第154話 某大手のオネイロス編⑬ 冬の大三角

 しんと静まりかえった閉店後のD&M。

 カウンター岩の上には、走り書きが書かれたメモ、ペン、コーヒーが置かれている。

 

 ランタンの揺らめく優しい灯りに、いつになく真剣な表情の花さんが照らされていた。

「ハロウィンはケルター・スケルトン推しでしたよね、去年のクリスマスはグラン・クリスでしたし、今回も何か核となるようなモンスが欲しいところです」

「確かに……」


 クリスマスイベントを目前に控え、俺は花さんと連日ミーティングを重ねていた。

 専門家顔負けの知識量を誇る花さんの意見を聞けるのは、マジで助かっている。


 花さんはタブレットをスワイプし、「う~ん」と唸った。

「召喚するにしても、やはり今いるモンス達との相性もありますからね……」

「コアモンス・アレンジメントだっけ?」


「良く覚えてますね⁉ そうです!」と、驚いた顔で俺を見る。

「いや、俺も勉強しないとなーって思って調べてたんだよ」


 核となるモンスかぁ……。

 俺は花さんからタブレットを受け取り、召喚できるモンスを眺める。


「演出的には、1~3階層に雪を降らせるのと……、後は攻撃にエフェクトをつける……他に何か無いかな?」

「あ! ラキちゃんにサンタ帽を被ってもらうのはどうでしょう!」

「サンタ帽か……確かにクリスマス感高いよね!」

「絶対可愛いですよ!!」

 前のめりになって力強く訴える花さん。


「うん、それで行ってみようか。おっ、もうこんな時間だ……ごめんね、いつも遅くまで付き合わせちゃって」

「いえいえ、私も楽しいですし平気ですよ」

「ありがとう、暗いし送っていくよ」

「すみません、じゃあ……お言葉に甘えて」


 俺達は後片付けをして、ダンジョンを出た。

 外に出ると息が白く変わった。


「うわわー、真っ白。寒いですねぇ……」

 花さんがマフラーに顔を埋める。

 指が分かれていない、可愛らしい手袋をしている。


「ホントだね……うぅっ、冷える」

 ぶるっと身体を震わせ、黒いフェンスに鍵を閉めた。


「ジョーンさん、見てください、あれ……」


 獣道を歩いていると、花さんが空に指をさす。

 そこには、無数の星が瞬いていた。


「冬は星が綺麗だね」

「一等星が多いのもありますが、冬の寒さと乾燥した空気による大気層の密度の違いですね、あ、シリウスだ、ってことは、あれがペテルギウスで……あったプロキオン。冬の大三角ですね」


 冬の大三角か……。

 そういえば、夏にはここでベガとアルタイルを見たっけ。


 だが、あの時と違う。

 今、俺の隣には花さんがいる。


 そっと横顔を盗み見る。

 星明かりに照らされた花さんに、俺は目を奪われる。


 俺は、やっぱりデネブなのかな……。

 胸がきゅっと苦しくなった。


 と、その時、花さんが俺の手を握った。

 手袋越しだったけど、まるで心臓を掴まれたような気がした。


「暗いので、下までいいですか?」


 へへっと笑う花さん。


「も、もちろん! あ、あぶないもんねっ!」


 二人で下に降りようとした時、俺の足が勝手に止まった。

 おいおい、俺は何をしようとしてるんだ!


「どうしました?」

「花さん……」


 二人の白い息が交わる。

 今この瞬間、世界から音が消えたように感じた。



「その……これからも……よ、よろしく」


 一瞬の間を置いて、花さんが吹き出した。

「……ぷふっ! 何ですかそれ? あはは!」

「あ……いや、ははは! ごめん、何かつい」


 花さんは、ぐっと俺の手を引いて、

「こちらこそ!」とふざけながら言った。


「ちょ、いてて……」

「あはは、鍛え方が足りないんじゃないですか?」

 と言って、軽く身体をぶつけてくる。


「むっ、それは聞き捨てならん」

 俺も軽く花さんに身体を当てる。


「あーっ! やったな!」


 それから、二人で押し合いながら下の駐車場まで降りた。


「すっかり身体が暖まりましたね」

「うん、熱いくらいだよ」


 駐車場に平子兄の車が入ってくる。


「あ、来たね」

「そうですね」


 車の中から平子兄が手を上げた。

 俺はお辞儀を返す。


「……なるほど、こういう気持ちになるんですね」

 花さんがボソッと呟いた。


「え?」

「いえ、じゃあまた明日」

「あ、うん、また明日」


 駐車場を出て行く車に手を振り、俺は空を見上げた。

 吐く息は白く、星は変わらず綺麗だった。

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