1-2

 夕方の草原に来ました。

 この時間でも、狩りをしている人は多いですが、オババの店に行く前ほどではありません。

 私は草原の外れの方へ向かい、地面がむき出しの場所を見つけました。ここなら、魔法陣も描きやすそうです。まずは【ファイアの陣】を描き、杖を通して真ん中にMPを流します。


「あっち」


 驚きました。

 腰くらいの高さまで火が吹き出しました。実際は熱いというよりも暖かい感じでしたが、私の反応は条件反射のようなものです。腰を抜かしたまましばらく見ていると、勢いが弱まり鎮火しました。どうやら流した魔力が尽きたようです。

 あ、MPの消費量を見ないと。

 このゲームはステータスに関して具体的な数値を表示しないため、どれだけ消費したかはわかりませんが、ファイアボルト1発分以下です。恐らく、魔法陣で最初に使うための魔法だからでしょう。

 所持スキルから魔法陣を確認するとLV2になっていました。

 これでMOBを倒せばもっと早く上がるかもしれませんが、火以外の属性にしましょう。こちらの身が持ちません。

 他の魔法スキルのフレーバーテキストを確認したところ、水属性は横棒が2本、土属性は四角、風属性は波線が2本、光属性は星で闇属性は逆さの星です。

 全ての属性の魔法陣を試しに使ってみましたが、水溜りになったり、地面が盛り上がったり、風が吹いたり、光ったり、黒い霧が出たりするだけで、攻撃として使えそうにありません。やはり、ファイアの陣を使うべきなのでしょうか。

 ラビトットを捕まえられれば丸焼きに出来ますが、縄なんてありませんし、どうしましょう。この辺りには他のMOBもいるはずですから、丸焼きにしやすいMOBを探しましょう。ちなみに、一度使った魔法陣は消えてしまったので、証拠隠滅する必要はありません。

 何とかラビトットを倒そうと試行錯誤している時に気付いたのですが、前もって陣を描いておいて誘き寄せればいんです。ラビトットはノンアクティブですから、もってこいです。

 ファイアの陣を描いてから魔法を撃ちラビトットを誘き寄せます。そして、頃合いを見計らい魔力を流し込みました。

 ……暖かいです。

 よく考えたら杖で流し込む必要がないので、足で陣を少し踏んでそこから流し込み、ラビトットを棒で押さえ込んで焼いています。どうやら流し込んだMPが無くなる前に追加で流し込むと効果時間が延長されるようです。棒で押さえる感覚がなくなり、リザルトウィンドウが現れました。ドロップはラビトットの丸焼きという料理アイテムで、食べると一時的にAGIが上がるそうです。

 とりあえず邪魔にならない限り、インベントリの肥やしにでもしておきましょう。

 気付けば日が落ちていました。ゲーム内では18時を過ぎているので、そのあたりが日の落ちる時間のようです。

 暗くなったということは、ファイアの陣を使うと目立ってしまいます。テキトーに魔法でMOBを倒しながら街に戻ると……、おや? こんな所に穴が。そういえば、さっきまでいっぱいいたラビトットの数が減っています。となると、この穴は夜に出現するMOBによるもの。そう思っていたら、突然塞がってしまいました。

 んー、穴を掘るMOBだとは思いますが、何故塞がったのか。

 しばらく周囲を見渡していると、何かが飛び上がりました。近付いてみるとMOBの姿はありませんが、また穴が空いています。

 街の方へ向かいながら警戒していると、一体のMOBが飛び出してきました。一瞬でしたがモゲッラというモグラのMOBだと鑑定出来ました。茶色いせいで見つけにくいですね。消えた穴はモゲッラがいなくなった穴ということですか。空いている穴にはモゲッラがいて、入り口は一つ。なら、試してみますか。

 穴が空いてから時間が経ってしまうと、途中で逃げられてしまう可能性があります。なので、飛び出したモゲッラを見つけたらすぐに駆けつけて魔法陣を描きます。全てを描けていれば真ん中に穴が空いていても発動するようで、MPの消費に合わせて水がどんどん入っていきます。そう簡単には水浸しに出来ないようで、どんどん空気の泡が出てきます。消費の少ない魔法なのにMPが半分切りました。このままでは逃げられてしまうかもしれません。

 MPを回復する方法は自然回復以外ないので、どうしましょう。

 MPがもう尽きる。そう思った瞬間、リザルトが出ました。ギリギリですが倒せたようです。しかし、ドロップに問題があります。

 茶色い皮(小)と小さい爪には目を瞑りましょう。20個ほどありますが、基本的なドロップ品のはずです、気にしてはいけません。それよりも茶色い皮(大)これが問題です。調べようがありませんが、穴に何か混じっていたようです。そして、一番の問題。それは、インベントリです。初心者用ポーションと錬金入門セットで2ヶ所、ラビトットからのドロップで3ヶ所、そして、今ので7ヶ所の計12ヶ所。これがインベントリで必要なマスの数です。けれど、このゲームのインベントリは9ヶ所。3ヶ所分足りません。

 入手直後は臨時インベントリに入るので今は早歩きで街へ向かっていますが、どうにも間に合いそうにありません。はみ出るアイテムは3種類ですが、丸焼きは手に持ちたくありません。錬金入門セットは持てますが……。

 結果、茶色い皮(大)を風呂敷に見立て、錬金入門セットと薬草を包みました。これでゆっくり戻れます。





 街へ戻り、荷物を持ったまま冒険者ギルドに向かいます。ここには1回50Gで荷物を預けることの出来る倉庫があるので、預けるつもりです。倉庫へ向かう私の視界にクエストボードが映りました。ふと気づきましたが、こういったゲームに納品クエストは付き物です。確認すると、ありました。モゲッラからのドロップ品を10個納品するクエストです。スタック数が9のゲームで納品数10という数に悪意を感じますが、ちょうどいいです。茶色い皮(小)と小さい爪の納品クエストを2回づつ行い、2800G貰いました。1個70G換算ですね。NPCの買取価格は100Gだと確認したので、お金を取るか、冒険者ギルドのランクを取るかということなのでしょう。急いで上げる気はないので、気が向いたら上げましょう。ところで、買取価格を確認した時に、興味深い物がありました。紙(低品質)100枚束、羽ペン、羽ペン用インクの三つです。魔法陣を描く時は、適した陣を描けばいいのであり、対象は指定されていません。それなら、紙に描いておいて、魔力を流せばいつでも使えるはずです。ということで、紙の100枚束とインクを9個づつと、羽ペンを1つ買ったので、残金5180Gです。インベントリは全部で7ヶ所埋まってしまいました。まぁ、どうにかなるでしょう。

 疲れたので一度切り上げますが、スキルを見ておきましょう。


基本スキル

【棒LV9】

【火魔法LV5】【水魔法LV7】【土魔法LV3】

【風魔法LV3】【光魔法LV3】【闇魔法LV3】

【魔法陣LV7】【錬金LV9】【言語LV4】【鑑定LV5】【魔力操作LV7】

【残りSP6】


 何かある度にスキルを確認するべきだったのでしょうか。火魔法ではファイアボール、水魔法ではアクアボールというアーツが使えるようになっており、魔法陣は陣描写、錬金では製作物鑑定というアビリティが解放されていました。魔力操作には何もないようなので、精度が上がるとか、そんな感じでしょう。

 ちなみに、陣描写は魔法陣を描くためのアシストをしてくれるようです。これは紙に書くのに便利そうです。

 現実の時間では余裕がありますが、一旦ログアウトです。





 現実に戻ってきました。お花を摘んでから台所でお湯を沸かしていると、葵の部屋から物音が聞こえました。どうやら、ログアウトしたようです。


「お茶なら、俺の分も頼む」


 それだけいうとトイレへ向かいました。しかたありません、おやつ代わりのチョコでも出しておきましょう。お茶を注ぎ終わると、頃合いを見計らったかのように葵が戻ってきました。


「どうだった?」

「まぁ、中々かな。面倒なのには会わなかったから、快適だったし」

「あー、解像度が劇的に上がってるから、一度戻った頃には絡みだしてる奴がいたな。……って、オチールまだあったのか」


 どうやら葵は私が好きなチョコが嫌いなようです。名前で物議を醸すことがよくあるのですが、気にしてはいけません。

 この手のゲームには「βテスターだから」が口癖の面倒な人達が多くいます。その人がβテスターかどうかなんてわからないので、信じるかどうかは人それぞれですが、しつこい人に絡まれるととても面倒です。

 昔遊んでいた頃にもいたのですが、未だにいるとは、世も末です。


「そんで、茜はどんなスキル取ったんだ?」


 チョコで口が塞がっている私は、公式サイトにログインしたスマホでキャラのステータス画面を表示させました。現実の知り合いと所持スキルや今後の育成に関して話し合うのにこういった機能はとても便利です。


「……予想通りで怖い。つーか、本当に魔法陣の使い方見付けやがった。それに、魔力操作って何だよ」

「スキルだよ。何か取れた奴。それで、葵の方はどうなの?」


基本スキル

【剣LV12】

【闇魔法LV10】【裁縫LV5】【鑑定LV10】

【索敵LV6】【隠蔽LV5】【速度上昇LV5】

【発見LV5】【投擲LV5】【鷹の目LV10】

【詠唱短縮LV10】

【SP15】


 葵が見せてきたスキルは、戦闘メインで嗜む程度に生産をする葵らしい構成です。


「こっちでも服作るんだ」

「まーな。インベントリの仕様が最悪だから、間に合わせの鞄作ったし。あ、後で渡すな」

「5,000Gくらいしかないよ」


 大して狩りをせず、ドロップ品をNPCに売りつけ、アイテムを買い込んだのですから、ある訳がありません。


「いや、あんな継ぎ接ぎだらけの間に合わせ品で金取りたくない。何か素材持ってるなら話は別だけど」


 素材ですか。全部納品しまし……、あ、一個あります。


「茶色い皮(大)なら1個あるよ」

「は? 大? 茶色?」


 何やら驚いています。βにはなかったのでしょうか?

 しかたありません。倒し方は省いて一から説明しましょう。結果、よくわからないけどモゲッラ倒したら何かが紛れてて拾ったということだけ伝わりました。攻撃する機会の少ないモゲッラを倒したことや、何が落としたのかなど、わからないことだらけのようですが、偶然の産物なので、しかたありません。そして、落とし主と相場不明の茶色い皮(大)を葵の間に合わせ品の鞄と交換することになりました。


「そろそろ晩御飯の買い物に行くけど、何か食べたいのある?」

「それじゃあ、炒飯で」


 大型連休に入る直前に両親が二人揃って出張に行ったため、作るのは私です。昔は「何でもいい」という一番困ることを言われていたのですが、ちょうきょ……、説得の結果、大まかな希望を口にするようになりました。まぁ、炒飯は疲れますが。


「それじゃ、買い物行くから、ご飯やっといて」





 買い物の途中で、伊織も食べに来ると連絡を貰いました。恐らく、私のスキル構成が気になったのでしょう。葵は反応を楽しみにするため、話さないはずですし。

 三人で早めの晩御飯を食べた後、日中に私が何をしていたのか気になっていた伊織が口を開きました。

 話すことは葵に話したことと同じです。そして、代わりに伊織のスキル構成を見せてもらいました。


基本スキル

【剣LV10】

【火魔法LV10】【土魔法LV10】【鍛冶LV1】

【鑑定LV11】【索敵LV5】【隠蔽LV5】

【細工LV1】【発見LV5】【採掘LV3】

【詠唱短縮LV15】

【SP13】


 二人のスキルを見る限り、ソロ向けの構成でしょうか。まぁ、二人共嗜む程度の生産を行うので、それを許してくれるPTメンバーを見つけるまでは大変そうですね。私達はこの後、現実の20時にゲーム内で集まって狩りに行くことになりました。30分前にログインすれば1時間30分も時間が出来るので、紙に魔法陣を描く時間が出来ます。ログアウトしたらそのまま寝られるように準備してしまいましょう。





 予定通りログインしました。1時間30分後には狩りに行くので余裕を持って行動しましょう。


「オババオババー」

「何じゃ小娘」


 どうやらこうやって挨拶すると階級が一つ下がるようです。まぁ、この呼ばれ方も悪くはないので放っておきましょう。


「錬金とお試しの作業がしたいので奥を貸してください」

「構わんが、何を作る気じゃ?」

「初心者用ポーションと書物をちょっと」


 陣を描いた紙をなんというのかわからないので、正確には言えませんが、まぁ、間違っていないはずです。


「よくわからんが、好きに使うがよい」


 ありがたいです。錬金以外もやるので断られるかと思ったのですが、問題なかったようです。

 それではサクサク進めましょう。まず、オババから水入りポーション瓶を9個買って錬金します。次に、紙とペンを用意します。そして、ファイアの陣を描いていきます。インベントリにしまうのであれば大量には描けませんが、葵が皮と鞄を交換してくれるので、大量に描きます。そう、時間の許す限りです。流石に900枚も描きたくないので100枚くらいにしておきましょう。束一つでちょうどいいです。

 まずは一枚描いて鑑定してみました。その結果、紙(低品質)とファイアの陣が表示されました。この状態では、ただ描かれているだけのようです。MPを流せば使えるかもしれませんが、ここで試すわけにはいきません。とりあえず、実験は後回しで、描き続けます。

 ふと、視線を感じたので見てみるとオババが覗いていました。ここはオババの店なのだから、堂々と入ってくればいいのに。


「これを描いているんですよ」

「どれどれ……。なるほどなるほど、考えとしては悪くないのう。じゃが、これでは魔力を自由に操れる者にしか使えんぞ」

「まー、誰かに売る気もないですし、焚き火用じゃ買い手もいませんよ。あ、ところでこの前のって私にも出来ます?」


 私にも魔力操作を教えることが出来るのなら、葵と伊織にこの紙を使ってもらうことが出来ます。私がやった場合、SPが必要になる可能性もあるので、そこのところを確認しなければいけません。

 っと、スルーするところでしたが、どうやら実験する前に使えるということはわかりました。


「魔力の扱いに長けていれば、誰でも出来るぞ。まぁ、嬢ちゃんにはまだ無理じゃがな」


 なるほど、スキルレベルが足りないわけですね。それでは魔法陣と一緒にゆっくり育てていきましょう。

 何とか書き終わり、皮の大を風呂敷のようにして紙を包みます。後は、待ち合わせの場所へ向かうだけです。





 集合場所である東の門に到着したのですが、少し早かったようで二人共まだ来ていません。私はPTを探している人が多い中、壁際に座って荷物の確認と魔力操作のレベル上げをしながら二人が来るのを待つことにしました。

 手持ちのアイテムは、初心者用ポーション18個に、紙とペンとインク、錬金入門セット、ラビトットの丸焼きで、皮の大に包んである陣を描いた紙です。インベントリの空きは2ヶ所。まぁ、まだレベルが低いので長時間の狩りは出来ないので大丈夫でしょう。


「お待たせ、リーゼロッテ」


 声のする方へ顔を向けると、炎の様な色の瞳と長い髪の伊織がいました。フレンド登録をしているため、時雨という名前が頭上に表示されています。向こうからすれば、私の頭上にリーゼロッテという名前が表示されているはずです。


「まだ時間より早いから待ったとは言えないよ」

「それならいいんだけど、ハヅチはまだなんだね。じゃあ、先に渡しておこうかな」


 目の前にトレード申請が表示され、【はい】を押すと、ウィンドウにアイテムが表示されています。DEFが上がる肘当てですね。お礼にポーションでも渡しましょうか。


「ポーションいる?」

「いや、いいよ。足りなかったら借りるから。それと完全な間に合わせ以下だから、耐久減ってもそのまま壊しちゃって」


 インベントリの仕様から、あまり物を入れたくないのでしょう。

 貰った銅の肘当てをメニューから装備すると、装備欄が一つ埋まりました。ちなみに、他の装備の邪魔にならないことを条件に、同じ部位に複数の装備が出来るそうです。その場合、持ち物装備というくくりになるので、効果は発揮されず、見た目だけの装備になるそうです。また、通常の装備の耐久は最初は100%となっており、0%になると消滅するそうです。1%でも残っていれば修理が出来るそうなので、ちゃんとした装備を入手したら気にしましょう。


「鍛冶1だったよね」

「日中はフィールドでスキル上げしてたからね。一桁の内はすぐ上がるから、施設借りて作ってたの」

「でも、序盤に鉱山なんてあるの?」


 作れている以上、あるんでしょうが、公式のフィールド紹介で初心者向けとなっていた東側は草原です。時雨はこれを作るために難易度の高い他の場所へ行ったのでしょうか。


「北側が荒れ地で、銅鉱石が落ちてるの。フルダイブに慣れてれば行けるよ」


 どうやら、初心者向けの初心者とはフルダイブ初心者という意味だったようです。フルダイブ全盛期の今、フルダイブ初心者なんているのでしょうか。


「そこの君達、PT探してるなら、俺達と行かないか?」

「てか、荒れ地で拾うだけで発掘が上がるの?」

「一桁の内はね。流石に掘る場所はないから、歩き回ったけど、MOB探しながらでも結構集まったよ」

「ねーねー君達、無視しないでくれよ」


 ん? 何か声が聞こえると思いましたが、どうやら私達に声をかけていたようです。

 無視しないでと言われても――。


「赤の他人が誰に話しかけてるかなんて、わかるわけないんだから、無視とかそれ以前の問題だよね」


 おっと、心の声を漏らしてしまいました。もちろん、わざとですが。


「PT探してるなら、二人で話してないでそれ相応の行動してるはずだよね」


 時雨も私に続いて心の声を漏らしています。

 では、とどめといきましょうか。


「知り合いと約束してるので、貴方達の入る場所はありません。他を当たってください」


 ここまで言って、初めて相手を確認しましたが、男の3人組でした。武器は剣と鈍器のようなので、前衛ですね。私が棒を持っているので、後衛だと判断して声をかけたのでしょうか。……いや、何かチャラいので違いますね。


「おや、おやおやおや? この娘達めっちゃ可愛いんですけど」

「おいおい、マジだよ」

「やばいよやばいよ」


 何だか騒がしい連中です。葵も見たと言っていましたし、昔やっていたゲームでもこういう人達はいましたが、未だに滅んでいないようです。こんなことをしても無駄だと気付けないのでしょうか。

 私達が冷たく迷惑そうな視線を向けていますが、それにすら気付けない人達なので、無理なのでしょう。


「二人共すまん。待たせた」


 声のする方を見ると、灰色の髪の上に、ハヅチと表示されています。これでようやくこの場から立ち去れそうです。


「おいおい、俺達が話しかけたんだから、割り込むんじゃねーよ」


 ああ、よくいる迷惑な輩です。


「それじゃ行こっか」

「そーだね」

「歩きながら鞄渡しとくぞ」


 ハヅチからトレード申請があり、鞄が表示されました。

 皮は風呂敷代わりにしているため、一度鞄を貰わなければ渡せません。


「ちょっと使ってるから、中身移してからでいい?」

「ん、ああ、いいぞ」


 そうこうしている合間にもさっきの連中が何か言っていますが、PTを組み、設定をいじることで私達の声が届かなくなりました。向こうの言葉に耳を貸さず、淡々と進む私達を見て諦めたようです。

 そもそも、私は断ったのですから、それ以上相手をする必要はありません。





 私達3人でラビトットを狩りながら東へと向かいます。MOBが弱いので共闘というよりは群れの数を減らしているという感じがします。


「ねぇねぇ、リーゼロッテは詠唱短縮のスキル取らないの?」

「んー? 取らないわけではなくもないよ。魔女を名乗るのなら魔法系のスキルは必須だからね。ただ、魔法陣をメインにするなら、後回しかな」

「無理強いはしないが、移動しながらだと陣描けそうにないから、レベル上げの邪魔にはならないと思うぞ」


 んー、確かにそうですね。現状では攻撃に使える魔法陣はないので、取っておいて損はないようです。それなら、今のうちに取っておきましょう。

 これで残りのSPは5です。


「よし、取ったよ」

「……勧めといてなんだけど、躊躇しないよね」

「必要な物だからね。……あ、忘れてた」


 そうそう、ソロセットの残りを忘れていました。索敵と隠蔽です。隠蔽は今必要ではありませんが、取っておいて無駄にはならないはずです。これで残りSPは3になりました。


「……上位スキルの解放にもSP使うから残しとけよ」


 一応忠告してくれるようですが、大丈夫、スキルレベルを上げればいいのですから。

 この後も狩りを続けているのですが、この鞄には大助かりです。大量に出るドロップ品の皮は鞄に詰め込んでおけばいいのですから。


「よし、一旦休憩にするか」


 ずっと狩りをしていたため気付きませんでしたが、どうやら一時間ほど経っていたようです。移動しながらだったため、ずっと戦っていたわけではありませんが、皮がかなり溜まっています。


「何々? スキルがキリの良い所まで上がったの?」

「ああ、剣が20になったんだ」

「ハヅチは早いね。私はまだ18だよ」


 この廃人予備軍め。私なんて……、えーとえーと、あ、14になってる。この二人に合わせていると上がりが早いですね。


「リーゼロッテ……、設定弄ってないんでしょ」

「何の設定?」

「通知設定だよ。大抵はデフォルトでオフになってるけど、結構いろんな設定あるよ」


 設定画面を開いてみると、膨大な設定項目がありました。まぁ、その大半は伏せられていますね。条件を満たしていないのでしょう。弄れる範囲を見る限り、かなり細かく弄れます。スキルレベルで言うと、個別に1レベル単位で弄れるようです。とりあえず、アーツを覚える5レベル単位で通知するようにしておきましょう。


「そういや、魔法陣って何ができんだ? βだと発動すら出来なかったから、情報がないんだよ」

「今だと、これくらいかな」


 私は鞄から魔法陣を描いた紙を1枚放り投げました。棒で突いてMPを流し込むとファイアが発動し、紙が燃え尽きても消費したMP分燃え続けています。


「焚き火……」

「わかってる陣が、こんな感じのだけなんだよね」

「使えるのはすごいんだけど……」

「……効果がしょぼい」


 わかっています。わかっていることですが、人に言われたくはありません。まぁ、βテストで使える人がいなかったことが、期待に拍車を掛けていたのでしょう。


「βの時って、魔法陣はどんな風に言われてたの?」

「えーとね、フリーハンドで図形書くのが上手くなった。だっけ?」

「オリジナル魔法陣で中二病が明らかに。とかもあったな」


 どうやらスキルとは関係ない話で盛り上がっていただけで、実用的なことは何もなかったようです。


「あー、図形に関してはスキルの効果かも。私もそんな気がしたから。ところで、NPCからスキルを教えてもらうってことはあった?」


 私がオババから魔力操作を教えてもらったように、他のスキルを教えてもらうことが出来るのなら、SPの節約にもなるので、取っておきたいです。


「……何を教えてもらったんだ?」

「あ、なかったんだ。私は魔力操作ってスキルを教わったよ。これが描いた魔法陣を使うのに必要なの」

「なるほど、β時代は使うためのスキルがなかったのか。はぁ……」

「まったく、そんなスキル見つけるなんて……」


 何故か二人共呆れています。狙って取ったわけではないので、呆れられる筋合いはないのですが……。


「ああ、このスキル取れればこの魔法陣発動出来るってさ。私はスキルレベルが低いから教えられないけど」

「そのスキルって覚えるのにSP使ったのか? 後、レベル上がったときにSP貰えるのか?」

「んや、使わなかったし、貰えるよ」

「それは……出来ることなら覚えたいな。SPなんて、稀にクエストで貰えるけど、足りなくなるのはわかってんだから」


 ハヅチの言葉に時雨も頷いています。このゲーム、貰えるSP量は多いのですが、どうやら消費も多いようです。私は気軽に使っていますが、まぁ、いいです。後のことを考えて欲しいスキルを我慢するのなら、後でSPを集めるために頑張ります。


「そんじゃ、私が教えられるようになるか、教えてもらったNPCのオババを紹介するよ」

「ああ、急がないからいつでもいいけどな」


 休憩の終わり間際にスキルの上がりを確認すると、水以外の魔法がレベル5になってボール系のアーツが使えるようになっていました。火は元からレベル5なので使っていませんでしたが、きりがいいので威力のありそうな火から順番にレベルを上げていきましょう。後は、詠唱短縮がレベル9になっていました。使用回数からすれば不思議ではありませんが、やはり始めはレベルが上がりやすいですね。

 休憩後、狩りを再開したわけですが、二人の動きが何かを探すようです。こんな序盤で探す物と言えば、高値で売れるアイテムか、レアMOBでしょうか。しばらくすると、棒がレベル15になったり、詠唱短縮がレベル10になったりしましたが、ここはどこでしょう。最初の街から東に向かっているのは間違いありませんが……、おや、何か大きい物が動いた気がします。


「二人共、何かでっかい兎がいるんだけど……」


 成長したラビトットでしょうか。大型犬くらいの大きさがあります。


「「殺れ!」」


 二人が大声を出しながら遠距離攻撃をしかけています。驚いて反応がおくれましたが、私もレベル上げの順番通りウィンドボールを使いました。ハヅチの投げナイフと時雨のロックボールが命中、次に私のウィンドボールが当たると、いつの間にかハヅチと時雨が近付き、切りかかっています。レアMOBを見つけると豹変するのはゲーマーの性ですね。

 結局最初以降手を出すことが出来ず、デカトットという名前を鑑定しただけでリザルトが出てしまいました。どうやらドロップは関わったプレイヤー全員に行くようです。これなら喧嘩には発展しづらいですね。

 えーと、白い皮(大)、うさ耳ハット、魔石(小)の3つですか。前に茶色い皮(大)を手に入れた時は、穴の中にモゲッラのレアMOBでもいたのでしょう。


「あー、皮だけだったよ。リーゼロッテはどうだった?」

「どうせ帽子拾ったんだろ……」


 何故わかったのでしょうか。確かに「物欲センサー仕事しろ」とは言われたことはありますが、毎回ではなかったはずです。


「帽子って、うさ耳ハットのこと?」

「……うん、わかってた」

「……鑑定スキルのために見せてくれ」


――――――――――――――――

【うさ耳ハット】

 白いうさ耳の付いた黒い帽子

 DEF:▲

 LUK:▲

――――――――――――――――


 具体的な性能はまったくわかりません。ただ、一応はレアドロップなので、性能が悪いとは思えません。といっても、最初の街付近なので、そこそこでしょう。装備してみましたが、魔女っぽくないのでインベントリの肥やしにしてしまいましょう。何処かで売ってもいいですね。


「露店しないなら、商人ギルドで代理販売してるから、そこに流すのもアリだぞ」

「もったいないなー」

「売ろうか?」

「……売って」


 そんなわけで早速処分しました。代金は街に戻ってからの後払いです。身内なのでそれで何の問題もありません。時雨の赤い髪の上に白いうさ耳、うむ、大きい胸と合わせて中々な光景です。

 草原での狩りを続けていると、ラビトットの出現数が減り、今度は鶏のMOBが出てきました。鑑定の結果、コケッコーという名前がわかりました。

 ここの運営はMOBの名前を捻ろうとして結局捻れていないようです。それとも考えるのが面倒になったのでしょうか。


「胃石……汚い」

「あ、それMPポーションとノーマルポーションの材料だよ」

「こいつは固定で落とすから、βの頃は安かったな」

「正式サービスになって、魔力水入りポーション瓶が行方不明でMPポーションは作れないって聞いたよ」


 魔法職の私には大事な素材のようです。胃石(小)と魔力水入りポーション瓶なるものと、他に必要な物は調べるとして、時折出る羽毛はどうしましょう。量があればお布団でも作ってもらうのですが、今は邪魔でしかありません。

 まぁ、かさばらないので持って帰ります。しばらく進むと門が見えてきました。ただ、門の向こうにも草原が広がっています。


「あの先に行くと、次の街があるんだよ。つっても、あそこに入るとインスタントダンジョンに飛ばされて、クリアする必要があるんだけどな」

「もしかして行くつもり?」

「いやいや、今の私達じゃ無理だよ。β基準だと6人PTで上位スキルの複数取得が前提の場所だから」

「まぁ、誰かがクリアしてくれれば、難易度は下がるけどな」


 一度クリアされるまでは高難易度で、一度クリアされると通常難易度になるということですね。それでは、次の街が解放されてから挑戦するとしましょう。

 ここが折り返し地点のため、違うルートで街まで戻ることになりました。

 帰りはわがままを言わせてもらい、紙に描いた魔法陣を使い、コケッコーを丸焼きにして魔法陣のレベル上げを行いました。料理アイテムのコケッコーの丸焼きが出たのは私にとっては許容範囲内でしたが、二人は驚いていました。結構な量が出たので、持ちきれない分は押し付けつつも、料理のバフを実体験しました。

 そして、魔法陣がレベル10になると、陣理解という能力が解放されました。これは、とても素晴らしいものです。何せ、使ったことのある魔法の陣が自動的に登録されるようになるからです。つまり、フレーバーテキストから見つけた魔法陣だけでなく、ボルト系やボール系の魔法陣すら描けるようになるということです。

 街へ戻ってきた段階でのスキルはこの通りです。


基本スキル

【棒LV22】

【火魔法LV12】【水魔法LV10】【土魔法LV10】

【風魔法LV10】【光魔法LV10】【闇魔法LV10】

【錬金LV9】【言語LV4】【鑑定LV8】

【魔法陣LV10】【魔力操作LV12】

【詠唱短縮LV15】【索敵LV5】【隠蔽LV2】

【残りSP22】


 二人に合わせて狩りを行ったため、スキルがかなり上がっています。

 魔法スキルはLV10になるとヒール系の魔法が使えるようになるので、持っている初心者用ポーションが緊急時にしかつかわなくなりそうです。

 そう思っていたのですが、ここで解散する時にとんでもないことを聞きました。

 初心者用ポーションは、上位10スキルの平均レベルが10を越えると効果が半減するそうです。簡単にいえば、SPを20手に入れる頃には効果が半減するということです。そう、つまり、結局使わずにいた初心者用ポーションは、緊急時用だと思った瞬間、ほぼお払い箱ということです。

 まぁ、ハヅチとは白い皮(大)と羽毛を、時雨とはうさ耳ハットの代金として胃石(小)をたっぷり貰ったのですが、二人からするとそれでも足りないそうです。そこで、今後装備を作ってもらう時の代金の一部に、つまり、つけときました。

 とりあえず、胃石(小)の使い道をオババに聞いて何とかしましょう。





「オババオババー」

「何じゃ小娘」


 うん、ここに来たらこのやり取りが必要です。


「MPポーションの材料って売ってますか?」

「ああ、そこにあるじゃろ。魔力水入りポーション瓶500Gじゃ。それと、胃石(小)じゃ。あれは東の草原で手に入るはずじゃ」


 行方不明って聞いてたんですが、普通に売っているそうです。ですが、高いですね。ここに来る途中で調べた限りでは、ノーマルポーションは薬草と水入りポーション瓶と胃石(小)の3点です。ただ、3点錬金をするには、錬金のレベル10と初級錬金セットが必要のようです。作業の途中で錬金がレベル10になりましたが、現状の売値ではMPポーションの方が高いらしいので、オババに定価で流しつつ商人ギルドの代理販売で荒稼ぎでもしましょうか。オババに場所を借りたので出来上がったMPポーションの半分を買い取ってもらってから、紙に魔法陣を描くことにしました。

 これが終われば、魔法陣が実用的なレベルになるはずです。

 オババに半分の75個買い取ってもらったので、所持金が【5,180G】です。まぁ、商業ギルドで代理販売してもらう分の材料費もあるので、所持金は変わりませんね。

 オババに商人ギルドの場所を聞き向かうと、冒険者ギルドの目の前にありました。こういった施設は近いほうが便利ですからね。ここでは露店販売の許可や、代理販売、土地売買の仲介などなど、商業関連のことを扱っているそうです。匿名での代理販売にMPポーションとラビトットの丸焼きとコケッコーの丸焼きを出しました。これが全部売れれば、385,000Gほどになるはずです。初級錬金セットを買ったため、残金180Gになりましたが、売れていることを願いましょう。

 そして、今日は金欠のままログアウトです。

 現実で目を覚ました私は、VRマシンを外すとベッドから起き上がり、軽くストレッチを始めました。ゲーム内で動いているとはいえ、現実の体は寝たままです。このまま寝てしまうと体が固まってほぐすのが大変になるので、夜は毎回することにしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る