8-5

 日曜日、午後のログインの時間です。昨日はサンタさんの特訓をハヅチに任せたため、最後にサンタさんのステータスを確認してからかなりの時間が経っていました。日課をこなしながら確認してみると、ステータス自体もかなり上がっており、性格も気弱から冷静に変化しています。ふくよかだった体形は鍛えられた肉体へと変化し、顔も引き締まっていますね。


「リーゼロッテ、シェリスさんが夜に時間取れないかって言ってきてるんだが、行けるか?」


 来週は無理だと言ったら今夜ですか。まぁ、問題ないですし、確認したいこともあるのでしょう。


「行けるよ」

「そんじゃ、夜にな」

「りょーかい。サンタさん、そろそろ行きますよ」


 今は私の担当なのでサンタさんのトレーニングに付き添います。


「うむ、リーゼロッテ殿、今日もよろしく頼みますんだな」


 ……はて、悪い物でも食べたのでしょうかねぇ。全体的に引き締まっているので、語尾さえなければ渋さのあるサンタさんなのですが、元からある語尾のせいで妙なことになっていますよ。

 まぁ、初期と比べれば体形もステータスも性格も変わっているので、語尾くらい変わっていなくてもいいでしょう。

 今回は敏捷を上げるということで、運動場でルームランナーを使うことになりました。使用権を最大まで上げると、他のステータスも上がる機材を使えるので、これは耐久も少し上がるそうです。

 速度制限もないので、加速スキルを使って全速力で走ってみましょう。


「おりゃーー、あっ、……げふぁ」


 楽しかったのですが、速すぎたのと制御し損ねたのが合わさり、滑って派手に転んでしまいました。その上、ルームランナーの勢いで後方へと吹き飛ばされています。

 壁際へと転がった結果ひっくり返っていると、サンタさんが心配そうにしています。


「いいですか、加速スキルは危ないので、今みたいな使い方はだめですよ」

「……わかったから、早く起きるんだな」


 後半はなぜか視線を逸らしています。まぁ、このままになっている意味もないので、起き上がりましょう。


「さて、続きをしましょう」


 サンタさんの耐久も上がっているので、前よりも長時間のトレーニングが可能のようです。けれど、ギリギリまでやるよりも、決まった時間や回数を繰り返す方がいいらしいので、前もってハヅチから渡されたメニュー通りに繰り返してもらいます。私は加速スキルで走っていますが、流石に全力疾走はもうしません。楽しかったことは事実ですが、また転ぶだけですから。

 遊びながらサンタさんのトレーニングに付き合っていると、リッカが交代にやってきました。ハヅチはサンタさん用の装備を作ったりと忙しいので、しばらくは参加しないようです。

 この後はフィールドでクリスマス素材を集めていたのですが、途中、クランチャットで雪山と凍った泉の洞窟に関するクエストの情報が回ってきました。何でも、街のクエストの報酬で目的地までの地図が貰えたそうです。まぁ、自力で探し出したので、今からやる必要はありませんね。

 今回は森にいるのですが、ここには地下への扉とかないんですかね。魔力視で見る限り、雪の積もっている地面には反応ありません。これはないので……しょ……う?

 木が光っていますね。竹ではないのでかぐや姫はいないと思いますが、木を伐採するためのスキルは持っていませんし、大木なので切れない可能性もあります。


リーゼロッテ:魔力視で森の木見たら反応あるんだけど

ハヅチ:目関連のスキルで反応するらしいぞ


 ハヅチ達からいろいろと情報が出てきましたが、まとめるとよくわからないそうです。雪山や凍った湖と同じように目関連のスキルを使うことで見つけることが出来るそうですが、燃やしたり、斬ろうとしたりしても変化がないということで、街でクエストをこなす必要があると考えられているそうです。気にはなりますが、今の私では条件を満たしていないので、放置しかありませんね。

 もう少しで暗黒魔法と雷撃魔法がLV15になりそうだったので、集中して使った結果、【サンダーレーザー】と【ブラックレーザー】を覚えることが出来ました。これで全ての魔法でレーザー系を覚えることが出来たので、スキルレベルが上げやすくなりましたね。ボム系は使う場面が限られますから。

 それでは、そろそろログアウトの時間です。





 夜のログインの時間です。この後はハヅチと一緒にシェリスさんの所へ向かいます。詳しい要件は聞いていませんが、ソリに関することなのはわかっています。


「よし、行くぞ」

「生産クランだね」

「いや、サンタシティの西側にソリ工房があるから、そこ集合だ」

「そうなんだ」


 生産クランだと思い込んでいたので危なかったですよ。誰もいないわけではないと思いますが、集合場所を間違えると待たせることになりますから。

 サンタシティの中央にあるポータルから西へと行き、ソリ工房へと向かいます。

 この街の家には必ず煙突があり、煙が出ています。火が点いているわけですから、あそこから入ったら燃えますよね。ここの家にはサンタ関係者しか住んでいないのであれば、問題ありませんが、そのあたりはどうなっているのでしょうか。


「ここだ」


 ハヅチが立ち止まった場所にはソリの模型を看板替わりにした工房がありました。ひときわ大きい建物のため、煙突が何本もあります。いくつものトナカイにひかれたソリが煙突の近くに止まったり、出発したりを繰り返しているので、性能試験も行っているのでしょう。


「えーと、招待が来てるから……、よし」


 ハヅチが何かを操作したため、道案内のための矢印が見えるようになりました。どうやら、工房を借りているプレイヤーから招待が来ると、その工房までの道のりがわかるようです。


「お邪魔します」


 ハヅチと声がそろってしまいましたね。まぁ、こういった場合の第一声は決まっていますから。


「待ってたよ。ただ、うちのメンバーはちょっと試作に入り込んじゃってるから、個別の挨拶は今度にしてね」


 かなり広い工房でプレイヤーが何ヵ所かに分かれて相談しています。それぞれの場所でソリを作っているため、狭く感じてしまいますね。


「それで、私達を呼んだ理由はなんですか?」

「例の木材の振り分けを考えたくてね。実際に試しで作ってどれくらい必要かを判断したいし」

「日にちだけで見れば30本は用意できますからね。まぁ、最後の10本は時間が足りるかわかりませんけど」


 ハヅチに任せるつもりでしたが、結局私が担当になりそうですね。というか、ハヅチはいつの間にか一ヵ所に陣取っていた裁縫系のプレイヤーとサンタ服談議をしていますね。和装好きですが、必要であれば他のも作りますし、パーツやら小物やらは普段から和洋関係なく作っていますから。


「それで、うちの木工系プレイヤー動員して素材のランクと比率変えて作ってるわけ」

「そうですか。それで、20本で考えます? 30本にします?」

「私達は直前でも何とか出来るから30本で考えた方が余裕があって助かるよ」

「それではそうしましょう」


 こうして話している間にも何人かのプレイヤーがシェリスさんに情報を渡しています。


「そうそう、ソリを作る時に光属性というか、神聖なものというか、とにかくそういった物を使うと、安全な配達が出来るって話があるんだけど、どう思う?」

「フレーバー的な話ですか?」

「まだ何ともね。それこそ昨日見つかった支援魔法とかが関係しそうだけど、見付けたプレイヤーに人が殺到して、逃げられてるらしいし。……まったく」


 属性石は4属性しかないんですよね。魔力屋のクエストを進めれば作れた可能性もありますが、あちらはスロットエンチャント以来、足を運んでいないので、わかりません。

 ……そろそろあちらも行った方が……いいです……ねぇ。

 ……光属性……神聖…………回復、蘇生……。

 ……あ。

 メニューを操作し、あれを探しましょう。鞄に刻印してある大型イベントリに入れてあるので、いざ探すとなると大変ですね。まぁ、スクロールと違って鞄に入る大きさではありませんし、ソートの順番を変えても上には来ませんから。えっと、あれは夏頃ですから……。


「どうしたの?」


 突然メニューをいじり始めたので、何事かと思ったようですが、こういう時のセリフは決まっています。

 インベントリにずっと入れっぱなしになっていた樽を一つ取り出し、こう言います。


「こんなことも! あろうかとーーーー」


 それが事実かどうかなんて関係ありません。このセリフは言ったもの勝ちですから。

 現状では【木材を漬け込んだ樽】という表記になっています。中がどんな変化をしているかわかりません。というか、変化している保証もありません。けれど、言ってみたいセリフを言えたのですから、何の問題もありませんよ。

 いつの間にやらハヅチや他のプレイヤーも集まってきていました。ならば、堂々と取り出しましょう。

 メニューを操作し、天板を外すと、一本の木材が沈んでいました。そこへ手を突っ込み、勢いよく取り出します。

 掴んだ木材は固く、腐ってはいないようですね。取り出した瞬間からは鑑定系列の申請がどんどん出てきます。気になるのは仕方ありませんが、私もまだ見ていないので、誰にも許可は出しません。

 それでは、観察してみましょう。


―――――――――――――――――――――

【疑似・生命の木材】

 上質な魔木を不滅の水に浸したもの

 不滅の力と上質な魔力が合わさり変化した

―――――――――――――――――――――


 うん、よくわかりません。いえ、製法はよくわかりますね。ただ、神聖的なものといえなくもないですね。

 それでは、ハヅチとシェリスさんには許可を出しましょう。


「これ、いつからやってたんだ?」

「使えそうだけど、今から作れるかな?」


 二人から反応があったのですが、質問というよりは、思ったことが口から出たようでした。

 さて、他のプレイヤーにも許可を出しましょう。ただ、申請一つ一つに許可を出すのは面倒ですね。……あ、一括ボタンがあったので、一括許可を押しましょう。

 ポチっとな。

 その瞬間、一切の物音がしなくなりました。

 ただじっと今までにない木材の詳細を確認しているようです。


「あ、漬け込んだのこれだけですよ」


 どれくらいの期間漬け込めば出来上がるのかはわかりませんが、欲しいのであれば生産クランの方で確認してもらうだけです。


「……そう。預けてもらえるなら、使える場合にはソリに組み込むけど」

「それでお願いします。まぁ、その話がただのフレーバーなら、別の使い道を考えますけど」


 おや、また鑑定系の申請が来ましたよ。まだ木材を見ていなかっ……、おや? 樽と中の水の方ですね。

 知らないプレイヤーなので、先に自分で調べてみましょう。

 えーと、天板の方を見てみると【疑似・生命の木片】となっていました。なるほど、中に入れた木材だけでなく、樽の方にも染み込んだわけですか。中の水は不滅の水ではなく、【抜け殻の水】となっていました。

 フレーバーテキストを読んでもよくわかりませんが。何かしらの生産に使ってみればわかるかもしれません。けれど、木を入れていた水って衛生面に問題がありませんかね。


「あのー、この樽と水、調べてもいいでしょうか?」


 見知らぬ生産クランのプレイヤーが待ちきれなくなったようで声をかけてきました。その声を皮切りに他のプレイヤーからも申請が来たので、最初のプレイヤーに一番に許可を出そうと思ったのですが、知らないプレイヤーなので、一括許可にしましょう。

 ポチっとな。

 さて、シェリスさんもハヅチも確認しているので、私はどうしましょうかね。


「リーゼロッテ、この樽と水、買い取りたいんだけど」

「対価は作り方関連と使い道でお願いします」


 上質な魔木はもうありませんが、他の木材を漬け込んでおけばこの木片と水は作れます。ただ、この樽にそんないいものを使っているわけがないので、木材と木片が素材による影響なのか、大きさなのかなどなど、使い道以外にも調べることは山ほどありますが、面倒なので全て任せてしまいましょう。


「……わかった。クランで調査することになるとは思うけど、使い道に関しては詳細に調べとくよ」


 それは助かりますね。作り方関連は知ったところで目的に合わせて作ることはしないので、使い道の方が大切ですから。

 そんなわけで、一式そのままシェリスさんに渡しました。水の方は調合系プレイヤーを重視してくれると嬉しいのですが、そのあたりは上手くやってくれるでしょう。

 ここでやることは終わったので、残りの時間はフィールドで狩りの続きをすることにしました。ハヅチの方はシェリスさんとの打ち合わせる内容が増えたそうですが、よきに計らえの一言で済ませてあります。





 月曜日の放課後、明日からはテスト一週間前になります。


「そういえば、茜が森で光る木があるって言ってたの覚えてる?」

「あー、そんなのあったね」

「あれ、イベント限定だけど、茜が生産クランに追加で渡した素材の下位互換だってさ」


 あー、あの光属性だとか神聖だとかそんなものを使うといいとかいうやつですね。気まぐれで用意していたものが使えたので、取りに行く手間が省けたのはいいことです。


「こんなこともあろうかと、用意しておいてよかったよ」

「生産クランでもそれ言ったらしいね。葵から聞いたけど、生産クランの人が羨ましがってたらしいよ」


 やはり、あのセリフは言ってみたい言葉の上位に君臨するだけのことはありますね。生産をメインにしているプレイヤーなら、尚のことですよ。


「……御手洗、相談があるんだけど」


 声のする方を向くと、疲れ切った顔でゆるふわ縦ロールのクラスメイトが立っていました。


「相談は受け付けてないんで」

「神宮さん、どうしたの? 接近戦することになったの?」


 伊織が相談に乗るようで、近くの椅子引き寄せて座るよう促しました。


「土曜に流したワールドメッセージ、覚えてる?」

「神宮さんのやつ? 凄いね」


 土曜のワールドメッセージですか。確か、教会がどうのこうので、支援魔法が取れるようになったとかいうやつですね。そういえば、神宮さんはカオルコさんでしたね。


「それで、ログインすると詳しく教えろってプレイヤーが殺到してくるから、困ってて。御手洗、あんたワールドメッセージ流した後、逃げ切ったんでしょ。どうやったか教えてよ」

「いつも通りにしてただけ」

「最初は直後にテスト前になったからログインしなかっただけだよね。その後はフレンド少ないから、追いかけられなかっただけでしょ」

「そゆこと。まぁ、教えろって言ってくる相手には対価を要求すればいいし、情報屋クランに持ってってもいいし」

「でも、フレンドだから……」

「切ってブラックリスト」


 迷惑なフレンドなんて、それで十分です。


「……で、でも、晴人達と組むこともある人らしいし」


 あー、そういえば付き合ってる相手と一緒にプレイしているらしいですね。なら――。


「その人に、フレンドから迷惑行為を受けてるって泣きつく」

「迷惑じゃないかな?」


 顔を少し赤らめてもじもじするという面倒な反応をし始めました。相手のことを知らないのですから、予想しようがありませんよ。


「クラスメイトと見知らぬフレンド、どっちを選ぶかわかるでしょ」


 私にはわかりませんが、こう言っておけば勝手に決めるでしょう。見知らぬクラスメイトがどっちを選ぶかは知りませんが、神宮さんが自分で行動を決めるわけですから、どうなろうと私には関係ありませんし。


「そ、そうだよね。晴人なら、大丈夫だよね」

「大人しく相談に乗ってくれる相手なら大丈夫でしょ。……知らないけど」

「わかった。あのフレンドに関しては、晴人に相談してみる」


 ふっ、チョロい。

 元々弱っていたようなので、あっさり丸め込まれましたね。その相手に押し付ければいいのは楽ですよ。

 さて、これで相談も終わりです。まったく、受け付けてないと言ったのに、伊織が引き受けてしまうから……。これは後で折檻ですよ。いえ、後でと言わず、今揉んでおきましょう。


「……まぁ、少しだけなら許してあげる」


 許可も出たので思いっきり揉んだら怒られました。

 ……解せぬ。


「じゃれてるところ悪いけど、まだ相談終わってないんだけど」


 揉もうする私とこれ以上はと防ぐ伊織を見てじゃれてるといいますか。まぁ、否定は出来ませんね。

 チョロく終わりましたが、ちゃんと肝心なことにも答えてあるので、自分で決めて欲しいものですよ。


「クエストとスキル、情報屋クランってのに持っていくにしても、どこに行けばいいの?」


 伊織を眺めましょう。

 私はザインさんやらシェリスさんやらに直接持っていくか、伊織に任せるかなので、会ったことはありますが、行ったことはありませんし。


「センファストに買ったホームで買い取りしてるよ。ログインしたらマップスクショして送ろっか?」

「ありがとう。でも、ちゃんと内容まとめられる自信ないんだけど」

「予約制だけど、聞き取りしてまとめてくれるサービスもあるよ。その分、情報料は減るけど」


 なるほど、お金を払えば自慢話を聞いてもらえるわけですか。けれど、見ず知らずの他人に話してもつまらないので、そういった方法で使う人は少ないでしょう。


「その予約の仕方、教えてもらってもいい?」


 伊織のスマホを見せながら説明していますが、あの情報屋クランのホームページでやるようですね。

 今回は、何度か売り買いした結果、少しだけ上客扱いされている伊織の紹介ということで、ちょっと違う手段で予約を取るそうです。めんどくさそうなので、今後も伊織に一任ですね。


「二人とも、ありがとう。お礼に、まとめてもらった情報、渡すから」


 私はチョロく誤魔化しただけなのでお礼をされるようなことはありませんが、受け取ることでお礼をする側の気が楽になるので、過剰にならない限りは受け取ります。ええ、貰えるものは貰っておくべきですから。


「珍しい情報ありがとう。私達からは外に流さないから、安心してね」


 代表して伊織が受け取ることになりました。相手が売ったばかりの情報を広めるなんてことはありえませんから。

 情報屋クランに売る時にも、売る人がどの範囲に情報を流すかで買い取り価格が多少は変化するそうです。まぁ、まじめに答える人は少ないそうですが。

 この後、神宮さんはクラスメイトを待つそうなので、私と伊織は先に帰りました。

 今日は日課をしながら何人かにしばらくログインしないことを連絡しておきましょう。一応、設定をいじってメッセージの確認を出来るようにはしたのですが、返信する保証も、気付く保証もありませんから。ああ、それと、杖の修理も依頼しておきましょうかね。イベントの最後に予告されているボス戦(仮)もありますから。

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