第164話 なんくるダンジョン

 車で走ること20分――。

 俺達はこの旅の目的地である『なんくるダンジョン』に着いた。


 駐車場には結構な数の車が停まっていて、その人気の高さがうかがえる。


「ほぇ~、すげぇな⁉」


 敷地内はきめ細かい白い砂が敷き詰められていた。

 当然、ゴミ一つ落ちていない。


 なるほど、客は車を降りた瞬間から、既に潜在意識レベルで非日常を感じているわけだ。

 うぬぬ……言わば、この白い砂は、ドラマで言うところの掴みのような部分、さすがグッドダンジョン賞に輝いただけはある!


「なんか別世界って感じですね……」

「二人とも、驚くのは早いですよ。さ、行きましょう」

 スマホのカメラをセッティングしながら、丸井くんが先を歩く。

「お、おぅ……」


 まるで首里城のような外観。

 これがなんくるダンジョン……。


 大きな門の両脇には、琉球王国の兵士みたいな格好をしたセキュリティが立っている。

 二人とも前を向き、俺達には目を合わせない。


 やや緊張しながら門を潜る。

 すると、中には美しい中庭が広がっていた。


「す、すごい……」

「何だか映画の中にいるみたいです……」


 お登りさんのように周りを見渡していると、丸井くんが奥に手を向けた。


「あれが本殿です、さあいよいよですね」


 奥に横に長い階段があり、少し上がったところに朱と白を基調とした建物が建っていて、その扉の両脇にも体格の良いセキュリティが配置されていた。


「う、うん、どんなとこなんだろ……」

「楽しみですね」


 三人で本殿に入る。

 入り口の扉はセキュリティが押し開けてくれた。


「「はいたい~、めんそ~れ~!」」


 中に入ると同時に、活気のある女の子達が一斉に挨拶をした。


「うぉおっ!」

「ほほぉ~、これが噂の『表十五人』ですね」

「なんですか、それ?」


 花さんがキョトンとした顔で訊ねる。


「見ての通り、なんくるが誇る最高の女性スタッフのことです。さんダでも、アイドル顔負けの容姿、接客、愛嬌を兼ね備えていると評価されてますね」

「なるほど……」


 確かにどの子を見ても、とんでもなく可愛い……。

 いやぁ、このレベルを揃えて、しかも顔だけじゃないってのが信じられない。

 ここの店長さんは、どんな人心掌握術を使ってるんだろう?


「はじみてぃやーさい~、本日、お客様を担当します、後浜門くしはまです、よろしくお願いします。ゆたくしうにげーさびら~」


 そう言って、後浜門さんがニコッと微笑む。

 黒髪清楚系で、薄茶色の瞳が印象的だ。

 く、くっそ可愛い……。


「「よろしくお願いしま~す」」


 見ると丸井くんも鼻の下を伸ばしていた。

 いやぁ、なるほどなるほど、既に好感度しかないぞ。


 ――と、その時、尋常ならざる気配を感じて振り返った。


「お二人とも、楽しそうでよかったです」

「は、花さん……」


 無言の圧が半端ない……こ、これは先を急ごう。

 受付に向かっていると、後浜門さんが花さんに声を掛けた。


「お姉さんは、どちらから来られたんですか?」

「あ、東京からです」


「うわー、やっぱり! すっごいお洒落で、入ってきた時からお話してみたいなぁって思ってたんです」

「ほ、ホント? 嬉しいです!」


 後浜門さんは俺と丸井くんを不思議そうな目で見る。


「すごいですねー、お兄さん達、こんなちゅらさんとどうやって知り合ったんですか?」

「ちゅらさん?」


「美人って意味ですよ」

 丸井くんが俺に耳打ちする。

 た、確かに不釣り合いだとは思っているが……。


「あ、ああ、花さんは俺の経営しているダンジョンでバイトをしてくれているんだよ」

「はぁーや! まさか社長さんとは……」


「い、いや、ちっさいダンジョンなんで、大したことないよ」

「いえいえ、一国一城の主として日々戦っておられるのですね……、じゃあ今日はさらに~?」

 後浜門さんが俺達の顔を順に見て、

「戦ってもらいましょーっ!」とテンションを上げた。


「「おー!」」


 ついつい乗せられて三人とも声を上げてしまった。


 それを見ていた受付のスタッフがクスっと笑って、

「後浜門さん、ほどほどにね~」と注意した。


 俺達はIDカードを渡し、装備を出してもらう。

 丸井くんが取り出した武器を見て、周りから「おぉ」という声が漏れた。

 もうあの頃の……大金槌を一心に振っていた丸井くんではなかった。


「そ、それ……奇聖鉄ワンダー・コアの……」

「あ、はい、必撃鍛冶職人アタック・スミスです」


「マジかよ……」


 奇聖鉄は有名なインディーズウェポンブランドだ。

 全ての武器に、漢字をカタカナ読みした厨二的名付けをする事で有名になった。


 ブランド代表は、富山県の黒部峡谷にある『黒部ダンジョン』オーナーの『あめのま』氏。

 発表された名前が平仮名だったことにより、深読みしたファンの間で物議を醸したこともある。


 ちなみに、月刊GOダンジョンのインタビュー記事で、あめのま氏が放った一言はネットを騒然とさせた。


『――金額を気にする人間は、ウチの武器は振れないよ』


 この発言は度々取り上げられ、今ではコピペ構文化されるまでになっている。


「うわぁ~ピカピカですね」と、花さんが珍しそうに見ている。

「動画のネタに買ったんですけど、今は気に入ってます」

「はぁ~、このフォルム、装飾、無駄がひとつもないわ……」


 カタログでしか見たことが無かったが、実際に見てみると、強気の値段にも納得ができる仕上がりだった。

 うん、俺に金があれば、間違いなく『買い』だな。


「良かったらフィットルームにご案内します」


 後浜門さんがさりげなく花さんに声を掛け


る。


「あ、すみません、ありがとうございます」

「い~え~、ぐぶりーさびたん。どういたしましてですっ」


 ニパッと笑う後浜門さんの笑顔に、花さんもやられたようだ。

 と、尊い……と呟きながらフィットルームに案内されていく。


 俺はいつものルシール改とダイバースーツ、ファングバックラーを装備。

 使い慣れた武器の安心感は捨てがたいが、そろそろ武器を新調してもいいかも。


 高い天井の開放感。

 宮殿のような造りに見入っていると、横を通り過ぎるスタッフさんが立ち止まり、皇宮の女官のように礼をする。


「こういう積み重ねが空気感を作ってるんですねぇー」と、丸井くんが感心したように頷く。

「うん、やっぱ空気感って大事だよね、いやぁ~、一回店長さんと話してみたいなぁ~」

「良かったら、お呼びしましょうか?」

「え?」


 振り返ると、これまた美人なスタッフさんが立っていた。

 姿勢が良く、スラッとしたクール系な感じだ。


「あの……良いんですか?」

「ええ、もちろん。少々お待ちください」


 そう言って、スタッフさんはインカムマイクに口を近づけた。

『ウシュガナシメー、ウシュガナシメー、受付前にお願いします』


「ウシュガ……え?」

 丸井くんを見ても、「さぁ?」と肩を竦める。

 それに気付いたスタッフさんが、

「ここ、なんくるダンジョンでは、店長のことを琉球王国の国王にちなんで『ウシュガナシメー』と呼んでいるんです」と、説明してくれた。

「なるほど……」


 その時、奥からパタパタと誰かが小走りで駆けてくる。


「どうも~、はいさいね~、何かありましたか~?」

 大きな熊のような男が、満面の笑みを浮かべている。


「てんちょ……いや、あなたがウ、ウシュガ…ナシメーですか?」

「あいやー、ただの演出だもん、そんな難しい言葉使わなくていいさぁ~。店長でもプロデューサーでも好きなように呼んでくれればいいさぁ~」

「あ、そ、そうなんですね、ありがとうございます、えっと、僕は個人経営なんですが、四国のうどん県でダンジョンをやってます、壇ジョーンといいます! あの、お名前を聞いても大丈夫ですか?」

「あいやー、わざわざフルネームでどうも~、あ、そう~同業者なのぉ~? 若いのに大変だねぇ~。私は辺土名へんとなといいます、よろしくねぇ~」


 自然体で、変に偉ぶることもなく、辺土名さんはとても話やすそうな人だった。

 見た感じも優しい熊さんみたいで、安心感がすごい。


「あ、僕も挨拶させてもらっていいですか?」


 丸井くんがそっと伺うように覗き込み、サッと懐から名刺を取り出した。


「初めまして、ギーザス丸井と申します。主にちっさなメダル関連の動画や書籍を手がけてます、実は今日もこちらで動画を撮らせていただこうかと思いましてお邪魔しました」


 め、名刺ーーーっ⁉

 そうだった……前から作ろう作ろうと思っていたのに!

 ついつい後回しにしてしまっていたぁーーっ!


 さ、さすが丸井くん……って、売れっ子フリーランスでなくとも名刺なんて基本だもんなぁ……帰ったら絶対に作ろっと。


「あいやー、私、名刺もってなくて、ごめんねぇ~、あ、君のこと知ってるよ、見たことあるさ~、ん? スマホで撮るの? 私も撮って欲しいなぁ」

「ホントですか⁉ ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」


 丸井くんがスマホのカメラを回し始めた。

 カメラに向かって辺土名さんがピースサインを向けてコメントをくれる。


「今日は楽しんでいってねぇ、たしか、ウチでもメダル出たって聞くから、出るといいねぇ~」

「は、はい! 頑張ります!」


「あの、辺土名さん、ここのスタッフさん達って綺麗な人ばっかりですけど、何か秘密があるんですか?」

「みんな夢を持ってる子達だからさぁ~、内面から輝いてるんだと思うさぁ~」


「そうなんですか……」

「まあ、ホントのこと言うと、那覇にある芸能事務所にいる子達を雇ってるさぁ~可愛くて当たり前さぁ~」


「なるほど……」


 急にブラックな感じがしてきたが、下積みの時はみんなバイトしてるもんな。

 お互いにWINWINなわけか……。


 と、そこに花さんが戻ってきた。

 ボディラインがくっきりと出るバトルスーツ……その完璧なスタイルに皆がどよめく。


「な……き、君ぃっ! ウ、ウチで働かないかね⁉」

「え⁉ ちょ、なんです⁉」


 辺土名さんが花さんに食いついた。


「いやぁ~、女の私から見ても、花さんは憧れますね~」


 後浜門さんがその様子を見ながら頷いている。

 確かにこのそうそうたるメンバーの中でも、全くひけをとらない。

 それどころか、一番注目を集めている……。


「あ、あの、私はそちらのジョーンさんのダンジョンで働いていまして……」

「なにっ⁉ ジョ、ジョーンくん……本当に⁉」


「あ、はい……本当です」

「せ、千年に一度の逸材が……」

 辺土名さんは両膝を落とし、頭を抱えた。


「あ、あの……」


 声を掛けようとすると、辺土名さんはガバッと起き上がり、

「時給三万でどうかな?」と両手を組んで花さんを拝む。


「ごめんなさい、その……お金の問題ではないので……」

「わかったさぁ~、仕方ない、あきらめるさぁ~……」


 くるっと俺の方を向き、

「大事にしないと駄目だよぉ~、こんな子探してもいないさぁ~」と涙目で言う。


「も、もちろん、僕ができる最大限で大事にします!」


 そう答えると、なぜか花さんが恥ずかしそうに目を逸らした。


「ん?」

「ジョーンさん、かなり積極的になりましたね」


 丸井くんと後浜門さんがニヤニヤとこっちを見ている。


「ちょ……いや、別に変な意味では……従業員として……」

「いいですいいです、わかりましたから、じゃあ、そろそろダンジョンへ行きましょうか?」


「あ、うん……」


 ――花さんと目が合う。

 突然、心臓が跳ねた。


 うわ、どうしよう!

 変に意識しちゃって、恥ずかしくなってきた……。


「ジョーンさん、ありがとうございます」

「え?」


「さっきの、嬉しかったです」

「……さっきの?」


 顔が燃えるように熱い!

 え⁉ ど、どういう意味⁉


 花さんも急に顔を赤くして、狼狽え始めた。


「あ、その! もちろん、スタッフとして、大切に思ってくださってるんだなぁって意味です! あ、でも、それだけでもなくて……あーっ、ち、違う、忘れてくださいっ!」


「二人とも何やってるんですか~?」


「「はぇ?」」


 見ると丸井くんがスマホカメラを向けて、ニヤニヤと笑っていた。

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