第53話 神戸に行きました。

 俺はモーリーと別れ、兵庫県神戸市へと向かう。

 出会いと別れが人を強くすると、何かの本で読んだのを思い出した。

 たしか、少年ジャ○プだったかなぁ。


 さて、神戸に一体何しに行くんだい?

 という事だけれども、モーリーの勧めで、帰りは神戸からのフェリーに乗ろうと思っている。

 それに、神戸と言えばミノタジマウロスですよ、


 ミノタジマウロスとは、兵庫県固有のモンスでミノタウロスの特異種である。

 通常のミノタウロスよりも、二回りほど体格が良く、体毛も赤毛ではなく黒毛。

 当然、攻撃力や耐久力など、どれをとってもミノタウロスよりも優れているモンスだ。


 神戸には、このミノタジマウロスが数多く生息しているダンジョンがある。

 それが――三宮ダンジョンだ。


 神戸三宮駅の西出口を出ると、すでに陽が落ちかけていた。

 目の前には、大きな通りがあり、左手に『かに奉行』の大きな看板、右手には『東急ヘンズ』のビルが見えた。その右手をさらに奥に進むと、稚日女尊わかひるめのみことを祀る生田神社が鎮座する。とても歴史の深い神社で、その始まりは西暦201年。近くに、こういう素晴らしい場所があるというのは羨ましい。


 俺は東急ヘンズを冷やかした後、生田神社に参拝してご挨拶を済ませた。

 神社を出て脇道を進み、警察署がある角から5分程歩いた場所に三宮ダンジョンがある。

「ここか……」

 低層のビルで、外観はまるでステーキハウスのようだった。

 大きな看板には、三宮ダンジョンという丸い文字がアーチ状に書かれ、その下にデフォルメされたミノタジマウロスのキャラが描かれている。名前はミノッタくんと言うらしい。


 ――ウィーン。

 自動ドアが開くと、ひんやりと涼しい冷気に包まれた。

「いらっしゃいませー」

 ミノッタくんの絵がプリントされた黒いTシャツを着た男性スタッフが頭を下げる。

「お願いします」

 俺はIDを差し出して、装備を指定した。

 スタッフから装備を受け取り、更衣室で着替えを済ませてダンジョンへ向かう。


 普通のビルの階段を降りて行くと、コンクリートの壁が途中から岩肌へと変わった。

 下に着くと、幅広な洞窟タイプのフロアが広がっている。


「へぇ~、広いなぁ」

 地面は整備されたように、平で歩きやすい。

 ルシール片手に歩いていくと、さっそく一体のモンスが現れ目が合った。


「来たかっ!」

 のそりのそりと歩いてくるのは、ノーマルのゴーレム(低位種)だ。

 二メートルぐらいはあるだろうか。四角いブロックを組み合わせたような身体。

 

 ――先手必勝!

「オラァッ!!」


 俺はゴーレムの右足に目掛けてルシールを振り抜いた。

 右足が粉々に砕け散る!

 すかさず、体勢を崩したゴーレムの頭部を砕き割り、剥き出しになった核を潰した。

「よっし!」

 ふぅ、手がじーんとしてる。

 足先でゴーレムの残骸を転がしてアイテムを探す。

「ドロップ無しか……」

 仕方ないとあきらめ、さらに奥へと進んでいく。

 段々と道が狭くなり、一本のトンネルのような通路が見えた。

 通路の前で数人のダイバー達が集まっている。


「こんにちはー」

 俺はダイバー達に声をかけた。


「こんにちは」

 一番手前の、大きな盾を持った若い男のダイバーがにこやかに返事をする。

「何かあったんですか?」

「ああ、初めて?」

「あ、はい。そうですけど……」

「メンツ待ちだよ。この先はある程度人数がいないと無理だからさ」

 そう男が言うと、周りのダイバー達も頷く。

「そうなんですねぇ」

 俺を含めて5人、何人ぐらい必要なんだろうか。


「一応、君が一緒に来てくれればイケると思うんだけど、どう?」

「あ、行きます、大丈夫です」

「じゃあ決まりだね、皆も大丈夫?」

 その場を仕切っている若い男が皆に確認して、説明を始めた。

「開けた場所に出たら両脇に注意して、俺が他のミノタジマウロスを防いでる間に、焦らず一体ずつ囲んで倒してねー」

「おっけー」「了解」

 皆が口々に言う。

 改めて、若い男が皆の顔を見た。

「それでは、おのおの、抜かり無く」


 若い男が先頭に立ち、通路に入っていく。

 彼が盾役をかって出たのは、一番装備が厚いからだろう。

 次に背の高い男、俺は最後尾について入ることになった。


 すぐに道が拡がった。

 両脇の壁には等間隔に入口らしき穴が全部で8つ並んでいる。

「さぁ、来るよー」

 若い男が言うと、8つの穴からミノタジマウロスがぬっっと顔を見せた。

 黒く光る体毛、立派な角、牛の顔にバッキバキの身体。黒い大きな鉈のような武器を手に持ち、8体のミノタジマウロスが同時に一歩前に踏み出る。

「左手前から! 行くよ!!」

 若い男が盾を前に身構える。

 俺を含めた残りのダイバーが、左手前のミノタジマウロスに襲いかかった。

「おらぁ!」

「むん!」

 皆、かなり慣れているのか、的確にダメージを与えていく。

 俺も負けてられないなと、ルシールを振りかぶって渾身の一撃を放つ。

「オラァッ!!」

 思いっきりミノタジマウロスの顔面に入った。

 後ろに仰け反ったミノタジマウロスを周りのダイバー達がすかさず挟撃し、まずは一体を仕留める。

「次、右手前ー!」

 盾でミノタジマウロスを弾き飛ばしながら、若い男が叫ぶ。

 そこからは、流れ作業に近かった。

 一体一体、確実に仕留め、最後の一体を倒した後、意外と呆気ないなぁと思っていると、若い男が正面を向いたまま言った。


「さあ、お待ちかねの――メインディッシュだ」


 穴の奥から何かが近づいてくるのがわかる。


「ブフーッ……、ブフーッ……」


 荒い呼吸音が洞窟に響く。

 穴から現れたのは、3メートルはあろうかと言う巨大なミノタジマウロスだった。

「あれがミノッタくんのモデルになった、ここの主だよ」

 隣にいたダイバーが教えてくれる。

「へぇ、めっちゃデカいっすねぇ……」


「ブゴーーーーーーー!!!!」

 ミノッタくんが荒々しい声を上げる。

「うっひょ! 凄い迫力!」

「左右からやります、僕とルシールの君は左から、残りは右手をよろしく!」

「了解!」「おう!」

 若い男の指示通りに素早く左右に散ると、俺達は一斉に攻撃を始めた。

 強い、さっきまでのミノタジマウロスが子供に思える。

 ルシールで殴りまくっているが、効いてるのか効いていないのか、まるでゴムタイヤを殴っているような感触だ。

「ブモォッ!!」

 ミノッタくんが巨大な鉈を振り回す!

 腹に衝撃が走り、一瞬息が止まる。

 そのまま俺は、一メートル程吹き飛ばされて地面を転がった。

「大丈夫か!?」

 あっぶねー、殺られるところだった……。

 体勢を立て直し「大丈夫です!」と答える。

 右手のチームがミノッタくんの足を潰した。

 ガクッと膝を付き、鉈を振り回すミノッタくん。

「もう少し!」

 一斉に攻撃し、鉈を叩き落とした。

「よしっ! とどめだー!」

 若い男の合図で、皆が襲いかかる。もちろん俺も及ばずながら、必死に殴る。

「ブォオオーーーーー!!!」

 ミノッタくんが断末魔を上げ霧散していく。


「よっしゃぁああああ!!!」

 俺達は皆でハイタッチをして、互いを労った。

 

 一階へ戻り、受付を終える。

 『牛角』が結構な数落ちたので、ドロップは皆で山分けとした。

 俺としては、あまり活躍できなかったので、何か申し訳ないなと思う。

 その後、皆クールというか、ビジネスライクというか、結局名前すら訊かぬまま解散となった。

 まあ、たまにはこういうのも悪くは無い。


 三宮ダンジョンを出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 すっかり雰囲気の変わった通りを行き、駅前で安いホテルを探し一泊する事に。

 普段なら漫喫で過ごすところだが、実は母からもお褒めの言葉を貰うほどレイドで臨時収入を得ている。

 

「えぇっ!? 最近のホテルってこんなに安いのか……」

 何年もホテルというものを利用してなかったせいか、自分の感覚と値段のギャップに驚く。

 部屋に入って、一息つきながらリーダーに電話をかけた。


『おっす、久しぶりー』

「リーダー、もしかして、京都に行ってました?」

『え? 行ったけど、俺言ったっけ?』

 京都での一部始終とモーリーの事を伝えると、やっぱり、モーリーの言っていたプロとは、リーダーの事だった。世間って狭いなって思う。

『あいつ、モーリーって言うのか。良い奴だったけど、なんとなく名前も訊かずに別れたんだよ』

「モーリーと連絡先交換したので、機会があったら三人で飲みましょうね」

『おう、いいな! じゃあ、悪い! 今から潜るから、またな!』

「え? こんな遅くに?」

『今日は群馬でナイトダイブがあるんだよ』

「へぇ~、そうなんですね!」

『じゃあ、また今度ゆっくり連絡するわ』

「わかりました、頑張って下さいねー」


 電話を切った。

 リーダーこんな遅くまで頑張ってるんだなぁ……。

 ベッドに横になり、そんな事を考えていると、次第に瞼が重くなる。

 旅の疲れもあったせいか、俺はいつの間にか眠っていた。

 


 ――D&M 十六階層。


 ただっ広いフロアを仁王立ちで眺める王が一匹。

 側近の猫又を二匹引き連れ

「いないニャムねぇ……」と呟く。

 一匹の猫又が口を開いた。

「ケットシーさまに恐れをなしたのではないかと」

「まあ、よいニャム。しかし何も無いニャムねぇ……」

「いまだ他のモンスどもは寝ております」

 と、もう一匹の猫又が言った。

「いい迷惑ニャム。ニャムの住処を荒しよって」

「御意にござりまする」


 ケットシーは頷きながら、何かを思いつく。

「そうニャム! あの鬱陶しい犬をここへ追放するニャム」

「犬でござりまするか?」

「ニャム、パレスの前に起きてるものを集めるニャム!」

「畏まりまして候」

 シャシャッと猫又がパレスに走っていく。


 ケットシーが戻ると、パレス前にはかなりの数の猫又たちが欠伸をしながら集まっていた。

「こらっ! 起きるニャム!!」

「は、はいっ!!」

 猫又たちが一斉に姿勢を正す。

 その前をケットシーは後ろで手を組みゆっくりと歩く。


「お前たちは何ニャ!」

 猫又たちが声を合わせて答える。

「誇り高きケットシーさまの眷属にて候!」

「ニャム、その誇り高き眷属のお前たちに命ずる、あの犬コロを運ぶニャム!」

 ケットシーは少し離れた場所で寝るケルロスを指さした。


 猫又たちに動揺が走る。

「え、あれはさすがに無理ではなかろうか……」

「起きたらひとたまりもないでござる」

 などと口々にぼやき始めた。


「シャーーーーッ!!」

 ケットシーが牙を剥く。


「ひぃっ!」

 猫又たちが震え上がり、一斉に口をつぐんだ。

「不甲斐ないニャムねぇ……。いいニャムか? このチャンスを逃せば次はないニャムよ!」

「ぎょ、御意!」

「よろしい、ニャらば行動開始ニャム!」


「お~‥…」

 猫又たちは、渋々作業を始めた。

 丸太を十六階まで並べ、板に乗せたケルロスを運ぶ作戦である。

「おい、そーっとだぞ? そーっと。いいか? ひぃ、ふぅ、みぃっ、乗せて!」

 ケルロスの周りをぐるっと囲んだ猫又たちが、ケルロスを持ち上げて板に移した。

「おぉ~!」

 パチパチと拍手する猫又。

「こら! そこ、騒ぐでない。起きたらどうするのだ」

 ぴたっと拍手が止み、猫又たちはケルロスを押し始めた。


 ゴロゴロゴロ……。

 順調にケルロスが運ばれていく光景を、ケットシーは満足そうに眺めている。

 一匹の猫又がそ~っとケルロスの背中の上に立ち、小声で指示を出す。

「おい、そこRがついてるから気をつけるでござる」

「ちょい右、もうちょい、ちょい」

 器用に微調整を繰り返し運んでいく。

 下で支える猫又たちの表情は真剣そのものだ。

 クランクになっている難所をクリアして、無事に十六階へ着いた。


「よし、板ごと放置でいいぞ」

 猫又たちはケルロスをフロアの隅に置くと、蜘蛛の子を散らすようにパレスへ逃げた。

「よしよし、よくやったニャム。それでこそ我が眷属ニャムよ」

「ありがたきお言葉!」

「ニャッ、ニャッ、ニャッ、これでこのフロアに邪魔者はいないニャム」

「ケットシーさま、バンザーイ! バンザーイ!」

 パレスを背に、ケットシーを称える猫又たちの声がいつまでも響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る