3-7

 24日月曜日、今日はお昼過ぎに出かけることになっています。伊織とは約束する以前に、誰にも話していない予定でしたが、どこからか聞きつけた伊織と一緒に出かけることになりました。まぁ、特に目的のものがあるわけではないので、何をするかはその場で決めます。

 途中、伊織に目的があったようで向かった場所ではHTOに関する広告が張り出されていました。

 夏にやるイベントの告知かと思っていたら、少し違いました。夏にやるイベントではあるのですが、ゲーム内ではなく、実際にどこかを使ってやるイベントのようです。詳しくは公式HPを見て欲しいと書いてありますね。私はゲームに関わる内容しか見ていないので、グッズ販売やどこかでやるイベントの情報には疎いので、伊織に聞いてみましょうかね。面白いものがあるかも知れません。

 そう思ったのですが、伊織曰く、場所と日時、そして、誰が来るといった内容しか載っていないそうで、まだそこまで詳しいことはわからないそうです。それでは、覚えていたらその内確認しましょう。





 今日は夜のログインだけのつもりでしたが、帰ってから少し時間に余裕があったため、刻印だけは済ませておきました。そして、夜のログインの時間です。


 テロン!

 ――――フレンドメッセージが一通届きました。――――


 おや、シェリスさんからです。メッセージを確認すると、週末のフリーマーケットの区画割当のお知らせでした。地図も添付されていましたが、公式HPにもお知らせがあるそうです。それは後で目を通すとして、今日は特にやることを決めていなかったので、日課をこなしながら考えることにしま――。


「我は約定を果たしに来た」


 突如大きな音と共にグリモアが出現しました。クランハウスの扉を思いっ切り開け放ちましたが、物理エンジンはしっかりと働いているようです。


「こ、こんー」

「汝は今この時、我と共に来ることは出来るか?」


 何とも突然ですが、どうしたのででしょう。約定とも言っていましたが、今日どこかに行くという約束はしていないはずです。


「えーと、もう少し具体的に説明してもらっていい?」

「我としたことが、少し急ぎすぎたようだ。ようやく、我は陣を描く技能の対価を用意することが出来た。だが、それをこの場に持ってくることは出来ぬ。そのため、我と共に来て欲しい」


 あー、魔法陣の使い方を教えたことへの対価ですか。それなら一緒に行かなければいけませんね。


「りょーかい。それで、どこに行くの?」

「うむ、我とともに、エスカンデの叡智が集まりし場所へ向かって欲しい」


 叡智が集まりし場所ですか。普通なら図書館ですが、グリモアなら魔術ギルドもありえますね。まぁ、どちらにしろエスカンデと言っているので、着いて行きましょう。


「道中、告げたいことがある故、我と同行の契約を」


 そういうグリモアからPT申請が送られてきたので、【はい】を押してPTを組みました。まぁ、魔法陣の対価に値するとグリモアが思うような情報ですから、オープンで話すわけにはいかないでしょう。


「我は一度約定を破り、汝の甘さに付け込んだ。けれど、汝は何も言わずに陣を描く技能の秘密を明かしてくれた。さらに、汝は我が技能を磨くための協力を惜しまなかった。今から汝に明かすのは、技能の対価であって、それらの恩への対価ではない。そちらは未だに用意できていない……。今少し、時間が欲しい」


 えーと、魔法陣のスキルレベルを上げるための協力に対する対価で、対価を用意せずに教えたことに対する対価は別に用意するから、待って欲しいということでしょうか。そこまで気にしなくてもいいのですが、それでグリモアの気が済むというのなら、大人しく待ちましょう。


「楽しみに待ってるね」


 私の返事を聞き、グリモアは何か満足したようです。恩の対価はいらないと言っても良かったのですが、それはグリモアのためになりそうにありませんし、本人も望んでいないようです。

 そして、図書館へと入り、いかにもな奥まった場所へと辿り着きました。


「ここを見て欲しい」


 そう言って一つの本棚のある床を指し示しました。見るのは本棚ではなく床ですか。とりあえず、床を見てみると、何やら引きずった跡があります。なるほど、つまり――。


「この方向に押せばいいと!」


 私はグリモアの返事も聞かず、本棚を押し始めました。けれど、押せるように出来ていないのか、全く動きません。


「んーーー、動かない」

「そうではない」

「そっか。押してもダメなら引いてみなってことだね」


 今度は反対へと周り引いてみます。けれど、びくともしませんでした。これは、私のSTRが足らないのでしょうか。グリモアとあまり変わらないと思うのですが。


「おりゃーーー」

「汝、もう少し、ここをしっかりと見て欲しい」


 そう言われ、もう一度見てみますが、本棚の端から弧を描くように……。


 ピコン!

 ――――System Message・所持スキルがLVMAXになりました――――

 【発見】がLV30MAXになったため、上位スキルが開放されました。

 【看破】 SP3

 このスキルが取得出来ます。

 ――――――――――――――――――――――――――――――


 おや、とても水を差れたきがしますが、とりあえず看破を取っておきましょう。鑑定との複合もないようですが、他の条件でもあるのでしょうか。


「汝?」

「ああ、ごめん、発見がカンストしたから看破取ってたよ」

「ふむ、それで、真理は見えたか?」

「あー、この引きずった跡、作り物だよね。どうやってもこの位置には付きそうにないし」


 そう、本棚の壁に面している辺を中心に弧を描いているようですが、ほんの少し、本棚から離れています。つまり、私は見え見えの罠に引っかかったということです。

 ぐすん。


「そして、汝は傷と同じ方向へと動かそうとしたが、動かなかった。故に、この本棚はこちらへと動かす」


 そういってグリモアは傷跡とは反対の方向へと本棚を押し始めました。その動きは本が満杯の本棚とは思えないほど軽やかな動きです。これは、始めからこの方向にしか動かないように作られているのでしょう。そして、本棚が壁にくっつきました。すると、大きな音と共に、元々本棚があった場所辺りがスライドし、階段が現れました。


「さぁ、叡智の底へと向かわん」


 ……床がスライドするための切れ込みとかなかったと思うのですが、作り込みが甘いのか、気付かせないためなのか、判断に迷いますね。とりあえず、塞がる前に入ってしまいましょう。私達が階段を降り始め、ある程度進むと、階段が現れた時と同じような音がし、入り口が閉じてしまいました。


「気にする必要はない。帰還するための道は他にある」


 入り口が閉まっても謎の明かりが灯っているので、暗くて動けなくなるということはありません。そのまま進むと、開けた場所に出ました。石畳や石壁で出来ていますが、新作の表紙を見せるための台と思わしきものがあり、一台に付き一冊の本が乗っています。手前の方の台には目もくれず、奥へと進んでいきますが、私としては手前にある三つの本も気になります。


「その辺りは基本スキルの本故、汝が見る必要はない」

「攻撃魔法の本? それなら上にもあると思うし、冊数が合わない気が……」

「否、魔法の技能の本には違いないが、補助技能の本だ。詠唱短縮、知力上昇、魔法威力上昇の本だ」

「ちょっと上昇系の本教えて」


 グリモアが知力上昇と魔法威力上昇の本を教えてくれました。


「魔法威力上昇は、前提がある故、汝でも取得することは叶わぬと思われる」

「知力上昇は? 確か、冒険者ギルドのランクを上げないといけないって聞いたけど」

「我は持っている故、条件はわからぬ」

「ちょっと読んでもいい?」


 グリモアは無言で頷いたので、とりあえず目を通すことにしました。パラパラとページをめくっていくと、スキルの取得条件や仕様が載っています。そして、最後のページまで行くと、メニューのスキルの部分が光っています。そこから辿っていくと、知力上昇が取得可能になったようです。……スキルの取得方法って一つじゃないということでしょうか。

 とりあえず、基本スキルなのでSPを1使って取得しておきましょう。


「いやー、取ってなかったから、助かったよ。ギルドランク上げるの面倒だったし」

「それはなにより。もう一つの方は、下級技能を一つ極める必要がある」

「攻撃魔法系の下級スキルのカンスト?」

「うむ」


 なるほど、一応目を通すと、解放条件やら取得条件やら前提条件やら、いろいろな条件がからまっているようです。ただ、この本を読むと、他のスキルが関わる前提条件以外を満たした扱いになるとか。これは見ておいてよかったです。それにしても、これも基本スキルですか。前に上位スキルが条件となっている基本スキルもあると書いてある本を見ましたが、こんなところにもあったんですねぇ。

 念のため、詠唱短縮に関する本にも目を通すと、グリモアが口を開きました。


「そろそろ我らの目的を果たしたい」

「あーうん、お願い」


 ちなみに、壁にある普通の本棚には上の階にある本と同じものだそうで、改めて目を通す必要はないそうです。というか、グリモアはコレ全部に目を通したわけですか。いったいこのためにどれだけの時間を使ったのやら。


「この本には、汝が手にした陣を描く技能とは異なる技能について記されている」


 グリモアに促され、奥にある本に目を通すことになりました。ここに来て四冊目ですが、グリモアが見付けてくれたものです。しっかりと読みましょう。

 えーと、魔術書について……ですか。

 ふむふむ、魔術や魔法を発動することが出来る本が……。

 呪文を書いた紙を魔石で保護し……。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 読み終わりました。その結果、新しいスキルが取得可能になりました。


「魔術書ってスキルかー」

「うむ、この世界を訪れし者達の叡智の記録には記されていない技能だった。我としてはこの情報を対価としたい」


 えーと、公式HPにあるwikiには載ってないから、魔法陣を教えたことの対価として問題ないよねってことだと思います。


「グリモア、想像以上だよ。だって、未発見のスキルじゃん」

「汝の眼鏡に適ったようで。我としては、この後その技能を習熟するまで付き合うつもりだが、汝はどうだ?」

「とりあえず、スキル取っていい?」

「うむ」


 それでは早速【魔術書】を取得しましょう。そして、魔術書を取得した瞬間、スキルレベルが5になりました。

「へ?」

「恐らくではあるが、最初の呪文理解という力で理解した呪文の数が影響していると思われる」


 あー、調教と同じようなものですか。あれは従魔のなつき度と連動していますから。ただ、LV5で止まったということは、あくまでもそこまでということでしょう。

 スキルの説明を見ると、魔術書か詠唱系のスキルの高い方のLV以下の呪文がわかるそうです。私の場合、詠唱省略がLV16なので、それ以下で覚えている魔法の呪文しかわかりません。これでは空間魔法のエリアシールド・ショートジャンプ・バリアの三つは使えませんね。

 そして、魔術書のLV5ではスペルスクロール作成というダイレクトな名称のアビリティが解放されました。これは魔法陣とよく似たスキルのようですね。


「このスキルって魔力操作いらないの?」

「この技能によって作られたスペルスクロールは、使用者の魔力を奪い発動する。つまり、我らが意図的に魔力を込める必要はない」


 ふむふむ、ヒドゥンスキルである魔力操作を必要とする魔法陣と、それを必要としない魔術書ですか。スペルスクロールを使ってスキルレベルを上げるのは面倒ですが、INTの補正があるそうなので、上げて損はないですね。


「これを見て欲しい」


 そういってグリモアが取り出したのは一冊の本です。作りは荒いですが、魔力視で見てみると、かなりのMPが込められています。


「本だよね」

「うむ、その技能を伸ばしていくと、この魔術書を創造することが出来る。詳しくはまだわからぬが、この技能が真価を発揮するのは、これを創造してからであろう」


 なるほど。これは面白そうなスキルです。ただ、一つ問題があります。これは、魔女というよりも、魔導師向きのスキルです。本というのは、他者に知識を伝えるものでもありますから、怪しい魔女ではなく、弟子を持つ魔導師になってしまいますね。それに――。


「両手杖で使えるかな?」

「武器としてではなく、アクセサリーとして持つことも出来る故、問題はないが、その杖を使う汝にとっては、扱いにくいかもしれん」

「ふむふむ、あー、でも本を持って魔法を使うっていうのも憧れるなー」


 よく考えてみれば、魔女も呪いの掛かった本とか持っていそうなので、問題ありませんね。ようは、どういう設定を考えるかです。


「汝の役に立ちそうでよかった。……ただ、我では実用性に足る魔法の呪文を書く紙を手に入れることが出来ていない。そのため、これ以上の手伝いは出来そうにない」


 なるほど。確かに魔法陣と同じなら、スキルレベルを上げるのには苦労しそうです。それでは、先行投資といきましょうか。


「一つ確認するけど、この場所で他にすることある?」


 私の質問に対してグリモアは首を横に振って答えました。なら、グリモアを案内してしまいましょう。よく考えれば、教えておいて損はないですから。


「それじゃ、一度センファストに戻ろうか。案内したい場所があるから」


 グリモアは何をするのか不思議に思いつつも大人しく着いてきました。そして――。


「オババオババー」

「何じゃ小娘、騒がしいのう。連れがおるのなら、大人しくせんかい」


 そう、オババの店です。グリモアを連れてきたことはなかったはずなので、ここで必要な物が手に入るのなら大助かりです。


「汝、ここは……」

「オババの店だよ。何でもフラグ管理されてる店とかで、持ってるスキルによって買えるものが違うの。だから、グリモアも何か必要な物が買えると思うよ」

「……嬢ちゃん、随分と珍しいスキルを持っとるのう。小娘も持っとるようじゃが、嬢ちゃんに教わったようじゃな」


 流石オババです。しっかりと私達のデータを読み込んでいます。


「汝は魔女を目指す者の師か?」

「…………わしゃ弟子なんぞ取らんよ。ただ、騒がしい小娘の相手をしとるだけじゃ。嬢ちゃんには必要なことは教えちゃる。何かあったら来るがいいさ」


 少し理解に手間取ったようです。ですが、しっかりと理解しているとは流石です。グリモアがここに来る許可も出たので、何か面白いものがあるか見てもらいましょう。


「さ、グリモア、何が並んでる?」

「う、うむ。魔石や魔力紙が並んでいる。これなら、魔術書の真価を発揮させることが出来るであろう」

「それはなにより」


 私がこのスキルを本格的に上げるのは、グリモアからランス系のスペルスクロールの供給が始まってからにしましょう。流石にあの苦行を今の経験値倍率で行うのは面倒です。


「我はこれよりこの力の全てを知るために旅立つ。汝はどうする?」

「んー、日課をこなしながら公式HPでも確認しようかな。週末のフリーマーケットのことも載ってるらしいし」


 プレイヤーイベントとはいえ、事前に申請すれば公式HPで告知すらしてくれるとは、良い運営です。グリモアはスキルレベルを上げに行くようなのでここで別れました。私はクランハウスへと戻りましょう。





 クランハウスで日課を済ませ、MPの回復待ちの間に公式HPを開きました。えーと、お知らせの中にプレイヤーイベントタブがあったので開いてみると、第二陣歓迎会というなんともド直球な名前のイベントがありました。開催時間は現実の時間で朝10時からとなっており、常時開催のフリーマーケット以外にもいろいろとやるようですね。まぁ、私が関わるのはフリーマーケットだけですが、ずっと店を開けているわけではないので、簡単に目を通すだけにしましょう。おや、フリーマーケットの方はある程度区画分けがされているようです。武器防具や、消耗品、持ち物装備専用などがあり……、あ、くっ、やはり私だけではありませんね。フリーマーケットには、個人露店区画というものが何箇所か作られていました。売るものが決まっている区間の緩衝材代わりだったり、端の方だったりと一般的にはいい位置ではありませんが、裏道や裏通りが使えない以上、私にとってはいい位置だと思います。とりあえず、この中にも怪しい露店をする人がいるはずなので、空き時間で回ってみましょう。

 おや、露店を開く側が店を開く予定時間を載せたり、当日オープンしているのかがわかったりするようですね。とりあえず未定にし、お昼過ぎ濃厚としておきましょう。

 後は、8月に行われる夏イベですが、夏祭りとしか発表されていなかったのですが、情報が少し増えています。準備期間とお祭り期間に分かれており、それぞれの期間でやることが違うとか。後は……、おや、例の現実でやるイベントの情報です。ただ、時雨から聞いた以上のことは何もないですね。強いて言うなら、Hidden Talent Offline Festivalという名称くらいですね。

 その後、刻印やら調合やら宿題やらに手を付けてからログアウトしました。





 翌日火曜日、ログインする前に珍しくまだログインしていない葵が声をかけてきました。


「ちょうど良かった。クランハウスで話があるからログインしたらそこで待っててくれ」

「んー、りょーかい」


 そんなわけでログインしてからいつものようにクランハウスへと直行しました。別に言われなくても行くのですが、極稀に寄らずにどこかへ行くので、それを警戒したのでしょう。


「こんー」

「おー、結構早く集まったな」


 どうやら私が最後だったようです。ハヅチとログインの時間はそこまで変わらなかったと思うのですが、何故先にいるのでしょう。


「それじゃ、早速だけど、クラン資金が結構たまったけど、何か工房が欲しいとか、あるか?」

「ないよ」


 私は現状で間に合っているので工房が欲しいとは思いません。新しく生産スキルを取った人もいないようなので、新しく追加することはありませんでした。ただ、錬金の工房を作る準備は出来てるから、いつでも言えと言われてしまいました。


「次に、工房以外で何か欲しい施設はあるか?」

「はーい、ポータルが欲しいです! ログイン地点に出来るならすっごい楽だから」

「それじゃ、案の一つとして、ポータルな」


 クランハウスにポータルを置くと他の人との交流がなくなるから置かないという人もいますが、使う使わないの自由があるので、欲しいと言うのは自由です。ハヅチのPTも時雨のPTも他の知り合いと組んだりすることはあるそうですが、あれば便利ということで、ポータルを設置することになりました。これで日課の作業をするためにクランハウスへ直行出来るのでとてもありがたいです。


「それじゃ、次の議題な。実は、南の街、見付かってるそうなんだ。だけど、そこはダンジョンじゃなくてフィールドボスがいるそうなんだ。しかも、6PTのフルレイドだ。いろんなクランが挑戦してるんだけど、参加してみないかって話が来てる。俺はやってみてもいいと思うんだが、どうだ?」


 レイドですか。関わりのない人とレイドを組んでも上手くいかないと思うんですけどねぇ。

 そう思っていると、アイリスが口を開きました。


「まず確認したいんだが、どこが主体なんだ?」


 相変わらず凛として男らしいですね。まぁ、ここはボーイッシュと言っておきましょう。時雨PTのリーダーのように見えますし。


「ザインさんのアカツキが主体だ。いくつかの最前線のクランが自分達の派閥の中で組んで失敗してるとかで、少し手を伸ばして俺達まで……、リーゼロッテまで声をかけることにしたらしい。まぁ、本人に声かけてもすぐに断られると思って、俺を経由したみたいだけどな」


 おやおや、ザインさんも策士ですねぇ、ザインさんから直接言われたら断りますが、ハヅチ経由となれば考えますよ。


「でもさ、最前線の人達と比べたら、私のスキルレベルって圧倒的に低いと思うから、混ぜるメリットがないと思うんだけど」


 何せ、中級スキルはまだ一桁ですし、下級スキルも全体的に低いですから。


「あー、それなんだけど、相手、水属性らしいんだ。そこで、属性付与が出来る魔法使いを抱えているPTに声をかけてるんだとさ」


 おや?


「何で私が属性付与出来るって知ってんの?」

「ほら、俺が属性付与するための欠片、クランショップで買い取りするって言ったろ。あれ、所持してるアイテムしか、買い取り出来ないんだ。それで、四種類とも買い取り始めたら、持ってるって判断したらしい」


 なるほど、属性付与に関しては秘匿している人がいると聞いていましたが、やはりザインさん達も秘匿しているわけですか。私が情報の対価に情報を要求すれば教えてくれたかもしれませんが、自力で見つけたので、結果としては要求しなくてよかったです。


「でも、取得方法知ってるなら、自分達で取りに行けばいいのに」

「……リーゼロッテ、その辺の詳しいことは後で教えるから、今は気にすんな。それで、参加するかしないか、どうする?」


 少し疑問が残りますが、後で教えてくれるらしいので、本題について考えましょう。まぁ、私の結論は、任せる、の一言ですが。

 他の面々がどうするか話し合っていますが、レイドボスを経験出来るというのはそれだけで十分な利点があるということで、前向きに検討しています。この流れでは、参加しそうですね。

 話し合いが進む中、ハヅチが声をかけてきました。


「今のうちに少し伝えておくと、緑色の欠片、ドロップ場所知ってるプレイヤーって少ないんだよ。最初の方に入手したプレイヤーが露店とかで流したから、取得方法がわかっただけで、供給出来るプレイヤーは少なくてな。ぶっちゃけ、その情報を買い取りたいとまで言われてる」

「そ。じゃあ、好きにしていいよ」

「いや、俺も聞いてねーよ」

「そだっけ? まぁいいや、はい、マップデータとMOBデータ」


 それでは情報を渡しておきましょう。シカジカマップの手前のダンジョンで狩りをしていたPTもいるので、その内知られるでしょうし。


「……対価、金でいいか?」

「全て任せた。よきにはからえー」


 面倒なので、こういっておきましょう。

 あ、そういえば。


「ところで、茶色の欠片、集めるの?」

「あー、最前線のプレイヤーが属性付与した装備作るために集めてるんだけど、武器と防具につけるには数がいるから、高騰してんだよな」

「それだと、狩場、混んでそうだよね」

「それに、いろんな所が集めてるから、数が揃わないらしい。まぁ、そんなわけもあって、自分達で集めてて、属性付与出来るプレイヤーを集めてるんだけどな。ま、俺達に話が来た理由はこんなもんだ。受けるのなら、レイドボスの詳しい情報渡すって言ってるけどな」

「ふーん」


 まぁ、皆が参加するというのであれば、参加します。私にはそれよりも大事なことがありますし。


「ところで、頼んどいたもの、順調?」

「あー、あれなら後は微調整だけだから、レイドに参加しても問題ねーぞ」

「そりゃよかった」


 しばらくして、他の面々の相談が終わったようです。


「それじゃ、参加するってことでいいんだな? 返事してからやっぱ止めたとか出来ねーからな。それで、PTはリーダーの会議があるけど、時雨とアイリス、どっちが出るんだ?」


 やはりハヅチもどちらがリーダーなのかわかっていないようです。私も何となくアイリスがリーダーのような気がしていますが、確証は一切ありません。強いて言うなら、普段の雰囲気が理由でしょうか。


「一応は私がリーダーということになっているが、ハヅチが話しやすいのであれば、時雨が行っても問題ないぞ」

「どっちがいい?」

「そんじゃ、リーゼロッテの状態を把握してる方で」


 となると、時雨でしょうか。アイリスは私のスキルをほとんど知らないでしょうし。それは本人も理解しているようで、時雨に任せるようです。


「え……、私も最近の状態知らない」

「全スキルでも可視化して見せればいい?」


 とりあえずメニューを可視化して……。


「返事聞く前に可視化し始めるのは止めて欲しいんだけど……」

「別に減るもんじゃないし」


 さて、所持スキル一覧を表示したので、時雨に見せてしまいましょう。それにしても、このゲームの場合、上位スキルを取っていくごとにスキルが増えていくので把握が大変ですね。


「はぁ、それじゃあ私が話し合いには参加するよ」


 時雨も抵抗を諦めたようで大人しく私の所持スキル一覧を確認しています。他にも何人かが興味深そうにこちらを見ていますが、言ってくれれば見せますよ。


「あれ? 再精の上位スキル解放してないの?」

「あー、条件知らない」

「冒険者ギルドのランクをD以上にして魔術ギルドで話を聞く、だったはずだよ」

「……冒険者ギルドのランク上げてないんだよね。まぁ、その内やるよ」

「冒険者ギルドのランクが条件のスキルって結構多いから、上げといた方がいいよ」

「んー、その内ね」


 必要に迫られれば、その内やるでしょう。


「それにしても……、まぁいいや。大体わかったらもういいよ」


 魔法陣や魔力操作を抜けば、育成の遅い魔法使い以外の何者でもありません。なので、私が活躍することはないでしょう。もし、私が活躍したら、最前線の人達が下手ということになってしまいます。


「ところでさ、時雨は例の物、大丈夫?」

「結構数揃ってきたから大丈夫だよ。なんなら今渡してもいいけど」

「あー、とりあえずそれは今度で。それで、時間ないかもしれないんだけど、150,000Gぐらいの剣、一個追加出来ない?」

「……また妙なことを。まぁ、いいよ。どうせ普通なら見せないんだけどって取り出すんでしょ」


 ふっ、流石時雨です。説明する必要がまったくありませんでした。


「それじゃ、お願いね」


 時雨との密談の後も話し合いが続きましたが、私が関わるようなことはありませんでした。いつの間にかグリモアも鞄に刻印をするようになっていましたが、作れる数が増えるのはいいことです。


「それじゃ、解散」


 話し合いも終わり、皆が思い思いのことをし始めました。私は頼まれるままに調合や料理や刻印をしてMPの回復待ちの間に宿題を続けることにしました。何人かは私が宿題を始めたのを見て気まずそうにしています。どうやら、忘れていたいことのようです。


「……リーゼ、ロッテ、教えて」

「んー、いいよー」

「私もー」


 この前の続きをしたいようでリッカが隣にやって来ました。それに続いてモニカもやって来たのですが、二人同時はちょっと難しいですね。まぁ、断りませんが。


「えーと、これはね……」


 何とか分かる範囲でした。というか、宿題を見る限りモニカも高1ですね。偶然というよりは、時雨が同じぐらいの歳のプレイヤーを選んだということでしょうか。あくまでも直感だと思いますし、アイリスの様な年上に見える人もいるので、絶対ではないようですが。

 わからなかったり難しそうな場所は検索エンジンを使って調べながら進めました。時間加速をしているゲームの中から運営以外のHPに繋ぐのは時間がかかりますが、この辺りはしかたのないことだと諦めています。

 このままいい時間になるまで続け、ログアウトしました。ただ、ヤタと信楽を可愛がる時間がなかったのが、唯一の心残りです。

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