第155話 某大手のオネイロス編 完 星よりも君が

 ――クリスマス当日。

 D&Mは大勢のカップル客で賑わっていた。


「すみません、二人でお願いします」

「あ、はい! では、こちらからバージョンを選んでいただけますか?」


 差し出したタブレットには、


 ・ホワイトクリスマスVer.

 ・ナイトメアVer.


 の二通りが表示されている。


「ねぇ、どっちにするぅ?」

「ミーちゃんの好きな方でいいよぉ」

「えぇ~ミー、困りゅぅ……」

「あ~ごめんごめん、じゃあ、ノンたんが決めていい?」

「うみゅ……」


 突然、真顔になったノンたんと呼ばれた青年が、

「すみません、ホワイトクリスマスVer.でお願いします」と言った。

「は、はい! ホワイトの方ですね。こちらのVer.では、ちょっとしたゲームをご用意しております」

「ゲーム?」

 カップルが互いに顔を見合わせる。

「ええ、こういう赤いサンタ帽を被ったモンスが、このダンジョンのどこかに潜んでいます。お帰りの際に、その名前を当てて頂ければ、何と! 次回半額チケットをでプレゼントしますっ!」


「え~、半額だってぇ~」

「ホントだね~ミーちゃん、すごいねぇ~」

「じゃあ、じゃあ、ノンたん見つけてくれりゅ~?」

「うん、ミーちゃんのために、ノンたんい~っぱい頑張りゅね~」

 またもノンたんが真顔になり、

「こちらから入れば良いんですよね?」と訊いてきた。


「あ、はい! そのままお進みいただければ! で、では、ごゆっくりお楽しみください」


 お見送りをすると、カップルは終始イチャつきながらダンジョンへ入って行った。


 ふぅ~、あんなんばっかだな……。

 おっと、いかんいかん! この聖夜に、ウチを選んで来て下さった大事なお客様だ!

 幸せになって貰えるよう、祈りを捧げよう。


「二人が爆発……、いや、楽しい時間を過ごせますように……」


 ダンジョンに向かって念を送っていると、花さんが小声で言った。


「この作戦当たりでしたね……」

「やっぱりそう思った?」


 あれから何度かミーティングをしていた時に、ふと思いついたのが切っ掛けだった。


 世の中、全てにおいて二極化が進んでいる!

 エンタメの世界においてもそうだ。現代人は中途半端を嫌う……。

 パッと見て結果が見えるもの、予想がつくものが好まれ、逆にパッと見て理解しにくいものは見向きもされない。

 昔なら、物好きな誰かが口コミで拡げるといった拡散の仕方もあったのだろうが、今の時代難しいだろう。


 そこで、俺はクリスマスイベントにおいて、二つだけ、メニューを用意した。


 今回のイベントでは、ターゲットをカップル客に絞った。

 では、カップル客は何を求めてダンジョンに来るのか?


 討伐目的などあるわけがない。

 今も昔も、男女が求めることなど一つ!


 もっと仲良くなりたい……、それだけなのだっ!


 男側で考えてみよう。

 ちょっと、恋愛教則動画なんかを見ちゃった奴はこう考えるはずだ。


 ――狙いたい、吊り橋効果を狙いたい、と。


 今や小学生でも知っている恋愛テクの一つだが、何十年も廃れずに擦り倒されて来た実績がある。

 それに、手軽で狙いやすいのもウケている理由かも知れない。


 また、王道のムード派もいるはずだ。

 薄暗くて何か光ってれば、そこはバトルフィールドと化す。

 暗がりは美肌効果もあって期待大だ。


 そう、結局どちらも選べれば問題ない。


 吊り橋効果を狙いたいなら、ナイトメアVer.を。

 ロマンティックに攻めたいなら、ホワイトクリスマスVer.を。


 これは女性側にも言えること。

 怖がる姿で庇護欲をくすぐりたいなら、ナイトメアVer.。

 純真無垢な聖女を演出したいなら、ホワイトクリスマスVer.だ。


 ここまで決まれば後は、二つのコンセプトを極端に味付けしてやれば良い。


 俺はオネイロスの調整に全てを費やした。

 計画、実行、評価、改善、計画、実行、評価、改善……気の遠くなるPDCAを繰り返し、疲弊した心を癒やそうと、息抜きに訪れた宮鰐書店で、『PDCAはもう古い!』という本を見て、逆に心を折られそうにもなった。


 そんな真っ黒な夜の荒波に飲まれそうになった俺を導いたのは、花さんという羅針盤……。

 的確かつ、ブレない客観的意見は、難破船を導く灯台のように二つのVer.を完成へと導いてくれたのだ。


「客足も順調だし、これは期待できそうだな」

「ええ、もうひと頑張りです!」


 それから二人で淡々と接客をこなし、あっという間に時間が過ぎていった。


 ……。


 ――閉店後。


「やっぱりラキちゃん可愛い~!」


 花さんが身悶えている。

 偶然、タブレットでサンタ帽を被ったラキモンを見つけたようだ。


 今回、ホワイトクリスマスVer.は、ラキモンにサンタ帽を被ってもらった。

 ラキモンに遭遇する時点でラッキーだし、クリスマスの特別感も演出できた。


 逆にナイトメアVer.では、ベビーベロスからサンタ帽を三個奪うと、半額チケットをペアで三枚プレゼントという少し難易度の高い設定にしてみた。


 結果、大好評!

 まさに当たった、というのはこういう事を言うんだなと実感するほど、皆喜んでくれた。

 オネイロスの使い方が、少しわかったような気もする。


 ラキモンを見つけたカップルは三組。

 少ないと思うだろうが、この選ばれしカップルの口コミツイートが更なる客を呼んでくれたのだ。

 

 一方、ベビーベロスからサンタ帽を奪うことに成功したのは、豪田さんと森保さんだけだった。

 これはちょっと……、難易度が高すぎたかなと反省している。


 そして……。


「花さん、ちょっといいかな?」

「あ、はい、なんですか?」


 この日の為に用意した、もう一つのVer.がある。

 俺はメンテナンスモードにして、花さんを二階層に連れて行く


「うわぁ、やっぱり綺麗ですねー」


 ヒカリゴケの幻想的な光が辺りを照らしている。

 俺がパチンと指を鳴らすと、フッと光が消え、真っ暗な闇に包まれた。


「ジョ、ジョーンさん? あの、ちょっと怖いです……」


 もう一度、指を鳴らす。


 すると、シャンシャンシャンシャン……という鈴の音と共に、真っ暗な地面から蛍光緑の芝生が広がっていく。

 色とりどりの花が咲き、木々が生える。

 この辺の演出は、森に集まるゲームで大人気の某大手ゲーム会社をパク……意識した。


「わぁ……」


 木々の影からクリスマス仕様のモンスが登場し、あざとく可愛らしいポーズを取る。

 もちろん、モンスは本物では無く、オネイロスで創ったARだ。


 トナカイの角をつけたデスワーム。

 サンタの服を着た老齢のコボルトと、赤鼻のコジロウ。

 コウモリの羽をつけたケットシー。

 サンタ帽を被ったイエティ達。


 全て、D&Mにいるモンス達をモチーフに創ってみた。

 流石に本人達にやらせるのは無理だからな……。


 そして、クリスマスソングに合わせて皆で踊りながら、いよいよクライマックスに。

 猫又達の神輿に担がれて、サンタコスをしたラキモンがやって来た。


『うぴょっ! うぴょっ! ラッキラキ~!』


 神輿はどうかと思ったが……、楽しければいいだろう。

 花さんの前で神輿が止まり、ラキモンが飛び降りる。


『うぴょ~! 花、メリークリスマスラキ~!』


 ラキモンが小さな箱を花さんに渡す。


「え……わ、私に?」


『ダンちゃん渡したラキよ~!』

「こ、こら、しーっ!」


 ラキモンだけは本物だ。


「ふふふ……」


 花さんが楽しそうに笑っている。


「へへ、成功だな」

 俺はラキモンの頭を撫でて、瘴気香を渡した。


『ぴょぴょーっ! ダンちゃん、ありがとラキ!』


 嬉しそうに跳ねて、ラキモンはダンジョンの奥へ消えていった。


「ジョーンさん、いつの間に創ったんですか?」

「うん、イベントのやつを創ってる合間にね」

「すごいです……とっても楽しくて、こんなにワクワクしたのは初めてです! ありがとうございます!」

「い、いやぁ、そんなに喜んでもらえるとは……」

「あ、あの、これ……頂いてもいいんですか?」


 花さんが小箱を見る。


「あんまり大した物じゃないけど……俺からのクリスマスプレゼント」

「開けてみてもいいですか?」

「もちろん」


 小箱を開けると、花さんが目を見開いた。


「わぁ! ラキちゃんだ!」


 木彫りのラキモンチャーム。

 頑張って作った甲斐もあり、3Dプリンタに負けないほど再現度は高い。


「ありがとうございます、ジョーンさん! 大事にしますね……」

「いやいや、そんな大袈裟だよ」


 それから、二人で上に戻り、後片付けを済ませた。

 帰り際、花さんがバッグから包みを取り出した。


「実は、私もプレゼントがあって……」と、プレゼントを差し出す。

「あ、ありがとう! めっちゃ嬉しいよ! 開けていい?」

「はい。何だか緊張しますね……」


 包装を丁寧に取ると、一冊の本が出て来た。


「コア・モンスアレンジメント……」

「きっと、これからジョーンさんの役に立つと思って……ちょっと専門的ですけど、ネットで調べながら読み進めれば大丈夫だと思います。あ、私に聞いてくれても全然OKですから!」


 嬉しいなぁ……。

 ちゃんと俺のためを思って考えてくれたんだ……。


「ありがとう……花さん、これで勉強して、もっともっとD&Mを良いダンジョンにするよ!」

「はい! 楽しみにしてますね、それと……はい、これも」

 花さんが照れくさそうにして出してきたのは、温かそうな手袋だった。

「これ……」

「これからもっと冷えますし、外の作業辛いと思って」

「あ、ありがとう! ご、ごめん、俺あんな物しかあげてないのに……」


 花さんは小さく顔を振った。

「いえ、最高のプレゼントでした。きっと、何十年経っても……私、今日のことは忘れないと思います」

「花さん……」


 それから二人で、またふざけて押し合いながら獣道を下った。

 空には同じように冬の大三角が輝いていたが、俺が空を見上げることは無かった。

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