第34話 準備が終わりました。
今日はいつもより早くダンジョンに来た。
前日に干しておいた素材の発色を確かめる為だ。
素材を手に取りチェック、発色は良い。
もう一度水洗いして、色落ちしないか確認をしておこう。
次にスケルトンの骨も歯ブラシでこすってみる。
色落ちもせずに、しっかりと染色されているようだ。
俺は小さく「よしっ」と呟き、巨大枡を少し奥に移動した。
枡はカスタマイズ染色用に使おうと思う。
あとは、基本色で染めた販売用素材作りと、サイト告知内容決めか。
俺は昨日出しておいた素材の中から、『ジャッカルの皮』を各色のバケツにぶちこむ。素材ごとに繰り返せば、後は洗って乾かすのみ。
基本色以外は、ダイバーたちに好みを聞きながら、販売用のラインナップにも変化をつけていく予定だ。
そして、一番の難関が値段決めである。どの程度が妥当か?
ジャッカルの皮(デバイス売値から8掛)約70+材料調達・染色工費300=売値370
うーん、一見安く見えるが……。
入場(500)+ガチャ二回(200)+ジャッカル染め物(370)=1070DP。
毎回ガチャや染め物を買うわけではないが、染め物は安く種類を買えた方が良いよなぁ。
ダンジョンとは通ってもらうもので、ダイバーと長く付き合っていく商売だ。
一回売って終わりの商売じゃないし……。
だから客単価を上げるのには抵抗があるんだよなぁ。
気軽に来店してもらうのが、結局店にもダイバーにも優しいと俺は思う。
待てよ。そうだ! 染色するだけにすればいいか?
皆、素材は大抵持ってるし、在庫リスクも無くなる。
よし、決めた! 一律250で、染色済みの素材の販売はしない事にする。
既に染めてしまったジャッカルの皮は、無くなるまでカウンターで販売することにしよう。
俺はさっきの皮を取り出して洗う。
ん?
綺麗なピンク色になっている。
なんで……。あ! 時間だ!
そうか、時間で濃淡が調整できるのか!!
こりゃ凄い、これだけでかなりのバリエーションが出来るぞ。
早速、メモ帳と時計を用意して、小さく四枚に切った皮を染料に漬ける。
それを五分毎に取り出していき、染まり具合を調べマニュアル化するのだ。
二十分後、最後の皮を取り出した。
俺は水洗いした四枚の皮を見比べる。
5分→薄いピンク。10分→やや濃いピンク。15分→赤。20分→濃い赤。
――これ、色見本で使えそうだな……。
そうだ、素材別に色見本を作っておこう。
俺は忘れないようにメモにタスクを書き込む。
むぅ、そろそろ開店時間だ……デバイスをOPENに。
さて、作業は中断して仕事に集中するか。
俺は麦茶を飲み、細々とした片付けを始める。
「おはよー」
矢鱈さんだ!
「どうも、おはようございます!」
「久しぶりだね、あ、曽根崎くんから聞いたかな?」
「はい、プロの話ですよね?」
「そうそう、彼はホントに有望だね」
矢鱈さんはしみじみと頷く。
「矢鱈さんから見ても、リーダーは素質あるんですか?」
「うん、間違いなくやっていけると思うよ。腕もいいし、何といっても運があるね」
「ナンバーズですか?」
「ああ、あれには驚いたよ。僕も数回しか見たこと無かったから」
「へぇ~、矢鱈さんでも」
俺は麦茶を差し出す。
「ありがと、あれ何?」
矢鱈さんが染料のバケツと巨大枡を指さす。
俺は、染色サービスについて説明をした。
「なるほどね、良いんじゃない? 値段も手頃だし」
「本当ですか!? そう言って貰えると心強いです」
「はは、大袈裟だって」
矢鱈さんが笑いながらIDを出した。
俺が装備を用意していると
「そろそろロードが復活してると思うんだよね」と矢鱈さんがボソッと言った。
「え?」
確かに、言われてみればそろそろかも……。
「一人で倒しても良いんだけど、悪いかなと思ってさ、一応声を掛けておいたから」
「誰か来るんですか?」
そう尋ねると、ちょうど表から豪田さんと森保さんがやって来た。
「あ、いらっしゃいませ」
「おっす、店長」と豪田さん。
森保さんは笑顔で手を振ってくれた。
「矢鱈さんが皆でやろうって言ってくれたからさ、森ちゃんにも声を掛けたんだ」
森保さんが矢鱈さんに
「よろしくお願いします」と頭を下げる。
「はは、そんなかしこまらなくても。僕の物じゃないですから、皆でやりましょう」
うーん、矢鱈さんは凄い。
普通なら独り占めしても、誰も文句は言わない。
多分、皆の事も、店の事も考えてくれているのだろう。
俺は心の中で感謝する。
「じゃあ、急いで用意しますね」
俺は二人の受付を手早く済ませた。
森保さんが着替え終わるのを待って、矢鱈さんたちはダンジョンへ向かっていった。
「頑張って下さい!」
今回、矢鱈さんの装備は以前と違っていつもの装備だ。
豪田さんと森保さんも相当の手練だし、まず負けることはないだろう。
皆がロードを倒した場合、上手く復活したとして残り二回。
俺としては、ここでケルロスが育ってくれると助かるのだが……。
もしくは上位種の発生。
まあ、これはあまり期待しない方がいいかな。
それから、豪田さんに訊いたという団体客が何組か来て、ダンジョンへ飛び込んでいった。
デバイスで見た限り、矢鱈さんたちと共闘しているのが見える。
うんうん、盛り上がってるなぁー。
「速っ……」
デバイスのビューで、矢鱈さんの動きが速すぎて追えない。
しかし、即席パーティーにも係わらず、見事な連携。
こりゃ、あの団体さんたちも、相当場数を踏んでるぞ。
見ていると、参加したくなってしまうので、俺はデバイスをマップ表示に戻す。
カップル客や、新規客が何人か来た後、ダンジョンから矢鱈さんたちが戻ってきた。
矢鱈さん以外のダイバーは皆、疲れ切っているように見える。
「お疲れ様です! やったんですか!?」
「うん、大勝利! トドメは森保さんだよ」
「ありがとうございます、楽しかったです」
皆が森保さんを見て微笑む。
「それで、ドロップは……?」
「あったよ、トレラ・フォルモントじゃなかったけど、中々の物だと思う」
矢鱈さんがそう言うと、団体客の一人が、抱えるように持っていた豪奢な衣装を見せた。
「これこれ『鮮血公の装束』だよ」
「す、凄い!!」
黒のベロアに金糸のきらびやかな刺繍や宝石の飾りが施され、裏地は血のような赤、袖の部分には赤い宝石の付いたカフス。凄いのはわかるけど、ちょっとこれを着るのは照れくさい。
「誰が貰うか、皆でじゃんけんで決めようって森保さんが言ってくれたんだよ」
と、矢鱈さんが言う。
「え、それは太っ腹というか……」
「いいのよ、私一人なら倒せなかったし、皆が後から来てくれなかったら、分身の対応が追いつかなかったと思うしね」
「なるほど、素晴らしいと思います!」
「じゃ、やりますか?」
鮮血公の装束を囲むようにして、矢鱈さんが音頭をとった。
「いくよー! じゃーん、けーん、ポン!!」
数人が、あーっと残念そうな声をあげる。
「じゃあ、勝った人ー、いくよー! じゃーん、けーん、ポン!!」
さらに数人が脱落する。
残ったのは矢鱈さん、豪田さん、団体客の三人。
惜しくも森保さんは負けてしまった。うぅむ残念。
「いくよー! じゃーん、けーん、ポン!!」
「うぉおおおお!!!!」
豪田さんが歓喜の雄叫びをあげた。
まるで野獣である。
嬉しそうに鮮血公の装束を持ってはしゃいでいる。
皆がパチパチと拍手をしながら、多分俺と同じ事を思っているだろう。
豪田さん……サイズ合わないよと。
その後、豪田さんが何とか鮮血公の装束を着ることができないか、試行錯誤している横で、ダイバーたちが一人、また一人と帰っていき、残ったのは矢鱈さんと森保さん、そして豪田さんになった。
「じゃあそろそろ私も帰ります」
着替え終わった森保さんがそう言うと、豪田さんが
「あ、じゃあ送っていきますよ!」と慌てて帰る用意を始めた。
「いや、大丈夫ですよ?」
森保さんが苦笑いで答えるが
「いえいえ、もう用意できました!」
と、豪田さんは強引に押し切る。
「じゃ、じゃあ……」
「店長、矢鱈さん、お先に! 今日は世話になったな! さ、森ちゃん行こう!」
鼻の下を伸ばした豪田さんに、俺と矢鱈さんは
「「おつかれさまー」」と手を振った。
やや離れて歩く二人の背中を見送った後、矢鱈さんが
「豪田さんはわかりやすいね」と笑う。
「そうっすね。あれは僕にでもわかります」
「さあ、僕はもう一回まわって行くかな」
「え? もう一回ですか?」
矢鱈さんが首を鳴らして
「ジョーンくん、忘れているようだね。ここにはアレがいるだろう?」と意味深に囁く。
「あ!」
すぐに俺は理解した。
かなりDPを稼いだ今、もしラキモンを倒せば……。
「ふふふ、一応僕もこれで食ってるからね。じゃあ行ってくる」
矢鱈さんはご機嫌な足取りでダンジョンへ向かった。
「あ、いってらっしゃい!」
さすがプロ。
すっかり忘れていた……。
しかし、ラキモンを狙って倒せるのって矢鱈さんぐらいのもんだろう。
普通は真似出来ないよなぁ。
それから、矢鱈さんは宣言どおりにラキモンを仕留め、とんでもないDPを稼いで帰っていった。
「やっぱ、凄いわ……」
俺は閉店作業をしながら呟く。
一通り片付けを終えた後、皮、骨、蔓などよく使う素材で色見本を作成した。
一時間ほどで色見本が完成し、見やすいように台紙に貼り付けて完成。
「おぉ~良いんじゃないの、良いんじゃないの」
出来栄えに満足し、後はサイトの告知文を入力する。
『素材の色、自分好みに変えてみませんか? 一律250DP! 詳しくは店長ジョーンまで!』
これに、色見本のページを一部写真に撮ってアップする。
うん、これでよし! 明日が楽しみだ!
「……あ~、疲れたぁ~」
そろそろ帰って早めに寝るか。
急ぎ帰り支度をして、俺はダンジョンを後にした。
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