第96話 春が来たようです。
それはもう、ホクホクである。
訪れるダイバーたちは、皆一様にホクホク顔で帰っていく。
そりゃそうだ、あれだけモンスを狩ればドロップもDPも……。
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございます」
お客さんを見送ると、花さんが興奮気味に話し始めた。
「ジョーンさん、すごいですねっ! あのシステム!」
「うん、まさか、こんなに盛り上がるとは思わなかったよ」
協会イベントは順調な滑り出し。
朝から大勢のお客さんが押しかけ、やっと落ち着き始めたところだ。
50000DPの出費など簡単に回収できそうだぞ。
まさに――春きたる、だ。ククク……。
当たりはまだ出てないが、ガチャもいい感じに回ってるし、心配していたモンスの排出具合も丁度良い。俺はせり上がる頬肉を必死に抑えながら、花さんとタブレットを覗いた。
サイコロワイヤルαを設置したのは十六階層。
黄金に輝く巨大な六面体が、御神体の如く緩やかに回転しながら宙に浮かんでいる。場所は、ちょうどフロア中央辺り。そのサイコロの下では、排出されたモンスと大勢のダイバーたちが熱い攻防を繰り広げていた。
「あ、ジョーンさん出ますよ!」
「キターッ!」
サイコロがギュイーンと回転を始めると、低~中位種のモンスが放物線を描きながら次々に排出されていく。
今のところ珍しいと思ったモンスは、パパバットより二回り程大きい『ママバット』と、『ペインスコーピオン』という刺されるとめちゃくちゃ痛いモンス。
「まるで、モンスのおもちゃ箱やで~」
「え?」
「あ、いや、なんでもないよ。ははは」
いかんいかん、浮かれ過ぎだ! 勝って兜の緒を締めよというではないか!
折角来てくれたお客さんに、最高のおもてなしをするのが店主の努め。
俺は残っていた珈琲をぐいっと飲み干し、ガチャの補充を始めた。
「良く混ぜておこう。今までの当たりに限定の当たりも入れてっと」
イベント中はちょっと多めに入れてみるか? 宣伝にもなるだろうし。
「みんなの反応が知りたいですよねぇ」
花さんがガチャの在庫を片付けながら言った。
「うん、まぁでも、このペースなら今日中には出そうかなぁ」
そうだ、染料もそろそろ新しい液と交換しておこう。
と、その時、外からガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。
「おう、店長!」
「あ、豪田さん! 来てくれたんですね」
「いらっしゃいませ」
ダイバー仲間を引き連れた豪田さんたちが、ぞろぞろと入ってくる。
カウンター岩前が急に賑やかになった。
俺と花さんは順に、皆の受付を済ませていく。
「で、店長、そのシステムってのは、どの程度のモンスが出るんだ?」
「そうですねぇ、今のところ見た感じだと……、自動難易度調整が上手く機能しているので、そこまで厳しくないと思いますよ」
「ふぅん、何だ楽勝コースってか? ぐわはは!」
そう言って、豪田さんは仲間と笑い、コボルトをどう倒すかを相談し始めた。
あ! そうだった、豪田さんは最近来てなかったから知らないのか!
イベントまでには復活すると思っていたベロ・コボも未だ復活していない。
うーん、これは気まずいぞ……。
隣では不安そうな目で俺を見る花さん。
わかってる、わかってます……。
花さんに小さく頷き、
「あー、オホン、オホン! その、ベビーベロスなんですけど……」と、恐る恐る豪田さんに声を掛ける。
「ん? どうした?」
「それが、そのー、倒されちゃいまして……」
「へぇ、そりゃそうだよなぁ~。まぁ見てな、店長! 今日こそ俺たちで、あの犬っコロをギャフンと言わせてやるってもんよ! なぁ、みんな!」
「「おぅ!」」
い、言えね~……。
この高まった士気を台無しにするようなことは、俺にはとても言えぬ。
だが、花さんから、非情にも追撃指令のアイコンタクトが送られる。
うぅ……わかってますってば~!
ここで言わないと……ぐぉおお! どうにでもなれ!
「オ、オホン! あのー豪田さん、た、倒されちゃいまして!」
ダイバーたちが「え?」と反応を見せた。
おぉ! 気づいてくれたのかな?
が、次の瞬間、
「そうかそうか~、やっぱり俺もデスワームの処理がキモだと思うんだ」と豪田さんが一人頷く。
隣のダイバーたちが、そわそわと落ち着かない様子で互いの顔を見た。
マジかよ……、も、もう一回言うの? 嘘だろ?
助けを求めるように花さんを見ると、小さく首を振り目を閉じる。
「あ……うぅ……」
池の鯉のように口をパクパクさせていると、一番近くのダイバーが豪田さんの肩を叩いた。
「豪田、倒されたってよ」
「ん? おぅ、だから今から倒そうって相談を……」
ダイバーが顔を振る。
「違う違う、倒されたんだよ。ベビーベロスが倒されたんだって」
豪田さんの口から「ひゅっ」という変な音が聞こえ、そのまま動かなくなった。
「ご、豪田さん? 大丈夫ですか⁉」
「お、おい! 豪田!」
周りのダイバー仲間が豪田さんの身体を揺する。
「おい、しっかりしろって、おい!」
何度か背中を叩くと、急に目の色が戻った。
「マ、マジかよ店長⁉ はやく言ってくれよ~」
「いやいや、店長は言ってたぜ」と、苦笑いを浮かべるダイバー。
「と、とにかく、そうなると十六階層は……」
豪田さんが子犬のような目で俺を見る。
「あ、えっと……、い、一応、改装もしてますし、システムでかなりモンスが排出されてたり、もう、狩り放題? みたいな感じで好評ですよ~、あはは」
「そうか……。ま、まぁ、そのうち復活するしな。よしっ、気を取り直して、今日は狩りまくるぞーっ!」
「「おぉー!」」
元気を取り戻した豪田さんを見て、俺と花さんはホッと胸を撫で下ろした。
「じゃ、店長いってくる!」
「いってくるぜ!」
「花ちゃんいってくるねー」
「「いってらっしゃいませー」」
次々とダンジョンへ向かう豪田さん一行を見送り、俺と花さんは大きく息を吐く。
「はぁ~、良かった……」
「どうなるかと思いましたね」
――数時間後。
豪田さん達がホクホク顔でダンジョンから戻った。
「いやぁ~、あんなに纏めて倒せるなんて効率良すぎでしょ!」
「なぁ、武器変えれば、出るモンス変わるんじゃね?」
「いや、人数変えた方が良さげかも」
皆はカウンター岩前で、賑やかに戦果や攻略法について語っている。
「店長、アレいいな! 強さもちょうどいいし、何より数がこなせるのがデカいぜ!」
「それは良かったです! 一週間限定なんで、ガンガン楽しんでください」
「ったりめーよ! こりゃ通いだな、皆で有給使うか?」
「「わははは」」
豪田さん達の豪快な笑い声が響く。
一段落して場が落ち着くと、豪田さんが声を上げた。
「よし、じゃあ打ち上げいくか?」
「「おー!」」
待ってましたとダイバー達が活気づく。
「じゃあな、店長、また来るからよ! 花さんもまたな!」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます、お待ちしています」
段々と笑い声が遠ざかり、カウンター岩前に静けさが戻った。。
いやー、ホントに良かったなぁ。
豪田さんも無事ベロスロスを乗り越えたようだし……。
「あの、ジョーンさん、私ちょっと疑問に思ったんですけど」
「ん? どうしたの?」
「難易度調整って、中に入ったダイバーの装備や人数で難易度が変わるんですよね?」
「うん、協会サイトの説明だと……たぶん」
「じゃあ、もし矢鱈さんや、藤堂さんみたいなダイバーが入るとどうなるんでしょうか?」
「それは……」
本当は凄いシリーズや源氏シリーズ、リーダーの曽根崎SP……、確かに凄いのが出てきそうだ。
「一応、中位種までってなってるから、限界まで強いのが出るとか?」
「うーん、そうですよね。ただ、数の制限って効いているのかなって思ったんですよ」
「数?」
「はい、例えば限界レベルの強個体が排出されて、ダイバーの強さに難易度が見合ってない場合、数で調整してくるってことはないのかなって」
「豪田さんなら三体のところを、矢鱈さんなら十体とかってこと?」
「そうです、そうです! どうなんでしょう?」
花さんは目をキラキラさせて、俺の返事を待っている。
「……きょ、協会に問い合わせてみようか?」
「お願いしますっ!」
花さんの期待を背負い、俺はサポートセンターに電話を掛けてみた。
咳払いをして待つと、ちょうど五回目のコールで繋がる。
『はい、ダンジョン協会サポートセンター、島田がお受けします』
あ! 前に対応してくれた島田さんだ!
「あ、あの、お久しぶりです」
違う! 俺は何を言っているのだ!
隣で花さんが、不思議そうに俺を見ている。
「あ、えーと、サイコロワイヤルαの件で少しお尋ねしたいことがありまして……」
『はい、ではダンジョン名をお願いします』
「D&Mです」
『続いて、管理者様のお名前をフルネームでお願いします』
「壇ジョーンです、壇は仏壇の壇です」
『少々お待ちくださいませ……、確認できました、ありがとうございます』
「いえいえ」
『サイコロワイヤルαで何か問題がございましたでしょうか?』
「あの、難易度調整なのですが……」
俺は島田さんに疑問を説明した。
確認のため保留になり、花さんの圧を受けながら少し待つ。
『お待たせしました。技術部に確認しましたところ、数での調整にも上限が設定されているとのことです』
「そうなんですね、ありがとうございます!」
『何か他にお困りのことはございますか?』
「いえ、大丈夫です、ありがとうございました!」
『サポートセンター、島田がお受けしました。それでは失礼致します』
うーん、やっぱり島田さんは感じがいいな。
「ジョーンさん、どうでしたか⁉」
「あ、うん。えーと、数にも上限があるんだってさ」
「そう……ですか……」
何故か残念そうに目線を落とす花さん。
「ど、どうしたの?」
「いえ、もしかしたらモンスの大群が見られるかなって……」
ちょ、どんだけモンス好きなの……。
「そ、そうなんだ、それは、残念というか……」
その時、花さんがタブレットを指さした。
「あ! ジョーンさん、ダンクロも人が凄いって、ほらここです」
「え⁉」
見るとSNSに、大勢の人が並ぶ善通寺店の写真が載っていた。
「ちょ! ウチより多くない?」
思わず歯を食いしばる。お、おのれぇ~ダンクロ……。
「まあ、写真ですし、今は少ないかもですよ?」
そうだ、ウチも閑古鳥が鳴いているわけじゃない。
むしろ、大繁盛といってもいいわけだし、気にしすぎかもな……。
「う、うん、そうだよね、ウチはウチだし。はは、ははは……」
それから、夕方に掛けて客足は順調に伸び、イベント初日は満足する結果となった。
気になるガチャのリングを当てた人は、よく来てくれる隣町のダイバー。
最初はきょとんとしていたが、用途を説明すると興味深そうにしていたので、男女問わず気に入って貰えそうな手応えを得た。
「いやぁ~、疲れたね」
「後半の伸びが凄かったです……」
花さんもかなり疲れた様子で、でろ~んとカウンター岩に凭れ掛かっている。
「ありがとう、今日はもう上がって大丈夫だよ」
「あ、はい……。じゃあすみませんけどお先に……」
「お疲れ様~」
花さんを見送り、一人カウンター岩前に立つ。さて、明日も忙しくなるぞ~。
「一応、補充だけしとくかな」
――閉店後・D&M十六階層。
「ニャムゥ……。やっとあの犬コロがいニャくなったと思ったのに……」
「ケットシーさま、あちらでございまする!」
二匹の猫又に先導され、目を擦りながら気だるそうに歩くケットシーの毛が逆立った。
「フニャッ⁉ なんニャあれは?」
見上げる先には、黄金に輝く立方体が宙に浮き、ゆっくりと回っていた。
半纏の襟を直しながら、猫又の一匹が「石でも投げてみますか?」と尋ねる。
「お前は馬鹿ニャのか! 石ニャんかニャげても……そうニャ! 皆を集めるニャ!」
「御意!」
猫又がサササッとパレスに応援を呼びに行く。
残ったケットシーと猫又が、腕組みをしながら黄金のサイコロを眺めていると、ぞろぞろと猫又たちがやって来た。まだ半分寝ぼけている者もいる。
「ケットシーさま、皆揃いましてございます」
「ニャム、お前たち、肩車でハシゴを作るニャムよ」
猫又たちは互いに顔を見合わせて、「お主から」「いや拙者は」「その方が大きい」などとざわつき始めた。
「ニャムーッ! いいから早くするニャムよ!」
ケットシーが爪を見せ、フーッと威嚇する。
「「は、はいぃ!」」
慌てて猫又たちが肩車を始め、フラフラしながらもサイコロに届く高さになった。
一番下の猫又は苦しそうに歯を食いしばっている。
「よし、そのままアレの近くにいくニャ!」
ケットシーの声で、ヨロヨロと猫又ハシゴがサイコロに近づいていく。
そして、準備万端、ケットシーが登ろうとした――その時。
「「うわぁぁあああーーーーーー‼」」
猫又ハシゴが倒れる。
サイコロはちょうど弾かれた形になり、サイコロワイヤルαは勢いよく回転を始めた。
――キュヒィィィーーーーーーーーーン……。
「な、何ニャ⁉ 何の音ニャム?」
崩れ落ちた猫又たちも不思議そうな顔で上を見上げている。
――次の瞬間。
サイコロからポポポーンと次々にモンスが飛び出してきた。
「ま、まずいニャム……。 に、逃げるニャムよぉーーー!」
「ケ、ケットシーさまぁー!」
一目散に逃げ出したケットシーを追って、猫又達もその後に続く。
フロア中央で回転を続ける六面体からは、モンスの雨が降り注いでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます