4-17

 17日の午前、昨日の夜に葵が不滅の水のことで話があると言っていたので、比較的涼しい午前中に私の部屋で三人がお茶とオチールを囲んでいます。


「麦茶あったろ」

「私はお茶派」


 ずずず


「オチール冷えてるね。……ミント」

「それで葵、話って何? 特殊施設の3階までの結果を共有化するクエストの内容なら仮説を含めて準備出来てるよ」

「それもだが、昨日の蘇生薬だ」

「茜……買っ、いや、そんなわけないよね」

「うーん、守秘義務ないしいっか」


 そんなわけでリコリスに呼ばれ、生産クランに協力したことを詳しく話しました。もちろん、樽を作ってもらって今も確保していることも含めてです。


「なるほどな。それで、作れるのか?」

「無理じゃない? 調薬スキルのレベル上げてないし、他の素材も知らないから」

「そうか。ま、生産クランが本腰入れてるなら、その内買えるようになるだろ」


 最初の話題も一段落したので、次の話題ですね。


「葵と伊織はゴンドラ作ったの?」

「俺達は2艇ずつ作るから、時間かかってんだよ」

「3人乗りだからね」


 人は6倍、素材は2倍、でも効率はそこまで上がらずといったところでしょうか。とりあえず、みんなのゴンドラを見るのはまだ先のようです。

 その後は、情報として共有する程のないことを話していたのですが、そこで思わぬことを知りました。


「あー、特殊施設のクエストでそこまで行ってるなら、里のクエストも増えそうだな」

「リーゼロッテが御殿のクエスト進めてくれるから、助かるね」


 おや? どういうことでしょうか。


「その顔は気付いてねーな。まったく。俺達はクラン全員が同じ陣営だろ。その場合、陣営内での貢献度が共有されるんだよ。それで、特殊施設のクエストは、貢献度の上がりがよくてな。……ただ、とてつもなく面倒くさい。そして、パーティーでやるメリットがあまりない」

「貢献度ってクエストの参加人数で変化しないし、特殊施設での上昇は1クエストにつき1回だから」


 なるほど、つまり。


「私が見回りクエスト突破するために追いついてくれたわけね」

「そうだよって言いたいんだけどね。他の施設と進行度が共有できる範囲はやっといた方がいいの」

「おやおや、ここで恩を着せないとは――」


 この伊織は偽物の可能性がありますね。本人確認のために胸の大きさを確認しましょう。


「――大人しく正体をあらわ……もごもご」

「はいはい、茜には恩を着せるのも怖いから、大人しくしてね」


 ……く、いとも簡単に抑えられてしまいました。まさかあえて近付けるなんて思いませんよ。

 しかたないので葵に救援を求めるために視線を向けようとしましたが、この体勢では見えませんね。ここは大人しく感触だけで我慢しましょう。


「もが……ぷは、この感触は本物だね」

「はいはい、まったくもう」

「それで二人共、土曜のイベント、見たいところはあったか?」

「任せた」

「ステージイベントは会場内のモニターで見れればいいから、葵の見たいところを優先していいよ」


 土曜日に行われるHiddenTalentOfflineFestivalの会場であるタウンサイトは、街一つが見本市やらイベント会場を行っている企業の私有地になっており、いろんなイベントを同時に行えるそうです。この前の金・土・日はその街全てを貸し切って一つのイベントをしていたようですが、まったくわけのわからない規模ですね。

 入る時に専用アプリを起動すると勝手に確認するとかいう謎技術で不正入場がほぼ不可能らしいのですが、街全体がそういった謎技術やら、最新技術やらの実験場らしいので、イベント関係なく物好きな観光客が多いんですよね。


「それじゃあ、モニターが見やすい位置も考えとくよ」

「お願いね。さて、茜、土曜日の服準備しとくからね」


 ついこの間タンスの中を並び替えていたはずですが、それとは別に服を一組用意されてしまいました。まぁ、いつものことなので、気にすることはありませんね。自分で考えなくて……、そもそも一番上から取るので考えていませんね。


「そういや、俺のクラスメイトも何人かいくらしいけど、そっちは?」

「知らない」

「聞いてないよ」


 私がクラスメイトの連絡先を知っているわけないじゃないですか。例え知っていたとしても、わざわざ聞きませんよ。


「……聞いた俺がバカだった」

「合流するの?」

「いや、入場の時間が違うから、すれ違ったら挨拶するくらいだ」

「そうなんだ。ところで茜、明日は泊まっていい?」

「私の部屋でいいの?」


 もう一人の方へ視線を向けますが、知らんぷりをしていますね。


「そこ以外ないでしょ、まったく」

「それじゃお布団出しとくけど、回線も用意する?」


 うちは四人家族ですが、全員が一緒にフルダイブをしても余裕があります。フルダイブ技術が登場したばかりの頃はあちらこちらで回線がパンクしていたようですが、今は回線が問題になるケースはほとんどありません。そもそも、両親はフルダイブをあまりしないので、二人でも余裕ですし。


「借りれるなら、貸して欲しいな。みんなが茜も誘って金曜の夜にイベントダンジョン行こうって言ってるし」

「そなの? なら、予定あけとく」


 この後お昼になったので伊織も食べていくことになりました。





 午後のログインの時間です。まずはいつもの様に日課をこなし、その後でセンファストのある場所へと向かいました。


「オババオババー」

「何じゃ小娘、最近は静かじゃと思っとったのに」


 うーん、久しぶりですがこの反応、いいですね。


「魔石と魔力紙買いに来ましたよ。後、中級魔法を刻印出来る紙ってありません?」

「【魔力皮紙】のことかのう。あれはこの街じゃ手にはいらんからのう。東へ二つ行けば、手に入るぞ。行ければのう」


 なるほど、エスカンデよりも東の街ですか。特に調べていませんが、今の最前線って北だと聞いた覚えがあります。涼しい雪国を求めているらしいのですが、これは随分先になりそうですね。


「そうですか。とりあえず、買い物を先に済ませますね」


 魔石(小)と魔力紙を100個ずつ買ったのですが、いつの間にか魔石(中)の取り扱いが増えていました。値段は魔石(小)100個分と同じなので、お得にはなりませんね。


「ところで嬢ちゃん、それはどうしたんじゃ?」

「……ああ、不滅の水ですか? 北西の方にある滅んだ泉で汲んだんですよ」


 オババにわざわざ聞かれるような持ち物なんてそれくらいしかありませんよね。


「そうかそうか。嬢ちゃんも行ったのか。あっちの娘も行っとったからのう。不思議はないわい」


 そのあっちの娘ことリコリスに連れて行かれたのですが、そのことは黙っていた方がいいんですかね。うーむ。


「リコリスに頼まれたんですよ。移動に便利な魔法を覚えたので」


 オババに隠し事をしてもいいことはなさそうなので、正直に話しておきましょう。思いがけず何かを教えてくれるかも知れませんし。


「ほう、そうかのう。お主も、蘇生薬を作るのか?」


 んな! 予想外に好感度が上がりましたよ。ですが、オババにお主と呼ばれるのはどうにもむず痒いですね。これは性に合いませんよ。


「いやー、今の私には無理だと思いますよ。必要な素材も知りませんし」

「教えてやってもいいが、自らの力量をわかっとるなら、作れると思った時に声をかけるんじゃな」

「そうさせてもらいます」


 さて、それでは早速魔術書を作りましょう。スキルの魔術書を選んで、素材を確認し、確定っと。

 黒くボロい魔術書が出現しました。そして、それを手にした瞬間、警告が表示されました。これは――。


「なんじゃなんじゃ小娘、その杖と本は同時に使えんぞ」


 その通りです。魔術書は武器の装備欄を片手の分潰すので、私の両手杖とは競合してしまいます。今はただ持っているだけなので大丈夫ですが、このままでは魔術書は使えませんね。そして何より、一番気になることは、オババの好感度が一気に下がったことです。まぁ、このくらいの扱いの方が気楽なのでいいですが、短時間でもの凄い上下しましたね。

 とりあえず、スペルページを作るのに魔力紙と魔石(小)が必要なので、追加で魔力紙を100枚、魔石(小)を200個買っておきましょう。魔石は基本的にクランの倉庫に入れているので手持ちがありませんでしたし。

 ちなみに、スペルページは現状、魔法書のスキルレベル以下の魔法を各属性1ページまでしか作れないので、作れるのを作っておきましょう。ちなみに、複合属性である雷・鉄・空間魔法と付与魔法はまだ作れません。そのため、ランス系4種と、シャイン・シャドウ・マジックボルト・ハイヒールの計8ページを作り、魔術書に綴じました。これだけで魔法書がLV9になったのですが、他に作れる属性がないので、地道に使うしかありません。


「うーん、片手杖はなー」


 私の目指す魔女像は両手杖なので、片手杖を使う気にはなれません。とりあえず、インベントリに入れて後で何か考えるとしましょう。





 昨日の続きをするために光輪殿へとやってきました。姫巫女様の部屋への立ち入り許可は貰いましたが、4階に階段なんてありましたっけ? クエストの前にざっくりと見ましたが、何もなかった気がするんですよね。まぁ、4階の女中を捕まえて聞けばわかるでしょう。


「お待ちしておりました」


 そう思っていたのですが、捕まえる前に捕まってしまいました。4階へと続く階段を登っている間には人影がなかったのに、登りきった瞬間に姿を表して声をかけてくるなんて……。


「何奴」

「姫巫女様のお世話役をしております」

「そ、そうですか。それで、姫巫女様の居室ってどこですか?」

「それは、姫巫女様の無聊を慰めていただけるということでしょうか?」


 ピコン!

 ――――クエスト【光輪殿・五階】が開始されました――――

 光輪殿の姫巫女の相手をしよう

 ――――――――――――――――――――――――


 あー。つまり、姫巫女様に会いたければクエストを受けろということですね。まぁどのみち守り人の里の陣営所属としては、姫巫女様に合う必要がありますし、報酬もあるはずなので、素直にクエストを受けましょう。


「そういうことです。ちなみに、従魔を召喚しても大丈夫ですか?」

「ええ、姫巫女様に危害を加えることは不可能ですから」


 街中は一応セイフティゾーンのはずですから、ダメージは与えられませんよね。襲撃者とかいるせいで、妙な変更点がありそうですけど。

 そのまま女中さんに案内され、妙な個室へと連れて行かれました。この部屋は全面板張りで、何かの文字が書かれています。識別やら言語学やら看破やらを駆使して読んでみようと思ったのですが、まったく読めません。唯一読めるのは四という文字だけですね。これはスキルレベルの問題なのか、読めなくされているのか、達筆過ぎるのか、どれなんでしょうか。

 女中さんと一緒に部屋に入ると、文字が光り、一瞬の浮遊感がありました。それがきっかけなのか、唯一読めた四という文字が、五に変わっていたので、これが5階への出入りの方法のようです。

 その部屋から出ると、廊下扱いのような場所と、用途別にいくつかの部屋があるようです。その内の一つに案内されたのですが、外が見えるようになっており、中々の眺めですね。

 大人しく座って待っていると、すぐに姫巫女様がやってきました。


「そちがこの間の料理を作った者か?」


 ロリっ子です。色白のロリっ子ですよ。そんな子が偉ぶって話しています。これはもう可愛いとしかいいようがありませんね。


「そうですよ」

「うむ、大変美味であった。褒めて遣わす」


 白く長い髪に色白の肌、そして純白の巫女服と、まったくもって可愛い子ですよ。細い体ですが、あの頬はぷにぷに出来そうですね。ただ、女中さんがまだいるので、ここで不用意に愛でるのは危険ですね。


「ありがとうございます」


 うずうず


「して、そちは他に何か出来るのか?」

「そうですねぇ……」


 相手をするというどうとでも取れる内容なので、このロリっ子と遊んでいても良さそうですね。それではまずは、人手……烏手と狸手を増やしましょう。


「【召喚・ヤタ】【召喚・信楽】」

「ほほう、使い魔か。触ってもいいのか?」

「ヤタと信楽に聞いてください」


 触っても怒らないかどうかはヤタと信楽次第なので、私の一存では決められません。姫巫女様は信楽の前に座り、じっと見つめています。やはり、モフモフが優先のようですね。ヤタは我関せずと言ったふうに振る舞っているので肩に乗せておきましょう。ヤタの素晴らしさがわからないとは、まったく。

 ちなみに、いつの間にか女中さんはいなくなっていました。それでは気兼ねせずに愛でましょうかね。

 信楽と見つめ合っている姫巫女様の背後へと周って腰を下ろし、脇の下へと手を入れ軽く持ち上げ、そのまま私の膝の上に座らせました。


「……そち、どうした」

「信楽、おいでー」


 私の膝の上に座っている姫巫女様の膝の上に信楽を座らせます。こうしていれば自然と姫巫女様を愛でられるので、誰もが得をする構図です。


「うむ、悪くない」

「確かに、悪くないですね」


 信楽をモフモフしている姫巫女様の頬に触れてみると、とても柔らかいですね。表情はわかりませんが、楽しそうな気がするので、一つ聞いてみましょう。


「姫巫女って役職名ですけど、名前、何ていうんですか? 私はリーゼロッテです」

「うむ、我は光の姫巫女。それだけだ」


 ……ああーー、そういう設定ですか。中途半端に重いやつじゃないですか。しかも、場合によっては重さが増すやつですよ。こう、出生の秘密とか、儀式の内容とかで、エグってくるやつじゃないですか。

 まぁ、このゲームは全年齢対象なので、そこまでエグくないと信じたいですが。


「そうですか」

「リーゼロッテは、何故にそのような話し方をしているのだ? 話しやすい話し方でよいぞ」


 姫巫女という立場がある相手だったので、少し気を引き締めていましたが、本人から許可が出た以上は、遠慮する必要ありませんね。


「そう。それじゃあ遠慮なく。それにしても可愛いなー。持って帰りたい」

「……この信楽をくれるのであれば、考えるぞ」


 ふっ、甘いですね。


「信楽には自由意志があるから、却下だよ」

「ふむ、自由意志か。我には……」


 あ、まずった。


「ところで、信楽をモフモフするだけでいいの?」

「リーゼロッテ、そちは何が出来るのだ?」

「えーと、魔法と料理と調合と錬金だよ」

「料理といえば、この間のは美味であった。前にも似たような物を食したことはあるが、あの時は辛くて大変だったぞ」


 誰ですか、子供相手に辛いカレーを作ったのは。一度だけあった姿を見る機会はかなり距離があったので、ちゃんと見ておけとは言えませんが、見張りの女中さんがいたのですから、聞けば教えてくれたでしょうに。


「いやー、それはよかった。たまたまあった手持ちの素材を持ち込んだから、気に入って貰えるか不安だったんだよね」

「そうなの――」

『KAAAA』

『TANUTANU』


 突如、ヤタと信楽が騒ぎ始めました。まったく、ここでも襲撃ですか。


「曲者みたい」

「そうか。者共、出会え」


 周囲が慌ただしく動き始めました。ですが、この部屋に入ってくる雰囲気はありませんね。まったく、ちゃんと働いて欲しいものです。しかたないので、私が何とかしましょう。

 私の膝の上にいる姫巫女様は体の前で手を合わせて何かをつぶやいています。魔力視で見てみると光属性の魔力が集まってきています。そして、少しずつ手が離れていきますが、その場所には魔力の塊が浮かんでいます。何かの魔法なのか、姫巫女専用スキルなのか気になりますが、事前に敵が来るとわかっていればこうして時間のかかる準備も出来るということですね。私も杖を取り出し、魔法陣を描き始めます。

 襲撃者がやってくる方向はヤタと信楽が教えてくれるので、注意をそちらに向けていれば何の問題もありません。

 そして、魔法陣を描き終えたので、遅延発動で発動待機状態にします。この程度のMP消費は連続しない限り問題にはなりません。

 そして、天井の上から一人の影のようなものを纏った忍者型MOBが降りてきました。


「もう少し……」


 姫巫女様の方は準備が終わっていないようです。それでは私の出番ですね。


「【ホーリーランス】」


 ここは光輪殿ですし、膝の上にいるのは光の姫巫女様です。なら、使う魔法は光属性ですよね。相手である忍者型MOBが闇属性というのもわかっていたのですが、襲撃者はこちらの弱点を突く属性なのかもしれませんね。まぁ、お互いに弱点である光と闇の関係性のせいで、すぐに退場してもらうことになりますが。


『ONORE』

「襲撃者よ、龍の結界は壊させんぞ。……ふん」


 姫巫女様の手の間にあった光の玉がMOBへと放たれ、影のようなものを吹き飛ばしました。のこされたMOBはぐったりしたまま動きませんが、生きてるんですかね? 場合によってはトドメをさしますけど。


「姫巫女様、ご無事ですか」


 ああ、イベント戦闘が終わったようです。動く気配のないMOBを女中さん達が連れ去ってしまいました。ちなみに、姫巫女様を膝の上に乗せていることについては何も言われなかったので、どうどうとする他ありません。

 姫巫女様がどこかへ行こうとしますが、つい反射的に抱きしめてしまい、両手を前に漂わせる結果となりました。まるで、私から逃れようとしているようです。……逃しませんよ?


「リーゼロッテ様、姫巫女様の護衛、ありがとうございました」

「いえ、ヤタと信楽が気付いてくれたので」

「ですが、貴女の使い魔である以上、貴女の功績です」

「そうですか」


 この後は私が手を離さなかったせいで姫巫女様が私の膝の上から女中さんたちに指示を出すことになりました。何とも言えない光景ですが、まぁ可愛いのでよしとしましょう。


「リーゼロッテ、そちにも感謝する。褒美を与える故、何か欲しいものはないか?」

「んー、こうしているだけで十分かな」

「そういうわけにはいかぬ」

「じゃあ、他の姫巫女様を紹介してよ」

「そちは……我の元にいてくれないのか?」


 く……、姫巫女様が振り向きながら上目遣いで寂しそうにしています。こんな表情をされたら抱きしめるしかないじゃないですか。


「うーん、いたいけど、姫巫女様同士なかよくしてるところが見たいんだよー」


 それぞれの属性の姫巫女様ですから、光の姫巫女様とは髪と巫女服の色が違うだけという可能性が高いです。そんな子達が仲良く遊んでいるところ、見れるものなら見たいじゃないですか。


「……そちの作った料理を振る舞えば、姫巫女の居室への立ち入りは認められると思うぞ」

「いやー、素材の残りが不安なのと、予定が詰まっててね……」


 不滅の水は大量にありますが、オチールには限りがあります。後7個くらいなら使っても問題ないですが、時間がかかるんですよね。


「そうか。材料はものによるが、それさえ何とかなれば、こちらから手を回して渡すことは出来るぞ。我も料理番に再現をさせているが、持ち込んだ素材がわからぬと嘆いておったしな」


 ……あれ、もしかしてまた食べたいだけですか? オチールの再入手は復刻次第で可能ですが、他社とのコラボなので、復刻は難しいでしょう。仮にあったとしても、早くて来年でしょうし。


「それじゃあ、レシピ教えるし、持ち込んだ素材を7人分渡すから、他の姫巫女様に取り次いでよ」

「だめじゃ。八人分なら取り次ごう」


 姫巫女様が頬を膨らませながら八人分だと主張しています。つまり。


「自分もまた食べたいと……。しょうがないなー」

「本当か?」

「本当本当」


 姫巫女様が目を輝かせながら手を叩きました。それを合図に、料理をしたときの女中さんが入ってきました。


「リーゼロッテから承諾を得た。しっかりと学ぶように」

「はは」


 何でしょう、女中さんから敵意を向けられているような気がします。これはまずいですね。普段は気付きませんが、これはクエストに関わるので、ちゃんとしないといけません。


「えっと、多分持ち込んだ素材のお陰なので、本職の人の方が美味しく作れると思いますよ」


 ちゃんとよいしょしないといけません。そして、不滅の水で満たされた樽とオチール9個入りの袋を取り出しました。


「こっちが水で、こっちのオチールが仕上げに入れたやつです。9個入りなので、残りは自由にしてください」


 この後に手順を詳しく説明しましたが、詳しく説明するほどのことはありません。そのため、すぐに終わりました。これで何とかなるでしょう。


「では、これから試作に入ります」

「うむ、任せたぞ」

「はは」

「リーゼロッテ、あの者は優秀故、明日には他の姫巫女の口に入ろう。そうしたら……、そこの忍び、降りてまいれ」


 その瞬間、恐らく守り人の里の忍者さんらしき人が天井から降りてきました。そこにいたのなら、さっきの襲撃者を撃退してくれればよかったのに。


「騒ぎを聞きつけてきたのでござるが、もう終わっているようでござるな」


 チッ、全部終わってから来るなんて、使えませんね。


「リーゼロッテ、やはりそちは守り人の里の関係者なのだな」

「ふっふっふ、知られてしまいましたか」

「大人しく認めるとは、変わっとるのう」

「変わってるよ」

「まぁよい。そこな忍び、話は聞いていたはずだ。他の姫巫女達がリーゼロッテに居室への立ち入り許可を出したのなら、教えてやるがよい」

「承ったでござる」

「リーゼロッテ、そろそろ時間である。今日は大儀であった」


 偉ぶってるロリっ子は可愛いですねぇ。逃す気はなかったのですが、逃げられてしまいました。一つ問題があってここから動けないのも見越した上での行動なのでしょうか。

 ええ、姫巫女様を膝の上に乗せていたせいで足が痺れてしまいました。一人で正座をしていても痺れないのですが、誰かを乗せていると痺れるのでしょう。きっちりとデバフの表記まで出てますから。ちなみに、復讐と言わんばかりに痺れている足を突かれました。

 その後は追い出しに来た女中さんに連れられ4階へと戻りました。基本報酬の大判1枚と追加報酬の中判5枚を手に入れたので、中々な報酬ですね。ついでに4階のクエスト結果も共有出来そうですし。さて、今回のクエスト、地味に時間がかかりましたが、まだログアウトするには余裕があります。樽は回収しましたが、その中身は全部渡してしまったので、補充に行きましょうかね。ついでに樽の補充もしたいですし。





 そんなわけでセンファストにある生産クランへとやってきました。受付で雇われているNPCに声をかけ、大きい樽を20個購入しました。知っている人でもいれば補充のついでに連れて行こうかと思ったのですが、誰もいないので、一人で行ってしまいましょう。

 テレポートで一瞬で移動すると、滅んだ不滅の泉が滅んでいませんでした。これは先客がいるようですね。しかたないので、石版と睨めっこをしてスキルレベルを上げましょう。

 歯抜けになっている説明文が少しずつ埋まっていくのですが、下側の文章にはまったく変化がないんですよね。凄く薄いので看破のスキルレベルが上がらなければ、気付けませんでしたよ。

 まぁ、何かあると気付いただけで、何かはわかっていませんが。うーむ、何でしょうこれ。


「おやおや、この前の魔法使いじゃねーか」

「ああ、ディートさんですか。この前ぶりですね」

「ああそうだな。こっちはもうすぐ終わるぞ」


 悪徳商会に所属はしていても、直接的な対立関係にある生産クランのメンバーでない限り、面倒くさそうなからみはしてこないようですね。


「そうですか」


 ディートさんが従えているハチ型従魔の下腹部が膨らんでいますね。あの辺りは本来蜜を貯めておく場所だと思うのですが、きっと不滅の水を貯めているのでしょう。


「なんだ、ミッツに興味があるのか?」

「興味があるかないかでいえば、ありますよ」

「そうか。だが、教えられねーな」

「まぁしかたないですよね」


 ディートさんの方は作業が終わったようで、不滅の泉が再び滅びました。今度は私の番なので、水が出る場所まで行って、MPを流し込みましょう。


「アンタ、魔石を使わずに水が汲めるのか」


 かすかにそんな声が聞こえましたが、水に飲まれている私には返事をする方法がありません。脱力しながら空の樽を放出し、不滅の水で満たされるのを待ちます。

 さて、静かになったので、反応しましょう。


「リーゼロッテでいいですよ、ディートさん」

「ほう、アンタがあのリーゼロッテか。これは取り込めなかったのはかなりの痛手だな」

「サービス開始時ならともかく、今更私が何かを見つけることなんて、ありませんよ」


 情報クランもあるようですし、調べるのが大好きな人達が草の根を分けて何かを探しているはずですから、取り込んだところで、利点なんてありません。


「そうか。……なぁ、俺達に生産クランの情報を流す気はないか?」


 今度は間者をやらせる気ですか。ああいうのは何かしらの技能が必要なので私には無理です。ですが、話だけは聞いておきましょう。


「対価は?」

「そうだな。情報の価値に応じた金だ。もちろんゲーム内通貨だけどな」

「そりゃそうですよ。ですが、残念、お金には困っていません。それと、スパイ行為は生産クランの人との取引に悪影響を及ぼすので却下です」


 現状、シェリスさんとこのディートさんのどちらを優先するかは、天秤にかけるまでもありません。残念でしたね。


「そうかい。ま、悪徳をプレイスタイルに出来ないのなら、関わらねー方がいいさ。じゃあな」


 そう言ってディートさんは歩いて戻っていきました。徒歩で往復とは、随分と面倒なことをしますねぇ。これはリターンでも需要は高そうです。

 この後、樽を不滅の水で満たし、石版と睨めっこしてからログアウトしました。

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