8-4

 金曜日の夜、ログインの時間です。

 月曜からは日課くらいしかしていないのですが、シェリスさんやザインさんから不滅の水の納品はしばらく続けて欲しいと言われました。NPCからの販売は日に日に量が増えているそうですが、まだ大量には手に入らないそうです。


「明日からはイベントで出来ることが増えるが、スキル取得用のアスレチックは中級まででいいとして、スキルの種類制限解放まではいかなかったな。それで、明日からは使い道が増えるわけだが、どれを優先するか」


 ハヅチ達がイベントのこれからについて話し合っています。始めの何回かは私達も参加していましたが、こういうのは分担ですよ、分担。

 ちなみに、休息に続き、運動場の方もステータスの方は最大まで強化してあります。スキルに関しては、移動補助系は上級スキルを誰も持っていないので、解放は見送っています。まぁ、もう少しで取れるらしいのですが。

 明日からはレンタルトナカイの契約と、サンタ装備と、ソリ作成が出来るようになります。レンタルトナカイは初期能力は全て同じだそうですが、サンタさんとの相性や調教時間が最終的な性能に関わってくるので、早めに契約した方がいいそうです。まぁ、それは解放と同時にハヅチがサンタさんを連れて行くことになっているので、任せてしまいましょう。

 サンタ装備は当日までに赤サンタ服を仕立てるそうです。普通の素材も使えますが、クリスマス素材を使わないとサンタさんが装備することが出来ないそうです。これは専用NPCに依頼するか、裁縫スキル持ちが担当するので、ハヅチに任されています。

 最後のソリ作成ですが、基本的なところはサンタ装備と同じです。まぁ、木工スキル持ちがいないので、基本的にはNPCに依頼です。ええ、基本的には。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 おっと、すぐに返事が来ましたね。


「ハヅチ、手が空けばやってくれるってさ」

「そうか。一応、NPCへの依頼も視野に入れて準備はしとくけど、必要な物があったら、連絡貰っといてくれ」

「りょーかい」


 ええ、ソリには木工スキルが必要です。そして、私達クラン【隠れ家】では誰も持っていません。けれど、持っている知り合いならいます。

 生産クラン関係者で、木工系の生産職のプレイヤーではトップクラスのシェリスさんです。

 詳しい話は今度になりましたが、明日にならないと仕様的に何が必要かもわからないので、全ては明日待ちです。


「そうそう、リーゼロッテに頼みたいことがあるんだった」


 炬燵で日課をこなしていると、モニカと打ち合わせをしていた時雨が声をかけてきました。


「何?」

「実は――」

「待って。今回はあたしの頼み事だから、あたしから頼むよ」


 ふむ、モニカが時雨に何かを頼んで、それに必要な何かを取ってきて欲しいといったところでしょうかね。


「リーゼロッテにお願いがあるんだ。あたし、装備の新調をしたくて、それに魔宝石を使いたいんだ」

「りょーかい。そんじゃ、私がそのうち使うために蓄えてる分、上げるね」

「いいの?」

「いいの。たまにパーティー組むんだから、いい装備使ってくれてた方が助かるし」


 ここから先は実際に作る時雨の方に確認したところ、大量に欲しいと言われたので、追加するためにグリモアと採掘に行くことになりました。





 採掘用の装備を身に着け、地脈の5Fへとやってきました。それぞれの従魔を召喚しているので、警戒はばっちりです。


「よーし、掘るぞー」

「うむ。今宵、我らに与えられし使命、やり遂げて見せようぞ」


 この階のマギジュエルに対しては交代でボム系を用意することになったので、MOBの魔法を潜り抜けて投げられる位置まで近付く必要があります。まぁ、魔法の射線が見えるので、目を瞑っていない限りは当たらないでしょう。


「汝、今宵は我らが協力し身に着けた新たな技法を試そうではないか」

「同調魔法やってみる? まだボルト系しか使えないけど」

「炸裂せし玉を手にしようとも、蒼き弾丸を放つことは出来る故、この地において、我らが後れを取ることはなかろう」


 ふむふむ。ボム系を用意しても使えるから問題ない、ですか。確かに、一定距離内にいればいいので、手がふさがることもありませんから。


「そんじゃ、やってみよっか」


 ………………

 …………

 ……

 何度か試してみたところ、火属性だと青い炎になりますが、他の属性では見た目にあまり変化はありませんでした。水属性だと凍っても不思議はありませんが、氷魔法はあるので、それは採用していないのでしょう。

 採掘場所では交代で採掘をしているので、今は私が周囲を警戒しています。そんな最中、コッペリアに変化が訪れました。


 ピコン!

 ――――System Message・従魔のなつき度が一定値を超えました――――

 【コッペリア】のなつき度が50%を超えました。

 従魔の持ち物装備欄が解放されます。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 とうとうです。とうとうですよ。とうとうコッペリアが半分なついてくれました。グリモアに許可を取ってからコッペリアのために用意していた甘ロリの服を装備させましょう。これでホラー感が薄まるはずです。


『KARAN.KORON』


 新しい装備を身に着けたコッペリアがスカートをふんわりとさせながらくるっと回っています。従魔に装備を着けると、初回のみなつき度が10%上がるので、これで60%です。つまり、維持コストが最大MPとDEXが一割づつになりました。


「うんうん、可愛いねぇ」


 シャルロットさんに任せて正解でしたよ。まぁ、デザイン面ではグリモアの装備を見ているので疑っていませんでしたが。

 やる気が補充されたので、この後は機敏な動きで採掘を進めました。

 手に入れた数は普段と変化しませんでしたが、気持ち的には大漁です。

 グリモアから時間をかけて聞き出したところ、魔宝石糸を手に入れた辺りからそれを使った装備更新を考えていたそうです。使う素材からハヅチと時雨の合作になるそうで、必要な素材数のめどがたったため、足りない素材を集めることにしたそうです。

 まぁ、イベントを優先するそうなので、イベントボス戦と思われる日に間に合うか微妙だそうです。

 時間が来たので、そろそろログアウトです。





 土曜日の午後、ログインの時間です。

 日課をこなしながらイベントの更新内容を確認することになりました。

 トナカイ契約は調教師にクリスマス素材を渡すことで質の高い調教をしてくれるそうですが、サンタ育成とは違い、同じ量の素材を渡せば同じように育つそうです。まぁ、サンタさんのステータスによって、引き出せる能力に変化が生じるとはいえ、どの程度変化するのかはやってみないとわからないので、一週間単位で決まっている上限を一気に渡すことになります。

 翌週の土曜日に渡した数がリセットされるそうですが、前もって預けておくことで、切れ目なくいい調教をしてくれるとか。

 次に、サンタ装備です。

 クリスマス素材を専用NPCに渡すか、必要な素材に変化させてから作ることが出来ます。変化の方法は料理で使う野菜などと同じなので、数さえあれば問題ありません。NPCの場合は数で性能が決まるらしいのですが、プレイヤーが作ればいろいろと工夫が出来ます。この辺りはハヅチに任せるしかありませんね。

 最後にソリ作成ですが、これはサンタ装備をソリに変えただけです。

 作れるのは、サンタの乗る本ソリと、プレイヤーの乗る随伴ソリの2種類です。

 本ソリはサンタさんと配るプレゼント、そして、プレイヤーが6人まで乗ることができ、トナカイが直接引きます。ただ、随伴ソリというプレイヤーが乗るためのソリを使う場合、本ソリには乗れなくなります。

 その随伴ソリとは、組み合わせてある本ソリの周囲に浮かび、一定範囲内であれば自由に動かすことの出来るソリだそうです。定員は6人までなので、1パーティーにつき、1台です。通常は相対位置を固定されているので、自由に動かすには、御者台にプレイヤーが座って操作する必要があり、移動速度はその時御者台にいるプレイヤーのAGIに依存します。まぁ、この辺りは、作るプレイヤーの腕次第で、変化するそうです。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 日課を終えてサンタさんを呼びに行こうとしていたらリコリスからメッセージが送られてきました。

 えーと、何々、ふむふむ、おっと――。


「ハヅチ、いい木材手に入るかも」

「行ってこい」


 トナカイの契約から戻ってきたハヅチにサンタさんを任せて大急ぎでリコリスの元へ行くことにしました。





 リコリスとメッセージのやり取りをしながら【なごみ亭】の畑までやってきました。

 遠くからでも巨大な樹が見えるので、とてもわかりやすくなっていますね。畑のシステムは知りませんが、あれだけの場所を占有してしまうとは、予想外ですよ。


「お待たせ」

「リーゼロッテさん、いらっしゃいませ」


 巨大な樹の下にいるのは、長い金髪で目元を覆っている小柄な少女、ええ、リコリスです。樹が大きいのか、リコリスが小さいのか……、両方ですかね。


「随分と育ったねぇ」

「はい」


 焦げ茶色の幹には人の顔のような模様があり、黒みがかった緑色の葉をつけています。人面樹を小さい子の多いクランに育てさせるのもあれですが、やってしまった以上、しかたありませんね。


「それで、木材が取れるって言ってたけど、どういう仕組み?」


 これを伐採するのか、何らかの方法があるのか、聞いておく必要がありますから。


「一週間毎に10本の木材を採取出来ます。もちろん、この木はそのままです」


 毎週採取しなくても、100本までは保持してくれるそうです。採取のクールタイムが7日で、毎回少しづつ後ろにずれていくということはないそうです。


「鞄は10Mってことになったけど、これは1本いくらにしよっか」

「私達は木材の価格に詳しくないので……」

「私も詳しくないんだよね。まぁ、育てるの頼んで、採取出来た木材で物納が終わったとして、その後の扱いどうしよっか」


 自分で育てるのが面倒だったので、リコリスに頼んだわけで、鞄の代金の回収が終わってからのことを考えていませんでした。代金の回収が終わったら今度はこちらが育てる代金を払う必要がありますね。


「例えばですけど、10本の内、何本かを貰うという形でもいいですか?」

「じゃあそれで。何本にする?」

「えっと……、木材の値段次第、です……」


 それはそうですよね。


「それじゃあ、値段は木工系の生産者に聞いてみるとして、今回のイベントにこの木材使いたい?」

「いいんですか?」


 せっかく育ててもらったわけですし、クリスマス素材に混ぜるだけなので、多少渡しても問題ないでしょう。


「シェリスさんにいろいろ相談してからね」

「はい、ありがとうございます」


 代金は未定ですが、まずは【魔力に満ちた古木】を10本手に入れました。

 クランチャットで木材の確保を連絡して、シェリスさんにもメッセージを送りましょう。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 シェリスさんからとんでもない速さで返信が来ました。未知の木材には興味があるのでしょう。


「それじゃあ、決まったら連絡するね。場合によってはハヅチから連絡するかもしれないけど」

「は、はい。わかりました」


 シェリスさんはセンファストにある工房にいるようなので、次の目的地はそこです。





 シェリスさんとは未知の木材の話をするので、工房にまで連れ込まれてしまいました。下手に動き回って壊れないにしろ、何かを踏んでしまう可能性もあるので大人しく指示された場所に腰かけました。


「それで、【魔力に満ちた古木】ってどんな木材?」

「これです」


 1本取り出してみてもらった方がはやいですから。

 私の反応を予想していたのかすぐに受け取って鑑定し始めました。

 シェリスさんの許可は貰ってあるので、ヤタ達を召喚して愛でていましょう。コッペリアは装備が出来るようになったばかりなので、新しい服に慣れていない気もしますが、すぐに何とかなるでしょう。

 しばらく【魔力に満ちた古木】を眺めていたシェリスさんが徐に口を開きました。


「昨日連絡貰ったソリの件だけど、こっちのクランでもイベント参加するから、ソリは作るんだけど、木工系の生産者は私だけじゃないから、分担することになってるんだよ」


 何台かは作るそうですが、イベント期間にソリ作成にかかりっきりになるわけではないそうです。


「クラン内で会議してるのに、あっちこっちから作ってくれって連絡きてさ……」


 おっと、これはまずい予感がしますよ。


「私がクランに所属してるって理解してないのか、優先しろだの、すぐに作れだの、はてには勝手に金額まで決めて連絡してくるんだよ。もう、イラっとして、何人かブラックリストに突っ込んだよ」


 そっと夏からイベントリに放り込んである新茶を出しました。こうした食材系は悪くならないので、何年経とうが新茶のままです。変化を見せない茶葉と同じくらいシェリスさんの笑顔も変化を見せないのが怖いですね。


「ありがとう。……それで、リーゼロッテだけだったよ。ちゃんと必要な素材とか、私の予定とかも聞いてくれたのは」

「……まぁ、本格的なのはこれから増えるんじゃないんですかね」


 ついすぐに連絡してしまいましたが、仕様がはっきりしてから連絡しようと思っていたプレイヤーも多いはずです。けれど、受けてくれそうなので、これ以上余計なことは言わないでおきましょう。


「まぁ、この話はこれくらいにしておこうか。この木材、どのくらい手に入る?」

「今が10本で、土曜毎に10本取れます」

「……育成系?」

「結構前に苗木を手に入れまして、育ててもらいました」

「なるほど。……ある程度試作して、クランの分を作ってからだからリーゼロッテの分を作り始めるまで時間かかるけど、何台必要なの?」

「本体が1台に、随伴が2台です」

「わかった。しばらくは試作で手一杯だから、来週にでも詳細詰めよ」

「それでお願いします。その時はハヅチが来ることになりますけど」

「そう。ところで、その古木の一部を代金替わりにする気ある?」

「構いませんけど、それ育ててる【なごみ亭】のリコリス達にも少し使わせてあげたいんですよ」

「それじゃあ、来週はリーゼロッテも来てね」

「……それが、来週はほぼログインしないんですよ。リアルの用事がありまして。なので、ハヅチに全て委任します」


 この古木は私が入手した苗木からのアイテムなので、ハヅチだと決められないと判断したのでしょう。けれど、ハヅチに任せる以上、その結果に口を挟む気はありません。

 まったく、ハヅチはテスト前だというのにログインする気なんですから。


「リーゼロッテがそれでいいならいいけど、本当に?」

「見ての通りうら若き乙女なので、ログインするわけにはいかないんですよ」


 発言と時期から推測したようで、小さくテストと聞こえましたが、微笑むだけにしておきましょう。

 ちなみに、詳しく調べたいということで1本は預けることになりました。

 ああ、そういえば聞かなければいけないことがありましたね。


「ちなみに、これ売るならいくらになりますか?」


 リコリスの鞄の代金にするわけですから、それを決めなければいけません。


「えっと……、何かに使えるだけの本数があるってのが前提にはなるけど、1本100,000Gくらいかな。今ある素材は値段が随分落ち着いたから、そのくらいになっちゃうと思うよ。何か作ってみて、その性能次第では跳ね上がるけど」


 もう少し詳しく聞いてみると、私の杖にも使われている【上質な魔木】が手に入り始めたそうなので、そろそろ私の杖を強化してくれるそうです。いきなり話がそれましたが、【上質な魔木】と【魔力に満ちた古木】の間に段階があればあるほど跳ね上がるそうです。ただ、今は何かを作ってすらいないので、今流通している木材から判断して、このくらいだそうです。


「わかりました。値上がりしたら教えてくださいね」


 リコリスには今は100,000Gで、値上がりに伴って値段を上げるのはどうかと、連絡しておきましょう。

 それでは、日課の続きをしたらイベントへ向かいましょう。


 ピコン!

 ――World Message・【閉ざされた教会】がクリアされました―――――――

 プレイヤー・【カオルコ】の協力によって教会がその門戸を広く開きました

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 おやや? 聞き覚えのある名前ですが、これは何でしょう。


「クエストクリア系統ですかね?」

「このタイプはそうだね。対応した施設で出来ることが増えるんだけど、教会ってリスポーン以外に役割あったんだ」


 まぁ、何にせよ、一度HPを全損させればわかりそうですね。わざとしたりはしませんが、その内なるはずなので、その時に覚えていたら調べましょう。

 それでは、今度こそ日課の続きです。





 夜のログインの時間です。


「支援魔法だってさ」


 ログイン早々に時雨から見知らぬスキル名を聞かされました。


「何が?」

「ワールドメッセージで教会がどうのこうのってあったでしょ」

「あー、うん」

「教会でクエストをこなすと支援魔法ってのが覚えられるんだって」

「へー」


 支援魔法ですか。……教会関連の支援魔法ですか。


「やっぱり。魔女じゃなくて聖女になっちゃうもんね」


 そうなんですよ。スキルとして支援魔法がポツンと存在しているのなら問題ありませんが、教会からとなると、魔女ではないんですよ。

 ちなみに、スキルの内容どころか、取得するためのクエストの発生条件すらまだよくわかっていないそうです。ワールドメッセージを流したプレイヤーが追われているそうですが、前線のプレイヤーではないらしく、足取りがつかめないそうです。


「はぁ」


 その話の最後に何故かため息をつかれてしまいました。その上、ジト目を向けられています。全く身に覚えがないんですがねぇ。


「あー、みんなちょっといいか」


 揉みしだきから始まる折檻をしていると、ハヅチが声をかけてきました。


「ソリの素材に、雪山のどこかにある洞窟素材と、凍った湖の中にある素材が必要なんだが、どっちがどっちを担当するか決めようぜ」


 はて、私の聞き間違いでしょうかね。


「凍った湖の中?」

「らしいぞ。まぁ、周辺の雪融かせば地下への入り口があるんじゃないかって言われてるけどな」

「イベントNPCが氷の下としか言わないらしい」


 情報の補足をしてくれたのはアイリスです。時雨は解放したばかりなので、息を整えるのに時間がかかっているので、しかたありませんね。

 どちらにしろ正確な場所の手がかりはありませんし、雪の下を探すのに役立つスキルもないので、ハヅチ達に任せてしまいましょう。

 来週はテスト一週間前になるので、私を含めて何人かはログインしなくなります。そのため、今日明日中に取得しておきたいようです。

 前もって知っていれば街で情報収集しておいたのですが、情報が出て来たのが今日なので、どうしようもありませんね。





 そんなわけで、私達は凍った湖を担当することになりました。


「ところでさ、何を取りに来たの?」


 ソリを作るのに必要な素材があるということでしたが、具体的な話は何も聞いていませんでした。


「ソリが空を飛ぶのに必要な素材の核になるアイテムらしいよ」

「雪山には、随伴ソリ用のアイテムらしいが、1個あればいいらしい」


 時雨とアイリスがしっかりと目的を把握しているので助かりますね。さて、そろそろフェニックスのクールタイムが終わるので融かしてしまいましょう。


「氷と雪、どっち融かす?」

「泳ぐスキルないし、すっごい冷たいよ」

「よし、雪を融かそう」

「……リーゼ、ロッテ、……あの、へん」


 リッカが指し示す方には雪しか……、いえ、直感スキルが微かに反応していますね。じっと見ていると段々と反応が強くなっていきました。

 一応、確認しておきましょう。


「あのへん?」

「……そう。……魔力視、使う。……よく、見え、る」


 リッカの言う通り魔力視で見てみると、何かありますね。大きい反応があちらこちらにあり、そこから弱い反応が線の様に出ています。それに伴い、直感の位置も変化し始めました。反応が止まった場所は魔力の反応が一枚の板の様に広がっています。なら、融かすべき場所はここですね。


「……どこ、いく?」

「んーと、射程からして、……辺りかな。【フェニックス:浄化の炎】」


 火属性の魔法でもいいのですが、クールタイムが終わったので、こちらにしましょう。

 フェニックスが飛んだ跡には雪が融けて地面が見えています。さらに、いくつもの熱された扉から湯気が出ています。横たわっているので、あそこから降りるのでしょう。

 私達が扉を一つ確保した後に、アイリスが周囲で様子をうかがっていたプレイヤーに対し、他の扉は好きにするよう告げました。偽物があるのなら話は別ですが、一つ見付ければいいのであれば、他の扉は不要ですね。

 さて、問題はこの扉です。両開きですが、地面に横たわっているので、開けるのに苦労しそうですね。まぁ、苦労しそうでも開け方は一つなので、片方の扉に乗り、もう片方の扉のとってを掴んで持ち上げてみましょう。


「ふんぬー」


 ほんの少し動くのですが、振動を感じるとそれ以上は動かなくなります。まったく開く気配がないので、STRが足りないようですね。


「あたしがやるよ」

「お願い」


 開く様子がないので、時雨とリッカが扉を調べ始めましたが、STRの高いモニカに変わったので、開くのも時間の問題でしょう。


「この扉、そっちからじゃ開かないね」


 時雨が何かに気付いたようで、地面に顔をこすりつけるように見てみると、両開きの合わせの部分に私が乗っていた方の扉からカバーの様に薄い板が一枚出ていました。閉まっている時に光が隙間から入らないようになっている扉とかにある部分ですね。

 罠とも言えないような罠に引っかかったせいで開きませんでしたが、それさえわかれば障害はなにもありません。

 モニカが私が乗っていたのとは反対の扉に乗り、とってを掴みました。


「とりゃー」


 自身が重しになっていないため、重そうな音を立てながらも扉がゆっくりと開きました。

 中は暗く階段があることしかわからないので、他の場所に転送される系統のダンジョンみたいなものでしょう。私達が扉を見つけてから周囲のプレイヤーが様子を眺めていますが、どうやら見つけたか触れたかしたプレイヤーとそのパーティー以外は近付けないようですね。……これは、消えますね。

 何人でも入れるのであれば立ち入り制限をする必要もありません。けれど、わざと制限をかけているということは、そういうことですよ。


「よーし、入るぞー」


 扉を開けたモニカを先頭に階段を降り始めました。すると、途中で一瞬だけ浮遊感を覚えました。これは、飛ばされたということです。


「ダンジョンだな。みんな、光源を頼む」


 ダンジョンということでアイリスが指示を出しました。頭上に光の玉が浮かぶことで、視界の確保は万全です。

 やはりというか、後からは誰も入ってこないので、扉は消えたようですね。みんなも同じことを考えていたようで、ゆっくりと準備をすることになりました。


「ダンジョンの情報は一切ない。見てわかる範囲では、広めの洞窟型、これだけ広ければどのイベントMOBでも動き回れるはずだ」


 洞窟専用MOBがいる可能性もありますが、それは遭遇しないとわかりませんね。

 洞窟自体はしばらく一本道で、流石に上からちらっと見ただけの構造なんて覚えていません。そのため、斥候を担当しているくノ一装束のリッカを先頭に進むことになりました。

 リッカの口元を隠しているマフラーがたなびくと風情があるのですが、風もないのでしかたありませんね。

 道中に出てくるMOBは地上とかわらないため、既に戦い慣れている時雨達に合わせて魔法を使うだけになりました。単体で出てくるスノダルマとバッドボックスに関しては、グリモアと同調魔法を使う余裕すらあります。採掘のついでに使っていたので、ボール系までは使えるようになっているのですが、この後に解禁されるのはヒール系で、そこからエンチャント系、ウォール系、ウェイブ系と続きます。エンチャント系は効果量しだいでは便利に使えそうですが、ヒール系とウォール系は使いにくいですね。

 まぁ、イベントMOBというのは、通常MOBと比べて上りがいいそうなので、まったく上がらないということはないでしょう。

 洞窟を進むにつれて道が広くなり、トナソルジャーの群れの数が増えていきました。それでもやはり倒せないMOBではありませんね。イベントですから、倒しやすくなっているのでしょう。クランイベントとはいえ、初心者がいないわけではないので、その辺りへの配慮でしょう。私としてはソロでも倒せるMOBなのはありがたいことです。


「……分かれ、道、……多い」

「他のパーティーともすれ違うことも多いな」

「目印もないしね」


 アイリスがすれ違ったパーティーと情報交換をしたようですが、結果として得られたのはこの地下洞窟のマップデータだけでした。


「他のパーティーが入ってきたはずの場所に階段がなかった。つまり、パーティーというか、入ってきた扉毎に階段と目的地が違うのだろう」

「目的地もヒントくらいあればいいんだけど、歩いて探すしかないんだよね」


 私に出来ることはないので、時雨達がゆっくり考える時間を稼ぐことにしました。モニカがしっかりと引き付けてくれるので、多少火力を上げてもこちらにタゲが流れることはありません。あったとしても、MOBの射程圏内入る前に倒せますし。


「……向こう、何か、ある」


 リッカが指し示した方を見ても洞窟が続いているだけで、【遠望視】でズームをしても暗いためどうにもなりません。ですが、リッカの持つ何かしらのスキルに反応があったらしいので、何の手掛かりもない以上、そちらを優先するしかありません。

 いつの間にか他のパーティーとすれ違うこともなくなり、行き止まりが見えてきました。


「……罠、たっぷり」


 辿り着いた場所には、ソリの石像があり、その荷台には丸い玉が乗っています。識別すると、【浮遊石】というアイテムで、これはサンタ用ソリに使うアイテムのようです。

 それ以外には何も見えません。


「そんなに?」


 魔力視で見てみると、洞窟全体に魔力が満ちているので、罠なのか別の何かなのかわかりません。大物らしきものだけは反応が強いので何とかなりますが、他にもあるのなら、私では判別しきれませんね。


「……判別、できる、の、……壊し、て」

「りょーかい」


 判別できるのは6個です。それぞれ基本の属性の罠なので、ランス系を叩き込み、しっかりと破壊しました。


「……あり、がとう」


 魔法的な仕掛けのない罠は罠看破のスキルレベルの都合もあり、判別しきれませんし、解除出来ないので、ここからはリッカに任せるしかありません。


「ここは我に任せよ」


 ある程度罠を解除して石で出来たソリに近づけるようになると、グリモアが意気揚々とギリギリまで近付いていきました。うーむ、遠くにある物を取れるスキルなんて……、ありますね。


「【エアロハンド】」


 ええ、風属性の便利魔法です。一時期は練習していましたが、使わない方法で何とかなったので、放置していましたね。

 グリモアが手を伸ばして風の手を操っています。魔力視で動きを見ていますが、手慣れた動きですよ。これは、使い慣れていますね。


「ねぇねぇ、グリモアって、結構エアロハンド使ってるの?」

「フィールドで木の実の採取に便利だし、上手くいけばMOBの動きの阻害したりできるし」

「なるほど。押す力と精度次第ではMOB相手にも使えるのか」


 私は物を運ぶための練習に使っておきながら、何かを取るために使ったことはありません。やはり、人の使い方を見るのも大切ですねぇ。


「我が元へ」


 どうやら浮遊石を掴んだようで、そのまま風の手に乗せるようにして引き戻しています。そして、そのまま近くにいるリッカの目の前まで運びました。


「……あり、がとう」

「我に出来ることをしたまで」

「凄い凄い」


 やり遂げたグリモアを拍手で称えましょう。エアロハンドは練習が必要な魔法で、それ相応の時間を使ったはずですから。


「ほんと、お手柄だよ」

「やはり、頼りになるな」

「すごいよー」


 みんなでひとしきりグリモアを褒め称えていると、次第に顔を赤くし、恥じらっています。これは、耐性がありませんね。

 よーし、今なら――。


「はい、そこまで。リーゼロッテにこれ以上やらせるわけないでしょ」


 チッ、気付かれましたか。せっかくなので飛び掛かっておこうと思ったのですが、抱きついたところで時雨に止められてしまいましたよ。

 罠がなくなっているので、ちょっとくらい押し倒しても問題ないのに。


「……出口。……罠、なく、なってる」


 リッカが浮遊石を手にした段階で罠と共にソリもなくなり、ソリがあった場所の奥が崩れ、階段が出現していました。わざわざ入ってきた階段まで戻らなくて済むのは大助かりです。


「それじゃあ、出たらフィールド狩の続きだな」


 普段なら一人で動きますが、今回は時雨達と一緒に時間まで狩りを続けました。

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