第165話 邪魔者

 なんくるダンジョンの正体は広大な鍾乳洞だ。

 外界の暑さが嘘のように、ダンジョン内はひんやりとして気持ちが良かった。


「快適ですね」

「うん、ちょっと寒いくらいだよ」


 初めて訪れるダンジョン、しかもグッドダンジョン賞に輝いたダンジョンとあって、俺のテンションは上がりっぱなしだ。

 そのお陰もあってか、花さんとも意識せずに普通に話せるようになっていた。


「効率良くドロップ狙えるポイントがあるんで、そこに行った後、余裕があればボスを狙ってみましょうか?」

「それは任せるけど、ここの主って確か……」

「マギーシーサー、ですね。少し前の論文でしかチェックできてないのですが、地域固有種がボス化するのは、かなり珍しい例だそうです。一日の7割を寝て過ごすそうで、睡眠を妨げる者を敵味方の区別無く襲う習性があります。ですので、ファーストアタックは、なるべく全員同時の方が良さそうです」


「「おぉ~」」


「や、やめてくださいよ~! モンス学専攻なら誰でも知っていることですから……」

 花さんが恥ずかしそうに俯く。


「おっ⁉ そうこう言ってる内に、初エンカウントです! ジョーンさん、花さん、来ます!」

「「おっけーっ!」」


 地面に溜まる水たまりの中から、シーマンが飛び出してきた。

 シーマンは半魚人のモンスで、上半身は硬い鱗で覆われている。

 生身の下半身を狙うのがセオリーだ。


「花さん! 下半身を狙って!」

「は、はい! ……え⁉ ちょ、す、すみません! いやぁあああああ!!!!」


 そ、そうだった……シーマンはその……剥き出しのアレが人間に近いから……。


「ご、ごめん! 丸井くん、俺達でやろう!」

「は、はい!」


 俺と丸井くんは襲いかかってくるシーマンを撃退する。

 シーマン自体は低位種なので、さほど手こずることもない。


「とぉっ!」

「シュッ!」


『ギピィッ!』

 シーマンが断末魔を上げて霧散する。 


「ジョーンさん、何かすごく強くなってないですか⁉」

「そうかな? へへへ……やっぱ筋トレは確実に結果が出るね」

「あ、鍛えてるんですね、なるほど。どおりで空港でパッと見たとき、身体が締まってるな~と思ったんですよ」


「あの……もう、見ても大丈夫でしょうか?」


 花さんが岩の陰からこっちを覗いている。


「あ、うん、もうOK。じゃあ、早めにこのゾーン抜けようか?」

「そうですね、奥に進めばシーマンも出ないですから」

「すみません、私のせいで……」


「いやいや、ちゃんとリアクションいただきましたから」


 そう言って、ニマッと笑ってスマホのカメラを向けた。

 丸井くん、腕を上げたな……。



 *



『キャウンッ⁉』


「ふぅー、今、何体目だろう……」

「たぶん、200はいってると思います……」


「しかし、この場所……無限に湧いて出るね」

「ええ、地元でも知らない人が多いそうです」


 額の汗を拭って、丸井くんが大きく息を吐いた。


「でも、よくご存じでしたね? こんな場所があるって、私も聞いたことがありませんでした……」

「でしょ? 意外とW.S.M.Rの情報網って侮れないんですよ」


 丸井くんが誇らしげに笑う。


「でも、さすがにちょっとキツくなってきたかも……」

「ですね……、あー、今回はメダルは落ちなかったかぁ~」


「この近くにセーフスポットがあるけど、皆がキツくないなら、ちょっと休んでまた再開してもいいよ?」

「え⁉ この近くに? ジョーンさん、何で知ってるんです?」

「いや、だって……ここ入る前、フロアマップあったし……」

「フロアマップ? ありましたっけ?」


 丸井くんが花さんに訊ねると、花さんも記憶にないのか首を傾げた。


「それにしても良く覚えてますね……」

「まあ、昔取った杵柄かな。一時期はずっとソロで潜ってたからね、フロアマップの確認は習慣になってるかなー」

「それって……D&Mを始める前ですか?」と、花さん。


「うん、ダイブにハマってた時期があって、ゆくゆくはプロにって思ったこともあったんだけど、俺の実力じゃとても食っていけなかったからさ……結局、ダンクロでバイトを始めたんだよ」

「そうだったんですね……。でも、ジョーンさんがD&M始めてなかったら、こうやって一緒に動画撮ることもなかったかも知れませんから、ある意味ダンクロには感謝です!」


「あはは、あのギザメダルが人生を変えたんだもんねー」

「そうです、あの時のことは今でも鮮明に覚えてますよ、通知が止まらなくて二人で焦りましたよね?」

「あー、そうそう、凄かったんだよ、結局何件来たんだっけ?」


「7,000件ですw」


「そんなにですか⁉ あの時って一時、メダルブームになってましたもんね? ウチの大学でも話題になってたし……私がD&Mを知ったきっかけもそうですよ」

「あ、そうだったんだ⁉ へぇ~、じゃあ丸井くんのお陰だな」


「いえ、全てはギザメダルのお陰ですよ――」

 丸井くんがフッと鼻で笑い、髪を掻き上げた。


「何か良い感じ風に言ってるとこ悪いけど……、そろそろ着くよ」


 俺は少し先に見えるセーフスポットを指さした。

 入り口から青白い光が漏れている。


「ホントだ! いやぁ~、助かりますね!」

「私もちょっと座りたいです」


 皆でセーフスポットに入る。

 中はドーナツ状の空間になっており、中央の柱に沿って腰を下ろせる場所があった。


 見ると、先客が座っている。

 パッと見た感じ、あまり感じが良くない。


「お? 見ろよ、いいじゃんいいじゃん、超かわいくね?」

「マジか⁉ やべっ、ラッキー!」

「地元の子かな? やっぱ来てよかったなぁ!」


 ――俺は花さんを隠すように前に出た。

「ジョーンさん……」

「大丈夫だから」


「おいおい、何か邪魔なのいるぞ」

「どうする? 適当に潰す?」


 見た感じ、渋谷でたむろしてそうな連中だ。

 防具もあえて腕のタトゥーが見えるものを選んである。


「ジョ、ジョーンさん、どうしましょう」

 丸井くんが俺に囁く。


「俺が話してみる」

「え……」

「大丈夫、丸井くんは花さんに付いててあげて。何かあったらすぐに引き返すか、これで強制転送してスタッフさんに通報してくれる?」


 俺は探索者のポーチから、非常用の転送晶石を取り出して渡した。

 割るとダンジョンのどこに居ても、一瞬でフロントに戻れるレアアイテムである。


「ちょ、こ、これ……かなり貴重なものですよね⁉」

「平気平気、じゃあ、丸井くん頼んだよ」


 さてと……。

 笹塚ダンクロ時代から、こういう連中は数多く対応してきた。

 でも、あの時は、店員と客との関係性の元に対応したわけで……。


 何回経験しても、怖いものは怖い。

 でも、俺が皆を守らなきゃ――。


 座っていた連中が立ち上がる。

 三人か……全員、そこそこ身長があるな。


 俺は近づいてくる男達を観察した。

 歩き方、筋肉の付き具合、武器、防具の種類……。


「何をヒソヒソやってんのかなぁ~? ねぇねぇ、オニイサン、ちょーっとそこのお姉さんを俺達に貸してくれなーい?」

「「ぎゃははは!」」


 ビビるな! こういう時はハッキリと言う!

 引いたらつけ込まれるだけだ。

 こういう奴らは、弱者に対してどこまでも残酷になれる。


「悪いんですけど、貸すつもりはありませんし、彼女は物じゃありません。それに、ここはセキュリティもしっかりしているので、こういう事をしていると問題になりますよ?」

「なんだと……?」


 ピリッと張り詰めた空気に変わる――。


「チッ、女の前で勘違いしたか? オメー、調子に乗ってんなぁ? この人が誰が知ってんのか、あぁん⁉」

「よせよせ、どうせ地元の兄ちゃんだ、知らなくて当然だろ」


 真ん中の男が勝ち誇ったような笑みを浮かべ、手に装着したナックルをポンポンと手で叩いた。

 すると左側の男が、

「あーあ、俺は知らねぇぞ? 京都十傑、いくら田舎でも名前くらいは聞いたことあんだろ? へへへ……」

「十傑……⁉」


 まさか、こんな奴らが?

 いや、でも……俺も十傑全員の顔を知っているわけではない。

 だが、あの人達は……。


「ククク……ビビって何も言えねぇ顔してんな? 藤堂さん、やっちまいましょうや」


 藤堂……さん、だと?

 俺は目の前の男に目を向ける。


 不自然に肥大化した見せかけの筋肉、体幹のない歩き方、安物のナックル……。

 どこをどうみれば、この男が藤堂さんなんだ?


 なるほど、そういう事か……。

 こいつら、十傑の名前を使って悪さしてるのか。


「いいんですか、十傑の藤堂さん? ここ、PK公認ですよ?」


 俺はぎゅっとルシール改を握り絞めた。

 そう、なんくるダンジョンは意外や意外、数少ないPK公認のダンジョンなのだ。

 かと言って、もちろん暴力行為や嫌がらせ行為が許されるわけではない。

 あくまで、娯楽の範囲内でのPKを想定した制度だ。


「おいおい、笑わせんなや……テメェの心配しろよ?」

「このガキ……ぶちのめしてやる!」


 三人の男がじりじりと詰め寄ってくる。

 右の男は槍か……この狭い空間じゃ、俺のルシール改の方が断然有利だ。

 左は……短剣か、こいつは要注意だな。


「シュッ!」


 俺は速攻でルシール改を左の男に叩き込んだ!

 矢鱈流を舐めるなよ!


「ぐわぁ⁉」


 男が転送される。


「て、てめぇ!」

「こいつ、舐めてんのかぁ⁉」


 明らかに狼狽える男達。

 どうせ、相手から反撃されるとは思ってなかったのだろう。


 自分たちが圧倒的優位だと信じて疑わない愚かさ。

 他人の名前でマウント取るなんて最低だ。


 だが、一番許せないのは、花さんを怖がらせたことだ!


「俺の……楽しい時間を邪魔しやがってぇええーーーーっ!!!!」


 右の男の槍を蹴り、相手が受け止めたところにルシール改を脳天から叩き込む!

 声を上げる間もなく、男は青い粒子に包まれ転送されていく。


「こ、このぉーーっ!!」


 バチンと鈍い音が響く。

 俺の頬に男の拳が埋まった――。


「ジョーンさんっ⁉」

 花さんが悲痛な声を上げた。


「へへへ……調子に乗るからこういう……ひっ⁉」

「ふひ、ふひひ……」


 俺は笑いながらぐぐぐと拳を顔で押し返す。

 NARAKUで受けた藤堂さんのパンチなんて、当たった瞬間転送されたからな……。

 それに比べりゃ、こんなの屁でもないや。


「本物のパンチはね、こんなもんじゃなかったっすよ――」

「なっ⁉」


「じゃあ、お疲れさまでしたぁっ!」


 営業スマイルを向け、俺はルシール改を振り下ろした。

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