第54話 フェリーで帰りました。

 朝起きてホテルを出る。知らない環境で起きると何か不思議な気分だ。

 神戸を発つ前に、生田神社にもう一度参拝することにした。

 それから、少しだけ街をぶらついた後、フェリーに乗り、快適な船旅クルーズを終えた俺は、香川県へと戻った。

 ――たった一日の他店調査。

 それで一体、何がわかるのかと言われるかも知れない。

 だが、一粒の砂に世界を見るように、この経験を通じて、俺が何を見、何を感じ、どう生かしていくのか、それが大事なのだ。



 手土産を片手に実家へ戻ると、爺ちゃんが出迎えてくれた。

「おう、おかえり」

「ただいまー、これお土産ね」

「おぉ、悪いのぉ」

「俺、みんなにお土産渡してくるから」

 そう言って、俺はご近所を廻る。

 レイドでも迷惑をかけただろうから、ちょうど良かった。


「あら、こんな気を使わんでもええんよ?」

「いえいえ、騒がしくしてすみません」


「おー、ジョンちゃん、どうや一局?」

「ごめん、おじちゃん。また今度ね!」


 ご近所にお土産を配り終え、俺はダンジョンへ向かう。

 まだ一日しか経っていないが、どうなっているだろうか。


 入口の青いビニールシートを外して、カウンター岩へ入る。

 デバイスでマップを確認。

「お、十六階は残ってるな、よしよし……ん?」

 見ると、ぽつんと一つだけ光る点。

 あれ、何かモンスが発生したのか?

 俺はビューで確認をした。

 すると、なぜか十五階にいるはずのケルロスが十六階へ移動している!


「え?」


 慌ててダンジョンへ入り、十六階へ向かった。

 途中で十五階に丸太が散乱しているのに気付く。

「なんだ……これは?」

 丸太を辿って、十六階へ。

 見ると、大きな板の上にケルロスが丸くなって寝ているではないか!

 しかし、こうして見ると、結構大きくなった気がするぞ。

 動物園のライオンぐらいになってるか?


 黒いベロアの様な毛並みに二つの頭。

 尻尾も二本。口を開けて寝ているので鋭い牙が見えている。

 いくら見た目が可愛くても、この牙を見ると……。


 うーむ、誰かが運んだ? だとしたら誰が? 何のために?

 しばらくケルロスを眺めて考えたが、全くわけがわからない。

 

 ふと、気になって十五階へ戻り、ケットシーパレスに向かった。

 そっと扉を開けると、中には猫又達とケットシーがスースーと寝息を立てている。


「……そんなわけないか」

 俺は扉を閉め、一旦一階へ戻った。


 考えれば考えるほどわからなくなる。

 うーむ。だが、考えようによってはこれは好都合かも?

 これでケルロスが成長してくれれば、十分ボスとして目玉になるわけだし。

 理由がわからないとなれば、この状況をプラスに捉えるしかないだろう。


「うん、ポジティブにいこう、ポジティブに」


 俺はケルロスありきで、十六階の改装を行う事にした。

 やはり、フロアに入って扉が閉まるパターンの罠とか、フロアの床がせり上がってパーティーを分断するとか、何か仕掛けが欲しい所だけれど……。

 これには問題もあるのだ。

 数年前ならば、そういう嵌め殺し的な罠もダイバーから評価されていたのだが、今は嫌がるダイバーが多い。苦労して攻略するという考え方が、今の時代には合わないのかも知れない。

 かくいう俺も、抜けられない罠はフェアじゃない派なので、何かしら抜け道があれば受け入れられるのではないかと思うんだけど……。


 俺はデバイスで、トラバサミだの吊り刃だのを物色しながら、いい罠はないかなとリストをあたる。

「そうは言っても難しい……」

 駄目だ、ちょっと一旦保留で、先にモンスを召喚しておこう。

 ケルロスと相性の良いモンスは……。

 ジャッカル系を入れても良いんだが、まだ何が発生するかわからないので、ケルロスの当面の餌としてバブーン(バルプーニの下位種)を数体投入しておくことにする。 


 デバイスからバブーンを選んで五体ほど、召喚配置をする。

 一体5000DP、計25000DP。チャリーン。

「いやぁ、レイド様様ですなぁ~」

 資金に余裕があるっていいよね。


 木や岩の配置も考えたが、今はフロアも形成途中のはずだ。

 傾向を見てからでも遅くはないだろう。

 ちらほら起きてるモンスもいるし、この分だと早めに営業できそうだ。

 俺は片付けをして、家に帰った。


 居間で、うどんを啜りながら、レイドで延期にしたイベントも日程組まないとなぁと考える。

「ふぅ、やることが山積みだわ……」

 溜息をついてみても、俺の顔は少し笑っていた。


 うどんを食べ終わって、横になってテレビを見ていると、いつの間にか俺は寝てしまっていた。


 

 ――つけっぱなしのテレビから、ニュースが流れる。


N.キャスター

『次のニュースは、ダンジョンの話題です。みなさまは『D事案』ご存知でしょうか? 情報によりますと、各地でダンジョン・コアが活性化しているようです。スタジオにはグリモワール・フル・インベストメント社の竹内門助さんにお越し頂いております。竹内さん、さっそくですがこれはどういった現象なのでしょうか?』


竹内

『はい、えー、これはですね、まだ情報が錯綜している状態ですが、私どもに入ってきている情報によりますと、どうも小、中規模ぐらいまでのダンジョンでですね、ダンジョン・コアの活性化が非常に活発になっているというものでして、具体例ですと、ダンジョンの階層が拡がったりですとか、レイドボスと呼ばれる特殊なモンスが発生したりですね、そういった現象が確認されています』


N.キャスター

『これは、大規模ダンジョンには当てはまらない現象なのでしょうか?』


竹内

『いえ、領域拡張やレイドの発生というものは、普通に起こる事です』


N.キャスター

『えーと、竹内さんすみません、私はダンジョンにあまり詳しくないもので、教えて頂きたいのですが……、ダンジョンの拡張や、レイドの発生というものは、通常の状態でも起こりうる事なんですよね? だとすると、今回何が問題になっているのでしょうか?』


竹内

『えー、それはですね、その活性化に伴う拡張やレイド発生の頻度が極端に高く、かつ同時多発的に起きているという事が問題になっています』


N.キャスター

『では、通常の場合ですが、どのくらいの頻度で発生するものなのでしょうか?』


竹内

『コアによって差がありますが、ダンジョン領域の拡張は、小中規模のダンジョンで年に3回以上あれば平均値以上です。大規模ダンジョンですと、かなり頻繁にワンブロックだけ増えたりですとか、細かな拡張が見られるのが普通です』


N.キャスター

『では、次にこの『D事案』によって想定される問題というのは……、竹内さん、具体的に言うとどのようなものがあるのでしょうか?』


竹内

『そうですね、まず、ダンジョンが与える地域経済へのインパクトでしょうか、ご存知の通り、巨大ダンジョンになればなるほど人が集まりますし、その収益も高くなります。今までですと、それほど影響力のなかったダンジョンが、このD事案によってですね、小さな町の財政を一夜にして一変させるダンジョンに成長するという事も有りうるわけです』


N.キャスター

『それは凄いですね。では、今現在、集客の高い大規模なダンジョンを経営している企業からしてみると……これは、かなり頭の痛い事案という事になりますか?』


竹内

『そうでしょうね、既に大手は、独自にリスク調査を開始しているはずです。弊社にも、そういったクライアントからの相談が寄せられていますし、ただ、これは何分、誰も経験した事のない事案ですから、今後どう、パワーバランスが変わっていくのか。もちろん、通常のダンジョンは営利目的で運営されていますから、笑う人もいれば、その陰には、必ず泣く人もいるわけです。その辺のバランスを企業や行政がどう対処していくのか、それが課題だと思います』


N.キャスター

『ありがとうございます、えー、このD事案については、まだ、政府からのコメントは出ておりません。すみません、お時間が来てしまいました。本日はグリモワール・フル・インベストメント社の竹内門助さんにお越し頂きました、ありがとうございます』


竹内

『ありがとうございました』


N.キャスター

『それでは、次のニュースです。昨夜未明……』

 

 ――ジョーンの寝息と、キャスターの声だけが居間に響いていた。

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