第55話 モンスの様子がおかしいです。

「ウォォーーーーー……!!」

「グゲッグゲッグゲッ!」

「ウホッウホッ!!」


 ――ダンジョン中のモンス達の様子がおかしい。


 デバイスのビューで見ると、下の階層のモンスほど様子が変だ。最下層のケルロスは、ずっと遠吠えをあげているし、いつもダラダラしているケットシーや猫又たちが16ビートで何かを刻んでいる。


「CLOSE中だぞ!? こ、これは……一体?」

 ふと、目を向けるとダンジョンの奥からラキモンが顔を覗かせている。

「あ! ラキモン!  大丈夫だったのか!?  いったい、何が……」


「ルァキィ! ルルァキィ!!」

 ラキモンは舌を巻いたように変な声を出している。


「おいおい、どうしちゃったんだよ?」

 そう尋ねてもラキモンは一向に落ち着かない。

「ルァキィルルァキ! ルルアールァキィ!!」

「ちょ、落ち着けって。あ……」

 ラキモンは明らかに興奮しながら、ぴょんぴょんといつもより高く跳んでダンジョンへ戻っていった。


 ……これはおかしい、レイドバカンスどころじゃないぞ。

 どうしよう、とにかく、モンス達を落ち着かせないと。


 俺はデバイスをCLOSEからメンテナンスモードに切り替える。

 すると、嘘みたいにモンス達が大人しくなり休眠状態へ入った。


「良かった、メンテは効くみたいだな……」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 しかし、安心している場合ではない。


 俺はスマホで調べようとした時、あるニュースに目が止まった。


「D事案……?」


 見ると、小中規模のダンジョンの様子がおかしいとある。待てよ、ウチのダンジョンも拡張にレイド発生……。これは何か関係があるんじゃないだろうか?


 俺は紅小谷に相談してみることにした。

『ごめん、緊急で相談したい。連絡ください』


 スマホを軽く叩きながら、暫く待つと連絡があった。

 慌てて、電話に出る。


「もしもし、大変なんだよ!」

『ジョンジョン、落ち着いて。どうしたの?』


 俺は一度、深く息を吸ってから口を開いた。

「モンス達の様子がおかしいんだ」


『どんな風に?』

「皆、落ち着かない感じで、叫んだりウロウロしたり」


『全部のモンスが?』

「そうなんだ、メンテに切り替えてみたら、休眠状態にはなったんだけど」


『うーん、D事案のニュース見た?』

「あ、ああ、さっき、ちょっとだけ」


『関係があるかもね、ちょっと調べてみるわ』

「あ、うん、ありがとう」


『じゃ、また後で連絡するから』

「わかった、後で」


 電話を切り、大きな溜息をついた。


 デバイスを眺めながら、どうなってしまうのか考えると落ち着かない。

 他に出来ることもなく、俺はスマホでD事案関連の記事を見ることにした。


 見ると、ウチと同じ様にレイドが発生したダンジョンが多い。

 そこも、もしかして、同じ様な現象になってないだろうか?


 記事に載っていた梅田のキタキタダンジョンへ電話をしてみる事にした。

 緊張しながら、相手が出るのを待つ。


『はーい、キタキタダンジョン』

 意外とあっけらかんとした声が聞こえる。


「あ、すみません、私D&Mというダンジョンを運営している者なんですが、少しお話をお伺いできませんか?」

『え? 何ですか?』


「いえいえ、あのD事案の件でお話を……」

『あー、あれですね。はいはい、何でしょう?』


「レイドが発生した後、何か変な事が起きてませんか? 例えばモンスが騒いだりとか」

『そうなんです、何やキャーキャー喚いてまして、そちらさんもそうですか? 今、グリモワールいう業者さん呼んで見て貰っとるとこなんやけど、全然アカンみたいやね』


 ――他のダンジョンでも同じ現象が起きてる。


 グリモワール? はて、どこかで聞いたような……。

「ウチはメンテナンスにしてる状態なんですよ」

『そうですか、お互い商売上がったりですねぇ。D&Mさんでしたっけ?』


「はい、そうです」

『何かわかったら教えてもらえます? こっちもわかったら連絡しますから』

「はい、ありがとうございます!」

 プツッと電話が切れた。


 ――D事案、グリモワール……。


 気になった俺は、スマホでグリモワールについて調べてみた。

「あっ! あれか!」

 これは以前、協会の新規管理者支援キャンペーンで見た所だ。確か、AI召喚システムだったかで、五徳猫が召喚されたよな……? 


 ――新規管理者……?


 D事案の発生ダンジョンは小中規模のダンジョンのみだ。

 何か関係があるのだろうか?


 俺は紅小谷に電話をする。

『どうしたの?』

「あの、ちょっと気になる事があって……」


 俺は一瞬間を置いて

「グリモワールって会社知ってるかな?」と訊いた。

『ええ、ニュースでD事案についてコメントしてるわね」


「え、そうなの?」

『そうよ、それがどうしたの?』


「いや、以前新規管理者キャンペーンってやつで、そこのAI召喚システムってのを試したことがあるんだけどさ、それって開業申請してから一年以内のダンジョンだったんだよね」


『……それで?』

「ってことは、キャンペーンに参加したダンジョンは、小中規模のダンジョンなわけだろ? 何か関係があるんじゃないかと思って」


『なるほどね、ジョンジョンにしては冴えてる。その時、何か手続きみたいなものは?』

「えーと、コードをデバイスに入力したぐらいかな」


『コード……。これはしおりさんに訊くのが早そうね』

「か、母さんに?」


『しおりさんには私から連絡してみるわ、じゃ後で』

「わ、わかった」


 電話を切り、デバイスを見つめる。

 確かに、母さんなら何かわかりそうだ。(母はプログラマー)


 そわそわと落ち着かないので、フロアを覗いたり染料を造ったりしていると、スマホが鳴った。


 お、母さんからだ。

「もしもし」

『ああ、ジョーン。デバイスをOPENにしてくれる?』


「え? いいの?」

『仕方ないでしょ、終わったら戻せばいいから』


 俺はデバイスを操作しながら「何するの?」と訊いた。

『こっちから、そこに入るのよ』

「入るって……」


『大丈夫、悪いようにはしないから』

「……わかった」


『OK、じゃ、そのまま私が良いって言うまでデバイスを触らないで』

「うん」


 画面が急に黒くなり、白い数字の羅列のようなものが画面に流れていく。

 次々に、いろんな画面に切り替わり、俺はそれをじっと眺めた。

 しばらくして、電話口から母の声が聞こえる。


『ジョーン、もういいわ。クロね』


「へ? もういいの?」

『ええ、メンテに戻していいわよ、あとでまた連絡するわね』


「あ、ちょ、母さん!」

 既に電話は切れてしまっていた。


 俺はとりあえずメンテモードに戻し、どうしたものかと立ち尽くす。

 すると、母さんからスマホにメッセージが届いた。


『このファイルをダンジョン協会に送りなさい、すぐに連絡が入ると思うから、私に回してちょうだい。それと、パッチを当てておいたから、もうメンテナンス解除しても大丈夫なはずよ』


「ど、どういうこと……?」

 半信半疑でデバイスをCLOSEに戻してみる。


「ふ、普通に戻ってる!!」

 さっきはあんなに興奮していたモンス達が、大人しくなっていた。

 虫系モンスも飛んでたりはするが、暴れている様子はない。

 ケルロスも吠えることなく、大人しく丸くなっていた、


 母さんが何かしたのは間違いないんだろうけど、こんな簡単に治るものなの?

 送られてきたファイルを開くと見慣れない言葉の中に、アクセスログという単語を見つけた。


「アクセスログ?」

 ファイルにはアクセスログと、その詳細が書かれていて、そこにはグリモワール・フル・インベストメントの名もあった。


 しかも不正アクセスと書かれている。

 やっぱり、あの会社が何かをしていたのか……?

 俺は言われた通りに、急いで協会へファイルを送った。


 それからしばらくして、紅小谷から連絡があった。

『ジョンジョン? しおりさんから聞いたわ、不正アクセスされてたらしいわね』


「そうみたいなんだけど、難しくて良くわからないんだよね。一応、協会にファイルは送ったんだけど」

『うーん、協会から連絡が来るはずだけど……そうだ、モンスの様子はどう?』


「母さんがパッチを当てたとかで、普通に戻ってる」

『良かったわね。さすがしおりさんね! やっぱりあの人は神だわ!! あ~、あの高みに私も……』


 紅小谷は興奮して何かぶつぶつと言っている。

「べ、紅小谷? 大丈夫?」


『あ、ああ、ごめんなさい。ともかく、今は連絡待ちね』

「うん、わかった。何かわかったら連絡する」



 電話を切り、気を紛らわそうと、俺は掃除を始めた。

 表を箒で掃いたり、ダンジョロイドの埃をとったりしていると、スマホが鳴る。

 ――協会だ!


「もしもし」

『どうも、私、ダンジョン協会の杉本と言います。壇様でしょうか?』


「はい、そうです」

『先ほど、壇様からお送り頂いたファイルの件ですが、こちらでも確認させて頂いたところ、そちらのデバイスに不正なアクセスがあったのは間違いない事がわかりました。このファイルは、壇様がお作りになられたものでしょうか?』


「えーと、母がそういった事に詳しくてですね、そのファイルも母にお願いしたものなんです。それで、協会の方から連絡があったら、母に直接連絡をしてくれと言われてまして」

 俺は杉本さんに母の連絡先を伝えた。

『わかりました、では早急に対処しますので。また、改めます』


「よろしくお願いします」

 

 ふぅ、緊張したー。

 一体、どういう話になっているのだろう?

 置いてけぼり感が凄い……。


 何にせよ、グリモワールが何かやらかしたのは間違いなさそうだ。

 あ! あのダンジョン大丈夫かな?

 うーん、今連絡しても混乱させるだけか……。


 その時、紅小谷からメッセージが届く。


『ジョンジョン、ニュース見て』

 俺は、すぐにスマホでニュースを見た。


〈ダンジョン協会がグリモワール・フル・インベストメント社に緊急立入調査を開始!〉


 こ、これは……。


〈明らかになる、D事案の闇! 不正アクセス疑惑!?〉


 協会の対応は早かった。

 きちんとした証拠があるからだろうか?


 俺は、一応キタキタダンジョンに連絡して、ニュースを見るようにと言っておいた。

 スマホでニュースを追っていると、協会から連絡が入る。


『壇様でしょうか?』

「あ、はい」


『あ、お待たせして申し訳ありません。先ほど連絡した杉本です。事実確認が取れまして、現在協会で被害にあわれた管理者様に説明を行っているところです』

「えっと、何があったんですか?」


『当協会が公認しておりましたキャンペーンにて、グリモワール社が皆様にお配りしたコードにウイルスが仕込まれていました。本当に申し訳ありません』

「ウイルス……? えっと、大丈夫なのですか?」


協会ウチの技術部と、お母様が話をした結果ですね、パッチを当てれば問題はなくなるとの結論が出ました』

「そ、そうですか」


『しかしですね、協会としては、そのままデバイスをお使い頂くのは控えて頂きたいのです。その代わり最新型のデバイスと交換という形を取らせて頂きたいのですが……』

「え!? いいんですか!」


『はい、もちろんです。今回の件は協会としても重く受け止めております、再発防止の為にもぜひ交換をお願いできないかと、皆様にご相談している次第でして』

「最新型って、あのタブレットのやつですか?」


『あ、ご存じでしたか。そうです、現行の最新モデルはタブレット端末が付いてきますので業務の方も、かなり使い勝手が良くなると思います』

「ぜひ、交換したいです。あ、ビュー表示とかのスピードってどうなりますか?」


『ビューは、今現在のモデルの中で、一番速く表示されます』

 おお、マジか!

「じゃあぜひ交換をお願いします!」


『かしこまりました、では早速手配を致します。それと、お母様の方には当協会技術部の特別技術顧問として、今後、色々とご相談させて頂くようになりましたので、一応それもお伝えしておきます』

「そ、そうなんですね……わかりました」


 すげぇな、母さん……。


『では、詳しい報告書を後日送らせて頂きます。あと、お詫びと言ってはあれですが、D&M様を始め、被害にあわれた皆様のダンジョンをご紹介するページをですね、半年間、協会サイトのトップに設けさせて頂きますので』

「トップページ? い、いいんですか!?」


『はい、この度は本当に申し訳ありませんでした。信用回復に努めてまいりますので、今後もどうか宜しくお願いいたします』

「はい、こちらこそ、ありがとうございました」

『では、何かありましたらご連絡下さい。失礼いたします』


 おお~! 何か凄く得した気分。

 しかし、母さんがいなかったらと思うとゾッとする話だな……。


 ともかく、今は新しいデバイスが届くのが待ち遠しい。

 いやぁ、京都で見た時から気になってたんだよなぁ。


 俺は紅小谷に連絡を取り、一部始終を伝えて礼を言った。

 最近は、何かと相談にばっかり乗ってもらってるので、今度来たときは、とっておきの肉うどんでもご馳走しよう。



 ――その日の夜。

 ニュースではD事案を大々的に取り扱っていた。

 どうやら、グリモワール社の元社員が不正を行っていたらしい。

 

 新型AIのテストを、デバイスに不正アクセスして行い、検証データを中国の企業に流して多額の報酬を受け取っていたという。不正を働いた元社員は逮捕、ダンジョン協会とグリモワール社は合同で謝罪会見を開き、当面は警察の捜査に協力すると発表した。

 

 俺はテレビを消して、母さんに

『ありがとう、お蔭で助かったよ。仕事忙しいのにごめん!』とメッセージを送った。


 自分の部屋に戻り、そろそろ寝るかと布団に入ると返事が届く。


『仕事より大事なものが私にもあるのよ。じゃ、頑張ってね』

 ちょ、母さんがこんな事言うなんて何かあったのか?


 何だかむず痒い。

 でも……たまには、こういうのも悪くはないかな。

 そう思いながら、俺は布団に潜った。

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