第167話 マギーシーサーの寝息

 マーーー、ンフーーーッ!

 マーーー、ンフーーーッ!

 マーーー、ンフーーーッ!

 

「な、何ですかね、この音……」

「これは……まさか、そ、そう! はわぁ~っ! これ、マギーシーサーの寝息ですよっ!」


 花さんが目を潤ませながら俺の身体を左右に揺する。


「感激です……、はぁ、このミドルレンジの効いた可愛らしい寝息。この寝息を模した『マギブラ』と言う管楽器があるんですが、元旦の初日の出と共に吹くと、その一年は無病息災でいられるという言い伝えがあるんですよ~」


「そ、そうなんだ……」

「よく知ってるな……」

「い、いやぁ、全部本の受け売りですから」


 猫屋敷さんも感心したように「へぇ~」っと唸っている。


「お! いるねぇ」


 フロアに猫屋敷さんの声が響く。

 階段を降りた先は、地底湖になっていた。


 かなり広く、どこまで続いているのかわからない。

 湖面は鏡のようになっていて、青白く神秘的な輝きを放っていた。


「すごい……」

「綺麗だな……」


 俺達は階段と地続きになった扇状の陸地に目を向ける。

 その中央に、背中を向けて丸まった大きな猫のようなモンスが、自らの寝息に合わせて身体を膨らませていた。


「よく寝てますね……」

「うん……」


「おーい、気を抜くなよ、一気に来るから」


「「え?」」


 ――その時だった!


『グガァアアッ!!!!』


 あんなにスヤスヤと寝ていたはずのマギーシーサーが、目にもとまらぬ速さで襲いかかってきた!


「ひぃっ⁉」

「ま、マジかよ!」


「下がってろ!」


 猫屋敷さんが叫ぶ。

 俺達は慌てて後ろに下がった。


 マギーシーサーの太い腕をバステトの爪が切り裂く!


『グガァッ⁉』


 スッと手を引き、マギーシーサーが怒った猫みたいに身体を斜に構えた。


『ガルルルル……』


「こいつは不意打ちが得意なんだよ、寝たふりで油断させて間合いに入ると襲いかかってくるのさ」


「そうだったのか……」

「私も初めて聞きました、やはり現場で直接対峙している方の意見は貴重です……!」

 

 花さんの目が一層輝きを増していた。 


「丸井くん、俺たちはマギーシーサーの注意を逸らそう! 俺は右側に行くから丸井くんは左をお願い!」

「はいっ!」


「頑張ってください!」


 花さんの声援に推されながら、俺と丸井くんは左右に分かれて注意を引いた。


「おーい! こっちだこっち!」

「こっちやでぇー! どこ見てんねん、このドン亀がーっ!」


 さすがの煽りテク。

 マギーシーサーは丸井くんをターゲッティングした。


『ガルァーーーーッ!!!』


「いいね、上出来ぃ!」


 猫屋敷さんが宙を舞い、両爪を交差させた。


Cortarコルタル!!」

『キャヒィン⁉』


 顔を切り裂かれたマギーシーサーが、悲痛な叫び声を上げ後ずさった。


「今だ! 叩け!」


 猫屋敷さんの合図にハッと我に返り、俺はルシール改を握り絞めて飛び掛かる!


「うおおおおおーーーーーーーっ!!!」


 逆側から駆けてくる、必撃鍛冶職人アタックスミスを振りかぶった丸井くんと目が合う。

 声を掛けずとも、俺達は自然と互いの呼吸を合わせた。


 積み重ねたトレーニングを思い出せ!

 今なら出せるはずだ、矢鱈流戦闘術『シュッ』の一撃を!



 ――――シュッ!



 来たぁっ! この感覚っ!

 まるで発泡スチロールの棒でも振っているような軽さ!

 そして、恐ろしいまでのスピードと風を切る手応え! 

 俺の振り抜いたルシール改は、マギーシーサーの右足を粉砕した!


 見ると、丸井くんの攻撃もマギーシーサーの左足に食い込んでいる。

 ――よし、イケる!


『ガアァアアァーーーーーッ!!』


 前のめりに倒れたところを、猫屋敷さんが恐ろしい速さで襲いかかった!


「Chispa《チスパ》!!」


 ――甲高い金属音!

 同時に閃光の如き火花が散る!



 ――Nilo・ナイル・Luz《ラズ・》・Vientoビエント!!



 バステトの爪から強烈に噴き出す炎渦!

 容赦なくマギーシーサーを包んだ!


『ガルアアアアアアーーーー……』


 マギーシーサーは断末魔を上げ霧散する。

 熱風に煽られ、地底湖の水面に波紋が拡がった。



「ふぅ、OKOK、二人ともかなり良い動きだったねー」

 ニコッと笑って言う猫屋敷さん。


「あ、ありがとうございます! いや、マジで凄かったです……これほどとは……」


 丸井くんはまだ信じられないといった表情で猫屋敷さんを見ている。


「あはは、まあ、一応これで食ってるからね」


「バッチリ撮れましたよ~! ん~、早く皆で見たいですね!」

 花さんが興奮気味にカメラを向ける。


「そういや、ドロップありました?」

「んー、俺は見てないな……」

「今回は駄目だったのかも知れませんねぇ……」


 そう呟くように言って、丸井くんは寂しそうに湖面に目を向けている。

 うーん、折角来たのに……メダルを見つけてあげたかったなぁ……。


「で、でも、かなり充実した動画になりましたよ! チャンスはこれからいくらでもありますし……」

「そうですよね、何かしんみりしちゃってすみません、じゃあ、そろそろ行きましょうか? 上で軽くお茶でもしましょうよ」

「そうだね、うん。猫屋敷さんも行きませんか?」

「おっけー、俺も丸井くんには業界の裏話とか聞きたいし」

「ありますよ、とても表に出せないようなのが」

 ニヤリと笑う丸井くん。


「それそれ! そういうのが欲しいんだよー! さ、早く早く」


 猫屋敷さんは丸井くんの肩を抱き、跳ねるように階段へ向かう。

 その様子を見ていた花さんが微笑む。


「丸井くん、良かったですね。これは成功といって良いんじゃないでしょうか?」

「そうだね、きっと人気が出ると思うなぁ」


 そんなことを言いながら階段に向かっていると、背後で何かポチャンという音が聞こえる。


「ん?」

「いま……何か音がしましたよね?」

「ああ、魚? 水面に波紋が残ってるな……」


 花さんが迷わず湖の側に向かう。


「ちょモンスかも知れない、危ないよー?」

「大丈夫です、少し確認するだけですから」


 まあ、ボスも倒してるし大丈夫だとは思うが……。

 念のため、猫屋敷さん達に「ちょっと待ってくださーい」と声を掛ける。

 そのまま少し待っていたが、俺は花さんのところに駆け寄った。


「大丈夫?」

「ジョ……ジョーンさん……これが、何か……わ、わかりますか?(震え声)」


「え?」


 見ると、花さんの手の平の上で、小さなタコのような生き物が踊るようにくねくねと動いていた。


「ちょ⁉ 花さん、それ大丈夫⁉ モンスとかじゃ――」

「だ、大丈夫です! お、恐らくですが……これは発生したばかりの『大タコラオクトパス』の幼生ではないかと……」

「幼生っ⁉」


 モンスはダンジョンコアの力によって発生する。

 上位種になると成長するものも増えるが、大抵の場合は成体の姿で現れるのが普通だ。

 D&Mのベビーベロスのように、希少種は幼体から発生するタイプが多いのかも知れない。


「仮説ですが……このヒレを見てください」

「何だか変わってるね……」

「これ、二重放物線構造(Dual parabolic structure)です」

「ごめん、ちょっと何言ってるか……」


 既に花さんの顔は真剣そのもの……。

 もはや、俺の声は届いてないかも知れない。


「この部分で音を反射させることで、音のエネルギーを閉じ込めることができるのですが……あっ⁉ そ、そうだ……マギーシーサー!」


 花さんがガバッと顔を上げる。


「ジョーンさん、マギーシーサーですよ! マギーシーサーの寝息が、大タコラオクトパスの幼生の成長エネルギーとなってるのかも知れませんっ! ンフーッ!」


 めっちゃ興奮してるなぁ……。

 何がそんなに凄いのかあまりピンと来ないけど……こんなにも活き活きとした花さんは初めて見た。


 こっちまで嬉しくなってしまう。

 何より、この瞬間に側にいれたことが俺は嬉しかった。


「どうしたの? 早く行こうよー」


 しびれを切らせた猫屋敷さんと丸井くんもやってくる。


「丸井くん、カメラをお願いします!」

「え、どしたの花さん?」


「す、すみません、でも、これは……間違いなく明日のトップニュースになります!」


「「え……?」」

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