4-20

 月曜日の午後、今日は夏の運動不足を解消するための散歩の日です。まぁ、具体的に何をすると決まっているわけでもないので、本当に自由気ままに出かけます。

 途中、伊織のスマホにメールが来たようです。


「アイリスからだ。えーと、護衛クエストの襲撃者にプレイヤーらしき影があったってさ」

「うーん、まぁ、襲撃者の陣営があってもおかしくないよね」

「アイリス達が遭遇したわけじゃないから、正確なところはわからないけどね」


 そのあたりは実際に遭遇すればわかりますね。遭遇しない方が楽そうですが。


「ところでさ、茜は護衛クエスト、残りは全部参加するの?」

「出来るならそのつもりだよ。あの姫巫女可愛いし」

「……そう。途中は誰かしら欠けると思うけど大丈夫?」


 それはそうですよね。現に私と伊織は今回の分に参加していませんから。


「大丈夫じゃない? 私達ってあくまでも数を減らすだけだから」


 襲ってくる忍者型MOBの相手はそれぞれの姫巫女の陣営に入ったプレイヤーに任せるだけです。





 夜のログインの時間です。儀式の護衛クエストの時間には余裕がありますが、移動の護衛クエストを受けていないので、早めに行って受注をしましょう。移動の護衛クエストを受けた人が優先とか言われたら困りますから。

 ログインしてすぐに守り人の里の担当の忍者NPCの元へ行きました。クエストの受注は無事に出来たので、時間までに用事をすませましょう。まずはポータルでセンファストへと移動し、そこから街にある生産クランのクランハウスへと足を運びました。

 納品期限は日曜日ですが、こういうのはさっさと納品するに限ります。

 えーと、受付はあそこですね。


「すみません、納品に来ました」

「はい、それではそちらのメニューから操作をお願いします」


 雇われているNPCに言われたとおりメニューを操作していますが、システム的にプレイヤーを認識しているようで、表示されたのが私専用にしか思えないメニューでした。何せ、不滅の水の納品という項目があり、納品期限も表示されていますから。

 さっそく大きい樽20個分を納品し、代金として10,000,000Gを手に入れました。流石にとんでもない個数なので、合計するとすごい金額ですね。まぁ、本気で装備を整えようとしたら一瞬で吹き飛びますが。

 さて、それでは減った分の補充に――。


「リーゼロッテ、ちょうどいいところに」


 おや、シェリスさんですね。ちょうどいいところといいつつ視界の隅で走っているのが見えたので、納品に来たらわかるようになっているのでしょう。


「お久しぶりです、シェリスさん」

「久しぶり。それで、ちょっと頼みがあるんだけど、今大丈夫?」


 シェリスさんが何の頼みでしょうか。不滅の水の追加納品なら、ボッタクるのですが。


「えーと、少しくらいなら大丈夫ですよ。後でクエストの受注をしているので、長引くと困りますが」

「そこまで長引かないよ。ちょっとこっちへ」


 そういって隅の方へ連れて行かれました。流石に受付の前を占領していては邪魔ですからね。話自体は内緒話モードを使えば問題ありません。

 ただ、なぜかとても言いにくそうにしています。


「えっと、不躾というか、都合のいい話というか、図々しい話なんだけど、今回のイベントでインベントリの大を付けられる素材が手に入ったら、それで鞄を作ってもらえないかな?」


 口に手を当てて耳打ちする以外にも内緒話をする方法ってあったんですね。ただメニューを操作するだけのようですが、面白味に欠ける方法です。


「いいですよ」


 確認のウィンドウが出たのでシェリスさんの近くにいる限り、一定時間は強制で内緒話モードになります。そのウィンドウをいじれば解除することも出来るので不都合はありません。


「そ、そうだよね。だめだ……、え、いいの?」

「いいですよ。ただ、必ず作れるとは限りませんし、私は必要枚数を知りませんよ」


 上質な茶色い皮はインベントリの中ですが、4枚必要でしたね。下級悪魔の皮膜は1枚で作れれたので、どうなのでしょうか。今のイベントで落ちる上質の上位である頑丈なやつで鞄を作っていないので、あれが使えるかもわかりませんし。


「とりあえず、ちょっと時間貰えれば確認しときますよ。頑丈なやつで作れるなら、後は魔石(大)だけですし」

「ありがとう、リーゼロッテ。助かるよ」

「いえいえ、ちなみに、上質な魔木があるんですけど、両手杖作るのに何個必要ですか?」

「あー、だいたい5本あれば作れるけど、追加素材によってはもうちょっと必要になるよ」

「わかりました。今は5本あるので、追加素材と念のための余剰分を集めときますね」

「何持ってくるかわからないけど、楽しみに待ってるよ」


 本来であれば、この後は不滅の水を補充しに行くのですが、ハヅチに確認したいことがあるので一度クランハウスへ戻りましょう。





 ハヅチもクランハウスで待機していたので待たなくて済みそうです。


「ハヅチ、ちょっと聞きたいんだけど」

「何だ?」

「バクマツケンが頑丈な皮落とすでしょ。あれで鞄作ったらインベントリの大付けられるかな?」


 少し考えるそぶりを見せたハヅチですが、すぐにメニューを操作し、取り出したそれを投げつけてきました。


「用意はしてある」

「あんがとね」


 既に刻印はしてあるので、クラン倉庫に溜め込んである魔石(中)を昇華し魔石(大)を作りました。そして、それとハヅチから投げつけられた鞄を手に取り仕上げです。


「【魔石融合】」


 さて、結果はどうでしょうか。


――――――――――――――――

【頑丈な肩掛け鞄・インベントリ(中)】

 肩から斜めに掛ける鞄

 頑丈で多くのものが入る

 刻印:インベントリ(中)

――――――――――――――――


 失敗です。魔石(大)を使っていても、素材が耐えられないようで、インベントリ(中)までのようです。それでは魔石排出をし、クラン倉庫にある魔石(中)と交換して魔石融合しなおしました。そして、お返しと言わんばかりにハヅチへ投げ返しました。


「失敗か。それじゃ、これはイベントの大判取引に突っ込んどくよ」

「ちなみに、それ作るのに何枚使ったの?」

「3枚だ。素材としてのランクが上がれば必要枚数が減るんだよ。ま、2枚か1枚かで作れねーと無理なんだろうな」

「そっか」


 それではシェリスさんにメッセージを送っておきましょう。今回はだめでしたが、行ける場所が広がれば見つかるかもしれませんし。

  そうこうしているうちに移動の時間が来ました。何人かはギリギリでしたが、この護衛クエストはスキルレベルを上げるのにとてもいいので、逃す手はありませんよね。

 今日は闇の姫巫女の護衛ですが、地形は前回と同じように見えます。とりあえず木に登って中心に向けて目を凝らしてはいますが、少し暗いので濡羽色の髪の姫巫女を見付けるのは大変です。けれど、きっといるはずです。


「……リーゼ、ロッテ、何、探し……てる?」

「闇の姫巫女を探してるんだけどね、流石によくわからないなー」

「……そう」


 この状況でクエストと関係ないことをしていたので呆れられてしまったようです。今回は前回とは違い、少し内側に位置取りしているので、忍者型MOBが出現すれば音でわかります。なので、そこまで熱心に索敵をする必要はないと思いますが、手抜きはだめですよね。ここはもっともらしい理由を述べましょう。


「光のオーラを纏ってれば、目立つでしょ」


 この少し暗い時間帯に光って自らの所在を教えてくれるのですから、何とも見つけやすい相手です。

 そして、やって来ましたよ。


「……発光、忍者、多数」

「付与は維持するからね」


 役割分担は済んでいるので、その通りに動くだけです。付与をしてから光る忍者軍団を待ち構えます。相手が光属性なので、聖魔法は使いませんが、もう少しで上がりそうな魔法やらなんやらがあるので、スキルレベル上げの時間です。


「【シャドウ】」


 シャドウを4つ、バラバラの位置で発動させます。私達よりも外側にいるパーティーが少しダメージを与えていたのか閃いてからの範囲魔法によって多くの忍者型MOBを倒すことが出来ました。流石に外周部のMOBは残りましたが、そこは時雨達が何とかしてくれます。現状、範囲攻撃が出来る私とグリモアとリッカはとにかくMOBのHPを削ることを優先することにしました。

 スキルレベルの都合から、単体に対しては雷魔法か鉄魔法を使っていますが、光属性はほとんどの属性が等倍なので、楽ですね。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 とうとうやって来ました。

 前回は闇属性だったので黒いオーラを纏っていましたが、今回は光属性なので、後光がさしています。何というか、襲撃というよりも降臨という感じがしますが、属性値が中なので、闇属性の攻撃によるダメージの倍率も上がっているため、とても戦いやすい相手です。

 前の方にいるパーティーが巨大な忍者用に準備を整えていたのか、MOBが中々な速度で縮んでいきます。流石に倒し切る程の速度ではありませんが、目線が私とリッカのいる位置よりも少し低いくらいですね。そろそろ魔法を単体用に変えてスキルレベル上げです。


「【ダークブラスト】」


 まだ十分に的としての移動速度を保っているので、ブラスト系を当てるのがとても簡単です。

 おっと、そろそろですね。相手の射程に入ったのですから、逃げなければいけません。ほら、光の塊の苦無が形成されましたよ。見た目のせいでとてつもない破壊力を持っていたり、ビームをぶっ放したりしそうですが、あれはただの大きな苦無なのでさっさと飛び降りてしまいましょう。


「ちょっ」


 あの巨大忍者、苦無を投げる前に逃げ出した私の動きに合わせて狙いを修正してきましたよ。そこまでして私を狙いますか。何がいけないんですか、ダメージを与えすぎたんですか、目の前にいたのがいけないんですか、モニカはしっかりとヘイト系のスキルを使っていましたよ。それすら無視ですか。


「【ダークウォール】」


 物は試しと闇の壁を三枚生み出し盾にしてみたところ、思った以上に威力を減衰させてくれているようです。まぁ、既に私は逃げているので光り輝く苦無が三枚の闇の壁を貫く様子を横から眺めていますが。

 ふむふむ、実態のない壁にこんな使い道があったんですね。


「あれ、ヘイト増加系を無視してるのかな?」

「むむ、それは困る。あたしが何も出来なくなる」


 何でも、ヘイト増加系の攻撃スキルはダメージ倍率があまりよくないそうです。まぁ、役割的に不思議ではありませんよね。


「それにしても汝、多くの者が一体の巨人を狙う中、その注目を浴びるとは」

「いやー、手数の問題なんじゃないの? 同時発動だから詠唱の分がまるまる短くなってるし」


 毎回苦無で狙われるのであれば、それを織り込んで行動するまでです。どうせ中央へ一直線に移動するだけなのですから、ヘイトを稼ぎすぎて狙われてもすれ違う一瞬に気を付ければなんの問題もありません。

 何かを狙っているのか時雨の動きが消極的になっていますが、ここからは追撃の時間なので問題はありませんね。巨大な忍者型MOBの攻撃も光の苦無なので、闇に覆われることはありませんし。


「ぎゃーー」


 そうは問屋が卸しませんでした。確かに闇には覆われませんでしたが、光の苦無がかすると、今度は光に視界を覆われてしまいました。暗いのはまだいいのですが、眩しいのはだめですよ。目を閉じても強烈な光が瞼の上から差し込んできます。手や腕で目を覆っても無意味なのが、さらに辛いです。

 どうやらこれは時間経過で消えるようですが、目がチカチカしますね。まったく。


「モニカ、グリモア、あれ、行くよ」


 私が光で苦しんでいたのを尻目に、まるでクールタイムが終わるのを待つように動いていた時雨がモニカとグリモアへと声をかけました。何かはわかりませんが、追いかけて攻撃しながら何が起きるのか見物といきましょう。

 時雨への付与をグリモアが担当していたのもこれのためなのかもしれません。

 一番前にいるモニカが小さい苦無による攻撃をギリギリ受けない距離を保ち、その後を時雨とグリモアが追いかけています。


「【ロックウォール】」


 巨大な忍者型MOBの足元に2枚の石の壁が出現しました。流石に躓いて転ぶようなことはありませんでしたが、一度足を止め、白いオーラを巨大な苦無へと変え、石の壁を破壊しようとしています。


「いいよ」


 モニカが足を止めながら大きな盾を地面と水平になるように持ち替えました。


「いくよ」


 そして、時雨が何かのスキルを使ったようで、モニカへ向けて一気に加速しました。


「【ロックウォール】」


 グリモアが最後の石の壁を時雨の進む先に斜めに作りました。

 加速したままの時雨が石の壁で出来た坂道を駆け上り、モニカへと踏み切ります。


「【シールドバッシュ】」


 モニカの盾へと飛び乗った時雨をスキルによって上空へと押し出しました。

 そして、巨大な忍者型MOBの肩へと手にした刀を振り下ろそうとしています。


「【断ち切り】」


 刀系のアーツなのでしょう。その一撃が巨大な忍者型MOBの肩を斬り落としました。最後に綺麗に着地すると思いきや、隻腕になった忍者の胴体を蹴り距離を取っています。


「おー、おみごと」


 一人で拍手をしていますが、いいコンビネーションです。こんな風に何人かでスキルを使って一つのことを成し遂げるというのは夢があります。


「大成功!」

「うむ、鍛錬の成果だ」

「練習の甲斐があったね」


 ちなみに、肩を切り落とされた巨大な忍者型MOBは大きめの忍者型MOBへと成り下がっていました。移動速度が上がったのもあるので、すぐに黒い線を越え、闇の姫巫女の陣営の担当区域へと入ってしまいましたが、しっかりと弱らせたので責められることはないでしょう。


「合体技、かっこいい」

「でしょ。私はやらないけど、オリジナルコンビネーションを動画に撮って公式の動画コーナーに投稿するのが流行ってるんだよ」

「そうなんだ。ちなみに、他にはどんなのがあるの?」


 後は闇の姫巫女の陣営のプレイヤーが4体のMOBを倒すまで待つだけなので、雑談をしていても問題はありません。まだスキルに経験値も入らないので、スキルレベルの確認もできませんし。


「私達には出来ないけど、格闘系スキルでゴーレムを両側から攻撃するとかあったよ」


 格闘技の漫画とかでありそうなやつですね。正反対の位置を攻撃して内部で衝撃がどうのこうのとかそういうやつですよ。


「あたしは魔法持ってないけど、グリモアとリーゼロッテなら、あれ出来るんじゃない? サイクロンにフレイムランス撃ち込んで疑似ファイアストームにするやつ」


 ほうほう、そんなのもあるわけですか。……あれ?


「ボムって本来複数人で取るのかな?」


 私のやった方法なら3人で取れますし、他の方法でもいいなら、やり方なんていくらでもありますから。


「そういえば爆発起こす動画はなかったよ。調合スキル無しで爆弾作ってる動画はあったけど。まぁ、すぐに消されたけどね」


 基本的には物理現象をしっかりと再現していますから、作れてしまうのでしょう。ただ、それを公式の用意した場所で流してしまうのはまずいのでしょう。

 そんな話をしていると、4体のMOBを倒し終わったようで、守り人の里へと戻され、報酬として大判を10枚入手しました。

 里の広場で通知を確認していると、まだLV30になっていなかった冥魔法と雷魔法と鉄魔法がLV30になったという通知でした。

 冥魔法で覚えたのは【ダークバインド】です。まぁ、試しに使ってみましたが、黒いホーリーバインドです。雷魔法は【エレキブラスト】、鉄魔法は【メタルブラスト】でこれはよくあるブラスト系でした。


「そういえばさ、リーゼロッテは梟の目、取ってないの?」

「いや、余計に眩しいじゃん」


 ついさっき眩しくて苦しんでいたわけですから、瞳孔を開いてはだめですよ。


「えーと、梟の目って説明には暗視能力って書かれてるんだけど、システム的には光量を一定にするって処理らしくて、暗い場所でもちゃんと見えるし、眩しい物を見ても普通に見えるよ。さっきのもそれがあったから苦無を受けても攻撃出来たし……後、魔法も含めて、全ての遠距離攻撃の射程が、少し増加するの」


 そう言われてみれば時雨が跳んでいる最中には既に苦無による迎撃を受けていましたね。私がさっき受けたときのように光で目元を覆われて眩しさに苦しんでいたはずです。

 まぁ、それに対する感想は一つですね。


「……ゲームだね」


 さて、梟の目を取ってしまいましょう。闇の忍者とも光の忍者とも戦ったので、出会うことはないと思いますが、そんなことは頭の片隅から外へ放り投げてしまいましょう。


「ちなみに、鷹の目も射程あがるの?」

「上がるよ」


 これもですね。てっきり物理的な遠距離攻撃のみに適応すると思っていたのですが、魔法にも効果があるのなら、取らない理由はありません。ちなみに、鷹の目はスキルレベル次第で射程が伸び、梟の目はより暗い場所でも見やすくなるそうです。ああ、射程も極々微増し続けるそうです。

 ゲーム内時間で夜になっても行動に影響が出るほど暗く感じることはありませんが、場合によっては見落としが出るので、明るくなるのはいいことですね。

 今回は何人かがすぐに落ちてしまったので完全に自由行動となりました。


「リーゼロッテ、一つ聞きたいんだけど、冒険者ギルドのランク上げてる?」

「ぜんぜん」

「やっぱりね。それじゃ、上げに行こっか」


 いきなり腕を掴まれました。これは連行する気まんまんですよ。


「何で?」


 上げることに損はありませんが、何とも気が乗りません。冒険者ギルドのランク上げをやっていませんが、全く不便を感じていませんから。そのため、やらなくていいことだと思っているので、やる気がでないのでしょう。やらなければいけないことは先にしますが、やらなくてもいいことは徹底的に後回しです。


「やる気がないならいいけど、魔術ギルドで発生するクエストにもか――」

「よし行こう。今すぐ行こう。ちゃっちゃと行こう」


 あまりの変貌ぶりに時雨が驚いていますが、掴まれている腕を掴み返して連行しましょう。簡単な上げ方を知りませんから、時雨が必要です。


「はいはい、やる気があるうちに手伝うよ」


 パーティーは組んだままなので、テレポートでクランハウスのポータルへと移動し、そこから出ればすぐに冒険者ギルドです。


「それで、簡単な上げ方だけど、お金ある?」

「ゲーム始めてから一番持ってる」


 何せ不滅の水の納品をしたばかりですから、それはもうウハウハです。


「そう。じゃあ、ここの代理販売でクエストの納品アイテム買って納品すればランクDまではすぐだよ」

「ちなみに、何回くらい?」

「クエストにもよるけど、とりあえず【鋭いトゲトゲ】買い込んで納品しよ。ランクEにすれば、必要回数もわかるから」


 代理販売を覗いてみると、多くの人が出していますね。安くて1個100G、高くて10,000Gですか。安いのから合計で50個買い込んでみました。これで5回分ですが、納品は1回ずつ行います。

 そして、納品していくと3回でランクEになりました。


「ランクEになったよ」


 確か、これでミーティングルームが使えるようになるんですよね。通知によると他にも倉庫の性能が上がるようですが、これはクランハウスの倉庫があるので必要ありません。


「それじゃあ、次は鋭いトゲトゲの納品100回で上がるから、一気にやっちゃおっか」

「りょーかい」


 今は2回分を持っているので、後98回分、980個ですか。さっきは安い方から買い占めたので、いまある最安値は150Gです。残念ながら安いのは数が少ないので、最終的には1個500Gで買うことになり、合計で248,600Gで揃えることが出来ました。

 この後は100回納品して10,000G入手し、無事にランクDになりました。


「終わったよ」


 報告だけして通知の確認をします。

 前にリッカが言っていたスキルセットが開放され、スキルの連続使用の登録をすることが出来るようになりました。まぁ、やることはないと思いますが、開放されてしまった以上は何を言っても無駄ですね。

 他にも倉庫の性能が上がったとありますが、これは必要ないので完全に無視ですよ。


「ランクCになるには面倒なクエストが必須になるから無理強いはしないけど、地道にやっておいた方がいいよ。それで、再精持ってたはずだけど、魔術ギルドに行けば上位の取れるよ。……というか、魔法系のスキル増えたら、こまめに行った方がいいよ。クエスト発生してスキルとかアーツとか取得出来るようになるらしいから」


 前に行ったのはいつでしたっけ。確か、無魔法を取った時なので、5月ですかね。随分と昔に感じます。


「そっか。じゃあ、久しぶりに行ってみようかな」

「まったく、他の人が見付けられないもの見付けるのに、他の人が知ってるのを知らないよね」

「いやー、調べるつもりがあったと思うと思ってたんだけどね。でも、やる気がないと調べられないよね」

「なんか引っ張っていかないといけない気がする」


 そういった時雨に手を取られクランハウスへと繋がる廊下に出るための扉へと向かっています。確かにそちらの方が近いですが、早いのはテレポートですよ。まぁ、今は逆らわずにいましょう。

 もっと早い方法として、廊下に入ってからすぐに出ると、好きな街の冒険者ギルドに出ることが出来ます。ほとんどポータルか魔法での移動だったので忘れてましたよ。

 エスカンデの冒険者ギルドから魔術ギルドへ移動しながら私がヤタと信楽を召喚すると、時雨もクロスケを召喚しました。うーん、あの黒い狐、尻尾は二本だったと思うのですが、三本になっていますね。


「尻尾気になるの?」

「……尻尾が多けりゃいいってもんじゃないんだからね」


 尻尾が一本の信楽を抱きしめながらそう告げると、時雨はクロスケを肩に乗せました。


「なつき度が50%越えたら生えたんだよ」

「べ、別に悔しくないからね」


 尻尾の多い妖怪なら、狸よりも狐でしょう。ですから、クロスケの尻尾が増えても羨ましいわけではありません。

 どちらかと言えば――。


「憑依スキルとかあればハヅチが気合い入れて装備作りそうだよね」

「否定はしないけど、着ないよ」


 残念です。本当に残念です。


「何でリーゼロッテがそんなに悔しそうなの?」

「私が見たいから」


 そんな会話をしながらも呆れている時雨に手を引かれ、魔術ギルドへ到着しました。そこはいかにも魔法使いといった格好の人で賑わっています。それでは首根っこを掴まれる前に受付に行ってクエストを始めてましょう。


「すみません」

「ここは魔術ギルドです。どういった御用ですか?」


 前と反応が違う気がしますが、NPC担当のAIが違うのか、バージョンアップがあったのか、まぁ何かしらの変化があったと思いましょう。


「えっと見学だと思います」

「それではこちらへ手を乗せてください」


 いつか見たような水晶玉が出てきました。私の記憶が正しければ、様々な色に光る円が浮かんだはずです。

 さて、今回はどうでしょう。


「これは……」


 丸い羅針盤に使われていそうな円が二つ、八色に光って……いえ、もう二色ですかね、よくわかりませんが、様々な色に光っています。他の人の結果を知らないので何とも言えませんが、あの形は魔法陣と関係があるのでしょうか。


「随分と珍しい形ですね。それに、全色とは……。ですが、一部は練度が足らないようです。今はこれくらいでしょう」


 受付嬢のNPCがそう言うと水晶の光が私の中に入っていきました。


 ピコン!

 ――――クエスト【水晶の儀】をクリアしました――――

 【魔法】を取得しました。

 【魔力貯蔵LV1】を取得できます SP3

 ――――――――――――――――――――――


 おや、これは懐かしのスキルレベルのないスキルです。特に何かが使えるようになるわけではありませんが。それと、魔力貯蔵ですか。見る限り、再精の上位スキルのようですが、素直に回復力が上がるわけではないようです。


「どうだった?」

「魔法と魔力貯蔵ってのだった」


 魔力貯蔵を取得しながら返事をしましたが、何か安心したような表情をされてしまいました。


「魔法っていうのは称号系スキルって言われてて、基本的にはステータスが上がるだけのやつだよ。探索魔法みたいなのもあるけどね」

「あれは雰囲気作りにいいよね」


 水を飲んだり、洞窟で光を付けたりと冒険している気分になりますから。

 魔力貯蔵はMPが全回復している時に効果があるスキルで、余剰分を貯めておくことが出来るそうです。貯めた分は一定量毎に任意で使うことが出来るそうです。まぁ、スキルレベルによって上限が決まるので、今はすぐに上限に達してしまいますね。

 スキルの詳細を確認している間、時雨は豊満な胸の下で腕を組み、何かを考えています。ただ、その腕の位置のせいで強調され具合が凄いですね。


「下級スキルがカンストすると複合とか結構増えるらしいんだけど、リーゼロッテはまだだよね」

「中級スキル自体、片手で足りるからね」


 私のスキルを推測して、今取れるものを考えているのでしょう。ただ、そこまでスキルレベルが高くないので、取れるものが思い浮かばないようですね。


「私のスキル、見る?」

「……やめとく。知らなければ巻き込まれないから」

「知ってるだけで身の危険を感じるようなものはないんだけどねぇ」

「それじゃ、これくらいかな」

「そっか。じゃあ、私はちょっと素材の補充に行くけど、時雨はどうする?」


 不滅の水を納品してしまったので、樽が20個ほど空になっています。別に困ることはありませんが、放っておくと忘れてしまうので早めに行く必要があります。


「……それは安全な素材?」

「不滅の水」

「あーあれね。樽に入れてるんだっけ? その樽って生産クランで売ってるの?」


 ほうほう、なるほど。


「不滅の水が欲しいと、そういうことだね」

「まぁそうだけど」

「生産クランで売ってたよ。買ってから一緒に行く?」


 在庫があるかはわかりませんが、行きは一瞬帰りも一瞬なので寄り道に問題はありません。





 こんどはテレポートでセンファストのポータルまで移動し、生産クランを目指します。ここまで移動して思ったのですが、やはり夏祭りの本番中なのでプレイヤーが少ないですね。

 今日は特に買うものがないので時雨の背後に控えていますが、いっそのこと樽の補給でもしましょうかね。今樽を入れている枠はもういっぱいですが、別の枠にいれれば49個は持てますし。……あ、今持っている樽は40個なので後9個持てますね。ついでに買っておきましょう。


「大きな樽1個でアイテム20個分か。同じアイテムしか入れられないから、49個買っとこうかな」

「ちなみに、中身入りと空も同じところに入れられるよ」

「それはよかった」


 さて、準備は出来たので目的地へと向かいましょう。流石にここでテレポートを使う気はないので、一度外へ出てから不滅の泉へと移動しました。


「さて到着」

「本当に便利だよね。グリモアはまだ時間がかかるって言ってたけど」


 一瞬で時雨が来たことない場所へとやってきたため、周囲を見渡しながらそう口にしました。これは使用者が行ったことがあるポータルかセイフティゾーンへ行く魔法なので、同行者が行ったことあるかどうかは関係ありません。そこがとても便利な理由ですね。


「この石版で何かするの? 何か窪みがあるけど……」

「魔石をそこに入れてもいいけど、私達はこっちだよ」


 私は滅んだ泉の底へと移動しながら手招きして時雨を呼びます。せっかく魔力操作を持っているのですから体験してもらいましょう。


「この横から突き出た石版を使うの?」

「そうそう。この正体不明の石版2枚、どっちでもいいけど、これに魔力操作でMPを流し込めばいいんだよ」


 時雨にそう伝えて逃げ始めますが、この石版、上側の方が少し大きいんですよね。上手く閉じたら空洞が出来そうですし。

 まぁ、これが何かは上のセイフティゾーンにある石版を全て読めればわかることです。

 何も知らない時雨は慣れない手付きでMPを流し込んでいるので、スキルレベルが低いのでしょう。生産道具や装備に魔力付与をしてあるのでその補給でスキルレベルは上がると思うのですが、グリモアにやらせている可能性はありますね。


「よし、出来た」


 その声が聞こえると同時に石版の間から勢いよく水が流れ出してきましたが、私はこっそりとショートジャンプを使ったので安全地帯にいます。最初の時にリコリスが巻き込まれたのは、予想以上に私のスキルレベルが高かったのと、移動方法が徒歩だったからということにしておきます。

 時雨が水に流されて浮かんでいるのを見物していますが、ハヅチの作った巫女服が肌に張り付いているようです。流石に全年齢対象のゲームなので透けることはありませんが、あの状態は動きにくいんですよね。

 インベントリを操作し空の樽を放出していると時雨が泳いで向かってきました。


「まったく、教えてよね」

「始めは勢い凄いけど、すぐに弱まるし、不滅の水だからHP減らないし、息苦しくならないんだよね」


 何を隠そう蘇生薬の素材で、それ自体に蘇生効果がありますから、潜っていてもHPが減ることはありませんでしたし、すぐに浮かぶので溺れられないんですよね。


「それで、樽は出しておけばいいの?」

「そう。いっぱいになれば表示が出るから、そしたらしまえばいいよ」


 私はそう言うとセイフティゾーンにある石版と睨めっこを始めました。未だにここの使用方法しかわかりませんが、言語学のレベル上げになるのでやめる気はありません。

 大人しくしている私に対し、時雨が乾ききる前に後ろから抱きついてきたので二人して濡れ濡れになってしまいました。まぁ、すぐに仕返すために暴れたので最終的に砂まみれになりましたが。

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