第52話 京都に着きました。
稲荷駅を降りると、左手に大きな赤い鳥居が見えた。
多分、鳥居と訊いて、真っ先に思い浮かぶのはこの形だろう。
「うひょー、カッコいい」京都に着きました。
俺はスマホで写真を撮った。
周りを見ると、海外の観光客が多い。
自撮り棒片手に何か配信でもしてるような、バックパッカー風の外国人もいる。
「あ、なるほど」
俺は鳥居の近くまで来て納得した。
何かお祭りというか縁日なのか?
鳥居から続く広くて白い参道に、ずらっと的屋の屋台が並んでいた。
へぇ、凄いなぁ。
的屋のおじさんたちの客をひく声が、そこかしこで聞こえて、辺りは活気に溢れている。
「にいちゃん! りんご飴、りんご飴! りんご飴!」
「あ、ははは」
笑って誤魔化しながら、進んでいくと、案内板が見えた。
まっすぐ行くと、稲荷大社。右に曲がると、伏見ダンジョンだ。
俺は先に稲荷大社に参拝して、ご挨拶を済ませた。
綺麗な場所だなぁと感動しながら、いざ伏見ダンジョンへ向かう。
伏見ダンジョンの入口は、古民家のような雰囲気だった。
道場のような木の看板に、力強い筆字で『伏見ダンジョン』と書かれている。
恐る恐る、引き戸を開けると、巫女装束風の制服を着た女性スタッフが出迎えてくれた。
「おいでやすぅ」
「ど、どうもー」
緊張しながらIDを取り出し女性スタッフに渡した。
「お預かりします」
女性スタッフがIDを俺に戻して
「装備は何にしはりますか?」とタブレットを差し出した。
「え?」
一瞬戸惑ったが、見ると装備一覧が表示されている。
な、なるほどぉーー!!
俺は画面を見ながらタップした。
「あ、これと、これ、あとこれもかな」
デバイスは最新型で、見たことがないタイプだった。
タブレットで装備が指定出来るって、凄い! めっちゃ便利!
興奮しながら待っていると、女性スタッフが装備を渡してくれる。
「右手が更衣室になってます、そちらでどうぞ」
「ありがとうございます」
ウチも制服作ろうかなぁと考えながら、俺は更衣室に向かった。
広い和室の部屋に、木のロッカーが並んでいる。
なんと、鍵の代わりに、朱印が押された和紙がテーブルに置かれていた。案内POPを見ると、ダンジョンへ入る前に、和紙をロッカーの扉にあるピンの付いた留め具で挟み込むらしい。
「扉を開ける時は和紙を破って下さい、か……」
ありがたい朱印の押された紙を破るのは、心理的にも抵抗が強いからだろう。この場所ならではの仕組みだなぁと思った。ちなみに、和紙は記念に持って帰っても良いそうだ。
「へぇー、こういうのもエンタメだよなぁ」
感心しながら服を脱いでいると、背の高い金髪の男が入ってきた。
男は俺を見るなり「調子どう?」と親しげに笑いかけてきた。
涼し気な見た目で、関西訛りだけど優しい声をしている。
「え、ああ、いま来たばかりで……」
「ん? 自分、どこの人?」
「あ、僕は香川からです」
「香川? 知らん。イギリスの方?」と、男がとぼけた顔をした。
俺はどう答えたものかと悩み
「あの、四国の……」と返事をしようとすると、男は笑って
「うそうそ、それぐらい知ってるって。軽いボケやん? 俺は、森。一応プロで、皆からは、モーリーって呼ばれてる」と手を差し出す。
「あ、そうなんですね、ははは。僕は壇ジョーンっていいます。ジョーンと呼んでください」
手を取って笑顔で応えた。
モーリーは不思議そうな顔をする。
「ジョーン? 自分ハーフなん? いくつ?」
「あ、一応ハーフで23です」
そう言うと、モーリーは大袈裟にのけぞった。
「うそやん! 自分、俺より和顔やん! しかも同い年って!」
「え? 同い年ですか!」
驚いた顔を見せるとモーリーが俺の肩を叩いた。
「俺も23、今から敬語は無しや」
装備を終えたモーリーはまるで西洋の騎士みたいだ。
180以上はある高身長に、白銀のヘビーアーマー姿は圧倒的な存在感があった。しかし、不思議と威圧感が無いのは、モーリーの温和な人柄によるものなのだろう。
「自分ここ初めてやんな? どや? 一緒に回らへんか?」
「え、でもいいの?」
プロダイバーだし、邪魔にならないだろうか。
そう考えていると、モーリーはええよええよと笑いながら
「いやぁ俺な、最後になるかもしれへんのや」と少し目線を落とした。
「何かあったの?」
すると、モーリーは紺色の刀を見せる。
「これは……」
モーリーが刀を抜くと、美しい刀身に数字が彫られていた。
その数字は――『Ⅰ』。
「これ、ナンバーズなんや」
「えっ!! す、凄い!!」
リーダー以外にナンバーズを持ってる人に会うなんて。
「実はな、こいつも今日が期限やねん。最初に見つけたんもここ。せやから最後もここで終わろう思てなぁ……。こいつがあるうちに、ええ武器作っといたら良かったんやけど、ついつい甘えてもうたわ」
モーリーは遠い目をして言った。
「そうなんだ……」
俺が神妙な顔をしていると、モーリーは、空気を変えるように俺の肩を叩く。
「ま、辛気臭い話は終わりや! ほな行こか?」
「あ、うん」
俺とモーリーはロッカーに和紙で封をして、更衣室を出た。
出て右に進むと、鳥居が続いているのが見える。
「うわー、本格的」
「せやろ? 本家には負けるけど、ここも頑張ってはるわ。これが伏見ダンジョン名物の、百本鳥居や」
「へぇ……」
丸い洞窟のような通路。岩壁は黒く塗られていて、赤い鳥居がずーっと続いている。まるで、闇の中を浮かんでいるみたいだ。
しばらく進んでいくと、突然、鳥居の柱の陰から、白い狐の面をつけた黒い何かがこちらを覗いた。
「ジョーン、来たで。面妖や」
俺はモーリーの言葉に頷き、ルシールを握りしめる。
すぐに、柱の陰から無数の面が飛び出してきた。
「こいつらはフェイクや! 黄色い面の奴を探せ!」
「わかった!」
俺は襲い来る白い面の攻撃を躱しながら、黄色い面を探す。
一瞬、視界の隅に黄色い面が見えた。
「そこか!」
柱の陰に回り込んで見ると、そこには何も無い。
「あれ?」
「ジョーン! 上や!」
その言葉と同時にルシールを真上に振り抜いた。
パコーーーン!!
乾いた木が割れる音が響く。
同時に、無数の白い面が地面に落ちて、霧散した。
「ふぅ、ナイスやでジョーン。なかなかやるやないか」
「へへへ」
しばらく進み、鳥居を抜けると地下へ続く階段が見えた。
順調に降りて、地下5階に着く。
「GKがおるからな、気ぃつけや?」
「そうなんだ」
「ほら、見てみぃ、アイツや。仙狐三兄弟や」
大きな黒い門の前に、三匹の狐が等間隔に並んでいる。
まるで石像の様にピクリとも動かない。
「動かないね?」
「よう見とき、間合いに入ったら始まるで!」
モーリーが一歩踏み出すと、三匹の狐はくるんと空中で一回転し、ぼわ~んと煙を上げた。
中から、巨大な手がぬ~っと突き出てくる。
視界が晴れると、向かって左から赤、青、黄色とそれぞれ違う色の巨大な鬼が姿を見せた。
「で、デカい!」
「こいつらは力押しや、任せとき!」
モーリーはまるで鎧を着てないかのように、素早く駆け出すと三匹の鬼の前に立つ。
剣に手を当て、僅かに腰を落とし構えた。
「……居合かな?」
俺はルシールを構えながら様子を見守る。
『うがぁーーーーっ!!』
三匹の鬼が、モーリーに飛びかかった瞬間。
――シュパンッ!!
何かが弾けるような音が響く。
しかし、俺の目には、モーリーが動いたようには見えなかった。
時間差で三匹の鬼が崩れ落ち霧散していく。
「す、すげぇー、矢鱈さんみたいだ……」
俺はモーリーの所に駆け寄り
「凄い! モーリー、めちゃくちゃ強いじゃん!」と興奮気味に言う。
「ほんま? おおきに。まあ、これのお蔭やけど」
モーリーはナンバーズ『―
「いや、でも動きとか見えなかったよ!」
「大袈裟やわ、ジョーン。そや、こないだ、同じナンバーズ持ちの流しと一緒に廻ってなぁ。そいつはホンマえげつないぐらい強かった。なんや自分の槍作る言うてはったわ。俺と違うて、ちゃんとしててなぁ。ははは、俺もそんぐらい、後のこと考えとったら良かったんやけど……」
そ、それって……リーダーじゃないだろうか?
「その人って、曽根崎って言ってなかった?」
「いや、その時は、お互い名乗ってないねん。知り合いか?」
「多分そうだと思うけど……後で聞いてみる」
「もしそうなら、よろしゅう言うといてや」
「わかった、伝えとく」
俺とモーリーは階下へ進み、この伏見の主、九尾の待つ本殿へたどり着いた。
「いよいよや、ジョーン。ええか、九尾は幻覚を見せてくる。大抵は自分の知っとる人間に化けたり、怖いものに化けたりして出てくんねん。せやから、これを腕に巻く」
モーリーは、赤い紐を俺の手首に結んでくれた。
「俺も同じの巻いてるから、これが目印や」と手首を見せる。
「わかった」
「ちなみに九尾のドロップはほぼ朱玉やで?」
「あ、俺それが目当てなんだよね」
モーリーが驚いたように言う。
「え? 嘘やろ? ジョーン変わってんなぁ?」
「そうかな? 運気が上がるとか聞いてさ」
「なんや、スピリチュアルなとこあるんやな?」
そう言って、モーリーが笑う。
「ま、まあ、いいじゃん。さ、行こうよ?」
「おっしゃ、ま、俺にドーンと任せとき!」
頼もしいモーリーの言葉に、俺は頷き本殿の扉を押し開ける。
ギギギ……と扉の軋む音が響き、蝋燭の灯った広間が広がった。
――フッ。
急に蝋燭が消え、真っ暗になった。
「ちょ!」
「ジョーン、気をつけや!」
「わかった!」
俺は大きく返事をして、必死に目を凝らした。
うーん、見えない……。
どうしよう、これ?
すると、ボワ~ンと目の前に光が灯り、アメーバの様に伸縮して人型に変わっていく。
「これが幻覚か……?」
ルシールを構えて様子を見守っていると、次第に光が見覚えのある顔に変わった。
『ジョーンさん……』
「え、絵鳩?」
すると、別の場所から
『ジョ……ん』と良く聞き取れないが、確かに声が聞こえる。
「ま、蒔田!?」
「ふ、二人共どうし……」
いやいやいや、こんなとこに二人がいるわけないし! 幻覚だ!
俺はルシールを振りかぶるが、なかなか振り下ろす事が出来ない。
『ジョーンさん、ジョーンさん』
絵鳩が腕を組んでくる。
「ちょ! お前そんなキャラじゃ……」
『ジョ……、ジョー……』
「こ、こら! 蒔田まで!」
う、うーん。感触までリアル!
これは、気不味い!!
俺は意を決して二人を振りほどいた。
すると、二人は光に戻り、今度は花さんに姿を変える。
「いやいや、さすがにちょっと困るなぁ……」
すすすと近寄ってきて、耳元で
『モンスの事、教えてあげますね……』と囁く。
「こらーーーーっ!!」
顔を真赤にして、目を瞑りルシールを振り回すと、またも光が姿を変える。
「次は何だよ! こっちはもう慣れたから大丈夫だぞ!」
光に向かって叫ぶと、紅小谷の姿に形を変えた。
「ぐ! これはちょっと……」
紅小谷はすたすたと俺の横に来て
『た・わ・け』と囁くと襲いかかってきた!
「くっ! このぉ!」
俺は紅小谷を振り払う。
『ケケケケケーーーン!!!』
紅小谷は見る見る真っ白な大狐に姿を変えた。
「お前が九尾かっ!!」
ルシールで殴りかかる!
が、その時、九尾の脚に赤い紐が見える。
「え? モーリー?」
すると、九尾が
『ジョーン、惑わされたらアカン!!』と叫ぶ。
俺は自分の顔に、思い切り平手打ちをする。
パッと視界が開け、初めに見た広間が見えた。
「あ、あれ?」
「戻ったか、ジョーン。九尾の本体はあれや!」
隣のモーリーが広間奥に飾られている鏡を指さす。
「あれが?」
「行くで!!」
俺はモーリーの言葉に頷き、鏡に向かって走った。
すると部屋中から『ごぉっ!!』っと音をたて炎が吹き出る。
「幻覚や! 突っ込むで!」
「お、おう!」
勇気を出して、炎に向かって突進した。
モーリーが鏡を掴んで、真上に放り投げ叫んだ。
「ジョーン! 叩け!」
「おらぁぁああああ!!!!!」
俺は思いっきりフルスイングで鏡を叩き割った。
『ケンケーーーーン……!!』
断末魔を上げ、本来の姿を見せた九尾が、光の粒になって消えていく。
「ふぅ……ようやったな、ジョーン!」
「へへ、疲れたぁ……」
赤い紐がなければ、こんなに早く倒せなかったなぁ。
その場に座り込むと、俺の前に刀が落ちる。
「これは……」
細身の綺麗な刀。鞘には白い狐の装飾が施されていた。
「ちょ、おま! それ小狐丸やん!! ジョーン!!」
モーリーが興奮した様子で俺を見る。
「小狐丸!?」
嬉しい、嬉しいけど武器はなぁ。
俺が持ってても宝の持ち腐れだし。
うぅ……、朱玉が欲しい。
「それ、イベントクラスのめっちゃええ武器やで?」
「そうなんだ……」
「なんや、もっと喜び。欲しいゆうても、なかなか手に
モーリーが不思議そうな顔をする。
俺はモーリーのナンバーズに目をやって
「モーリー、これ使ってくれない?」と小狐丸を差し出した。
「は? なんでやねん? まだ幻覚見てんのか?」
「だって、ナンバーズ……今日が期限なんだよね? 代わりとしては、ちょっとランクが落ちるけど」
「いや、そんなん貰われへんよ! 自分大丈夫!?」
モーリーが俺に両手を向ける。
「今日のお礼だよ、モーリーが使ってくれる方が僕は嬉しい」
「……そんな言うたかて、そないええもん貰うたら悪いわ」
俺は頭を振って、遠慮するモーリーに言った。
「大丈夫、それに俺には、ダンジョン経営があるから使う機会も無いしさ」
「へ? ジョーンってダンジョンやってはんの?」
「うん、D&Mって言う小さなダンジョンだけどね」
「ああ、せやから縁起物の朱玉が欲しかったんか……」
モーリーはしばらく俯いて黙った後、顔を上げて
「ジョーン、ホンマにええんか?」と俺を見た。
「うん、使って欲しい」
モーリーは、そっと小狐丸を受け取る。
手に取った小狐丸を眺めて
「ホンマ、おおきにな。ジョーン」と微笑んだ。
それから、俺達はダンジョンを出て、更衣室で着替えた。
連絡先を交換し、他愛もない世間話をした後
「ホンマにジョーンのお蔭や、俺は小狐丸をナンバーズより強化して見せる」
モーリーはそう言うと、ナンバーズを手に持って
「今までおおきに」と呟いた。
「さ、こいつともアイテムボックス入れたらしまいやな」
少し寂しそうにモーリーは笑ったが、次の目標を見据えているのだろう。その目の奥には、芯のような力強い輝きがあった。
伏見ダンジョンを後にして、俺とモーリーは参道を歩く。
まだ屋台が活気づいていて、大勢の人が行き交っていた。
「ジョーン、ちょっと待っててや」
「え? うん」
モーリーが何処かに走っていき、一人残される。
少ししてモーリーが戻ると、手には一本のりんご飴を持っていた。
「ジョーン、これ……俺からの朱玉。縁起物や」
そう言って、照れくさそうに笑うモーリー。
「悪いな、こんなもんしか、お返しできひんけど……」
「ううん、嬉しいよ! ありが……、おおきに!」
俺はモーリーから真っ赤なりんご飴を受け取る。
来て良かったと、心から思った。
『ケーーーーーン!!』
白い狐のお面を被った男の子が風のように走り抜けた。
「うぉっ! ははは、あぶないな~、あの狐」
モーリーはが驚いて避ける。
俺は遠くに駆けていく小さなお稲荷様を、目で追いながら――。
この素晴らしい出会いと、甘い朱玉に感謝する。
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