4-15その3

 生産クランの会議室で今、私達は不滅の水の価格交渉をしています。流石にボッタクリクランの価格を基準にする気はないのですが、基準がないのは困りますね。生産クランの1個1,000Gを基準にはしたくないですし。

 あまりやりたくはありませんが、一つ聞いてみましょう。


「ちなみにですけど、蘇生薬は1個いくらで売るつもりですか?」

「今のところは10,000Gだよ。一番手に入れにくいのは不滅の水だけど、それは立地の問題だし、他の素材に関してはある程度の流通がある素材だから」


 あのクランはボッタクリすぎですね。驚きましたよ。とりあえず、最初の提示額の1,000Gだと、大きい樽1個で500,000Gですか、小さい樽だと20,000Gですね。数が多いせいもあってかいい額に思えます。


「週にいくつ買い取ってくれるんですか?」

「蘇生薬の研究とか、他の使い道とかも考えるけど、樽20個分かな。それだけで一万個だし。あ、今日の分は全部買いとるよ」


 一万個……かなりの数に思えますが、使う人数や頻度によってはあっという間に無くなる数ですね。それならもういっそのこと最初の提示額でいい気がしてきました。交渉したり、何か別の手伝いを要求されたりするのも面倒ですから、今回はエステルさんの提示額で頷いておきましょう。


「それじゃ、最初に言ってた1個1,000Gでいいですよ。納品はどこにすればいいですか?」

「あれ……いいの? 悪徳組合の価格からして結構強気に来ると思ってたんだけど。まぁ、でもそっちがその値段でいいって言ったんだから、それでいいよね。よし決定だ。それで、納品場所だけど、ここかクランハウスの受付に持ってきてくれれば買い取れるようにしとくよ」


 うまくいって喜んでいるようですが、これで油断してはいけませんよ。ふっふっふ。


「わかりました。それで、樽はシェリスさんに頼めば作ってくれますかね?」


 暇な時に集めとけば、毎週行かなくてもすみますし、自分で何かを作る時にも使えますから。私のスキルで何か作れるかオババに聞いてみましょう。


「大きい樽なら納品用に用意しとくけど、それとは別に欲しいってこと?」

「まぁ、そういうことです。特殊な物を頼む気はないので、納品の時は空の樽と交換でも入れ替えでもいいですよ」

「そう、わかった。そこはシェリスさんと直に交渉してね。知り合いと直接話した方が楽そうだから。後、無理だったら断ってくれていいんだけど、追加注文は受け付けてくれる?」

「構いませんよ。でも、今すぐとか急ぎの場合は、特急料金貰いますよ」

「そりゃそうだね。そっちにも都合があるはずだし。それじゃあ、ゲーム内で24時間以内の場合は、1割増させてもらうよ」

「HAHAHA。エステルさん、冗談きついですよ。リアル24時間以内の場合は、倍ですよ」

「またまたー。ゲーム内24時間以内で2割増だよ」


 おや、随分と小刻みですね。しかも、時間は譲りませんか。


「これは無茶なことを。リアル24時間以内の場合は、倍ですよ」

「いやいや、ここは譲歩し合う流れでしょ。何で変えないの」


 どうやらお互いにこういった交渉は苦手なのでしょう。何せ、具体的なデータもなしに交渉していますから。まぁ、こういう方が気楽なのでいいですが。


「わかりましたよ。リアル24時間以内の場合は、3倍ですね」

「増えてるから」


 だめですか。しかたありません。


「じゃあ、リアル24時間以内は2割で、そこから8時間短くなる毎に、5割、2倍ですかね」

「うーん、リアル24時間以降は増加なしでいいんだよね」

「ええ、でも、それ以降の締切はリアル24時間単位ですよ。後、拒否権は貰いますし、理由があって長期間ログイン出来ない時はなるべく事前納品しますけど、無理な場合は連絡しますね」

「わかった。それでいいよ。一応確認しとくけど、リアル8時間以内の場合、1,000Gの2割増加の5割増加の2倍なんて言わないよね」

「……チッ」


 気付かれましたか。用心深いですね。複利のつもりだったんですが。


「油断出来ないな、まったく。変わってるって言われない?」

「言われますよ。当たり前じゃないですか」


 人にとって思い通りにいかない他人は全て変わっていると思うものです。そして、その言葉を否定するつもりはないので、よく肯定しています。何せ、相手は否定されるのを前提に話しているので、肯定されると困るんですよ。

 次に締切を確認したところ、今日採取した分は今週分で、一週間の締切は日曜日ということになりました。つまり、次の納品は月曜日からです。

 後、契約内容の変更と終了にも触れます。前もって連絡してくれれば増減したところで問題はありませんが、流石にずっと私しか納品しないなんてありえないはずなので、いつかは終わるはずです。少し話し合った結果、円満に決まったのでこれらをまとめた契約書をエステルさんがスキルで作っています。何でも商人ギルドでのランクが高いと取得出来るスキルらしいのですが、そちらに関しては上げる気がまったくないので、便利だとは思いますが私には縁のないスキルです。

 契約が終わるとメニューに契約という項目が追加されました。ここから内容や、追加注文の確認が出来ます。流石に納品や報酬の受け取りはできませんが、十分に便利です。

 最後に納品をしに行きました。大きな樽20個と小さな樽40個なので、合計10,800,000Gとなりました。何とも見たことない数字なので、驚きですね。まぁ、それをポンと出せる生産クランも意味がわかりませんが。

 さて、最後に交渉の間ずっと黙って何かをしていたリコリスを捕まえました。


「リーゼロッテさん、どうしたんですか?」


 どうやらもう慣れてしまったようです。そんな反応ではお姉さん、悲しいです。


「リコリスはこれからも蘇生薬作るの?」

「最初の量産メンバーには入っているので、素材は優先して売ってもらえるので、作りますけど、生産クランが供給が安定したと判断したら優先販売が終わるので、それ以降は生産量が不安定になると思います」


 ……一度リコリスを下ろすと、インベントリからさっき完成させたアイテムを取り出し、リコリスの体に下げました。


「リーゼロッテ、さん?」

「商品の先渡し。値段が決まったら教えるから、そしたら分割払いして。別に、供給が安定してから蘇生薬で払ってもいいから」

「で、でも……」

「何? 樽もよこせって? しょうがないなー、今からシェリスさんに木材渡して作ってもらうから待ってね」

「いえ、そうじゃないんです。こんなのだめですよ。こんな確実に高価になるアイテム受け取れません」


 まったく、リコリスはしっかりしてますねぇ。こういう状況では不用意に借りを作りませんし、勢いで流されてもくれません。まぁ、だからこそ安心して甘やかせるんですが。


「でもねー、リコリスには調合系で先に進んでもらわないと困るんだよね。私がレベル上げる時に聞ける相手がいるのは、とっても助かるし。だから、ちゃんと金策して、素材の納品してくれる知り合い確保してね」


 私は自由気ままにフィールドをふらつくので素材を集めて渡すことは出来ません。ですから、出来る形での支援をすることにしました。こうしておけば、敵と味方だけで考えると、リコリスを通じてなごみ亭の人達が間接的に味方になります。特に、顔の広そうなセルゲイさんを味方にしておくことに損はありません。セルゲイさんに対して直接貸しを作るのは難しそうですから、リコリスを利用させてもらいました。


「リーゼロッテさん、ありがとうございます」


 きっちりと頭を下げられてしまいました。うーん、こういうことはされないように動いているつもりなので、あまり慣れていません。


「ほらほら、早く装備しないと。なくしたら大変だよ」

「はい」


 リコリスが手早く持ち物装備として登録しているようです。流石に今まで使ってた鞄に入っているアイテムをインベントリに移すのは個人のスペースでやるつもりのようで、肩掛けカバンの紐が交差しています。小柄なリコリスが大量の荷物を運んでいるように見えるので、ちょっとおもしろいです。


「ふふ」

「笑わないでくださいよ」

「ごめんごめん。ところでさ、シェリスさんに会いに行くつもりなんだけど、受付から連絡取れるかな?」


 本店と個人のお店は繋がっていましたし、本店と支店も繋がっているそうなので、間接的にシェリスさんのお店と支店は繋がっていることになります。なら、呼べますよね。


「出来ますよ。ただ、シェリスさんは木工部門のリーダーなので、忙しいと思いますけど」


 前にベータ時のトップ生産者の一人だと聞いていましたが、生産クランでも中々な位置にいるようです。とりあえず、リコリスに受付へ案内してもらいました。


「すみません、シェリスさんを呼んで欲しいんですけど」

「失礼ですが、アポイントは取っていますか?」


 おお、まさかNPCを雇える機能があるとは。どの程度カスタマイズが出来るかはわかりませんが、便利ですね。


「取ってませんけど、リーゼロッテが来たって言ってもらえますか? 知り合いなので」

「申し訳ありません。アポイントのない方を取り次ぐことは出来ません」


 あー、融通は利かせてくれないわけですか。まぁ、それが一概に悪いとは言えませんからね。前もって約束を取り付けない飛び入りの客なんて、面倒事か厄介事かのどちらかですもんね。


「流石に部門のリーダーは無理でしたか」


 おやおや、リコリスは甘いですねぇ。私には最後の手段があるんですよ。


「今からアポ取ればいいんだよ」


 ええ、フレンド登録してありますから、メッセージを送ってしまいましょう。木材……正確には枝と丸太ですが、持ち込みで樽を作って欲しいことを書いて送信です。

 さて、ログインはしているようですが、手が空いているのかどうか。忙しいようでしたら、今度にしましょう。


「リーゼロッテ様、リコリス様、シェリス様より許可が出ました。矢印のとおりにお進みください」


 おお、シェリスさんのいる場所までの矢印が浮かび上がりました。こういうのは道を間違えようがないので便利ですよね。途中、肩に止まっているヤタや後ろを歩いている信楽に対し、素材を取りたそうな目を向けている人がいましたが、近付いてはこなかったので、今回は見逃しましょう。


「おお、ここだ」

「ですね」


 ノックをして了承を得てから中にはいると、前に来たことがあるシェリスさんのお店と繋がっていました。どうやら、クランハウス経由とは別の通路があるようです。立地的にかなり離れていると思うのですが、どういう仕組なのでしょうか。私としてはとても気になりますね。


「いらっしゃい。樽が欲しいんだってね」


 アイテムの注文ということもあり、主に杖や弓を飾っている店舗部分で話すことになりました。この木製の椅子や温泉とかで使いそうな桶なども気になりますが、今日の目的に変わりはありません。


「そうなんですよ。生産クランの人に頼まれまして、個人的にも樽を持ってた方が楽ですし。枝とか丸太ならあるんですけど、材料持ち込みで作って貰えません?」

「それは構わないけど、いくついるの?」

「えーと、大きいのが20個以上です。まぁ、作れるだけですかね。ちなみに、1個いくらですか?」


 材料持ち込みでも無料にはなりませんから。手間賃やら技術料やら木材以外の素材やら、何かしらは必要になりますし。


「別に手持ちの丸太で用意できるだけ作ってあげるって言いたいけど、そういうの好きじゃないんでしょ。なら、リーゼロッテに売って欲しい物があるから、その代金を値引くってことでどう?」


 おや、妙なことになりそうですね。私に売って欲しい物があると言われても、スクロールしかないと思うのですが。あ、テレポートもスクロールに出来るので、高値で生産クランに卸すのもありですね。


「値引くほどの物なんてありましたっけ? そんな高値のスクロールはまだ作ってませんし」

「そのまだってのも気になるけど、それだよ、それ」


 シェリスさんが指さしたのはリコリスに渡した鞄です。ハヅチが作ったものですが、クランショップで売っている物とは素材が違います。そのためか、質感というんでしょうか、それが違うんですよね。後、デザインも多少。


「素材が手に入らないって感じだったから、諦めてたけど、見つかったんでしょ?」


 素材の候補ならあるようですが、まだ試していないんですよね。それに、これは見つかったのではなく、持っていたものですし。


「あの、リーゼロッテさん……」


 リコリスがおずおずと鞄を差し出そうとしています。


「いやー、この鞄、実はずっと前から用意はしてあったんですよ。何かに使えるかと思って用意しておいたんですけど、今の今まで鞄の肥やしになっていました。つまり、素材は見つかってません」


 ここは存在しない胸を張るとしましょう。こういうのは下手に誤魔化すよりもはっきりと事実を伝えるべきですから。


「そっか。なら、しかたないね。ちなみに、素材が見つかったら即金で買う用意はあるよ」


 これ、価格不明なんですけど……。

 まぁ、シェリスさんならおおよその価格を考えてはいると思いますが、不滅の水の買い取りにあれだけの額を出せるクランの重役ですから、個人資産も凄いと思いますし。

 とりあえず、枝は錬金の【昇華】で丸太に出来るらしいので、出来る限り丸太にしてから全て渡して何個作れるか確認してもらうことになりました。今は臨時収入で懐が温かいですから、足りない分は現金で払いましょう。


「えーと、これだと7個だね。余りの買い取りで手間賃に当てるけど、13個分、どうする?」

「現金、ニコニコ一括払いでお願いします」

「わかったよ。それじゃあ、ちょっと待ってね」


 早速メニューから一括生産を行い20個の大きな樽を用意しています。今更ですが、もうちょっと作ってもらえばよかったです。


「はい、それじゃあトレード申請するよ」


 表示されたトレード画面には大きな樽が20個用意されています。トレードと言っても、アイテムを売る場合、こちらでは【購入】か【キャンセル】しか押せません。金額は13個分なので195,000Gです。

 私の用事が終わるとリコリスも樽の注文をしていました。案外、この鞄の代金もすぐに払ってきそうですね。それでは、なるべく早く値段を決めましょう。


「クランの方で依頼出してくれれば買えるようにしとくから」


 最後にそう言われてしまったので、次からは直接来ない方がいいようです。この後、リコリスを連れて入手した樽に不滅の水を満たしに行ったのですが、言語学のレベル上げついでに石版と睨めっこをしていると、魔石を使う場合には、この石版の窪みに魔石を入れるとわかりました。つまり、魔石を使う場合は、水から逃げる必要がないようです。まぁ、わざわざ経費を使う気もないので、そのまま水に浮かぶことにしましょう。

 採取も終わり、街に戻ってログアウトです。

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