第7話 ホームセンターへ行きました。
――ブブブッ、ブブブッ。
「ん?」
スマホの振動で目が覚める。
枕元に手を伸ばしてスマホを取りメッセージを見た。
あれ、リーダー曽根崎? 朝早いなぁ……。
『おい、お前の近場でレイドボス出てんぞ? さんダ見てみろよ』
「レ、レイドボス!? マジかよっ!」
俺は跳ね起きて、さんダを見る。
しかし、この近くでレイドボスが出るとは……。
これは、閑古鳥が鳴くぞ。
――何故か?
それは、ダイバーたちが我先にと、レイドボスの発生したダンジョンへ押し寄せるからだ。
レイドボスから得られる物は多い。
ボスを倒すと必ずレアアイテムが落ち、討伐参加者の中からランダムで選ばれたダイバーがそれを手にする。DPは参加者全員に分配されるが、自身の与えたダメージ量に比例してBONUSが加算される。(一位なら獲得DP二〇%UPとか)当然、ソロで倒すのは困難(ほぼ無理)だが、行けば誰かしらいるので、共闘して倒すのが普通だ。
以前、笹塚ダンジョン時代に、一度だけレイド発生を経験した事がある。
その日、出勤してデバイスを見ると、今まで見た事もない紫色の点が。そして十階が丸ごと決戦場のような大広間に変化していた。
大広間中央には『イフリート』と呼ばれる魔人が仁王立ちで待ち構えており、九階に空いた大穴から、ダイバーたちが勇敢にも次々と飛び降りて行く姿に、当時、デバイス越しにもかかわらず、手に汗を握り興奮したのを覚えている。
だが、走り縄跳びのように、やられたらカウンターに戻り、また再入場の繰り返しが続くので、レイド時のカウンターは二度とやりたいとは思わない。
ちなみに、リーダー曽根崎は、未だにその時の盗み撮りしたデバイスの画面を、スマホの待ち受け画面に設定している。※フロアはレイドボス討伐後に元へ戻った。
とまあ、レイドボスってのは一種のお祭りである。
「む、桂浜ダンジョンか」
さんダによると、レイドボスが出現したのは高知にある桂浜ダンジョン、海の近くにあるダンジョンで、内部には水棲系モンスターが多く出現する。今回、発生したのは『クラーケン』レイドボスの中では、比較的下位とされているモンスだ。
うーん、ウチのダンジョンには誰も来ないだろうな。
「あー、行ってみたいなぁ……」
イカんイカん、そんな事をしている場合ではないのだ!
ダンジョンをより良いものにする事が第一。
俺は今日も努力を怠らないのだ!
となれば、早速行動に入る。
時は金なり、一階の居間へダッシュだ!
「爺ちゃーん!」
「もうちょっと静かに降りられんのか?」
爺ちゃんはテレビの前で呆れたように言った。
「ごめんごめん、爺ちゃんあのさ~、ホームセンターまで乗せてってくれない?」
「
「うん!」
「ほんなら、乗せてってやるから、うどんでも食っとけ」
爺ちゃんはそう言って居間を出る。
よしよし、意外とすんなりOKしてくれたな。
俺はうどんに生醤油をかけて、一気に啜った。
「ふぅ」
「もう行くか?」
爺ちゃんが居間の扉のところで、車の鍵をくるくると回している。
「あ、うん、すぐ行く」
と、返事をして食器を台所の流しに置いた。
急ぎ外に出て、俺は爺ちゃんのBMに乗り込みホームセンター島中へ。
車中、窓の外には長閑な景色が流れている。
「しかし暑っちいなぁ?」
爺ちゃんはそう言って、サングラスをかけた。
アロハシャツに白い短パン、長い白髪をオールバックにして一つに結んでいる。
いつ見ても、現役感が半端ない。腕の太さなんか俺の倍以上あるし……。
「お前、ダンジョンはどうなんや?」
「うん、大分落ち着いてきたよ」
「ほぉか。まぁ、懐かしいのぉ~。ワシも昔は潜っとったクチやからなぁ」
「え? 爺ちゃんダイバー免許持ってんの?」
「ははは、ワシらの頃は免許なんぞなかったからのぉ」
「そ、そうなの!?」
「ああ、だから記録石ってのを入口に置いてな? 負けたらそこに戻されてのぉ」
「へぇ~」
興味深い。そんなアイテムがあったのか。
今はデバイスで管理されてるから、入口に自動転送される。
同じことだけど、時代は進んだのだと思った。
「親父のダンジョンな、あれ昔は七〇階ぐらいまで潜れたんや」
「な、七〇!?」
おいおい、マジかよ!
七〇っていえば、笹塚ダンジョンよりデカいぞ!?
「今どのくらいなんや?」
「昨日見た時は四階層まで拡がってたけど」
「まあ、そんなもんやろ。随分ほったらかしにしとったからなぁ……」
などと、話しているうちに、正面に大きな看板が見えた。
『一寸釘からお届けします』でお馴染みのホームセンター島中へ到着した。
専用駐車場に車を置き、俺と爺ちゃんは店内へ入る。
レシートがあれば駐車料金は発生しない。
「うわっ涼しっ」
「ほほっ! こりゃ、ええ感じに冷房が効いとるわ」
「じゃあ俺、ちょっと見てくる」
「おお、ワシは……」
女性店員を見つけて、にんまり笑うと
「あっちに行っとるから、終わったら呼んでくれ」と言った。
「あ、うん……」
住宅設備関連コーナーへ向かう。
「うーん、やっぱ金網かなぁ……」
色々と物色していると
「何かお探しですか?」
と、背が高く、銀フレームの眼鏡をかけ、髪を横分けにした、いかにも真面目そうな店員が声を掛けて来た。名札には『平子A』と書いてある。
「ああ、えーと、柵というかダンジョンの入口を……」
平子Aは驚いた様子で訊く。
「ダンジョン? それは凄い。お客様のダンジョンですか?」
「そうなんス。実家のダンジョンを継いだんですけど」
「あれ? もしかして、すぐそこの?」
「ご存じなんですか?」
「確か……昔あったって話を親から聞いたことがありまして」
平子Aは、そう言って横の棚から何かを探し始める。
「あったあった、これなんかどうでしょう?」
虎の子ロープに
「うーん、確かにレトロな感じは捨てがたいですけど……」
「じゃあ、これはいかがでしょうか?」
次に取り出したのは、二本の杭のような黒い棒だった。
「これは?」
平子Aはニヤリと笑って
「これはね『セキュリティブラザー・ミハル』と言って、例えばダンジョン入口の両脇に立てるでしょ? あ、このセンサー部分を向い合せにして。するとこの間を誰かが通ると警報が鳴るという仕組みなんです、専用アプリでスマホに通知も飛ばせます」と早口で説明した。
「へぇ~、それは便利っスね~」
平子Aに、恐る恐る値段を訊く。
「お高いんですよね?」
「なんと! 今ならもう一本付いて二万八千円です」
「え! もう一本!?」
「そうなんです、今だけです!」
数秒見つめ合った後
「……他になんかあります? こう、安いフェンスとか……」
平子Aはとても残念そうに、黒い棒をしまい
「こういうのもありますけど……」
と、正方形で一メートル程度の黒い金網を取り出す。下の部分にはローラーが付いていた。
「お、これいいじゃないですか! これってレールとかで組み合わせられますよね?」
「ええ、もちろん」
「おいくらぐらいです?」
「一枚四千円です、三枚以上ならレールと設置枠もサービスさせて頂きます」
うん、これを四枚だな。
「じゃ、これ四枚ください」
「ありがとうございます、ではご用意致します。カウンターの方でお待ちください」
「はい、お願いします」
俺は軽く頭を下げ、他にも何かないかと物色する。
しばらく店内を歩いていると、奥に観葉植物が見えた。
うーん、カウンター岩の辺りがちょっと寂しいんだよなぁ。
やっぱり、ダイバーを出迎える際に、緑がある方が印象が良いかも知れない。
「悩むなぁ……」
「インテリア用ですか?」
見ると先ほどの平子Aがまた声を掛けて来た。
「ああ、さっきの。すいません、ちょっと別のとこ見ちゃってて。あ、会計先の方がいいですか?」
「ああ~、えーっと、それ多分兄です。紛らわしくてすみません」
えぇ? 同一人物にしか見えない。しかし、良く見ると名札に『平子B』とある……。
あ! 本当だ、眼鏡が違う!
クラシックタイプのフレームで薄い色付きのレンズだった。
「めちゃくちゃ似てますね」
「そうなんですよ、便利な時もあるんですけどねー、ははは」
平子Bが笑う。
「あ、これとか良いですよ~。ワイルドリーフって木なんですけど、手入れも楽ですし」
「へぇ~」
高さ二メートルほどの、南国風な植物だ。
「ちょっと大きいかなぁ……」
「じゃ、これ。マイルドリーフ。これ以上は伸びないので、使い勝手良いです。喫茶店とかに良く置いてあるタイプですね」
おお、これは良い。
葉の部分が尖っていて、潜在意識に攻撃的なイメージを与える事ができるかも。丁度カウンター岩より少し高いぐらいだし。
「じゃあ、これを」
「ありがとうございます、ではカウンターでお待ち下さい」
「よろしくお願いします」
これで入口周りの雰囲気がお洒落になるな。ククク。
因みに現在のフロア構成は、四階層全て洞窟タイプ。
多少の小部屋や扉はあるものの、変化に乏しい……。
しかも、全てヒカリゴケによって、ロマンチックな雰囲気になってしまっている!
だが、気に入ってくれているカップルダイバーも、ないがしろには出来ない。
そこで妥協案として、二階層までをカップルダイバーに向けた、デートゾーンとしたい。
無論、決めたからには、さらにムードを高める努力を怠らないっ!
まず、デバイスからDPを消費して樹木と、ベンチ代わりに出来るような岩を創る。あまり座りやすいのは駄目だ。座る際に、男が女に対して気遣いをアピールできるポイントを作ってやる事が大事。荒れた岩肌なら「あ、これ使って」とか言ってマントを敷いてあげたりできる。すると、男性ダイバー『あのダンジョンいいぜ』→口コミ広がる→デートコースの定番に→ダイバー増える→(゜д゜)ウマー。
完 璧 な 図 式。
そして、三階層より下は松明を並べて、より洞窟感を出していく。
ヒカリゴケの雰囲気を消す対策として、三階層と四階層の階段に、赤い樹液を所々にぶちまけて緊張感を演出する。松明の明かりなら血に見えるだろう。樹液はトレントから頂く。
うーん。今、出来るのはこのぐらい……かな?
俺は爺ちゃんを探す。
見ると、家庭菜園コーナーで女性店員にからんでいた。
「ほら、行くよ?」
名残惜しそうな爺ちゃんを引き離して
「爺ちゃん、本当に女の人好きだよね?」と言う。
「そりゃ、お前。男に生まれたんやから、仕方ないやろ? ははは」
「……」
そして、二人でカウンターに行くと思わず声が漏れた。
「え?」
「驚きました?」
双子だと思っていた平子に、まさかの赤いフレームの眼鏡をかけた平子Cが加わっている!
息もぴったりだ。
「いや~、マジで吃驚しましたよ」
「では、全部で十八万飛んで五百円です」
「ふぁっ!?」
え? 何でそんなに高いの?
平子Aが申し訳なさそうに
「あ、このマイルドリーフが少々お値段が高くなってまして……」
「ちょ、確かに聞いてなかったけど……」
まずい、払えないことはないが、今後を考えると……。
「じゃあ、これ使えるか?」
と、爺ちゃんがカードを渡す。
「そんな、悪い……ん?」
ブ、ブラックカードだと……!?
あれ、見間違いかな? いやいや、マジかこの爺!?
「カカカ、心配せんでもダンジョン祝いじゃ、しおり(俺の母)には黙っとけよ? 後は助けんからな」
「御爺様……」
スケベな爺が足の長い紳士に見えた。
俺は爺ちゃんに何度もお礼を言う。
「ええから、ええから。これ、全部運んでもらえや」
「あ、うん」
すると平子ABCが
「壇様。では後程、お届けにあがります」と深くお辞儀をする。
「よ、よろしくお願いします……」
何はともあれ、無事フェンスと観葉植物を手に入れる事が出来た。
――スマホが鳴る。
「ん? なんだろ」
リーダー曽根崎からだった。
『お前のダンジョンいつの間にか十五階層なんだな、良かったじゃん。レイド行きてー!』
「ふぇ……?」
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