第28話 課題が山積みです。
「ふぅ~」
朝の開店準備を終え、カウンター岩で一息つく。
マイルドリーフが風に揺れ、蝉がうるさく鳴いている。
だが、どこか静かに感じる。
あれからリーダー曽根崎は旅立ってしまった。
プロ志望のリーダーからすれば、カリスマダイバーである矢鱈さんとダイブすることは、とても良い経験になるだろう。心から、頑張れと言いたい。
しかし、リーダーのいないダンジョンは、何か物足りない。
一応、東京に帰る前に顔を出すとは言っていたが……。
「頑張ってるかなぁ……」
俺はそう呟きながら、デバイスで新たな階層のチェックを始めた。
リーダーの言った通り、拡がった領域は全部で三階層だ。
一つ一つが大きな階層で、一階は草原タイプ、二階は氷原タイプ、そして三階は洞窟タイプだ。
難易度はウチの中ではかなり高め。
出口が既存の十五階へ繋がっており、ショートカット的な使い方もできる別ルートになるが、適切な武器を持たない場合、三階GKであるメルトゴーレムの攻略難易度は上位種に匹敵するだろう。
しかし、あれを一人で倒すとは、リーダーも腕を上げたのだなぁと驚く。
さて、気になるのは魔人種だが、聞いたところによるとグランイエティがドロップした降魔石から発生したらしい。イエティは色々な物を集める習性があるので、ダンジョンで拾ったのだろう。
降魔石から発生したモンスの場合、他のモンスと同様に復活するのかが気になる。
こういうケースは初めてなので、協会へ質問メールを送っておいた。
忘れた頃には返事が届くと思う。
復活が先か、返事が先か、ともかく今は無事ダンジョンが拡がった事を素直に喜びたい。
その後、何人かのダイバーたちの接客をこなす。
サイトに領域拡張を更新しておいたので、客数はいつもよりも増えている気がする。
まずまずの出だしといったところ。
デバイスでダイバーたちの動きを見ると、別ルートに入ってもメルトゴーレムで引き返す人が多い。
あれを倒すには氷属性付与が必須。手持ちアイテムがなければ、根気よくイエティからアイテムのドロップを待つか、デバイスで買うしかない。
ただ、デバイスで購入できるアイテムは、そのダンジョンのコアで変わってしまう。(※三話参照)
ウチのデバイスで買えるものにも、氷属性付与のアイテムがあるにはあるが、いかんせん効果が低いものばかりで役にたちそうにない。こればっかりは、コアが成長することを祈るのみである。
近づく足音に気づき、入口へ目を向けると、懐かしい顔がやってくるのが見えた。
「べ、
「ジョンジョン、相変わらず冴えないわね。拡がったんでしょ? 見に来たの」
※超有名まとめサイト『さんダ』の管理人→9話参照。
「さすが早いね。さっそく潜る?」
「あんたねぇ、このクソ暑い中、わざわざ来たんだから、まずはお茶とか出すでしょ?」
いつもの紅小谷節が聞けて、少し嬉しくなった。
「ごめんごめん、麦茶でいい?」
紅小谷は頷いて
「今日の夜行バス代は稼いで帰るわ」と言う。
東京からだと一万いかないぐらいか……。うーむ、お手並拝見だ。
麦茶を渡すと、紅小谷は一気に飲み干した。
「ぷはぁっ! あー、生き返った。さてと、ジョンジョン」
背負っていた黒い鋲付きのバックパックからIDを出す。
紅小谷のIDには、可愛らしいシールがたくさん貼ってあった。
「えっと、メルトゴーレムがいるから、氷属性付与が付いた武器が良いと思うけど……」
そう言うと紅小谷は
「チチチ。ジョンジョン、私を誰だと思ってるの? スタイリッシュダイバーの紅小谷
俺を見てニヤリと笑う。
す、凄い自信だ……。
「じゃ、じゃあ、どれにする?」
「
アイテムリストを見て目を疑った。
こ、これは、矢鱈さんに匹敵するほどのアイテム量。
やはり只者ではないのか……恐るべし紅小谷鈴音!
ちなみに探索者のポーチは、広げるとバックパックとしても使える超便利グッズだ。
俺は、アイテムと装備を手渡す。
「ありがと」
紅小谷は装備を持って更衣室に入った。
しばらくして出てきた紅小谷は、まるでゴスロリ少女だ。
派手な髪型と相まって、俺はとても良く似合ってるなぁと思う。
「へー、カッコいいね」
「ちょ、お世辞はいいわよ! じゃ行ってくるから」
紅小谷は 少し頬を赤らめて、ダンジョンへ向かっていった。
「気をつけて~」
以前、イベント時に見た紅小谷の戦いっぷりは見事なものだった。
しかし、あの時は他のダイバーに美味しいところを譲っていたわけだから、かなり手を抜いていたのかも知れない。
そう考えると、あの小さな身体で凄まじい戦闘力だなぁと俺は一人頷く。
デバイスを確認すると、すでに紅小谷は氷原フロアに差し掛かっていた。
「は、はえぇ!」
青い点が目まぐるしく動き、モンスの黄色い点が次々と消えていく。
「ま、マジか……」
デバイスをマップからビューに切り替えた。
まるで小さな悪魔のように大鎌を振り、敵を殲滅する紅小谷の姿が映る。
「は、速すぎて、映像が追いつかない」
紅小谷のスピードが速すぎて画面がカクカクと途切れる。
しばらく見ていると、デバイスが熱を持ち始めたので慌ててマップに戻した。
「ふぅ、危ない危ない」
気になるが、戻って来るのを待つしかないな。
その間、オープン時に続き、大勢のダイバーたちが訪れる。
ふぅ、今日は団体客が多い。見慣れない顔もあったし、これはいよいよ我がD&Mの時代がやって来たのでは!! と鼻息が荒くなる。
気づけば、早くも来客用の麦茶がなくなりかけていた。
俺は実家に電話をして、陽子さんがいる事を祈る。
『はい、壇です』
「あぁ、良かった! 陽子さん、今、手空いてますか?」
『ええ、暇してるわ』
「ほんと申し訳ないんですけど、麦茶を沸かしてもらえませんか?」
『あら、丁度冷えてるのがあるから、持ってく?』
「いいんすか! すみません、助かります!」
『いいのよ、じゃあ後でね』
「はい!」
――これでよし。
ここで麦茶を湧かせるようにカセットコンロでも置くかな?
などと考えていると、陽子さんが麦茶を持ってきてくれた。
Tシャツ姿で、アレがかなり強調されているが、鋼のメンタルで絶対に見ないようにする。
「あ、すみません、助かります!」
「ふふ、いいのよ、忙しそうね?」
「あ、ちょっとダンジョンが拡がったので、そのお蔭だと思います。へへ」
「ふぅ~ん」
ゆっくりと、陽子さんがカウンター岩にもたれかかる。
アレがカウンター岩に乗っちゃってるが、爺ちゃんの顔を思い浮かべて気持ちを鎮めた。
「そういえば、以前懐かしいって言ってませんでした?」
「ああ、ふふ。私も若い頃にダイバーやってた事があってね」
遠い目をしている。
これ以上聞けない感じが……。
「へ、へぇ~、そうなんすか。どうです? 久しぶりに?」
俺はダンジョンの奥を指さす。
「いいわよ、もう身体がついていかないわ。後は何か必要な物はない?」
陽子さんが背伸びをしながら言った。
「あ、はい! 大丈夫です、本当ありがとうございました、へへ」
「じゃ、頑張ってね」
陽子さんは軽く手を振って帰っていった。
うーん、あれが大人の色気というやつなのか?
なんか、辺りがモヤーンとしている。モヤーンと。
俺はいかんいかんと頭を振り、顔を洗ってからグラスを洗い始めた。
ダンジョンの奥から紅小谷が戻ってくる。
うーん、余裕な表情、GKは倒せたのだろうか。
「あ、お疲れ様! どうだった?」
「ふふ、ジョンジョン。私を誰だと……」
長くなりそうだったので途中で遮る。
「氷属性なしでどうやってメルトゴーレムを?」
「ああ、これよこれ」
紅小谷が嘆きの小盾を、コンコンとノックするように叩いて見せる。
「その盾が?」
とてもそんな風に見えないが……。
俺がジロジロと盾を見ていると、ふんっと鼻を鳴らして
「この盾は共鳴する音波を出せるのよ。岩系や甲虫みたいな硬いモンスには有効なの」と得意そうに言う。
「なるほど……」
そういえば、音波でガラスを割るみたいな動画があったな。
あれと同じ様なものか。
「特にメルトゴーレムなんかは直ぐに崩れるから後はこの大鎌で……」
紅小谷はシャッと大鎌を振る素振りを見せた。
「いや、さすが。マジ凄い!」
うーん、紅小谷恐るべし。
矢鱈さんには敵わないとしても、十分プロとして通用するレベルだ。
「ふっ、さて、見るもの見たし、私は行くわ」
紅小谷は装備をカウンター岩に乗せる。
「え~? もう帰っちゃうの?」
「ジョンジョン、私は忙しいのよ」
やれやれと溜息を吐きながら更衣室に入っていった。
中から紅小谷が
「ねぇ、ジョンジョンってそういうキャラだっけ?」と訊いてくる。
「え? ご、ごめん。ちょっと馴れ馴れしかったかな……? あはは」
俺が笑って誤魔化していると、更衣室が開き
「いや、そっちの方が私は楽でいいわ。あ、そうだ。ジョンジョンって笹塚ダンジョンにいたのよね?」
と紅小谷は話を変えた。
「うん、そうだけど」
「あそこ不味いわね、客が飛び始めてるわ」
「え!? 一体何が?」
紅小谷は少し考えて
「うーん、そうねぇ……。当然、モンスの質もあるけど、今は東京で『ダンクロ=ダサい』的なイメージが付き始めてる気がするわ」と答える。
「そうなの!?」
初めて聞くなぁ。
まあ、紅小谷が言うのだから間違いは無いんだろうなぁ……。
「今のトレンドは、個人経営ダンジョンか、中小企業系ダンジョンね」
「小さいのが良いのかな?」
ダンジョンは大きければ大きい程良いと思うが……。
「違うわよ、ダンジョンの特色が求められてるの、特色が!」
紅小谷は呆れ顔で
「ったく、で? 次のイベントは考えてるの?」と訊く。
俺は苦笑いで「それが、まだ全然……」と頭を掻いた。
その瞬間、紅小谷の顔が引きつる。
「この……たわけーーーーっ!! 何をのんびりやってんの!」
「い、良いアイデアが思い浮かばなくて……」
紅小谷がやれやれと頭を抑えた後、俺を見て
「基本イベントなんて何でも良いのよ、人が集まることに便乗するの。わかる? 例えば大きなお祭りがあるとするわよね? そのお祭りの開催中は大抵の飲食店が便乗して祭り限定サービスとか
「あー! 確かに!!」
「そういうこと。商売ってのは人が来て初めて成立する。だから、皆が感心を持ってる事にいつも注意を払っておくの!」
紅小谷が頼もしく見える。
「人が集まる事か……」
「ま、自分で色々調べてみなさい、じゃあ私急ぐから、またね!」
紅小谷は時計を見ながら振り返らずに走っていく。
「あ、ありがと~!」
慌てて紅小谷を見送りに外に出た。
もうすでに小さくなった紅小谷が獣道を下っていく。
小さなトゲトゲのバックパックが視界から消えた後、俺はカウンター岩に戻った。
ダンジョンが拡張した今、このタイミングでイベントを行うべきだよな……。
うーん、人、人、人。
「行事……お祭り……」
ブツブツと呟きながら構想を練る。
しかし、そんな簡単に良いアイデアが思いつくはずもなく、ただ時間が過ぎていく。
その時、表から気持ちの良い乾いた風が吹いた。
俺はゆっくりと外に出て背伸びをする。
「ん、ああ……。リーダー頑張ってるかなぁ」
額に手をかざし、雲ひとつない空を眺めた。
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