第163話 いざ石垣島へ!

 ――沖縄、石垣空港。


「うわぁ~! 見てくださいよジョーンさん、ほら、椰子の木が!」

「ほんとだ! いやぁ~南国って感じだなぁ~!」


 透け感のある、フリル袖のオープンショルダーブラウスにショートパンツ。

 真っ白な花さんの肌が、石垣の開放的な日射しに輝いている。


 と、そこに、一台のワゴン車がプッと短くクラクションを鳴らした。


「ジョーンさん! 花さん! どうもー!」

 見ると、サングラスを掛けた丸井くんが手を振っている。


「丸井くん!」


 二人で車に向かうと、丸井くんが後ろのドアを開け、

「荷物どうぞ、暑いんで、まずはホテルの方に行きましょうか」と笑った。


「ありがとう」

「ありがとうございます」


 花さんと自分の荷物を積み込む。

 俺は助手席に乗り、花さんは後ろに乗ってもらった。


 ゆっくりと車が進み出す。

 ローカルラジオから、聞き慣れないのんびりとした方言が飛び交っている。

 もう、空港を降り立った瞬間から癒やされっぱなしさ~。


「いやぁ、ホントに久しぶりだね、連絡くれてありがとう」

「いえ、こちらこそ撮影の件、受けてくださってホントに嬉しいです。それに花さんにも協力してもらえるなんて、ありがとうございます!」


 丸井くんがミラー越しに会釈する。


「いえいえ、私こそ、こういう機会でもないと踏ん切れなかったと思いますから、OKしていただいて感謝してます!」

「確か花さんは……山河のモンス学部ですよね?」


「はい、鳴瀬教授の下で勉強してます」

「ああ、良くテレビに出てる方ですよね? へぇ、じゃあ、ゆくゆくはモンス学研究ですか?」


「んー、研究は好きなので続けたいんですけど、進路は……まだ迷ってる最中で」

「そうですよね~、自分の進む道を決めるのは大変ですもんねぇ……」


 そうか、そうだよな……。

 こういう時間は、ずっと続くわけじゃない。

 皆それぞれ、自分の選んだ道を進むんだもんなぁ。


 そっか、いずれ花さんも……。


「……」


 ――と、その時、花さんが「うわぁー!」と歓声を上げた。

 何事かと外を見ると、そこには一面の美しい海が広がっていた。


「うほーーーっ! すげーーーっ!!」


 遠浅でスカイブルーの海、真っ白なクロサギが気持ちよさそうに海辺を飛んでいる。


「きゃー、気持ちいいですね!」


 一気にテンションが上がる。

 何をウジウジ考えていたんだと俺は反省した。


 そうだよ、この楽しい時間は今しか経験できないんだ!

 瞬間瞬間を、精一杯楽しまないでどうする!


「丸井くん、良かったらカメラ回そうか? 行きの場面もあった方が良いんじゃない?」

「え、いいんですか⁉ お、お願いしますっ!」


 丸井くんは自分のスマホを取り出し、撮影用のスティックに装着して俺に差し出した。

 

「へぇ、たまに見掛けたことあるけど、実際に触るの初めてだな。なるほど、これは撮りやすい……はい、もう撮ってるよー!」


 俺は運転する丸井くんにカメラを向ける。


「えーと、ギーザス? それとも丸井くんって呼ぶ?」

「あ、丸井で大丈夫です」

 ちょっと照れくさそうな丸井くんに、

「今日はどこに向かってるんですか?」と花さんがナイスなアシストをしてくれた。


「はい、今日は美ら海で有名な沖縄は石垣島、グッドダンジョン賞一位に輝いた『なんくるダンジョン』に向かってまーす」


「じゃあ、今日のメンバーでも紹介しとく?」

「あ、いいですね、順番は誰からでもOKですよ、後で編集できますから」

「へぇ~、じゃあ俺から行こうかな」

「あ、じゃあ私、カメラ持ちますね」


 花さんが俺にカメラを向けた。


「え、えー、お、俺はジョーン……だ、壇ジョーンです」

「ストップストップ! ちょ、ジョーンさん、嘘ですよね?」


「あ、いや、本番に弱いタイプで……」

「大丈夫です、いつもの感じで」

「わかった、じゃあもう一回」


「オホン! やあみんな、僕は壇ジョーンだよ! うどん県で小さいながらダンジョンを経営して――」

「ストップストップ! それじゃ歌のお兄さんですよ?」


「難しいな……じゃあ花さんやってみてよ」


 俺はカメラを受け取り、花さんに向けた。


「はじめまして、平子花です、山河大学でモンス学を専攻してまーす。今日はなんと、あの『なんくるダンジョン』に挑戦することになりました! 頑張りますので最後まで見てね~!」


 あまりの眩しさに俺は言葉を失う。

 カメラを通すと、改めて花さんのポテンシャルの高さに気付かされるな。


「……プロの方ですよね?」と、冗談っぽく言ってみた。

「ちょ、ジョーンさん! もう、みんな、これくらいできますって!」

「あははは、冗談冗談。でもホント上手だなぁ~」


「いやぁ、素晴らしいですね、じゃあ、ジョーンさんのは、さっきの失敗パターンを冒頭の掴みで使いたいので、後は僕ですね、お願いします」

「はい、じゃあよーい、スタート!」


 俺は真横から丸井くんにカメラを向けた。


「えー、今日はね『ギーザス丸井の毎日メダルまみれ』記念すべき第一回目ということで、個人でダンジョンを経営してらっしゃるジョーンさんと、モンス学を専攻している花さんに協力してもらって、バッチリ、メダルをゲットしたいと思ってまーす。最後まで、よろギーザス!」


「「おぉ~」」

 花さんと俺でパチパチと拍手する。


「あれ? 前は関西弁で、もっと激しめじゃなかったっけ?」

「ええ、このチャンネルでは、力を抜いて、自然体で行こうかなと思いまして」


「そっか、あれはあれでインパクトがあったけどねー」

「私はこっちの方が好きですね、何か親近感がありますし、一緒に遊んでるような感じで」


「ありがとうございます、あれは、たまにぶっ込むくらいでいいかなって思ってます」

 そう言って笑うと、丸井くんが前方を指さした。


「ほら、見えてきましたよ、あれがLIFE TREEが展開する格安リゾートホテル『ブルーオアシス』です」

「ライフツリーって確か……社長さんが東京NARAKUで優勝されたんでしたっけ?」

「あー、そうですそうです、ネットでも一時話題になってましたよね」

「あー、思い出した! そういやそうだったな」


 車は駐車場に入る。

 俺達は荷物を持って、ホテルにチェックインをした。


 当たり前だが、花さんとは別の部屋だ。

 ちなみに、この旅行に際して、平子兄からは死ぬほど釘を刺されている。

 花さんに指一本触れよう物なら、二度と島中の敷居をまたがせないとまで言われてしまった……。


「そんなの言われなくても、触る勇気なんてないってのに……」


 荷物を片付けて、部屋を少し見ていると、丸井くんと花さんがやって来た。


「へぇー、こっちの部屋もいいですね」

「値段の割にホントいいんですよ、ここ」


 丸井くんは、部屋の中をカメラで撮影している。


「水回りも綺麗だったよ」

「え! お風呂見てもいいですか?」


 花さんが嬉しそうに小走りでお風呂場へ向かった。

 その後ろ姿を目で追いながら、俺は丸井くんに訊ねた。


「ちなみに、『なんくる』にもメダルってあるの?」

「ありますよ! シーサーのメダルはここでしか落ちないですからね。それにW.S.M.R.(World Small Medal Records)の公式掲示板の噂では、大タコラオクトパスのメダルがあるらしいんですよ。まあ、さすがにそれはレアすぎて無理だと思いますけど」

「大タコラオクトパスって……」


「大型の水棲モンスですね、発生域は黒潮海流に沿っているという研究結果もあります。かなり慎重な性質らしいので遭遇するのはかなり難しいんじゃないかなと思います。ちなみに水棲モンスには珍しく電撃に耐性があるんですが、この耐性については、皮膚を纏う特殊な油が絶縁体の役割を果たしているというのが定説ですね、とにかく珍しいので油のサンプルが採れれば、恐らくニュースになると思います」


 いつの間にか戻っていた花さんが早口で説明をしてくれた。


「なるほど……今のくだり、いただきました! ありがとうございます!」


 スマホを構える丸井くんが感心して頷いている。


「な、何かちょっと恥ずかしいかもです……」


 顔を赤らめる花さんに、丸井くんがすかさずフォローを入れた。


「いや~、助かります花さん、これはきっといい動画になりますよ~! マジで専門的な意見聞けることって少ないんで、見てくれる人も絶対喜びますね、うん」

「そ、そうですか?」


「ええ、間違いないです! ねぇ、ジョーンさん?」

「お、おん、俺も専門的な話が聞けると嬉しいし……」


 花さんがホッとしたように表情を緩めると、丸井くんがパンッと手を合わせた。


「さて、じゃあいよいよ行ってみますか?」

「そ、そうだね、さっきロビーの横にカフェがあったからさ、飲み物買っておこうよ」


「「賛成~!」」



 *



 気持ちの良い風が吹き抜ける――。

 俺達はカフェで買った飲み物を持って、ワゴン車に乗り込んだ。


「うわ~! あっち~!」

「いまエアコンつけますので」


 エンジンが掛かり、熱風が吹き出す。


「冷えるまで窓開けときましょう」

「こういうのも、いい思い出ですよね」


 ピンク色になった顔を手で扇ぎながら、花さんが振り返る。


「うん、やっぱみんなで何かをするって楽しいよなぁー」

「そうですよねー」


「あ、そうだ! 丸井くん、紅小谷から連絡行った? 来てないってことは、やっぱ忙しかったのかな?」

「あー、その……僕の方で丁重にお断りさせてもらったんですよ」

 と、丸井くんが困ったように笑った。


「え、でも、紅小谷に出てもらえばすごく宣伝になるんじゃ……」

「はい、だからお断りしたんです」


「え……」


「次に始めるチャンネルでは、大御所とのコラボみたいなことは避けたかったんです。純粋にコンテンツだけで勝負したいっていうと……、何だか、格好つけてるみたいで嫌なんですけどね」

 そう言って、丸井くんが苦笑いを浮かべた。


「なるほど……ごめん、何か俺、企画の意図を読めてなかったよ……」

「いえいえ! 僕が強がってるだけなんで! むしろ積極的に提案していただいたり、感謝しかないですよ!」

「そ、そう? あははは……」


 丸井くんは気を遣ってフォローしてくれてるけど……失礼なことをしてしまったな。

 そうか、俺って奴はまた、目先のことしか見えてなかったんだ……。


 気持ちが沈みそうになった瞬間、花さんが空気を切り替えるように声を上げた。


「ふわぁ~、気持ちいい~、風が冷たくなってきましたね」


 振り返ると、花さんが後部座席から身を乗り出し、クーラーの吹き出し口に顔を向けてニコッと笑っていた。


 ――ち、近い!

 反射的に前に向き直り、

「さ、さぁ! 出発だっ!」と声を上げた。

「ジョーンさん気合い入ってますねぇ~! じゃあ、準備はいいですか? いざ、なんくるダンジョンへ出発~!」


「「おーっ!」」

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