【二巻感謝SS】 Uの闇

 朝起きて、ふと思った。

 今日こそは、何か違うものを食べようと


 ここ最近、うどんとおにぎり以外の物を食べた記憶がない。

 たまには焼き魚定食とか、オムライスとか、ラーメンとか、まぁ、うどん以外なら何でもいいのだが、味に変化をつけたいところだ。


 そうと決まれば――。

 早速、俺は着替えをすませて庭に向かう。


 パルルルルルルル……。


「動いて良かった~」

 鍵をさしたまま、庭の片隅に置いてあった原付バイクに乗り、街へ向かった。

 寝起きの身体に、朝のひんやりと湿った風が心地良い。


「はー、極楽極楽」

 やはり田舎は時間がゆっくり流れている……。

 去年まで感じていた都会の喧騒が嘘のようだ。

 まぁ、人間ってもんは無いものねだりだからなぁ、そのうち都会が恋しくなるかも知れない。


 街へ着き、バイクを止めて飯屋を探す。

 うーん、流石にうどん屋が多い。困ったなぁ……。

 商店街のアーケードを歩いてみる。

 かなりシャッターが降りていて、飯屋どころか店がない。

 過疎化が進んでるなぁ。


 そのまま駅前までだらだらと歩き、暖簾が出ている店を見つけた!

 近くまで行くと暖簾に『手打ち』の文字が……。


「ここもうどん屋か……」

 仕方なく俺はまた歩き始める。


「しかし、人に会わないなぁ……」

 

 とにかく人がいない。まだ早いからかなぁ……?

 たま~に車が通るが、自動運転カーじゃないのかと疑ってしまう。


「お!」


 少し先に『ラーメン』と書かれた赤い看板が見えた。

 よしよし、今日はラーメンだ。へへへ、塩かな、いや、醤油かなぁ。

 魚粉系は駄目だ、あれはどれを食べても同じ味がする。

 やっぱり濃すぎず、薄すぎず、麺の香りなんかも大事。

 あ、考えただけで既に涎が……。


 赤い暖簾をくぐり店へ入った。

 店内は昭和レトロな雰囲気で悪くない。

 これこれ、こういうのでいいんだよ!

 やっぱり雰囲気って大事だよなぁ。


 わくわくしながらカウンターの店主に、

「すみません、この特製醤油ラーメンを一つお願いします」と頼む。


 店主は予め決まっていたかのように、

「兄ちゃん悪いね、今日はうどんの日」と即答する。


 店主が指さすメニューを見ると、


 ・醤油うどん ・みそうどん ・しおうどん


 普段ラーメンと書いてある部分に、うどんと書かれた紙が上から貼り付けてある。


 ちょ、マジかよ⁉

 そ、そんなこと……ある?


 呆然としていた俺は、ハッと気付く。

「あ、ああ。じゃあ……また来ます」

「悪いね」


 店を出て暖簾をくぐり「嘘だろ……?」と呟いた。

 ここから、俺のつるりうどん地獄旅ヘルツアーが始まる。


 行く店、行く店、うどんしかない!

 うどん、うどん!

 ここも、うどん! あそこも、うどんっ!

 どうなっとんじゃーーーーーーーーっ!


 何故? 県からの圧力? 県条例?

 うどん屋以外は営業しちゃダメなの?


 ねぇ、教えてよ……誰か……ねぇってばぁ……。

 空腹でヘロヘロになった身体に、じりじりと照りつける太陽が体力を削っていく。


「天ぷらうどんがあるのなら、天丼があってもいいだろうがぁーーっ‼」


 思わずシャッター商店街の中心で叫ぶ。

 メンタルも限界、空腹も限界に来ていた。


 そろそろ、ダンジョンに戻らなければならないし……。

 その時、俺は緑と青に輝く、一軒のコンビニを見つけた。


「ふしゅるるるるるっ! がはーっ! ぐげっぐげっ!」

 俺は、さながら獲物を見つけたモンスのようにコンビニへ向かった。


 ティロリロ・ティローン、ティロリラリ~♪

 扉を開けると聞き慣れたチャイムが鳴る。 

 前傾姿勢のまま弁当コーナーに向かって、俺は絶望した――。


 地域限定特産フェアという名のもとに置かれていたのは、様々なバリエーションに豊んだ『うどん』であった。


「ふは……、ふはははっ!」 


 半ば諦めかけ、白い悪魔の軍門に降ろうとしたその時、ある考えが浮かぶ。


 ――焼いてみたらどうだろう?


 初めて新しい料理を思い付いた人って、こんな感じだったんだろうなと思う。マジで。

 ま、焼いたところで『焼きうどん』でしかないわけだが……。


「しかし、パンすらないとは……恐ろしいまでに徹底してるな」


 商品棚を見つめ、改めてうどん県の闇の深さを思い知った俺……。


 ――ん、まてよ?

 そもそも、うどんを拒否するから闇だの何だの言うわけで、受け入れさえすれば、こんなに素晴らしいうどん天国があるだろうか?


 そうだそうだ!

 いっそこのまま、受け入れてしまえば……。



「ありがっしゃっしたー」

 コンビニを出る俺の足取りは軽い。

 

 ――右手に箸を、左手にはうどんを。

 

 俺はうどんを食べる。

 俺は今日、うどんを食べます――。

 #うどんの日


 そう決めた瞬間から、白い悪魔は純白に輝く天使へと変わった。

 雲が割れ光が射す。

 無数のうどん天使が舞う中、黄金の箸がそのスタイリッシュな四角柱の麺を掴む。

 天空へ伸びるその姿は、まるで白い軌道エレベーター。

 そう、救済へと続く蜘蛛の糸ホワイトロードなのだ。

 ――祝福の鐘。

 俺は今日、うどんを食べる。



 帰り道、すっかり汗をかいた身体に気持ちの良い風が吹きつける。

 途中、弁当屋の看板が目に入ったが、もう俺は気にしない。

 俺にはうどんがあるのだから。



 +++



 ダンジョンに戻った俺は、OPEN前にうどんを食べる事にした。

 買ったのは「タピオカうどん」である。


 ククク……炭水化物に、炭水化物をトッピングするというこの業の深さよ……。

 ちょっと怖いもの見たさなところもあるが、だし醤油に漬けることで、イクラっぽさを出しているとパッケージに書かれていたのだ。

 そのフロンティア精神……、買わざるを得ない。


 ズル、ズルル……。


『あ! ダンちゃん⁉』

「ん?」


 見るとラキモンがカウンター岩の前まで跳ねてきた。


『ぴょ! 何食べてるラキーっ⁉ ひどいラキよぉ~』

「え……? ちょ、ラキモンこういうの食べるの?」

『それ……おいしいラキか?』

「ま、まぁ、美味いとは思うよ……」


 瘴気香をあれだけ美味しそうに食べるんだもんな……。

 絶対口に合わないと思うけど。


『ラキっ! ダンちゃん、ちょっと、ちょっとちょーだいっ!』

 大きく口を開けて待つラキモン。

「仕方ないなぁ……ちょっとだけだぞ?」

 俺はタピオカを一粒、口の中に落とした。


『んん……ラキィ……ん、ぴょ⁉ 変わった味ラキね?』

「どうだ? ラキモンには合わないだろ?」

『うぇー、もういいラキ。ダンちゃん、アレ!』

「はいはい、わかったよ……」

『うぴょっ! 早く早く~!」

「ちょっと待てって……」

「ダン……」

「こら、慌て……」


 こうして今日も、俺の一日が始まる。

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