第168話 フローズンストロベリー

 ――翌日。

 ホテルのロビーにあるソファで、俺と花さん、丸井くん、そして猫屋敷さんが集まっていた。

 目の前にある大型テレビには、鳴瀬教授とそのチームが映っていた。


『教授! 今回、なんくるダンジョンで大発見があったことについて、お話を聞かせていただけますか⁉』


 リポーター達が一斉にマイクを向けると、鳴瀬教授は白衣に両手を突っ込んだまま答えた。


「あー、現時点で発表できるのは、まず、希少種の幼体が発見されたということ、それと、発生に至る特殊環境があったと想定されるということ。この二点だけです、現地調査が終わり次第、簡易的な会見を予定しておりますが――調査を元にした研究はそこから始めますので、まあ、五年、いや六年後くらいには、国際モンス学研究機構に論文を提出できるようにするつもりです、以上――」


『教授、具体的にはどのような――』

『鳴瀬教授、第一発見者が教え子だと聞いてますが⁉』


 リポーター達が質問を浴びせる。

 だが、鳴瀬教授は颯爽と白衣を翻し、調査チームを引き連れて、なんくるダンジョンへと入っていった。



「いやぁー、相変わらず鳴瀬教授は格好いいなぁ」

「クール系だね」


「うわー、教授のSNSのフォロワー、十二万人ですよ……」


 丸井くんが「負けたぁ~」とソファに凭れた。


「花さんは調査に参加したりしないの?」

「はい、私はまだ参加できるレベルではないので……」


 花さんでも無理って、教授達はどれだけモンスに精通しているのか……。

 むぅ、何だか恐ろしくなってきたな。


「でも、今回、教授からかなりお褒めの言葉をいただけました! それに……こんなに楽しかったの、私はじめてです」


 そう言って屈託のない笑みを浮かべる花さん。

 俺を含めた全員がうんうんと大きく頷いた。

 

「なぁ丸井くん、また撮影するならさ、俺も呼んで?」

「え……いいんですかっ⁉」


 猫屋敷さんの言葉に丸井くんが前のめりになる。


「うん、仕事がなければ全然OKだから、これ連絡先」

「あ、ありがとうございます!」


 感極まったのか、少し涙ぐむ丸井くん。

 これから大変だと思うが、最高のスタートが切れたのではないだろうか。


「そういえば、藤堂さんの偽者はホントに大丈夫なんですか?」

「ん? あーいいのいいの、日常茶飯事っていうか、相手にしてるとキリがないからね」


 猫屋敷さんは、あっけらかんと笑っている。


「あ、そろそろ飛行機の時間ですね、猫屋敷さんも良かったら送っていきますよ?」

「えー、悪いね、助かるー! ありがとう!」


「いえいえ、じゃあ、そこで飲み物でも買ってから行きますか」


 そう言って丸井くんが席を立つ。


「よし、行こっか。俺、アイスコーヒーにしよっかな」

「炭酸系もありましたよ」


 猫屋敷さんと丸井くんが並んでカフェに向かう。

 俺と花さんもその後に続いた。


「てかさー、今度猫モンス探しに行こうよ」

「猫モンスですか?」

「そーそー、谷根千に良さそうなダンジョンがあって……」

「へぇ……面白そうですね……」


 二人の会話を聞きながら、

「ホントに楽しかったなぁ」と俺は呟く。

「ふふ、また来たいですねぇ、あっ! ジョーンさん見て見て、フローズンストロベリーだって! 美味しそーだね!」


「――⁉」


「ん? どうかしました?」

「え、あ、あぁ、マジで美味しそう! 俺もそれにしようかなぁ~!」


 今、確かにタメ口だった気がする……気のせいかな?

 いや、絶対タメ口だった! 確かに聞こえたんだがっ!


 ていうか、それくらいの事で、俺は何でこんなにドキドキしてるんだ⁉


 俺の横から花さんがメニューを覗き込む。

 ふわっと良い香りが漂い、二の腕に花さんの洋服が触れた。


「ふぁ⁉」

 だ、駄目だ意識するな!

 平常心だ、心さえ穏やかであれば……。

「決まりました?」

 花さんが髪を耳に掛けながら俺に訊ねた。

 い、いかん……右半身の細胞がフル稼働で花さんの存在を感じようとしている⁉

 落ち着け……大丈夫、問題ない。

 いつもカウンター岩の中で並んでいるじゃないか、うん、それと同じだ!


 俺は平静を装いながら飲み物を頼んだ。


「ふ、ふろーずんストロベリーでお願いしますっ!」

「じゃあ、私もそれでお願いしまーす」


 ヘヘ~と笑いかけてくる花さんに、精一杯笑みを返す。

 何だこれは⁉ い、いつもの一億倍可愛く見えるんだが……。


 ぬおおおおおおおーーーーっ!!!!

 石垣だ、石垣の空気がそうさせるんだーーーーーーーーっ!


 俺は心の中で絶叫しながら、フローズンストロベリーを受け取った。



 *



 ホテルの駐車場から飛び出し、車は風を切り海岸沿いを走る。


 助手席で、ラジオから流れる琉球のリズムに乗る猫屋敷さん。

 サングラスを掛け、いつの間にか頼れる男に成長した丸井くん。


 俺の隣には、石垣の開放的な風に目を細める花さん。


 そして、一瞬で溶けた俺のフローズンストロベリー。


 窓の外に目を向けると、煌めく海面の上に、今にも触れそうな巨大な積乱雲が浮かんでいた。

 俺はすぐ側にいる花さんに視線を戻す。

 

 触れそうで触れない……か。


 以前なら、この一メートルにも満たない距離を、俺は果てしなく遠くに感じていただろう。

 そして、その距離を縮めようとも思わなかった。


 ――でも、今は違う。

 石垣に来る前とは全然違う感覚だ。


 やっと、俺は自分の気持ちに向き合うことが出来るようになったのかも知れない……。


「うわー! ほら、ジョーンさん、モッコモコですよ!」


 楽しそうに雲を指さす花さんの横顔に頬を緩める。

 俺はこの日、この瞬間を忘れまいと、その光景を目に焼き付けた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


 これにて石垣編終了です、応援してくださってありがとうございました。

 次回はいまのところ考えてませんが、また書けた時は応援してくださると嬉しいです!

 それではまた!

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