇したとしても、消費は多くないので問題ありません。


「【エリアシールド】」


 これで砂漠に突入する準備が出来ました。MPが回復するのであれば時間がかかってもグリーンサボテンテンを狩るのですが、砂漠を超えて次のMOBが出る辺りまで進むのが今回の目的です。そこで、まっすぐ西へと駆け抜けてしまいましょう。

 ダッシュです。

 途中、何度かグリーンサボテンテンによる狙撃を受けましたが、エリアシールドの修復だけならそれなりの回数をこなせます。ただ、目視できる距離にグリーンサボテンテンがいたため、何度か衝動的に倒してしまいました。砂漠に入ってからずっと走り続けていますが、フルダイブということもあり、肉体的な疲れは感じません。けれど、精神的な疲労を感じました。目的地は出現するMOBが変わる場所という曖昧なものなので、終わりが見えないということも関係しているのでしょう。

 かなりの時間を走り続け、一つ気付いたことがあります。様々な方向から狙撃を受けますが、二発同時に受けるということはありませんでした。移動しないとはいえ、射程距離の長いMOBということもあり、攻撃範囲がかぶらないように配置されているようです。

 走り続けMPも心もとなくなってきた頃、風景が変わり始めました。砂漠地帯ということに変化はないのですが、岩や謎の木が目に入るようになってきました。ただ、出現するMOBは変わらないようで、狙撃は飛んできます。この様子であればオアシスのような場所があってもいいのですが――、おや、何故か魔力陣がLV20になったという通知が来ました。確かに衝動的に何度か魔法を使いましたが、まさか上がるとは思っていませんでした。とりあえず、走りながらでは危ないですが、障害物もないので、目を通しておきましょう。

 魔力陣LV20で解放される能力は遠隔展開というものです。通常、魔法は自身を起点とし発動し、放つことが出来ます。もちろん、範囲魔法などの例外もありますが、魔法毎にある程度の距離が設定されています。この能力は、発動するための起点を魔法陣系のスキルレベルに応じて移動させることが出来るようです。簡単に言えば射程距離が伸びると考えていいでしょう。もちろん、工夫によって面白いことが出来そうですが。

 この能力の運用方法を考えながら走っていると、今度は小さなオアシスが見えてきました。さらに、狙撃で狙われることもなくなっていたため、出現するMOBの種類が変わったようです。ですが、エリアシールドを解いた瞬間に攻撃されてもあれなので、MOBを確認するまでは発動しておきましょう。

 そう思ったのですが、すぐにラクダらしきMOBを見つけました。識別した結果は、ブラウンキャメルという普通の名前のMOBです。北の鉱山といい、ここといい、運営のネタ切れでしょうか。

 ブラウンキャメルの攻撃方法を確認する前にエリアシールドを解くのは不用意ですが、MPもほぼないので、解除します。周囲に他のMOBも見えないので先制攻撃しましょう。


「【フレイムランス】」


 魔力陣の新しい能力は使っていません。というか、使うほどの距離ではありません。そのため、この一撃でブラウンキャメルを倒せるのかが大事になります。ダメならダメで他の魔法で追撃すればいいのですから。フレイムランスによって吹き飛ばされたブラウンキャメルですが、地面に打ち付けられ、起き上がろうとしています。どうやら一撃ではダメだったようなので、追撃しましょう。


「【マジックボルト】」


 無魔法による一撃を受けたブラウンキャメルは消滅時のエフェクトを撒き散らし、手元にはリザルト画面が表示されました。手に入れたアイテムは【上質な茶色い皮】というアイテムです。今までの皮系アイテムとは違い、サイズ表記がありません。ですが、上質と付いているのですから、良い物なのでしょう。きっと、いい仕事をしてくれるはずです。

 エリアシールドを解除したのでMPも回復し始めました。実際の数値はわかりませんが、INTが高いはずのステータスはこういったことに秀でています。そう簡単に全回復するものではありませんが、体感で一匹探して倒している間に二匹倒すのに必要なMPが回復します。それではMOBを倒しながらこの辺りを探索しましょう。ここに来るまでにかなりの時間を使っているので、そろそろ何かないと困ります。

 まぁ、無作為に探すのは大変なので、何か手がかりがあるといいのですが。

 一応の基準として真っ直ぐ西を目指しているのですが、目印になる何かを見つけ次第、そちらを目印にするつもりです。

 しばらくすると、通知が来ました。

 隠蔽がLV30MAXになったようです。けれど、索敵と隠蔽の両方をLV30MAXにしたのに何も出ませんでした。普通のMMOなら何かあるはずなのに何も出ない。これは後で詳しく調べる必要がありそうです。

 大きいオアシスでもあれば何かの手がかりになりそうなのですが、それらしきものはありません。ただ、不自然に大きい岩とそれを貫く川を見つけました。川は北から南に向かって流れており、所々に等間隔に岩が浮かんでいるため、跳んで渡れそうな気がします。明らかにおかしい岩は放っておいて、渡れるかやってみましょう。

 最初が肝心なので少し助走をつけ。


「とう!」


 結果、ジャンプ距離が足らず、川に落ちてしまいました。しかも、足らなかった距離が少しだったため、足場にするつもりの岩に頭を打ち付けました。流石に現実と同じ痛みがあるわけではないので、少ししびれるくらいですが、精神的には痛かったです。

 この場所には浅瀬がなく、足も届かないため、装備している杖をインベントリにしまい、泳いで岸まで戻りました。フルダイブで泳ぐのは初めての経験だったため少し苦労しましたが、スキルがないと泳げないということはないようです。泳いでいる時は気付きませんでしたが、ずぶ濡れの外套はとても気持ち悪いです。その他の装備も肌にくっついているようでとても不快ですね。視界には状態異常としてずぶ濡れのアイコンが出ており、メーターが少しづつ減ってるので、太陽光による自然乾燥を行っているのでしょう。しかたありません。明らかに不自然な大岩を調べましょう。

 川によって真ん中を貫かれている大岩ですが、何ヵ所かアーチのようなものが見えるので、上に登れれば向こう岸に渡れそうです。登れる場所を探し周囲を歩きますが、それらしき場所は見当たりません。スキルレベルが低いせいなのか、何もないのか、発見スキルも反応しません。強いて言うなら、少し高い場所に掴まれそうな場所があるだけです。それでも、私では届きませんし、届いたとしてもよじ登れるとは思えません。

 真ん中を貫いている川に潜って探すのはリスクが高いので最後の手段にします。いえ、情報を公開して誰かに押し付けましょう。それまでは出来ることを探します。ずっと歩き回ってますが、ここはフィールドです。そのため、ブラウンキャメルに遭遇するので、落ち着いて休むことも出来ません。まぁ、たまにドロップ品に胃石が混じっているので悪くはありませんが。

 やはりあそこにある掴まれそうな場所になにかあると思うのですが、踏み台はありませんし……。


「あ」


 踏み台がなければ用意すればいいんです。私は目的の場所の下で魔法を発動させます。


「【ロックウォール】」


 一度使っただけですが、2メートル近い石壁が下からせり上がる魔法です。これに乗れば、届くかもしれません。

 しかし、一つ大きな問題が立ちはだかります。それは、よじ登れない高さだということです。平均的な身長である私に2メートル近い壁を登れというのは酷な話です。これは失敗で……、いえ、これはもう意地です。私はメニューから取得可能なスキル一覧を呼び出し、一つのスキルを探します。

 先程もあのスキルがあればずぶ濡れになることもなかったはずです。

 SPを1消費しスキルを取った私は石壁の前に立つと。


「跳躍!」


 別に声に出す必要はありません。しかし、人は掛け声一つで結果を変えることも極稀にあります。そのための儀式です。

 結果は簡単。呼び出した石壁の縁に届かず、壁にもたれ掛かるようにずるずると倒れました。

 ふふ、やりますね。

 これはまだスキルレベルが低いからです。何度も跳んでいれば、じきにこの石壁くらい飛び越えられるはずです!

 しばらくすると――具体的にはスキルレベルが5になるくらい――上に飛び乗ろうとしていた石壁が薄くなり消えてしまいました。忘れていましたがこれは魔法で作ったものであり、永遠に存在するものではありません。持続時間が短いのか、絶え間なく跳んでいたからなのかはわかりませんが、もう一度作る必要があります。なーに、陽が落ちていても時間はまだあるのですから。

 石壁を作る場所を決め、足元に魔法陣を……、足元? そもそも何故石壁に跳び乗る必要があるのでしょうか。ウォール系の魔法はある程度離れた場所に使うことが出来ます。それはつまり、近くでもいいということです。私は石壁を出そうとしていた場所に行くと、念のためしゃがみ、魔法を発動します。


「【ロックウォール】」


 グラグラと石壁に突き上げられ、バランスを崩しました。ただ、しゃがんでいたお陰で落下せずにすみました。これで踏み台は完成です。後は、あの掴まれそうな場所に登るだけです。


「とう!」


 跳躍スキルを使い跳び上がりました。何度も跳んでスキルレベルを上げていたお陰か、少し余裕を持って掴むことが出来ました。後は一気に体を引き上げれば……、引き上げれば……、引き上げ、れば……。

 よく考えれば私はSTRが上がるスキルを持っていません。取ったばかりの跳躍には、少し補正があるようですが、微々たるものでしょう。掴まれそうな場所に少し顔を出す程度には体を持ち上げられたのですが、それ以上上がることは出来ません。僅かな視界には道のような物が見えるため、場所はあっているようですが、ここからどうしましょう。

 石壁を出す魔法で足場は作れましたが、この魔法に高さを調節する機能はないので、手も足も出ません。とりあえず跳躍し続けますが、登れる高さまで跳び上がれるようになる前に足場が消えるでしょう。


「はっ!」


 そうです。高さが変えられないのであれば次を出せばいいんです。私はもう一度しゃがみ、石壁の上に新たに石壁を出せばいいと思いつきました。


「【ロックウォール】」


 結果は見た通り、失敗です。どうやら石壁から石壁を出すことは出来ないようです。私はスキル説明とにらめっこをしていますが、一度に出せる数が3つということや、固定されている場所からしか出せないということしかわかりません。そんなことをしている間に、時間が来たようで足場にしていた石壁が消えてしまいました。

 この大きな岩を動かして川に沈められれば向こう岸に行けそうなのですが、小高い丘とも言える岩なので破壊不能オブジェクトのはず。まぁ、出来たとしても私のSTRではびくともしませんが。

 もう一度足元から石壁を出し、跳び上がりながら別の方法を考えます。

 石壁の高さを調節出来れば階段に出来るのですが、三枚ではたかが知れていますし……。

 そういえばハヅチが持っている漫画で石壁を使って階段を作ったのを見た記憶があります。あれは確かこう……。


「【ロックウォール】」


 登ろうとしている大きな岩の一か所を指定し、魔法を発動しました。そう、石壁を出せる場所は地面ではなく、固定されている場所です。つまり、この壁のようにそびえ立つ大きな岩から出せばいいんです。岩壁を足場にしているのである程度の高さは確保出来ています。後二枚を階段のように配置すれば、目的の場所まで登れるはずです。

 最初の足場を数えて三枚目の石壁に乗って跳躍しました。大きな岩から出す時も高さを考えて出していたため、うまい具合に登ることが出来ました。さぁ、次は目の前にある道です。既に勝った気でいる私は一切警戒せずに道へ足を踏み入れると、空気が変わりました。


 ピコン!

 ――――World Message・新たな中間ポータルが解放されました――――

 プレイヤー【リーゼロッテ】によって【砂漠のオアシス】が解放されました。

 当該ポータルを登録することで、転送先として利用可能になります。

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 へ?

 突然のことで理解に苦しんでいると、大きな揺れと共に、大きな岩が下へと沈み始めました。私が苦労して登った高さがなくなり、誰もが簡単に入れるようになってしまいました。さらに、水の音が聞こえると、川から水が広がり、大きなオアシスへと変貌しました。

 謎の木を初めとした植物もあるため、ここが岩だったとは思えない風景に早変わりしました。そして、川の上流側には見慣れたポータルが配置してありました。

 どうやら今度からは苦労せずにラクダ狩りに行けそうです。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 一通だけですか。少し安心しましたが、この後連続して来そうで怖いです。

 目を通すとハヅチからで、何やってるんだと怒られてしまいました。けれど、私もこんなことになるとは思っていなかったので、怒られる筋合いはありません。言い訳がましいメッセージを送り、ついでに索敵と隠蔽についても聞きました。すると、すぐに返事があり、何でもスキルをLV30にしてから冒険者ギルドで研修を受けないと上位スキルが解放されないそうです。魔法ギルドでもそんなスキルがあったので、一部のスキルは該当するギルドで何かしらをしないと行けないのでしょう。

 スキルのこともあるので一度街に戻ろうかと思いましたが、今すぐ戻るとワールドメッセージの犯人だとばれる可能性があるのでラクダ狩りをしてから戻りましょう。川の向こう岸に行くのは怖いので、後回しです。

 月がそれなりに登った頃、50枚目の上質な茶色い皮がドロップしました。きりが良くなったのでオアシスのポータルを使い、センファストへと戻りました。街のポータル付近は常に騒がしいですが、流石に今戻った私をワールドメッセージの犯人だと思う人はいないようで、そのまま冒険者ギルドへと向かいました。

 ログアウトする前に連絡をくれと言われていたので、ログアウト直前ではありませんが、連絡しておきます。





 冒険者ギルドの受付に並び、スキルについて相談しました。すると、【探索する術を学べ】というクエストが発生しました。まぁ、話を聞くだけのようなので特筆すべきことはありません。クエストを完了させると、【探索】【隠密】というスキルが取得可能になりました。探索はオートマッピングの範囲が広がり、鑑定などの関連スキルと連動させることで、様々な情報を表示することが出来るそうです。隠密はMOBから気付かれにくくなるパッシブ効果が強化されるようです。さらに、気を付けて歩くことで足音が消せたり、周囲に溶け込める服装をすることで姿を消したり出来るそうです。

 両方のスキルを取得すると、探索スキルの連動設定が表示されました。発見と識別をONにして……、おや、魔力視に言語もですか。両方共ONにしたのですが、そういえば魔力視は使っていませんでしたね。といっても、ダンジョンなんて滅多に行かないので使うタイミングがありません。そう思いスキルの詳細を見ていると、MOBの属性を色として見る能力があるそうで、それならMOBの弱点もわかるはずなので楽になるはずです。

 アクティブスキルは日頃から使うようにしないとどうにも忘れてしまうので今度からはしっかりと使っていきましょう。んん? 探索スキルの連動設定を弄ったことで、他のスキル同士の連動設定も解放されたようです。どうせならもっと早くから解放して欲しかったのですが、言っていてもしかたありません。他のスキルの組み合わせもONにしました。それにしても探索スキルは凄いですね。行ったことのある範囲には限られますが、しっかりとした地図になりますし、鑑定してあれば何があるかや、大まかなMOBの生息地まで表示されています。この地図データを他のプレイヤーと共有出来ればマッピングがとても楽になりますね。ここは冒険者ギルドのスキル相談窓口に何かに書き記すスキルがないか聞いてみましょう。


「すみません、ちょっといいですか?」

「はい、いかが致しましたか?」

「こう、地図とかを書き写すスキル、ありませんか?」


「ありますよ。筆写というスキルです。貴女は取得条件も満たしています。ただ、このスキルを使うには紙とペンが必要なので……、お持ちのようですね」

 その言葉の後に通知が現れ、【筆写】スキルを取得しました。これはレベルのないスキルなので、SPも必要ないようです。これで持て余していた紙束の使い道が出来ました。さらに、ペンと紙をスキルの方で保持してくれるのでインベントリにも空きが出来ます。

 そんなこんなで時間を潰しているとハヅチが入ってきました。私を見かけて口を開こうとしましたが、先程のワールドメッセージのことを思い出したのか、小走りで近付いてきました。


「待たせた」

「んーいやいや、大丈夫。探索と隠密取ってたから」

「……後衛だよな?」

「ソロだよ」


 後衛なら持ってなくてもおかしくありませんが、ソロである以上持っているべきスキルです。


「個室かりるから待ってろ」

「別にここでもいいよ」

「何出てくるかわかんねーからいいんだよ」


 というわけでハヅチに連れられ冒険者ギルドの個室へとやってきました。


「うちのPTメンバーが張り切ってな。ウェストポーチ50個だ、どうする?」

「よし買った!」


 所持金の半分より少ないくらいですが、何の気兼ねもなく買えるようになるとは恐ろしいものです。それでは次は私のターンです。


「上質な茶色い皮50個、サイズ表記なし。とりあえず試しで鞄1個作って」

「金策かよ。十分利益出てんだから自分の装備優先しろよ」


 ふむ、それも一理……、いえ全理ありますね。


「鞄一個と、私の装備お願い。余ったら代金にしといて」


 どうせ一回試さないといけないので、今回の分は私の装備と代金にしましょう。


「ついでに帽子と外套の修理すっからちょっと貸せ」

「ここで脱げとは……えっち」

「はぁ……」


 ものすごく疲れた溜め息をされてしまいました。しかし、装備を脱げと言われた以上、こう反応しなければいけません。ほぼ初期装備になった私は手持ち無沙汰になるので筆写スキルを使い、西側の地図データを紙に写すことにしました。魔力視を使って属性を判断しなくとも、使った属性攻撃によっては地図データにMOBの属性を載せることが出来るようです。但し、弱点を突かないと正確な属性がわからないため、グリーンサボテンテンしか載っていません。

 紙には西の砂漠という題名と大きくマル秘と書かれているだけで、詳しい内容はわかりません。アイテム名もマル秘メモとなっているので、こういうアイテムなのでしょう。ただ、識別を使うと大まかな項目がわかるようです。まぁ、全ての情報が載っているわけではないので、地図データとMOBデータ共に未完成となっています。


「ほら、修理出来たぞ」

「はい、あんがと、じゃあこれお礼ね」

「……もう突っ込まないからな。それで、どの部位が欲しいんだ?」

「んー、肘当ての耐久が10%切ってるから、腕、後は任せる」

「腕は手袋だな、後は考えとくよ」


 談笑をしながらウェストポーチに刻印していると連動させているスマホにメールが来たと表示されました。ここは安全圏なのでスマホを表示させるのに制限はありません。まぁ、雰囲気が崩れるという理由で人目に付く場所でいじるのを嫌がる人も多いですが、ハヅチにも同時に連絡が来ているので、気にする必要はありません。


「そんじゃ落ちよっか」

「そうだな」


 両親からの帰ってくるという連絡です。いろいろと準備があるのでログアウトです。

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