復活のギーザス編 ~石垣島Vlog~

第161話 原点回帰

 ――都内某ダンジョン。

 洞窟タイプのフロアに、騒がしい男女の声が響いていた。


「ちょ、おまっ⁉ どないやねんっ!」

「わーギーザスがいじめるー!」


 大勢のスタッフに囲まれているのは、人気配信者のギーザス丸井と軍服ワンピースを着た若い女の子だった。


「みんな、今日も見てくれてやりがとうやで~! ゲストはくえすとしすた~ずの兵頭つわものがしらぽむさんでした! じゃあ、ぽむさん一緒に~」

「「よろギーザス!」」


 二人で決めポーズを取ると、スタッフから「OKです!」の声がかかった。


「ふぅ……」

「あ、ギーザスさん、おつかれさまでーす」


「あ、お疲れさまでした、あの、ぽむさん、出演していただいであり――」


 丸井が出演してくれたお礼を言い終わる前に、ぽむはさっさと出て行ってしまう。

 まあ、売れっ子だから仕方ないか……と、短く息を吐き、丸井はスタッフに挨拶をしてから更衣室に向かった。


 最近は再生回数も伸び悩み、ネットではオワコンなどと言われることも増えてきた。

 マンネリ気味なのかも知れないと、新しいダンジョンにも積極的に挑戦したり、馬鹿高いブランド武器を人柱になって買ってみたりとしてみたが、どれもいまいち伸びきらなかった。 


「はぁ……」


 装備を外していると、裏側にいる人の話し声が聞こえてきた。


「ていうかさー、もう無理っしょw」

「おいおい、さすがに俺らが言うのはマズいっしょ」

「さっきのぽむの態度見ただろ? あいつこの業界じゃ、マジ鼻が利くって有名だかんな、あいつが媚び売らないってのはそういうことだよ」

「えー、どうするよ、こういうときフリーって辛くね?」

「まあ、後半年くらいは大丈夫じゃん? その間に人脈作るしかないかなー」

「だよな~、ま、一杯やりながら作戦立てっか」

「お、いいねぇ、カメラさんとかも誘ってく?」

「うん、そうしよう」


 声の主達が去って行った。

 丸井はロッカーに両手を付き、床を見つめる。


 思考が乱れた――。

 今日の夕ご飯のことや、初めて東京に来た時のこと、突然再生回数がバズった時のことが、何の脈絡も無く浮かんでは消えていく。


 しばらくすると勝手に唇が震え始めた。

 あれは……間違いなく、自分のスタッフの声だった……。


 ――悔しかった。

 だが、それ以上に無力な自分に腹が立った。


 自分はいったい、何をしているんだ?


 金は十分に稼いだ。

 短い期間とはいえ、再生回数ランキングの上位に居続けたこともあった。


 ……だから何だ?


 丸井は顔を上げ、バックパックからタオルを取り出し、折りたたんでバックパックの上に置いた。


「くそっ!」


 思いっきりタオルを殴った。

 派手な音がなるわけでもなく、気持ちがすっきりするわけでもなかった。


 だが、何かを殴らずにはいられなかった。

 このやるせない気持ちを、何かにぶつけずにはいられなかった。


 こういう時、ジョーンさんならどうするかな……。

 ふと、丸井の脳裏にあっけらかんと笑うジョーンの顔が思い浮かんだ。


「あの人なら……ロッカー壊しちゃってるかも」


 クスッと笑い、丸井は荷物を纏めてカウンターに向かった。



 *



 ――三週間後。


「あ、その段ボールはこっちにお願いします」


 心機一転するため、丸井は下北沢で古いアパートを借りることにした。

 目黒のマンションは引き払い、家具や持ち物の大半を現金に変えた。


 一旦、すべてをリセットするために、丸井はTo:Mindとの契約を解除した。

 これでもう、関西弁を練習する必要もない。


 送別会的な打ち上げの時、噂をしていたスタッフ達が涙を浮かべて別れを惜しんでいた。


「丸井さん、俺らマジ丸井さんリスペクトしてるんで……離れるの辛いっす」


 どの口が……と、瞬間的に怒りにも似た悔しさがこみ上げてきた。

 だが、丸井はその感情を押し殺し、彼らに怒るのは筋違いだと自分を諫めた。


 一人、家路を辿りながら、いつかもう一度、向こうから仕事をしたいと言わせてみせる――と胸に誓いを立てる。


 家に帰り、すぐに机に向かった丸井は、そのまま夜通し企画を考えているうちに、いつの間にか忘れていた、心踊るような高揚感を覚える自分に気付いた……。


 図らずも彼らのお陰で、丸井は一番大切なことを思い出すことが出来たのだ。



 *



「ありがとうございましたぁ! 次回、ご利用の際に割引ができるクーポンになっております! あと、こちらはご友人やご家族の方がお使いいただけるクーポン、あと、こちらはアプリから予約していただけると割引になるクーポンで、あ、これも……」


 引っ越し屋のお兄さんを見送ると、丸井は段ボールが積まれた部屋の中央に座り込んだ。

 札束のようなクーポンをベッドの上に投げる。


「さてと……」


 モバイルノートを開き、企画書のファイルを開く。

 丸井は今後の活動を見直すため、原点回帰をテーマとして、自分に何ができるのか、何をしたいのかを突き詰めた。


 そして、辿り着いた答えがそこにあった。


「僕はやっぱこれしかない」


 たった直径3.5センチの宇宙――すべての始まり。

 そう、ちっさなメダルだ!


 企画書のタイトルにはこう書かれている。


【ギーザス丸井の毎日メダルまみれ】


 丸井は、決意新たに、全国各地のダンジョンを周り、ちっさなメダルを探すことにしたのだった。

 後は、あの人に第一回目のゲストとして来てもらえれば……。


 立て付けの悪い窓を開け、丸井は新しい景色に成功を誓った。

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