第116話 深淵からの鳴き声編 ④ 一触即発

「ふわぁー……う? 寒っ⁉」

 起きようとして、もう一度布団を抱き寄せた。


 な、なんだよこの寒さ!

 急に冬みたいになってるし……。


 しばらく身体を丸め布団にくるまっていたが、そろそろ時間も時間だ。

 嫌々ながらも覚悟を決めて這い出ると、ダンジョンへ向かう支度を始めた。


「う~」

 寒くて足踏みする。

 俺は歯を磨きながら、昨日の花さんの話を思い出していた。

 モンスと人か……。


 ラキモンは俺の事をどう思ってるんだろう。


 多分、嫌われてはない。

 でも、瘴気香というおやつがなかったら?

 

 それでもラキモンは……、俺に着いて来てくれたのだろうか?


「……」


 それは……無いか。


 ラキモンも、俺の事を考えたりするのかな?

 言葉を理解する知能があるんだし、あっても不思議じゃない。


 人間の俺とは価値観や倫理観のベースも違う。

 寂しいとか、悲しいとか、感じるのだろうか?


 瘴気香をあげて、あんなに喜ぶ感情があるんだから、当然あると思いたい。


 歯を磨く手を止め、鏡に映る寝癖だらけの自分を見つめる。

 俺はラキモンに何を期待しているんだろう……。


 そもそもモンスとは……ダンジョンとは……。

 ダンジョン・コアって一体……何なんだ?


 時計に目をやり、慌てて口を濯ぐ。

 身支度を済ませて「いってきまーす」と、居間にいる爺ちゃんに声を掛けて外に出た。


「うぉ、寒っ!」


 冷たい風でほっぺたが縮む。これは本格的に冬きたるだな……。

 風に目を細めながら、いくら考えても答えなど出るわけがないのだと、自分に言い聞かせる。

 そうだよ、それよりも冬イベントの一つでも考えておかないと。

 俺は気持ちを切り替えて、坂道を進んだ。


 ダンジョンに着き、カウンター岩で開店準備をしていると、奥からラキモンが顔を見せた。

「あれ、どうした?」

『ぴょ~、ダンちゃん、下が何かうるさいラキよ~』

「え?」

 慌ててデバイスでフロアを見る。

「んー、これといって何も……ファッ!?」


 最下層にビューを移した時、俺は思わず声を上げた。

 そこには、フロアの奥半分を陣取る、老齢のコボルト率いるモンス混成軍団が、そして手前半分にはケットシー率いる猫又軍団が対峙していた。


「い、一体、何をやってんだ……?」


 コボルト陣営は、前衛にフレイムジャッカルに跨るスケルトン隊、左右にデスワームがそれぞれ一体ずつ、奥中央の高台にベビーベロスに跨ったコボルト、その脇にはコジロウが立っている。豪田さん達との戦いでも見せたコボルトお得意の布陣だ。


 一方、ケットシー陣営では、猫又が五体一組で騎馬戦のような騎馬を組み、横一列に並んでスケルトン隊を威嚇している。さらに陣営後方から、一回り体格の良い猫又達が『わっしょいわっしょい』といった感じで神輿ソファを担いで現れ、その上ではご本尊のようなケットシーが揺れていた。


 うーん、まるでサッカーの試合でも始まるような緊張感。

 不穏な空気が画面越しからでも伝わってくる。

 ていうか、いつのまにこんな数の猫又が……。


「ちょ、これどうなってんだ? ど、どうしよう……」

『ダンちゃん、アレ……』

 気付くとラキモンが足元でモジモジしていた。

「あ、あぁ……、わかった」

 俺は棚のストックから瘴気香を取り出して、ラキモンに渡す。

『うっぴょーん! ガツガツガツ……ルァキ! うまうま……』

 相変わらず凄まじい喰いっぷりだな……。

 おっと、それどころじゃない!


 考えろ、考えろ!

 どうする? もうそろそろ開店時間だぞ……。


 瘴気香に満足し、「ラキ~♪」と飛び跳ねながら去っていくラキモンの後ろ姿を目で追いながら、

「そ、そうだ、紅小谷に……」と、スマホを取り出して連絡しようとした、その時。


「あ!」


 ――これって、十分イベントになるんじゃ?


 だだ、今の今だし……、果たしてどれくらいのダイバーが集まってくれるのか?

 それに、この騒ぎがいつまで続くのかもわからない。

 討伐依頼ハンティング・オーダーを出すにしても、モンス同士のいざこざなんて、どうオーダーを流せばいいのやら……。

 俺は画面を凝視しながら考え込む。


「お前、何やってんの?」


 ビクッとして顔を上げると、そこには少し髪の伸びたリーダーの姿があった。

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