第114話 深淵からの鳴き声編 ② ある日の渓谷

 都内唯一の渓谷である等々力とどろき渓谷に存在するダンジョン――ゴルジュ等々力。

 湿原ならではのモンスも多く、中でもカルガモラのつがいはおみやげのマスコットになる程の人気だ。難易度は比較的優しい部類だが、このダンジョンには、もう一つ特徴があった。


「ったく、ケットシーばっかだな……」

 曽根崎は愛槍である『クライ曽根崎SP』を振ると、だるそうに呟いた。


 それもそのはず、ここゴルジュ等々力のもう一つの特徴は、猫型モンスが異常に多いということだ。中でもその主たるケットシーは、個体差の著しいモンスなうえに強さもマチマチ、さらには眷属の猫又も生み出してしまう……。


 攻撃方法も幻惑や特殊アイテムなどトリッキーなものが多く、見た目の可愛さに惑わされず速攻で倒していかないと、気づいた時には『 詰 み アリーヴェデルチ』という事態になりかねない。


 曽根崎もそれをわかっているのだろう。

 ケットシーが現れたと同時に槍を繰り出し、迅速に対処する。


 ダンジョンにおいて一瞬の躊躇ためらいが、長い後悔をもたらすのは基本中の基本。

 プロとしてやっていくには、身についていて当然のスキルなのだ。



 一通りダンジョン探索を終えた曽根崎が更衣室で着替えていると、同年代らしき細目の男が声を掛けてきた。

 猫っ毛を赤く染め、耳には丸い金色のリングピアスが輝いている。

 曽根崎の周りではあまり見掛けないタイプだ。


「見ない顔だよね? 初見じゃこのダンジョンはキツいでしょ?」

 そう言って男はクシャッと笑い「俺は猫屋敷、ここの常連」と缶コーヒーを差し出した。


「いいの? あざっす! 俺は曽根崎」

「曽根崎くんはこの辺の人?」


「いや、俺は笹塚っすね。ていうか、今は全国のダンジョン回ってるんすよ」

「ていうと……、もしかしてプロだったりして?」


「だはーーっ‼ わ、わかります? そっかそっか、わかっちゃうかぁ! やっと俺にもプロとしてのオーラが滲み出るように……」と、一人頷いた後、「あれ? オーラって肉眼で見えるんだっけ?」と首を傾げる曽根崎に、猫屋敷はやや圧倒されながら「さぁ……」と返した。

「確か色があるんだよね、何かで見た気がする! いや見た!」

「そ、そう……」

「ちょ! もしかして見えないんじゃなくて、透明ってパターン⁉ え? どうしよう、俺、気づいちゃったかも⁉」


 猫屋敷は仕切り直すように、やや声量を上げ、

「す、凄いよねー、曽根崎くんはプロなんだ? じゃあ、ここも大したことなかったかな?」と話を戻した。

「いやいや、もうウンザリ……。ケットシーってどいつもこいつも違う攻撃してくんだよね? 何なんだろ、あれ?」

「ははは、確かに。まぁ、俺みたいなマニアにはそれが良いんだけど」


「え? マジ? 俺どっちかっていうと犬派なんで……、精神的に助かったっつーか」

 曽根崎が苦笑いを浮かべると、猫屋敷が「そうか、犬派か……」と目線を落として呟いた。

「あ、あれ? いや、猫も嫌いじゃないっすよ?」


「あぁ、ごめんごめん、別に『猫派になれ』なんて言うつもりはないからさ、あはは。うーん、そうだな、ここで会ったのも何かの縁だし、一応犬派寄りの曽根崎くんに、猫派代表として猫様の凄いところをアピールしておこうかな」

 またもクシャッとした笑顔を見せ、

「犬型モンスにはケルベロスやライラプス、オルトロスとかいるよね?」と曽根崎に目を向ける。


「うん、いるね。オルトロスは未だにお目に掛かってないなぁー」

「はは、レイドボスだからね、遭遇するのには運も必要だし――ところで、一番強い猫型モンスを知ってるかい?」

 猫屋敷が片眉を上げて曽根崎に問いかけた。


「うーん……猫型モンスにレイドボスって……いたっけ? ちょい待ち! えっと、ケットシーと猫又と……デス・キャット……違うな。あ、確かバステト?」

「残念! バステトはレイドボスじゃなくて上位種でしたー。それに中東じゃなきゃお目に掛かれない、地域固有種でしたー」


「そうか……、え? 他に何かいたっけ?」

「それがいるんだよ、まぁ、俺みたいな猫マニアの間でしか知られてないような、ある種、都市伝説に近いんだけどね」


 曽根崎は身を乗り出して、

「都市伝説⁉ 何それ! 気になる、教えてっ!」と猫屋敷に顔を近づける。

「だ、大丈夫、お、教えるから、ちょっと離れて……」

「あ、ごめん」と曽根崎が距離を取ると、猫屋敷は咳払いを一つして、怪談話でも始めるように声のトーンを落とした。


「――ニャンラトホテプ……こいつは本当にヤバいらしい。そもそもの始まりは、40年前の古い地方新聞に載った小さな記事なんだ。近年、山猫堂っていう雑貨屋の店主が見つけてね。その出現したってダンジョンも、ここみたいに猫型モンスが多い所だったそうなんだ……。当時はかなり話題になったみたいだけど、今はもう誰も覚えてないんじゃないかな……。何たってそれ以来、一度も姿を見せてないからね」

「……その、ニャンラトポテトってのは……どうヤバいの?」

 神妙な顔で曽根崎が訊く。


「ニャンラトホテプね、ホ・テ・プ!」

 猫屋敷はしっかりと訂正して話を続けた。

「オホン。で、その記事の見出しにはこう書かれていた――謎の特異種か⁉ 巨大猫型モンス、ダンジョンを破壊――」

「ダンジョンを破壊⁉ マジで? 流石にそれは盛りすぎじゃないの?」

「ま、まぁ、多少の誇張はあったかも知れないけど、一応新聞記事だからそれなりの信憑性はあると思う。ただ、今となっては確認のしようがないんだ。そのダンジョンはとっくに潰れてしまっててね……、しかも過疎化が進んで当時を知る人も見つからないんだ……」

 話し終えた猫屋敷はふっと笑う。

「信じるか信じな……」

「すげぇ! うわー、見たい! うーん、大きいってどんくらいだ? グランイエティよりは絶対大きいよなぁー! どんなモンスだろ?」

 曽根崎が食い気味で話を被せる。

 決め台詞を言えなかった猫屋敷は「あ……」と小さく声を漏らしたが、うんうんと頷いた。


「あ、ちなみにその田舎ってどこ?」

「ん? えっと確か……香川県だったかな」

「ふーん、ニャンラトポトフね……香川か……」

「あ……曽根崎くん、ホテプだから」

 猫屋敷のツッコミは気にもとめず、何やら思案顔で曽根崎は缶コーヒーを飲み干した。 

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