8-8 二箱目
プレゼントを全て配り終えてサンタシティに戻るとプレゼント工場の南側が解放されており、そこが巨大なブラックサンタとの戦場のようです。ただ、長時間ソリが近くにいると戦場を作るかのように周囲を旋回している大量のブラックトナカイに襲われるらしく、近くまで行ったらソリから降り、ソリは街のサンタ養成学校の方へ退避します。乗ったままの戦闘も面白そうですが、近距離戦闘がメインのプレイヤーは何も出来なくなってしまいますから、しかたありませんね。
「ザインさん、クラン【隠れ家】参加します」
「よく終わらせてくれた。今のところわかっている行動パターンはあっちで聞いてくれ」
どうやら、今回最初にプレゼントを配り終えたのはザインさん達のようです。今までのイベントではロイヤルナイツが指揮を執っていましたが、何度目の正直でしょうかね。
行動パターンはハヅチとアイリスが聞きに行き、それをパーティー会話で伝えてくれることになっているので、私達はそれぞれのスキルに合わせた配置に付きます。
「ユリアさん、お久しぶりです」
普段ならもう少しボスから離れた位置にいるのですが、ボス基準で言えば遠距離というよりも中距離といった場所に集まっていました。何か意味があるとは思いますが、まぁ、行動パターンを聞けばわかるでしょう。
「ええ、久しぶりね。今回のイベント中は静かだったけれど、何か隠してるの?」
「いえ、一週間ほどログインしていなかっただけです」
「なるほど」
おや、何かを察したようですね。ですが、それが事実とは限りませんよ。まぁ、何を思ったかは知りませんが。
他のプレイヤーに混じって魔法を放ち始めた頃、アイリスからパーティー会話で行動パターンについての連絡が来ました。
まぁ、まだHPは10%くらいしか減っていないので、そこまでのパターンは出ていないようで、巨体を生かして打撃をしてきたり、腕を振ることで周囲を旋回しているブラックトナカイに指示を出して遠距離攻撃をしてくるくらいでしょうか。倒すことは出来るそうですが、かなりの数がいるので、多少倒しても、減ったのか補充されたのかはわからないそうです。まぁ、プレイヤーの数が増えたら試してもいいとは思いますが、今の状態では焼け石に水でしょう。
おっと、ブラックサンタが頭上に手を掲げました。これはかなりまずいパターンらしいです。何せ、空から黒いプレゼント袋が降ってきて、それを掴んで地面を薙ぎ払う様に振り回すそうですから。
至近距離が安全地帯らしいので、急いで近付かなければいけません。遠距離にいた場合、足元に雪が積もっているのもあり、間に合わないプレイヤーが多かったらしく、これが中距離に陣取っていた理由らしいです。
それでも所持スキル次第では間に合わない可能性もあるとか言っていたので、加速スキルを使ってそこそこ速く走ります。雪の下が水なら動きやすくなるのですが、雪だけなので、全力では走れませんし、ブラックサンタの巨体に似合う大きさの黒いプレゼント袋なので、跳び越えるのは難しそうですし。
「な、ななな、汝ーーー」
もちろん、グリモアの手を握って走っています。足場が悪いとはいえ、ただ走るよりは速いはずです。
「間に合ったー」
「お姉様、早いですね」
私とグリモアは余裕でしたが、花火とヒツジはギリギリ滑り込んできました。一番足の遅いのは花火のようですね。ヒツジが背中を押していましたから。
「落ち着いてないで、協力してちょうだい」
「いえっさ」
何かはわかりませんが、ボス戦で頼まれた以上、協力はしますよ。好き勝手させてくれることも多いので、これくらいはしませんとね。
まずは黒いプレゼント袋による薙ぎ払いの後に続く安全地帯へ向けての叩きつけをギリギリの位置で回避します。
そして――。
「私がデバフをかけるから、アグラベイションをお願いね。……【オールダウンエンチャント】」
「【アグラベイション】」
名前からして複合デバフですね。禍々しい光が下方向へ移動するエフェクトに、アグラベイションの赤黒い光が混ざって不吉な光り方ですよ。
ユリアさんが気を利かせて私達にも振ってきました。まぁ、アグラベイションはプレイヤー単位で耐性が上がるそうで、普段は気にしなくても大丈夫らしいのですが、今回は参加人数の増え方からして普段以上の長期戦が考えられるため、順番に担当することにしているそうです。そんなわけで、次の担当はグリモアです。
それでは、ザインさんパーティーのもう一人の魔法使いであるアウラさんが引率していった場所まで下がりましょう。
ブラックサンタの黒いプレゼント袋を使った攻撃は数分おきにやってくるそうなので、ゆっくり腰を据えて固定砲台になることは出来ません。
このパターンを何度か繰り返していると次第にプレイヤーが増えていきました。特に、指揮を執っているザインさん付近が騒がしくなりましたし。
「貴様、何故指揮権をこちらに譲らない」
「指揮を執りたいのなら、ちゃんと頼んだらどうだ? ほら、邪魔だぞ」
貴様っていう人、初めて見ましたよ。
絡まれているザインさんは雑にあしらいながら指揮を執っているので、案外優秀なのかもしれませんねぇ。
「我らは普段から指揮を執っている。ならば、こちらに譲るべきだ」
あの赤を基調とした鎧のプレイヤーはずっと何かをわめいていますが、ザインさんはその話を一切聞いていません。あ、いや、ザインさんに触れようとして弾かれたので、ブラックリストに入れられたんですね。
「ウィスプ、何をやっているのですか」
「だ、団長……」
「私達は今回負けたのです。大人しくしていなさい」
団長と呼ばれた女性のプレイヤーがザインさんに頭を下げ、協力を申し出ています。ちなみに、高圧的に何かわめいていたプレイヤーは同じく赤を基調とした鎧のプレイヤー達に連行されていきました。
「最前線のクランも大変ですねぇ」
「ロイヤルナイツの上層部も団長と一部の副団長は優秀なのよ」
つまり、一部の副団長はダメということですね。
さて、その赤を基調とした鎧のクランがぞくぞくと参加してきたので、ボスのHPの減りが早くなってきました。
「ところで、ブラックトナカイを殲滅したいとか言わないのね」
「あー、多勢に無勢ですし」
フィールドを作るかのように回っているブラックトナカイを一気に減らせるだけのプレイヤーが参加するのであればともかく、私個人では何もできませんから。
「そう。なら、こちらも多勢ならやるのね?」
「……前向きに検討します」
「ロイヤルナイツのRW。こちらはかなりの回数デバフを使ったわ。耐性も考えて、魔法使いの指揮を一時的に譲渡します」
「わかりました。こちらが一巡するまで受け持ちましょう。……それでユリア、何する気?」
名も知らぬ赤を基調とした外套の女性の魔法使いさんが儀式的な返答をしてからすぐ、気楽に話しかけています。
「ふふ、ちょっとあのギミックを調査しようと思うのよ。希望者は連れて行くけど、そっちのクランは丸々残るのだから、問題ないでしょ」
「ボスに影響の出ない量にしてよ」
「ふふ、わかってるわ」
ユリアさんが直々に声をかけ、調査隊を結成しています。私は腕を掴まれているので、グリモアを掴んで強制連行しましょう。花火とヒツジも面白そうだと判断したようで、ついていくようです。調査隊といっても、ユリアさんと私達4人、他に数人の全部で10人です。アウラさんは置いていったので、真ん中付近のプレイヤーを選んだのでしょうかね。
ちなみに、メンバーを選んでいる間にまたプレゼント袋アタックが来たので、一度回避してから向かうことになりました。
「向かう間に、ブラックトナカイを一気に倒すいい方法を考えてくれないかしら?」
「そうですねぇ……」
回避している最中なので考える時間はそこそこありそうです。
えーと、ブラックトナカイが縦横に連なって巨大な壁を形成しているわけですし、単体指定でちまちまやるのは面倒ですし、減るのか補充されるのかわかりませんね。かといって、範囲魔法でもそこまでの数にダメージを与えることは出来ないでしょう。一応、ブラックサンタがブラックトナカイを使って遠距離攻撃してくる時に、攻撃したところ、こちらをタゲってきたそうなので、ダメージを与えて残りを削ってもらう方向で考えましょう。
「あ、思いつきました。ヘイトを稼ぐので、こちらに来たら倒してください」
「いえっさ。で、あってるかしら?」
「サー、ではなく、マムでお願いします」
「……そ、そう」
さて、位置に着いたので、始めましょう。ここからだとプレゼント袋アタックの回避が出来ないので、強制的に背水の陣にされてしまいましたし。
うーん、倒してもらうにしても一列だとダメージが少ない気がするので、横3・奥行2にしましょう。
「【フレアレーザー】」
地面から発射するように魔法陣を描き、レーザー系で壁を作りました。これで照射時間中は勝手に突っ込んでくれます。その上で、レーザー系の壁を通ってダメージを受けたブラックトナカイはこの通り――。
「大漁大漁」
「汝、火炎の光を壁にするとは」
「げ、迎撃よ」
ユリアさんの一言で、みんなが攻撃し始めました。うーん、近いですね。
「離れた方がいいですか?」
タゲがどちらになるかわかりませんが、全てを倒しきれるわけではないので、ある程度引き離して安全に狙えるようにした方がいいでしょう。
「ええ、お願いするわ」
「そんじゃ、行きますね」
ついでに多少ダメージを稼ぎましょう。本来のブラックトナカイの群れと並走しながら主武装の杖をしまい、カボチャ式マジックガンを抜きました。天之眼のワイプ画面を少し大きくし、後ろへ向けながら引き金を引きっぱなしにします。
こうすることで連射出来ますから。
一瞬通っただけとはいえ、レーザー系を2発受けたわけですから、その時点で虫の息に近かったようで、他のプレイヤーから攻撃されたブラックトナカイはポリゴンになりました。流石に魔銃が1発当たっただけでは無理でしたが、運悪く何発か当たったブラックトナカイは倒せたようです。
さて、これ以上離れるのはよくないので、向かってくるブラックトナカイへ向けて走り出しました。そして――。
「【ショートジャンプ】」
私を狙っていたブラックトナカイの最後尾よりも後ろへと跳び、そのままユリアさん達の元へ戻りました。最初のレーザー系自体、MPを追加していないので、そこまで長時間発動していたわけではありません。その上、こちらへ来た内の大半を倒してくれたので、戻ってくるブラックトナカイを迎撃しきるのは簡単です。
『おのれ、ワシの手駒を!』
おやや? 戻ってきた分を迎撃しきったところ、ブラックサンタが反応しました。ユリアさんが受けた報告によれば、ある程度のブラックトナカイを倒したところ、ブラックサンタのHPバーが急に減ったそうです。
ふーむ、これはブラックトナカイを一定数倒すとブラックサンタのHPが減るように出来ているわけですか。倒さなければいけないのか、倒してもいいのかはわかりませんが、プレゼント袋アタックの逃げ道を確保するという意味でも倒した方がいいですね。
「班をわけるわ。レーザー系でタゲを取る班と、レーザー系で迎撃する班よ。あと、何人か追加ね」
どうやら、このブラックトナカイは避けるという行動を取らないようなので、それを利用するようです。実際、攻撃を受けたトナカイが足をもつれさせて玉突き事故を起こしていましたから。
さて、肝心の狩り方ですが、レーザー系による壁でタゲを取ったら、狙われるプレイヤーたちの前に別のプレイヤー達がレーザー系で壁を作るようです。
「ちなみにですけど、普通に進行方向から撃つって方法もありますよ」
「壁を作った方が数は多いわ」
「プレゼント袋アタックの逃げ場は作れます」
「……そういえば、そろそろね」
ロイヤルナイト以降は大量のプレイヤーが同時に入ってくることはありませんが、逐次投入される形になっているので、ブラックサンタのHPの減りよりも指揮官役のプレイヤーの負担の方が変化が大きそうですね。
「来るぞ!」
そんな話をしていると、プレゼント袋アタックの時間が来てしまいました。
「ちょっと強引に穴開けますね」
まずは閃きを使い、INTを上昇させます。一番下のブラックトナカイの進行方法にフレアレーザーの魔法陣を描き、レインフォースを使ってMPを追加投入し、威力を高めます。ええ、MPを全部……、いえ、半分にしましょう。使い切るとまずいので。
「【フレアレーザー】」
発射と同時に駆け出し、フレアレーザーで出来たスペースへと走り込みました。今出せる最大威力のフレアレーザーに残り半分のMPを順次投入し、照射時間を伸ばします。
これで、プレゼント袋アタックをやり過ごすことが出来ました。グリモア達は何も言わなくてもついてきましたし、ユリアさんはすぐに気付いて走り出しました。それでも動けなかったプレイヤーはプレゼント袋に吹き飛ばされ、蘇生待ちになっています。
「あー、ちょっと持たないかも。ユリアさん、次、誰かお願いします」
プレゼント袋アタックによって薙ぎ払われた雪の余波が沈み切っていないので戻るのは危険ですが、MPが切れてフレアレーザーが止まったら、残ったブラックトナカイに吹き飛ばされてしまいますね。
「私がやるわ」
「早めにお願いします」
ユリアさんもいろいろと使い始め、レーザー系の準備をしています。残り僅かなので、間に合ってくれるといいのですが。
「【フレアレーザー】」
私よりも威力が高いであろうフレアレーザーが放たれました。まだ少し残ってはいますが、ここで粘る必要もないので、MPの供給を止め、ユリアさんに任せました。
安全を確認して元の位置に戻りましょう。あのまま油断して残っていたらブラックトナカイに襲われました。なんて状態になったら笑うしか出来ませんし。
ちなみに、吹き飛ばされた魔法使いは同じクランメンバーと思わしきプレイヤーが蘇生しに行ったので、私はゆっくりとMPの回復を待ちます。
『貴様ら、絶対に許さんぞ』
ふむ、50%を切ったようですね。
私はMPの回復に少し時間を使う必要があるので、お暇を貰ってブラックサンタの方に戻りましょう。少し人数を増やしたいようだったので、呼ぶ人数が増えるだけですから。
そんなわけで、先ほどユリアさんが話していたプレイヤーに声をかけておきます。
「えっと、RWさんでしたっけ?」
「ええ、そうよ。貴女はユリアの秘蔵っ子よね」
ふむ、今度はお姉様ではなく、お母様と呼んでみましょうかね。……反応が怖いのでやめましょう。
「リーゼロッテです。あっちから戻って来ました。周りに合わせればいいですか?」
「そうしてね」
先に戻って蘇生していたプレイヤーはまだ確認していなかったようですが、私が勝手に確認した内容を聞いて、同じように行動するようです。まぁ、同じことを何度も聞くのも聞かれるのも面倒でしょう。
『貴様ら、貴様らーーー』
とうとうブラックサンタのHPが30%を切り、注意域である黄色へと変化しました。さて、ここで行動パターンに変化か追加があるはずですね。
ブラックサンタが腕を頭の後ろまで持っていきました。つまり、あの状態から腕の軌道と似た軌道をトナカイが描く攻撃が来るはずです。安全地帯が多いので、回避はたやすいですね。
そう思っていると、攻撃パターンが変化していました。
腕を前に振ると同時に指を鳴らしてきました。音で攻撃してくるわけではありませ――。
「ちょ、あぶっ」
周囲を旋回しているブラックトナカイの一部がブラックサンタへと向かっていきました。しかも、ご丁寧にプレイヤーを狙うために地面まで降りてきています。
天之眼のお陰で背後が確認出来ていましたが、多くのプレイヤーは急な変化に対応出来ず、吹き飛ばされています。あの赤を基調とした鎧の一団が吹き飛ばされる様子はボウリングのピンの様ですね。
ブラックサンタのところまで行ったブラックトナカイは周囲を旋回してからまた旋回軌道へと真っ直ぐ戻っていきました。今度は前から来るので、難なく回避しましたよ。
ちなみに、今の動きで旋回しているトナカイの壁が下へ詰めたので、プレゼント袋アタックの回避場所を潰されてしまったようです。まぁ、ユリアさんが指示を出して逃げ場を作っているので、問題はないでしょう。
ブラックサンタのHPが20%くらいになった辺りで変化した行動パターンの確認が済んだようです。
変化した内容は、トナカイ攻撃と、プレゼント袋アタックの間隔増加だと連絡が来ました。真偽はわかりませんが、攻撃力も上がっている可能性があるそうです。
「倒しきったわよ」
ユリアさん達が戻ってきました。先程までバトルフィールドを作るかのように周囲を旋回していたブラックトナカイが全滅しています。
この辺りの魔法使いへの指示出しをユリアさんがやるのかと思ったのですが、何度も交代するのは面倒ということで、このままRWさんが続けるそうです。まぁ、ザインさんからの少ない連絡をずっと中継していたそうなので、それは続けるそうです。
そして、とうとうやって来ました。
『ワシは……ワシは……、こんなところで……。手駒が既になくとも』
ブラックサンタのHPが10%を切り、危険域を示す赤色へと変化しました。
『GUAAAAAAAAA』
言葉を話していたブラックサンタが手を頭上へ掲げながら叫びました。
「あ、まずい」
ところどころから私と似通った反応が聞こえました。何せ、ブラックサンタの咆哮で強制的に怯み状態にされ、動くことが出来ません。それだけならまだいいのですが、空から降ってきているんですよね、黒いプレゼント袋が。
プレイヤーのステータスによって怯みの時間が違うようで動き始めているプレイヤーもいますが……、おっと動けそうなので近くにいるグリモアの首根っこを掴んで逃げましょう。花火とヒツジまではちょっと距離があるので諦めるしかありません。振ってきた黒いプレゼント袋を掴んで振り回そうとしているので、今からでは逃げることしか出来ないので移動中の時雨達には心の中で黙祷をしましょう。
「あー……ふげぇ」
「キャッ」
逃げ切れませんでした。ただ、プレゼント袋ではなく、その余波の雪に押し流されたのが幸いしたのか、HPが赤になるだけですみました。
時雨達は防御力がしっかりあるので、黄色だったり、半分減っただけで済んでいるようですね。
「【エリアヒール】」
過剰かもしれませんが、6回発動すれば問題ないでしょう。それにしても、パーティー内であれば結構離れていても回復出来るのは本当に便利です。
「【リザレクション】」
おっと失敗です。
「【リザレクション】、【リザレクション】、【リザレクション】、【リザレクション】」
ふう、やっと成功しました。隣で一発成功したグリモアとの違いはスキルレベルだと信じたいですね。花火とヒツジは復活したので、回復とバフは自分達でやってもらうとして、成功するとクールタイムが発生するので、周囲の魔法使いを蘇生するには時間がかかりそうですね。
「ユリアさん、今の、どう思います?」
「たまたま連続だったのか、そういうパターンに変わったのかって、ことかしら?」
「ええ、そうです」
「薙ぎ払い自体は本来のタイミングではなかったわ。まぁ、カウントがリセットされたという可能性もあるけれど、もう少しすればわかるわよ」
ふむ、本来のタイミングで薙ぎ払いをするかどうかで判断するということでしょう。私が怯まなければユニコーンやフェニックスで状態異常を回復することも出来ますが、やるのであれば、頃合いを見計らって一定時間状態異常無効の方を利用したいものですね。
ユニコーンもフェニックスも無効の回数が1回と何度でもという違いはあっても、効果時間はそこそこあるので、咆哮がいつ来るのかわかっていれば防げるはずです。
「グリモアは召喚取ったの?」
「我が使い魔であるアートラータとの絆はまだ途上故、神獣を呼び出す御業には手が届いておらぬ」
なるほど。従魔スキルがカンストしていなくても召喚スキルは取得出来ますが、それはしていないようですね。複数の従魔がいれば早く取得出来ますが、1体だとどうしても時間がかかってしまいますから。
薙ぎ払いはカウントがリセットされたと判断されたので、次も咆哮があると考えた上で早めに警告を飛ばしてくれるそうです。まぁ、その警告も間隔が注意域に入ってからと同じだと仮定したうえでのことですが。
私の様に防ぐ手段のあるプレイヤーはディレイと発動までの時間を考えながら魔法を使い、防ぐ手段のないプレイヤーは下がり気味にし、警告と同時に安全圏へ逃げるようです。
そして、咆哮の警告が飛ばされました。
「【ユニコーン:浄化の光】」
しっかりとパーティーメンバー全員に一定時間の状態異常無効(1回)が付与されました。これで、咆哮が来ても問題なく動けます。
危険域になってからは間隔に変化がなかったようで、ブラックサンタが頭上に手を掲げました。
『GUAAAAAAAAA』
大声を出されたので驚きましたが、ステータス的には無傷です。そのため、グリモアが走りながら近くにいる数人のプレイヤーに魔法陣を使ってキュアをかけています。
ああ、これ精神系の状態異常になるわけですか。
「【キュア】」
ディレイが終わったので魔法陣を6個描きました。グリモアがキュアを使ったのをきっかけにキュアを使える他のプレイヤーも使っているので、多くの魔法使い系のプレイヤーが回復して逃走を図っています。先ほどの薙ぎ払いで壊滅したのは魔法使い系のプレイヤーだったので、今回は早く復旧出来るでしょう。
数人は被害にあったようですが、壊滅には程遠い結果となりました。復旧もすぐに終わったので、多くのプレイヤーは攻撃を始めています。
現在のHPから判断して咆哮は後1回か2回といったところでしょう。
順調に進み、2回目はフェニックスを召喚してやり過ごしました。けれど、私は状態異常を防ぐことが出来なくなったので、この後は多くのプレイヤーと一緒に後ろに下がることになります。
参戦してくるプレイヤーも減ったので、咆哮はもう一度使われることになるでしょう。
「そろそろ来るわよ」
ザインさんからの連絡を受け取ったユリアさんが警告を飛ばしました。指示はRWさんに任せていますが、警告は早い方がいいので引き続きユリアさんが担当しています。
「下がりまーす」
始めは復帰までの時間が長いプレイヤーを外側に配置していたそうですが、防げるプレイヤーがキュアを使ってくれるので好きな場所にいればいいそうです。まぁ、時間のかかるプレイヤーにキュアがかかった方がいいかもということで、自主的に内側にいるそうです。
私とグリモアはキュアを同時発動出来るということで、内側にされました。
『GUAAAAAAAAA』
三度目の咆哮です。身構えていても復帰までの時間は変わらないので、棒立ちの状態で怯みを受けることになりました。
復旧も終わり、流石に四度目はないでしょうし、倒すのも時間の問題ですね。
HPが残り少ないからといって突然何かが追加されることもなく、ボスであるブラックサンタのHPが0になりました。
『ワシは……こんな、ところ……で』
ブラックサンタの巨体が雪へと沈み、ポリゴンとなって散りました。
――――Congratulation ――――
すると、大勢のサンタがボスを倒すのを待っていたかのように現れました。
「新人サンタの教育者の諸君、奴を倒しくてくれたこと、そして、子供達へ夢を届けてくれたこと、礼を言う。ありがとう。工場の修復を含めた後のことは我々の仕事だ。今は、聖夜を楽しんでくれ」
イベントシーンも手短に終わり、リザルトウィンドウが出現しました。
いろいろとスキルレベルが上がったため、ため込んでいるSPが300を超えてしまいましたよ。まぁ、新しいアーツを覚えたわけではないのが残念ですが、こればかりは仕方ありませんね。
今回のイベント報酬はクラン単位で受け取ることになっているので、これが欲しいと言うことは出来ますが、決定権はクランマスターであるハヅチにあります。まぁ、個人的に欲しい物なら自分で何とかするので、相談なり会議なりをするにしても、ハヅチに白紙委任するだけです。
「リーゼロッテさーん」
声のした方を見てみると、こちらへ走ろうとしながらも雪に足を取られて走れていないリコリスがいました。
「どしたの?」
「今回は、イベントの協力、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
リコリスと一緒にいた子供達が声を揃えようとしていたので、卒業式を思い出しそうになりましたよ。まぁ、かなりばらけていましたが、そこは言わないでおきましょう。
「あー、そんなに落ちてないと思うけど」
私はプレゼントを配るために別行動していたので、ソリの防衛のためにどれだけ倒したのかはわかりません。なので、お礼を言われるのは私ではなく防衛をしていた時雨達でしょう。
「必要数をそろえてから配りに行ったんですけど、街で襲われてプレゼントを持っていかれた後に、一気にプレゼントが来たんですよ」
はて、一気に倒したことなんて……。
「あ、周回してたブラックトナカイか」
あれもプレゼントをドロップするのであれば、ある程度の説明はつくでしょう。実際、リコリス達がボス戦に参加した時にはブラックサンタのHPは赤になりそうだったそうですから。
「そんなのいたんですか?」
「いたんだよ。まぁ、いろいろと出来たんならよかったね」
「はい」
リコリスの柔らかい頬を突っつきながら堪能していると、ユリアさんが近付いてきました。
「この後打ち上げをするのだけれど、貴女達はどうかしら?」
「ハヅチ達と相談します」
「そう。今回はザインの念願が叶ったから、盛大にやるっていってるのよ。参加するのなら、連絡ちょうだいね」
「わかりました」
それでは、名残惜しいですがハヅチ達と合流しましょう。
ボス戦の後、ハヅチ達と合流して担当したサンタさんと最後のお別れをしました。明日まではこの街に入れるので、会いに来ることは出来るそうです。
「ザインさん達が盛大に打ち上げするらしいけど、参加する?」
「あー、出来れば報酬の相談したいんだよな」
みんなに聞いてみたところ、打ち上げまで時間があるそうなので、少しだけ報酬の相談をすることになりました。
「よーし、イベントの結果だが、プレゼント50個配達完了に、ボス戦への参加がHP80%以上の時だったから、一番いいクラン家具……【クリスマス達成表彰楯】は貰える。追加報酬の方は8個まで選べるけど、希望はあるか?」
プレゼントの配達は50個集めた後にトナカイにプレゼントを奪われた場合、取り返さなくとも残りのプレゼントを配り終えればボス戦に参加できたそうですが、それだとクラン家具のランクは落ちますし、ボス戦を始めるパーティーになることも出来ません。今回の一番いいクラン家具を取るには、50個全部を配り、ブラックサンタのHPが70%以上の時に参加しないといけないそうです。ボス戦参加時のHPは追加報酬の数にもかかわってくるので、臨時で組んだプレイヤーの場合は獲得したプレゼントを奪わせるのもありなのでしょう。
ちなみに、ランクの低いクラン家具と景品の権利のいくつかを引き換えにすることで、クラン家具のランクを上げることが出来るそうなので、そのため参戦時のHPがもうちょっと低くても取ることは可能らしいです。
「とりあえず、この辺りにかけとくか」
暖炉から伸びる煙突近くの壁に掛けたのですが、赤い鼻にサンタ帽子をかぶったトナカイの頭部の剥製だったんですね。まぁ、ドロップ率UPにレアドロップ率極小UPという効果もさっき知ったわけですが、これ、結構やばい効果ですよね。
今回はクランでの報酬が主になっているので、その他のクラン家具や工房、各種追加設備などがリストに載っています。
えーと、生産スキルで何かを作った時にそのアイテムの効果が少し上がるものや、クランハウス内でHPやMPの回復速度を上げるもの辺りでしょうか。
「このクラン家具って壁飾り系なんだね」
「箪笥とかだと置き場に困るからな」
クランハウス内に家具が設置してあればいいので、一室を効果付き家具専用の部屋にしてしまうという手段もあります。まぁ、掛け軸系のアイテム多いので、いづれ専用部屋を作るか、部屋を広くする必要があるでしょう。
「この【アイテム作成の心得】と【魔力回復の心得】は欲しいんだがいいか?」
アイテム作成の心得という技と書かれた掛け軸の効果は、生産アイテム効果UP(極小)で、魔力回復の心得という心と書かれた掛け軸の効果ははMP回復速度UP(極小)です。もう一つ、体力回復の心得という体と書かれた掛け軸もあり、そちらはHP回復速度UP(極小)となっています。まぁ、これらは【クリスマス達成表彰楯】とは違い、クランハウス内限定の効果なので、生産をしない限り恩恵を受けることはないでしょう。
この二つは生産に関わるものなので、異論は出ず、決定となりました。
「そんじゃ、さっきの横に並べて、後6個はどうするよ」
「HPのはいいの?」
報酬の一覧を眺めていると時雨からそんなことを聞かれました。
「気功操作系は使わないし、もし使っても魔法で回復してMPの回復待った方が早いから。そういう時雨は?」
「炉の強化が進んだら必要かもしれないけど、今はいらないかな」
「そんじゃ、【体力回復の心得】もな」
必要になるかもしれないということで、これも選ぶことになりました。まぁ、誰も反対しませんでしたし、気にしなくていいでしょう。
意図せず心技体の掛け軸がそろってしまいました。まぁ、セット効果はありませんが。
これで、残り5個ですね。
工房という意見も出ましたが、工房はクランで負担すると決めておきながら、使う全員が自費で作ったりランクアップしたりしています。そのため、今の工房から報酬でランクアップさせるには報酬の枠が複数必要になるので、却下されました。
さて、断ってしまった以上、代案を出す必要がありますね。うーむ。
「試験場なんてあるんだ」
「あー、取得可能スキルを試せるやつか。確か、クランメンバーの取得スキルと取得可能スキルも試せるんだよな」
「なるほど」
「あと、MOB系の標的を使う場合はほんの少しだけスキルに経験値はいるらしい。……まぁ、雀の涙以下らしいけど」
仕様を詳しく確認してみると、他のクランメンバーの取得・未取得スキルを仮取得するには、そのプレイヤーが事前に登録しておく必要があり、仮取得状態のスキルを一つでも選んでいるとスキルに経験値は一切入らないそうです。他にもスキルレベルの上限が所持しているプレイヤーの数値だったりと細かい制限があるそうです。
大きいクランは対人練習や模擬戦のために使っているとか。
「これにするか? 誰かの使ってるスキルを使ってみて面白いことを思いつくかもしれないし」
というわけで、試験場と追加フィールドで草原を取ることになりました。
試験場だけだと射撃場型と闘技場型しかないので、フィールドもあった方がいいだろうということです。
これで、残り3個ですね。
それにしても試験場ですか。草原フィールドも使えるようにしたので、フェニックスの召喚のために外へ出なくてもよくなったのはいいことです。ああ、スキルの登録と自動反映の設定もしておきましょう。これで、スキルを取ったり、何かが解放されたりしたら自動的に登録されます。
ちなみに、試験場内では装備の耐久は減りませんし、消費アイテムを使っても後で復活するそうです。
「あ、的はどうするの? 最初っからあるのって固定標的だけなんでしょ」
「移動標的もMOBも安いから必要ならクラン資金から出す」
「りょーかい」
つまり、わざわざイベント報酬を使うのはもったいないということです。
「あ、あたし、家具切り替えセット欲しい」
「あーあれか」
モニカの言う家具切り替えセットとは、プレイヤーで言う装備切り替え欄の様なものらしいです。家具は倉庫に入れることも出来ますが、再配置するのが面倒らしいので、前もって登録しておけば再設置出来るのは便利とのことです。
初期枠は10個だそうですが、それだけあれば十分ですよね。
「後2個か。とりあえず、そろそろ打ち上げらしいから今度にするか。受け取り期限にも余裕があるし」
意見も出なくなったので、残りは最終日までに決まらなかったらハヅチの独断と偏見に任せることにして、ザインさん主催の打ち上げに向かいましょう。
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