第118話 深淵からの鳴き声編 ⑥ 乱戦
――コボルト陣営。
『ねぇ、猫さんたちは何で怒ってるガウ?』
コジロウがベビーベロスに跨るコボルトを見上げた。
コボルトはふんと鼻を鳴らし、
『さぁ。だが……降りかかる火の粉は払わねばな』と小さく肩を竦めて見せた。
『ワゥ? 火の粉?』
『いずれわかる。それよりも――お前、戦えるのか?』
『うん! いっぱい稽古したガル! 見てて!』
『ガルッ!』
『ワウッ!』
『どう?』
コジロウは嬉しそうに尻尾を振りながら、ぶんぶんと木の棒を振る。
『全然駄目だな。腰が入っていない』
『え~っ⁉ ガルゥ……』
小さな耳と尻尾を垂れ、しょんぼりとするコジロウ。
と、その時、フレイムジャッカル隊から敵襲を知らせる遠吠えが響いた。
『ワフッ⁉ なんか来たガル⁉』
『来たか……』とコボルトが呟く。
『なんかドキドキするガル……』
コジロウは木の棒を握りしめ、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回している。そんな様子を見かねたコボルトが、コジロウに声を掛けた。
『いいかボウズ、俺たちはコボルトだ。そいつは未来永劫ずっと変わらない。
俺やお前がこの場に存在する限り、俺たちはコボルトなんだ。
忘れるな、一度だけ教えてやる。
――己の種と生に誇りを持て。
そうすりゃ弱っちいボウズでも、少しはマシな生存証明を叫べるだろう――』
老齢のコボルトは目線を前に向け、
『それができたら、コジロウって呼んでやる』
そう言って、ベビーベロスと共に戦場へ駆け出した。
『あっ! ま、待ってガルー!』
慌てて追いかけるコジロウ。
その輝く目は、老齢のコボルトの背に向けられていた。
***
『ニャムゥ! いけいけいけーっ! みなごろしニャー!』
神輿ソファの上でステッキを振り回し、猫又達に発破をかけるケットシー。
『『うぉおおおお!!!』』
騎馬を組んだ猫又達がスケルトンの操るフレイムジャッカル隊とぶつかった。
『あちちっ! くそ、燃えやがって!』
『うわわ、髭が燃えてる!』
『すけるとんの方を狙えー!』
『引きずり下ろして袋叩きだーっ!』
猫又とフレイムジャッカルは相性が悪いのか、どちらも苦しい戦いとなっていた。
『報告、報告~! 敵、ふれいむじゃっかるらの抵抗著しく、騎馬隊攻めきれず! 騎馬隊攻めきれずーっ!』
息を切らせる伝令役の猫又にケットシーは、
『ニャムゥ~! おのれ~……、
『はっ!』
伝令役はすぐさま走り出した。
『ほ、報告~……ほうこく~! ハァ、ハァ、鎧猫小隊、ま、前に出るようにと仰せ~!』
ふらふらの伝令役が告げると、騎馬隊の苦戦を後方から見ていた鎧猫小隊は、鼻息を荒くする。
ぶかぶかの紅い鎧を纏った猫又が、すっくと立ち上がった。
『ついに出番か……。いいか! 我ら鎧猫小隊に敵は無し!』
『『おーっ!』』
『つづけーっ!』
『『やああああーーーーーーー!!!』』
ガチャガチャと音を立てながら、鎧猫小隊がフレイムジャッカル隊目掛けて突進した。
***
最深部にたどり着いた曽根崎ら一行は、岩陰に隠れて様子を伺っていた。
「やば……乱戦だなこりゃ」
「どうする? もうやっちゃう?」
猫屋敷が言うと、山伏のような犬神が鼻で笑う。
「待て待て、状況を見ろ。慌てても仕方がないだろうが」
「そりゃそうだけど、お前のその言い方むかつくな?」
「ったく、俺はお前の友達じゃねぇぞ?」
「あ、そういう事言う? じゃー、なんだよ?」
「……仕事、仲……いや、ビジネス・パートナーだ」
犬神は絞り出すように答えた。
「何で言い直したの? ま、別にいいけどさ。で? 状況はどうなのよ?」
「いま、ケットシー側が押されてるな。後ろから襲えばケットシーが穫れるかも知れん」
「そうなると……、先にケットシーを落としてからコボルトか。どっち行く?」
「俺がケットシーを落とそう」
犬神が六角棒を握り直した。
「そっか、じゃー曽根崎くんはコボルトでいい?」
「おしっ! 了解、こんだけ数がいるのは久しぶりだなー」
ストレッチを終えると曽根崎は、
「じゃ、お先いってきまーす!」と放たれた矢の如く戦場へ駆け出した。
「ほぉ……、速いな」
感心した様子で犬神が呟く。
「いいよねー、彼。ウチに来てくんないかなぁー」
「まぁ、決めるのは九条だ。それは俺達の仕事じゃない」
「へいへい、それじゃ、お互い自分の仕事しましょうか?」
「ふっ……遅れるなよ!」
犬神はケットシーの元へ向かう。
「さてさて、近場からコツコツとやりますか!」
両手に装備したバステトの爪を鳴らすと、猫屋敷もフロア中央に走り出した。
***
――コボルト陣営。
『邪魔が入ったようだな……』
ベビーベロスに跨ったコボルトが、目を細めた。
デスワーム隊を一旦、土に潜らせるように指示を出している。
「うぉおおりゃぁーーーーーーーーー‼」
『ワ、ワゥーッ! な、なんだ⁉ キャウッ⁉』
――激しい金属音が響く。
ギュッと目を瞑ったコジロウの眼前で、槍先が止まった。
『アブねぇな……』
「うん、強い。やっぱユニーク?」
老齢のコボルトが曽根崎の槍を剣で防いでいた。
コジロウはアワアワと後ずさり、一目散にその場から離れる。
コボルトは曽根崎を一瞥すると、何かを大声で叫ぶ。
『≠ゝ×○!▲==!!』
「な、なんだ?」
曽根崎は槍を構えて辺りを警戒する。
ゴゴゴゴゴ……。
「……ん?」
地鳴りが響いたかと思うと、次の瞬間、曽根崎の足元が大きく膨らんだ。
「うぉ! ちょ、ちょっと、アブねーーーっ!」
割れて盛り上がる地面から、巨大なゴムタイヤみたいなデスワームが飛び出してきた。
「とと、このクソ……⁉」
槍を構え、反撃を繰り出そうとしたその時、デスワームの背後から左右同時に何かが飛び出してくる!
『ガルァアーーーーッ‼‼』
咄嗟に曽根崎が槍を水平に構え、挟撃して来た黒い獣の牙を喰い止めた。
『グガルルルル…………』
『フシュルルル…………』
槍から獣の涎が糸を引き滴り落ちる。
それは二頭のアサルトポインターだった。
「ぐ、あ、アサルトポインター? おいおい、いつの間にこんなのが……」
『グルルルル…………』
槍に喰らいついたまま離れようとしない。
アサルトポインターは、難易度こそ高くはないが、その粘着性な気質と凶暴性のあまり、ダイバーから心底嫌われている。
一度、敵としてターゲティングされると、死ぬまで離れない。
別名、デスロック。
そりゃ嫌われるわ、というお手本のようなモンスだ。
「くっ、いい加減……離れやがれっ!!」
曽根崎が振り払おうと力を込めた瞬間――、視界が影に包まれた。
顔を上げると、デスワームが頭上から倒れ込むように襲い掛かって来る!
「ありゃ……これは、ちょっとまずいかも……」
曽根崎がそう呟いた瞬間、背後から声が聞こえた。
『それは違うな。これで、詰みだ――』
驚き振り返った瞬間、老齢のコボルトの剣が曽根崎の腹を貫く――。
「あ……」
刹那、曽根崎は光に包まれ、カウンター岩前に転送されてしまった。
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