閑話 ダンジョン前夜

ふと、テレビの横にある仏壇に置かれた遺影に目が向く。


そういえば、曾祖父ちゃんってどんな人だったんだろう。

それに……何でダンジョンを始めたんだろう?

 

もし、曾祖父ちゃんがダンジョンを始めていなければ、ダンジョン経営なんて出来るはずもなかったわけだし。


それに、昔は今と違って、誰でも簡単に始められるようなものではなかったと聞いたことがある……。


見た感じ、爺ちゃんに似てるけど……もうちょっと、若い時の写真とか無いのかな?

俺は遺影を見つめながら爺ちゃんに尋ねた。


「ねぇ、曽祖父ちゃんってどんな人だったの?」


爺ちゃんは、顔だけこちらに向けて、

「あ? ん~、一言で言えば親分肌ってやつかのぉ」と言った。

「親分? 怖かったの?」

「うーん、まあ、とにかく喧嘩っぱやい人やった。ワシが小さい頃は、殆ど家にもおらんかったが……。けど、色んな所から、わざわざ色んな人が会いに来るような人やったなぁ……」

「へぇ~」


再び遺影に目を戻す。

写真の中の曽祖父ちゃんは、今にも豪快に笑い出しそうだった。



 * * *



これはまだ、ジョーンが生まれるず~っと前の話。

 


――世はダンジョン黎明期。

やっと、各家庭に電化製品が普及し始めた当時の人々にとって、ダンジョンは威勢のいい男たちが度胸試しをする『社交場』であった。


「俺は素手で小鬼を殴った、ヒャッハー!」

「ワイなんかスライム喰ったったぜ」

「儂くらいになりゃ毒持ちの鬼百足なんざ、これもんで、こうよ!」

などと酒を酌み交わしながら、男たちは夜な夜な武勇伝を語る――そんな時代であった。


この小さな四国という地に住む、この男も例外なくその一人。

酒場の中で、一際体躯の良い男が乱暴に上着を脱ぎ捨てる。


鋼の様に鍛えられた身体は、それは惚れ惚れするほど見事なもので、発達した背筋が隆起する背中には、大きな牛鬼の刺青が彫られていた。


――牛鬼が踊る。


「くぉらっ!! おどれ、なにさらしとんぞぉ? すり潰すぞワレぇ!!」


机を蹴り飛ばし、威勢の良い啖呵を切って相手を圧倒する半裸の男――壇助六。

ジョーンの曽祖父である。


助六はやたらめっぽう強かった。

四国では負け知らず、強い奴がいると聞けば、船に乗ってまで会いに行き蛸殴り。最早、ならず者といえる所業であるが、不思議なことに揉めた相手の殆どが、その後、助六との親交を深めている。

そういう時代というのもあるが、これが現代なら即逮捕であろう。


「助六さん、おはよう!」

「おぅ!」

「助ちゃん、煮物あるわよ、持ってきな」

「おぅ!」

「助さん、いい女いるぜ!」

「おぅ!」


街を歩けば、誰もが親しげに声を掛けてくる。

そんな男だった。


そして、毎日の様に喧嘩をする日々が続いていたが、それも長くは続かなかった。

もう、近場で助六相手に喧嘩を売ろうという馬鹿はいない。

腕に自信のある奴は大抵、助六の仲間だ。


つまらねぇと、酒場で呑んだくれる日々が続いていた頃、近所に住む平太が、

「助さん、そんな持て余しとるなら、ダンジョンへでも潜らんか?」と持ちかけた。

「なんや? そのダンジョンっちゅうんは?」


そら来たとばかりに、平太は大袈裟な身振りで助六の好奇心を煽る。

「何でも、恐ろしい魔物や、鬼が出るらしいで~。宝もあるっちゅう話や」


助六が片眉を上げて凄む。

「魔物? なんや? んなもん俺が一発でのしたらぁ!」

「おお、ほな、ちょっと行ってみるか?」


満面の笑みで平太が言うと助六は、

「おう、平太、案内せえ!」

と、残った酒をグイッと飲み干して、お猪口をぶん投げた。



 *



二人は暗闇の中、提灯を持って裏山へ登った。

ぼんやりと光る二つの灯りが、ゆらゆらと狐火のように揺れている。

道なき道を進み、酒の切れた助六が不機嫌になりかけたその時、山の中腹にぽっかりと口を開けた洞窟が見えた。


平太が興奮気味に指をさす。

「助さん、あれだよあれ!」

「なんやこれ? 入れんのかいな?」

助六は目をキョロキョロさせて、洞窟の入口を覗き見る。

「気ぃつけてな、危ないで」


平太の声に振り向く。

「チッ! ヘタレやのぉ? よう見とけや!」

 

助六が威勢よくダンジョンへ入ろうとするのを、慌てて平太が呼び止める。


「ちょ、助さん待ちぃな! これや、この、記録石ないと死んでまうで!」

「なんやその石は? あ?」


平太は白くて長い石を、懐から取り出して助六に渡した。


「助さん、それ強う握ってな、ほんで地面に刺して」

「ほしたら、どうなんねん?」

「中で死んでも、戻って来れるんよ」

「はぁ? そんなアホなことあるかいな! 平太! お前寝ぼけたこと、ぬかしよったら……」

慌てて平太は助六を宥めた。

「ちゃうちゃう、ほんまやって! まあ、損せえへんのやから刺してもええやろ? な?」

「……」

助六は訝しげな目で、平太を睨みつけながら石を刺した。


「これでええんか?」

平太は黙って頷く。


「よっしゃ、いったろ!」

初めてダンジョンへ入る場合、中々その一歩が踏み出せない者も多いが、助六は躊躇う事も無く、ずかずかと奥へ進んでいった。


通路には5メートルおきに、松明が置かれており、視界に問題はない。


「なんや、じめじめしとんのぉ……」


奥へ奥へと進む助六。

すると、天井にぶら下がっていたバットが襲ってきた。


「うわぁ! ぎょうさん来たで助さん!」

「あ?」


助六はまるで蚊でも払うように、バットを平手ではたき落とした。


「チッ! しょうもなっ。このカスがコラァ!」


足でバットを蹴飛ばして、さらに奥へと進む。


「ちょ、助さん、あんまり奥へ行くと危ないよ」

「うっさいわボケ! ガタガタ言うとらんとチャッチャと歩かんかい!」

助六が平太に発破をかけていると、凄まじい咆哮が響く。


『ゴァアアアアアア―――――!!!』


平太は腰を抜かしたまま後ずさる。


「あ、ありゃ、赤頭巾じゃーっ!! す、助さんまずいで!」

助六は指を鳴らし、

「ほぅ? 強いんか、この熊っころは?」と、赤頭巾に近づいていく。


助六を見下ろすように、巨大な赤毛の熊は臨戦体勢を取った。

張り詰めた空気の中、睨み合いが続く。


――赤頭巾が動いた。

丸太の様な腕を助六に振り下ろす!


腕を上げてそれを防ぐが、助六の大きな体がいとも簡単に吹っ飛んだ。

ゴロゴロゴロ……。

「助さん!!!」平太が悲痛な声をあげた。


『ウガァアアアーーーー!!!』

赤頭巾がここぞと平太に襲いかかる。


「た、助けて、す、助さーーーん!!」

その太い爪が、平太を切り裂こうとした瞬間。


「死ねやぁ!!!!」

助六が転がった先から猛スピードで走ってきて、赤頭巾に飛び蹴りをかました。


『ブボォッ!!』

巨体が飛び、岩壁に叩きつけられる。


「このボケェ! やってくれたのぉ!? われぇ!!」


助六が追い打ちをかけた。

凄まじい蹴りを赤頭巾の顔面、それも急所の鼻を狙って執拗に狙う。

まさに鬼――、破れた上着から牛鬼が覗く。

赤頭巾は動かなくなると黒い霧になって消えた。


「なんや? 消えてもうたぞ? おい、平太! どないなっとんや?」

「す、凄すぎやん、助さん。素手で赤頭巾やってもうたで……」

平太は呆然と赤頭巾のいた場所を見つめている。


「ええから、なんで消えたんや?」

「あ、ああ。倒すと消えるんよ。たまに物も落としよる」

「ほぅ……なんや、ダンジョンっちゅうんは面白いやないか」

助六は口に付いた血を指で拭いながら笑った。



それからというもの、助六は取り憑かれたようにダンジョンへ入り浸った。

破竹の勢いで、それこそ鬼神のような強さを見せ、皆を驚かせた。

だが、さすがの助六も、酒呑童子や、がしゃどくろと言った強敵には苦戦し、入口に戻されることも少なくはなかった。


そんな生活が続いていたある日、助六に息子が生まれる。

助六は自分の息子にも強くなって欲しいと願いを込めて、つよしと名付けた。

壇強、ジョーンの祖父である。

しかし、息子が生まれてからも助六のダンジョン通いは収まらず、むしろ拍車がかかったように見えた。


「助さん、そろそろ帰らんでええんかね? 強ちゃん生まれたばかりやろ?」

平太が心配そうに訊く。

「大丈夫じゃ! あいつは強うなるで、カカカ!」

ダンジョンを進みながら、助六は軽快に笑い飛ばした。


その日、前人未到の地下六十階まで辿り着いた助六と平太。

現れる敵も恐ろしい強さの魔物ばかり。

しかし、助六は木刀一本で敵をなぎ倒していく。


「どけどけぇ! このカスゥ!! ボケがぁ!」

「助さん、本当強いなぁ」

「当たり前じゃ! 全部ぶちのめしたるわ!」

助六は物に興味がなかった。

魔物を倒して物が落ちても知らん顔だ。

それを平太がせっせと集めるのが、常となっていた。


「おう、平太見てみい。ありゃ主じゃ」

突き当りの広間に、一体の大きな魔物の姿が見えた。

「本当だ! やばいよ助さん……そろそろ帰ろう」

「こら! 何を寝ぼけたこというとんじゃ! 見とけや!」

蟹股で助六は主の所へ近づいていく。


それは牛鬼だった。

奇しくも、自らが強者と崇め背負った魔物が目の前にいる。

「まさか本物に会えるとはのぉ……」

牛鬼が助六を認識する。


『グググウゥゥ……』


地鳴りのような唸り声が辺りに響く。

「上等上等! こら、かかってこんかい! われぇ!!」

助六は握った木刀を牛鬼に向け、威勢よく啖呵を切った。


『グガァァッ!!』


助六を威嚇する牛鬼。

巨大蜘蛛の様な身体に六本の足、その足先には鋭い杭のような爪が生え、顔は般若のように恐ろしく歪んでいる。頭に生えた二本の角を向け、地を鳴らしながら、凄まじい速さで突進する!


『グガアアアーーーー!!!!』


助六は、咄嗟に転がり避ける。

しかし、牛鬼の六本足は、それぞれが独立して助六を攻撃した。

助六が攻撃を躱す度に、地面に穴が空いていく。


「さすがやのぉ!」

そう笑いながら言うと、助六は牛鬼の足を目掛けて木刀を叩き込む!


「おらぁっ! おらおらぁっ!!」

足の一本が不自然な方向へ折れる。


『ギィッ!』

牛鬼が嫌がり後ずさった。


「このヘタレがぁっ! 大人しぃシバかれとけやボケェッ!!」

助六が追撃をかける、が――。


「助さん!!!」


「な……なんや?」


死角から飛び込んできた牛鬼の足が、助六の腹部を貫いていた。

「す、すけ、助六さーーーん!!!」

「う、うっさいのぉ……」

「助さん!」

平太はガタガタと震え、その場にへたり込んでいる。

牛鬼は助六を顔の前に持ってきて、その大きな口を開く。


おぞましい牙、唾液が糸を引き……。

「や、やめろーーーー!」


「お、おど……つぎは、負け……ぞ」



 * * *



「うお! なんや入口かいな」

「助さん! もうびっくりしたで!」

平太が涙ぐんで言った。


「ああ、負けてしもうた……。カカカ。いやぁ、強い、強いのぉ!」

助六は清々しい笑顔で大きな声を上げた。


「おい、平太。ワシは決めたぞ!」

平太は不安そうな顔で助六を見る。

「何をや? また変な事いわんといてや?」

「お前、ダンジョンを商いにしとるとこがあんの知っとるか?」

「おお、そら知っとるで。なんや大阪にあるらしいなぁ」


助六はにっこりと笑って、

「ワシもダンジョン屋やったろう思てな、お前手伝えや」と、平太の肩を叩く。


平太はぶんぶんぶんぶんと顔を左右に振って、

「す、助さん、また突拍子もないことを……。あれは役人にコネがないと出来へんで? ワシらみたいな貧乏人じゃ、まず無理や」と言った。


「あ? コネなんぞ関係あらへん! 無いなら作ったらええがな」

「そんな無茶な……。それにダンジョンはどうすんの? ワシら自分の土地さえ持ってないんやで?」

「んなもん、借りるか、買うたらええやろ?」


助六は何も問題ないと言いのける。


「そうや、ここ買うたらええやろ? 牛鬼もおるしな」

「だからそんな金がどこにあるんよ……」


平太が呆れたように頭に手を当てた。


「任せとけ、お前は誰に話したらええかだけ調べてくれたらええっちゅうねん。後はワシが話つけたるわ」助六はそう言って、拳を鳴らす。


「だ、大丈夫かいな……」



そうして、助六と平太はダンジョンを手にするべく動き始めた。

助六は、現在のダンジョン協会の前身である、陸軍ダンジョン統治本部へ殴り込む。


勿論、門前払いである。が、しかし、助六は諦めない。

来る日も来る日も、粘り強く本部へ出向き、免状の申請を訴えた。


ある時は恫喝まがいに怒鳴り散らし、ある時は菓子折りを持って泣き落とす。

そんな日々が、半年ほど続き、本部内でも度々助六の事が噂されるようになっていた。


それを聞きつけた当時の陸軍大尉、鷲津蔵之介が面白がり、

「ワシの直属の精鋭12名と組手をして勝てたら免状をくれてやる」と助六に告げた。


鷲津直下の精鋭部隊は、陸軍の中でも選りすぐりの猛者ばかり。

誰もが助六を哀れんだが、当の助六は待ってましたとばかりに、

「約束は守ってもらうで」と二つ返事で啖呵を切った。


――急遽催された拳闘試合。

水を得た魚のように、助六は次々と精鋭たちをなぎ倒していく。


「次、佐賀! 前へ!」

「おらぁ!」


「次、修羅! 前へ!」

「ふんっ!」


「次、美路! 前へ!」

「どりゃっ!」


その羅刹の如き暴れっぷりは、四国の牛鬼アルデバランと呼ばれ、観戦していた将校たちを驚愕させた。

誰もが無理だと笑っていた拳闘試合だったが、終わってみれば助六の独壇場。

結局、誰も助六を倒すことが出来なかった。


試合が終わり、約束通り鷲津から免状を手に入れた助六は、平太を引き連れ、その足で地元の銀行へ向かった。

銀行との交渉は平太が行い、免状効果も相まって無事、融資の取り付けに成功する。


助六は満を持してダンジョンのある土地を買い、その近くに家を建てた。

その時、平太にも一軒家を建ててやり、晩年、平太が息を引き取るまで、その親交は続いた。


「ほら、今日からここがワシらの家じゃ」

強を腕に抱き、助六が家を指さして言った。


「あ、あ~、う~」

強が小さな手足をバタバタさせる。


「ほうか、ほうか、お前も嬉しいか」

笑う助六の目は、とても優しく輝いていた。


この日、助六のダンジョン――さぬきダンジョンが生まれた。

以後、数十年は経済成長の波に乗り、順風満帆な日々が続く。

が、後年、大手ダンクロの四国進出により、さぬきダンジョンは、その幕を閉じる事になる――。

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