第29話 商店街へ行きました。
ダンジョンの開店を午後からにして、今日は商店街へやって来た。
色々と行き詰まってしまい、気分転換と情報収集をしようと思ったのだ。
商店街に足を踏み入れると、少しひんやりとして気持ちよかった。大きなアーケードが続く。俺は麦わら帽子を脱いだ。日差しを遮ってくれるのはありがたい。
商店街は、昔ニュースで見たときよりシャッターが少ないように思える。景気が上向いているのだろうか?
でも、人通りは少ないなぁ……。
朝だから、ということもあるだろうが、これでは商売にならないのではと、少し不安になった。ただ、そう見えるだけで、実は儲かって仕方がないのかも知れないが……。
などと考えながら歩いていると、おもちゃ屋さんを見つけた。
今は個人経営のおもちゃ屋さんを見ると珍しく感じてしまう。
これも時代の流れというものか……。
悲しいが資本主義社会である以上、仕方のない事なのかも知れない。
俺は足を止めて、店先に並ぶ古びたガチャガチャを覗いた。
「うわー、懐かしい」
今どきのプライズではなく、製造元不明の謎おもちゃがカプセルに入っている。
そっかそっか、別に中身は自由だもんなぁ……。ん? 自由?
――その瞬間。
俺の脳内ネットワークを組成する150兆のシナプスに光が走った。
「て、天啓だぁーーーーっ!!」
思わず声を上げていた。
店の奥から、何事かと店主が顔を覗かせる。
「あ、いや、こんにちはー、ははは」
店主は訝しげな顔でこちらを見つつも
「いらっしゃい」と声をかけてきた。
「あ、そのー、懐かしくてつい」
「ん? ああ、ガチャガチャね。良かったら持ってく?」
「え!? ど、どういう事っすか!?」
思わぬ店主の言葉に目を丸くした。
「ウチも今月で終わりだからさ、今片付けやってんだよ」
「え……閉めちゃうんですか?」
「まあ、跡継ぎも居ないし、後は年金生活だ。はは」
寂しそうに店主が笑う。
ふと奥の棚をみると、段ボールに商品を詰めている途中のようだった。
「そうなんですか……」
店主は明るい顔に戻り
「だからさ、これ欲しいならあげるよ? 廃棄にも金がかかるし、持ってってくれると助かるわ」と言った。
なるほど、そういうことなら。
「欲しいです! 大事に使いますので譲って貰えますか?」
「助かるよ。じゃあこれ鍵ね」
腰にぶら下げた鍵束の中から、鍵を一本抜いて渡してくれた。
「あ、ありがとうございます! えっとこの中に入ってるカプセルは……?」
「丸ごと一緒にあげるよ、持っていきな」
「すみません、ありがとうございます!」
俺は店主に頭を下げると、
お、意外と軽いな。
店主に見送られ、俺はGマシーンを肩に乗せて商店街を練り歩く。
すれ違う人の視線を感じながら、俺はダンジョンへ向かった。
滝の様な汗。
さすがに、この炎天下にGマシーンを担いで帰るのは無謀であった。
いくら麦わら帽子を装備しているとはいえ、暑いものは暑い。
「うう……あ、あ……ああ……」
Tシャツはびしょびしょになり、乾いた土に汗が滴り落ちる。
獣道を上り、フェンスに着いた頃には目がぐるぐると回っていた。
一旦、Gマシーンを置き、自販機で買ったスポーツドリンクをがぶ飲みする。
「ぷはーーっ!! あ~、生き返った~」
フェンスを開けて、急ぎカウンター岩の横にGマシーンを置いた。
「ふぅ……」
まだ開店まで時間がある。
少し休憩した後、俺は先に開店準備に取りかかった。
しかし、この猛暑はいつまで続くのだ。
俺は麦わら帽子をずらして、太陽を睨みつけた。
カウンター岩に戻り、早速Gマシーンの清掃に取り掛かる。
一旦、鍵を開け、中のカプセルを全部出して、マシーンを表で水洗いをした。
「意外と汚れてるなぁ」
使い古しの歯ブラシで細かく汚れを落としていく。
次に、中身を出したカプセルをバケツに入れ、これも水洗いをする。
洗い終わった物を、タオルの上に並べて干した。
よし、この天気ならすぐに乾くな。
一体、何をしているのかとお思いだろう。
これは天啓である。
あの時、思いついてしまったのだ。
ヒントは『イエティ雪球』である。
イエティ雪球はご存知の通り、イエティが大事な物をしまう時に作る雪の球だ。
一度でも開けたダイバーならわかると思うが、開ける瞬間が一番ワクワクする。
そのワクワクは、ガチャガチャの楽しさに近いと思ったのだ。
俺の考えはこうだ。
カプセルを白く塗り、中にデバイスで100DP程度の価格帯アイテムを入れる。
当然、10個に1個は当たりとして、250~300Pぐらいの物を混ぜてお得感を出したい。
それを一回100DPでダイバーに遊んで貰おうというアイデアだ。
入れるアイテムはよく使う消耗品系が良いだろう。
それなら、使いみちもあるし、普通に買うよりは楽しい。
何より、当たりがあるという期待感もある。
名付けて『イエティ雪球ガチャ』だ!
ククク、俺はデバイスのアイテムリストから、中に入れるアイテム候補を選ぶ。
条件としては、ウチのダンジョンで入手可能なアイテム。
わざわざ自分で買った物を入れていては商売にならないからな。
カプセルは全部で30個。
その内3個を当たりにするとして、まず27個分のアイテムの物色を始めた。
「回復系かな……」
薬草、ポーション、毒消しなど色々とあるが、安いものとなると限られてくる。
100DP以内で使えそうな、しかもカプセルに収まる物となると
・ブルーハーブの練り薬……80DP
・ヒールローズの葉……90DP
・クコリスの実……90DP
・バルプーニの体毛(一束100本)……100DP
うーん、この辺りかな?
ブルーハーブはちょっとした擦り傷に良い。ヒールローズは水に漬けておけば簡易ポーションにもなるし、クコリスの実は腹痛に効く。意外とダンジョン内で腹痛になることは多いので常備薬として重宝する。そして、バルプーニの体毛は針金のように形が変えられるので、針の代わりや補修用に使えるのだ。
後は、当たりの3品を選ぶ。
これはかなり悩んだ末に以下のアイテムにした。
・ちっさなメダル……200DP
・ジャッカルの胆石(携帯砥石)……300DP
・ケローネ油……250DP
ちっさなメダルはアンデッド系モンスからドロップするアイテム。種類が豊富で集めているダイバーが多い。ちなみにデバイスで買う時にも種類は選べず、集めても特に何か作れるわけでもない。ジャッカルの胆石は定番の携帯砥石で、小さくて使いやすい。ケローネ油については以前にも説明したので省略させて貰う。
ラインナップはダイバーたちの反応を見て、都度変えて行けばいいだろう。
初回分は手持ちのアイテムから放出し、以後の調達は閉店後か、開店前に行うことにする。
ダンジョン内もチェック出来るし一石二鳥だ。
さて、そろそろGマシーンも乾いたかな?
外に出て様子を見ると、すでにカラカラだ。
早速Gマシーンを中に入れ、カウンター岩の横に設置する。
「おぉ! いい感じ!」
次に、カプセルを雪球っぽく白に塗ろうと思ったが、カプセルが透明なので、アイテムを白い紙で包むことにした。これで、お客さんの手も汚れなくてすむ。
意外と雪球っぽさもあるし、何より準備が簡単だ。
全てのアイテムをカプセルに入れて、Gマシーンに投入する。
「おぉ~」
一回、試しに回してみた。
ガチャガチャと音がして、コロンとカプセルが転がって出てくる。
――これは、良い。
別に俺の物になるわけでもないのに、何故か高揚感が湧いてくるぞ。
こんなにも手軽なエンターテインメントがあっただろうか!
俺は満足感に満たされながらカプセルを戻し、鍵をかけた。
これでOK。
お、そろそろ開店時間だ。
デバイスをOPENにして、『イエティ雪球ガチャ』のPOP作成に入る。
しばらくして、お客さんがやって来た。
大きなバックパックを背負い、見た感じヒッチハイカーの様な雰囲気。
パーマのかかった長髪でひげも長く、丸いサングラスをかけていた。
「いらっしゃいませ」
「コンニチワ」
あ、海外の旅行客かな?
どうしよう、英語は苦手なんだよなぁ……。
父さんも家じゃ日本語だったし。
「えーと、ユーアウェルカム……」
あわあわしていると
「ダイジョブです、日本語バーリバリです。ワタシ、ニコラス言います」
流暢な日本語、これは助かる。
「あー! 良かった。英語は苦手で……僕は店長のジョーンです、よろしく」
「オー、日本人、みんな苦手ね。ダイジョブよ~」
「えっと、今日はダンジョンに?」
ニコラスはバックパックを降ろして、IDを取り出す。
おお、異国のダイバーか!
うわー、色々聞きたいけど……。
俺は、はやる気持ちを抑えながらIDを受け取った。
「日本のダンジョン、不思議いっぱいね」
「え、そうなんですか?」
「そうよ。ダンジョン、モンスタ種類いっぱい、いっぱいよ」
ニコラスは両手を広げて見せた。
「へぇ~、そうなんですか」
うーん、海外は少ないのかな?
俺はIDをデバイスに通すが、エラーになった。
「あ、あれ?」
もう一度、通してみる。
やっぱり同じようにエラーになってしまう。
「ダイジョブ?」
ニコラスが心配そうに尋ねてきた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
「オッケー、待つよ、問題なしね」
俺はとりあえずニコラスに麦茶を差し出した。
そして、急ぎデバイスの側面に書いてあるダンジョン協会サポートセンターの番号へ電話をかける。
スマホを耳に押し当てたままニコラスの方を見ると、バーボンのように麦茶を飲みながら、ニッコリと笑って親指を立ててくれた。
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