7章 What autumn?

7-1

6/20 序盤に新PVを見るシーンを追加しました。

――――――――――――――――――――――――――――――


 11月に入り、 Hidden Talent Onlineのアップデートがありました。

 主な内容はハロウィンイベントの撤去と謎のキャンペーン、そして、冬仕様の開始に課金アイテムの追加です。他には不具合の修正など細々としたものですね。

 放課後になって伊織と『What autumn?』と書かれていたキャンペーンページの確認をしているのですが、伊織がぶら下げている二つの塊が机の上でその存在を主張しています。スマホを立てかけるのにちょうどいいのですが、それをするたびに逃げられてしまいます。


「茜、そろそろ怒るよ」

「……ごめんなさい。出来ご……、本気でした」


 しっかりと謝罪をしておきましょう。伊織の笑顔が怖いので、これ以上は危険です。


「まったくもう。それで、イベントのポイント交換は7日までだってさ。茜はポイント残したままだから忘れないようにね」

「んー、そうなんだよねぇ。上げにくそうなのにしようかと思ってるんだけど、基本スキルを1個上げきるくらいは出来るから、新しいの取ってもいいけど、なんともねぇ」

「そんときはサイコロでも振ろうか?」

「あー、いざとなったらお願い」


 伊織は冗談のつもりだったようですが、言った以上はやってもらう可能性もあるでしょう。


「そんなことは置いといて、キャンペーンの詳細確認しよ」

「そだね」


 えーと、『What autumn?』改め、『いろいろな秋』となっています。

 秋といえば、読書やらスポーツやら食欲やらいろいろありますが、それぞれの秋にちなんだスキルの取得経験値増加と期間限定クエストの実装だそうです。

 ちなみに、対応しているスキルは――。


「えーと、読書は言語系で、スポーツが……」

「スポーツだけ量が多いね」

「武器系やら格闘やら水泳やら運動系全般だね」


 武器系をスポーツに含んでいいのか甚だ疑問ですが、運営が含むといえば含むのでしょう。


「食欲は料理だから茜が持ってるけど、芸術系は誰も持ってないよね」

「芸術は爆発だーっていうから、錬金とか調合も含んでくれればいいのに」

「いや、それって爆発物限定じゃん。それに、などなどって書いてあるから、含んでるのあるかもね」

「芸術に魔法は含んでくれないけど……あ、魔術書と魔法陣含んでる。魔術書ってどの程度広まってるんだろ」

「グリモアは自分から情報を外に出す気ないから……。情報屋クランも交渉しようとしてたけど、翻訳に苦労して諦めてたよ」


 グリモアの独自の世界観を理解出来なかったわけですか。ですが――。


「あれってそこまで難解じゃないよね。結構わかりやすい言い換えだし」


 情報屋クランを名乗るのですから、多くのプレイヤーから話を聞いているはずです。なら、ああいったプレイヤーも多いでしょうに。


「難しいのは固有名詞くらいで、インパクトに負けずに聞いてればわかるからね。とりあえず、攻略サイト見る限りはまったく広まってないよ」

「へー。この前のイベントで他の魔法使いの前で使ってたから情報屋クランが動きそうだよね」

「茜は広めるつもりある?」

「私が見付けたものじゃないから」


 私に広める権利はありませんよ。グリモアから一任されれば考えますが、ありえないでしょう。


「そっか。……後は、課金アイテムだね」


 課金アイテムですか。今更の追加は、当然ながら解放された例のシステム周りの課金要素でした。


「濃縮された精錬石に装備保護権……あ、高級装備保護権まである。…………うっわ、えっぐい」


 これはいけませんね。前からあった初心者向け課金装備とか課金ポーションとか、夏イベ後に加わった1枠100円で最大10枠までの装備切り替え欄の課金枠はまだいいんですよ。ですが、これはえげつないですね。


「あー……ほんとだ。この高級装備保護権はひどいね」


 精錬の成功率が上がる濃縮された精錬石は確率不明ですが1個100円で、10個まとめ買いすると1個おまけがついて、50個だとおまけ5個で4500円なのは良心的だと思うことにしましょう。通常の装備保護権も値段と数は同じですし。

 けれど、この高級装備保護権は、値段が5倍ですよ5倍。しかも、精錬値によって使える保護権が違います。


「失敗時のペナが精錬値減少の時は装備保護権で、装備破壊の時は高級な方じゃないとだめって……。たまに臨時とかで精錬頼まれるけど、課金アイテム使うのは絶対受けないどこ」


 確実にトラブルの元ですね。私が言えばやってくれそうですが、武器の素材的に頼めないんですよね。


「スロットエンチャント関連だとオーブの再利用アイテムとかあると思ったけど、ないね」

「まだリーゼロッテしか出来ないはずだからね。聞いた話だと、マギストも人は増えてるけど、NPCに紹介状貰うのでてこずってるってさ」

「なんでまた」


 普通にやっていたらオババがくれたのですから、そんなに大変なことはないと思うのですがねぇ。


「生産クランが中心になってるらしいけど、NPCに師事するにしても、あの魔力屋と関係のあるNPCじゃないといけないから時間がかかるって聞いたよ」

「へー」

「茜以外にも取得者出たら課金アイテム出るかもね」

「そだね」


 アップデートの確認も終わりましたし、後は……。


「あ、新PV来てる」

「ほんとだ。……えっと、イベントメインだね。しかも、少し長い」


 せっかくなので、見てから帰ることにしました。

 ジャックランタンがカボチャMOBに襲われながらも必死に逃げるところから始まりました。ボロボロになり、街にたどり着く、この辺りはイベントのストーリーのを映像化した形ですね。

 プレイヤーがMOBと闘って仮装袋を入手するシーンや、仮装して遊んでいるシーンの合間合間にカボチャ軍団が進行の準備をしているシーンが映っています。

 そんな場面の後に、最後の防衛線、襲撃イベントへと差し掛かりました。

 画面を二分割し、同じ場面をプレイヤー視点とカボチャ軍視点で表示しています。プレイヤー側からすると大群の一部に範囲魔法を叩き込んだりしているわけですが、その範囲内のMOB視点だと、急に炎に包まれたりして絶望感がありますねぇ。

 おや、空を飛ぶ魔女の出撃シーンに変わりました。何体かは撃ち落されましたが、それぞれの方向でちゃんと街に入り込んだ魔女も映っています。後は、その魔女を追うプレイヤーを遠巻きに映しています。


「これ、茜だよね」

「遠いから顔の判別は無理だけど、装備と人数からして私だね」


 他の場所からの追っ手はパーティーでしたから。

 おっと、魔女を落として箒を奪おうと殴りつけているシーンですね。顔を映さないようにしているのは個人への配慮ですかね。

 あー、魔女が必死に逃げてますが、1体1体落とされているので、怯え顔になっています。

 魔女が全滅した後のシーンで、亀裂の中にいる魔女が出撃を嫌がったので、代わりにカボチャ頭の悪魔が出るという小芝居が繰り広げられました。そこまでして私に箒を奪われたくないんですか。

 他にも、カボチャ王子やカボチャ姫のシーンがあり、最後にパンプキングとの戦闘シーンが映りました。どうやら、私達のいた南側以外でも、突撃しているようです。

 パンプキング戦の後は、襲撃イベントの名珍場面で締めくくられました。


「運営め、あそこで悪魔に変えなければ、もっと箒を奪えたのに」

「だからじゃないの? 悪魔に変わったの」


 うーん、解せぬ。

 さて、PVも見終わったので、帰ったらアップデートをしなければいけませんね。





 夜のログインの時間になりました。帰ってからはアップデートをしただけなので、11月最初のログインです。

 いつもの様にワイヤーフレームの空間に私のアバターが表示されています。

 新しい先折れの三角帽には茜色の布が巻いてあり、端がいい感じになびいています。八咫烏と狸のデフォルメされたワッペンがあるので、ハヅチに頼んで人形のワッペンも用意しなければいけませんね。

 使うことのないフードが付いているローブの内側にも茜色が使われており、ハヅチはいい仕事をしますよ。白いブラウスとニーソに茶色の編み上げブーツ以外は黒いので、魔女っぽさがにじみ出ています。

 茶色く長い両手杖の上の方には8色の光が漂う宝玉が取り込まれるように付いており、更に魔女っぽさを醸し出しますね。

 腰まである白に近い銀髪や翠色の瞳は魔女として大事です。まぁ、きついツリ目は元々ですが。

 アバターの確認もこれくらいにしてゲームを始めましょう。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


「へくち」


 誰からかメッセージが来ていますが、冬仕様が始まったので肌寒いですね。ログイン地点がクランハウスなのですから、仕様の適用外にして欲しいですよ。

 ちなみに、メッセージの相手はユリアさんですね。なんでも時空魔法を取得し、テレポートが使えるようになったそうで、約束通り南の中間ポータルへ連れて行ってくれるそうです。ザインさん達への貸しは全て返してもらったのであの約束もなくなっていると思ったのですが、どうやら違ったようですね。念の為に確認しつつ空いている時間を連絡しておきましょう。

 この前の月曜日に不滅の水を納品した後、樽に補充している間に例の石板とにらめっこをして言語学のスキルレベルを上げていたわけですが、どうせなら11月になってからやればよかったです。まぁ、過ぎたことなので、気にしないでおきましょう。どうせ今日も日課を済ませたらログアウトしますし。





 金曜の夜、いつものように日課をこなしていると、工房からハヅチが出てきました。


「リーゼロッテ、待たせたな」

「待ったよ」


 何を待たされたのでしょうか。特にどこかへ行く約束もしていないのですが、本人が待たせたと言った以上、待ったと返すのが礼儀です。


「ほれ」


 ハヅチからトレード申請が来ました。そこにはいくつかの装備が並んでいます。


「あー、冬仕様の?」

「そうだ。さっさと受け取れ」


 渡されたのはブラウスとスカートとブーツです。前もって頼んでおいた部位ですね。


――――――――――――――――

【魔女志願者の冬用ブラウス】

 魔女を目指すものが身に着けている厚手のブラウス

 耐久:100%

 防御力:▲

 魔法防御:▲

 INT:▲

 MP:▲

 MP回復量:▲

――――――――――――――――

【魔女志願者の冬用スカート】

 魔女を目指すものが身に着けている厚手のスカート

 耐久:100%

 防御力:▲

 魔法防御:▲

 INT:▲

 MP:▲

 MP回復量:▲

――――――――――――――――

【魔女志願者の冬用ブーツ】

 魔女を目指すものが身に着けている暖かいブーツ

 耐久:100%

 防御力:▲

 魔法防御:▲

 INT:▲

 MP:▲

 MP回復量:▲

――――――――――――――――


 装備を切り替えてみると、確かに厚手になっています。ただ、デザインはまったくブーツにもこもこがついている以外は変わらないので、動きに関して不都合は無さそうです。素材がよくなっているので、性能があがっているのも助かります。

 外れた装備は切り替え欄に移しましたがブラウスだけは余りましたね。まぁ、夏用ブラウスもあるので、しかたありません、インベントリへ移しましょう。

 まだ冬仕様が始まったばかりで気温があまり下がっていないのか暑いの一歩手前くらいに感じますが、すぐにちょうどよくなるでしょう。


「あーそれでな、さっきまで情報の確認してたんだけど、部位によって防寒の具合が違うらしいんだよ」

「どゆこと?」

「ぶっちゃけると、その恰好だと12月になったら寒い可能性がある」


 なんということでしょう。せっかく冬仕様にしたというのに、足らないということですか。


「あー、いいもの持ってんじゃん」


 とりあえずマフラー忍者であるハヅチからマフラーを剥いでしまいましょう。


「待て待て、これは忍者として大事な装備だから。それに防寒効果ないから」

「それは剥いでから確認すればいいの」


 姉とは理不尽なものですから。


「あ゛ーもう、聞け。ちゃんと用意するから」


 しかたありません、STRの差から奪うのが難しいので、大人しくしましょう。


「マフラー用意してくれるの?」

「マフラーでいいのか? 外套作ってもいいし、他でもいいぞ」

「んー、性能変わらないならマフラーでいいよ。てか、どこ装備になるの?」

「プラスで防寒効果付けるくらいだから、持ち物装備でいけるぞ」

「そっか、ならお願いね」

「ああ。つっても、今装備すると暑いから、12月な。それと、代金はリーゼロッテの積み立てから貰っとく」

「りょーかい。……あ、帽子にコッペリアのワッペン追加したいんだけど」


 まったく、さっさと説明すればいいものを。それでは掴んでいたマフラーを放してあげましょう。


「へいへい。人に頼むから、時間かかるぞ」

「お願いね」





 日課を終え、暖かい装備でエスカンデへとやってきました。

 目的はただ一つ、詠唱中の魔法を自主的に中断するためのスキルです。ユリアさん曰く、エスカンデの魔術ギルドで覚えられるそうなので、久しぶりに向かっています。よく考えてみれば、ちょくちょく来てもいいはずでしたが、マギストに気を取られていましたからね。

 久々に魔術ギルドの門をくぐり、受付へと足を運びました。


「魔術ギルドへようこ……、お久しぶりです。本日はどういったご用件でしょうか?」

「えーと、魔法の詠唱を途中でやめる方法を聞きに来ました」


 NPCに何かを聞く時ははっきりと聞くのが基本です。下手に回りくどく聞くと無駄に時間がかかったり、質問の意図とは違う答えが返ってきたり、オババに怒られたりしますから。

 受付のNPCが水晶を取り出しました。


「なるほど。入門ですね。では……、あ、魔法学院に入学されているんですね。では、校章をこちらにかざしてください」


 何やらクエストが変化しました。本来であれば入門してなんやかんやとクエストをこなすのだと思いますが、マギストの魔法学院でクエストをこなしていればいろいろと省略されるのでしょう。

 アクセサリの小さいネクタイに付けてあるので簡単にかざせますが、これ、場所によってはちょっと大変ですね。

 羊皮紙に書かれている模様が変化していきます。そして、変化が終わったと思いきや、謎の光が出現し、私へと吸い込まれました。


 ピコン!

 ――――System Message・アビリティを習得しました――――――

 【スペルキャンセル】を習得しました。

 基本スキルの魔法を途中で終了することが出来ます。

 ※詳しくは【魔術】を参照してください。

 ―――――――――――――――――――――――――――


「それでは、ご用がありましたら、またお声かけください」


 思った以上に簡単に終わってしまいましたね。まぁ、気にするのは後でもできます。今は詳細を確認するのが先ですから。

 受付の前にいては邪魔になるので、端によってから確認です。

 えーと、説明を見る限り、詠唱でも魔法陣でも問題ないようですね。更に、魔術は基本スキルに影響を及ぼすものを覚えますが、これは魔法スキルであればなんでもいいようです。つまり、下級魔法や中級魔法の詠唱も途中で止めることが出来ます。とはいえ、消費したMPが戻ってくるわけでもないので、だんだんMPを消費する詠唱ならいいのですが、最初に一気に消費する魔法陣ではデメリットが目立ちますね。まぁ、習得しましたが、使うことはほぼないでしょう。

 それでは、次の目的です。


「魔術ギルドへよ……、今度はどのようなご用件でしょうか?」

「えーと、相手の魔法を中断させる方法はありませんか?」

「……相手を思いっきり殴り飛ばせば出来ます」


 あー、それは知っています。


「魔法的な方法はありませんか?」

「……それは私の口から言えません。魔法学院で師事している教授にご確認ください」


 ほう、つまり、これ以上は魔法学院でクエストを進めろということですね。ここにはもう用はないのでマギストへ向かいましょう。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 おや、誰でしょうか。あー、ユリアさんですね。ちょうど時間が出来たらしく、今から南の中間ポータルへ連れて行ってくれるそうです。集合場所がセンファストの冒険者ギルドになっているので、返事をしてすぐに向かいましょう。





 やってきましたセンファストの冒険者ギルドです。まぁ、リターンでクランハウスへ戻れば一瞬でこれるのですが。


「ユリアさーん」


 待ち合わせ場所の様になっている一角があり、そこにいる空色の髪の女性へ声を掛けました。流石は最前線のプレイヤー、会うたびに装備が変わっています。まぁ、ボディラインがくっきりと出るドレス系という共通点はありますが。


「随分と早かったのね」

「ユリアさんの時間を無駄に奪うわけにはいきませんから」


 私のようなエンジョイ勢と比べると忙しさが段違いのはずですから。

 その考えを証明するかのようにパーティー申請が来ました。


「行くわよ」

「いえっさ」


 ユリアさんがテレポートを唱え、視界が暗転し、景色が一変しました。


「ここが中間ポータル、【水流の迷路】よ」


 私達は今、ポータルである地球儀のようなオブジェクトの前にでました。何本もの川が合流して出来たドーナッツのような湖があり、その中心の陸地にポータルがあります。


「綺麗な場所ですね」

「……そ、そう、よね。貴女も……」


 この間は何でしょう。

 まぁ、さっさとポータルを使えるようにしてしまいましょう。

 さて、解放できたので、目的は完了です。


「少し時間があるから、ここの説明をしておくわ」

「はい、お願いします」

「この陸地の外周部分に船を繋ぐボラードがあるの。そこで表示されるメニューを使えば……、ところで、サウフィフからゴンドラで外へ出るためのクエストは終わってるのかしら?」

「あー、終わってますよ」

「そう、なら問題ないわ。サウフィフでゴンドラを預けている場合、あそこに呼び出せるのよ」


 なるほど。外周部で呼び出せるわけですか。ところで――。


「ボラードって何ですか?」


 聞いたことのない単語ですね。


「港とかによくあるあれよ。あそこにもずらっと並んでるじゃない」


 あー、あれですか。そんな名前だったんですねぇ。こう、船乗りがかっこつけて足を乗せているイメージしかありませんね。


「ちなみに、普通に造船所に預けたままで大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。特に何かクエストを行ったわけではないから。それと、リターンでここかサウフィフに戻ると、ゴンドラは自動的に造船所に戻されるわ」

「なるほど、便利仕様ですね」


 ここまでの水路やここからの水路は既に地図で貰っているのでハーバスの解放は時間の問題でしょう。


「ところでリーゼロッテ、エンストへの中間ポータル【古代の砂漠】へ行く気はないかしら?」


 おや、ユリアさんが肩に置いた手から何とも言えぬ圧力を感じますね。ならば、こうですね。


「わ、私に、……何を、させる気ですか」


 胸の前で腕を交差させ、怯えるような仕草を見せました。この時、ユリアさんをしっかりと見つめてはいけません。少し伏し目がちにするのがポイントです。

 すると、ユリアさんは私の肩を掴んでいた手で顔を隠してしまいました。その上、私に顔を見られないようにそっぽを向いています。まぁ、耳が少し赤くなっているのだけは確認出来ます。

 しばらくして落ち着いたため、私に向き直りました。


「そうねぇ、何をしてくれるのかしら?」

「あー、貸しても借りない主義なので、遠慮します」

「急に戻るのね。でも残念だわ。だって――」


 そう言いながらユリアさんが私の腰に手を回し、逃げられなくしてから頬へ手を添えました。


「――貴女がよくやるように、貴女相手に貸しを作って優位に立ちたかったのに」

「なるほど、ユリアさんはか弱い女の子に無理やり何かを貸して、その形に服従を強いる、と」

「違うわよ。なんだかんだ言いつついつも余裕の貴女に一泡吹かせたかっただけよ」

「いやー、人が泡を吹く時って死にそうな時だけですよね」

「そうね、貴女はそうよね。それで、対価は何でもいいけど、本当にいいの?」

「さっきも言いましたし、その内クランメンバーと行くと思うんですよ」


 サモナーズーの情報しだいでは急いでいく必要がありますが、今のところは急がないので後回しですね。マギストの探索で忙しいですし。


「わかったわ。それじゃあ、私はそろそろ行くわ」

「はい、ありがとうございました」


 ユリアさんはポータルでどこかへ行きましたが、最後の方はずっと私の頬に手を当てたままだったので、会うたびに百合百合しさが増してますね。

 それでは、私はマギストへ移動しましょう。





 やってきました、マギストの魔法学院です。


「教授教授ー」

「まったく、君は相変わらずだな。ここでは静かにしたまえ」


 白い長髪を後ろで束ね、ひげを長く伸ばした老人の教授は窓際に立って外を眺めていました。


「失礼しました」

「して、何用かね?」


 蓄えた長いひげを撫でる動作が渋いですね。


「魔法的に相手の詠唱を妨害する方法を聞きに来ました」

「ふむ、強烈な一撃を叩きこめば妨害出来るぞ」

「それって物理的に吹き飛ばすのを魔法で代用しただけですよね」

「そうとも言えるな」

「こう、なんとういか、スペルキャンセル的な手法の魔法を知りたいんです」


 NPCに対しては直接聞いても解釈の余地があれば間違った答えが返ってくる場合があるんですよね。まぁ、稀にわざとそういった返しをするNPCもいるので何とも言えませんが。


「冗談だ。それに、君が魔法の補助技能をどの程度使えるのか把握していなかったのでな」


 随分と質の高いAIによって動かされているんですねぇ。


「それで、あるんですか?」

「【スペルブレイク】という補助技能がある。これは【操作】や【スペルキャンセル】などと同じくくりだ。だが、スペルキャンセルよりも高等な技術だ」

「スペルブレイクですか」

「そうだ。それはここよりも魔法技術研究所で学んだ方がよかろう。紹介状を書く故、そちらで学ぶがよい」

「りょーかいです」


 あそこはグリモアの管轄なので後で話を聞きましょう。

 それでは、今日はログアウトです。





 土曜日の午後、ログインの時間です。


「こんー」


 いつもの様に定型文で挨拶を済ませ日課をこなしているとグリモアがログインしてきました。

 グリモアも日課を始めたので作業の合間に話を聞きましょう。


「グリモア、マギストの方はどう?」

「うむ、我はこの世界の魔法についての知識を得た」


 ふむふむ、なるほど。


「スキルとかアーツとかアビリティとか覚えた?」

「【合理化】なる能力を身に付けた。だが、まだ基礎となる技能でのみ力を発揮する段階である。故に、汝への伝達は行っていなかった」


 称号系スキルの【魔術】のアビリティなのでしょう。魔術のアビリティは私の知る限り基本スキルに影響を与えるものばかりですから。


「まぁ、今メインで使うのって下級か中級だもんね」

「けれど、汝が望むのであれば我の知りうる全てを伝えようぞ」

「実はね、シス教授にスペルブレイクって補助技能……多分アーツなんだけど、について聞いたら、グリモアが調べてる魔法技術研究所への紹介状を貰ってね、せっかくだからグリモアにも話聞こうと思って」

「うむ、では我の話を聞くがよい」


……………………

………………

…………

……

 つまり、魔法技術研究所で順当にクエストを消化した結果、【合理化】というアビリティを取得したようです。効果は詠唱時間・ディレイ・クールタイムの短縮と消費MPの減少だそうです。まぁ、微々たるものらしいのですが、ないよりはあった方がいいということです。たとえ、1フレーム……どのくらいかは知りませんが、それくらいだとしても、その時間のおかげで間に合うということもありますから。


「なるほど。あそこはそういう風になってるんだ」

「もう一つ、南に建てられし天文台について、まだ詳しき調査は行っておらぬが、この世界の文字を読む技能が大きく影響するようだ」


 まぁ、図書館も兼ねているらしいですから、当然といえば当然ですよね。


「りょーかい、あんがとね」


 さて、日課もグリモアへの事情聴取も終わったのでマギストへ向かいましょう。





 やってきましたマギストです。

 今回は西にある魔法技術研究所へ向かっています。時計塔や天文台と違って高い建物ではないので場所が分かりにくいと思いきや、明らかに他と違う白亜の建物がありました。まぁ、目的地はわかりやすいにこしたことはないですから。

 白亜の建物の中は左右対称の印象を受けます。さて、受付も2個あるのでどちらへ行くべきですかね。左右対称の印象を受けましたが、微妙に違う点があります。ええ、受付のNPCの後ろの飾りです。右側の受付には魔法陣らしき模様が描かれている布が飾ってあり、左側の受付には謎の文字らしきものが書かれた布が飾ってあります。

 つまり、右側が魔法陣系で、左側が詠唱系とも取れます。詠唱系はそこまで上がっていないので、魔法陣系だと思われる右側の受付に行きましょう。


「どこで出せばいいのかわかりませんが、シス教授から紹介状を貰ってきました」

「はい、確認します」


 ここで間違っていなかったようですね。何が書いてあるのか知りませんが、貰った時の会話からしてスペルブレイクに関わるもののはずです。


「確認致しました。では、担当研究者の元へ案内致します」

「お願いします」


 受付のNPCに案内され研究所の中を歩きます。外は白亜でしたが、中はなんとういうか、石畳ですね。焦げた痕やら溶けた痕やら研究というよりも実験の跡があちらこちらにあります。これは、危ない場所の予感がします。


「こちらです」


 案内された部屋にはドクトル研究室というプレートがかかっています。道中同様に煤けていたり焦げていたりするので、開けた瞬間に爆発したりしませんよね……。


「たのもー」


 女は度胸です。それに、時間をかけても結果はかわりませんから。


「よく来たな。連絡は受けているよ」


 ……如何にも研究者ですと言わんばかりの白衣に、如何にも研究者ですと言わんばかりの眼鏡に、如何にも……、全身如何にも研究者ですと言わんばかりのNPCがいました。何というか、ここまで個性というものを感じないのも凄いですね。逆に個性的というべきでしょうか。


「えーと、リーゼロッテです」

「僕はドクトル。ここの研究員だ。それで、シスが言うには、スペルブレイクに興味があるとのことだが?」


 クエストにNPCの個性は関係ありませんね。とにかく目的のものが入手出来ればいいのですから。まぁ、楽しさは個性に影響を受けるとは思いますが。


「そうです」

「あれは魔法についてより正確に理解しなければいけない。君にその資格があるか確かめさせてもらおう」


 ドクトルさんが一枚の羊皮紙を取り出しました。読むよう促されたので目を通すと。


 ピコン!

 ――――クエスト【魔法の知識】――――

 地脈の2階へ到達しよう 【 】

 ――――――――――――――――――――――――


 クエストが発生しました。というか、地脈ってどこですかね。


「ここの利用登録はしてある。入ってすぐにあるゲートを使いたまえ」


 ゲート……まぁ、入ってすぐにある何かがそうなのでしょう。


「わかりました。ちなみに、1階には何が出るんですか?」

「何も」

「へ?」

「あんな浅い階層にモンスターは出ない。あるのは自然にできた罠だけだ」

「ほう、罠ですか」


 発見やら看破やらがあるので問題なく進めそうですね。流石に1階に出てくるような罠ですから、そんな難しいのはないでしょう。


「ああ、自然に魔力で出来た罠だ。それを研究して魔法へと……、おっと、これは関係な――」

「詳しく。罠と魔法で何かあるんですよね」


 これは聞き逃すわけにはいきませんね。というか、もしこの組み合わせで魔法スキルが出るのであれば、いろいろとスキルを増やす必要がありますよ。


「そうだな……。ここの研究成果を利用するには、何にせよ魔法の知識が必要不可欠だ。ならば、まず地脈を突破してもらおう」


 く……この微妙に渋い声のNPCめ。しかたありません、大人しくクエストを進めましょう。





 研究所の入り口へと戻り正面を確認すると丸い模様がありました。ただの模様だと判断していたので気にしていませんでしたが、そこに手を触れるとダンジョンに入るかどうかというウィンドウが表示されました。まったく、魔法ですから、こういうのもありですね。

 地脈の1階へとやってきました。名称的にいろいろありそうですが、全方位が虹色の洞窟は目が痛くなる気がしますね。

 さて、事前に聞いた話では自然に魔力で出来た罠とのことですが、魔力視全開でいけば発見は楽そうですね。

 しばらく進んでみると地面に魔力の塊を発見しました。直感も反応し、罠と表示されています。ただ、どんな罠なのかはわかりません。識別の上位である観察を使おうにもターゲット指定出来ませんし。

 属性があれば相性のいい属性で破壊するのですが、ないのであれば何でもいいでしょう。


「【サンダーボム】……てい」


 後は結果を御覧じろといいますから。

 見事に罠が破壊され、魔力視が反応しなくなっています。どうやら魔力視があるとヌルゲーのようですね。

 分かれ道もありますが、右手理論で確実に進んでいきます。MOBが出ないとわかっているので、問題は時間だけですから。

 道中、何度か罠以外にも直感が反応したので確認したところ、採掘ポイントがあるようです。採掘もツルハシも持っていないので取れませんが、スキルではなく私自身の直感が反応しています。これは掘るべきだと。


リーゼロッテ:グリモアに聞きたいんだけど、マギストの地脈で採掘した?


 さて、場所は結構あるので進みながら返事を待ちましょう。


時雨:絶対掘ってきて

グリモア:魔力を宿した宝石を手に入れることが出来る。だが、浅い階層であれば、それほどのものではない故、技能を鍛えるための修練とするべきだ


 どうやら有用なものが手に入るようになるということですね。残念ながら必要なものがないので次からにしましょう。


時雨:ツルハシ用意しとくね

リーゼロッテ:りょーかい

グリモア:汝も我同様、幾度もその地を訪れることになるであろう


 時雨、グリモアにはちゃんとリターンを上げてるといいのですが。

 私はいろいろ用意してもらうこともあるので、その先行投資ですし。

 それにしても、調合を持っていながら採取ではなく採掘を取ることになろうとは。

 さて、ゴールらしき場所へと到着しました。虹色の門をくぐると虹色の小部屋があり、入口同様に丸い模様があるのでとてもわかりやすいですね。

 研究所の入口へと戻るとクエストも変化していました。


 ――――クエスト【魔法の知識】――――

 ドクトルへ報告しに行こう 【 】

 ――――――――――――――――――――――――


 場所はわかっているのでまっすぐ用心しながら進みます。無事に部屋にたどり着きました。


「たのもー」

「ほう、思ったよりも早かったな」

「魔力視のおかげでヌルゲーでした」

「ほう、魔力を見ることが出来るのか。ならば、容易いか。では、そのまま2階に挑んでも貰おう」

「はい先生、MOBは出ますか?」

「最初の階層以外ではマギジュエルというモンスターが出現する。階層によって強さも残すものも違うため、注意するように」


 ほう、出現する階によって強さの変わるMOBとは珍しいですね。まぁ、レベルが違うだけと言ってしまえばそれまでですが。


 ――――クエスト【魔法の知識】――――

 地脈の2階の最奥へ向かおう 【 】

 ――――――――――――――――――――――――


 ちなみに、クエストはこう変化しました。このダンジョンはグリモアに聞けばある程度はわかるはずですが、さっきグリモアに話を聞いた時は意図的に詳細を避けていたようなので、ネタバレに配慮したのでしょう。聞けば教えてくれると思いますが、せっかくなのでボスがいるのかどうかわからないまま突撃します。

 まぁ、そろそろ時間なのでログアウトしますが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る