9-6
大晦日の夜、いつもより遅いですが、ログインの時間です。
うちは年越しそばは晩御飯の時に食べることになっているので、年越し間際を待ったりはしません。眠くなりますから。
「こんー」
普段より遅いのと、大晦日という理由もあるのか、何人かはいませんね。
まずは炬燵で日課をこなしましょう。
「リッカとグリモアと影子はログインしないみたいだよ」
「まぁ、大晦日だしねぇ」
時雨はみんなから連絡を受けていたらしいです。今ログインしている中でも何人かは年越しそばを食べるために早めにログアウトするそうです。まぁ、基本的に自由なクランですから。
テロン!
――――フレンドメッセージが一通届きました。――――
おや、誰でしょうかね。
シェリスさんからでした。何でも、最前線のプレイヤーが抱えていたのを大量放出したとかで、【上質な魔木】が大量入荷したそうです。
お互い、少し時間があるということで、前の約束を果たすことになりました。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい」
シェリスさんの工房へとやって来ました。前の約束、そう、私の武器を+4まで素材はシェリスさん持ちで強化してくれるというものです。
「それで、強化の内容は決まった?」
「強打強化を4回でお願いします」
「わかった、じゃあ、武器を貸して」
強打強化はダメージの振れ幅の最大値が上がる強化です。つまり、1確出来なかったMOBが出来るようになる可能性のある強化です。振れ幅の最低値が上がる安定強化と迷いましたが、やはり最大値が高い方がいいんですよ。
「はい、強化終わったよ」
「ありがとうございます」
――――――――――――――――
【願いの長杖+4】
清らかなる者達の願いを元にした長杖
耐久:100%
攻撃力:=
魔法攻撃力:=
INT:=
MND:=
MP:=
強打強化4回
オーブ:MPアップ
オーブ:MATKアップ
――――――――――――――――
表記上はこうなるわけですか。ちなみに、魔法攻撃力も上がっていますが、装備した状態なので、見た目ではわかりませんね。
「おおー、なんだか凄味が増した気がします」
「気に入ってくれた?」
「もちろんです」
実際は強化をしただけなので、外見が変わったわけではありません。けれど、こういうのは気分の問題なんですよ。ですから、強化をした分凄味が増したと思ったのであれば、増したはずなんです。
「強化が間に合ってよかったよ」
「別に年明けでも気にしませんでしたよ」
そんなに急いでいませんし。
「ほら、リーゼロッテはいい木材手に入ってるでしょ。あれで武器を作るまでに強化出来なかったらって思うと……。おお、怖い」
「そんな怖いことなんてありませんよ」
「そう? そんなつもりはなくても、口が固くなったりしない?」
「うーん、さぁ? どうでしょう」
それはその時にならないとわかりませんね。
「まぁ、約束を破る気はないから、その証拠をね。【抜け殻の水】と【疑似・生命の木片】これの使用方法、少しわかったよ」
「あー、あの樽ですか」
「そうそれ」
シェリスさん曰く、【抜け殻の水】の方は、ポーションを作った時に、薬草などの主な素材を多く入れることができ、それに応じて効果が上がるそうです。所持スキルによる効果の制限は変わらないそうなので、作るのにかかる時間を考えると、なるべく上位のポーションを作る時に使いたいそうです。
次に、【疑似・生命の木片】ですが、こちらは光属性の武器の部品として使うことで、光属性を強化出来るそうです。これだけでは光属性が付けられないそうなので、あくまでも補助用の素材だそうです。ちなみに、回復力を上げる装備に使った場合、強化の倍率が光属性を強化するときよりもいいそうです。
最後に、作り方ですが、まだどれくらいの時間がかかるかはわからないそうです。
「もうそこまでわかるって凄いですね」
「これでも、結構時間かかったんだよ。何せ、あの時いたメンバー全員、何か妙なのを仕込み始めちゃって。それも大量に」
「なんでまた」
何でしょう。シェリスさんからジト目を向けられていますよ。
「そりゃ、誰かに自分の得意分野で言ってみたいセリフを言われたんだから、次は自分がってなるよね」
「そ、そうですか。……ちなみに、なんで最前線のプレイヤーが急に大量放出したんですか?」
こうなったら露骨な手段です。
「何ともまぁ、堂々と。まぁいいけど。えっと、アカツキがね、外洋クエスト用にずっと蓄えてたんだけど、必要なくなったからって、余剰分を放出したの」
アカツキ……、ああ、ザインさんの所ですね。つまり、この木材はそこから流れてきたということですか。
「そうですか。ちなみに、普通の魔木は高騰したままですか?」
私の問いに対して、シェリスさんは飲み物を出してくれました。たまたまお互いに時間が空いていたわけですが、別にこの後用事があるわけでもないようです。
「そりゃまぁね。ああ、上質の方は外洋船を作るのに必要なだけだから、今の外洋クエスト使ってもメリットはないらしいよ」
いいことを聞きました、巨大クラーケンに挑む気はないので。出来れば、1人でも簡単に魔木を集める方法を知りたいものです。
「ちなみに、魔木はトレントを倒すしかありませんか?」
「畑で木を育てているプレイヤーはそこそこいるけど、あれは時間がかかるし、木の実が目的の場合、そっちに悪影響らしいから、木材目当てのプレイヤーなんてリコリス以外に聞いたことないよ」
ふむふむ、楽な方法はないということですね。
トレントに木材変換を使うという情報はリコリスに扱いを任せているので、私が勝手に聞くわけにもいきません。聞けば、そういう方法もあると教えることになりますから。
「リーゼロッテの方は何か面白いことあった?」
「面白いことですか……。あ、操糸なら取りましたよ。あと、リムーブが出来るようになりました」
「ぶっ……。ごほごほ」
シェリスさんが咳こみましたが、そんなに驚くようなことでもないんですがねぇ。
「どうしました? ちなみに、二刀も取りましたよ」
「……片手杖に変えるの?」
「いえ、状況次第で使い分けられるようにです」
「リーゼロッテがそんな真っ当なプレイヤーみたいなこと言うとは思わなかったよ」
おやおや、私だって場所に合わせて装備を変えることの重要性くらいわかっていますよ。ただ、そういう場所に行かないだけで。
「ひどいですねぇ」
「ごめんごめん。操糸って結構難しいって聞くけど、実際の所どうなの?」
「私は魔力型ですけど、慣れれば何とかなりますよ。それに、右手だけなら4本までは個別に使えるようになりましたし」
「個別? 私の知り合いも魔力型だけど、5本をまとめて1本にしてつかってるけど、個別に出来るものなの?」
「ええ、まぁ。練習しだいです」
「……へ、へぇ。……マルチロックと同じ要領?」
「狙うだけなら、それでもいいですよ。私のは魔力型の糸なので、個別の軌道設定の要領でやってます。まぁ、操作で軌道を弄るほどの自由度はありませんから。どこを経由させる、くらいですよ」
上位スキルで可能になるのかはわかりませんが、可能になってしまうと魔力型の糸が便利すぎるので、やはりある程度の制限は残ると思います。
「そっか。とにかく練習しろって言ってみるよ。あとさ、リムーブって、何?」
「スロットエンチャントで、付けたオーブを取り外すアーツですよ。マウントとデリートしかなかったんですけど、リムーブが追加されました」
「リーゼロッテ、その条件、聞いてもいい? 場合によっては情報料も払うけど」
んー、使用回数とある程度のスキルレベル以外の情報がないんですよね。協力するのはかまいませんが。
それを正直に言うと、シェリスさんからの尋問が始まりました。
「スロットエンチャントは何回やったの? オーブ化と、マウント、デリートも回数覚えてたら教えて」
「あれは何人分でしたかねぇ。ザインさん達の巨大クラーケン戦のレイドメンバーの大半の装備にやりましたから。しかも、大半の装備は3回出来たんですよ。……あ、デリートは0回のはずです。付け替え自体してませんから」
ちなみに、スロットエンチャントとマウントは同じ回数のはずです。オーブ化は試しにオーブ化したものもあるので、多少多い、くらいですね。
「そっか。試行回数だけなら条件に達してそうなプレイヤーもいるんだけど……。あ、でも、魔力屋本部に取得してから行ってないかもしれないね」
「まぁ、私にはわからないので、後はお任せしますね。情報料を貰えるような内容ではないのでいりません。それでは、よいお年を」
これは数をこなすだけですから。
「待って。一つ、伝えておきたいんだけど。箒の修理に使う素材、わかったよ」
「本当ですか?」
そういえば、他の装備に関しても修理に何が必要なのか知らないんですよねぇ。
「といっても、上質な魔木10本で1%だから、これの素材のランクはもっと高いよ」
「修理の仕様を知らないので」
「あー、スキルレベルにもよるし、必要なのはそれだけじゃないけど、メインの素材と同じものを1個用意すれば、最低でも50%は回復出来るよ。一個下の素材でも、数を揃えれば10%は回復するし」
なるほど。物納しているせいで修理の値段が全くわかりませんね。それに、素材のランクがもっと高いのに、武器としての性能が低いとは、飛行という能力がそれほど価値の高いものだということでしょう。
「修理費、とんでもないことになりそうですね」
「修理させる気のないアイテムだと思うよ」
「耐久強化するにしても、素材がありませんから、まだ鞄に封印しておきましょう」
練習すらしてないんですよねぇ。
「とりあえず、修理方法自体は他の装備と同じだったから、素材が見付かったら連絡するよ」
「お願いします。それでは、よいお年を」
存在……、しているか疑問ですが、これ以上は何も言えませんね。
「そうだね。よいお年を」
フルダイブ中なのでそれなりの時間はありますが、ここで年末の挨拶をして戻りましょう。年が明ける瞬間はクランハウスにいるつもりですが、それまではトレント狩りをしていましょう。
余裕をもってクランハウスへ戻ってきました。
この時点でいるのはハヅチと時雨とアイリスですね。
「ただいまー」
「お帰り」
ヤタ達は自由行動にして、炬燵に入りましょう。
空いているのが時雨の正面だけでしたが、ふむ、天板に乗せているようですが、凄いですねぇ。大型の掘り炬燵なので、手は届きませんか……。
しかたないので妖精同士で何かをしているのを見ていると、アイリスが声をかけてきました。
「リーゼロッテにも一応伝えておこう」
「どうしました?」
「少し先になるが、4月か5月くらいから、ログインが減る……いや、ほぼログインしなくなると思う」
ふむふむ。そういえば、アイリスは夏休みの宿題を見る限り、一つ上の学年のはずです。つまり、そうこうことでしょう。三年はいろいろと忙しいですから。
「りょーかい」
まぁ、私は頻繁にパーティーを組むわけでもありませんし、リアルの都合を優先するものなので、何も言いません。
「そういえば、リッカと影子は1月と2月がちょっと忙しいって言ってたよね」
「そなの? ああ、そっか」
時雨からも情報が来ました。こちらに関する記憶も正しければリッカ達の宿題は一つ下らしき内容だったので、そういうことなのでしょう。
「まぁ、ログインしないからって追放はしないし、脱退も強要しない。そこは好きにしてくれ」
ハヅチもこう言っていますし。
「私達も一年遅れで通る道だからねぇ」
普段、リアルの話はしませんが、ログインまわりは伝えておいた方がいいこともありますから。
「ただいま!」
元気よく戻ってきたのはロウですね。炬燵には4人が入っているため、どこに入ろうか迷っています。この炬燵、大きいので、1辺に3人は入れます。
おっと、時雨が違う場所へ移動しようとしていますね。ハヅチもそれを察して、少し右へと移動しました。ええ、座らせたのは、私とハヅチの間にです。
ちなみに、2人の間には微妙な隙間があります。
まったく、そこは自分から動くとか、時雨が座ったら間を詰めるとかすればいいものを。これだからぬるま湯は。
炬燵の中で小突いておきましょう。
ちょっと距離はあるので不自然な体勢にはなりますが、お姉様に文句が言えるのであれば言えばいいんですよ。
てい。
……しくじりましたね。足が当たったのは時雨でした。不自然な体勢を見られたのでバレたようですが、時雨が顔をほんの少し赤くしながらハヅチの方へくっ付きました。
予定とは違いますが、まぁ、いいでしょう。
「そういえば、ブレイクは?」
「知り合いと年越しするって気合入れてたから、例の幼馴染といると思うぞ」
ハヅチにジト目を向けたロウが話しかけましたが、どうやらクランハウスで年越しをするつもりなのはこの5人だけのようです。
「ふわあぁぁぁ。ぐぁ」
流石に眠くなってきましたね。
天板に突っ伏していたのですが、頬を時雨に突かれてしまいました。眠いなら落ちろということなのか、さっきのしかえしなのか、どっちでしょう。
天板に乗っかっている重量物を一突きしてから左側へと逃げることにしました。距離さえ開けてしまえば防ぐのは容易ですよ。
「ぐえぇ」
おかしいですね。時雨は右にいるのに、左から頬を突かれました。
まぁ、犯人はわかりますよ。そこにいるのはアイリスだけですから。
「あ……、いや、つい」
「ほうほう。昔から言うよね。撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだってーー」
ええ、つまり、私はアイリスを好きにしていいということですよ。
お互いに炬燵に入っている以上、自由になるのは手だけです。そのため、揉みしだこうと手を伸ばしましたが、簡単に手首を掴まれてしまいました。
「やり返される覚悟はあるが、やり返させるつもりはない」
ほう、いい考えです。反撃を封じてしまえばやり返されませんから。まぁ、アイリスが言ってくるとは思いませんでしたが。
「みんな、ブレイクが幼馴染を連れてきたいって言ってるが、どうする?」
「任せた。今、忙しい」
「リ、リーゼロッテ、ここは休戦するところだろう」
「せっかくアイリスが揉みしだいていいって言ってるんだから、やらない理由はないよ」
「い、いや、そんな、ことは……、言って、ない、ぞ」
「私も、ブレイクの件は、かまわない、から、……時雨、助けて、くれ」
「うーん、大人しくされるがままにした方が早いよ。すぐ飽きるから」
飽きるだなんて、満足すると言って欲しいですねぇ。
しばらく攻防を続けていたのですが、飽きたので近くにいたコッペリアに対して手招きをしました。
『KARAN,KORON』
首を傾げながらも近付いてきたので、右手から糸を伸ばします。個別の軌道設定は4個まででも、マルチロックはもっといけるので、頭と両手両足の5ヵ所へ糸を伸ばしました。
気分は人形遣いですよ。まぁ、私の指の動きとコッペリアの動きに関連はありませんが。
「ほら、飽きた」
コッペリアをけしかけようにも、指の動きだけでは何も伝わらないので諦めるしかありませんね。
「ちなみに、操糸の上位に【操人形】ってスキルがあるぞ」
「そなの?」
「ああ。持ってるやつの話だと、めちゃくちゃ大変らしいぞ」
「へー」
ハヅチ曰く、前もって指と人形の動きを決めなければいけないらしく、臨機応変な対応というのはほぼ不可能らしいです。まぁ、人形にギミックを仕込めるらしいので、上手く作れれば強いそうです。
私はコッペリアで気分だけ味わうことにしましょう。
そんな話をしていると、ポータルの方で物音がしました。
「こっちだ」
「お邪魔します」
どうやらブレイクとその推定幼馴染がやって来たようです。まぁ、みんなして幼馴染という想定で話していましたが、ハヅチは確認したんでしょうかね。
ブレイクに連れられて茶色い髪で長いサイドテイルの女の子が入ってきました。チャイナドレス風の胴着に黒タイツ、手には金属系の手甲とレッグアーマーを着けて……、おっと、玄関代わりの場所で非表示にしましたね。
「みんな、紹介させてくれ、俺のリアルでの知り合いで、クロエだ」
「初めまして、クロエです」
それぞれ思い思いの返事をした後に、クロエさんがブレイクに鞄を指しながら何かを言っています。
「ああ、そこに……いる、……制服っぽい人だ」
妙な間は気になりますが、やはりこの恰好だとそういう評価になりますかね。
室内なので、外套も帽子もブーツも非表示ですし、手袋は操糸を使うためだけに表示した右手だけでは、魔女っぽさの欠片もありませんね。アイリスは諦めてコッペリアの動かし方を考えているのも一因でしょうか。
まぁ、幼馴染を連れているので、その間だけは許してあげましょう。
「どしたの?」
「あの、リーゼロッテさんですよね、お話はかねがね。この鞄のお礼を言いたかったんです。作ってくれて、ありがとうございます」
いつの間にか目の前で正座しており、お礼をいいながら私の両手を合わせて握られていました。この人、出来ますね。
「あー、鞄自体はそっちのハヅチが作ってるから、お礼はそっちに言って」
「はい。ハヅチさんもありがとうございます」
「どういたしまして」
「……それで、リーゼロッテさん、私、絶対に負けませんから」
……はて、何のことでしょうかね?
首を傾げていると、クロエさんが口を開きました。
「ブレイク君が、よく、リーゼロッテさんの話をするんです。こういうのを作れて凄いとか、あんなのを見付けてきて凄いとか」
……クロエさんの目から光が消えているように見えるのは私の気のせいですかね。ええ、気のせいだと思うことにしましょう。
「へ、へぇ……」
「リーゼロッテさんも、ブレイク君と仲、いいんですよね」
おかしいですね。痛覚設定は初期設定のままなので、痺れに変換されるはずなのですが、掴まれている手が痛い気がします。
「同じクランのメンバーくらいの接点しかないよ」
「で、でも、ブレイク君が女の子を褒めるなんて、ほとんどないんですよ」
「ク、クロエ、何言ってるんだよ」
おやおや、ダメですよ。ちゃんと本人だけを褒めてあげないと。
あそこにいるぬるま湯ですら、本人の目の前で違う誰かを褒めるなんてことはしないというのに。
しかたありませんねぇ。
クロエさんが私から視線を外した今が、動く時です。
思考操作で非表示にしていた左の手袋を表示し、手袋から左手を抜きました。そして、一気に近付きながら腰へ手を回します。
そのまま押し倒し――ゴツン。
「ぐはぁ」
「キャッ」
おでこをぶつけてしまいました。
私が動いたのに反応した様子はありましたが、まさか、腰に触れた瞬間にこちらを向くとはおもいませんでした。
そのため、押し倒すことが出来ず、正面衝突したせいで痺れたおでこを抑えることになりました。
ふっ、命拾いしましたよ。
何せ、時雨が例のハリセンを取り出しているのが見えてしまいましたから。
「リーゼロッテ、何やってんの?」
おっと、命はまだ拾えていなかったようですね。ここは、正直に答えましょう。
「犬も食わないことしてるから、押し倒そうと思っ、ふぎゃ」
正直に答えたのにハリセンで叩き伏せられてしまいました。まぁ、何をやっているのかは聞かれましたが、正直に答えたら叩かないとは言われていないので、しかたありませんね。
「マー君、この人、何なの?」
「マー君はやめてくれ。それと、リーゼロッテさんは、凄い人だよ、……いろんな意味でな」
何重にもオブラートに包まれている気がしますね。まぁ、誰かがどう思うかはその誰かの自由ですから。
「2人とも、夫婦喧嘩はそれくらいにして、ゆっくりしようぜ」
おやおや、ぬるま湯が何か言っていますよ。まったく。
ハヅチの仕切りですから、ここまでにしましょうかね。それでは、炬燵に入り直して蜜柑でも……。
「どしたの? 食べる?」
ブレイク達のために私の隣へと移動してきたアイリスですが、何故かじっと私を見つめています。それに対しての返事はなく、両手を合わせて握られてしまいました。
「さっきの」
「へ?」
「どうやって手を自由にしたんだ?」
「あ、それ、私も気になります。腰の辺りを触られたのは何となくわかったんですけど、ぶつかるまでほとんど意識出来ませんでした」
おや? つまり、無意識にこちらを向いたわけですかね。まぁ、私には何もわかりませんが。
「ほら、この状態って装備が見えないだけで、実際には装備してるから、掴まれてても表示状態に出来るでしょ」
先程は右手だけ手袋を表示していましたが、今は両方とも非表示です。ですが、その程度の違いは、違いに入りません。
「ああ」
「そんで、表示状態にしちゃえば、相手が掴んでるのは手袋だから、そこから手を抜けばっ……と、ほらこの通り」
手袋にもよりますが、私の様な固定していない手袋なら、多少掴まれていても問題ありません。
アイリスの前で自由になった手をグーパーしてみせ、自由になったことを強調します。
私の手と、アイリスの手の中を視線が行ったり来たりしていますが、その動きがゆっくりになりだしたので、少しづつ理解し始めたのでしょう。
「あ、ゲームの仕様によっては装備の付け替えで出来る場合と出来ない場合があるよ」
前にやっていたゲームでは、非表示機能はありませんでしたが、装備を付けることで同じようなことは出来ました。まぁ、フルダイブマシンの性能の問題で、着ぐるみを着ているような感覚のゲームでしたから。
「なるほど」
今度はアイリスが私の前に両手を合わせて出してきました。それを覆う様に両手を被せます。
アイリスが思考操作をしようとしていますが、あまり慣れていないのか、視線が行ったり来たりしているので、何か操作しているのが見え見えですね。
しばらくして、満足げにうなずきましたが、装備が表示されることはありませんでした。
「あれ?」
「ちなみに、仕様によってまちまちだけど、装備の厚みしだいでは出来ないよ」
私の手袋は布なので薄く、クロエさんの握り方にも余裕があったので装備を表示できました。けれど、アイリスの腕装備は一部に金属を使っているため、表示できる範囲を超えているようですね。
「リーゼロッテってそういう小技、得意だよね」
「思考操作もある程度なれると視線向けなくなるから、何やってるかわからねーし」
「そうなのか。出来れば、思考操作での装備の切り替えのコツ、教えてくれないか?」
「装備って頻繁に変えるっけ?」
「ダンジョンによっては、盾を切り替えた方がいいことも多いんだ」
あー、ロウは盾持ちなので、ハヅチパーティーの壁役ですからね。私はあまりダンジョンにいかないので知りませんが、複数属性のMOBが出現するダンジョンもあるのでしょう。
「練習と慣れ、かな?」
「そうか……」
「リーゼロッテは出来ないなんて思ってないんだよ。難しいとは思っていても、数をこなせば出来ると思ってるから」
まぁ、現に個別の軌道設定の数も4個まで出来るようになりましたからねぇ。
「リーゼロッテさん、手を抜いた方法はわかりました。けれど、私に気付かれなかったのはどうしてですか? 道場でも不意打ちに反応できないなんてこと、なかったのに……」
「さぁ?」
不意打ちに反応できるというのは気になりますが、リアルの話なので聞かなかったことにしましょう。
「リーゼロッテってそういう時には害意とか悪意がないから、そのせいじゃないかな?」
「そ、そんなこと……」
「リーゼロッテが時雨やグリモアにやっていることを見ないと信じられないだろうな」
おや、アイリスまで。
そこまでいうなら今度体験してもらいましょう。
「あ、時間」
年明けまでもう少しですね。
全員で炬燵に入りながらカウントダウンを開始しました。
『10、9、8、7、6、5、4、3、2、1』
そして。
『ゼロ』
ハッピーニューイヤーやら、あけましておめでとうやら、それぞの言い方で新年をお祝いしました。ちなみに、私はこれです。
「あけおめ、ことよろ」
一番短かったようですね。
新年のあいさつもひと段落すると、それを待っていたかのように妖精達が騒ぎ始めました。
「思い出したわよ」
「どうしました?」
「思い出したのよ、妖精郷への門を開くためのアイテムの作り方を」
なるほど、オンメンテか、前もって仕掛けてあったかのどちらかですね。
「へー。ふわあぁぁぁ」
「眠そうね、あんた」
「そりゃ、いい時間だから。とりあえず、詳しい続きは後で聞くから。そんじゃ、みんな、おつ」
軽く挨拶をして、ログアウトです。
すやーー。
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