不知八幡編
第156話 消えたリーダー
「えぇっ⁉ リーダーが消えたって……どういうことっ⁉」
紅小谷が迷惑そうに目を閉じた。
「その前に……あんた声のボリュームイカれてんの⁉ 聞こえてるわよ!」
「あ、ご、ごめん……多分、筋トレで腹筋がついたからかな……あはは」
「ったく、ほんとにもう……」
やれやれとお茶を啜り、紅小谷はンンッと喉を鳴らした。
「一昨日の夕方、
「不知八幡って……禁足地指定じゃなかったっけ?」
「そうなんだけど、知り合いが特別に入れてくれるって、曽根崎くん凄いテンション上がってて」
「まあ、想像はできるかも……」
俺はそう言って、苦笑いを浮かべる。
「不知八幡って情報が出回ってないから、帰ったら感想聞かせてねって言ったんだけど……その夜に、曽根崎くんの友達から電話が掛かってきたのよ」
「電話が……?」
「そう、その人のお父さんが不知八幡の管理者らしいんだけど、どうもお父さんには内緒で鍵を開けたらしくてね……。まぁ、曽根崎くんもプロだし、決して弱くは無いからって」
「それは確かにそうだけど……」
「で、待てど暮らせど、一向に帰ってくる気配がない、でも、デバイスには反応がある。でも結局、夜になっても帰ってこないもんだから、お父さんにバレちゃって、鍵を閉められたそうなの」
「え⁉ ちょ、それじゃリーダーは⁉」
「まだ中にいると思うんだけど、その人、お父さんが怖くて言い出せなかったんだって。ほんと呆れるっていうか……それで、曽根崎くんが私に電話してたのを聞いてたから、相談の連絡が来たってわけ」
「なんて無責任な! 早く警察に相談しないと……」
立ち上がろうとする俺を、紅小谷が「ストップ!」と止めた。
「ジョンジョン……、警察は少しだけ待ってもらえる?」
「は? 何言ってんだよ、いくら紅小谷でも怒るぞ?」
「わかってる、ちょっと落ち着きなさい」
俺は渋々、座布団に腰を下ろした。
「いい? 今から警察に連絡したとする。でも、捜索は早くて夜になるわ。デバイスに反応がある以上、中にいるのは間違いない。それに、いくら危険な目にあってもデバイスがあるんだし、強制転送されて戻ってくるはずでしょ?」
「まあ、それは……」
「私だって曽根崎くんのことは心配よ? でも、禁足地指定の不知八幡に入れるチャンスなんて一生に一度あるかないか……、いえ、これを逃せば永遠に無いと思っていいわ!」
「い゛っ⁉ も、もしかして……」
紅小谷が鋭い目を向け、ニヤリと笑った。
「ジョンジョン、私と不知八幡へ潜るわよ――」
*
俺は急遽、D&Mを店休日とした。
紅小谷と二人でカウンター岩に立つ。
「ていうか、急がなくて平気なのか?」
「ジョンジョン、物事には順序があるのよ」
そう言って紅小谷は、スマホを取り出して何かを調べている。
「あった、不知八幡に伝わる神隠し伝説」
「何それ?」
「あそこが禁足地になったきっかけ、だわね、まだダンジョン黎明期の頃、同じように人が消えたことがあるそうよ」
「え……じゃあ、なおさら急いだ方が……」
すると、俺にスマホの画面を向けた。
「その時の新聞記事にこうあるわ――、『奇跡か⁉ 神隠しの少年、満月に導かれ外に出る』ってね」
「満月? どういうこと?」
「その少年が言うには、ダンジョンの中で丸くて黄色い不思議なモンスを見たんだって。そのモンスに着いていくと出口が見えたそうよ」
「ちょ、それって……」
「そう、ラキモンね。その時代にはネットもないし、目撃例も少なくて、わりとガチで都市伝説だったみたい」
「そりゃそうだよ、今だって本物を見た人なんて殆どいないわけだし……」
「まあそうよね、
紅小谷が意味ありげに強調する。
「な、何だよ……」
「最近の研究じゃ、ラキモンはダンジョンで迷わないそうよ?」
じりじりと俺に近づいてくる紅小谷。
「ふ、ふーん……」
「ジョンジョン、あんたがラキモンを笹塚店から連れてきたのは知ってんのよ。ってことは、ラキモンを連れて不知八幡に行けるってことよね?」
「ちょ⁉ 連れてってどうすんだよ⁉」
腕組みした紅小谷が、少しのけぞって言い放った。
「あんたと私の命綱よ! このミッション、ラキモンなしでは完遂できないわっ!」
「もしかして、道案内させるとか?」
「それ以外に何があんのよ! このたわけーっ! 曽根崎くんを見つけても帰れなくちゃ意味ないでしょーがっ!」
「そ、そりゃそうだけど……」
うーん、呼んだからって、のこのこやってくるタイプじゃないしな。
今、どこにいるのやら……。
「とりあえず、瘴気香でおびき出してみるから」
「頼んだわよ」
俺は引き出しから瘴気香を取り出し、ダンジョンの奥へ向かった。
「そうそう簡単には出てこないだろうな……」
染料の壺や染め物用の升があるところで、瘴気香の袋を開ける。
そうだ、少し火を付けて匂いを立ててみるか。
えっと、ライターあったけな……。
その時、奥から凄まじい勢いで何かが迫ってきた!
『ダンちゃぁーーーーーーーん!!!』
「ラ、ラキモン⁉」
「か、可愛い……」
いつの間にか隣に居た紅小谷が呟く。
ラキモンは黄色い弾丸となって、俺の胸に飛び込んできた。
「ぐほっ⁉ ちょ……い、息が……」
「ちょっと、大丈夫⁉」
「あ、う……うん」
『ぴょ? ダンちゃん何してるラキ~? はやく、はやく~』
ラキモンは、俺の手に握られた瘴気香を食い入るように見つめている。
「わかったわかった、ほら」
『うっぴょーっ! ガツガツ……ハグゥ、ボリボリィッ!』
「え……ちょっと引くかも」
あまりの豹変ぶりに紅小谷の顔が引きつる。
『ふぃ~、最高ラキね~、ダンちゃんありがと、バイバイラキ~♪』
「ちょ! 待ったぁ!」
俺は跳ねるラキモンに飛びついた。
『ぴょ? どうしたラキか?』
「ラキモン……、その、頼みがあるんだ!」
『……ぴょ?』
ラキモンはまん丸な目を向け、少し顔を傾けた。
*
「というわけで、別のダンジョンで道案内を頼みたいんだけど……」
俺はラキモンに一部始終を説明した。
わかっているのか、わかっていないのか、ラキモンはきょとんとした顔のまま、
『うぴょぴょー! アレくれるラキ?』と目を輝かせた。
「も、もちろん! だから頼む!」
俺と紅小谷は祈るようにラキモンを見た。
『くれるなら良いラキよ~』
「意外とすんなりOKするのね……あんた瘴気香に何か入れてんじゃないの?」
紅小谷が、俺に訝しげな目を向けた。
「入れてないよ! ちゃんと買ったやつだし!」
「ならいいんだけど。じゃあ、早く出発するわよ、今からなら昼過ぎには着くわ」
「わかった」
紅小谷の言葉に頷き、俺達はラキモンを連れてカウンター岩へ戻った。
デバイスを用意して、ラキモンにアイテムボックスへ入ってもらう。
「じゃあ、後でな」
『ぴょ~、またねダンちゃん』
と、小さな手を振るラキモン。
「できるのは知ってたけど、実際見ると変な感じよね……」
「うん、まあそうかも」
「よし、これで準備はOKね」
「あれ? ちょっと待って、不知八幡の鍵って閉まってるんじゃ……」
「ああ、それなら大丈夫、スペアキー持ってるらしいから」
紅小谷はそう言って、「さ、いくわよ」と外に出て行った。
「ちょ……、あぁもう! まだクローズしてないのに……」
慌ててデバイスをCLOSEに切り替え、俺は紅小谷の後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます