第30話 イエティ雪球ガチャ始めました。
……プルルルル……プルルルル。カチャッ。
協会へは、ファイブコールで繋がった。
少し手に汗が滲む。
『はい、ダンジョン協会サポートセンター、島田がお受けします』
とても聞き取りやすい男性の声だ。
「あ、すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが……」
『はい、ではダンジョン名をお願いします』
「えー、D&Mです」
『続いて、管理者様のお名前をフルネームでお願いします』
「壇ジョーンです」
『少々お待ち下さい。……確認できました、本日はどうなされましたか?』
「今、外国のダイバーの方がいらしてて、IDが読み取れないのですが……」
『はい、では、ご使用デバイスは700Cでお間違いないでしょうか?』
「はいそうです、以前の店では800Cを使っていて、その時は特に問題なかったのですが」
『なるほど、800Cですと自動モード変更機能がありますが、700Cでは、少し操作が必要になります。デバイスの前にいらっしゃいますか?』
「あ、はい、います」
『ありがとうございます、ではデバイス右側面の赤いボタンを音が鳴るまで押し続けて下さい』
俺は言われたとおりにボタンを押した。
すると、ピッと音がなり、画面に『設定』と表示される。
「設定と表示が出ました」
『はい、ではその下に表示されている、現在モードの部分が『00』になっていると思いますが、どうでしょうか?』
「00になってます」
『ありがとうございます、ではそれを、コントロールキーの『+』ボタンを押して頂いて『01』に変更した後、もう一度赤いボタンを押して頂けますか?』
デバイスを操作して、モードを01に変更、赤いボタンを押す。
「押しました」
『ありがとうございます、そちらの状態でIDを通してみて頂けますか?』
「あ、はい」
俺はIDを通す。
おお! 認識され、ニコラスのアイテムボックスリストが表示された。
「できました! ありがとうございます!」
『いえ、それではモードは自動で戻りますので、そのままの状態で大丈夫です。また同じ様に海外のIDをご使用の場合は同様の手順でご利用頂けます。あと、他に何かご質問があれば』
「いえ、大丈夫です、ありがとうございました」
『サポートセンター、島田がお受けしました。それでは失礼致します』
通話を終える。
島田さん! 何というサポート力だ!
おっと、感心している場合じゃない、急がねば。
俺はニコラスに「お待たせしました~」と笑顔を向けた。
デバイスには英字のアイテムが並んでいる。
ダンクロ笹塚時代にも、海外のお客さんが来たことはあったが……。
でも、こんな武器は見たことがないな。
「えっと、装備はどれにしますか?」
「オケィ、Octopus sword+20 Gentle armor+60、Avant-garde shield+33、でオネガイしまス」
ニコラスに画面を指でさしてもらいながら装備を用意する。
「珍しい武器ですねー」
俺が装備を見ていると、ニコラスは「見る? ドウゾ?」と言ってくれた。
言葉に甘え、装備を見せてもらう。
Octopus swordはその名の通り、大きな蛸の足の形をしていた。
指で触ってみると、シリコンゴムのような感触がする。
うーむ、これでちゃんと戦えるのだろうか?
鎧の方は銀色で硬めの金属で作られていて、肩に金色の装飾が施されていた。
とても重厚な鎧だ。これならかなりの攻撃を防げると思う。
盾はカラフルな油絵のような模様で、表面がとても柔らかだ。
正直、どうやって使うか想像ができない……。
俺はお礼を言って装備を手渡すとニコラスは
「とってもツヨイよ~」と言って大袈裟に眉を上げる。
そして、ニコラスがダンジョンへ向かおうとした時、突然しゃがみこんで叫んだ。
「ワオッ! なぜここにガチャガチャ?? アメージンッ!」
驚いた、ガチャガチャを知っているのか?
「あ、おもちゃの代わりに、アイテムが入れてあるんですよ」
俺が慌てて説明するとニコラスは大きく頷く。
「この中にアイテムですか!? 君はオモシロイことするね!」
「いやぁ、そんなぁ」
照れて調子に乗り、目の前で一回まわしてカプセルをパカっと開けた。
「フゥーーー!! ワォッ!!」
ニコラスは興奮して奇声を上げた。
どうやら気に入ってくれたようだ。
「ヘイ、ジョーン! これ、ワタシもやりたいデス!」
「一回100DPなんですけど、大丈夫ですか?」
「OMG! 日本、ヤスーイヤスイ! もちろんオッケーよ」
ニコラスがIDを差し出す。
俺はオッケーと合図して、預かったIDから100DPを頂いた。
「どうぞー」
ニコラスは嬉しそうにGマシーンを回した。
――コロン。
「フォーーーッ!! ウレシーね。これたのしいヨ! もうイチド!」
ニコラスがカプセルを開けながら言う。
大丈夫かな……。俺は再度IDを通し100DPを頂戴する。
「オッケーです」
それから興奮したニコラスは、計8回のガチャを堪能しダンジョンへ入っていった。
残念ながら当たりは出なかったが、満足していたようなので良しとしよう。
しかし、一体何をやっている人なんだろう……旅行客?
それとも、海外のプロなのだろうか?
そんな事を考えながら、麦茶を飲んでいると表の方からガヤガヤと声が聞こえてきた。
お、なんだなんだ、団体客か?
入口から四人組の青年が姿を見せた。
「いらっしゃいませ」
「あ、すみません、四人で」
坊主頭の青年が代表のようだ。
残りの三人は彼の後ろでふざけあっている。
「はい、じゃあIDをお願いします」
と俺が言うと「早く出せよ」「お前に渡したって」「マジかよ!」などと、カウンター岩の前でわちゃわちゃしている。
しばらくして坊主頭の青年がIDを集めて
「すみません、これで」とカウンター岩に置いた。
俺は人数分のIDを受け取り、順番に受付を行っていく。
「じゃあ、えーと山田さんは……」
「あ、僕が山田です」
と坊主頭の青年が答える。
作業をこなしながら、俺はそれとなく探りを入れてみた。
「ご近所なんですか?」
「あ、僕ら山河大学のダイブサークルなんです」
山田が頭を掻きながら答えた。
山河大学? あ~っ! 確か鈴木くんの!?
「あ、あぁ~。そうなんですね、ああ、なるほど~」
この子たちが鈴木くん以外の男子か!
俺は君たちの気持ちはわかるぞ、うん。
「この辺りだと、他に何処でダイブするんですか?」
「えっと、いつもは『ダンクロ善通寺店』に行ってます、家から近いので」
むぅ、ダンクロめ。
「そうですか、へぇ~。ウチも気に入って貰えるといいなぁ」
「あ、はい! いや、でも、こういい感じでカッコいいっすよ! なぁ!」
山田が他の三人に同意を求める。
「「あ、おう! カッコいいっす!!」」
なんか、無理してる感が……。
「じゃあ、何かあったら遠慮なく訊いて下さいね~、では頑張って!」
「「ありがとうございます!」」
山田を先頭に、青年たちはダンジョンへ走っていった。
武器は皆揃ってブロンズソードか……。
うーん、青春だなぁ。
そこに丁度、入れ違いでニコラスが戻った。
「ヘイ! ジョーン! ここ最高ね! タノシカッタよ?」
ニコラスは上機嫌で握手を求めてきた。
「ありがとうございます、センキューセンキュー」
俺はその大きな手を取って笑顔で応える。
「途中、黄色いおばけ見たネ。スバヤイよ? すぐいなくなったネ? あれなに?」
ラキモンだな……。
「ああ、珍しいモンスがいるんですよ、ラキモンって言います」
俺は後ろの棚に飾ってあるラキモンのダンジョロイドを指さす。
「オーゥ、それだと思うよ! ラキモン? ワォ、不思議。ツギは倒すよ? ハハハ!」
笑いながらニコラスが俺の肩を叩く。
何ていうか、明るい人だなぁ。
「ニコラスさん、お仕事は何をされてるんですか?」
「ワタシ、ゲームアプリを作る会社、経営してマス」
ニコラスが名刺をくれた。
「あ、どうも。すみません僕、名刺持ってなくて……」
「オゥ、気にシナイ気にシナイ」
名刺は英語で書かれていた。会社名は……
「えーーーっ! サークルピット?」
「オー、知ってマスカ? ありがとです」
知ってるも何も、世界でも有名な大企業じゃないか!!
確かパズルゲームとか、SLGが得意な会社だった気が。
「どうしてこのダンジョンに?」
「ゲーム、作るのは大変。アイデアたくさん必要デス。ワタシ、世界中のダンジョン旅して、アイデアもらってマス」
「な、なるほど……」
こんな凄い人でもアイデアが出なくて困ったりするのか。
そう思うと、胸に溜まっていた緊張感みたいなものが、スッと解けたようで少し楽になった。
「何かアイデアを出すコツみたいなものってありますか?」
ニコラスは腕組みをして、足を少し開きうーんと唸った後
「タノシイ! これ一番大事ネ!」と言った。
「楽しい……」
そうだ。そうだよ、楽しいは正義だ!
やはり、俺は間違ってない、皆が楽しめるダンジョン。
これを追求するのみだ!
俺が一人納得しているとニコラスが
「でもジョーン、何事もバランス、バランスねぇ~」
と言いながら、両手を横に広げ、天秤のような動きを見せた。
その表情がおかしくて、思わず吹き出してしまう。
それを見てニコラスも笑い始めた。
「「ハハハハハ!」」
「ジョーン、もうワタシたち大体トモダチ。また来るネ」
「あ、ありがとうございます! 嬉しいっす!」
俺とニコラスは再び固い握手を交わした。
何度も振り返り手を振るニコラスを見送った後、スマホでサークルピットを検索してみる。
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会社名:Circle Pit (サークルピット)
従業員数:約3000人
代表:ニコラス・クロウリー
メディア事業、広告事業、ゲーム開発事
業を展開している総合インターネット企業。
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総売上は……最早、数字の羅列にしか見えない。
ここまでになると、実感も湧かないし、どうでも良く思える。
なんか、とんでもない人と知り合ってしまった。
また、来てくれるといいな……。
しばらくして、山河大学の青年たちが戻ってきた。
そのうちの一人がガチャを見つけて回してくれた。
彼らの反応は良好で、俺も俺もと後に続く。
その光景に俺は僅かながら手応えを感じた。
その後「「また来ます!」」と言って、山田たちは元気に帰って行く。
見送りながら、少し気になったのは、一人の青年がちっさなメダルを当てたことだ。
彼が初見だったので、アンデッドからドロップする事と、種類が豊富という事、そして集めても何も作ることはできないよ、集めてる人は多いけどねー、と教えてあげた。
すると、彼はすっかりメダルを気に入って、見事『ちっさなメダル沼』に落ちてしまった。
――その沼は深いぞ。
俺は彼の幸運を祈った。
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