第32話 ワークショップに参加しました。

「「ありがとうございました~」」

「どうも、お疲れ様でーす」

 俺は皆に頭を下げて外に出た。

 ぐっと、熱気に押される。

 午前中だというのに、なんでこんなに暑いのか……。


 肩にかけたトートバッグの中には、染色教室で使った布と染料が入っている。

 そう、俺は近所のワークショップに参加していたのだ。

 教えてくれたのは、本業の傍ら、趣味で教室を開いている藍染職人さんだ。

 結構しつこく質問したにもかかわらず、全てきちんと答えてくれた。


 何故、このようなワークショップに参加したのか?

 それは先日、絵鳩と蒔田を見ていた時に、ふと思ったのだ。

 ダイバーは武具の強化や改造には熱心だが、その見た目をカスタマイズする人は少ない。

 特に色においては、素材そのままの色で使用している。


 これらを踏まえて

 装備品の素材を染める→成功→使用した染料、染色済みの素材を販売→SNS映えで話題→バカ売れ

 という流れでいきたい。※理想ルートです。

 

 実家への道を歩きながら、教室で書いたメモを見て復習する。

「えーっと、各種染料は化学反応によって繊維に付着し、特定の波長の可視光を……うーん、要は天然色素の大体は酸性だからタンパク質の……あーーーーっもう!! 暑い!」

 小難しい事はさておき、とにかく実践あるのみ!


 今日の開店準備はワークショップに行く前に終わらせている。

 俺はダンジョンへ戻り、各所の再チェックをした後OPENした。

 カウンター岩にメモを広げ、早速ダンジョン内で染料として代用できそうな物がないか考える。


 トレントの樹液は多分、赤色で使えるよなぁ、それにリュゼヌルゴスの粘液とか、ミドロゲルガの体液は青だし、ブルーハーブも青、あとは黄色かぁ……。


 ボールペンで鼻先を掻きながら

「教室ではウコンとかザクロとか山桃も使えるって言ってたよな?」と腕組みをする。

 そういや笹塚にアバレウコンってのが生えてたな? ウチにも生えてるかも知れないぞ、と考えながら、俺はアバレウコンの暴れっぷりを思い出す。

 いやいや、あれ抜くのは大変だぞ……。


 いかんいかん! ここで弱気になってどうする!

 アバレウコンの一本や二本、このジョーン様がひっこ抜いてくれるわ!!

 麦茶を飲み干すと、カップルダイバーが来たのでメモを閉じる。

 それから、立て続けにお客さんが来て、いつの間にか閉店の時間となっていた。

 忙しいと時間が経つのも早いものだ。


 ――そして、閉店後。

 まずは、カウンター岩周りを清掃し、ガチャのカプセル補充分に必要なアイテムをチェック。

「よし」

 俺は軽く肩を回し、簡単な採集から終わらせる事にした。

 デバイスはCLOSE、ルシール+99とバケツを持って、まずはトレントのところへ行く。

 トレントから樹液をバケツ一杯頂き、ついでにブルーハーブも採ってから、一旦カウンター岩前に戻った。

 ミドロゲルガの体液を採りに行こうとして、足が止まる。

 果たして、モンスの体液で染めたい人がいるのだろうか?

 うーん、特に女性なら絶対に嫌だと思う。

 駄目だ、やはり植物でいくべきだ。


 そうと決まれば、俺はアバレウコンを採りに行く準備を始めた。

 例えCLOSE状態だろうと、アバレウコンは暴れる。

 ダイバースーツ+60、盾は持たない主義だが、今回は使わざるを得ない。

 デバイスを操作して自分のアイテムボックスからファングバックラー+30を取り出す。

 三本の爪が付いた腕に装着するタイプの盾だ。

 これだと手で持たなくて良いので戦いやすい。

 俺は装備を終え、ダンジョンへ降りた。

 

 目指すは密林フロア。

 小走りでスイスイとダンジョンを進んで、十一階まで降りる。

 突然、スコロペンドラと出くわす。

 虫系はCLOSEでも襲ってくる事が多い。

 なるべく刺激せずに、素早くモンスの間合いから離れた。


「ふぅ~、さてと」

 辺りを見て回る。うーん見当たらない。

 続いて十二階に移動し、探索を続けた。

 このフロアは特にモンスの種類が多い。警戒しながら、アバレウコンを探す。

 形は、パイナップルの葉が巨大になったと思って頂ければ、ほぼ間違いないと思う。


「お?」

 少し離れた場所に、鋭く尖った葉が見えた。

 あった! あれだ!

 良かった、無かったらどうしようかと……。

 俺は、ルシール+99を握りしめ、そっと近づいていく。

 うーん、デカい。

 どうやって抜くか。小石を拾って、アバレウコンに投げてみる。

 小石が当たった瞬間、アバレウコンが物凄い勢いで暴れ始めた。

「こりゃ大変だぞ……」

 俺はルシール+99をフルスイングし、アバレウコンを殴ってみた。

「オラァッ!!」

 ボヌッ! という鈍い音が響く。

 次の瞬間、俺は数メートル吹き飛ばされていた。

「うぉっ!」

 ゴロゴロと転がる。

「ててて……」

 ゆっくり起き上がり、改めて難易度の高さを痛感した。

 これ、イケんのか?


 しばらく、アバレウコンを眺めていると、ケローネがやって来て、アバレウコンの葉を舐め始めた。

「え?」

 おいおい、何で暴れないんだ?

 俺は様子をじっくり観察した。

 匂い? なんだろう? ケローネに全く反応していないぞ?

 うーん、ケローネ油を使ってみるか。

 俺は一度、カウンター岩へ戻り、ケローネ油を持ってまた十二階まで降りた。

「あー、疲れる」

 アバレウコンの前に行き、ケローネ油を体中に塗ってみた。

 恐る恐る、アバレウコンに触る。

 一瞬、目の前が真っ暗になり、俺はまた数メートル吹き飛ばされた。


「う、うう……くそっ」

 ケローネ油まみれになりながら、胡座をかいてアバレウコンを見つめる。

 一体、どうしろと?

 こんなに手こずるとは思わなかったぞ!

「駄目だ、一旦撤収!」

 俺は、ルシールを振り回しながら、カウンター岩へ戻った。


「くそっ!」

 時計を見ると夜の十時を回っていた。

 俺はタオルで身体を拭く。

 黄色は一旦保留して、他の色をまず試しておくか……。

 

 俺はトレントの樹液にワークショップで使った布を漬けた。

 本来なら七十度ぐらいで煮るのだが、まずはそのままで試してみる。

 十分程待った後、取り出して水で洗う。

 色が出なくなるまで綺麗に洗って、広げてみた。

「おぉ! 意外と綺麗に染まってる!」

 煮る工程がなければ、かなり作業が楽になる。

 俺は続いてブルーハーブも試すことにした。

 バケツに入れたブルーハーブを、すりこぎ棒代わりにしたルシールで潰して、青い汁がバケツに溜まったところで、布を入れてみる。

 色が染まるかどうかのテストなので、特にムラなどは気にしない。

 先程と同じ様に少し時間をおいた後、水洗いをした。


「へぇ、これは良い」

 ダンジョンの植物だからだろうか?

 かなり綺麗に発色している。

 これはちゃんとした工程を踏めば、もっと綺麗に染まるだろう。

 赤と青はこれで何とかなりそうだ。

 後は黄色を残すのみ。


「アバレウコンかぁ……」

 俺は大きく溜息を吐いた。

 と、その時入口から足音が聞こえ、慌てて振り向く。

「おう、遅くまで何やってんだ?」

 リーダー曽根崎の姿があった。


「リーダー!!」

 俺は思わず立ち上がる。


「はは、明日東京に戻るから、その前にな」

 そう言ってリーダーは微笑む。

「あれ、矢鱈さんとはどうでした?」

「いやぁ、半端ない。マジであの人ヤバいわw」

 リーダーが軽く首を振り、遠い目をした。

「プロの高みってやつかな? 改めて感じたよ」

「……どの辺りを回ったんです?」

 リーダーは指を折りながら

「えーっと、桂浜だろ、道後、別子銅山、中津渓谷……他にも色々回ったよ」と答えた。

「凄いっすね!」


「へへ、まあな」

 リーダーは少し笑った後、横を向いてカウンター岩にもたれ

「ジョーン……俺決めた。プロになるわ」と小さく呟く。

 その言葉には力強い決意が感じられた。

「リーダー……」

「矢鱈さんも大丈夫だって言ってくれたし、あの人と回ってみて、やっぱりこれで食っていきたいって思ったんだ。へへ、だから、俺、今まで何かに本気になった事ってなかったけど……」

 一瞬の沈黙の後

「本気、出してみようと思う」と、真っ直ぐに俺の目を見た。


 俺の全身がピリッと引き締まる。

「と、鳥肌立ちました……」


「ははは、何だよそれ?」

 リーダーが少し照れたように笑った。

「いや、かっこいいっす!! 誰が何を言おうと俺は応援しますっ!」


 いつもリーダーはふざけた感じを見せているが、誰よりも面倒見が良くて、仕事にも手を抜かずに頑張る姿を俺は見てきた。だから、決意の大きさも、本気だという事もわかる。


「……ありがとな。ま、後は東京戻って、あの野郎に辞表を叩きつけるだけだ」

「悔しそうな顔が目に浮かびますね」

 そう言って二人で笑った後

「で、何やってんの?」とリーダーが訊いてきた。


 俺は事情を説明し、染めた布を見せた。

「へぇ~、ホントお前は次から次へと、良く考えるなぁ」

 リーダーは俺を見て感心したように言う。

「でも、アバレウコンが抜けなくて……」

「ん? アバレウコン? ここにも生えてんの?」

 リーダーは目を大きく開く。

「はい、十二階に生えてるんですけど、僕じゃどうにも」

「ははは、任せとけ。瞬殺だよ、瞬殺。一本でいいのか?」

「え? いいんすか!」

「何を遠慮してんだよ、今日、お前の家泊まっていくから宿泊代だと思えよ」

「お安いご用です! あ、ありがとうございます! じゃあ遠慮なく三本でもいいですか?」

「おう、楽勝楽勝、じゃあ装備出してくれ」

 デバイスにリーダーのIDを通して、俺は目を疑った。


「リーダー、こ、これ……」


 リーダーはニヤリと笑う。

「スゲェだろ?」

 モニターには、いつものクライヴォルグ+108の下に、見慣れない武器名『―ナイン―』の文字があった。


「こ、これ……もしかして、ナ、ナンバーズですか?」

 リーダーは静かに頷く。

「ま、まじっすか!! 半端ない! 凄すぎる!」

 俺は興奮を抑えきれずに叫んだ。

 は、初めて見た!


 ナンバーズはシリーズ武器でⅠ~Ⅸ種の武器があるとされている説と『ゼロ』と『00ダブルオー』を含むⅪ種だという説がある。※今までナンバーの重複は確認された事はなし。


 この武器を手に入れるには、国内限定という事を除けば、運以外は一切必要ない。なぜならナンバーズは、日本全国のダンジョン内にランダムで出現orドロップするからだ。


 このシリーズ武器、最大の特徴が、その優れた性能と引き換えに、使用期限が決まっているという事。ナンバーズを手にしたその日から起算し、丁度256日後、ナンバーズはアイテムボックスから消えてしまう。


 そして、ナンバーズはまた、ダンジョンの深淵へと戻っていくのだ。


 すると、リーダーも我慢していたのか

「だろっ!! ヤバくねーっ! な、凄いだろ? もう、よっしゃーーーーっ!! て感じだったよ」

 と満面の笑みで大声をあげた。

「まさか、ナンバーズを手に入れるなんて、びっくりですよ」

「ま、プロを決めたのも、これを手に入れたってのがデカかったな。これがあるうちに、挑戦しておきたいダンジョンもあるし」

 確かに、ナンバーズシリーズともなると、レイドクラス。

 使用期限はあるが、その恩恵は計り知れない。

「おお! しかも、得意の槍ですね」

「そうなんだよ! はは、マジでついてた。矢鱈さんも驚いてたよ」

「いやぁ、良いものを見せてもらいました」

 俺は装備をリーダーに渡した。


「じゃあ、ちょっと待ってな。すぐに採ってくるから」

「あ、はい! お願いします!」

 リーダーは歩きながら、アンチェインメイルを被り、―ナイン―を軽く振ると、ダンジョンへ走り出す。

 俺はその背中を見て、とても喜ばしく思うと同時に、少しだけ淋しくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る