年末番外編 絶対討伐!京都十傑 ―森と三島―
京都の伏見といえば、思いつくのは『伏見ダンジョン』だろう。
延々と連なる『百本鳥居』は伏見のシンボルといっても過言ではない。
ただ、今回の舞台は、同じ伏見区にある『
下鳥羽ダンジョンは、京阪国道を鴨川と桂川が合流する辺りまで南下した場所にある。十階層までしかない小規模なダンジョンで、もっぱら地元の不良学生たちの溜まり場と化していた。
***
錆だらけの看板に、丸っこい筆字で『下鳥羽ダンジョン』と書かれている。
一見して古い駄菓子屋を思わせる店前には、自転車が乱雑に停められていた。
その狭い入口を塞ぐように、数人の学生たちが地面に座りこみゲラゲラと笑っている。
通行人も見慣れた光景なのか、特に気に留める様子もなかった。
「ホンマや、そいつホンマくそ弱いねんて」
「嘘つけ、んなわけないやろ!」
「「ははは!」」
「こらジャリ共、どかんかい、潰したろか?」
「「あぁ?」」
背を向けていた学生達は、凄みながら振り向くとサッと顔色を変えた。
「あ……す、すんません!」
「なんや、どないしてん?」
学生の一人がきょとんとして尋ねる。
「ちょ……アホか! 黙っとけや!」
学生たちは団子になりながら慌てて道を空け、「すんません」と何度も頭を下げた。
「チッ!」
舌打ちをした背の高い男は学生たちを一瞥すると、ガラガラと木の引き戸を開けて、ダンジョンへ入っていった。
「……あれ誰?」
「お前、マジでゆうとんか? 森さんや、森さん! 知らんのか?」
「あ、コイツ最近越してきよったんよ」
そう言うと、紹介された細面の学生が小さく頷いた。
「ちゃんと覚えとけよ? 『三途の森』ゆうたら、伏見じゃ知らんもんおらんで」
「へぇ、そんなに?」
「ホンマ何も知らんのやな……。ええか? ダイバー免許所得日にな、伏見ダンジョンの『仙狐三兄弟』をボッコボコにしたんやぞ? 無茶苦茶やわ……」
「仙狐三兄弟いうたら、あの狐?」
「おお、そうや。九尾は流石に無理やったらしいけどな、それでもどんだけーっちゅう話やし」
「ま、触らぬ神に祟りなしや……、ほな、たこ焼きでも食いに行こか?」
「お、ええな。いこいこ」
「おい三島、置いてくぞ?」
「……悪い、忘れもん。先行っといて」
三島と呼ばれた学生は、涼し気な笑顔を見せた。
***
「いらっしゃい、修ちゃん」
「マスター、また変なガキが
森がうんざりしたように言うと、赤ら顔のマスターが笑う。
「いいのいいの、誰でも若い時はそんなもんさ。このダンジョンも、俺の趣味でやってるだけだしね」
「マスターがええなら構わへんけど……」
IDをデバイスに通し、マスターはニコニコしながら頷いている。
「はい、ID。修ちゃん、そろそろ武器変えないと駄目だよ。かなり傷んでる」
デバイスから黒い木刀を取り出して、マスターは心配そうに言った。
「大丈夫、大丈夫、それに、ここは大したモンス出えへんしな」
「確かにそれは一理あるかも……って大きなお世話だよ!」
「ククク……」
森は悪戯っぽく笑うと、ダンジョンの中に入っていった。
下鳥羽ダンジョンは十階層全てが洞窟タイプで、出現するモンスも殆どが低位種である。
カラカラカラ……と、気怠げに木刀を引きずって歩く森。
普段は伏見ダンジョンに通っているのだが、最近はなんとなく面倒になって、この下鳥羽ダンジョンに通うようになっていた。
「はぁ……だる」
肩を鳴らしながら奥へ進むと、スライムたちが震えるように現れた。
ゆっくりと近づいてくるスライムを、足で隅に寄せていると奥からワームが襲ってきた。
「よっ!」
木刀を振り抜くと、ワームは真っ二つに割れて跡形もなく消えた。
消えたワームがいた場所をぼうっと眺める。
――森は悩んでいた。
このままでいいのか、自分は一体何がしたいのか……。
就職し、真面目に働いて、いずれは家族を持ち、暖かな家庭を築くなんてまっぴらだった。
「チッ、しょうもな!」
自分の取り柄といえば、ダンジョンで暴れるくらいのもの。
プロから誘われることは何度かあったが、どうも気が乗らない。
元々、誰かとつるむのは苦手だし、自分よりも弱い奴の下につくのは我慢ができなかった。
かといって、自分でチームを作る気にもなれないし、一人でプロとしてやっていくほどの情熱もない……。
「はぁ……」
気づくともう八階層まで下りていた。
モンスは相変わらず弱い。
フレイムジャッカル、バババット、ホーンラビット……。
低位種のオンパレードに、段々と嫌気がさしてくる。
「やっぱ、帰って寝るか……」
森が引き返そうと振り返ると、珍しく客がいる。
若い男、さっきいた学生の一人だった。
「チッ」
舌を鳴らし、森がそのまま通り過ぎようとした、その時。
――ガッ!
突然、学生が
森はすかさず木刀で受け流し、学生を睨みつける。
「おい……、お前ここPK禁止って知ってんのか?」
学生はすんなり武器を下ろし、微笑む。
「あら~、すんません。つい、手が滑ってもうて。森さんですよね?」
「あぁ?」
「自分、三島いいます。最近、こっちに越してきたばかりで……あはは」
悪びれる様子もなく、三島は話し始めた。
「んなこと、聞いてないねん。何さらしてんねんって聞いとんじゃボケェ!」
森が木刀を一閃する。
が、三島はぴょんと後ろに下がり、
「か~、怖い怖い。今の喰らってたら終わってましたわ」と笑う。
そして、ゆっくりと間合いとりながら、
「森さん、ここPK禁止ですよ? あ、たったいま森さんが教えてくれはったんでしたね?」と白々しく返した。
「このガキ……」
――森は違和感を感じた。
決して手加減をしたつもりはなかった。
調子に乗ったクソガキを、カウンターに転送させるつもりで放ったのだ。
プロならまだしも、こんな学生に自分の攻撃が避けられるとは思えない。
「そんな怖い顔やめましょうよ、僕の話、聞いてもらえません?」
「話? 知るかボケがぁ!」
森は躊躇なく攻撃を繰り出した。
しかし決定打は入らない。
器用に木刀を受け流していく三島――。
やはり、こいつはただのガキじゃないと森は思った。
「ちょ、ホンマ謝りますから……」
「死んどけや!」
三島の腹に蹴りが入った。
華奢な身体が宙に浮き、すかさず森が木刀で斬りかかった。
しかし、次の瞬間、森の首元に三島の釵が向けられる。
「⁉」
「三途の森……、でしたっけ?」
「お前……
「僕は三島平次、こう見えて、京都十傑のメンバーやらせてもらってます」
「十傑……お前プロか?」
森は三島の釵を払い、二人は距離を取った。
京都十傑といえば全国でも名の知れたレイド専門のプロチーム。
噂では、メンバー全員が規格外の強さだと聞く。
それにしても、こんな若い奴が……と、森は訝しむ。
「ええ、学生ですけど、ちゃんとプロですよ。どうです? 森さん、十傑入りません?」
「俺が?」
「ウチらは仕事以外は完全自由ですし、互いの私生活に干渉はしません。それに……森さんほどのお方が、こんな場所で燻ってるやなんて、二つ名が泣いてはりますよ?」
「ククク……」
「あれ、何かおかしいこと言いました?」
「どいつもこいつも、しょーうもない。好き勝手言いよるわ。ええか、俺は森や……、誰の指図も受けん!」
森が三島に向かって飛び蹴りをかます!
咄嗟に腕を十字に組んだ三島が吹っ飛び、洞窟内の岩壁に叩きつけられた。
「ぐはっ!」
三島が目を開くと、黒光りする森の木刀が迫る。
次の瞬間――、三島はカウンターの前に立っていた。
「はぁ、やられてしもうた……」
残念そうに頭を振る三島に、腕組みした店主が釘を刺す。
「お兄さん? 今回は目を瞑るけどね、ウチは
「……えらい、すんませんでした」
「ほんとにもう……頼むよ?」
深々と頭を下げた三島は、そのままダンジョンを出る。
去り際に振り返り、「はは、僕もまだまだや……」と呟いた。
***
半年後、三島は森の説得に成功し、京都十傑に『三途の森』こと森修司の名が加わることとなる。
この時、三島平次17才、森修司、22才――。
彼らの時代が動き始めた瞬間であった。
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