第33話 準備を進めていきます。

 朝起きるとリーダー曽根崎の姿が無く、綺麗に布団が畳まれていた。

 スマホにリーダーからのメッセージが届いている。


『悪い、急ぐから起こさずに帰るわ。また連絡する、頑張れよ!』


 短いメッセージだ。

 でも、リーダーの気持ちが伝わってくる気がした。

 ナンバーズの期限内に回りたいダンジョンの話もしてたし、東京の家も出ると言っていたから、かなり急いでいるんだろう。


 俺はリーダーに

『リーダーも頑張って! いつでも遊びに来て下さいね』とメッセージを送った。


 昨日の夜、リーダーがアバレウコンの採り方を教えてくれた。

 リーダー曰く、アバレウコンは離れた場所から、根本を刺せば襲ってこないそうだ。

 採集する場合は、槍か長いスコップを持っていけとの事。

 槍が根本にきちんと刺さっていれば、葉の部分はおとなしいので簡単に採ることができる。

 葉は根を守るために暴れているので、根に傷がついてしまえば、もう暴れる必要がないという事らしい。


 俺はダンジョンに向かう支度を始める。

 いつものように、おにぎりと、麦茶を持って獣道を行く。

 黒いフェンスを開けて、カウンター岩横に用意していた『赤』『青』『黄』の染料を覗きこんだ。

 うん、変わった様子はないな。


 それから、昨日干しておいた布を確認する。

「お~!」

 色ムラなく綺麗に染まっている。

 発色も悪くない。後はこれをもう一度、綺麗な水で洗ってみる。

 うん、色落ちもないな。

 これならわざわざ煮なくてもイケそうだぞ。

 これで染料は問題ない。後はどの素材を染めるかだ。


 上級者から初心者まで、幅広いダイバーが使う素材と言えば『魔獣系の皮』『植物系の蔓』『骨』辺りだろう。

 骨は染まるかどうか……。

 とりあえずは、スケルトンの骨で試してみよう。

 俺はデバイスからアイテムボックスへアクセスして、ジャッカルの皮、ウツボハスの蔓、スケルトンの骨を取り出した。

 それぞれをバケツに入れて、試しに漬けておく。

 上手く染まってくれることを祈るのみだ。


「さてと」

 表の掃き掃除、カウンター岩周りの清掃をして、更衣室の中も拭く。

 ガチャのストックをチェックし、足りないものを補充。

 麦茶を注いで、デバイスをOPENへ。

「ぷはぁ~」

 一息つきながら、石鹸を包む作業をしていると、絵鳩と蒔田のJKコンビがやって来た。


「おはよう、今日は早いね?」

 二人は顔を見合わせて

「夏休みなので」と答えた。

 あ、そっか、すっかり忘れてしまっていた。

 経営者たるもの、こういう事はちゃんと考慮しておかなければ……。


「ジョ……ん、あれ……すか?」

 蒔田が言う。が、全く聞き取れない。

「え? ご、ごめんもう一回いいかな?」

 と訊くと、蒔田は絵鳩に耳打ちをした。

「あれ何って」

 絵鳩が表のバケツを指さす。

「あ、あ~、あれね! 今、染色してるんだよ、ほら、装備とかに使う素材なんかを」

「え、色変えれるの? どうやって? 私達もできる?」

 二人が思ったよりも食いついてきた。


「ちょ、ああ、えーと。まだ完全じゃないけど……ほらこれ」

 俺は試しに染めた布切れを二人に見せた。

「「おお~」」

 二人は布を広げて、触ったり、太陽に透かしたりしている。

 良かった、結構興味があるみたいだ。

「ジョーンさん、これ何でも染めれる?」

「うーん、流石に金属は無理だと思うけど、繊維、皮はイケると思うよ」

 蒔田がぴょんぴょんと飛び跳ねて、絵鳩に何か伝えた。

「フェザーメイルも? って」

「ああ、そうそう。元は二人のフェザーメイルを見てて思いついたんだよ、ははは」

「それって、どうすればいいんですか?」

「そうだなぁ……」

 俺は腕組みをして考える。

「やってみたい?」

「「やりたい!」」

 二人は勢いよく答えた。

 そっかぁ、どうするかなぁ。ワークショップみたいな感じにするかな?


 でも漬けるだけだし……。

 そっか、漬けるだけだもんな!!


「わかった、じゃあ近い内に準備してサイトで告知するから」

「「うっす!」」

 二人はキャッキャしながら色の相談をしている。

 こういうのを見ると、やはり女の子だなぁと思う。

「はい、どうぞ」

 俺は二人の装備を渡す。

「あ、ボーンクレセントも染めれるかもよ」

「え?」

 蒔田の声が聞こえた。

「い、いや、その材料って骨だろ? 今、骨も漬けてあるんだよ。上手く行けばの話だけど」

「えー、黄色とか良くない?」と絵鳩。

 蒔田はうんうんと大きく頷く。

 二人は興奮気味で更衣室に入り、中で何やら相談しているようだった。

 かなり経ってから、二人が出てきて

「「いってきま!」」

 とダンジョンへ向かう。

「気をつけてね、いってらっしゃい」

 

 俺は手応えを感じていた。

 あれだけ反応があれば、他のダイバーたちも興味があるはず。


「よし!」


 絵鳩たちと話している時に構想は浮かんでいた。

 まず、予め基本色で染色した素材を、カウンターで販売する。


 そして、違う色に染めたい人の為に、カスタマイズを受けようと思う。

 三原色の染料を混ぜ合わせて好みの色をつくるのだ。

 

 時間的にも、ダンジョンを回ってる間に染まるので、素材を預かり染色を開始して、戻って来たら確認をしてもらう。

 ※翌日以降に何か問題があれば、その時に対応。


 なかなか良い流れではないだろうか?

 俺は麦茶を啜りながら、メモに書き留めた。

 

 鼻歌を唄いながら、ダンジョロイドの位置を微調整していると

「こんにちは」と声が聞こえた。

 振り返ると、髪の長い綺麗なお姉さんが立っている。

 あ、二刀流のお姉さんだ! ※V.ロードイベント参加者。

「どうも、ご無沙汰しています!」

「覚えててくれたんだ?」

 お姉さんは微笑む。

「そ、そりゃあもう。あの二刀流カッコよかったっすよ!」

「ふふ、ありがと」

 そう言って、お姉さんはIDをカウンター岩に置いた。

「はい、お預かりします」

「ねぇ、あれは何?」

 お姉さんが表のバケツを指さした。

「あ、あれは染め物をしてまして、装備に使う素材とかに色を付けているんです」

「え!? それは良いわね!」

 おお、反応が良い。

「まだ試作段階なのですが、多分近々サービスとして提供できると思いますよ」

「それは良いこと聞いちゃった。楽しみね」

 涼しげに笑うお姉さんに少しドキッとする。

「あ、ありがとうございます」

 と、答えてデバイスを操作した。

 森保もりやすさおりさんか、難しい読み方だな。

 俺は装備を渡して

「森保さん、IDありがとうございます」とお返しした。


 俺はまだ名前をちゃんと言って無かったなと思い

「あ、僕は壇・ジョーンです」と自己紹介する。

「あら、店長さんって……」

 森保さんが遠慮がちに言った。

「ハーフなんです、父がアメリカ人で、見た目は思いっきり和風ですが」

「ふふ、そうなのね、確かに純和風ね」

「へへへ、そうなんですよ」

「じゃあ、用意してくるわね」

 と、森保さんは更衣室へ入っていった。


 いつもは気にも留めない洋服の擦れる音を、なぜか意識してしまう。

 俺も人の子って事か……。

 綺麗なお姉さんって良いよなぁ、おっと! いかんいかん!

 俺は顔を洗って、ぽわ~んと浮ついた気持ちを流し落とす。

「ふぅ、危ない危ない」


 更衣室から森保さんが出てきた。

 腰にはツヴァイブレイド、鎧は女性人気の高い、アリアンメイル。

 スラッとした手足に真っ白な肌が、アリアンメイルの濃い赤によく似合う。

 森保さんは髪を後ろで結び

「じゃ、また後で」と行って、ダンジョンへ入っていった。

 一瞬、ガチャに目を向けたが、どうやら興味が無かったようだ。

「いってらっしゃいませ!」


 それから、少しして、メダルの丸井くんや豪田さん、カップル客などが顔を見せる。

 染色をどう思うか聞いてみると、豪田さんはあまり興味が無さそうだったが、丸井くんはやってみたいと言ってくれた。

 初見のダイバーたちも、個人差があるものの、比較的好意的な意見が多い。


 そして、閉店後。

 俺は材料をたっぷりとダンジョンで採集した後、バケツに漬けてあった素材を取り出した。

 ざぶざぶと水洗いをする。

 色が落ちなくなったので、一旦水気を切った。

 うん、染まってるようだ。

 問題の骨を見ると、細かな凹凸部分の色に濃淡が出ていい感じになっている。

 シルバーアクセのいぶし加工のような感じだ。

 俺は材料を干して、明日最終チェックを行う事にした。


 後片付けを済ませて家路につく。

 俺は実家の隣りにある納屋へ探し物に向かった。

「オホッ、オホッ!」

 埃が舞い、思わず咳き込みながら明かりを点けた。

 納屋には農作業の道具や、使わなくなった家電や古道具が所狭しと積まれている。

 ゴソゴソと染色に使えるような大きめの入れ物を探していると、隅に積まれた巨大な枡を見つけた。

「これ良いんじゃないかな……」

 奥から引っ張り出して、埃を払う。

 わっ、片喰カタバミの家紋がついてる……。


 すると、突然後ろから

「お前、何をやっとんじゃ?」と爺ちゃんが扉から顔を覗かせた。

「あー、びっくりした。爺ちゃんこれ何?」

「ん? ああ、それは昔、親戚の忘年会で使った枡だな」

「こんな大きいのを?」

「そうそう、誰が一番飲めるか競争したもんよ」

 ちょ、豪快すぎるだろ……。

「これ使う?」

「いいや、使わんよ」

「じゃあもらっていいかな?」

「好きにせいや、ワシはもう寝る。ちゃんと片付けとけよ」

 爺ちゃんはあくびをしながら、家に戻っていった。

「ありがとー」


 俺は巨大枡を引っ張り出して、外で水洗いをした。

「綺麗になった」

 納屋の壁に立てかけて置く。

 これで明日には乾いているだろう。


 家に戻って寝る前に、なぜか少し心配になって、部屋の窓から巨大枡を見た。

 ちゃんと納屋の壁に立てかけてある。

 よしよしと頷き、ふと空を見ると無数の星が広がっていた。

「これは、東京じゃ見られないよなぁ……」

 しばらく夜風に当たりながら星を眺めた後、俺は布団に入る。

 目を瞑ると、まだ星が残っていた。

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