第115話 深淵からの鳴き声編 ③ 京都にて
――京都・四条河原町。
『BAR浮かれ猫』と書かれた看板にふっと光が灯った。
それからしばらくして、厚手のコートを纏った森が店に入る。
「うー、さむっ! 寒なんの早すぎちゃうか……」
森はぶつぶつと呟きながら白シャツのマスターに、「
襖を開けると、すでに十傑の面子が数人座っていた。
「えらい道が混んではったんですね?」と三島が言う。
「はいはい、遅れました、すんませーん、これでええか? ったくほんま、嫌味なやっちゃなぁ……」
森はそう言い捨てると、座りながら「俺、生中ね」と店員に注文した。
「森さん、あんまり飲まない方がいいんじゃないっすか? お酒弱いんだし……ククク」
フードを目深に被ったまま、スマホゲームに興じる藤堂が、からかうように笑う。
「あ? どつくぞ?」
「へー、やってみます?」
藤堂の鋭い目が覗いた。
「まぁまぁ、森さんちょっと落ち着いて。藤堂もいい加減にしろって」
困り顔で二人を宥めるメガネを掛けた小太りの男。
「六車さん、そんな気を使うことやないですよ。いつものことですし、六車さんもどっちが
三島は澄ました様子で冷酒に口を付けた。
何食わぬ顔でゲームを続けていた藤堂が、
「だったら、やってみます? 俺、構わないっすよ?」と顔を上げずに言う。
「おーおー、吠えよるのぉ? ボクサー崩れがなんぼのもんじゃコラッ⁉ あぁ?」
「森さん、あんた一線越えたよ、今? わかる?」
藤堂がワイヤレスイヤホンを外し、スマホをテーブルに置いた。
「かぁー、何や藤堂、今日はえらい調子乗っとんのぉ……いっぺん三途渡したろか?」
「お、お前らぁ~……いい加減に……」
六車の顔が紅潮し、まるで鬼のような形相に変わろうとした、その時――。
「おい、お前らうるさいぞ? 店の迷惑になるだろうが」
狛犬のような厳つい顔をした大男が、欄間をくぐるようにして座敷に入ってきた。
「犬神さん! 良かった~、言ってやってくださいよぉ~、こいつら全然言うこと聞かなくて……」
六車が気弱そうな白い顔に戻って泣きつく。
「ったく、お前ら間違っても六車をキレさすなよ? 後が大変なのは知ってんだろ?」
犬神は面倒くさそうに頭を掻くと、自分の席に座った。
「えー、皆さん、揃いはったようなので、連絡事項をお伝えします」
三島が何事もなかったかのように、よく通る声で言った。
森は頬杖をつき、不貞腐れた顔で刺し身盛りから白身魚だけを選り分けている。
「来月って何かあったっけ? 特におっきいイベントもなくね?」
「まぁ聞けよ、藤堂。飲むか?」
犬神がビール瓶の口を向けた。
「お、悪いっすねー」
藤堂が嬉しそうにグラスを傾ける姿を横目に、三島が再び口を開いた。
「皆さんも知ってはるとおり、前回のNARAKU以降、ウチらに目立った戦果がありません。そこで、各自情報収集に務めるようにと九条さんからの指示がまず一件、それと出張中の猫屋敷さんから面白そうな話が来てますね」
「猫屋敷ぃ? なんだあいつ、また猫でも探してんのか? ったく」
犬神が憎らしそうにビールを
「相変わらずバチバチやないっすか?」
森がからかうように言うと、「ほっとけ」と短く笑い、犬神は三島に先を促した。
「何でも、猫屋敷さんがずっと追ってはった、レイド級の猫型モンスに関する新たな情報があると……」
「あの人も暇だよねー、腕は良いんだけどさ。てか、猫型にレイド級はいないっしょ」
「で、その情報って?」
藤堂をスルーして、六車が三島に尋ねた。
「過去、一度だけそのモンスが現れた地域で、現在ケットシーがパレスを作っているダンジョンがあるそうです」
「それは……そこまで珍しくないんじゃ?」
「くだらん、いつまでも夢みたいな事ばっかいいやがって……」
「猫屋敷もモンスが発生してから言えっちゅうねん。こんなんで一々集められたら敵わんわ……」
既に顔を赤くした森がぼやく。
三島は皆の話が収まるのを待ってから言った。
「そのダンジョンですが――、香川にあるD&Mというダンジョンやそうです」
「D&M⁉」
森がビールを吹き出す。
藤堂は様子を見るように静かにグラスを空けた。
「何だ? お前ら知ってるのか?」
犬神が皆に訊くと、六車だけが顔を横に振った。
「僕と、森さん、藤堂さんは、そこの店長と面識があります」
「俺と三島はNARAKUで一緒になったんですよ。森さんは前から知ってたみたいですけど」
藤堂が割って入り、犬神に説明する。
「ふーん、そうか。なら、猫屋敷の件はお前らに任せる、俺は……」
言いかけた犬神に三島が、
「それが……、犬神さん、ご指名なんです。猫屋敷さんから」と紙を見せて、ひらひら揺らした。
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