7-9

 祝日の夜、ログインの時間です。

 日課をこなしながらアミュレットの準備についての話を聞いていると、どうやら魔宝石は必要数がそろったようです。ハヅチがまとめて強化してきてくれるそうなので、自分でやりたいと言わない限りは任せておいて大丈夫です。

 強化は何段階もあるそうですが、今のところ、素材的に2回目は無理だと判断しているようです。つまり、ある程度のデバフは許容する必要があります。まぁ、リジェネで相殺出来ればいいのですが、それは期待しすぎですかね。

 そんなわけで、私は錬金ギルドのクエストを続けようと思います。スクロールは最近使っていませんでしたが、それに代わる攻撃手段ですし、強化方法があるのなら出来るようにしておきたいものです。

 今回は最初から流す量を約3倍に固定し、手早く処理を続けました。そして、その途中――。


ピコン!

 ――――クエスト【ホムンクルス作成】が開始されました――――

 錬金ギルドを訪れよう

 ―――――――――――――――――――――――――――――


 おや、錬金術のスキルレベルが40になったようです。早速作り始めてもいいのですが、出来るようになったばかりのことというのは、スキルレベルの上りはよくても、成功率は悪いものです。ここは、応用理論のこともありますから、もう少し合成獣のクエストの方を続けましょう。

 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 クランハウスと錬金ギルドを何往復したのかは数える気がなかったのでわかりませんが、クエストの納品をした時、受付のNPCから違った反応がありました。


「そろそろ抽出にも慣れたと思うので、次の段階へ進んではいかがでしょうか?」

「次の段階ですか?」

「はい。1体の合成獣を用意してください。その出来を見て、応用理論を渡すに値するかどうかを判断させていただきます」


 おっと、この段階で自前の合成獣を用意しろといいますか。素材集めが面倒なので依頼主持ちのクエストを受けていたというのに。


「ちなみに、ホムンクルスについては?」

「あちらの売店で【ホムンクルスに関する基礎理論】をお求めください」


 あ、はい。

 流れは合成獣と同じなのでしょう。


「わかりました。ちなみに、これの加工って錬金的にはどうすれば出来ますか?」

「……随分と珍しい物をお持ちですね。今の貴女では基礎的な能力が足りません。是非とも今ある課題をこなしてからにしてください」

「わかりました」


 つまり、スキルレベルを上げろということですね。

 ちなみに、応用理論を手に入れると、抽出機のアップグレードが出来ると言われました。アップグレード次第では、抽出の時間が短くなる機能が付いたりするらしいので、魔力操作がなくても流すMPの量を増やせるようになるのでしょう。それでは、【ホムンクルスに関する基礎理論】を10,000,000Gで買ってログアウトです。





 金曜の夜、ログインの時間です。

 レイドは明日の夜になったので、ハヅチはその打ち合わせに行くそうです。


「時雨ー、合成獣作ろうと思うんだけど、どんなのがいいかな?」

「好きなの作ればいいと思うよ」

「……だよねぇ」


 まぁ、私が聞かれても同じことをいいますから。


「肉壁に使えるMOBって何がいいかな?」

「オークとか、オーガとか、ゴーレム系?」


 ふむふむ。オークやオーガは純粋に強そうですし、ゴーレムは盾持ちのがいましたね。ただ、一つ気になることがあります。錬金ギルドの抽出クエスト、あれにゴーレム系がなかったんですよね。もしかしたら、ゴーレムは別の方法で作れるので、合成獣では作れない可能性があります。

 それと、強いMOBほど素材の数が必要になるので、作るだけならセンファスト付近のMOBでもいいかもしれませんね。


「ねぇねぇ、素材の買い取りでこのMOBからドロップしたやつって指定できる?」

「出来るよ。商人クランの検索機なら残ってる内部データを参照できるらしいから」


 それはいいことを聞きました。便利な機能は多少の制限がかかっているくらいがちょうどいいですし。それでは、センファスト付近のMOBで必要な素材の数を調べてからにしましょう。


「そんじゃ、ラビトットにしようかな」


 本気で作るのであれば、いろいろと吟味したいですし、応用理論を手に入れてから出来ることを見て考える必要がありますから。仕様を確認する限り、1体しか作れないことは無さそうですし。


「それはいいけど、もうちょっと魔宝石集めてきてもらっていい?」

「そんなに必要?」

「特殊糸は結構な数のプレイヤーが表に出したけど、魔糸の系統は全然出てこないから、知ってるプレイヤーあんまりいないみたい」

「ほうほう。そりゃ稼ぎ時だ」

「それと、聞いときたかったんだけど、罠魔法ってどんな魔法なの?」


 あー、グリモアには説明しましたが、時雨には何も言っていませんでしたね。


「そんじゃ、教えてあげる」


 取得方法も含めて詳しく説明しておきました。すると――。


「それなら――」


 ふむふむ。なるほど、そういう使い方もあるわけですか。確かにあれは枚数に制限がありますから、今回に関しては使えそうですね。

 そんなわけで便利な使い方を教えてもらったので、今度試してみましょう。

 今日は、この後ログインしてきたグリモアと一緒に話しながら採掘してログアウトしました。





 土曜日の午後、ログインの時間です。

 ハヅチが昨日の打ち合わせで決まった内容を伝達するのですが、不参加の場合は長文が送られることになっています。

 まぁ、大まかな役割分担についてがほとんどです。

 それぞれのパーティーの位置取りと、担当する節についてが大半を占めています。あの薙ぎ払い攻撃を誘発してしまうと、状況によっては壊滅するので、絶対に周囲を取り囲んではいけません。他にも、複数の外皮を破損した場合に、どんな変化があるのかわからないので、様子を見ながらユリアさんが指示するそうです。

 薙ぎ払い攻撃は、命中部位とプレイヤーの重量によって吹き飛ばされる距離が違うと予測を立てているそうです。だからと言って、今更金属系の装備を用意する気にもならないので、誘発しない方向で考えるそうです。まぁ、あの攻撃が発生したら、各自で何とかするしかありません。

 なお、みんなからマジックジュエルの作成を依頼されたので、刻印することになりました。まだ強化は出来ませんが、魔宝石というか、紙ではなく石という点が利点になることもあるそうです。投げて渡したり出来ますからね。


「ねぇ、リーゼロッテ、ちょっと試したいことがあるんだけど」


 マジックジュエルになった魔宝石を見ながら時雨が何か気になったようです。


「何?」

「ウォール系の上限ってどうなるんだろうね」

「さぁ?」


 試したことはありませんね。まぁ、一人3枚なので、それは覆らない気がします。


「よーし、あたしが試してくるよ」

「任せた」


 突然モニカが立候補したので、量産したストーンウォールのマジックジュエルを押し付けました。ついでに、スクロールも渡したので、いろいろと調べてきてくれるでしょう。


「後もう一個」

「何?」


 今度はレイドを開始するための【生命の炎】を取り出しました。


「これって、オーブ化出来る?」

「あー、どうだろ」


 そういえば試していませんでしたね。二つありますし、あそこのダンジョンはそこまで難しくないので、気軽に試してみましょう。


「【オーブ化】」


 おや、出来ましたね。


――――――――――――――――

【オーブ・リザレクトアップ】

 効果:蘇生時HP回復量+30%

 アクセサリスロット+1

 装備場所:アクセサリ

――――――――――――――――


 ふむふむ、珍しい効果とでもいうのでしょうか。それと、二つほど気になる点があります。


「ねぇ、アクセサリってスロットエンチャントできたっけ?」

「そういえば、試してなかったよね」


 オーブにアクセサリ用が出なかったので、出来ないと思っていましたが、どうやら出来るようです。身に着けている装備のアクセサリにスロットエンチャントをして、他のオーブを付けてみようとしましたが、全部位や防具に着けられるオーブが付けられなかったので、あくまでもアクセサリ用のオーブしか付けられないようです。


「デメリット効果付きのオーブも初だよね」


 もう一つの気になる点、それはこのアクセサリスロット+1という効果です。アクセサリの枠が増えるのではなく、アクセサリが要求する枠が増える効果です。今はアクセサリスロットは2なので。1消費するアクセサリにこのオーブを付ければ装備出来ます。けれど、基本的にソロで動き回っているので、これを使う必要性はありませんね。


「うーん、あるといいけど、そこまで必要でもない効果なのに、デメリットを考えると使わないかな」

「だよねぇ。消費型でいいから、自動蘇生効果なら使うのに」

「リーゼロッテは、そうじゃないと意味ないもんね」


 この後、モニカ達が実験から帰ってきたのですが、残念ながらウォール系の枚数制限は超えられなかったそうです。まぁ、ディレイ中でも使えるという利点があるので、よしとしましょう。

 他にも、レイドに向けて立ち回りの話し合うなど準備をしていると、アイリスがやってきました。


「全員分の強化、終わらせてきたぞ」

「全員分、ありがとうね」


 素材の内容からハヅチか時雨が担当するはずでしたが、最後はアイリスが行っていたようです。まぁ、必要な素材がわかっていれば、それを作れるハヅチや時雨である必要はないとうことでしょう。


――――――――――――――――

【鎮火のアミュレット】

 火を鎮める力を持ったお守り

 アクセサリ1枠

 燃焼軽減……小

 燃焼耐性……小

――――――――――――――――


 ふむ、確か防火のアミュレットの時は燃焼軽減が極小でしたね。それが小になり、耐性もついています。


「これが一段階強化?」

「正確には、1段階強化と能力の追加かな。強化クエスト進めると、強化方針を選べるようになるの」


 防火のアミュレットの場合、軽減の強化と耐性の追加で、ある程度強化すると名称が変わるそうです。

 これを忘れずに装備しなければいけません。ええ、装備は装備しないと意味ありませんから。


「よくそんなに強化出来たね」

「一段階目の強化で魔宝石糸用意したでしょ。そしたら、耐性追加に必要な素材をザインさんが持ってきたの。まぁ、ハヅチが討伐成功したら鞄と魔宝石糸の優先販売するって言ったら我先にって感じで素材探してきたけどね」


 ……何ともまぁ、そこでちゃんと販売と言うところは、しっかりしてますねぇ。そんなわけで、予定以上に強化が出来たということです。最後の発狂モードの確認は出来ていませんが、これはもう勝ったも同然でしょう。


「お、まだいたか」


 おや、ハヅチが戻ってきました。


「どしたの?」

「せっかくだから、試作してみた」


 そういって投げつけて来た布を広げてみると、どうやら外套のようです。外が黒で、内側が赤なので、今の外套と同じですが、触ってみると外側の何ヵ所かツルツルしている場所があります。けれど、色の違いはなさそうです。


「装備してみ」

「そんじゃ、遠慮なく」


――――――――――――――――

【魔女志願者の耐燃外套・二式】

 魔女を目指す者が身に着けている涼し気なローブ

 内側には赤い布が使われている

 外側には魔力を効率よく伝えるためのラインが引かれている

 耐久:100%

 防御力:=

 魔法防御:▲

 INT:▲

 MP:▲

 MP回復量:▲

 燃焼耐性:極小

――――――――――――――――


 おやおや? 魔法的な性能が上がっていますね。その上、燃焼耐性すらついていますよ。


「成功だな」

「何が?」

「わー、凄い」


 メニューを見ている私には耐性以外の凄い点がわかりませんが、この外套には何か仕掛けがしてあるそうです。


「袖、見てみ」


 時雨がそういうので見てみると、少し青く光るラインが一直線に肩から袖口まで伸びていました。さっきは何もなかったんですがねぇ。……あ、ここ、手触りの違った場所ですね。

 私からは見えませんが、背中の方にも少し青く光るラインがあるそうです。


「おー、凄い」

「魔宝石糸使ってみたんだよ。魔法面のステータスが上がるから魔法使い向きだし、実験しても文句言わねーだろ」

「まぁね」


 問題はどちらかといえば涼し気なので、これを常用出来ないという点ですね。完全に今回のレイド用ですよ。


「汝、その衣はどうだ?」

「んー、そうだねぇ。形は今までと変わらないから動きの邪魔にはならないし、これはこれで魔法的だよね」


 この光るラインが模様を描いていれば更に魔法的ですが、これは直線なので発達しすぎた科学的です。けれど、それは魔法と区別がつかないといわれているので、魔法的と言っても問題ありません。


「ちなみに、ちょっと魔法使いが必要な加工があったから、グリモアに手伝ってもらった。量産する時は手伝えよ」

「グリモアも関わったんだ。これはいいよ。いいものだよ。それとハヅチ、お姉様に頼みごとをするなら、それなりの態度が必要だよ。まったく、普段だったら折檻ものなのに」


 ちなみに、グリモアの対価は、この技術についてだそうです。いつもゴシック系の装備を頼んでいるシャルロットさんに作ってもらうつもりだとか。

 この光る部分をどうやったのかはわかりませんが、こういうゲーム的な仕掛けを仕組むのは得意なんですよねぇ。まぁ、装備を戻してレイド前に着替えましょう。涼しい装備で外に出ると寒いですから。

 そんなわけで、レイドの準備をしてからログアウトしました。





 夜のログインの時間です。


「こんー」


 いつもの様に定型文であいさつをした後、忘れ物の有無を確認してから集合場所へと向かいます。

 集合場所が街中なので、レイドを組んだらすぐにテレポートで不滅の泉へと移動します。流石に36人も集まっていたら邪魔ですから。まぁ、テレポートが使えるプレイヤーは必要に応じて往復することになりますが、今回は戻ってこなくていいと言われたので、砂漠で装備を変えましょう。


「へくち」


 うーむ、砂漠は暑いのですが、冬仕様で少し気温が下がっており、そこに涼しくなる装備を着けたら、寒くなりますよね。


「しーぐーれー」


 こういう時はくっついて暖を取るべきです。


「あーはいはい」


 抵抗するそぶりを見せずに抱き着かれているので、しっかりと堪能しましょう。


「あら、装備変えたのね」


 声のする方へと顔を向けますが、ふむ、視界が完全にふさがっていますね。


「ユリアさんだよ」

「あんがと。実験品らしいです」

「その光る部分の実験かしら?」

「だと思います」


 それ以外にも魔宝石糸を使ったらどうなるかの確認も含めていたのだと思いますが、前の装備のと違いがわかるわけでもないので、言う必要もないでしょう。


「触ってもいいかしら」

「どうぞ」


 そういうと何やらローブが引っ張られる感覚がします。まぁ、触っていいといったのですから、当然のことですね。


「これ、どうなっているのかしら」

「わかりません」


 そんなことをしていると全員がそろったようです。


「みんな今日はよく集まってくれた。前回は失敗したが、必要な情報も、必要な装備も手に入れた。今度こそ、俺達が勝つ」


 それだけ言うと、付与をするよう言われたので、それぞれのパーティーが水属性を付与しました。一応、水属性を付与した方が燃焼のデバフになりにくい可能性があるためです。

 それを見届けると、レイドを開始するためのボタンを押したようです。


『KIIIII』


 甲高い鳴き声が聞こえ、砂の下からフェニックスが私達を乗せて飛び立ちました。

 前もって位置取りを確認しているので、既に配置は完了しています。

 まぁ、砂が落ち切らないとボス戦は始まらないので、砂と一緒に落ちないように注意しながらボスが姿を現すのを待ちます。

 下では寒かったのですが、燃えているフィールドでは少し暖かいくらいになりましたね。


「【リジェネ】」


 全員がしっかりとアミュレットを強化していたので、今のところは燃焼のデバフになるプレイヤーはいません。けれど、いつなるかわからないので、事前にリジェネはかけておきます。前衛のプレイヤーはカスダメを受けることもあるので、毎回ヒールを使うよりも二人で維持した方がいいという判断です。

 これは無詠唱で威力減少に設定していても回復量が変わらないと教えてもらったので、積極的に活用しましょう。


『PARARARA』


 リジェネの後に全員への付与を行っていると【パラサイトグレイド】の全身が姿を現し、HPバーが出現しました。

 その姿は前回と変わらず、4対8本の足で、クマムシがモデルと予想されているのですが、よくわかりませんね。


「攻撃を開始する」

「1番担当、外皮を破壊してちょうだい」


 1番上の頭部分担当の魔法使いが火と水の魔法を交互に使い始めました。

 それ以外の魔法使いは、属性の相性に注意しながら魔法を使います。


「【ストリームレーザー】」

「【ゲイルレーザー】」


 水属性による攻撃の後、しばらくの間は物理防御力が下がるようなので、長時間それを維持できるよう、属性をばらけさせる必要があるからです。

 乾いてしばらくしたら前にいる時雨が教えてくれるので、それに合わせて交互に水属性を使えばいいので、クールタイムの問題はないはずです。


『PARARARARA』

「1番、外皮に変化あり」


 順調にHPを削っていたところ、一番上の外皮にひびが入ったようです。後はそこに一撃与えればいいので、鉄属性を放っています。すると、のけぞる仕草をみせました。


「次は5番をやるわ」


 上から順に、ではなく、次は一番したのようです。まぁ、他のプレイヤーが多いので、ある程度近くからよく狙わなければいけません。そのため、5番を担当しているのは、一番プレイヤースキルが高いであろうユリアさん達です。

 狙いやすさでは、2番と3番は簡単そうなので、私達に割り振られています。


「頭の攻撃、威力が下がったぞ」


 前のプレイヤーからの報告が上がりました。

 頭部が柔らかくなったので、勢いよく体を叩きつける攻撃で、ボスの頭を盾で受けたプレイヤーが衝撃からそう判断したようです。私にはまったく理解できない感覚ですね。


「5番中止、2番をお願い」


 攻撃部位の外皮を割れば防御力だけでなく、その部分の攻撃力も下がるようなので、足のある部分を先に割るようですね。では、私とグリモアの出番です。


「よっし、一巡したら交代ね」

「承知」


 まずは私が水属性を担当し、一通りの魔法を使ったらグリモアが水属性を担当します。前回と同じであれば、一巡する頃には終わるはずです。

 ………………

 …………

 ……

 付与やリジェネを維持しながら水と火の属性魔法を放っているのですが、燃焼のデバフに関して、ある程度の耐性があっても、やはり完全には防げないようです。何度か治療する必要があったので、ユニコーンの出番も近いかもしれません。


「2番、外皮に変化あり」

「【メタルランス】」


 最後に物理攻撃でひび割れた外皮を破壊して私達の出番は終わりです。ここまで時間がかかっても、頭の外皮が復活しないので、再生は無さそうですね。

 そのまま、HPと外皮を削っていくと、HPが30%を切り、黄色へと変化したところで攻撃の射程が伸びました。ここからの薙ぎ払いは私達がいるところまで届くので、誘発にはより一層注意しなければいけません。まぁ、今回は一度も発生していないので、問題なさそうですが。


『PARARARARA』

「あっち」


 おや、ここにきて燃焼のデバフですか。

 ……そういえば、前回は治療を諦めてある程度HPが減っている状態を許容することになっていたわけですが、これ、もしかしたら黄色になる時に強制的に燃焼のデバフを付与するという可能性もありますね。


「【ユニコーン:浄化の光】」


 さて、これで一安心です。追加で回復をまいて全員のHPを全回復しました。

 HPが黄色になるとボスの攻撃の射程が伸びるので、中衛のプレイヤーは少し下がり気味になっています。下手にヘイトを高めてしまうとタゲを貰ってしまいますから。

 特に、粘液攻撃は装備の耐久力を削る上、滑りやすくなるそうなので、注意しなければいけません。

………………

…………

……


「そろそろだ」


 おや、もうですか。もうすぐ、HPが10%を切るそうです。ええ、発狂モードですよ。


『PARARARARA』


 何やらボスが膨張した気がしますね。


『KIIIII』


 おっと、足場のフェニックスが今までは大人しく飛んでいたのに、急に暴れ始めましたよ。翼部分の毛とは違い、背の毛は掴んでもダメージは受けないらしいので、しっかりと掴んで落ちないようにしましょう。


「薙ぎ払い、来るぞ」


 ボスが胴体を振りかぶるモーションを始めました。ここからは叩きつけと薙ぎ払いがあるのですが、ちゃんとわかる違いがあるらしいので、間違いありませんね。

 ちょうどHPバーが赤になったので、膨張から薙ぎ払いまでが一連の流れなのでしょう。


「お願い」


 モニカ達から合図がおくられたので、私の担当であるアイリスと時雨の足元にも魔法陣を描きます。他の二人はグリモアの担当なので、描く位置を迷うことはありません。


「【ロックウォール】」


 これで高さのかさ増しをするので、通常時の薙ぎ払いなら跳び越えらえるはずです。ええ、通常ならです。


「ねぇ、グリモア、膨張してるから、高さ足りないよね」

「……我には高く舞い上がることは出来ぬ」


 うーむ。一度も使っていませんが、例の箒を使うべきでしょうか。耐久を回復する方法がわからないので使えずにいるのですが、この際一本くらい消費して……ああああ、もう来てるーーー。


「グリモア、手」

「託そう」


 こういう時に問答をしないのは助かりますね。

 私とグリモアの壁は平行に生やしてあるので、並んで少し走るくらいは出来ます。


「おりゃ」


 勢いをつけてジャンプしました。けれど、膨張したボスを跳び越えることは出来ません。ショートジャンプは本人のみなので、今回は別の方法を選びました。


「空中、ジャンプーー」


 私は一度だけ空中ジャンプが出来ます。グリモアを連れているので、一人の時よりは低いかもしれませんが、一度のジャンプよりは高く跳ぶことが出来るはずです。

 まぁ、それくらいあれば、私達よりも前に薙ぎ払われている後衛のプレイヤーよりは安全に対応出来るでしょう。


「ぐはぁ」

「きゃ」


 予定通り、凡フライされました。

 回転がかけられているため、手を繋いだままだと遠心力が凄いので、STRを総動員し、グリモアを抱きかかえるようにしました。それでも視界はぐるぐると回るため、視点が上空に固定されている天之眼のワイプ画面に集中します。


「リーゼロッテ、頼むわ」


 まだ空中なのですが、跳び越えられずに引きずられているモニカのHPを見ていると、ユリアさんから指示が飛びました。

 ユリアさんの示した先には足場にしていた壁から落ちて困っているプレイヤーがいます。

 本来であれば、こういう時の為に足場の壁はウォールキャンセルで破壊する予定でしたが、空中ジャンプに気を取られて、ロックウォールを破壊し忘れました。けれど、ユリアさんの位置からは見えなかったようですね。

 他の魔法使いは地面に打ち付けられたか、凡フライされたばかり、という理由もあるのでしょう。

 まぁ、私にはもう一つの手段があるので、落ちているプレイヤーの近くに魔法陣を描きます。


「【ロックピラー】……それ踏んでください」


 移動補助系のスキルがないと跳び越えるのは難しいのですが、ある程度の高さがあれば、吹き飛ばされずに凡フライで済むようです。

 戸惑いながらも私が描いた魔法陣に足を踏み入れた瞬間、石の柱がそのプレイヤーを突き上げました。……ああ、やっぱり多少ですがダメージがあるようですね。システム的な警告がないので、プレイヤーキラーとかと同じように扱われることは無さそうですね。


「たーま、ぐげぇ」


 打ち上げを眺めていると私達が落下し終わりました。転がって衝撃を逃がせればいいのですが、そんな技術はもっていないので、二人分の衝撃をもろに受けてかなりのHPを持っていかれました。


「【ハイヒール】」


  グリモアがエリアヒールを使ってみんなの回復をしていましたが、薙ぎ払いで引きずられていたモニカのHPが回復しきっていなかったので、魔法陣二つ描きました。足りなければエリアヒールも使うつもりでしたが、回復しきったようですね。


「な、汝、その……、いつまで我を……」

「ん? ああ、ごめんごめん」


 まだ起き上がってすらいないので、当然、グリモアのことは抱きかかえたままです。これでは支障しかありませんね。

 ……グリモアの装備はゴシック系でフリフリやら布やらが多いので正確な大きさはわかりませんが、時雨ほどではないにしろ、結構ありますね。

 気を取り直してと。

 付与やHPなど、体勢を整えたので、位置取りに注意しながら攻撃しましょう。

 まぁ、薙ぎ払いの条件には予想がついているので、下手なことをしない限りそれを誘発することはありません。

 ここでフェニックスがアクロバット飛行なんてしてきたらわかりませんが、フェニックスを操るほどの能力はないようなので、そんなことは起こらないでしょう。

 そして、その時がやってきました。


『KUMAAAA』


 どうやらクマムシモデルですね。

 フェニックスに食い込んでいた足が外れ、そのまま後ろへと流されながらポリゴンとなって散りました。


 ――――Congratulation ――――


「終わったのに他の通知ないね」


 これはどういうことでしょうか。普段であれば、ドロップなりなんなりのリザルトがあるはずなのですが。


『汝ら、我に巣食いし物をよくぞ倒した。その働きに免じて、我が背に乗りしことは許そう』


 どこからともなく声が響きましが、偉そうですね。ちょっとあの傷口に攻撃したくなりますよ。塩でもあれば塗り込むのですが。


『まずは、そのまま待つがいい』


 私達は動けないようですが、フェニックスが高度を落とし、どこかへ降りるつもりのようです。

 まぁ、こういう場合は出発地点に戻るものですよね。

 不滅の泉に戻ると、地面すれすれで私達は無理やり降ろされました。

 落下ダメージはありませんが、急に一回転するとは、もうちょっと優しくして欲しいものですよ。


『これで、我は力を取り戻すことが出来る。我が力を借りたくば、我が名を呼べ』


 それだけ言うと、フェニックスはどこかへ飛び去ってしまいました。


 ピコン!

 ――――World Message・レイドボス【パラサイトグレイド】が倒されました――――

 プレイヤー・【ザイン】率いるレイドパーティー【ASK合同】によって、

 レイドボス【パラサイトグレイド】が初討伐されました。


 これにより、【不滅の泉】が復活します。

 さらに、しばらくすると【ウェスフォー】で【不滅の水】が一般販売されます。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――――レイドボス【パラサイトグレイド】が倒されました―――

 初回討伐報酬【フェニックスの契約石】

 討伐報酬【生命の炎】×1 【硬く乾いた外皮】×2 【硬く乾いた爪】×1

 ※契約石は召喚スキルによって保持されます

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 ――――System Message―――――――――

 アイテム【生命の炎】に効果が追加されました

 ――――――――――――――――――――――


 ふむ、いくつかのスキルは上がったようですが、残念ながら新しいアーツは覚えなかったようです。


「契約石ってどこだ?」


 ドロップの確認をしていたところ、そんなこえがちらほら聞こえました。

 どこもなにも、召喚スキルに取り込まれているじゃないですか。


「我は召喚の御業を手にすることが出来るようだ」

「あれ? まだ従魔はカンストしてないよね」

「うむ。その代償に、より多くの力を要求するようだ」


 あー……。


「えっと、従魔をカンストしてなくても、SPを5払えば召喚スキルを取れるってさ」


 時雨もまだカンストしていないので、同じ表示が出ているそうです。

 なるほど、契約石というのを入手出来れば、従魔がいなくても召喚スキルを取れるわけですか。ちなみに、取った後に従魔スキルをカンストさせても、多く払ったSPは戻ってこないそうです。


「私の方は、召喚の枠が空いたら契約するか選べるってさ」


 今は召喚枠が1個しかなく、そこはユニコーンで埋まっています。恐らくですが、もう一つの技を使えるようになれば、スキルレベルが10になって、枠が追加されるはずです。

 ちなみに、この初回討伐報酬というのは、一人のプレイヤーは一度しか貰えないだけで、今回参加したプレイヤーしか貰えないということではないようです。

 というか、生命の炎を落とすって、周回しろと言っているようなものですよね。けれど、追加された効果が曲者です。


「持ってるだけで蘇生出来る……」


 ええ、使うのではなく、持っていれば、HPが全損してもHPが50%の状態で復活できるそうです。

 これは高値で売れるアイテムですよ。

 フェニックスと契約したいプレイヤーも、HPが全損しかねない場所へ行くプレイヤーも欲しがるでしょうから。

 まぁ、みんなのドロップを聞いてみると、生命の炎は一人1個のようなので、前提のクエストの方が人気になりそうですね。


「へくち」


 おっと、忘れていました。装備を戻しましょう。


「あー、戻しちゃった」

「流石に寒い」

「そりゃそうだよね」


 砂漠で寒いというのもどうかとは思いますが、そういう状態なのですから、しかたありません。


「みんな、一度戻ろう。交渉の場所は提供する」


 セイフティゾーンとはいえ、フィールドでゆっくりするわけにはいきませんね。





 前回の反省会同様、ザインさんのクランハウスへと集まりました。


「ねぇねぇ、さっきのASK合同って何?」


 てっきり【アカツキ】だと思ったのですが、違ったようです。


「アカツキのAとサモナーズーのS、そんで、うちの隠れ家でKだってさ」


 なるほど。クランの頭文字を繋げたわけですか。


「へー。それとさ、この外皮と爪、何に使えるかな?」

「うーん、耐火性能と耐久が高いみたいだけど、それ以外は実際に使ってみないとね」


 生産スキルには、ある程度スキルレベルを上げると大まかにですがその素材を使った際の性能がわかるそうです。まぁ、本当に目安だったり、特徴がわかるくらいなので、そこまで便利ではないそうです。


「リーゼロッテ、貴女に話があるのだけれど、いいかしら?」


 ハヅチ達パーティーリーダーが情報屋クランに売るための情報をまとめている間に、ユリアさんが改まってきました。ドロップの確認と交換会も始まっているのですが、どうしたのでしょうか。


「どうぞ」

「不滅の水の納品のことで相談したいの。本来ならザインが来るべきなのに……」


 ユリアさんが責任をもって交渉するというのであれば、ザインさんである必要はありません。


「あー、一般販売するみたいですよね」

「ええ、ある程度の時間がかかるようだけれど、その前に決めておきたいのよ」

「お好きにどうぞ。何なら、次の分から無しでもいいですよ」


 あー、生産クランとも話さなければいけませんね。まぁ、数の変更は前もって連絡という取り決めしかしてないので、取引がなくなっても文句はありません。


「……えっと、とりあえず、販売数や価格がわかってからちゃんと連絡するわ」

「わかりました。では、そういうことで」

「あと、もう一つ、いいかしら?」


 おや? ユリアさんの雰囲気が一変しましたね。

 さっきまでは堅苦しい雰囲気でしたが、今度は楽しそうに笑っています。


「リーゼロッテ、さっきの魔法、聞いてもいいのかしら?」


 罠魔法のことを聞きたいわけですか。どうしましょうかねぇ。


「はて、何のことでしょうか?」

「ロックピラーって言ってたわよね」


 しらを切ってみましたが、ダメだったようです。


「罠魔法ですよ」

「罠、魔法……」

「ええ、踏むと発動するやつです」

「そう。取得方法は借り一つで、教えてもらえるのかしら?」


 うーん、どうしましょうかね。

 ユリアさんを含めて、ザインさん達に対する貸しは全て清算してしまったので、今は何もありません。なら、ここは新しく貸しておくべきですね。

 一応グリモアの様子を窺ってみますが、特に問題なさそうです。


「いいですよ」


 内緒話モードでお耳を拝借しましょう。


「えーと、マギストの研究所でクエストを進めると、研究所にある地脈ってダンジョンに入れるんですよ。そこで、自然に魔力で出来た罠を研究してるってセリフが出てくるので、その魔法について詳しく聞いてください。ただ、罠スキルがカンストしてないと、資質がないって断られます」

「わかったわ。押し返しは禁止なのよね」

「ええ、返して欲しい時に返してもらいます」


 やっぱり貸している状態が一番ですね。借りている時は、強気には出れませんから。


「相変わらずね。それで、隠れ家のみなさんにご相談なのだけれど、生命の炎入手クエスト、誰か付き合ってくれないかしら?」


 おや、ここでそれを持ってきますか。HPMPは全回復していますが、レイドボスを倒したばかりなので、みんな精神的には疲れていますよ。

 私達が顔を見合わせると、ロウとブレイクのハヅチを抜いた黒三点のうちの二人がやる気を見せています。

 男の子は元気ですねぇ。

 まぁ、クリア経験者がリーダーになれば他は初参加でも問題ないので、その二人がいれば、2パーティーは行けますね。


「あたしもいいよー」


 おっと、もう一人元気な子がいました。ダンジョンについては既にまとめてあるので、希望者に任せましょう。

 そんなわけで、ASK混成パーティーが3個結成されました。時間と装備の耐久の問題があるので、一周だけのようですが、クリアすれば後は自分達のパーティーで行けるので、十分ですね。


「リーゼロッテは、このアイテム補充したい?」


 私は二周したのですが、1個はオーブ化したので、残りは1個です。まぁ、HPが全損するような場所で復活してもまたすぐにやられるだけなので、必要ありませんね。


「いいや」

「まぁ、必要だったら言ってね」

「りょーかい」


 私は疲れたので、今日はログアウトです。

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