第31話 簾をつけました。

 ニュースによると、今日の予想最高気温は37度だという。

 昨日は過去最高気温を越えたと言うし、しばらくは客足にも影響が出そうである。


 早朝だというのに、うだるような熱気。

 つくづく、ダンジョンまでの道がアスファルトで無くて良かったと思う。


 昨日の閉店後に採集したアイテムをカプセルに詰め、イエティ雪球ガチャを補充した。

 評判も良く、なかなかの出だし。これから、コツコツと貢献してくれそうだ。

「よーし」

 デバイスで各階層をチェックした後、OPENに切り替える。

 今日も一日、頑張らないと……。

 首からかけたタオルで顔を拭い、ダイバーが訪れるのを待った。


 ――小一時間後。


 誰も来ない。

 確かに暑い。異常な暑さではあるが、誰か来ても良さそうなものだが……。

 しかし、じっとしているだけでも汗が吹き出してくる。

 麦茶を飲み干して、この暑さがどうにかならないものかと考えた。

 氷でもあればなぁ……。


 俺はふと、思いつく。

 氷、氷はあるじゃないか! ダンジョンに!


 そうだ、新しく拡がった領域には氷原フロアがある。

 そこから氷を運べば。

 うーん、でも運んだとしてもすぐに溶けてしまうぞ……。

 何かいい方法はないものか……。


 俺はスマホを取り出して『氷 溶けにくくする』で検索した。

 色々と方法はあるようだ。

 一般的なものだと、塩をかける方法がある。

 あとは、大きな塊にするとか、発泡スチロールの箱に入れる。

 とにかく空気に触れないようにするのが大事か……。

「塩?」

 ダンジョン内で手に入る塩。そんなものあったっけ?

 しかもこの暑さを塩ごときでどうにか出来るとは思えないぞ。

 というか塩より何より氷をどうやって運ぶかだよなぁ……うぅあっちぃ~。

 

 打ち水をするのはどうか?

 確かテレビで余計に温度が上がるとか言ってたし、むぅ……。

 そもそも日差しが入口から少し入って来てるのがダメだ。

 そうだ! 簾をつけよう。

 ――簾?

 将棋の名人のように、俺の身体がぶるっと震えた。

 氷原フロアから、氷雪草を採ってきて、バルプーニの体毛で繋げれば……。

 俺はニヤリと笑い、ダイバーが来た時の為に貼り紙を書いた。


 『ただいま席を外しております、10分程で戻ります。もし良かったら麦茶はご自由にお飲みくださいませ。 店長』


 これでよし、俺はデバイスから探索者のポーチとルシール+99を取り出し、念のためにCLOSEにしてから、ダンジョンに走った。


 一気に五階まで駆け降りて、丸くなって寝ているマッドグリズリーの横をスッと通り抜ける。

 そして、新しい階層に入った。

 目の前に草原が広がり、離れた所にヘルハウンドの群れが横になっていた。

 小走りで氷原フロアに急ぐ。

「おぉっ気持ちいい~! 涼しいなぁ!」

 階段から冷たい風が吹いてくる。

 しかし、喜んだのも束の間、すぐに寒くなり歯をガチガチと鳴らしながら氷雪草を探す。

 イエティがウロウロしているがCLOSE中なので襲っては来ない。

 油断は禁物だが、比較的知能の高いモンスなので心配はないだろう。

 大きな氷の岩場が見える。氷雪草はこういう場所の隙間に自生する、プラスチックの細いパイプのような形の草で、長さは一メートル程、束になって生えている。

「お、あったあった」

 俺は探索者のポーチを開いてバックパック形態にする。(めっちゃ便利)

 氷雪草を根本から折って、バックパックに詰めていった。

 遠巻きにイエティたちが興味深そうに俺を眺めている。

 目一杯、詰めたところで、バックパックを背負い引き返す。

 イエティの一匹が遠くから氷玉を投げてきたが、今はかまっていられない。

 急がねば凍死してしまう……。

 あのイエティはいずれお仕置きをしてやろう、このルシールでな!


 息を切らしながら一階へ戻った。

 バックパックをカウンター岩の前へ降ろして、一旦表に出た。

「ふぅ~」

 冷え切った身体が暖まっていく。

 やばかった、Tシャツなのを忘れていたのだ。

 程よく温まったところで、早速、簾の制作に入る。


 まずはデバイスをOPENに戻し、自分のアイテムボックスからバルプーニの体毛と、ダガーを取り出した。

「たくさん採っといてよかったな」

 そう呟き、バックパックから氷雪草を出す。

 氷雪草は思った通り、ひんやりと冷たい冷気を放っていた。

「さてさて」

 不揃いな氷雪草の端をダガーで切り揃えていく。

 のこぎりのように切っていかないと、割れてしまうので注意が必要だ。

 すべて切り揃えたら、今度はバルプーニの体毛で端を結んで繋げていく。

 体毛は針金のように形がつくので、簡単に結ぶことができるのだ。

 作業にして約40分程、終わった頃にはポタポタと汗が滴り落ちていた。

「できたぁーっ!」

 氷柱のように垂れ下がっている蔓を利用して、 ダンジョンの入口から中に少し入った場所へ、氷雪草の簾をつけた。※ダンジョンの物は外には出せない。


「あーーーー俺って天才ですねーーーー!」


 誰もいないのをいいことに、俺は一人叫んだ。

 それぐらい、効果抜群だったのだ。

 外から入る熱風が、少しひんやりとした風に変わった。

 太陽の光もある程度防げるし、何より透明で青みがかった色が涼し気で良い。


 俺はスマホで氷雪草の簾を写真にとり、協会サイトにアップした。

 写真には『ダンジョンは涼しく快適になってますよ~』と一言添えておく。

 これでよし!

 すっかり快適になったカウンター岩で、珈琲を啜っていると

「こんにちはー。うわ、涼しいっすねぇ!」

 お、誰かと思えば、山河大学の青年だ。

 今日は山田くんたちはいないのかな?

「どうも、いらっしゃい」

「店長さん、今日は一人なんですけどいいですか?」

 ちっさなメダルを当てた青年だ。

「もちろん、大歓迎ですよ~」

 俺は笑顔でIDを受けとって装備を用意する。

 丸井くんか、覚えておこう。

「あのメダルって何種類ぐらいあるんですかね?」

「うーん、相当あるみたいだけど……。確かギネスではメキシコのダイバーが世界一で3000枚持ってるって書いてましたねぇ」

「さ、3000枚っすか!?」

 丸井くんは青褪めた顔で言った。

 メダル沼の深さを実感したのだろう。

「ま、まあそれは極端な話だしね」

「そ、そうっすよね、ありがとうございます」

「いえいえ、じゃあ頑張って」

 頭を下げると、丸井くんはダンジョンへ向かっていった。


 と、丁度そこに

「「こんにちわー」」

 絵鳩が蒔田という女友達と二人で顔を見せた。

 まきちゃんと絵鳩は呼んでいるが、流石に俺がそう呼ぶのは気が引ける。

 最初は蒔田さんと呼んでいたのだが、本人から絵鳩同様、むず痒いので蒔田と呼び捨てで構わないと言われている。

「おお、いらっしゃい」

 絵鳩はあれからちょくちょく来てくれていて、最近は蒔田と二人で来る事が多い。

 それぞれのバッグにはお揃いの『パンダタ』がぶら下がっている。

 蒔田というJKは、見た感じぽっちゃり系で可愛らしい雰囲気なのだが、とにかく声が小さい。俺もいまだに声が聞き取れないでいる。

「涼しい」

 絵鳩が言うと、隣で蒔田が頷く。

「いいだろ、あれ? 氷雪草で作ったんだよ」

 俺が簾を指さすと、蒔田が絵鳩にボソッと何かを言う。

 すると絵鳩が

「器用ですねって」と伝えてきた。

「あ、ああ……そうかな、はは」


 俺は二人の装備を用意する。

 二人共、お揃いでフェザーメイル。

 蒔田の武器は驚くなかれ、自作の円月輪、ボーンクレセント+3。

 彼女は武器の加工にセンスがあるのだろう、スケルトンの胸骨を研いで作れるとは俺も驚いた。

「はい、どうぞ」

「「ウッス」」

 絵鳩と蒔田は装備を持って更衣室に入る。

 しかし、友達が出来て変わったよなぁ……。

 そう、しみじみ思っていると、二人が装備を終えて出てきた。

 蒔田は絵鳩の白雲+5を手に取り、刃こぼれをチェックしている。

 しかし、本当に武器マニアというか、精通しているというか。

 その手慣れた手付きに、思わず見入ってしまう。


 絵鳩が待っている間にGマシーンを見つけた。

「ジョーンさん、あれ何?」

「ああ、イエティ雪球ガチャだよ、一回100DP」

「……」

 蒔田が手を止めて、絵鳩に耳打ちをする。

 うんうんと絵鳩が頷き

「あとでやるって」と言う。

「あ、ああ、いつでも言ってね」

 俺がそう答えると、蒔田は絵鳩に白雲+5を渡して、背中に差していたボーンクレセントを手に持った。 二人は少しストレッチをした後

「「行ってきます」」と元気にダンジョンへ向かう。

「はーい、頑張って~」

 絵鳩たちを見送り、一息つく。

 簾のお蔭で、すっかり汗もひいて快適だ。


 鼻歌を唄いながら、カウンター岩周りを掃除しているとイベントの事を思い出した。

「あ、ヤバい……忘れてた」

 慌てて箒を片付けて、珈琲を飲む。

 そして真っ白な紙を見つめて唸った。

「む~~~~~~~~~~」

 考えれば考える程、思考が鈍っていく感覚に襲われる。

 いかんいかん、楽しいは正義、楽しいは正義!

 護摩行のようにブツブツと唱えながら、楽しいことを考えるようにした。


「何をやってるんですか?」


 突然の声に驚く。

 見るとメダルの丸井くんだった。

「あ、ああ、ごめんごめん、ちょっと考え事をね……ははは」

「そうなんですね、あ、これ」

 丸井くんはIDを差し出す。

 俺がIDを返しながら

「メダル取れた?」と訊くと満面の笑みで

「今日は三個もゲットしたんです!」と答えた。

「へぇ~、良かったねぇ! 凄いじゃん丸井くん!」

「へへへ、ありがとうございます! じゃあ店長さん、また来ます」

「またよろしくね~! 気をつけて~」

 丸井くんは照れくさそうに頭を下げると、ダンジョンを後にした。


 うん、彼は通ってくれそうな雰囲気だ。

 でも、あまり熱中しすぎないように注意しないと、学生さんだし。


「よし、どれどれ」

 俺はデバイスで絵鳩たちの戦いぶりを見てみる事に。

「おお!」

 二人は連携を組み、ミルワームを上手く翻弄している。

 へぇ、蒔田がアタッカーか。意外だなぁ。

 絵鳩が白いクナイのような物を投げる。

 ミルワームが絵鳩の方に向いた瞬間、蒔田が斬りかかる。

 見事、二人はミルワームを仕留めた。

「成長したなぁ……うんうん」

 しかし、デバイスの画面からだと同じフェザーメイルで区別がつきにくい。

 せめて色とか違えば見やすいのだが……。

 

 ん?


 ――色。

 可視光の組成の差によって感覚質の差が(以下、略)


 そうだ、色だ!

 何で早く気づかなかったんだろう。


 俺は簾を少しずらして、外を眺める。

 あれほど憎らしかった太陽が清々しく見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る