深淵からの鳴き声 Cry from the abyss... 編
第113話 深淵からの鳴き声編 ① 犬猫問題勃発
『一体、あの無礼者はニャンなのニャ!』
『はっ、どうやら新顔のコボルトかと……』
荒ぶるケットシーの前で片膝をつく猫又達。
不穏な空気が漂うせいか、小刻みに尻尾が揺れていて落ち着きがない。
『ニャムぅ、我がパレスの扉を犬の分際で開けるニャど……。このままでは、ますますあの犬コロ共を調子に乗らせてしまうニャム……』
猫又達に背を向けて呟くケットシーは、ステッキを握る手をペロッと舐めた……。
――遡ること数時間前……。
大きなソファの上で、ケットシーが機嫌良さそうに欠伸をしながら、パタン……、パタン……と、拍子をとるように、尻尾でソファを叩いている。そこら中に寝転がる猫又達も、丸くなって身を寄せたり、ゴロゴロと床を転がったりして、パレスの中はとろ~んと甘ったるい空気で満ちていた。
が、その時――、突然パレスの扉が大きな音を立てて開く。
まどろんだ空気は一変し、パレスに緊張が走った。
『ニャムゥ⁉ ニャ、ニャに事ニャ⁉』
『く、曲者か⁉』
ケットシーと猫又達が一斉に飛び起きた。
皆、毛が逆立ち、尻尾は狐のように膨らんでいる。
そんな殺気立つパレス内に、
『あれー、ここは何だガル?』と、拍子抜けするような緊張感の無い声が響いた。
パレスの入り口には、クリっとした好奇心の塊のような目をキラキラさせて、鼻をヒクヒクとさせているコジロウの姿が。
『ニャムゥ⁉ い、犬ッコロの分際で……』
ケットシーは猫又達を押しのけ、コジロウに向かってシャ―っと牙を剥き威嚇した。
『ワウッ⁉ お、怒んないでー。オイラ、コジロウ……』
コジロウは耳をペタっと寝かせた。
『な、何の用だ! ここは神聖なるケットシーさまの居城、貴殿の立ち入って良い場所ではない! 早々に立ち去られよ!』
猫又達が主に遅れを取るまいと息巻き、半纏の袖を捲りながらコジロウに詰め寄る。
『ガ、ガルゥ、ごめんよぉ、じゃあまたガルね……』
コジロウは慌てて扉を閉め、どこかへ逃げるように走っていった。
『やれやれ、あ奴は一体、何者だったのか……』
『見たところコボルトのようだったが……』
ざわつく猫又達を横目に、ケットシーはソファに横になると何やら思案顔で身繕いを始めた。
『しかし、犬の奴らめが攻撃を仕掛けてくる気配は今のところないだろう』
『デカ犬も、我らが封じたあの階層からは動けぬようだし……』
『まぁ、当分の間は、深夜の巡回を増やしてはいかがか?』
猫又達があーでもないこーでもないと話していると、ケットシーがステッキで床を鳴らした。
『シャーッ‼ ニャにを悠長なことを言ってるニャム!』
『も、申し訳ありませぬ……』と、慌てて頭を下げる猫又達。
『こうニャったら……、ニャンラトホテプ神においで頂くほかニャイかも知れニャイ……』
ケットシーの眼が怪しく輝いた。
『ケ、ケットシーさま! そ、それは流石にやりすぎでは!』
『そ、そうですとも……いま一度、お考え直しを……』
『うるさいニャム! 奴らに目にもの見せてやるのニャ!』
『ケ、ケットシーさまぁ!』
ケットシーは追いすがる猫又達を振りほどき、奥の小部屋へ入ってしまう。
『ど、どうするよ……』
『仕方あるまい、我らは眷族、ケットシーさまに付いていくほかないであろう』
『……』
猫又たちは、小部屋の扉を見つめながら呆然と立ち尽くしていた……。
***
開店準備を終えたD&Mのカウンター岩で、食い入るようにタブレットデバイスを覗き込む花さん。画面の中では、コボルトに指導されながら、コジロウが木の棒で素振りをしていた。
「は、はうっ⁉ こ、これはっ……!」
花さんが頬を赤く染め、口元を手で押さえた。
その後、あわあわしながら俺を見て、
「ジョーンさん! ご説明をっ!」と息を荒くする。
「あ、う、うん。えっと、実はさ……」
俺は松山であった一部始終を花さんに説明した。
「……そんなことがあったんですね。決して良い事とは思いませんが……、店長さんの気持ちも少しは理解できるような気がします」
「うん、多分……ホントは凄く良い人だと思うんだ。じゃなきゃ、コジロウの装備なんて用意しないと思うし」
「そうですね……」
少し沈黙が流れた後、花さんが仕切り直すように口を開く。
「でも、私もそのダンジョン見てみたかったです。あ、意外と二階層だけのダンジョンって珍しいんですよ。正式には不活性型低層ダンジョンと言うんですけど……」
「ちゃんと名前があるんだ……」
「それにしても、可愛らしいですよねー。この後頭部……見てくださいよっ! はわぁ~!」
花さんは興奮気味にタブレットを見せる。
俺は「そ、そうだよね」と苦笑いを浮かべて頷き、
「あ、そうだ。一応、大丈夫だとは思うんだけど、環境的にかなり変わったからちょっと気になっててさ」と訊く。
「うーん……今見てる限りでは特に問題はなさそうですね。例えばこれが水場メインのフロア構成なんかだと……ちょっと難しかったかも知れませんけど」
「そっか、良かった〜。安心したよ」
「それよりも、何か師弟関係が生まれている気がするんですけど……」
「え?」
画面を良く見ると、コジロウが何度も挑みかかっては転がされている。
どう見ても老齢のコボルトがコジロウ相手に、木の枝で稽古を付けているようにしか見えない。
「ちょ……、こんな事あるの?」
「やはりあのコボルトはユニークなのかも知れません」
そう言って花さんはじっとコボルト達を観察した後、やや早口で話し始めた。
「基本的にモンスは同種でコミュニティを形成すると言われています……、中でもコボルトやゴブリン、んー、あとオークなんかもそうですけど『群れを形成しやすい種』というのがありまして」
「あ、それなら……イエティなんかもそうだよね?」
「はい、そうです。ただ、モンスの種によって形成過程も変わって来るんです。えっとイエティの場合は……、初めからグランイエティを中心に群れが形成される事が殆どですけど、これがオークになると、同種十体以上の群れに成長しなければ長は現れませんし、ゴブリンはわずか三体で長が決まります」
「へぇー、そうなんだ」
相槌を打ちながら俺は感心する。さすが花さん、やっぱり詳しいなぁ。
「コボルトの場合は少し変わっていて、他種も取り込んで群れを形成します。なぜコボルトが、他種との共存関係を築けるのかはまだわかっていません。特殊な声帯で、相手によって周波数を変えながらコミュニケーションを取っているという説もありますし……。あ、でも、この説は個人的に信憑性に欠けると思っていますけど……」
「うーん、ウチのコボルト達を見てると、ただ面倒見が良いだけのような気もするね」
「そう! そうなんですよね! 学術的な証明をするのは難しいですが……、やはり直感というか、本能的に見ていてそう感じます、モンス同士の信頼関係は決して無いとは言い切れないと思うんですよ! でも、そうなってくると、モンスと私達人間との関係も根本的に考え直さなければならないのかも……、ただ、現状のセオリーでもある『モンスとは一定の距離を置く』という考えも間違ってはいない、むしろ安易に関係を構築しようとするのは危険だと私は思いますが……結局、人がモンスを理解できるようになるのは、かなり先の話になるかと、でもでも、私はきっといつの日か、人とモンスの完全なる意思の疎通をですね、必ず成し遂げ……あ、あぁっ! 私ったら、すみません、つい」
花さんは耳をピンク色に染めて、恥ずかしそうに俯いた。
「いやいや、興味深いよ。なるほど……、モンスにもよるのかな? ラキモンもクールというか、何考えてるのかわからない時があるし」
「人間相手でも本当に相手がどう思っているのかはわからないですから、モンスなら尚更わからなくて当然なのかもです」
「うーん、頭がパンクしそうだね……」と、俺はこめかみを揉む。
「そうなんですよ、私も考え始めると眠れなくなっちゃうので……」
「でも……、楽しいよね? こういうの考えてる時ってさ」
「は、はい! ですよね!」
――花さんが嬉しそうに笑う。
あまりに可愛くて一瞬ドキッとさせられたが、ホントにモンス好きだよなぁ……と思う気持ちの方が大きかった。
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